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第58話 日常への帰還

体育館の扉は驚くほど簡単に開いた。でも、考えてみればそうかと翔は笑う。中に入ると、鳴海は入口付近を見張るように座っている。普段かけていない眼鏡にやはり、違和感がある。
 そして、何故か少し離れたところに和也がいた。翔は思わず二度見してしまう。しかし、すぐに今はそれどころではないことを思い出す。

「ナル先生」

 翔は首を振って鳴海に近付き、声をかける。鳴海はすぐに翔を見た。そして驚いたように目を見開き、立ち上がると翔の元に駆け寄った。

「稲荷、大丈夫か?」
「大丈夫! 問題も解決したから外にナル先生だけ来て欲しいって、チカが」
「解決したのか......ってことはいつも通り、後始末を押し付けられるのな」

 鳴海が大きく息を吐く。それだけで、この流れは恒例行事なんだと翔は悟った。鳴海は翔から視線を体育館の入口に移した。

「で、外に出ろと? 俺には扉は閉まってるように見えるけど、開いてるのか?」
「? 普通に開けて入ってきたけど?」

 翔は不思議に思い首を傾げる。扉を見返すが、やっぱり普通に開いている。鳴海は小さく「なるほどな」と呟いた。さらに翔の頭に疑問符が飛ぶ。しかし、鳴海は勝手に1人で納得してしまっている。今更、聞けない。

「ああ、神獣様がなにか術でもかけているのか?」
「......?」

 翔は理解するのを諦めた。どうせ知ったところで役には立たないだろうと正当化することにした。

「鳴海先生、今外に出るって聞こえたんだけど......」

 近くにいた女子生徒が不安そうに鳴海に聞く。私達も一緒に外に出たいと顔に書いてある。ここで断るのは不安を煽る、でも鳴海以外は連れてくるなと何故か朔夜に念押しをされている為、どうしたものかと翔は考える。
 しかし、それはすぐに鳴海の言葉で解消される。

「おー、少し外の安全を確かめてくる。これで大丈夫だったら帰れるから待っとけー」
「わかった。先生も気をつけてね」

 安心したように息を吐き、女子生徒は少し離れた集団の中に戻って行った。口先八丁で丸めるってこういうことかと翔は納得した。これなら確かに混乱も鳴海が抑えてくれそうだと、あんな言い方だったが朔夜は信頼しているんだなと気付き、少しだけ胸が痛くなる。

 その理由も考えず、鳴海に続いて翔も体育館から出た。
 外に出ると、リンが体育館の扉を閉める。別に中の人からは閉まってるように見えるからいいんじゃないかと翔は首を傾げる。

「来たか。鳴海一人だよな?」
「流石に、他の生徒や先生は連れてこないって。俺をなんだと思ってんだ?」
「いや、稲荷ならやりかねないと思っただけ」
「あー......」

 朔夜がゆっくりと近付きながら、鳴海に話しかける。当たり前のように翔の存在は無視され、話は進む。
 鳴海の前まで来ると、朔夜は見上げるように気怠げに顔を上げた。
 そして、情報交換をしながら、二人揃って翔を見た。
 明らかに信頼していなさそうな瞳に翔は、言葉が詰まる。しかし2人ともすぐに視線を戻し、情報交換を再開していた。その間、翔を見向きもしない。
 
 俺をわざわざ見る必要があるのか? と翔は思い、1歩踏み出そうとした瞬間、足元に何かが絡みついた。確認すると白猫が翔の右足に戯れついている。
 さっきの式神猫か? と後ろを振り向くと、物陰に隠れていた和也ゆうが、グッと親指を立てていた。意味がわからない。翔は式神猫を抱き上げると、見なかったことにした。

 その間に、情報交換は終わったようで鳴海が盛大に息を吐く。

「本当に催眠は効くのか?」
「そこは、リンがやるから問題はない。ただ、相性の問題で効きが悪いのもいるかもしれないから、その場合の辻褄合わせを頼みたい」
「なるほどな。空間が解けたらどうなるんだ?」
「リンの催眠でそのまま家に帰る。家に着く頃にはここでの出来事は忘れている......はず」

 淡々と応えていた朔夜が少し鳴海から目線を逸らした。自信がないんだなとありありと伝わってきた。
 腕の中でにゃぁと式神猫が鳴く。

「おい、そこは断言しろよ」
「初めてのケースだから仕方ないだろ? 不確かなものを僕は断言できない」
「......それも、そうだな。それ以外に方法もないし、仕方ない」

