結末
春休みも終わり、私は3年生になり、でもセイヤさんとの生活に変化もなく、いつも通りの毎日が過ぎていった。
でも、それは6月まで。夏休みに入る前には、学校の生活は大きく変化していった。
「スミレ、どうしたの?」
「先生に、保護者さんと進路についてちゃんと相談しなさいって言われて......」
ホームルームか終わってもずっとそれを見つめる私。私の手にあるのは進路希望を書くためのプリント。夏休み中に希望する学校に合わせて勉強するために、この時期に提出しなきゃいけないもの。
3年生になって何にも変わるなんてことはなく、私の周りではみんな進路を決めたり悩んだり。それは私も変わらないわけだけど、私の場合は......。
「スミレはどこか行きたい高校とかないの?」
「あるといえばあるんだけど......」
ただ、それは「私が決めた」高校じゃないから......。
「それならそう書けばいいじゃん。スミレの学力ならどこでも大丈夫でしょ。アタシも最近は負けてないけどね!」
アリスちゃんが担当さんにねだったのか、去年の夏休み頃から担当さんがアリスちゃんに勉強を教えるようになってから学力が凄い向上している。
私はというと、家に帰るのイヤで図書室で本を読むか勉強するしかなかったのが。一変して真っ直ぐウチに帰って家事をもっと楽しむようになったから、気が抜けて成績が下がってしまったのだけど。
「で、どこなのよ?」
「アリスちゃんと同じ学校......」
「あー......」
仲の良い友達と同じ高校に行きたい。ってのはよくある動機だと思う。アリスちゃんも地元を離れるような事は言ってないし、「ウチに近いから」くらいの理由で選ぶつもりって話たし。
「アタシとしてはそう言ってもらえるのは嬉しいんだけどさ......。スミレは将来やりたいこととかないの?」
「全然、考えてなかった。毎日を生きるのに必死で将来の夢とかやりたいことなんて。中学を卒業したら、高校にいけるわけもなくてすぐ働くことになると思ってたし......」
あの人と暮らしてた頃は「将来の夢」なんて考える余裕がなくて、そもそもあの人が高校に行かせてくれるわけがないから。夢なんて見ないように、考えないようにしてた。
「でも今はお兄さんの家で充実してるじゃん」
「充実しぎて......、今が幸せ過ぎてやっぱり先の事なんて考えるの忘れちゃったよ......」
強いてあげるなら、「この生活がずっと続けばいいのに」。先の事なんてそれくらいしか考えなかった。
「スミレの今の「なりたいもの」なんて、“お兄さんのお嫁さん”一択だろうしねぇ」
「それは......そうなんだけど。流石にそんな事は書けないし......」
一応、セイヤさんは私の保護者の一人、っていうことになってるし。(担当さんセイヤさんのゲイカップルの誤解はちゃんと解けたよ!)
