7.あなたの言いなり通りに進学しません ②
「変だな。女性が喜びそうな台詞を並べたのだが......」
「必要ありません」
ぴしゃりと言い捨てた。
「わたくしたちの間には、情は不要です。歯の浮くような言葉を寄越すくらいでしたら、商談の話でも書いてくださらない?」
くっく、と笑いを零した昇二は、ふと表情を引き締めた。
「君への無用なアピールは不要。それでよろしいか?」
「ええ。そうしていただけると、無駄がなくて助かります」
美也子の返答は、昇二のお気に召したようだ。満足そうに頷いて、「肝に銘じよう」と請け負った。
昇二が頷くのを確認した美也子は、今だ、とばかりに口火を切った。
「それと、もう一つ」
「なんだ?」
美也子は一拍だけ間を置くと、淡々とした口調のまま要望を口にした。
「やはりわたくしは、師範学校を目指します」
「なぜだ?」
やはり、昇二は何もわかっていない。いや、思いもよらないのだろう。
あの時、美也子がなぜ、立て替えてと口にしたのかを。
「女子大学校を出た後、お給金をいただける仕事につける確率はどれくらいでしょうか」
虚を突かれた表情をする昇二に、美也子は言葉を重ねた。
「わたくしが進学を望んでいるのは、働いてお給金をいただくことが目的です。そう考えると、女子大学校よりも、師範学校の方が適切です。進学費用も、お返ししなければなりませんし」
「金の心配なら無用だ」
さすがの昇二も、むっとしたようだ。苛立ちを隠さず、美也子を見据えてくる。射抜くような昇二の視線を、美也子は正面から受け止めながら、口を開いた。
「あなた様のお飾りの妻にはなります。しかし、借りは作るつもりはありません」
「借り! 君は、夫が妻に出す進学費用を、借金とでもいうのか」
嘲るような昇二の言葉に、美也子は淡々と答える。
「さようです。そもそも、この結婚自体が松平家への金銭援助です。さすがに家業の借金は、わたくしの身一つでまかないきれません。しかし、自身のわがままで進学する費用は、きちんとお返しいたします」
きっぱりと言い切る美也子に、昇二はどんどん冷徹な表情になっていく。
「親の作った負債は夫に擦り付け、一方で上の学校に通う費用は立て替えるという。学校に通わず、職に就いている女は多い。俺に金を貸せ、というくらいなら、今すぐ働きに出ればいい」
昇二の言い分は尤もだ。美也子も、自身のことでなければ同意しただろう。しかし。
「わたくしは侯爵家の娘です。家柄には恵まれている一方で、しがらみも多い。バスガール、タイピストを下に見ているわけではございません。しかし、わたくしが今すぐ女学校を辞め、そのような職に就くのには、爵位が足枷なのです」
愚痴を言うつもりはなかった。なのに、美也子が吐く息は大きな嘆息となった。昇二は慰めない。その冷たさが、美也子には心地いい。
「言いたいことはそれだけか?」
冷ややかに問われ、美也子はとっさに「いえ」と首を振った。失言だった、と思った時には遅かった。昇二は顎をしゃっくって、美也子に続きを促す。
まだ取り繕うことはできる。できるのに。美也子は昇二に真っ向から喧嘩を吹っかけていた。
「昇二様は、唯々諾々と自分に付き従う女を隣に立たせないでしょう? 外国の女性のように、自ら考え、自らの足で立ち、殿方の隣で凛と立っている。正妻にはそのような女をお求めのはず。そのために、女子大学校に進学し、教養を身につけなさい、と命じたのではないのですか?」
昇二は、無、だった。無言で何の感情も浮かべていない。
反応がないのが恐ろしい。美也子は焦って、言い訳をするように言葉を重ねる。
「教養は身に着けようと思えば、どこでも学べます。意欲さえあれば。幸いにもわたくしにも少なからず人脈はありますし、結婚すれば昇二様のご実家とも縁がつながります。学校で学ばなくても、昇二様の求める水準には充分、達すると......」
突然、昇二は笑い出した。周囲の人間が一斉に振り向くくらい、大きな笑い声。一気に注目され、美也子は顔を伏せてしまった。
それでも、昇二の笑いは止まらない。ウエーターに「お客様?」と声を掛けられ、やっと声を抑えるが、まだプルプルと肩を震わせている。
「昇二......様?」
恐る恐る声をかけた美也子に、昇二は苦しそうに肩で息をしながら、声を絞り出す。
「俺の人脈を......使う、というのか? ......妻になる君が?」
「いけないのですか? 夫になる昇二様はわたくしの人脈を大いに活用するのに、逆は駄目だと、誰が決めたのでしょう?」
小首を傾げる美也子に、
「食えない女だ!」
と言い捨て、昇二は再び声を上げて笑ったのだった。