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第一章:最高神夫婦の執務室の激甘公務 *

 天界の頂に位置する至高の執務室。

 天窓から差し込む静かな光の中、世界の理ことわりを司る膨大な羊皮紙と神文の流転が、机の上に整然と並べられている。

 創られた世界の、その理を司る天地神・玄霄てんちしん・げんしょうと、夜と巡りを統べる月神・皓月つぎがみ・こうげつ。

 夫婦である二柱は、今日も下界の命運を書き記していた。静寂を破るのは、さらり、と紙が擦れる音と、重厚な神意の呼吸だけ。

 一見すると、天地神と月神による厳かな公務の風景――

 ......だが、その密度はあまりにも甘く、重かった。

「......玄霄」

 呆れたような、けれどどこか気怠げな甘さを残した声が零れる。

 声の主は皓月。

 皓月は、玄霄の太い腕の輪の中にすっぽりと収まった状態で膝の上に腰を下ろしていた。

 背後から漆黒の神衣を纏う身でぴったりと抱きすくめられ、玄霄の顎は皓月の白く匂やかな肩口に預けられている。

「何だ、皓月」

 玄霄は皓月のうなじに鼻先を擦り付け、深く息を吸い込みながら、何事もないかのように手に持った神文に目を通している。

 身体の隙間など微塵もない。

 皓月が少しでも身を揺らせば、衣越しにも分かる夫の圧倒的な熱量が背中全体に伝わってくる。

「『何だ』ではない......。これでは筆が動かしづらいと言っているのだ。......手を離せとは言わぬから、せめてもう少し腕の力を緩めよ。我が身を抱き枕か何かと勘違いしておらぬか?」