「じゃぁ、とりあえずアタシの志望校教えるから、それ書いとく?」
「それでもいいんだけど、そもそも私が高校なんて行っていいのかなって......」
「なに? まさか今更お兄さんたちに遠慮なんてしてるの?」
「ただ大好きな友達と一緒に高校生活がしたい。そんな理由で高校なんて凄いお金のかかるもの行きたいだなんて......贅沢すぎるよ」
セイヤさんと家族になってから、あまり生活の事で遠慮することは無くなった(と思う)けど。流石に高校は金額が違う。
一度バイトをしてみようかと相談もしてみたんだけど、担当さん(私の保護者)がバイトはダメだって言うし。
「お兄さんもツバサさんも、どういう理由であれあんたが高校行く事には反対しな──イヤ、全寮制とか遠くの高校は反対するかもしれないけど......。ともかく! お金の事なんて気にしないわよ」
「お金の事なんて、って軽く言わないで! お金は大事なことだよ!」
「あーもう! この貧乏娘は! アタシじゃ埒が明かないからお兄さんに言っとくから、帰ってから二人で相談なさい!」
「えぇ!?」
「先生にもそう言われてるんでしょ! ほら、わかったら帰る!」
「セイヤさんに相談できなくて悩んでたのにー!」
「アンタは真っ先にお兄さんを頼りなさいよね! 家族なんでしょ!」
アリスちゃんは久しぶりに帰宅を渋る私のお尻をひっぱたいて、帰らせるのだった。
居間で帰ってきたスミレと向き合って話し合いモード。久しぶりだな、この家族会議みたいなの。
「アリスちゃんからお前が進路......進学について悩んでるってタレコミがあったんだが」
「うぅ、有言実行。最近のアリスちゃん、すぐに私の悩みとかセイヤさんにバラすんだからぁ」
「そういう理由でLINE交換してるからな」
アリスちゃんにはスミレに関する相談で本当にお世話になっている。たまにしらばっくれるが。
「乙女のプライバシーに配慮して欲しいですっ」
「スミレが今回みたいに、大事な話を隠さないならな」
「うぅ、だってぇ......」
「でももだってもありません」
今日は俺がオカンモードか。まぁふざけるのはこのくらいにして本題に入ろう。
「それで、アリスちゃんと同じ高校に行きたいけど。動機が不純で高校行くのが贅沢なんじゃないかだって?」
普通の子供なら高校に行きたい理由なんてそれで十分だろうに。コイツときたら、久しぶりに居候の感覚に戻っているな。
「だって私、やりたいこともないし、思いつかないし。高校行く理由なんて全然なくって......」
「将来何をやるにしても高校は出ていて損はないだろうし、やりたいことなんて高校で見つければいいだろ」
「そうだけど......。やっぱりお金のこと考えると......」
最近はあまり遠慮しなくなったとは思ったが、金額が大きいと昔のスミレに戻ってしまうのか。
「俺としては、お前に高校に行って欲しい。年頃の女の子らしく、高校生活を楽しんで欲しい。それじゃダメか?」
最初に来た時から「学校が大好き」と言っていたスミレだ、高校生活だってきっと憧れがあるだろう
元はあの家からの逃げ場が学校だっただけなのかもしれないが、それでも大好きな友人との高校生活をスミレは望んでいるはずだ。
「私は......、今の生活が大好きで、今の生活で十分幸せだから。セイヤさんと暮らせるなら高校なんて行かなくたって......」
スミレは俺を信頼してくれている。自立できる年齢になっても自分を追い出すようなことはないだろうと。
生活力皆無の俺がスミレを追い出すはずもない、という理由もまぁ少なからずありそうだが......。
コレは俺があの時「ずっとウチに居ろ」と言ってしまったせいか。スミレをウチに縛り付けるつもりはなかったんだが、コレは俺の責任だな。
「高校に行くかどうかはお前の自由だから、俺が勝手にお前の幸せを決めつけて高校に行く事を強要はしない」
「......はい」
「だが、スミレの本音を聞かせて欲しい。金の事はさておいて、高校には行きたいのか。行きたくないのか」
「......」
スミレは俺が真撃に問いただすと、少し悩んで、答えた。
「行きたいです......」
「よし、なら。俺も覚悟をしよう」
家族になってやる。我ながら及び腰の中途半端なことを言ったもんだ。あの時の俺にはまだ覚悟が足りなかった。
そしてスミレの気持ちもわかっている。いつだったかの、夢のような一瞬を思い出す──
「覚悟、ですか?」
スミレからの俺への口づけを。
「高校を卒業したら、嫁になってくれ」
「......ふぇ!?」
嫁 に な っ て く れ
あまりの衝撃に、頭の中で反響するその言葉の意味を理解するのに少し時間がかかる。
「え!? えぇ!? なんで、なんで今!?」
高校に行く行かないのは話しだったよね!? なんで私、告白されて!?
