第10話 出井亜寧羅〜経鳥栖②
「やっほー。空玲須くん、勝負しよ!」
教室がざわめきます。
「ちょっと出井亜寧羅。あなた何で水着で校舎内歩いてるのッ!」
女鹿蘭はコメカミの血管をもはや隠しきれません。しかし、出井亜寧羅は涼しい顔で
「じゃあプール行くよ、それっ!」
と、空玲須の手を引いて行ってしまいました。
「おう!空玲須いるか?」
再び教室はどよめき。二組のクイーン、必歩流帝の登場です。
「あいつ...、何で女ばっかり...。」
女鹿蘭の血管はボルテージMAXです...。
出井亜寧羅はプールサイドでストレッチです。空玲須は...。
なんと体操着。水着を持っていなかったのです。
「いいよ、ちょっとぐらい。
水着ったって、男子のは短パンみたいなもんだから。
あ、上は脱いでね。」
「じゃあ早速。泳ぎの練習。
泳げるようにならないと、勝負できないからね。」
出井亜寧羅は空玲須の手を取ってプールサイドへ導きます。生短パン姿で、水着の娘に手を握られる...。
あれ、なんかドキドキするぞ、と思ったのも束の間。
「えいッ!」
出井亜寧羅は、空玲須に体当たり。不意を食らってバランスを崩した空玲須は、プールに墜落しました。
だぼーん!
一瞬焦りましたが、足が届きます。これなら平気、と空玲須はプールの中で立ち上がりました。
「本当は落としたりすると怒られるけど、今は誰もいないから平気だよ。」
出井亜寧羅は魚のように、すいっと空玲須に近寄ります。
...近いです。空玲須は、出井亜寧羅の顔から思わず目をそらしました。
「とりあえず、あっちの壁まで行ってみてよ。」
出井亜寧羅の指差す方へ歩きます。川と違って流れがないので楽々歩けます。なんだったら走れそうです。...よし、走ろう。
たちまち造波プールのように水が荒ぶります。空玲須は、あっという間に壁に到達。
出井亜寧羅は、爆笑です。
「何、それッ!
もしかして、泳ぐのより速くない?」
そして、真面目な顔に戻って、
「...足が届くところでは、だけどね。」
そのとき、プールサイドに人影が現れました。
「あ、部長!」
出井亜寧羅の声かけにも気づかず、水着姿の部長は静かにプールに沈みました。
「...部長!?
空玲須くん、上がって。
何か、ヘンだよ。」
出井亜寧羅の言葉とほぼ同時に、空玲須は水中に沈んだ。
「床が...なくなった...!?」
プールはどこまでも深く、空玲須はどんどん沈んでゆく。出井亜寧羅がやっていたように手を動かすが、少ししか進まない...。
空玲須の背中に、温かいものが触れた。脇の辺りをしめられ、柔らかいものが背中に密着する。
「大丈夫。あたしが。」
...水中で聞こえるはずのない出井亜寧羅の声が聞こえる。出井亜寧羅は空玲須を抱えて、たちまち水上に泳ぎ着いた。
「空玲須くん、早く!」
出井亜寧羅に促されて、空玲須は陸に上がる。出井亜寧羅も上がろうとしたそのとき、大きな波が彼女をさらった。
「出井亜寧羅!」
空玲須が呼ぶが、姿は見えない。沈んだのか?...空玲須は辺りを見回した。
ホース。プール掃除用のホースリールがある。あれを体に巻いて命綱に。
そんなことを思っている間に、出井亜寧羅が水面に顔を見せた。
「部長が上がって来ないの。
まさか、あいつに...。」
大波と共に、黒い大きな影が近づき、出井亜寧羅を水中に引き込む。
空玲須はホースのシャワーヘッドを身体に巻き付けて水の中に飛び込んだ。