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祝福の子

 この国には、死んだ者を蘇よみがえらせる神の力の通り道、神道しんどう―― がある。

 神道しんどうが太い土地では、多くの死者が蘇よみがえり、細い土地では、その奇跡はまばらにしか起こらない。

 一度死んだ魂は、神の国へと続く、魂の川に還かえる。
 神はその川から魂を掬すくい上げ、気まぐれに人の身体へ返す。
 そうして蘇よみがえった者は、けして完全な『その人』ではない。

 それでも人は、それを救いと呼ぶ。

 たとえ、魂の形が変わっていても。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 緑が広がる丘の道を、クロードはひとり歩いていた。
 陽はすでに傾き、辺りは夕刻の気配に染まりはじめている。
 目指すのは、丘の上に見える小さな村だった。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 左足が痛む。
 どうやらさっき、木の根に足を取られた時、ひねったらしい。

「......今日は、山越えは無理だな」

 クロードは、近くの木に背を預け、その場に腰を下ろした。

 ふぅ、と息をついて水を飲む。
 足首がじくじくと痛む。クロードはそこをさすりながら「参ったな......」と呟いた。

「もし、もし、そこの方。どうしました?」

 呼びかけに、顔を上げると、クロードが来た道を、ロバに引かせた一台の荷車が、登ってくるところだった。
 御者台ぎょしゃだいに座った少年が、心配そうにこちらを見ている。
 クロードは、フラップキャップのつばを、くいと持ち上げた。

「丘の上の村に、薬屋はあるか?」
「どうしたんです?」

 少年はロバを止めると、すぐに荷車の御者台ぎょしゃだいから降りてきた。

「少し足を痛めた」
「それはお困りでしょう。薬屋はありませんが、教会にいくらか薬があります」

「......教会」

 クロードは、小さく呟いた。

 少年は、人の好い笑顔を浮かべて、ためらいなく手を差し出した。

「荷車に乗ってください。村まで、まだまだ遠いですから」



 クロードを荷車に乗せ、御者台ぎょしゃだいに座った少年は、ロバに荷車を引かせた。

 荷車は、がたがたと揺れながら、丘道をゆっくり登っていく。
 クロードは、御者台ぎょしゃだいに座る少年をちらりと見た。

 年の頃は十三ほどだろうか。
 素朴な衣服の胸元には、教会の小さなペンダントが下がっていた。

「教会の者か」
「僕は、牧師見習いです」

「牧師......」

 クロードは少年をもう一度見た。

「僕は蘇生者そせいしゃだから、神官にはなれないんですよ」

 少年はそう言って、にこりと笑った。

 聖教会せいきょうかいの定めでは、神官になれるのは未蘇生みそせいの者だけで、蘇生者そせいしゃは牧師までとされている。

 この年で蘇生者そせいしゃということは、病か、あるいは事故か。

 クロードは視線を落とし、フラップキャップを目深まぶかにした。

 それきり会話は途切れた。
 荷車の軋きしむ音と、ロバの蹄ひづめの音だけが、暮れかけた丘道に、のんびりと響いていた。

 やがて、村にある小さな教会の前に着くと、少年は荷車を止めた。

「僕に掴つかまってください」
「いや、歩ける」
「ええ、歩けるでしょうけど、痛いでしょう?」

 クロードはしばらく黙っていたが、少年の笑顔に、ため息をつき、「すまない」と肩を借りた。

 小さな教会に入ると、甘い花の香りがした。

「ここに座っててください。薬を持ってきます」

 少年はそう言うと、奥の部屋へ向かい、「牧師さま」と声を上げた。

 しばらくして、少年が、年配の牧師を連れて戻ってきた。

「ようこそいらっしゃいました、旅のお方」
「クロード、という」
「怪我をなさって、お困りだと聞きました」
「足をくじいたようだ」
「それはいけません。足は旅人の宝です。すぐに手当てをいたしましょう」