「進路の話だろ。将来、俺の嫁になって欲しいって話だ」
「そ、そうだけど、そうですけど......。あれ? なんで?」
私の嫁入り──もう住んでるのに嫁入りって言うのかな? ってそんなことはどうでもよくて!
お嫁さんになるのと、高校の話とどう関係するの!?
「旦那が大事な嫁さんのために高校の学費を払うなら、お前も納得ができるはずだ、違うか?」
“家族”じゃ、中途半端だから、夫婦になろうって話なの? 私を高校に行かせるために、私をお嫁さんにしてくれるの?
「俺の嫁になるのはイヤか?」
それだけの理由で、私をお嫁にさんにしてくれるなんておかしいけれど。でも、私の気持ちは、確かなのは......
「ないです......イヤじゃ......ないです!」
この人の事が大好きだってことは、間違いじゃないから。
「なりたいです! セイヤさんのお嫁さんになりたいです!!」
涙が溢れてる。でもこれは、いつかみたいな悲しい涙じゃなくて、嬉しい、温かい涙で。
「家族だなんて中途半端な言い方でお前を縛ってすまなかった。ちゃんとした夫婦になろう」
セイヤさんは泣きだした私を抱きしめてくれて、いつかみたいに包み込んでくれて......
「大事なお前のためなら、大好きなお前のためならなんだってしてやる、高校にも、お前が行きたいなら大学だろうが行かせてやる」
大好きだって、私の事が、大好きだって......。なんでもしてくれるって......
「だからもう、遠慮するな。わかったな?」
「うわぁぁぁぁぁん!」
溢れてくる気持ちが止められなくて。私はまた泣きじゃくる事しかできなかった。
暫く泣き明かして、私が落ち着いたのを確認してからセイヤさんは一人にしてくれたので、自分の部屋でアリスちゃんに電話した。
「やっほー、スミレー。お兄さんとの進路相談どうだったー?」
電話先のアリスちゃんは明るく聞いてくれて、セイヤさんなら私の悩みなんて解決してくれるだろうって信頼している感じだ。
「えっと、なんて伝えたらいいのか......」
「うん?」
悩みどころか、色んなものが吹き飛んじゃったんだけど......。
「プ......」
「ぷ?」
「プロポーズ、された......」
「は?」
「高校卒業したら、結婚しようって......」
「はぁぁぁぁぁ!?」
電話向こうのアリスちゃんがバランスを崩してコケた音がした。
「なんでそーなるの!?」
「私にも、何が何だか......」
「やっほー! お兄さん!」
「こんな朝早くから珍しいな、もう聞きつけてきたか」
翌朝、俺が起きてくる頃、丁度スミレが朝食を作り終える頃にアリスちゃんがやってきた。
スミレが彼女に話さないわけがないので学校が休みの今日来るのは想定通りだが、まさかこんな朝早くからとは。
「アリスちゃん早いね!?」
「いやー、いてもたってもいられなくてさー」
まぁ、スミレの事を本当に大事に想っていてくれている彼女らしいと言えば彼女らしいか。
「お兄さん聞いたよー、プロポーズしたんだってー」
ヒューヒューっと、アリスちゃんが茶化してくる。分かりやすい子だなー。
「スミレもおめでとう!」
「あ、ありがとう......」
まだ口約束でちゃんと婚約とかしたわけではないんだが、気が早いというか。まぁ口約束で済ますつもりは勿論ないんだが。
「で、エッチしたの?」
おまえは なにを いっているんだ。
「ちょっ、アリスちゃん!!」
「出来るわけないだろ!」
「え? だって両想いじゃん?」
「それとこれとは話が別だ!」
まったく最近の中学生は、どこでそういう知識付けてくるんだか......。
「大体、アレはプロポーズじゃないからな」
