ホームハサミが、刻んだ景色。第13話「二人の公務員」
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第13話「二人の公務員」

約束の日曜日。 和彦は、本当にスーツを着てやって来た。

「......えっ、本当にスーツなの?」
弥生は玄関で開口一番、呆れたように笑った。

普段の和彦はシャツにスラックスといったシンプルな私服が多く、カチッとしたビジネススーツ姿は新鮮でもあり、どこか可笑しかった。

「いや、ご両親にご挨拶なんだから当然でしょう。むしろこれで私服だったら常識を疑われるよ」
和彦は大真面目な顔でネクタイの結び目を正す。

そのまま弥生の車の助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。車を走り出させてしばらく経った頃、ふと和彦が尋ねてきた。

「そういえば、お父さんって何してる人なの? まだちゃんとお聞きしていなかったと思って」

「え? 役場だけど」

「......役場?」

「うん。益城町役場。言ってなかった?」

「聞いてないよ!」
和彦の顔からサーッと血の気が引き、急に焦り出した。

「そうだっけ?」

「先に言ってくれよ! 同じ地方公務員じゃん!」

「市役所と町役場だけどね」

「そういう問題じゃないって! 災害とか感染症とか、広域で何かあったら仕事で関わる可能性だってあるだろ!」

「あるかもね」

「まじかぁ......」

「そんなに嫌?」

「嫌じゃない! 心の準備の問題!」
頭を抱える和彦を見て、弥生は吹き出しそうになるのを耐えた。

「大丈夫だって。お父さんもお母さんも反対しないと思うよ」

「......本当に?」

「うん」

「お義父さん、どんな人?」

「優しいよー」

「............」

「なによ」
「その『優しいよー』がいまいち信用できない」

「失礼ね(笑)」

「......あっ」
さらっと「お義父さん」と口にしてしまった自分に気づき、和彦は慌てて口を押さえた。

「ちょっと待って。まだ付き合ってもないのに、お義父さんになってるよ」

「違う、今のは口が滑っただけで......!」
赤面する和彦を乗せて、車は緑豊かな益城町の住宅街へと入っていった。

「初めまして。市役所に勤めております、和彦と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
座敷に通され、綺麗な座礼で頭を下げる和彦に対し、父の明は静かに頷いた。

「まあ、そう硬くならんと頭を上げてください。父の明です。話は聞いてますよ。市役所は何課ね?」

「現在は、こども福祉課です」

「ああ、あそこは忙しかろ」

「はい。年度末や申請の時期は特に......」

「役場も一緒たい。住民と直接話すことも多かろ?」

「多いですね。相談をお受けして、話を聞くだけで一時間過ぎてしまうこともあります」

「あるある(笑)。愚痴を聞くのも仕事のうちだもんね」
一瞬で「公務員同士」の空気が出来上がり、和彦の肩の力が少し抜けた。

「お義父様......あ、お父様は、どういった部署が長かったのですか?」

「俺は建設や産業関係が長かったけんな。都市開発とか農政とか、そっちが多かったねぇ」

和彦の目がすっと真剣なものに変わった。
明が歩んできたのは「町という器」を作る仕事。
対して自分が歩んできたのは「その器の中で暮らす人」を支える仕事だ。

同じ地方行政でありながら、見ている角度が全く違う。
「なるほど......。都市開発や建設となると、大きな決断も多いですよね。道路一本造るにしても、利便性が上がる一方で、土地を手放さざるを得ない方も出てきますし」

明は少し驚いたように目を細め、ゆっくりとお茶を啜った。
「そうたい。便利になる人がおれば、住み慣れた土地を離れる人もおる。全体のための開発でも、個人の感情は別だからね」

「ええ。私たちは、そうやって環境が変わった後の生活相談を受けたり、制度の狭間にこぼれた方を拾い上げる側だったりします。どうしても現場の『声』から入ってしまうので、街全体の構造からアプローチされるお話は非常に勉強になります」

