第一章(壱):絶望の予兆
天界の頂、誰の気配も届かない静謐の神座。
静寂の中で天神・玄霄はそのまばゆいまでに冷徹な黄金の双眸を閉じ、世界の理の流転を見つめていた。
彼の瞳は「未来視の眼」
幾万通りもの時間の枝分かれを視通し、この世界の行く末を観測するための神の器官である。
だが、その黄金の眼に映し出される未来は、近頃、かつてないほどの澱みと破滅の色を帯びていた。
「......やはり、何度視ても結果は変わらぬか」
低く、押し殺したような呟きが静まり返った神殿に響く。
玄霄が視ていたのは、世界の「正道」とされる未来――すなわち、星神・辰星と、月神・皓月が結ばれ、夜の巡りの中で「星産み」を行う結末だった。
本来の理に則れば、それは祝福されるべき営みであるはずだった。
だが、未来視の果てに待ち受けていたのは、おぞましい破滅の情景だった。
(――星神の圧倒的な質量と激しい神威。それに比して、皓月の本質は『ちいさな銀のひかりのひと雫』に過ぎぬ。......耐えられるはずがない)
星神が放つ強大な星産みの力に対し、皓月の器はあまりにも小さく、軽かった。
前任の、全き月の神ですら耐えられず消えてしまった星神の神威を、どうしてその小さな器が受け止めきれようか。
二柱が交われば、皓月はその圧倒的な質量に耐えきれず、すり潰されるように消滅する。
そして二度も対を失うことになる星神の暴走は世界そのものを巻き込む。
すべてを呑み込む『昏く重い死を招く星』を生み出し、あらゆる光を絶つ虚無へと変貌させるのだ。
星神も、世界も、そして――。
「......あの、ちいさな光までもが」
冷徹を誇る天地神の額に、一筋の冷や汗が伝う。
心臓を鷲掴みにされるような、得体の知れない焦燥と恐怖が玄霄の神威を激しく波立たせた。
世界が滅びることへの懸念ではない。
その中心で、あの銀の光が塵一つ残さず消え去ってしまうという未来そのものが、彼の理性を狂わせるのに十分だった。
救うための道は、ただ一つしかなかった。
だがそれを実行すれば、世界はねじ曲がり、玄霄自身がすべての秩序を破壊する「大罪人」となる。
自らの魂に、一生消えない果てしない「業と穢れ」を刻みつけることになると識る。
「......ならば、狂うのは我だけで良い」
玄霄は静かに黄金の眼を開き、決然と立ち上がった。
世界を守るため、そして何より――その腕の中にあの光を永遠に縛り付けるため、彼は自らの手で「正道」を打ち砕く禁忌へと足を踏み出していく。
あまりの焦燥と恐怖に、その手を打つことによる未来を、視ることすら忘れて。