第10話「私を語る見知らぬ人々」
スポットライトの直撃を受けた者は、己の影の黒さに後から気づく。
世界大会での三連覇。
二連覇までは沈黙を守っていた日本のマスコミが、海外での過熱報道を逆輸入する形で一気に跳ね上がった。
ニュースのトピックス。
朝のワイドショー。
新聞の社会面。
突如として「世界一の日本人美容師」として祭り上げられた宮田弥生の日常は、ガラガラと音を立てて崩れ去っていった。
サロンの電話は鳴り止まない。
新規の予約はすべて弥生指名。
本来のサロンワークを進めたい同僚たちは、鳴り続ける問い合わせ電話の対応に追われ、自らの顧客にハサミを入れる手を何度も止められた。
「宮田さんに代わってください」
テレビ局、雑誌社、美容メーカー、広告代理店。次々と舞い込むタイアップや美容雑誌やTVの取材インタビューの依頼。
駐車スペースは一目見ようと集まったギャラリーや取材現場のロケバスで埋まり、長年通ってくれていた地元の常連客が車を停められず、そっと帰っていく姿があった。
「前みたいに、ゆっくり話しながら切ってもらえなくなったね」
常連客の寂しそうな言葉が、弥生の胸を刺した。
誰も悪くない。
世界一の美容師に切ってもらいたい新規の客も、話題を追うマスコミも、商品を宣伝したいメーカーも、すべては当然の営みなのだ。
店長は自分の店から世界一が出たことを誇らしく思い、同僚たちは一切の愚痴を言わずに弥生のフォローに回ってくれた。
しかし、全員の善意と正当な理由を足し合わせた結果、店という仕組みそのものの許容量を超えてしまっていた。
従来の美容室は、これほどの過剰な熱を受け止めるためには作られていなかったのだ。
さらに弥生を眩暈(めまい)させたたのは、世間が急速に作り上げていく「宮田弥生」という架空の人物像だった。
テレビをつけると、見覚えのない景色が映し出されている。
インタビューに応じているのは、弥生が30年近く前に通っていた幼稚園の園長だった。
カメラを向けられ、園長は無難に微笑んでいる。
「ええ......まあ、明るくて元気なお子さんだったと思いますよ」
ナレーションが重なる。
『幼少期から周囲を明るくする活発な少女だったという宮田選手――』
次に画面に現れたのは、面識すら怪しい美容学校の経営者だった。
「当時から非常に才能のある学生だったと聞いております」とのコメントが過剰に編集され、才能溢れる天才少女の美談が仕上がっていく。
同級生の兄、近所の住人、昔通っていた飲食店の店主。取材の輪は外側へ外側へと広がり、果ては「昔、バスで何度か見かけました」というレベルの人間までが「宮田弥生を知る人物」としてコメントを出していた。
宮田弥生を知らない人間たちが、宮田弥生について語り始めた。
「......私、幼稚園の頃から美容師になるって言ってたの?」
テレビを見ながら弥生が呆れ気味に呟くと、実家の母がミカンを剥きながら吹き出した。
「言ってないわよ。あんた、当時はケーキ屋さんになりたいって騒いでたじゃない」
悪意はない。
世間はただ、視聴者が望む「完璧な成功者の物語」を作り上げているだけだ。
大会で負けてヤケ買いしたケーキを三つ平らげたことも、パリの街角で恋人への土産に悩み抜いたことも、世界大会のステージで頭が真っ白になった泥臭い記憶も、すべてプログラミングされた美しい美談へと塗り替えられていく。
本人の記憶と、社会が編集した「偉人伝」。 いま、本人だけが「世界一の宮田弥生」について一番詳しくなかった。
(この店は、この光を受け止める場所じゃない)
ある夜、営業が終わった誰もいない店内で、弥生は店長に向き合った。
「私、店を出ます」
「......お前が辞める必要なんかないだろ」
店長の声には、秘めた悔しさと申し訳なさが滲んでいた。
自分の店から生まれた英雄を守りきれない不甲斐なさを感じているのだろう。
しかし、弥生は首を横に振った。
「辞めるんじゃありません。独立します」
世界一になったから自分の城が欲しくなったのではない。
自分がここに居続けることで、自分を育ててくれたこの場所の日常を壊してしまう。
だから、溢れかえる指名も、取材も、企業からの問い合わせも、すべて自分ひとりで引き受けられる「器」を新しく作り直す。
25歳の時、審査員に見向きもされなかった弥生は「どうすれば見てもらえるか」を追求して光へと手を伸ばした。
そして今、強すぎる光の中に立つ弥生は、光が強すぎれば強いほど周囲に濃い影を落とすのだという残酷な真実を知っていた。
後年、60歳になった弥生が、目を輝かせた若い美容師から「世界一ってどんな気分なんですか?」と聞かれた時、簡単に「最高だった」と答えなくなる理由が、ここにあった。
光の美しさも、その光がもたらす影の深さも、彼女はすべてを知っていたからだ。
第10話 完
第11話につづく