第29話 井尾玲〜夏休み
今日も井尾玲は一人、部室で文字に心を込めていました。
「...できました。」
画仙紙には、見事に書き写された王羲之の「書」。井尾玲も出来に満足そうです。
ただ一つ。不満というわけではありませんが...。
「一人は、やっぱり寂しいですね。」
井尾玲は、誰もいない部室を眺めて思いました。
気分転換のつもりで部室を出た井尾玲。向こうを歩く、大男に気付きます。
空玲須も、井尾玲に気付きました。
「井尾玲。ぶかつ?」
空玲須の話し方が、井尾玲のツボに入ってしまいました。クスっとします。
「何、その言い方。カタコトっぽい!」
...でもかわいい、と思ったけど、言いませんでした。
「『ぶかつ』が何だか、未だにわかんなくて。みんなで集まることってのはわかるんだけど。」
「...みんなで集まる、か。」
空玲須の言葉で、井尾玲はまた考えてしまいました。
「じゃ、オレ、保健室に行くから。」
去ろうとする空玲須を、井尾玲が呼び止めました。
「うーん、今煮詰まってるし、ちょっとご一緒してもいいかな?
『怪化』の話でしょ、きっと。」
井尾玲は、空玲須と保健室に向かいました。
「夏休みは先生はいないって言われたけど、これ、ずっと持っとくのは...。」
空玲須は、「聖リディア女学院」の校章が入ったレジ袋を見せた。
「まあ、『聖リディア女学院』。
お嬢様学校に行ってたの?
あそこの生徒会長、面白い喋り方するでしょう。前にスピーチ大会で聞いたことある。」
井尾玲から、「自分も通ってた」とか言われるかと思いましたが、空玲須の予想は外れました。
保健室前には「不在」の札。
仕方なく、二人は部室に戻ります。
「空玲須くん。仲間を増やすには、どうすればいいと思う?」
歩きながら井尾玲が聞きました。
「オレの場合、全部成り行きだからなあ。
でも、仲間の力が必要なシチュエーションってのが大事だったかもしれない。」
空玲須の答えを聞いて、井尾玲は気がつきました。
「仲間が必要なシチュエーション!
空玲須くん、ヒントありがとう。」
井尾玲の笑顔が、夏の日差しにキラキラ輝いていました。
部室に戻った井尾玲は、半紙に何やらすらすら書きました。それを持って職員室の美濃田先生のところへ行きます。
「先生、わたし、これをやりたいです。」
美濃田先生は、井尾玲が書いた半紙を見て、片眉を上げました。
「カッコイイよね、これ。
...でも、一人だと大変だよ?」
井尾玲は笑顔で答えました。
「はい。だから、仲間を集めます。
まず、一人でどれだけ大変かを実演して...。」
井尾玲の「部員募集計画」が始まります。