魔法貴族と一般市民
三治、昼ごはん
「2回だ」
昼休みで混雑する大食堂で天ぷら蕎麦定食を食べながら、紀上吉継は指を2本立てて三治に示した。
「何がだ」
「お前が入学から今日までの2週間に起こしたモメ事だよ。入学から2日の間の2回。思っていたよりも大人しくできているな。偉いぞ三治」
澤山三治が魔法士官学校に入学して2週間が経過した。
「入学から2週間で4回モメる」という謎の予言を話していた吉継は、その美しい青い目を細めて満足げに口の端を上げた。
「一体どんな立場から言っているのだ」
三治は唇をへの字に曲げて、相変わらず三治の右隣に座る兼愛へ視線を向ける。
そもそも、三治のモメ事の原因は全て樋口兼愛のせいであるのだが、ここでその話を持ち出すと更なる揉め事の原因になるのでグッとこらえた。
「別に、こちらから諍いを起こす気はない。俺は士官候補生としての本分を果たす。それだけだ」
三治は日替わり定食の生姜焼きと漬物と煮物を米の上に乗せて一気に掻き込みながらノートに魔法式を書き写していく。
吉継から「家畜の餌」と称される食べ方をやめない三治を苦々しい目で見ながら、樋口兼愛が肩をすくめる。
「紀上曹長殿からもしっかり言ってやってくれ。この男、消灯時間を過ぎてもずっと魔法式と魔法陣を書き溜めておるのだ。適切な休息を取らずに翌日を迎えるなど、軍人として言語道断」
吉継の胸元には、彼が曹長の身分であることを示す階級章が付いている。2年生の赤い学年章と曹長勲章を並べて付けている候補生は、吉継の他にはほとんどいない。
その事実は、目の前の立ち小便男がそれなりに優秀な軍人であることを表している。
「迷惑をかけて悪いな、兼愛。コイツは昔から物事の限度を知らないんだ。絵を描き始めたと思えば朝から晩まで食事も摂らずに絵を描いて、剣術を習い始めたら半月くらい山に篭ってご両親を困らせた事もある」
「紀上曹長殿はこいつの古馴染みか。と言うことは貴殿も一般市民出身なのか?」
「俺は魔法界に実家があるんだ。祖父が魔法軍第二師団長でね」
吉継は自身の軍服の襟を指さして見せる。詰襟部分にぐるりと施された蔦のような絵柄と紀上家の家紋の金刺繍は、魔法貴族の使用する魔法を強化する効果があるという「魔法刺繍」と呼ばれるものだ。
「おお、その紋章、大谷将軍のご血縁か!その一族にお目に掛かれるとは光栄だ」
「そういうお前は樋口伯爵家か。随分古い神職の家系だろう」
吉継はニッコリ笑って海老の天ぷらを齧りながら兼愛の軍服の袖口を指さす。炎のような意匠の金刺繍もまた、樋口家の魔法刺繍なのであろう。
華々しい魔法貴族の家系に興味のない三治は適当に聞き流しながら午前の授業の復習を始める。
「......あれ?」
ふと、吉継が箸を止めて、大食堂の通路をうろつく女子候補生の姿を目で追った。
食事の膳を持ったままキョロキョロと空いている座席を探しているのは、2年生の衛生兵である宇野梗子であった。
吉継は梗子に見えるように高く上げた手で手招きをする。
「梗子ちゃんじゃないか。ここの座席が空いているよ。おいで」
「吉継くん!で、でも。お邪魔じゃないかしら」
「気にするなよ。さあどうぞ、こちらへ」
吉継は三治の正面にある空席の椅子を引いて、大げさに礼をしてみせる。あまりに気障な動作だが、そんな行動も吉継ならば様になる。
「ありがとう吉継くん。三治さんと兼愛さんも、お邪魔いたします」
深々と頭を下げた梗子は、目の前に置いたきつねうどんの前で丁寧に手を合わせて、ふうふうと冷ましながら少しずつ麺を啜る。
三治は、時折垂れ落ちてくる横髪を左手の指先で耳に掛ける梗子の指先に目を奪われる。
「三治、食事中の女性を凝視するものじゃないぞ」
三治は吉継の指摘に唇を噛む。勉強していた手を止めて梗子に見惚れていたことがバレていたらしい。
居住まいを正して午前の復習を再開する。
「三治さんは勉強熱心なのですね。昨日も遅くまで談話室でお勉強をされていたでしょう」
「んえっ」
三治は思わず妙な声をあげる。確かに深夜遅くまで談話室で勉強していたが、集中しすぎるあまり誰かが通った事にすら気づいていなかった。よりによって梗子にそんな状態を見られていたことに赤面する。
「三治さんと兼愛さんが座学でも実技でも飛び抜けて優秀だって、1年生の女の子から聞いたわ。朱雀隊にお二人が来てくれて本当に良かった。ねえ、吉継くん」
「うん、そうだな。毎日張り合いがあるよ。見てて飽きないし」
吉継は三治に含みたっぷりの笑みを向ける。馬鹿にされている事にも気付かぬ単純な兼愛は、ニッコリと笑って三治の肩を抱いた。
「聞いたか、三治!俺たち2人の活躍で、この朱雀隊を鼓舞してゆこうぞ!!」
耳元で叫ぶ声に鼓膜が反響を起こす。食堂内に響いた兼愛の大音声に周辺が静まり返った。
困惑する三治の様子に声を殺して笑った梗子の、茜色の髪紐がゆらゆらと揺れていた。