最悪の初回授業
三治、教室を燃やす
「ではこれより、攻撃魔法概論初回授業を開始する」
入学式翌日。魔法士官学校新年度の授業が開始された。
三治は真新しい教科書の表紙を開いて、万年筆のインク残量を確認した。
海軍の紋章が彫られた万年筆は、海軍中尉である三治の兄から入学祝いとして贈られた品である。
「諸君が知るように、魔法の発動条件とは......」
背筋を伸ばして姿勢良く教官の板書を書き写す三治の右肘に、寮の同室となった樋口兼愛の左肘がぶつかる。
どうやら左利きであるらしいこの筋肉男が一心にペンを走らせているうちに、その体がどんどんと三治に近づいてきて接触してくる。
「兼愛、もう少し右に寄れ」
小声で言いながら肘を小突いた。
兼愛は僅かに右へずれるが、やがて熱中するうちに三治の座席の範囲を侵食していく。
「おい、いい加減にしろ。自分の体の幅さえも分からんのか」
「何だと?貴様とて余分な教科書を積み上げておきながらその言い草はなかろう」
「そもそもだ。貴様、左利きならば初めから他人に干渉しない席に座れ」
「この授業の座席は指定されている。そうでなければ誰がこんな陰気な一般市民の隣に座るものか」
「俺とて貴様のような者と寮の部屋でも教室でも顔を合わせるのはウンザリなのだよ!」
「そこ、うるさいぞ!!」
ついつい荒げた声に、教官からの怒声が飛ぶ。三治と兼愛は同時に背筋を伸ばして黙り込んだ。
壇上から見下ろした教官は騒がしい2人の顔を確認して鼻で笑う。
「おや、樋口伯爵家の嫡男と一般市民の澤山か。授業中の私語とは、ずいぶん余裕なようだな。丁度良い。両人とも前に来なさい」
指示を受けた2人は立ち上がって教室の前方へ向かった。三治と兼愛は教壇の下の空間に並んで立たされる。
「まず諸君が把握すべきは、攻撃魔法の間合いである。樋口、澤山、互いに向けて炎魔法用意」
教官の合図を受けて、兼愛は杖を構えて炎魔法の詠唱を始める。
三治も咄嗟にノートに描いてあった炎魔法の魔法陣の頁を開いた。室内のおおよその広さと兼愛との距離を測って、魔法陣の中央に魔法式を記入する。
先ほどの腹いせに兼愛を黒焦げにするつもりで、周辺から集める魔力の量を多めに設定した。
「放て!」
三治は号令と共に魔法式を完成させ、消し炭になった兼愛を思い浮かべながら炎魔法を発動した。兼愛の炎魔法の魔法陣も同時に周囲の魔力を取り込んで炎を起こす。
ところが、発動した2人の炎魔法は同時に消えた。
三治が確かにノートに書いたはずの魔法式が何事もなかったように消えているのを見て目を瞬かせる。
「......ん?」
「このように、同程度の威力の魔法を一定の間合いの範囲で同時に発動すると、空間の魔力を奪い合って不発に終わる。つまり、魔法による攻撃を行う場合は相手との距離を......」
「いや、待て。俺はこの男を丸焦げにするつもりで魔法を詠唱したはずだ。何故魔法の威力が拮抗する?」
教官の説明を遮った兼愛の杖の先が三治を向く。
何故魔法が打ち消しあったかといえば、同じように兼愛を黒焦げにしてやろうと考えていた三治の炎魔法の威力が拮抗したからに他ならないのだが、この筋肉男と全く同じ事を考えていた事を認めたくない三治は口を閉ざす。
「な、なんだと?樋口、授業中にそのような勝手な真似を」
「三治!さては貴様、俺を出し抜いて強力な魔法を使おうとしたな⁉︎」
「うるさい。貴様とて同じ事をしていたではないか」
「貴様!!ここで成敗してくれる!!」
いきり立つ兼愛が風魔法を発動する。
三治は開いたままの炎魔法の魔法陣に改めて魔法式を記入しながら兼愛と間合いをとった。どよめく候補生たちが三治と兼愛の動向を交互に見つめる。
「やめないか、お前たち!!」
慌てて制止する教官が三治と兼愛の間に割り入る。しかし時はすでに遅く、三治と兼愛の発動した魔法は中央に立った教官を左右から飲み込んだ。
「あ......ッ」
兼愛の風魔法のせいで増大した三治の炎魔法が大きな爆風を巻き起こす。教室の天井まで焦がす炎が落ち着いたその中から現れた黒焦げの教官が、信じられないものを見るような目で2人を見つめた。