 鳴海はガシガシと髪を掻きむしると無理やり納得させたようだ。それから、キョロキョロと周りを見回す。

「そういえば、狭霧様は?」
「......ゆうは、適当にどっかで、やってるよ」

 また視線を彷徨わせながら朔夜が答えていた。そりゃ、和也に取り憑いてるって言えないよなと翔は2人に全く見られていないと分かっているから、うんうんと強く頷いた。

「まあ、いいや。とりあえず体育館に戻る。で、お前が空間解いたら生徒達を帰せばいいんだな」
「そうだね。解いた瞬間に、リンに結界も解かせる。それが合図でいいな?」
「分かった。......稲荷、今日は気をつけて帰れよ?」

 鳴海は最後に翔を見ると、体育館へと戻っていった。鳴海の姿が見えなくなった瞬間に、和也ゆうが駆け寄ってきた。

「鳴海の坊主も相変わらずだな。そろそろか?」
「そうだね、境界を元に戻す。でもここは目立つから校舎に戻るよ。いつもの教室なら問題ないだろう」
「それもそうだな」

 朔夜はそう話しながら、また校舎に戻っていく。翔も少し考えてから後に続いた。和也の身体も心配だが、ここまで巻き込まれたのだから特等席で事の顛末を見守りたい思いが強かった。

 そして、翔は朔夜の正体を知った教室まで戻ってきた。ここから、今までの価値観がさらに破壊されまくったなと翔は少し感慨深く思う。
 翔に続き、和也ゆうにコウ、酒呑童子も教室内に入ってきた。酒呑童子は迷わずに、教卓に腰を下ろすと酒瓶から直呑みをし始めた。まだ呑むのかと、翔は呆れる。

「解くよ」

 朔夜は扇子を取り出すと開いた。そして、扇子を揺らしながら左右へと動かし、神楽を舞う。すると、徐々に周りの景色から赤味が消えていく。
 そして朔夜が扇子を閉じた瞬間に、シャンと鈴の音が聞こえた。一瞬、周りが眩しくなり目が開けていられなくなる。次に目を開けると、そこには普段と変わらない世界が広がっていた。

 思わず窓際に向かって走る。窓の外には晴天が広がっており、校外の森や道も見える。日常に戻ってきたんだと自覚する。今更ながら身体が震えだした。
 にゃぁと腕の中の式神猫が鳴きながら翔の手の甲を舐める。それが、今この瞬間も夢ではなく現実なんだと教えてくれているように感じた。

 チラリと朔夜を見ると、珍しく安堵した様子で外の様子を眺めていた。本当にこれで終わったんだなと事実がストンと翔の中に落ちた。
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境界の管理人 〜隠世と現世の狭間で織りなす青春奇譚〜作者:星川宙
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体育館の扉は驚くほど簡単に開いた。でも、考えてみればそうかと翔は笑う。中に入ると、鳴海は入口付近を見張るように座っている。普段かけていない眼鏡にやはり、違和感がある。
 そして、何故か少し離れたところに和也がいた。翔は思わず二度見してしまう。しかし、すぐに今はそれどころではないことを思い出す。

「ナル先生」

 翔は首を振って鳴海に近付き、声をかける。鳴海はすぐに翔を見た。そして驚いたように目を見開き、立ち上がると翔の元に駆け寄った。

「稲荷、大丈夫か?」
「大丈夫! 問題も解決したから外にナル先生だけ来て欲しいって、チカが」
「解決したのか......ってことはいつも通り、後始末を押し付けられるのな」

 鳴海が大きく息を吐く。それだけで、この流れは恒例行事なんだと翔は悟った。鳴海は翔から視線を体育館の入口に移した。

「で、外に出ろと? 俺には扉は閉まってるように見えるけど、開いてるのか?」
「? 普通に開けて入ってきたけど?」

 翔は不思議に思い首を傾げる。扉を見返すが、やっぱり普通に開いている。鳴海は小さく「なるほどな」と呟いた。さらに翔の頭に疑問符が飛ぶ。しかし、鳴海は勝手に1人で納得してしまっている。今更、聞けない。

「ああ、神獣様がなにか術でもかけているのか?」
「......?」

 翔は理解するのを諦めた。どうせ知ったところで役には立たないだろうと正当化することにした。

「鳴海先生、今外に出るって聞こえたんだけど......」

 近くにいた女子生徒が不安そうに鳴海に聞く。私達も一緒に外に出たいと顔に書いてある。ここで断るのは不安を煽る、でも鳴海以外は連れてくるなと何故か朔夜に念押しをされている為、どうしたものかと翔は考える。
 しかし、それはすぐに鳴海の言葉で解消される。

「おー、少し外の安全を確かめてくる。これで大丈夫だったら帰れるから待っとけー」
「わかった。先生も気をつけてね」

 安心したように息を吐き、女子生徒は少し離れた集団の中に戻って行った。口先八丁で丸めるってこういうことかと翔は納得した。これなら確かに混乱も鳴海が抑えてくれそうだと、あんな言い方だったが朔夜は信頼しているんだなと気付き、少しだけ胸が痛くなる。

