第9話 出井亜寧羅〜経鳥栖①
「空玲須くん、一緒に陸上トラックに来て。」
となりのクラスの一番人気、出井亜寧羅が我がクラスに...!
男子たちはメロメロです。
空玲須には意味がわかりません。トラックとは?女鹿蘭が間に割って入ります。
「出井亜寧羅。要件を先に言うべきだわ。
...もしかして、告白とか?」
女鹿蘭のコメカミには、薄く血管が立っているようにも見えました。
三組のマドンナ vs 四組のアイドル!...なんという眼福。このシチュエーション、男子たちのハートを鷲掴みです。
けれど、空玲須は冷静でした。
「トラックというのは何だ?」
出井亜寧羅はキョトンとして、それから可愛らしくアハハと笑いました。
「トラックは、走るところだよ。ほら、グラウンドの向こう。
...で、用事は、もちろん。
『一緒に走ろう!』」
「うん。走るのは好きだ。やろう。」
空玲須は即答しました。それを聞いた出井亜寧羅は空玲須の腕をとって
「じゃあ、行くよー。」
そのまま、二人は教室を出ていきました。
女鹿蘭はジト目で見送ります。
「何よ、ホイホイついて行って...。」
「お待たせ〜。」
体操着に着替えた出井亜寧羅が陸上トラックに現れました。半袖、短パンからスラリと伸びる健康的な手足。額にはなぜかハチマキを巻いています。
空玲須には頭に帯を巻く理由がわかりません。防具なのか?...出井亜寧羅に聞こうか迷っているうちに、先に声をかけられました。
「じゃあ、勝負ね!」
空玲須と出井亜寧羅はコースに入ります。審判の陸上部キャプテンは、毅然とした姿勢で立っていますが、内心はもう「あの出井亜寧羅にお願いされた❤️」とドキドキです。
「!?」
スタートの場所に、謎の金属が打ち付けられていました。どう考えても足が引っかかる。邪魔です。
空玲須は出井亜寧羅を見ました。なんと!
スタートラインに手を置いて、足を金属板にくっつけています。四つん這いです。
意味はわかりませんが、それがルールなら仕方がない、そう思った空玲須も同じポーズを取りました。
「位置について、用意!」
出井亜寧羅は腰を上げました。空玲須もマネをして腰を上げます。
緊張...。
バン!
号砲がなりました。二人同時にスタート!空玲須は慣れないポーズから踏み出したので少しよろけましたが、すぐに立て直して走ります。
出井亜寧羅、速い。爽やかに吹き抜ける紅い風のよう。
空玲須も負けていません。風をかき分けて、機関車のように駆けます。
出遅れた空玲須が出井亜寧羅に追いついたかに思えたところで、ゴール!
「めっちゃ早いね、空玲須くん。」
差し出した出井亜寧羅の手を取って、空玲須は言いました。
「お前もな、出井亜寧羅。」
デイアネイラ?...とても呼びやすい名。
メガラやヒッポリュテーと同じ感覚...。
トラックからの帰り道、出井亜寧羅は言いました。
「本当はね、かけっこで負かして、泣かしてやろうって思ってたんだ。」
「何か、オレ、悪いことした?」
「空玲須くんがプール壊しちゃったから、しばらく学校プールで練習できなくって...。
このヤローって思ったの。」
「すまん。」
「でも、一緒に走ったら、なんかもういいやって思った。
でも、負けたままは悔しいから、次は
『プールで勝負』ね!」
空玲須は即答しました。
「オレ、泳げないけど、いい?」