2週間ぶり2回目の医務室
三治、梗子に守られる
入学以来2週間ぶり2度目の医務室送りになった三治は、箒からの落下による打撲と雷魔法による痺れの処置を受けて寝台の上での安静を指示された。
今回は彼の右隣に梗子、そして左隣には先ほどの3年生が憮然とした態度で衛生科の処置を受けている。
「宇野さん。貴女には失望しました。箒から転落した上、衛生士官候補生の立場でありながら無駄な負傷をするなど」
「申し訳ございません......」
朱雀隊衛生長を務める女性教官が梗子の手首を処置しながら叱りつける。
箒にしがみつき続けた梗子の手首は捻挫をしていたらしい。湿布と包帯できつく巻かれた細い手首が痛々しかった。
「それどころか、将来有望な士官候補生にも怪我を負わせるだなんて。朱雀隊の恥だと思いなさい」
「はい......反省しております」
「いや、衛生長殿。宇野軍曹は何も悪くありません。私の飛行技術が未熟だったゆえに彼女と一緒に落下してしまっただけです」
三治は強い言葉で梗子を非難する教官を遮るように言い放つ。
三治の言葉に、衛生長は別人のように態度を変えて笑った。
「まあ、まだ入学したての候補生ながら上級生を庇うだなんて、さすが今年の首席候補生ですわね、澤山軍曹」
庇うも何も事実を述べているだけなのだが、梗子は申し訳なさそうに三治の顔を盗み見る。困ったような八の字の眉が更に下がっていた。
「ところで、信濃曹長。貴方は何故ここに運び込まれるに至ったのですか」
信濃と呼ばれた3年生は衛生長に見向きもせずに「ああ?」と低く吠えた。
「その炎魔法の火傷の跡、澤山軍曹の雷撃痕。貴方、また下級生に勝手な決闘を挑みましたね」
「衛生兵のババアには関係のねえ話だ」
「まぁ!なんという口の利き方。貴方の決闘癖を上層部は重く見ています。退学さえ視野に入る案件ですが」
「あの。衛生長さま。曹長さまは決闘なんてなさっていません。ええと、私が三治さんの魔法陣のノートを落としてしまって。暴発した魔法からお二人が助けて下さったのです」
ね、と同意を求められ、三治は思わず信濃と目を見合わせる。
三治と信濃が行なっていたのは決闘と思われても致し方ない乱闘騒ぎだったのだが、梗子はこれ以上事態を大きくしないために彼らを庇おうとしているのだ。梗子の意図を察した三治と信濃は、肯定も否定も出来ずに押し黙る。
衛生長は梗子の軍服のネクタイを引っ張り上げて梗子の頬を張り倒す。
「な......ッ!衛生長殿、女子候補生に対して度が過ぎておられるぞ!」
咄嗟に寝台から立ち上がって梗子と衛生長の間に割り入った三治の手を、梗子の小さな手が掴んで制止した。
黙ったまま衛生長の方をまっすぐに見つめ続ける梗子の手は、ガタガタと震えている。
「とにかく、今回の事態は朱雀隊の恥です。各自しっかり反省なさい」
衛生長は他の候補生たちを引き連れて医務室から立ち去る。人の気配がなくなったのを察した梗子は、はにかむような照れ笑いをした。
「ふふ。衛生長さまが信じて下さってよかった」
「梗子。君は何故あんな嘘を」
「すみません。でも、私を庇って火傷をなさった3年生さんが退学になっては困りますから」
迷いなく言い放った梗子の言葉に、信濃がパンと手を打って寝台から起き上がった。
「恐れ入った、お嬢さん。あんたに救われちまったな。俺は信濃清興。階級は曹長。朱雀隊の左近と呼ばれてる3年だ」
「左近さん。宇野梗子と申します。衛生科の2年生よ。こちらは澤山三治さん。今年の首席候補生さんです」
梗子の紹介に仕方なく信濃へ視線を向ける。信濃も三治が紹介されるとは思わなかったらしく、冷ややかな笑みを向けた。
信濃は梗子の寝台の前に跪いて、彼女の手を取る。
「俺のような半端者のために痛い思いをさせちまって申し訳ない。お詫びに今後お嬢さんに危害を加える奴は、この左近が全部まとめて始末いたしましょう」
まるで従者のように恭しく礼をした信濃に、梗子は恥ずかしそうに笑う。
「まあ、そんな。でも、お友達が増えて嬉しいわ。どうぞよろしくお願いします、左近さん」
外国人のように華やかな目を細めて梗子と向き合っていた信濃は、くるりと三治の方を向く。今度は別人のように表情を消して、三治の耳元で囁いた。
「それはそうと、お前との決着はまだついてねえ。今日の夜、大講堂裏まで来い」