不良の男
三治、不良を注意する
「梗子ッ!!無事か⁉︎」
グッタリと横たわる梗子は静かに胸を上下させて呼吸をしていた。目立った怪我もないので、ふうと安堵の息をつく。
「お、おい、なんだ。何でこんな所に人が降ってくる」
振り向けば三治が落下した場所には、大柄な浮浪者のような見た目の士官候補生が横たわっていた。
そういえば梗子の安否に気を取られて忘れていたが、高所から落ちた衝撃を吸収してくれた何かがあったような気がする。
のっそりと起き上がった士官候補生は癖の強い髪を首の後ろで結び、無精髭を生やした男だった。大きく釦を外した詰襟から覗く薄汚れたシャツの胸元から首にかけて刺青が彫られている異様な風貌である。
士官候補生にしては随分と年齢が上のように見えるが、それでも肩章と胸元の勲章は、この浮浪者が間違いなく朱雀隊3年生の曹長であることを示している。
「大変申し訳ない。朱雀隊1年の澤山三治軍曹であります。飛行訓練中の事故で落下してしまい、曹長殿には大変ご無礼を......」
三治は梗子の体をそっと草むらに横たえて立ち上がり、士官候補生に向けて敬礼をした。
3年生の士官候補生は面倒くさそうに舌打ちをしてからゴロリと寝返りをうち、三治に背を向ける。
「ったく、気をつけろよ1年坊。飛行がヘタクソな奴は実戦で真っ先に撃墜されるぞ」
「......失礼ですが、貴殿は朱雀隊の3年生とお見受けしますが。全学年参加の朱雀隊飛行訓練の最中にこんな所で何を?」
「ああ?うるせえな。上級生サマの睡眠を邪魔してくれてんじゃねえよ一般市民が」
浮浪者のような3年生は嘲るように笑って、三治が肩から提げている魔法陣のノートの鞄を指さした。非魔法使いである三治を侮蔑しているのは明らかである。
「......待て。朱雀隊の3年ともあろう者がこれでは、下級生に示しがつかぬというもの。今すぐ訓練に戻られよ」
「おっと。1年坊が随分と偉そうじゃねえか。カノジョと一緒にイチャイチャ落下してきやがったくせに良く言いやがる」
「と、とにかく!隊の風紀を乱すのであれば3年生とて容赦せんぞ!」
三治は鞄からノートを取り出して、3年生を見つめたまま魔法式を記入する。
浮浪者のような3年生はニヤリと笑って杖を取り出した。
「おっと。俺とやり合おうってのかい。彼女の前で吠え面かいても知らんぞ」
3年生の杖の先が強く光る。詠唱があったかどうかも分からないほどの速さで地面を雷が迸る。
三治は辛うじて右に飛び出て回避した。兼愛との喧嘩とは訳の違う威力の魔法である。
三治は、突然喧嘩を仕掛けられた時のために予め描いていた2つの魔法式に計算結果を記入して、3年生の正面に放った。
「うおっ⁉︎」
三治が放った小さな炎の魔法に、同じくらい小さな旋風を付与する。小さな炎が旋風によって渦を巻いて、3年生の横っ面を掠めた。
「ほう。小賢しい1年だな」
3年生はスッと杖を振って、2本の電撃を起こす。避け損ねて左腕に直撃すると、強い痺れに立ち上がれず地面を転がる。
「ぐ......ッ!」
通常、魔法使いが魔法を使用するときは詠唱の時間が発生するため、記入済みの演算魔法が発動するよりも時間がかかるはずだが、この男は詠唱時間を極限まで省略しているようだ。相当の能力がなければ出来ない芸当である。
「真面目な1年の坊ちゃんは大人しく訓練に戻るといいぜ。それか、このまま医務室で彼女に泣きつくかい」
三治の目の前に3年生が仁王立ちして杖を突きつける。
その時、チリンという髪紐の鈴の音と共に梗子が起き上がった。
「う......っ、三治さん......?」
ゆっくりと周辺を見渡した梗子が、三治と3年生の状況に気がついて息を呑む。
「......!」
3年生が起き上がった梗子の姿に気を取られている隙に、三治は炎の魔法を発動する。ところが発動場所を正面に指示した魔法陣は左手の痺れのせいで狙いを大きく外し、梗子目掛けて発動される。
「しまった......!」
痺れのために立ち上がることすら出来ない三治は愕然としたまま梗子の方を見る。
起き上がった瞬間に火球が飛んできた梗子は、驚いて身体を硬直させている。
「くそっ、危ねえ!」
3年生は咄嗟に梗子と火球の間に滑り込み、梗子を庇って背中で火球を受ける。
「熱ッッ...つ!この、クソ1年坊があァ!!」
癖の強い長髪に燃え移った炎を手で払いながら、3年生が吠える。
「いた!梗子ちゃん、三治、大丈夫か⁉︎」
吉継の声が聞こえて、三治は空を見上げる。
上空では吉継と上級生が、箒の上からこの不可解な戦闘を目撃していた。