 牧師の低くやさしい声に、クロードは「頼む」と頭を下げた。

 少年がクロードの足元にしゃがみ込み、ブーツと靴下を脱がせると、足首は赤く腫はれていた。

「これは痛そうですね」

 少年は薬箱から瓶びんを取り出し、木べらで軟膏なんこうをすくって布に塗った。
 薬草の青臭い匂いと、鉱物の匂いが立ちのぼり、クロードは眉間にしわを寄せる。

「ふふっ、臭いでしょ? でもこれ、すごくよく効くんですよ」
「......そうか」

 クロードが目を閉じると、少年はその布を足首に当て、手際よく包帯を巻いていった。

「クロードさん、今夜はこの村に、泊まるのですか?」
 少年は包帯を結びながら、顔を上げた。

「ああ。この足で、山越えはできんからな。どこか泊まれる所はあるか?」

 少年の顔が、ぱっと明るくなる。

「なら、教会に泊まるといいですよ。この村には宿屋はないので。ね、いいですよね? 牧師さま」
「そこまで迷惑は......」

「この子は旅人の話を聞くのが、何より楽しみなんですよ」

 牧師は古びた大きな手で、少年の頭をやさしく撫でた。

「もう外も暗い。どうかこの子に、付き合ってもらえませんかな?」

 牧師の許しが出たことで、少年はさらに目を輝かせてクロードを見上げた。
 そのまっすぐな期待に、クロードはわずかにたじろぐ。

「......では、お言葉に甘えて」

 そう言って、ようやくうなずいた。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 少年は、物置部屋から松葉杖まつばづえを持ってきて、クロードの背丈に合わせた。

「背が高いのですね。僕も大きくなれるかなぁ」
「ああ」
「クロードさん、旅は長いのですか?」
「十五の時に、故郷を出た」
「何のために?」

 ためらいなく向けられた問いに、クロードの脳裏には「過去を捨てるため」という言葉がよぎった。
だが、「さぁ......な」とだけ言って答えをにごす。

「......お前さんは、なんで教会に?」
 きょとんとした顔で、少年はクロードを見返した。
「訛なまりがこの地のものじゃない。南の出身だな」

 少年の目が、たちまち輝く。

「さすが旅人ですね。そうです。僕は南の出身です。教会に入ってから、この村に派遣はけんされたんです」

 その瞳が、故郷を懐かしむように細められた。

「僕は、生まれた時に、息をしていなかったそうです。父が、教会に頼んで、蘇生そせいをしてもらったと聞きました」
「......なるほど」

 クロードは少年を見つめた。
 見える部位に、死痕しこんがないのは、傷を負って死んだわけではないからか、と納得し、小さく頷く。

「でも、故郷の神道しんどうは、もうほとんど閉じていて、本来なら蘇生そせいは叶かなわないはずだったそうです」

 少年は、そこで言葉を切り、胸のペンダントにそっと触れた。

「それでも、神は奇跡を起こされたのです」

 少年は胸に手を当て、静かに微笑んだ。

「代わりに、その地の神道しんどうは、それを最後に、閉じてしまったそうです」

「......」

 「だから、僕は牧師となって、神の恵みを人々へ渡したいと思ったんです。そしていつか、故郷に再び神道しんどうを開き、蘇生そせいが行えるようにしたい」

 少年の瞳には、迷いがなかった。
 クロードは、自分の胸元に、視線を落とした。

「......叶かなうと、いいな」
「はい」

 少年は目を細めて笑い、それから待ちきれない、というように身を乗り出した。

「じゃあ、今度はクロードさんの番ですよ。旅で面白かったことや、珍しいもののお話を聞かせてください」

 そのきらきらとした眼差まなざしに、クロードは仕方ないな、というように苦笑した。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 ふと目を覚ますと、窓の外はほの明るくなっていた。

