第57話 体育館
校舎から出て、体育館へと向かう。最初は無言も心地よく感じていたが、徐々に翔の中で生まれていた疑問が我慢できなくなる。
「なあ、チカ。なんでナル先生に全部押し付けるんだ?」
「......」
朔夜は一瞬面倒そうに翔を見た。しかし、すぐにため息をつく。また、バカにされるのかと思わず翔は構える。
「鳴海の一族は現世の人間を管轄している。隠世と境界の件は片付けた。一応、リンに催眠をかけさせる予定だが、そこで生じた問題は全部、鳴海に投げる。口先八丁で丸め込めるからな」
「えっ、ナル先生はただのやる気ない教師じゃん」
「......君、人の本質を見るってことが出来ないんだな」
「んだと?」
冷めた目で朔夜に見られ、翔はカッと頭に血が昇るのを感じた。怒りで震えた手を式神がペロリと舐める。ザラっとした舌触りにビクリと翔の方が揺れる。
「おーい、あんまり喧嘩すんなよ? まだ終わったわけじゃないからなー」
後ろからやる気のない和也の声が聞こえる。思わず後ろを振り返ると3人は少し離れた位置を歩いている。
和也を真ん中に左右に酒呑童子とコウが歩いている様子が、頭を混乱させる。これが、ゆうならなんとも思わないのにと、和也の姿がある事にやっぱり違和感が拭えない。
翔は前を向き直し、とりあえず歩く。今は深く考えずに体育館に向かうのが1番だろう。
そして、体育館についた。その瞬間、翔の横を何かが横切った。
「主様! 無事だったのですね!」
1人の少女が朔夜に抱きついていた。
「リン、変わりはない?」
「大丈夫です! どうしますか? 全員催眠かけて、この出来事を夢と誤認させるように誘導しますか?」
「うん、それは頼みたい。だけど、とりあえず、離れて」
朔夜が迷惑そうにリンを見る。リンは少しシュンとしながら朔夜から離れた。そして、翔を見るとあからさまに警戒した顔をする。
「主様、なんでこいつと一緒にいるんですか!」
「......なりゆき?」
「間違ってないけど、その言い方は酷くないか、チカ!」
首を傾げる朔夜に思わず翔は吠える。リンはそんな翔を警戒している。変な三竦みが出来上がった。
「なんで、そこで険悪になるんだよ」
軽快に和也が話しかける。リンの眉間に皺がよる。それだけで、リンがゆうを嫌っていることが伝わってきた。
「よお、麒麟。お前も相変わらずだな」
酒呑童子が酒を呑みながら、リンに近付く。翔はまだ酒を呑んでいるのかと呆れる。
「鬼がここに何の用ですか? もう用事もないのでしょう? 呑んだくれはとっとと帰ったらどうですか」
「相変わらず、つれねぇな」
「私は、貴方が嫌いです!」
「ねぇ、今はそんなことしてる時間ないのわかんないの?」
酒呑童子とリンが言い合いを始めそうな雰囲気を感じ取ったのか、朔夜が2人を睨む。酒呑童子は豪快に笑いながら酒を呑み、リンはシュンと小さくなる。反応が違うなと翔は眺める。今、余計なことを言ったら明らかに怒りが自分にも飛び火するのは目に見えている。
そっと、翔はその場を離れ、近くで盛大に息を吐いているコウの元に避難した。
「......」
「おっ、少年! 避難が早いな!」
無言でコウと並んで様子を伺っていると、和也が歩いてきた。そして、翔が抱えている式神を撫でる。式神は嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らしていた。
「そういえば、こいつなんだ?」
「ん? ああ、説明してなかったな。式神だ!」
「それはわかってんだよ!」
「そうか? あー、まあ少年の護衛ってところか?」
和也は優しい瞳で式神を見る。翔は思わず、腕の中にあった確かな温もりを差し出した。和也は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに破顔して猫を抱きしめると撫で回していた。
やっぱり、和也の顔が、普段はしない表情を見せることに違和感が拭えない。しかし、幸せそうに式神を撫でている様子に普段は触らないもんなと少し感慨深くなる。
「君達、何やってるの。とりあえず、今からどうやって鳴海だけを体育館から出すか考えるよ。いくら、リンが催眠術をかけていても、万が一がある」
朔夜が呆れたように近付いてくると今後の方針についてすぐに告げた。すぐに和也が手を上げる。嫌な予感しかしないと全員の視線を受けながら提案した。
「それなら、拉致の達人のコウに頼むか!」
「ふざけんじゃねぇぞ、ゆう」
そして、即コウによって却下される。
「人攫いは、1回でやめろ」
朔夜がこめかみを揉みながら和也を見る。翔も便乗するように首を何度も縦に振る。
和也はやや不服そうに、唇を尖らせた。なんでいいと思ったんだと、少し翔はど突きたい気分になったが、相手は和也の身体だと、言い聞かせる。
「そもそも、俺ももうやらねぇぞ」
実行犯コウも否定的なため、この案は否決されゴミ箱に捨てられた。
「よくわからんが、朔夜が中に入って連れてこればいいんじゃ......おい、そんなに嫌そうな顔をするなよ」
酒呑童子が酒を呑みながら、翔達の方に歩いてくる。少し離れた位置ではリンがこちらの様子を伺っていた。酒呑童子の提案に朔夜の顔が歪む。顔にはめんどくさいとデカデカと書いてあるのが見えた。
「......俺が呼んでこようか?」
少し考えてから自然と翔は提案した。コウや酒呑童子、和也は体育館に混乱を招くかもしれない。コウ達は主に見た目や雰囲気で、和也に至っては性格の違いがバレたら確実に騒ぎになる。
朔夜は早くなんとかしたいと言うわりには、嫌そうだ。すると消去法で自分しかいない事に気付いた。
「それが1番だね。稲荷、鳴海だけを呼んでくる。他のは誰も出すなよ?」
「? わかった?」
朔夜がなんで念押しをしたかわからずに疑問符を浮かべながら、翔は体育館の入口に戻る。
「ゆう、見つかると面倒だから、君はどこかに隠れてて。ついでにコウと天童も」
後ろで朔夜が人外3人に指示を出しているのが聞こえた。その後、駆け足で翔の横に並ぶ。そして、入口前で待機していたリンに指示を出した。
「リン、一回出入り禁止の結界だけ解いて。催眠はそのままで」
「わかりました」
リンはそう返事をすると右指を鳴らした。その瞬間、体育館の周りを白い光が稲光のように走る。
「これで、一部解除は終わりました。中への出入りは自由です」
「そう、ありがと」
朔夜はリンにお礼を言うと翔に向き直る。
「いい? 余計なことはせずに、君は鳴海だけを確実に連れ出す。わかってるね?」
朔夜の念押しを受けながら、翔は一度頷くと体育館の扉に手をかけた。