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11.男尊女卑と侯爵家としての矜持

「昇二!」
「昇二様」

 声を上げたのは、同時。先に文句を口にしたのは、雄一だった。
「なんだ、このエラそうな女は!?」
「俺の妻ですよ」
 昇二は、唇の端に冷笑を浮かべる。小馬鹿にされたと雄一は、ますます激昂した。
「なんだ! その言い草は!? 女一人、従えさせられないのか!?」
「従える? 誰をですか?」
「美也子に決まっているだろう!? こんな八つも下の小娘の尻に敷かれて......。お前は情けなく思わないのか!?」

 突然始まった兄弟喧嘩。喧嘩というより、雄一が一方的に捲し立てているだけ。美也子は、昇二がどう出るか、観察することにした。

「情けないも何も。誰かの命じられた通りに生きるのには、慣れていますから。妾腹ですしね」
「に、してもだ! 男の方が立場は上だろうが!」
「いやいや。侯爵家のご令嬢ですよ。それに彼女は芯がある。俺が命じて素直に言うことを聞くような、旧来依然の女性じゃありません」
 昇二の口調は、美也子を貶すものではなかった。むしろ、褒めるような言い回しだったのに、雄一はそう捉えなかった。
「女一人、従えられないのか!」
 
 まだ同じことを繰り返すのか。美也子は、呆れながら口を挟んだ。
 
「従う? わたくしが、ですか?」
「当たり前だろう! 女なんだぞ!? 夫に付き従うのが女の役目だ!」
「ならば、鷹司にお返しいたしますわ」
「なっ......」
 雄一が絶句する。横で昇二は笑いを堪えるように、口を押さえた。
「家を守るために、爵位が下の人間を招き入れたことがそもそもの間違いです。兄が家を捨てた。その時点で、爵位を返上すれば良かったのです。地位が無くとも侯爵家だったという誇りは失われません」
 雄一は何も言わない。昇二はますます肩を震わせる。寒々とした廊下で、美也子は優雅に微笑んだ。

「しかしながら、父は養子を迎え入れてお上から、侯爵の位を守る判断を下しました。ならば、当主である父に従うまで。違いますか」
「いや......その......」
 呆気に取られたように、雄一は声を漏らした。だが、美也子は止まらなかった。
「女といえども、侯爵家の人間です。理由もなく、女だからへりくだれ、という考えには賛同できません。わたくしが殿方を立てるのは、ひとえにその方が尊敬に値するお人柄だからです。もちろん、女性でもその気持ちは変わりません。それがわたくしの......侯爵家の娘としての矜持でございます」
 そして、一呼吸溜めて、言い放った。

「昇二様は数多ある相手から、侯爵家の誇りをもってわたくしが選んだのです。次男で妾腹というのは関係ありません。広い視野を持ち、教養深く、柔軟なお考えをお持ちの昇二様でしたら、松平の矜持を守ってくださる。そう感じたからこそ、わたくしは昇二様にしたのです」
「その......えっと......」
「お義兄様が今の昇二様の姿に思うところがある。それは理解いたしました。つまり、松平家へ不平不満がお有り、という認識ことですわね」
 ぴしゃりと言い切った美也子に、雄一は口をぱくぱくさせた。
「このお話は、父に報告いたします。あとは、当主同士の話し合いにお任せします。その上で、わたくしの態度が不遜であると判断されるなら、叱責は甘んじて受け入れますわ」
 美也子の言葉に、昇二が吹き出す前に。
「昇二様。わたくし、少々気分を害しました。帰りのお車を呼んでくださりますか? お義兄様、申し訳ありませんが、先にご不浄を使わせていただきます」
 きっぱりとした美也子は、颯爽とその場を立ち去った。

 背後から昇二の高らかに笑う声が聞こえてきた瞬間、美也子は顔を真っ赤にしたのだった。

 ※

「笑わないでくださいませ。言葉が過ぎてしまっただけなのですから」
 車で爆笑する昇二の横で、美也子は縮こまる。恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
 年末から新年を迎える準備で、気を休める暇はなかった。疲れてもいた。しかし、一番は。
 (わたくしの心が、きちんと定まっていないから。八つ当たりですわ)
 嘘をついたわけではない。が、義兄にあのような無礼を働いたことについては、後悔が押し寄せてくる。

 美也子は、まだ迷っていたのだ。進路について。
 二月には入学試験が始まるのに。
 (わたくしは、未熟過ぎる)

 相手の言い分を受け流すことが出来ず、真っ向から歯向かってしまう。教養が不足しているからだ。
 そんな人間が、人を導く職に相応しいのか。いや、人を導けると思うことが、そもそも傲慢なのではないか。
 しかし、果たさなければならない約束が......。

