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7.あなたの言いなり通りに進学しません ①

 昇二が連れて来たのは銀座のカフェーだった。学校近くのカフェーに足を運んだことはあっても、銀座は初めてだ。
 (ここが、あの有名なカフェー・パウリスタ......)
 誰もが知る有名カフェーに訪れた美也子の胸は熱くなる。が、目の前にいるのは昇二。感激している姿など、絶対に見せたくない。美也子は口角が上がるのを必死に抑え、無表情を決め込もうとする。が、無駄だった。
 店も座席もウエーターも、客として訪れる人々も。どれもが美也子には新鮮で、目で追ってしまう。向かいに座っている昇二が笑いをかみ殺している姿が見えても、美也子はきょろきょろするのを止められなかった。
「随分、楽しそうだな」
 ようやく口を挟んだ昇二に美也子が赤面した時、ウエーターが珈琲とドーナツを運んで来た。
「勝手に注文しておいた」
 言葉遣いがぞんざいになっているが、無礼に聞こえないのは、昇二も男爵家で育った人間だからだ。
 雑な口調だが、相手への敬意を忘れることはない。だからこそ、美也子も大人しくついてきたのだ。
 弁えている人間の前で、礼を失するわけにはいかない。
「......ありがとうございます」
 感謝の言葉を発した自分の声は、消えそうに小さかった。しまった、と思った時にはもう、昇二は噴き出した後だった。

 今から澄ましても格好つかない。それでも美也子は、素知らぬ顔をするしかなかった。
 カップを取り、珈琲を飲む。やけに苦く感じるのは、飲み慣れていないからか。いつもならミルクを入れるが、昇二の前でそれをするのは癪だ。美也子は我慢した。
「ブラック派か」
「ええ」
 自然に答えたつもりなのに、昇二は何故か笑いを噛み殺している。腹が立って仕方ない。
 昇二といると、調子が狂う。華族としての教育は受けている。取り繕うことなど、美也子にとっては造作もないことなのに。
 
 (昇二様の瞳のせいだわ)

 冷たすぎて、他者を拒絶する瞳。今もそうだ。口では笑いながら、目の奥は驚くほど冷ややかだ。不躾な瞳は、初対面の時から変わらない。
 たまに不安定に揺らいで本心を覗かせる昇二のことが気にならないか、と聞かれると悩ましいが、所詮は利害で縁を結ぶことになった関係でしかない。

「して、お話とは?」
「何も。とりあえず帰国したので、婚約者殿に会っておいた方がいい、と判断しただけだ」
 つまり。
「performancパフォーマンス、ということですわね」
 覚えたばかりの単語だが、上手く発音出来た。昇二は冷ややかな笑みで珈琲を啜る。
「兄が出奔したと聞いた時は、どんな地雷を押し付けられるのかと戦々恐々したが、杞憂だったようだな」
「辛辣なお言葉ですわね。事実ですが」
 美也子は、敢えて淡々とした口調で答えた。昇二の手の内は見えている。

 わざと怒らせて、美也子の反応を見ているのだ。

 その手には乗らない。美也子は平然と見せかけながら、カップを持ち上げた。
 やはり苦い。次に来る時には違うものを頼もう。そう決意しながら、美也子は昇二に斬り込んだ。
「そんなことをしなくても、既に下準備は万全じゃありませんか?」
「と、言うと?」
「海外からのお手紙作戦。父母にはとても効果的でしたよ」
 昇二の笑みが冷笑から愉快なものに変わっていく。美也子は昇二のどんな表情も見落とさないと、目線を定めたままだ。
「作戦とは心外だな。一つ一つ心を込めて、したためたのに」
「心を込めた結果が、あのような中身がない内容でしたのね」
 昇二の瞳が揺れた。初めて美也子を眼中に入れたかのように、驚きと喜びが混じっている表情だ。
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お家を存続させるための結婚です。情はありません!作者:雪本風香
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 昇二が連れて来たのは銀座のカフェーだった。学校近くのカフェーに足を運んだことはあっても、銀座は初めてだ。
 (ここが、あの有名なカフェー・パウリスタ......)
 誰もが知る有名カフェーに訪れた美也子の胸は熱くなる。が、目の前にいるのは昇二。感激している姿など、絶対に見せたくない。美也子は口角が上がるのを必死に抑え、無表情を決め込もうとする。が、無駄だった。
 店も座席もウエーターも、客として訪れる人々も。どれもが美也子には新鮮で、目で追ってしまう。向かいに座っている昇二が笑いをかみ殺している姿が見えても、美也子はきょろきょろするのを止められなかった。
「随分、楽しそうだな」
 ようやく口を挟んだ昇二に美也子が赤面した時、ウエーターが珈琲とドーナツを運んで来た。
「勝手に注文しておいた」
 言葉遣いがぞんざいになっているが、無礼に聞こえないのは、昇二も男爵家で育った人間だからだ。
 雑な口調だが、相手への敬意を忘れることはない。だからこそ、美也子も大人しくついてきたのだ。
 弁えている人間の前で、礼を失するわけにはいかない。
「......ありがとうございます」
 感謝の言葉を発した自分の声は、消えそうに小さかった。しまった、と思った時にはもう、昇二は噴き出した後だった。

 今から澄ましても格好つかない。それでも美也子は、素知らぬ顔をするしかなかった。
 カップを取り、珈琲を飲む。やけに苦く感じるのは、飲み慣れていないからか。いつもならミルクを入れるが、昇二の前でそれをするのは癪だ。美也子は我慢した。
「ブラック派か」
「ええ」
 自然に答えたつもりなのに、昇二は何故か笑いを噛み殺している。腹が立って仕方ない。
 昇二といると、調子が狂う。華族としての教育は受けている。取り繕うことなど、美也子にとっては造作もないことなのに。
 
 (昇二様の瞳のせいだわ)

 冷たすぎて、他者を拒絶する瞳。今もそうだ。口では笑いながら、目の奥は驚くほど冷ややかだ。不躾な瞳は、初対面の時から変わらない。
 たまに不安定に揺らいで本心を覗かせる昇二のことが気にならないか、と聞かれると悩ましいが、所詮は利害で縁を結ぶことになった関係でしかない。

「して、お話とは?」
「何も。とりあえず帰国したので、婚約者殿に会っておいた方がいい、と判断しただけだ」
 つまり。
「performancパフォーマンス、ということですわね」
 覚えたばかりの単語だが、上手く発音出来た。昇二は冷ややかな笑みで珈琲を啜る。
「兄が出奔したと聞いた時は、どんな地雷を押し付けられるのかと戦々恐々したが、杞憂だったようだな」
「辛辣なお言葉ですわね。事実ですが」
 美也子は、敢えて淡々とした口調で答えた。昇二の手の内は見えている。

 わざと怒らせて、美也子の反応を見ているのだ。

 その手には乗らない。美也子は平然と見せかけながら、カップを持ち上げた。
 やはり苦い。次に来る時には違うものを頼もう。そう決意しながら、美也子は昇二に斬り込んだ。
「そんなことをしなくても、既に下準備は万全じゃありませんか?」
「と、言うと?」
「海外からのお手紙作戦。父母にはとても効果的でしたよ」
 昇二の笑みが冷笑から愉快なものに変わっていく。美也子は昇二のどんな表情も見落とさないと、目線を定めたままだ。
「作戦とは心外だな。一つ一つ心を込めて、したためたのに」
「心を込めた結果が、あのような中身がない内容でしたのね」
 昇二の瞳が揺れた。初めて美也子を眼中に入れたかのように、驚きと喜びが混じっている表情だ。
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