 その理由も考えず、鳴海に続いて翔も体育館から出た。
 外に出ると、リンが体育館の扉を閉める。別に中の人からは閉まってるように見えるからいいんじゃないかと翔は首を傾げる。

「来たか。鳴海一人だよな?」
「流石に、他の生徒や先生は連れてこないって。俺をなんだと思ってんだ?」
「いや、稲荷ならやりかねないと思っただけ」
「あー......」

 朔夜がゆっくりと近付きながら、鳴海に話しかける。当たり前のように翔の存在は無視され、話は進む。
 鳴海の前まで来ると、朔夜は見上げるように気怠げに顔を上げた。
 そして、情報交換をしながら、二人揃って翔を見た。
 明らかに信頼していなさそうな瞳に翔は、言葉が詰まる。しかし2人ともすぐに視線を戻し、情報交換を再開していた。その間、翔を見向きもしない。
 
 俺をわざわざ見る必要があるのか? と翔は思い、1歩踏み出そうとした瞬間、足元に何かが絡みついた。確認すると白猫が翔の右足に戯れついている。
 さっきの式神猫か? と後ろを振り向くと、物陰に隠れていた和也ゆうが、グッと親指を立てていた。意味がわからない。翔は式神猫を抱き上げると、見なかったことにした。

 その間に、情報交換は終わったようで鳴海が盛大に息を吐く。

「本当に催眠は効くのか?」
「そこは、リンがやるから問題はない。ただ、相性の問題で効きが悪いのもいるかもしれないから、その場合の辻褄合わせを頼みたい」
「なるほどな。空間が解けたらどうなるんだ?」
「リンの催眠でそのまま家に帰る。家に着く頃にはここでの出来事は忘れている......はず」

 淡々と応えていた朔夜が少し鳴海から目線を逸らした。自信がないんだなとありありと伝わってきた。
 腕の中でにゃぁと式神猫が鳴く。

「おい、そこは断言しろよ」
「初めてのケースだから仕方ないだろ? 不確かなものを僕は断言できない」
「......それも、そうだな。それ以外に方法もないし、仕方ない」

 鳴海はガシガシと髪を掻きむしると無理やり納得させたようだ。それから、キョロキョロと周りを見回す。

「そういえば、狭霧様は?」
「......ゆうは、適当にどっかで、やってるよ」

 また視線を彷徨わせながら朔夜が答えていた。そりゃ、和也に取り憑いてるって言えないよなと翔は2人に全く見られていないと分かっているから、うんうんと強く頷いた。

「まあ、いいや。とりあえず体育館に戻る。で、お前が空間解いたら生徒達を帰せばいいんだな」
「そうだね。解いた瞬間に、リンに結界も解かせる。それが合図でいいな?」
「分かった。......稲荷、今日は気をつけて帰れよ?」

 鳴海は最後に翔を見ると、体育館へと戻っていった。鳴海の姿が見えなくなった瞬間に、和也ゆうが駆け寄ってきた。

「鳴海の坊主も相変わらずだな。そろそろか?」
「そうだね、境界を元に戻す。でもここは目立つから校舎に戻るよ。いつもの教室なら問題ないだろう」
「それもそうだな」

 朔夜はそう話しながら、また校舎に戻っていく。翔も少し考えてから後に続いた。和也の身体も心配だが、ここまで巻き込まれたのだから特等席で事の顛末を見守りたい思いが強かった。

 そして、翔は朔夜の正体を知った教室まで戻ってきた。ここから、今までの価値観がさらに破壊されまくったなと翔は少し感慨深く思う。
 翔に続き、和也ゆうにコウ、酒呑童子も教室内に入ってきた。酒呑童子は迷わずに、教卓に腰を下ろすと酒瓶から直呑みをし始めた。まだ呑むのかと、翔は呆れる。

「解くよ」

 朔夜は扇子を取り出すと開いた。そして、扇子を揺らしながら左右へと動かし、神楽を舞う。すると、徐々に周りの景色から赤味が消えていく。
 そして朔夜が扇子を閉じた瞬間に、シャンと鈴の音が聞こえた。一瞬、周りが眩しくなり目が開けていられなくなる。次に目を開けると、そこには普段と変わらない世界が広がっていた。

 思わず窓際に向かって走る。窓の外には晴天が広がっており、校外の森や道も見える。日常に戻ってきたんだと自覚する。今更ながら身体が震えだした。
 にゃぁと腕の中の式神猫が鳴きながら翔の手の甲を舐める。それが、今この瞬間も夢ではなく現実なんだと教えてくれているように感じた。

 チラリと朔夜を見ると、珍しく安堵した様子で外の様子を眺めていた。本当にこれで終わったんだなと事実がストンと翔の中に落ちた。
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