「勘違いなどしておらん。我が最愛の月」

 即答であった。

 玄霄は拘束を緩めるどころか、むしろ確認するように腕の力をぐっと込め、皓月の細い腰を抱き寄せる。

 残夜から暁、曙を経て朝方――寝屋で飽きるほど貪り尽くしたはずだというのに、この男の独占欲は万の時を経ても一向に減る兆しがない。

「......はぁ。まったく、お前という男は......」

 皓月は溜息を吐きつつも、本気で逃げ出そうとはしなかった。

 背中から伝わる玄霄の心拍と体温は心地よく、身の内に残る微かな疼きと愛執の余韻が、かえって身体を夫の腕の中へと馴染ませてしまう。

 皓月は諦めて筆を持ち直し、目の前の流転図に優雅な軌跡を描き始めた。

「......ふむ。下界の東方の天候、少しばかり恵みの雨を増やしておいた。あちらの地母神(ちぼしん)の領域も潤うであろう」

「それは良い差配だ、玄霄。翠嶺すいれいにはこの少し後に逢う計画なれば...その旨、伝えておこう」

 玄霄は皓月の手元を見つめながら、静かに頷く。

 そして空いている大きな掌で、白い神衣に隠された皓月の白く滑らかな太腿を撫で上げるようにそっと置き、そのまま膝の裏へと滑り込ませて身体の安定を支えた。

「......玄霄、どこを触っている」

「落ちぬように支えているだけだ」

 玄霄は悪びれもせず、優雅な手つきで羊皮紙をめくる。

「白々しい......。手つきが怪しいぞ」

「......ならば、疾く仕事を終わらせよ。終わらねば、この腕はさらに離れぬぞ」

「な...っ!? 戯け......! 誰のせいで仕事が遅れていると思っているのだ......っ!」

 皓月は頬を朱に染め、咎めるように夫を睨みつける。

 だが、その瞳に拒絶の色がないことを、玄霄は知り尽くしていた。

 玄霄は満足げに喉を鳴らし、妻の白く美しい耳たぶへと、甘い不意打ちの口づけを落とす。

「......くっ......静かにせよ......っ。筆が滑る......」

「滑れば書き直せば良い。時間はいくらでもある......我らは永遠を生きておるのだからな」

「そういう問題では...。......ああ、もう! 誰ぞ書類を持って入ってきたら如何する!」

 振り払うように身を捩って皓月が叫ぶ。

「訪れるならば玄月げんげつか」

「玄霄っ」

「我らが息子であれば空気を読んで扉の前で引き返す」

「威張るでないわ......」

 文句を言いながらも、皓月は諦めたように背後の大きな体温に深く身を預け、玄霄の手の甲の上に自分の白い手を重ねた。

 指先を絡ませ合い、神文を読み解きながら、時折交わされる甘い吐息と口づけ。

「失礼します」

 しばらくの刻が巡り、不意に響く扉が開く微かな音と静謐な声。

 姿を見せたのは天地神と同じ黒をその髪に宿し、月神と同じ銀をその双眸に宿す彼らの子。

 彼は数秒、動きを止めて静かに嘆息した。

「......後ほど参ります」

 そして携えた神文の束を抱え直して退出していく。

「だから申したではないか......」

 呆れたように天を仰ぐ皓月の腰に、玄霄は相変わらず太い腕を回したまま先ほどの様子を検分するように呟く。

「扉の前、...とはいかなんだか。なれど空気を読んだな。やはり良い息子だ」

「......後で玄月に詫びておけ」

「何故だ?」

「わからぬのか」

「......ふむ」

 どこか腑に落ちない様子の夫を一瞥し、皓月は小さく息を吐く。

 そうして再び夫の胸元へと背中を預けて心地よい体温を感じながら筆を執る。

 ――静寂が戻った。

 先ほどまでの甘さが少しだけ薄れ、代わりに執務室にはまた、羊皮紙をめくる音と筆の走る音が静かに響き始める。

 世界の理ことわりは今日も滞ることなく紡がれ、下界では誰一人知ることなく季節が巡っていく。

 そのすべては――二柱が紡ぐ、この穏やかな日常の中から生まれていた。

 ......そう、この数刻後に。

 天界の平穏を揺るがす『あの厄介な古き神々』が、神域の防壁をものともせずに乗り込んでくるまでは――。
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絶望の夜を越えた理(ことわり)に、永遠(とわ)の甘やかしを作者:うき
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 天界の頂に位置する至高の執務室。

 天窓から差し込む静かな光の中、世界の理ことわりを司る膨大な羊皮紙と神文の流転が、机の上に整然と並べられている。

 創られた世界の、その理を司る天地神・玄霄てんちしん・げんしょうと、夜と巡りを統べる月神・皓月つぎがみ・こうげつ。

 夫婦である二柱は、今日も下界の命運を書き記していた。静寂を破るのは、さらり、と紙が擦れる音と、重厚な神意の呼吸だけ。

 一見すると、天地神と月神による厳かな公務の風景――

 ......だが、その密度はあまりにも甘く、重かった。

「......玄霄」

 呆れたような、けれどどこか気怠げな甘さを残した声が零れる。

 声の主は皓月。

 皓月は、玄霄の太い腕の輪の中にすっぽりと収まった状態で膝の上に腰を下ろしていた。

 背後から漆黒の神衣を纏う身でぴったりと抱きすくめられ、玄霄の顎は皓月の白く匂やかな肩口に預けられている。

「何だ、皓月」

 玄霄は皓月のうなじに鼻先を擦り付け、深く息を吸い込みながら、何事もないかのように手に持った神文に目を通している。

 身体の隙間など微塵もない。

 皓月が少しでも身を揺らせば、衣越しにも分かる夫の圧倒的な熱量が背中全体に伝わってくる。

「『何だ』ではない......。これでは筆が動かしづらいと言っているのだ。......手を離せとは言わぬから、せめてもう少し腕の力を緩めよ。我が身を抱き枕か何かと勘違いしておらぬか?」