 クロードが部屋を見回すと、本棚には、いくつもの薬学書が並んでいる。

 ソファーで、牧師見習いの少年が、丸まって眠っていた。

 遅くまで旅の話を聞いて、はしゃいでいたことを思い出す。
 眠りにつく前、少年は「もっと話聞かせて......寝たくない......」と我儘わがままを言っていた。

 それを思い出し、クロードは小さく笑った。

 その時、静かな空気を叩き割るように、鐘の音が鳴り響いた。

「大変だ!! 火事だ!!」

 窓の外から、男の叫び声が飛び込んでくる。

 クロードが、急いで立ち上がるのと同時に、勢いよくドアが開く音がした。
 見ると、さっきまでソファーで眠っていた少年が、もう廊下へ駆け出していた。

 松葉杖まつばづえをつきながら、教会の外へ出ると、牧師が駆け寄ってきた。

「どうした?」

 クロードが問うと、牧師は、煙の上がる方を振り返った。

「通りの家が火事になっていて......まだ中に人がいるようで......あの子が......」
「なにっ」

 慣れない松葉杖まつばづえをつきながら、クロードは煙の上がる方へ急いだ。

 通りには、家人かじんらしい男女が、数人へたり込んでいた。
 その中の女が、牧師見習いの少年に、すがりついて泣いている。

「まだ......まだ中に娘がいるの......」
「娘さんはどの辺りに?」
「廊下の奥の、右の部屋に......」

 少年は、泣き崩れる母親をまっすぐ見つめ、それから小さく頷いた。

「分かりました」

 少年は立ち上がると、消火のために汲くまれていた桶おけの水を、頭からかぶった。

「待て!!」
「クロードさん、起こしちゃいましたか」
「火の手はかなり強い。お前さんまで――」

「僕は、この人生を与えて下さった神に、感謝しています。今こそ、そのご恩をお返しする時なのです」

 少年は、胸元のペンダントを握り、クロードを見た。

「旅の話、ありがとうございました」

 両手でペンダントを包み、短く祈る。

「神よ、どうか、中の子どもをお守り下さい」

 次の瞬間、少年は燃え盛る家へ駆け出していた。

「......おい、止めろ!!」

 その背が、火の中へ消えてほどなく、玄関の屋根が、崩れ落ちた。

 クロードは、片手で顔を押さえ、「バカ野郎......」と苦しげに呟いた。

 黒い煙は、高く、高く、空へ昇っていった。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 夜が明けた。
 星が太陽の光に追われて姿を消し、明るい朝が村を照らしていた。

 村の広場では、焼け出された家族のもとへ、村人たちが、毛布や食べ物を持ち寄っている。

 その中で、幼い娘を抱きしめながら、母親が、牧師見習いの少年に、何度も礼を言っていた。

「ありがとう......本当にありがとうございます」
「神の祝福のおかげです」

 少年が子どもの頭を撫でると、ぐずっていた少女が笑顔になった。

 クロードはその光景を、少し離れた木の下から見つめていた。

 少年がクロードを見つけ、笑顔で駆け寄って来る。
 その頬は煙で煤すすけ、服の裾すそも焦げていた。

「クロードさん、大丈夫ですか?」

 座り込んでいるクロードの顔を、少年は気づかわしげに覗のぞき込む。
 焼け死にそうだった本人の、開口一番の言葉がそれかと、クロードは眉を寄せた。

「ご心配おかけしてすみません」
「......全くだ」

 クロードは、自分の頭をくしゃくしゃとかき回し、息を吐きだした。

「でも、無事戻りました」

 少年が微笑むと、クロードは疲れたように顔を伏せる。

「もう......あんなことは...、するな」
「僕は、神の信徒しんととなった時から、人々の笑顔のために、この命を使うと決めています」

 あまりにも真っすぐなその言葉に、クロードは唇を噛んだ。

「大丈夫。僕には神の祝福がありますから」

 少年は、クロードを安心させるように、自分の胸を、拳こぶしでとんと叩いた。

「......強いな......」

 クロードはそれを見て、ようやく表情を和らげた。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 教会で朝の礼拝を終えた少年が、黒パンとスープを持って来た。

「どうぞ。食べたら足の状態を見ましょう」

 正直、火事の騒ぎがあったばかりで、食欲はなかったが、クロードは、その好意に礼を言って食べた。

 食後、少年が足に巻いた包帯と布を外す。
 腫はれはすっかり引いていて、足をついても、ほとんど痛みがない。

「良かったですね」
「......治りが早すぎないか......?」

 足首をさすりながら、クロードは少年を見つめた。

「もしかして、お前さんは......」
「しぃーっ」

 少年はいたずらっぽく笑い、口元に指を当てた。

「だから、よく効く薬だって言ったでしょう?」

 その楽しげな表情に、クロードはそれ以上の言葉を飲み込んだ。

「神に......感謝、だな」

 そう言ったクロードの口元は、わずかにほころんでいた。



 昼前、クロードは荷物をまとめ、旅支度を整えた。

 教会の募金箱に銀貨を一枚入れる。

「お布施ふせをありがとうございます」
「元気でな」
「あ、クロードさん、これ持って行って下さい」

 少年は薬の包みをいくつか差し出した。

「次に会う時には、もっとよく効く薬を作れるように、勉強しますので、近くに来たら寄って下さい」
「ああ」
「それまでたくさん旅をして、また僕に旅の話を聞かせて下さいね」

 眩しい笑顔の少年と、静かに見守る牧師に、小さく手を上げ、クロードは再び旅の道へと戻っていった。


━ 終 ━
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 この国には、死んだ者を蘇よみがえらせる神の力の通り道、神道しんどう―― がある。