「着いたぞ」
 ハッと顔を上げると、門の前だった。先に降りた昇二が、美也子に手を伸ばしていた。
「ありがとうございます」
 車から降りるのを手助けしてもらった美也子は、手を離そうとして。逆に包み込まれた。
「 」昇二様?」
「悩みがあるなら、力になるぞ。先程の美也子のように出来るかは、保証しないがな」
 昇二には見破られていた。美也子が昇二を馬鹿にする雄一から、自分が悪者になって守ったことを。
 
「庇ったなど。表立って夫が侮辱されたのです。飾りとはいえ妻が、腹を立ててもおかしくはありません。ちなみに......」
「ん?」
「わたくしは昇二様にも怒っています。妻がお義兄様に絡まれているのに助けにも入らず、傍観していたでしょう」
 昇二は、バレていたかというように、表情を緩めた。
「君がどうやって切り抜けるのか、見守っていただけだ」
「それは見守りではありません。悪趣味というのです」
 美也子の言葉に、昇二は苦笑いする。
「悪かった。今度はすぐに駆け付ける」
 昇二の返答を聞いた美也子は、迷った。怒っていることはもう一つある。が、門先でする話ではない。
 その場に立ち止まった美也子を見て、昇二は屈みこんだ。覗き込むように美也子と視線を合わせた昇二は、驚くほど優しい瞳をしていた。
「なんだ?」
 口調まで、柔らかい。いつの間に、昇二はこんな優しい顔をするようになったのだろう。

 急に昇二が別人のように見えて、美也子はどう反応すればいいかわからない。戸惑う美也子に、昇二はもう一度促してくる。
 言いあぐねた末、出て来た声は、想像以上に弱々しかった。
「なぜ、出自のことをお伝えしてくださらなかったのですか? わたくしが名ばかりの妻、だから......」
「それは違う!」
 即座に否定した昇二は、一言ずつ噛みしめながら言葉を発した。
「俺の中では当たり前すぎて、誰かに伝えるという発想にならなかったんだ。言ったところで戸籍が変更できるわけでもないし、妾の子だ。仮に俺が長男だとしても、跡継ぎにはなれなかっただろう」
 過去を吹っ切れた様子で話す昇二は、今の美也子には眩しすぎた。
 
 うだうだと進路で悩んで、挙句の果てに人様に当たり散らす自分が、なんと小さな人間なのか。

 羞恥心で顔を伏せる美也子に、昇二は笑った。

「家に入ろう。ここは寒い」
 促された美也子は、小さく頷いて昇二の後をおとなしくついていったのだった。
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お家を存続させるための結婚です。情はありません!作者:雪本風香
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「昇二!」
「昇二様」

 声を上げたのは、同時。先に文句を口にしたのは、雄一だった。
「なんだ、このエラそうな女は!?」
「俺の妻ですよ」
 昇二は、唇の端に冷笑を浮かべる。小馬鹿にされたと雄一は、ますます激昂した。
「なんだ! その言い草は!? 女一人、従えさせられないのか!?」
「従える? 誰をですか?」
「美也子に決まっているだろう!? こんな八つも下の小娘の尻に敷かれて......。お前は情けなく思わないのか!?」

 突然始まった兄弟喧嘩。喧嘩というより、雄一が一方的に捲し立てているだけ。美也子は、昇二がどう出るか、観察することにした。

「情けないも何も。誰かの命じられた通りに生きるのには、慣れていますから。妾腹ですしね」
「に、してもだ! 男の方が立場は上だろうが!」
「いやいや。侯爵家のご令嬢ですよ。それに彼女は芯がある。俺が命じて素直に言うことを聞くような、旧来依然の女性じゃありません」
 昇二の口調は、美也子を貶すものではなかった。むしろ、褒めるような言い回しだったのに、雄一はそう捉えなかった。
「女一人、従えられないのか!」
 
 まだ同じことを繰り返すのか。美也子は、呆れながら口を挟んだ。
 
「従う? わたくしが、ですか?」
「当たり前だろう! 女なんだぞ!? 夫に付き従うのが女の役目だ!」
「ならば、鷹司にお返しいたしますわ」
「なっ......」
 雄一が絶句する。横で昇二は笑いを堪えるように、口を押さえた。
「家を守るために、爵位が下の人間を招き入れたことがそもそもの間違いです。兄が家を捨てた。その時点で、爵位を返上すれば良かったのです。地位が無くとも侯爵家だったという誇りは失われません」
 雄一は何も言わない。昇二はますます肩を震わせる。寒々とした廊下で、美也子は優雅に微笑んだ。

「しかしながら、父は養子を迎え入れてお上から、侯爵の位を守る判断を下しました。ならば、当主である父に従うまで。違いますか」
「いや......その......」
 呆気に取られたように、雄一は声を漏らした。だが、美也子は止まらなかった。
「女といえども、侯爵家の人間です。理由もなく、女だからへりくだれ、という考えには賛同できません。わたくしが殿方を立てるのは、ひとえにその方が尊敬に値するお人柄だからです。もちろん、女性でもその気持ちは変わりません。それがわたくしの......侯爵家の娘としての矜持でございます」
 そして、一呼吸溜めて、言い放った。

