第17話 井尾玲〜美濃田虚洲の迷宮⑤
ガッ!
空玲須と美濃田虚洲。互いの両手を掴み、全身の力を込めて相手を押す。
身長も体重も勝る美濃田虚洲が優勢。空玲須は少しずつ押されていく。
歯を食いしばり、腕に力を込める。後退は止まったが、押し返すことはできない。美濃田虚洲は足を踏み直し、さらに空玲須を押した。
井尾玲の持つスマホのがなり声が近づいてくる。「...&@#_○〆☆¥...」
このままでは井尾玲も巻き込んでしまうかもしれない。まずい...。そう思ったとき、背中に触れる手と共に声が聞こえた。
「空玲須くん、でしたね。
がんばりましょ。私も、一緒に。」
爽やかな風が吹き抜けた気がした。井尾玲の手に力はほとんどない。しかし、空玲須自身の身体に、新しい力がみなぎっていく。
「ぬうううッ!」
空玲須が、美濃田虚洲を押し返し始めた。美濃田虚洲は驚きながら、徐々に後退していく。空玲須が加速する。
「オオオッ!」
最後に力を込めて、空玲須は美濃田虚洲を壁に押し付けた。
黒い影が美濃田虚洲の身体から立ち上りかけ、そしてまた集まっていく。
「『怪化』が、終わらない?」
「『怪化』とは?
この黒い影と関係があるのですね?」
井尾玲の質問に、空玲須が答える。
「あの影は、迷い出てきた怪物。人に取り憑き、力を表すらしい。
普通は倒せば人から出てくるはずなんだけど...。」
井尾玲は頷いた。
「私は見ました。書道準備室から染み出す黒い影を。
と、いうことは、あの牛はおそらく、美濃田先生。」
スマホから泣き叫ぶ女鹿蘭の声が聞こえてくる。
「空玲須、空玲須!無事なら返事ッ!」
出井亜寧羅の声も混ざる。
「空玲須くん!心配だよ。どうなってる?ねえ!」
「さっきの音!やべえんだろ!
待ってろ、今行く!」
と、必歩流帝。
井尾玲は、影に包まれて動かない美濃田虚洲の前に立った。
「美濃田先生。私は書道部に入りたいです。あなたのお噂を聞いて、私の先生はこの人しかいないと思ってここに来ました。
書道部が部員不在でなくなったことは聞きました。
...でも、それでも私はあなたに指導していただきたかった。
私、がんばりますから。
いいえ、先生。
一緒にがんばりましょう。」
井尾玲が言葉の後に礼をすると、美濃田虚洲を包んでいた影は離れ、周りの床や壁、天井から黒い影を吸い集めた。
へこんだ書道教室のドアの前で、美濃田先生は両足を投げ出して気絶していました。廊下の天井は照明ごと崩れ落ち、壁にはあちこちに傷が残されています。
井尾玲と空玲須は、向こうから走ってくる人影を見ました。
「おおー!明るくなった。なんだったんだ、さっきの。」
追っかけの男子たちも無事だったようです。
井尾玲は、スマホを空玲須に返しました。
空玲須は、そのとき初めて井尾玲の姿をはっきりと見たのです。
窓の光に反射して輝く銀髪。細身の、儚げな身体。長いまつ毛の奥の大きな瞳。全身から発する高貴なオーラ。まさに、プリンセス。
「バッテリー、なくなっちゃったみたいですね。」
そして、空玲須に天使の微笑みを向けます。
「仲間って、いいですね。」
「ああ、最高だ!」
空玲須も、微笑み返しました。