 神道しんどうが太い土地では、多くの死者が蘇よみがえり、細い土地では、その奇跡はまばらにしか起こらない。

 一度死んだ魂は、神の国へと続く、魂の川に還かえる。
 神はその川から魂を掬すくい上げ、気まぐれに人の身体へ返す。
 そうして蘇よみがえった者は、けして完全な『その人』ではない。

 それでも人は、それを救いと呼ぶ。

 たとえ、魂の形が変わっていても。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 緑が広がる丘の道を、クロードはひとり歩いていた。
 陽はすでに傾き、辺りは夕刻の気配に染まりはじめている。
 目指すのは、丘の上に見える小さな村だった。



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 左足が痛む。
 どうやらさっき、木の根に足を取られた時、ひねったらしい。

「......今日は、山越えは無理だな」

 クロードは、近くの木に背を預け、その場に腰を下ろした。

 ふぅ、と息をついて水を飲む。
 足首がじくじくと痛む。クロードはそこをさすりながら「参ったな......」と呟いた。

「もし、もし、そこの方。どうしました?」

 呼びかけに、顔を上げると、クロードが来た道を、ロバに引かせた一台の荷車が、登ってくるところだった。
 御者台ぎょしゃだいに座った少年が、心配そうにこちらを見ている。
 クロードは、フラップキャップのつばを、くいと持ち上げた。

「丘の上の村に、薬屋はあるか?」
「どうしたんです?」

 少年はロバを止めると、すぐに荷車の御者台ぎょしゃだいから降りてきた。

「少し足を痛めた」
「それはお困りでしょう。薬屋はありませんが、教会にいくらか薬があります」

「......教会」

 クロードは、小さく呟いた。

 少年は、人の好い笑顔を浮かべて、ためらいなく手を差し出した。

「荷車に乗ってください。村まで、まだまだ遠いですから」



 クロードを荷車に乗せ、御者台ぎょしゃだいに座った少年は、ロバに荷車を引かせた。

 荷車は、がたがたと揺れながら、丘道をゆっくり登っていく。
 クロードは、御者台ぎょしゃだいに座る少年をちらりと見た。

 年の頃は十三ほどだろうか。
 素朴な衣服の胸元には、教会の小さなペンダントが下がっていた。

「教会の者か」
「僕は、牧師見習いです」

「牧師......」

 クロードは少年をもう一度見た。

「僕は蘇生者そせいしゃだから、神官にはなれないんですよ」

 少年はそう言って、にこりと笑った。

 聖教会せいきょうかいの定めでは、神官になれるのは未蘇生みそせいの者だけで、蘇生者そせいしゃは牧師までとされている。

 この年で蘇生者そせいしゃということは、病か、あるいは事故か。

 クロードは視線を落とし、フラップキャップを目深まぶかにした。

 それきり会話は途切れた。
 荷車の軋きしむ音と、ロバの蹄ひづめの音だけが、暮れかけた丘道に、のんびりと響いていた。

 やがて、村にある小さな教会の前に着くと、少年は荷車を止めた。

「僕に掴つかまってください」
「いや、歩ける」
「ええ、歩けるでしょうけど、痛いでしょう?」

 クロードはしばらく黙っていたが、少年の笑顔に、ため息をつき、「すまない」と肩を借りた。

 小さな教会に入ると、甘い花の香りがした。

「ここに座っててください。薬を持ってきます」

 少年はそう言うと、奥の部屋へ向かい、「牧師さま」と声を上げた。

 しばらくして、少年が、年配の牧師を連れて戻ってきた。

「ようこそいらっしゃいました、旅のお方」
「クロード、という」
「怪我をなさって、お困りだと聞きました」
「足をくじいたようだ」
「それはいけません。足は旅人の宝です。すぐに手当てをいたしましょう」