「昇二様は数多ある相手から、侯爵家の誇りをもってわたくしが選んだのです。次男で妾腹というのは関係ありません。広い視野を持ち、教養深く、柔軟なお考えをお持ちの昇二様でしたら、松平の矜持を守ってくださる。そう感じたからこそ、わたくしは昇二様にしたのです」
「その......えっと......」
「お義兄様が今の昇二様の姿に思うところがある。それは理解いたしました。つまり、松平家へ不平不満がお有り、という認識ことですわね」
 ぴしゃりと言い切った美也子に、雄一は口をぱくぱくさせた。
「このお話は、父に報告いたします。あとは、当主同士の話し合いにお任せします。その上で、わたくしの態度が不遜であると判断されるなら、叱責は甘んじて受け入れますわ」
 美也子の言葉に、昇二が吹き出す前に。
「昇二様。わたくし、少々気分を害しました。帰りのお車を呼んでくださりますか? お義兄様、申し訳ありませんが、先にご不浄を使わせていただきます」
 きっぱりとした美也子は、颯爽とその場を立ち去った。

 背後から昇二の高らかに笑う声が聞こえてきた瞬間、美也子は顔を真っ赤にしたのだった。

 ※

「笑わないでくださいませ。言葉が過ぎてしまっただけなのですから」
 車で爆笑する昇二の横で、美也子は縮こまる。恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
 年末から新年を迎える準備で、気を休める暇はなかった。疲れてもいた。しかし、一番は。
 (わたくしの心が、きちんと定まっていないから。八つ当たりですわ)
 嘘をついたわけではない。が、義兄にあのような無礼を働いたことについては、後悔が押し寄せてくる。

 美也子は、まだ迷っていたのだ。進路について。
 二月には入学試験が始まるのに。
 (わたくしは、未熟過ぎる)

 相手の言い分を受け流すことが出来ず、真っ向から歯向かってしまう。教養が不足しているからだ。
 そんな人間が、人を導く職に相応しいのか。いや、人を導けると思うことが、そもそも傲慢なのではないか。
 しかし、果たさなければならない約束が......。

「着いたぞ」
 ハッと顔を上げると、門の前だった。先に降りた昇二が、美也子に手を伸ばしていた。
「ありがとうございます」
 車から降りるのを手助けしてもらった美也子は、手を離そうとして。逆に包み込まれた。
「 」昇二様?」
「悩みがあるなら、力になるぞ。先程の美也子のように出来るかは、保証しないがな」
 昇二には見破られていた。美也子が昇二を馬鹿にする雄一から、自分が悪者になって守ったことを。
 
「庇ったなど。表立って夫が侮辱されたのです。飾りとはいえ妻が、腹を立ててもおかしくはありません。ちなみに......」
「ん?」
「わたくしは昇二様にも怒っています。妻がお義兄様に絡まれているのに助けにも入らず、傍観していたでしょう」
 昇二は、バレていたかというように、表情を緩めた。
「君がどうやって切り抜けるのか、見守っていただけだ」
「それは見守りではありません。悪趣味というのです」
 美也子の言葉に、昇二は苦笑いする。
「悪かった。今度はすぐに駆け付ける」
 昇二の返答を聞いた美也子は、迷った。怒っていることはもう一つある。が、門先でする話ではない。
 その場に立ち止まった美也子を見て、昇二は屈みこんだ。覗き込むように美也子と視線を合わせた昇二は、驚くほど優しい瞳をしていた。
「なんだ?」
 口調まで、柔らかい。いつの間に、昇二はこんな優しい顔をするようになったのだろう。

 急に昇二が別人のように見えて、美也子はどう反応すればいいかわからない。戸惑う美也子に、昇二はもう一度促してくる。
 言いあぐねた末、出て来た声は、想像以上に弱々しかった。
「なぜ、出自のことをお伝えしてくださらなかったのですか? わたくしが名ばかりの妻、だから......」
「それは違う!」
 即座に否定した昇二は、一言ずつ噛みしめながら言葉を発した。
「俺の中では当たり前すぎて、誰かに伝えるという発想にならなかったんだ。言ったところで戸籍が変更できるわけでもないし、妾の子だ。仮に俺が長男だとしても、跡継ぎにはなれなかっただろう」
 過去を吹っ切れた様子で話す昇二は、今の美也子には眩しすぎた。
 
 うだうだと進路で悩んで、挙句の果てに人様に当たり散らす自分が、なんと小さな人間なのか。

 羞恥心で顔を伏せる美也子に、昇二は笑った。

「家に入ろう。ここは寒い」
 促された美也子は、小さく頷いて昇二の後をおとなしくついていったのだった。
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お家を存続させるための結婚です。情はありません!作者:雪本風香
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