「ほう......そっち側から見ると、そういう見え方になるわけか。でも確かに、道路を作ってもそこで暮らす人が幸せにならんかったら意味がなか」

「福祉も全く同じです。どんなに良い制度や支援枠を作っても、全員が救われるわけではありませんから」
互いの知見を突き合わせ、噛み締めるように頷き合う二人。

「行政の役割というのは......」

「......ちょっと待って。ねえ、今日何のために来たか覚えてる?」
横で静かに聞いていた弥生が、呆れたように口を挟んだ。 二人はハッと息を飲み、同時に「あっ」と声を上げた。

「......何の話しに来たの?」

弥生のツッコミに、明は苦笑し、和彦は顔を真っ赤にして姿勢を正した。
和彦は一度深呼吸をし、明の目を真っ直ぐに見つめた。
「すみません。脱線してしまいました。......お父様、本日伺いましたのは、他でもありません。弥生さんと、結婚を前提にお付き合いさせていただきたいと思っています」
畳にしっかりと両手をつき、頭を下げる。 部屋の中に静寂が訪れた。

明は和彦の姿をじっと見つめていた。
年収や肩書を値踏みするような視線ではない。
先ほどまでの会話で見せた、人の話にしっかりと耳を傾け、相手の立場を尊重できる人間性。
自分の仕事に誠実に向き合ってきたからこそ滲み出る、地に足のついた温かさ。

「......そうね」
明は小さく頷き、柔らかい笑みを浮かべた。

「弥生がよかなら、俺から言うことはなかよ」

「............はい?」
思わぬ即答に、和彦は拍子抜けして情けない声をあげた。

何度も頭を下げ、厳しい問いに耐え抜く覚悟をしてきた男の一発合格だった。
「あ、はい。......よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いします。あ、そうだ和彦くん、さっきの地域包括ケアの件だけどね......」

「あ、はい! そこなんですけど、現場としては......」
合格をもらった瞬間から、再び行政談義に戻ろうとする二人。

弥生は「また始まった」と肩を竦めつつ、嬉しそうにお茶を注ぎ足した。



第12話 完
第13話つづく
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ハサミが、刻んだ景色。作者:夏目六華
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約束の日曜日。 和彦は、本当にスーツを着てやって来た。

「......えっ、本当にスーツなの?」
弥生は玄関で開口一番、呆れたように笑った。

普段の和彦はシャツにスラックスといったシンプルな私服が多く、カチッとしたビジネススーツ姿は新鮮でもあり、どこか可笑しかった。

「いや、ご両親にご挨拶なんだから当然でしょう。むしろこれで私服だったら常識を疑われるよ」
和彦は大真面目な顔でネクタイの結び目を正す。

そのまま弥生の車の助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。車を走り出させてしばらく経った頃、ふと和彦が尋ねてきた。

「そういえば、お父さんって何してる人なの? まだちゃんとお聞きしていなかったと思って」

「え? 役場だけど」

「......役場?」

「うん。益城町役場。言ってなかった?」

「聞いてないよ!」
和彦の顔からサーッと血の気が引き、急に焦り出した。

「そうだっけ?」

「先に言ってくれよ! 同じ地方公務員じゃん!」

「市役所と町役場だけどね」

「そういう問題じゃないって! 災害とか感染症とか、広域で何かあったら仕事で関わる可能性だってあるだろ!」

「あるかもね」

「まじかぁ......」

「そんなに嫌?」

「嫌じゃない! 心の準備の問題!」
頭を抱える和彦を見て、弥生は吹き出しそうになるのを耐えた。

「大丈夫だって。お父さんもお母さんも反対しないと思うよ」

「......本当に?」

「うん」

「お義父さん、どんな人?」

「優しいよー」

「............」

「なによ」
「その『優しいよー』がいまいち信用できない」

「失礼ね(笑)」

「......あっ」
さらっと「お義父さん」と口にしてしまった自分に気づき、和彦は慌てて口を押さえた。

「ちょっと待って。まだ付き合ってもないのに、お義父さんになってるよ」

「違う、今のは口が滑っただけで......!」
赤面する和彦を乗せて、車は緑豊かな益城町の住宅街へと入っていった。

「初めまして。市役所に勤めております、和彦と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
座敷に通され、綺麗な座礼で頭を下げる和彦に対し、父の明は静かに頷いた。