「はぁ!?」
「えっ?」
俺の言葉に、アリスちゃんは怒り気味に、スミレは戸惑うように目を丸くした。
「この期に及んでまだそういう事いう!?」
「わ、私の早とちり......だった......」
イカン、スミレがショックを受けている。そういうつもりじゃないんだ。
「いやスマン、スミレ。言い方が悪かった」
「言い方って? もしかして娘になってくれと間違えたとか......」
「違う違う! そんな間違いするわけないだろ!」
あーもう、我ながら変に照れ隠しするからスミレを困らせる。
「あんなロマンチックの欠片もないプロポーズなんてないだろ? プロポーズはスミレが高校を卒業した時に、改めてちゃんとしたいんだ」
「ゎ~ぉ」
「あ......そういう......」
危うく泣き出すところ一歩手前だったスミレが今度は嬉しさから真っ赤になって、やっぱり泣きだしそうになっている。ううむ、忙しい。って俺のせいか。
「私は、昨日のでも全然、十分に嬉しかったけど......」
「ちゃんとしたプロポーズは、高校卒業まで待ってくれな」
「......はい。待ってます」
なんか、照れ隠しのせいで余計に恥ずかしくなってきたんだが、なんだコレ。なんだこの雰囲気。
そんなことより喜んで照れてるスミレがめっちゃ可愛い。もういいか。
「うっわ、凄い二人の世界......。茶化しにきたのに茶化しがいないわね......」
そこのお邪魔蟲は無視しよう。
「先生! ついにプロポーズされたそうですね!」
「担当さん!?」
おい、お邪魔蟲が増えたぞ。どっから湧いた。
「なんでお前までもう聞きつけてきてんだよ!?」
「先生とスミレさんの事ですから。朝一でかっ飛ばしてきましたよ、スミレさん、おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
「俺は情報源を聞いてんだよ!」
よもや家の中に盗聴器とか仕掛けてないだろうなコイツ......。
「先生とスミレさんの愛に疑いようは無いようですが、口約束では物足りないので! ここは今後のためにも法的証明性のある婚約証明書を作りましょう! さぁ!」
「なんかお前浮かれてね!?」
なんかコイツ今日のテンションおかしくなくないか!? こんなニッタ見たことないぞ!? なんで婚約証明書の雛型までもう用意してんだ!?
「茶化すだけ茶化してようやく帰りやがった」
朝早くからアリスちゃんと担当さんの祝福(突撃)で、用意してた朝食も冷めてしまったけど。(婚約証明書は今度作ることにした)
二人はなんだかんだ私たちをお邪魔してはいけないと、一通り茶化すと帰っていった。多分あの二人はこのままデートだろうけど。
「あの、セイヤさん」
「うん?」
二人を追い出して(?)リビングに戻ってきたセイヤさんに私は改めて切り出します。
「昨日のお返事、ちゃんとしてませんでしたね」
「あー、そうだっけか......。俺も一方的に気持ちをぶつけるばかりで余裕なかったからよく覚えてなくてな」
私に比べて余裕そうに見えたけど、セイヤさんも結構必死だったんだね。
「“イヤじゃない”、“なりたい”、とは言いましたけど、ちゃんとお返事はしてないなって」
「そうだったな」
「なので、改めて......」
ちょっと照れるけど。セイヤさんが意を決してちゃんと言ってくれたんだから、私もちゃんとお返事しなくっちゃ。
「私、高校に行きます! それで......卒業したら、お嫁さんにして下さい!!」
「......喜んで」
よかった、ちゃんと言えた。わぁ、顔から火が出そう......でもまだよ、まだいう事があるでしょ私!