 牧師の低くやさしい声に、クロードは「頼む」と頭を下げた。

 少年がクロードの足元にしゃがみ込み、ブーツと靴下を脱がせると、足首は赤く腫はれていた。

「これは痛そうですね」

 少年は薬箱から瓶びんを取り出し、木べらで軟膏なんこうをすくって布に塗った。
 薬草の青臭い匂いと、鉱物の匂いが立ちのぼり、クロードは眉間にしわを寄せる。

「ふふっ、臭いでしょ? でもこれ、すごくよく効くんですよ」
「......そうか」

 クロードが目を閉じると、少年はその布を足首に当て、手際よく包帯を巻いていった。

「クロードさん、今夜はこの村に、泊まるのですか?」
 少年は包帯を結びながら、顔を上げた。

「ああ。この足で、山越えはできんからな。どこか泊まれる所はあるか?」

 少年の顔が、ぱっと明るくなる。

「なら、教会に泊まるといいですよ。この村には宿屋はないので。ね、いいですよね? 牧師さま」
「そこまで迷惑は......」

「この子は旅人の話を聞くのが、何より楽しみなんですよ」

 牧師は古びた大きな手で、少年の頭をやさしく撫でた。

「もう外も暗い。どうかこの子に、付き合ってもらえませんかな?」

 牧師の許しが出たことで、少年はさらに目を輝かせてクロードを見上げた。
 そのまっすぐな期待に、クロードはわずかにたじろぐ。

「......では、お言葉に甘えて」

 そう言って、ようやくうなずいた。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 少年は、物置部屋から松葉杖まつばづえを持ってきて、クロードの背丈に合わせた。

「背が高いのですね。僕も大きくなれるかなぁ」
「ああ」
「クロードさん、旅は長いのですか?」
「十五の時に、故郷を出た」
「何のために?」

 ためらいなく向けられた問いに、クロードの脳裏には「過去を捨てるため」という言葉がよぎった。
だが、「さぁ......な」とだけ言って答えをにごす。

「......お前さんは、なんで教会に?」
 きょとんとした顔で、少年はクロードを見返した。
「訛なまりがこの地のものじゃない。南の出身だな」

 少年の目が、たちまち輝く。

「さすが旅人ですね。そうです。僕は南の出身です。教会に入ってから、この村に派遣はけんされたんです」

 その瞳が、故郷を懐かしむように細められた。

「僕は、生まれた時に、息をしていなかったそうです。父が、教会に頼んで、蘇生そせいをしてもらったと聞きました」
「......なるほど」

 クロードは少年を見つめた。
 見える部位に、死痕しこんがないのは、傷を負って死んだわけではないからか、と納得し、小さく頷く。

「でも、故郷の神道しんどうは、もうほとんど閉じていて、本来なら蘇生そせいは叶かなわないはずだったそうです」

 少年は、そこで言葉を切り、胸のペンダントにそっと触れた。

「それでも、神は奇跡を起こされたのです」

 少年は胸に手を当て、静かに微笑んだ。

「代わりに、その地の神道しんどうは、それを最後に、閉じてしまったそうです」

「......」

 「だから、僕は牧師となって、神の恵みを人々へ渡したいと思ったんです。そしていつか、故郷に再び神道しんどうを開き、蘇生そせいが行えるようにしたい」

 少年の瞳には、迷いがなかった。
 クロードは、自分の胸元に、視線を落とした。

「......叶かなうと、いいな」
「はい」

 少年は目を細めて笑い、それから待ちきれない、というように身を乗り出した。

「じゃあ、今度はクロードさんの番ですよ。旅で面白かったことや、珍しいもののお話を聞かせてください」

 そのきらきらとした眼差まなざしに、クロードは仕方ないな、というように苦笑した。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 ふと目を覚ますと、窓の外はほの明るくなっていた。