「まあ、そう硬くならんと頭を上げてください。父の明です。話は聞いてますよ。市役所は何課ね?」

「現在は、こども福祉課です」

「ああ、あそこは忙しかろ」

「はい。年度末や申請の時期は特に......」

「役場も一緒たい。住民と直接話すことも多かろ?」

「多いですね。相談をお受けして、話を聞くだけで一時間過ぎてしまうこともあります」

「あるある(笑)。愚痴を聞くのも仕事のうちだもんね」
一瞬で「公務員同士」の空気が出来上がり、和彦の肩の力が少し抜けた。

「お義父様......あ、お父様は、どういった部署が長かったのですか?」

「俺は建設や産業関係が長かったけんな。都市開発とか農政とか、そっちが多かったねぇ」

和彦の目がすっと真剣なものに変わった。
明が歩んできたのは「町という器」を作る仕事。
対して自分が歩んできたのは「その器の中で暮らす人」を支える仕事だ。

同じ地方行政でありながら、見ている角度が全く違う。
「なるほど......。都市開発や建設となると、大きな決断も多いですよね。道路一本造るにしても、利便性が上がる一方で、土地を手放さざるを得ない方も出てきますし」

明は少し驚いたように目を細め、ゆっくりとお茶を啜った。
「そうたい。便利になる人がおれば、住み慣れた土地を離れる人もおる。全体のための開発でも、個人の感情は別だからね」

「ええ。私たちは、そうやって環境が変わった後の生活相談を受けたり、制度の狭間にこぼれた方を拾い上げる側だったりします。どうしても現場の『声』から入ってしまうので、街全体の構造からアプローチされるお話は非常に勉強になります」

「ほう......そっち側から見ると、そういう見え方になるわけか。でも確かに、道路を作ってもそこで暮らす人が幸せにならんかったら意味がなか」

「福祉も全く同じです。どんなに良い制度や支援枠を作っても、全員が救われるわけではありませんから」
互いの知見を突き合わせ、噛み締めるように頷き合う二人。

「行政の役割というのは......」

「......ちょっと待って。ねえ、今日何のために来たか覚えてる?」
横で静かに聞いていた弥生が、呆れたように口を挟んだ。 二人はハッと息を飲み、同時に「あっ」と声を上げた。

「......何の話しに来たの?」

弥生のツッコミに、明は苦笑し、和彦は顔を真っ赤にして姿勢を正した。
和彦は一度深呼吸をし、明の目を真っ直ぐに見つめた。
「すみません。脱線してしまいました。......お父様、本日伺いましたのは、他でもありません。弥生さんと、結婚を前提にお付き合いさせていただきたいと思っています」
畳にしっかりと両手をつき、頭を下げる。 部屋の中に静寂が訪れた。

明は和彦の姿をじっと見つめていた。
年収や肩書を値踏みするような視線ではない。
先ほどまでの会話で見せた、人の話にしっかりと耳を傾け、相手の立場を尊重できる人間性。
自分の仕事に誠実に向き合ってきたからこそ滲み出る、地に足のついた温かさ。

「......そうね」
明は小さく頷き、柔らかい笑みを浮かべた。

「弥生がよかなら、俺から言うことはなかよ」

「............はい?」
思わぬ即答に、和彦は拍子抜けして情けない声をあげた。

何度も頭を下げ、厳しい問いに耐え抜く覚悟をしてきた男の一発合格だった。
「あ、はい。......よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いします。あ、そうだ和彦くん、さっきの地域包括ケアの件だけどね......」

「あ、はい! そこなんですけど、現場としては......」
合格をもらった瞬間から、再び行政談義に戻ろうとする二人。

弥生は「また始まった」と肩を竦めつつ、嬉しそうにお茶を注ぎ足した。



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