「えっと、その。それで......。図々しいかもしれないけれど......」
「なんだ、遠慮なんてするなって昨日言っただろう」
あぅぅ、そう言われてもまだこういうの初めてだから......。
「高校に入ったら、セイヤさんにお願いしたいことがあって......」
「お願い......か、勿論いいが......」
「が......?」
当然セイヤさんは内容を聞く前に承諾してくれるけど。
「スミレの“お願い”なんて思えば、初めてだな。なんだかんだずっとお前に遠慮させてたんだな」
「そ、そんなことないです! お願いなんてしなくても、満たされてただけです!」
ホントに、何のお願いも必要ないくらいに幸せで、アナタはこれからもっと私を幸せにしてくれると誓ってくれた......。
「俺もだよ。それで、お願いってのは? スミレの初めてのお願い、ちょっと楽しみだな」
「うぅ......楽しみされるとちょっと言いづらいのですが......」
そんな期待されると......、お願いの内容に幻滅さされやしないかと不安になる......。けど、私からもちゃんと言わなきゃ。
「高校に入ったら......」
「入ったら?」
「私と! エッチしてください!!」
あぁぁぁ、言ったーーー! 言っちゃったーーー!
大丈夫!? セイヤさん引いてない? 中学生の癖に(高校生になってからのエッチだけど)スケベだとか思われてない!?
「いいよ」
「え、軽っ!?」
あれ? デジャヴ?
「じゃなかった! あ、ありがとうございます?」
少し硬直してたけど、案外あっさり承諾してくれた......。もしかしてセイヤさん恋人とか......エッチの経験ある?
「まぁ、スミレが求める形で愛を与えてやる覚悟はしてたしな」
セイヤさん、そこまで私の事......。
なのに頭ん中おピンクでごめんなさい! エロくてごめんなさい!
「あと正直......。俺ももうしんぼうたまらんというか......」
「しんぼうたまらん?」
「スミレ、エロ過ぎるんだよ、お前......」
「えー、あ、はいありがとうございます? じゃない、ごめんなさい?」
もしかしてずっと私の事、エッチな目で見てくれてたの? それはちょっと......かなり、嬉しいかも......。
あ、でもセイヤさんに我慢させまくってかと思うと、申し訳ないかも。
それならそれで私としても手を出してくれてよかったのに。ってダメだダメだ、セイヤさんは誠実なんだから!
「だからまぁ、俺もやりたい......というか。高校に入ってからっていうなら、俺もまぁなんとか我慢はできると思うから。お互い、な」
「私としては今からでもぶっちゃけOKなんですが......。今からエッチ覚えちゃうと受験勉強に差し支えそうだから良くないかな、みたいな......」
セイヤさん職業柄ずっとお家にいるから、エッチ覚えてこのまま夏休みとか、絶対爛れた生活になっちゃう......。
「そ、そうか。まぁお互い頑張ろう(?)」
なんか良いムードだったのが私のせいで変なムードになったような? プロポーズ(暫定)のお返事のムード台無しだよ!
「あ、朝ごはん温め直しますね!」
「お、おう、そうだな」
雰囲気を変えよう、そうしよう。ここからはいつもの日常です、はい。
「ところでスミレ、俺のジャケットがまた行方不明なんだがお前知らな──」
「シリマセンネェ! キョウゴクくんが持っていっちゃったかなー!?」
「そ、そうか」
しばらくはまたセイヤさんの洗濯物ちょろまかして我慢しなきゃいけないんだから、バレるわけにはいかないの! キョクゴクくんごめんね!
──月日は巡り、8年後。
「お邪魔しまー!」
「お邪魔します」
鍵がかかってるはずの玄関をモノもとせずに、勝手知ったる俺の家とアリスちゃんとニッタがズカズカ家に上がり込んで居間までやってくる。おかしいな、こないだ鍵取り替えたはずなんだが?
「わぁ、いらっしゃい二人とも!」
スミレはスミレでなんで疑問も持たず普通に歓迎しているんだ? よもやお前が鍵送ったんじゃないだろうな?