 クロードが部屋を見回すと、本棚には、いくつもの薬学書が並んでいる。

 ソファーで、牧師見習いの少年が、丸まって眠っていた。

 遅くまで旅の話を聞いて、はしゃいでいたことを思い出す。
 眠りにつく前、少年は「もっと話聞かせて......寝たくない......」と我儘わがままを言っていた。

 それを思い出し、クロードは小さく笑った。

 その時、静かな空気を叩き割るように、鐘の音が鳴り響いた。

「大変だ!! 火事だ!!」

 窓の外から、男の叫び声が飛び込んでくる。

 クロードが、急いで立ち上がるのと同時に、勢いよくドアが開く音がした。
 見ると、さっきまでソファーで眠っていた少年が、もう廊下へ駆け出していた。

 松葉杖まつばづえをつきながら、教会の外へ出ると、牧師が駆け寄ってきた。

「どうした?」

 クロードが問うと、牧師は、煙の上がる方を振り返った。

「通りの家が火事になっていて......まだ中に人がいるようで......あの子が......」
「なにっ」

 慣れない松葉杖まつばづえをつきながら、クロードは煙の上がる方へ急いだ。

 通りには、家人かじんらしい男女が、数人へたり込んでいた。
 その中の女が、牧師見習いの少年に、すがりついて泣いている。

「まだ......まだ中に娘がいるの......」
「娘さんはどの辺りに?」
「廊下の奥の、右の部屋に......」

 少年は、泣き崩れる母親をまっすぐ見つめ、それから小さく頷いた。

「分かりました」

 少年は立ち上がると、消火のために汲くまれていた桶おけの水を、頭からかぶった。

「待て!!」
「クロードさん、起こしちゃいましたか」
「火の手はかなり強い。お前さんまで――」

「僕は、この人生を与えて下さった神に、感謝しています。今こそ、そのご恩をお返しする時なのです」

 少年は、胸元のペンダントを握り、クロードを見た。

「旅の話、ありがとうございました」

 両手でペンダントを包み、短く祈る。

「神よ、どうか、中の子どもをお守り下さい」

 次の瞬間、少年は燃え盛る家へ駆け出していた。

「......おい、止めろ!!」

 その背が、火の中へ消えてほどなく、玄関の屋根が、崩れ落ちた。

 クロードは、片手で顔を押さえ、「バカ野郎......」と苦しげに呟いた。

 黒い煙は、高く、高く、空へ昇っていった。



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 夜が明けた。
 星が太陽の光に追われて姿を消し、明るい朝が村を照らしていた。

 村の広場では、焼け出された家族のもとへ、村人たちが、毛布や食べ物を持ち寄っている。

 その中で、幼い娘を抱きしめながら、母親が、牧師見習いの少年に、何度も礼を言っていた。

「ありがとう......本当にありがとうございます」
「神の祝福のおかげです」

 少年が子どもの頭を撫でると、ぐずっていた少女が笑顔になった。

 クロードはその光景を、少し離れた木の下から見つめていた。

 少年がクロードを見つけ、笑顔で駆け寄って来る。
 その頬は煙で煤すすけ、服の裾すそも焦げていた。

「クロードさん、大丈夫ですか?」

 座り込んでいるクロードの顔を、少年は気づかわしげに覗のぞき込む。
 焼け死にそうだった本人の、開口一番の言葉がそれかと、クロードは眉を寄せた。

「ご心配おかけしてすみません」
「......全くだ」

 クロードは、自分の頭をくしゃくしゃとかき回し、息を吐きだした。

「でも、無事戻りました」

 少年が微笑むと、クロードは疲れたように顔を伏せる。

「もう......あんなことは...、するな」
「僕は、神の信徒しんととなった時から、人々の笑顔のために、この命を使うと決めています」

 あまりにも真っすぐなその言葉に、クロードは唇を噛んだ。

「大丈夫。僕には神の祝福がありますから」

 少年は、クロードを安心させるように、自分の胸を、拳こぶしでとんと叩いた。

「......強いな......」

 クロードはそれを見て、ようやく表情を和らげた。



━━━━━ * * * * * ━━━━━



 教会で朝の礼拝を終えた少年が、黒パンとスープを持って来た。

「どうぞ。食べたら足の状態を見ましょう」

 正直、火事の騒ぎがあったばかりで、食欲はなかったが、クロードは、その好意に礼を言って食べた。

 食後、少年が足に巻いた包帯と布を外す。
 腫はれはすっかり引いていて、足をついても、ほとんど痛みがない。

「良かったですね」
「......治りが早すぎないか......?」

 足首をさすりながら、クロードは少年を見つめた。

「もしかして、お前さんは......」
「しぃーっ」

 少年はいたずらっぽく笑い、口元に指を当てた。

「だから、よく効く薬だって言ったでしょう?」

 その楽しげな表情に、クロードはそれ以上の言葉を飲み込んだ。

「神に......感謝、だな」

 そう言ったクロードの口元は、わずかにほころんでいた。



 昼前、クロードは荷物をまとめ、旅支度を整えた。

 教会の募金箱に銀貨を一枚入れる。

「お布施ふせをありがとうございます」
「元気でな」
「あ、クロードさん、これ持って行って下さい」

 少年は薬の包みをいくつか差し出した。

「次に会う時には、もっとよく効く薬を作れるように、勉強しますので、近くに来たら寄って下さい」
「ああ」
「それまでたくさん旅をして、また僕に旅の話を聞かせて下さいね」

 眩しい笑顔の少年と、静かに見守る牧師に、小さく手を上げ、クロードは再び旅の道へと戻っていった。


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