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「の、のう、ミルカ。もう一杯酒をもらってもよかろうか? できればさきほどの林檎酒がよいのだが......」
セレ様が遠慮がちにお酒を所望してきた。もじもじとおかわりをお願いしてくるセレ様の仕草のかわいさときたらもう! 見た目トカゲなんですが、胸がきゅんとくる可愛さだ。
新しく用意した、ちょっと大きめのグラスにいっぱい林檎酒を注いであげると、セレ様は嬉しげに礼を言う。
わたしも改めて座りなおし、自分用のグラスも用意して、そこに冷えた水を注いだ。そうして再びセレ様を観察した。
そういえば、ドラゴンの主食って本来は何なのだろう?
トカゲは肉食なんだけど、セレ様はトカゲではない。ドラゴン様だ。
見た目のイメージからなんとなくドラゴンは肉食だと思っていた。
けれどセレ様を観察する限り肉食っぽい印象はない。水竜だからなんだろうか? もしや、草食系ドラゴン?
林檎酒をお気に召してくれたセレ様は、こころなしか頬のあたりが朱色になっていた。体の鱗も色つやがどんどん良くなっていって、ほのかに紅色がさしている。お酒が回ってきてるのかな? 酔っぱらって正体なくしちゃうようなことがないといいけど。水竜だから、火を噴いたりはしないかな? ここで火を噴かれたら、かなり困る。
「それにしても、ミルカにはずいぶんと世話になってしまったな」
林檎酒を飲みながら、セレ様が言った。
発語もしっかりしてるし、酔っぱらっている様子は見られない。両の黒眼をわたしに向けて、一度二度、ゆっくりと瞬きをした。
「これは、何か返礼せねばなるまい。しかし、いまだチカラは完全に戻ってはおらぬし、どうしたものか」
ううむと唸って、セレ様は腕を組んだ。ほっそりしたトカゲの前脚ではあるんだけど、思いのほか長いし、器用に動くものだなぁと内心感心していた。
「気にしないでください、セレ様。たいしたことはしてませんし......」
「いや、素晴らしき菓子と酒を馳走になったのじゃ。これほどの恩を受けておきながら返礼のひとつもせぬままでは、水竜の名がすたるというもの。是が非でもミルカの恩に報いるぞ。――む、そうじゃ!」
何か思いついたらしい。セレ様はぱっと顔をあげるやわたしに近づいてきた。ほてほてと、ちょっとおぼつかない二足歩行だった。
「ミルカ、この家に井戸はあるか?」
「え、はい。ふたつ、ありますけど」
ひとつは家を出たすぐのところにある、生活用水として利用している井戸だ。
「それは、飲料用の井戸か?」
「そうです」
「うむ。ミルカよ、吾をその井戸のところに連れて行け」
「は、はい」
言われるまま、セレ様を再び手に乗せて、うちを出た。ちなみに、両手でないと持てないくらいには大きくなっていたし、かなりずっしりと重かった。
「手間をかけるな」
セレ様は、笑い含みにそう言った。
うちを出てすぐ左手に、井戸はある。
蔦の巻き付いた、車井戸だ。生活用水はすべてここの井戸から賄っている。もうひとつの井戸は果樹園の奥に。どちらの井戸も、水質は良いといえる。エト山の伏流水の恩恵に預かっている井戸だ。
「ミルカよ、これを井戸に投じよ」
そう言ってセレ様はわたしに一枚の鱗を差し出した。セレ様自身の鱗のようだった。小指の爪ほどの小さな鱗だけど、薄青色の綺麗な鱗だ。
受け取った鱗を、促されるまま井戸に投じた。ひらひらと花びらのように鱗は井戸に落ちていった。
ややあってから、セレ様が「井戸の水を汲み取ってみよ」と言い、これもそのまま従って、綱のかけられた釣瓶を井戸に放り込み、滑車を回して釣瓶を釣り上げた。
「あ、あれ......?」
井戸から汲み上げたのは水のはず......なんだけど。ふわんと香ってくる、この甘酸っぱい香りは、もしや......?
釣瓶の中の水を片手で掬って、口に含んでみた。
「......っ!?」
間違いなく、これ、お酒だ! すっごく口当たりのいい、林檎酒。ほんのり蜂蜜の風味もある。
すごく美味しい! 我が家の林檎酒より口当たりがまろやかで、甘みが強い。
「どうじゃ。ミルカの造る林檎酒に勝るとも劣らぬ酒じゃろう? これからはこの井戸からいくらでも林檎酒を汲み取って飲めるから、存分に堪能するがよいぞ。竜気もわずかながら入っておるから、滋養にもよい。もちろん、ミルカの酒は極上の酒じゃからして、造らぬでもよいというわけではないぞ? それとこれとは、また別じゃ」
セレ様は、「えっへん」と胸を張って誇らしげな様子だ。鼻の穴も広げて、とっても自慢顔。
「セレ様......えぇっと......」
わたしも、やっとドラゴンという神獣らしい奇跡の一端を見られて心底驚いた。
鱗一枚で、こんな奇跡を起こせるなんて、ほんとにすごい。どういう理屈かはさっぱりわからないけど、さすがドラゴン様だ。
......すごいんです、けども。
満足げなセレ様の気分に水を差したくはないんだけど、このままでは困ってしまう。
「セレ様......その、この井戸は生活用水なので、お酒に変えられてしまうとちょっと......というか、かなり困るんですけども......」
わたしがそう言うと、セレ様は「なんと!」と瞠目し、直後がっくりと項垂れ、気の毒なくらいしょんぼり気落ちしてしまった。
「そ、そうか、ミルカを困らせてしまっては元も子もない......。いまいちど、これを井戸に投じよ。さすればもとの水に戻るゆえ」
「......はい」
セレ様が差し出した鱗を受け取り、さっきと同じように井戸に落とした。
確認すると、ちゃんと水に戻っていて安堵した。
けれど、セレ様をがっかりさせてしまったようで申し訳ないな。
すっごくいいこと思いついたって顔をしてたから、がっくり度はかなり高いだろう。ほんのりと薄紅に色づいていた顔色が、急転直下、蒼白くなってしまった。セレ様、なんて分かりやすいの......
「で、でも、セレ様の造ったこのお酒も、すごく美味しいです」
別の桶に入れ替えた林檎酒は元の井戸水には戻らず酒のままだ。せっかくなので瓶に入れて保存したいと伝えると、セレ様は気を取り直したようだ。
「うむうむ。ミルカに気に入ってもらえたのなら良かった。吾の酒も、満更ではなかろう?」
「はい、とっても」
「しかし困ったのう。なんとしても恩返しをしたいのじゃが......良き案が浮かばぬ......」
そしてセレ様はまた思案顔になり、ちょっと間、黙りこくってしまった。