「勘違いなどしておらん。我が最愛の月」

 即答であった。

 玄霄は拘束を緩めるどころか、むしろ確認するように腕の力をぐっと込め、皓月の細い腰を抱き寄せる。

 残夜から暁、曙を経て朝方――寝屋で飽きるほど貪り尽くしたはずだというのに、この男の独占欲は万の時を経ても一向に減る兆しがない。

「......はぁ。まったく、お前という男は......」

 皓月は溜息を吐きつつも、本気で逃げ出そうとはしなかった。

 背中から伝わる玄霄の心拍と体温は心地よく、身の内に残る微かな疼きと愛執の余韻が、かえって身体を夫の腕の中へと馴染ませてしまう。

 皓月は諦めて筆を持ち直し、目の前の流転図に優雅な軌跡を描き始めた。

「......ふむ。下界の東方の天候、少しばかり恵みの雨を増やしておいた。あちらの地母神(ちぼしん)の領域も潤うであろう」

「それは良い差配だ、玄霄。翠嶺すいれいにはこの少し後に逢う計画なれば...その旨、伝えておこう」

 玄霄は皓月の手元を見つめながら、静かに頷く。

 そして空いている大きな掌で、白い神衣に隠された皓月の白く滑らかな太腿を撫で上げるようにそっと置き、そのまま膝の裏へと滑り込ませて身体の安定を支えた。

「......玄霄、どこを触っている」

「落ちぬように支えているだけだ」

 玄霄は悪びれもせず、優雅な手つきで羊皮紙をめくる。

「白々しい......。手つきが怪しいぞ」

「......ならば、疾く仕事を終わらせよ。終わらねば、この腕はさらに離れぬぞ」

「な...っ!? 戯け......! 誰のせいで仕事が遅れていると思っているのだ......っ!」

 皓月は頬を朱に染め、咎めるように夫を睨みつける。

 だが、その瞳に拒絶の色がないことを、玄霄は知り尽くしていた。

 玄霄は満足げに喉を鳴らし、妻の白く美しい耳たぶへと、甘い不意打ちの口づけを落とす。

「......くっ......静かにせよ......っ。筆が滑る......」

「滑れば書き直せば良い。時間はいくらでもある......我らは永遠を生きておるのだからな」

「そういう問題では...。......ああ、もう! 誰ぞ書類を持って入ってきたら如何する!」

 振り払うように身を捩って皓月が叫ぶ。

「訪れるならば玄月げんげつか」

「玄霄っ」

「我らが息子であれば空気を読んで扉の前で引き返す」

「威張るでないわ......」

 文句を言いながらも、皓月は諦めたように背後の大きな体温に深く身を預け、玄霄の手の甲の上に自分の白い手を重ねた。

 指先を絡ませ合い、神文を読み解きながら、時折交わされる甘い吐息と口づけ。

「失礼します」

 しばらくの刻が巡り、不意に響く扉が開く微かな音と静謐な声。

 姿を見せたのは天地神と同じ黒をその髪に宿し、月神と同じ銀をその双眸に宿す彼らの子。

 彼は数秒、動きを止めて静かに嘆息した。

「......後ほど参ります」

 そして携えた神文の束を抱え直して退出していく。

「だから申したではないか......」

 呆れたように天を仰ぐ皓月の腰に、玄霄は相変わらず太い腕を回したまま先ほどの様子を検分するように呟く。

「扉の前、...とはいかなんだか。なれど空気を読んだな。やはり良い息子だ」

「......後で玄月に詫びておけ」

「何故だ?」

「わからぬのか」

「......ふむ」

 どこか腑に落ちない様子の夫を一瞥し、皓月は小さく息を吐く。

 そうして再び夫の胸元へと背中を預けて心地よい体温を感じながら筆を執る。

 ――静寂が戻った。

 先ほどまでの甘さが少しだけ薄れ、代わりに執務室にはまた、羊皮紙をめくる音と筆の走る音が静かに響き始める。

 世界の理ことわりは今日も滞ることなく紡がれ、下界では誰一人知ることなく季節が巡っていく。

 そのすべては――二柱が紡ぐ、この穏やかな日常の中から生まれていた。

 ......そう、この数刻後に。

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