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第一章(肆):最初の夜 *

 乱された銀衣の合わせ目から、肌を刺すような夜の冷気が忍び込む。

 理を違え、力ずくでこの神域へと連れ去られたその事実が、かすかに疼く身の焦燥とともに自身に深く刻み込まれていた。

 ――あれはまごうことなき暴挙、だった。

 星神との正規の結びつきを断ち切られ、逃れる間もなくこの男の腕に抱き囲まれた。

 我が身の神威をすべてぶつけてもびくともせぬような強大な力の前に、何もかもをめちゃくちゃに奪われた。

 清廉であるべき月神の誇りを穢され、理不尽なまでの独占欲に絡め取られた。

 その思いは正しく、胸を痛めることなど何もないというのに。

 今、目の前で起きている光景は、あまりにも衝撃的で、痛ましいものだった。

「っ......がっ......く......!」

 冷徹を誇り、世界の理を己の掌の上で転がしていたはずの天神・玄霄てんしん・げんしょうが、冷たい床に崩れ落ちていた。

 口元から溢れた鮮血が純白の神殿の床を汚し、その黄金の双眸は苦悶のあまり鈍く濁っている。

 その彼に、まとわりつくように覆っているのは闇色の呪詛。

 褥の上、いまだ身を隠す布を引き寄せることしか出来ずとも、その呪詛が誰によるものかは小さき銀のひかりであった自分にはよくわかった。

 あれは育ての親ともいえる闇の古き神々のもの。

 下界を遮断したこの静謐な空間で、彼は今、深淵の老神たちが寄越したであろう|「業」《うらみ》の呪詛を一身に受け、魂を内側から焼き切られているに違いない。

 自らの手で正道をへし折り、世界を敵に回した代償。

 私をその腕に閉じ込めた瞬間から、否、そうと決めたその瞬間から。

 彼の肉体は容赦ない崩壊の予兆に蝕まれていたのだろうか。

 (――馬鹿な男......)

 あんなにも傲慢に、月神である私を強奪しておいて。

 今や彼は、息をするのもままならないほどの苦痛に喘ぎ、たったひと柱の「罪人」として無様にもその身を床に転がしている。

 助ける義理などない。

 むしろ、このまま苦しみ果てて消えてしまえばいいと、凍りついた月神としての理性がそう告げている。

 なのに、その光景から視線が外せない。

 目の前で震えるその背中を前にして、胸の内で何かが音を立てて波立った。

 強引に奪われた夜の記憶がまだ消え切らないうちに、今度はこの男が、壊れていく。

 私のせいではない。

 この男の自業自得なのだ。

 そう理解しているのに、私の足は――勝手に、苦悶に沈む玄霄の方へと踏み出していた。

「......来るな」

 地を這うような、掠れた声が響く。

 思わず、足を止めてしまう。

 血にまみれた天神が、鬼気迫る黄金の瞳で私を睨みつけていた。

 狂気に似た業の苦痛に身を焼きながらも、彼は近づこうとする私をその手で遠ざけようとする。

 自分に巣食う呪詛の穢れが、私を汚すことを恐れるかのように。

「これ以上、我に近づくな......っ。離れていろ、皓月......!」

 その言葉が、あまりにも傲慢で、それでいてあまりにも必死で。

 ――その拒絶が、皮肉にも、私の中の何かの蓋を完全に押し外してしまった。
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第一章(参):神々のざわめきと代償の始まり
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絶望の夜を越えた理(ことわり)に、永遠(とわ)の甘やかしを作者:うき
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第一章(肆):最初の夜 *

 乱された銀衣の合わせ目から、肌を刺すような夜の冷気が忍び込む。

 理を違え、力ずくでこの神域へと連れ去られたその事実が、かすかに疼く身の焦燥とともに自身に深く刻み込まれていた。

 ――あれはまごうことなき暴挙、だった。

 星神との正規の結びつきを断ち切られ、逃れる間もなくこの男の腕に抱き囲まれた。

 我が身の神威をすべてぶつけてもびくともせぬような強大な力の前に、何もかもをめちゃくちゃに奪われた。

 清廉であるべき月神の誇りを穢され、理不尽なまでの独占欲に絡め取られた。

 その思いは正しく、胸を痛めることなど何もないというのに。

 今、目の前で起きている光景は、あまりにも衝撃的で、痛ましいものだった。

「っ......がっ......く......!」

 冷徹を誇り、世界の理を己の掌の上で転がしていたはずの天神・玄霄てんしん・げんしょうが、冷たい床に崩れ落ちていた。

 口元から溢れた鮮血が純白の神殿の床を汚し、その黄金の双眸は苦悶のあまり鈍く濁っている。

 その彼に、まとわりつくように覆っているのは闇色の呪詛。

 褥の上、いまだ身を隠す布を引き寄せることしか出来ずとも、その呪詛が誰によるものかは小さき銀のひかりであった自分にはよくわかった。

 あれは育ての親ともいえる闇の古き神々のもの。

 下界を遮断したこの静謐な空間で、彼は今、深淵の老神たちが寄越したであろう|「業」《うらみ》の呪詛を一身に受け、魂を内側から焼き切られているに違いない。

 自らの手で正道をへし折り、世界を敵に回した代償。

 私をその腕に閉じ込めた瞬間から、否、そうと決めたその瞬間から。

 彼の肉体は容赦ない崩壊の予兆に蝕まれていたのだろうか。

 (――馬鹿な男......)

 あんなにも傲慢に、月神である私を強奪しておいて。

 今や彼は、息をするのもままならないほどの苦痛に喘ぎ、たったひと柱の「罪人」として無様にもその身を床に転がしている。

 助ける義理などない。

 むしろ、このまま苦しみ果てて消えてしまえばいいと、凍りついた月神としての理性がそう告げている。

 なのに、その光景から視線が外せない。

 目の前で震えるその背中を前にして、胸の内で何かが音を立てて波立った。

 強引に奪われた夜の記憶がまだ消え切らないうちに、今度はこの男が、壊れていく。

 私のせいではない。

 この男の自業自得なのだ。

 そう理解しているのに、私の足は――勝手に、苦悶に沈む玄霄の方へと踏み出していた。

「......来るな」

 地を這うような、掠れた声が響く。

 思わず、足を止めてしまう。

 血にまみれた天神が、鬼気迫る黄金の瞳で私を睨みつけていた。

 狂気に似た業の苦痛に身を焼きながらも、彼は近づこうとする私をその手で遠ざけようとする。

 自分に巣食う呪詛の穢れが、私を汚すことを恐れるかのように。

「これ以上、我に近づくな......っ。離れていろ、皓月......!」

 その言葉が、あまりにも傲慢で、それでいてあまりにも必死で。

 ――その拒絶が、皮肉にも、私の中の何かの蓋を完全に押し外してしまった。
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