「スミレさんではありませんよ、僕が翌日複製させていただきました」
「人の思考を読むな、そして勝手に複製すんな」
俺が怪訝な顔でスミレを見つめるものだからニッタがフォローを入れるが、そういうことじゃねぇよ。
「アリスちゃん就職と婚約おめでとう!」
「まぁ、二人ともおめでとう」
「ん、ありがと!」
「ありがとうございます」
先日、ニッタがアリスちゃんにプロポーズしてめでたく婚約が決まったとの知らせがスミレに(だけ)入った。あとアリスちゃんの就職も決まったそうだ。
「今日は報告も兼ねて初仕事なのよ」
「ニッタと同じ出版社に入ったとは聞いたが、ニッタの補佐になったのか」
「婚約と同時に入社だなんて凄いね。寿退社ならぬ寿入社!」
「まぁアリスちゃんはスミレと違って専業主婦になるとも思えなかったしな」
スミレは高校卒業後、俺と結婚してそのまま専業主婦となった。結局高校生活でやりたい事も特に見つからなかったので大学はいくつもりがなかったそうだ。
まぁ専業主婦になった理由が「仕事柄ずっと家にいるセイヤさんとずっと一緒にいられるから」は我ながら嬉しくもあり恥ずかしくもあったな。
「ていうかこの人、いつも飛び回ってて家にいないんだもん。横で仕事でもしないと一緒にいられないわ」
「お前が6年も待たせるもんだから嫁がストーカー化してるじゃねぇか」
「ずっと一緒にいるお二人を見てますからね、羨ましいんですよ」
正式に付き合い始めたのはアリスちゃんが高校入って間もなくだと聞いている。まぁスミレと違ってアリスちゃんにはちゃんとした両親がいるからな。
「ツバサさんのせいじゃないわよ、ウチの親がうるさいせいなんだから」
「歳の差を考えると親が心配する気持ちもわからんでもないがな......」
「先生が言いますか?」
「親になったから言うんだよ」
俺らの年齢差のがエグいだろって? 仕方ないだろ、お互い惚れたもんは。
「そういえばお姫様はどこかしらー?」
「座敷でお昼寝中だけど......」
この喧騒だ、多分起きてくるだろうな。
「アリスおねえちゃーん!」
と、噂をすれば我が家のお姫様が二人の声を聞きつけてトテトテやってきた。
「マナカちゃーん!」
トテトテと歩いてきた愛花(マナカ)が両手を伸ばしてアリスちゃんに抱きあげてもらおうとするも......
「はい、ダメでーす。お昼寝から起きてくる悪い子を捕まえまーす」
「あーん!」
あと一歩のところでスミレに捕まって抱きあげられる。
「あちゃー、お姫様は魔王に捕まちゃったー」
「たちけてアリスおねえちゃーん!」
「ママは魔王じゃありませんー!」
アリスちゃんの子芝居に本気で不満げなスミレがおもしろく、かわいらしい。
高校卒業と同時に妊娠が発覚して(計算してゴムに穴開けてたらしい......)生まれた第一子のマナカ。
スミレは自分の親と境遇があぁだったこともあり、その反動か娘への愛情のかけ方がちょっと過剰で、早くもマナカに鬱陶しがられている。
アリスちゃんもスミレの娘ということで溺愛しており、マナカがアリスちゃんに甘えるのをスミレが嫉妬することもしばしばだ。
「取り合えず座って話そうか」
立ち話もなんだし、俺一人座っていると首が痛いのでスミレを含む三人に座ってもらうことにする。
「それでそれで! プロポーズはどんなだったの!?」
腕の中でアリスちゃんの元へ逃げようとするマナカをしっかり捕まえたままスミレが隣に座る。マナカはすぐに諦めた。
「いやぁ、アタシから口にするのは恥ずかしいっていうか......」
「ちょっと長い言葉でしたからね」
コイツの事だからよっぽど芝居掛かったプロポーズしたんだろうな。
「ママー、ぷろぽーずってなにー?」
「ん-? パパがママにけっこんしてください、ってお願いすることだよー」
ほへーってわかってるのかわかってないのか、マナカを口を開けて聞いている。
「俺もお前のプロポーズには興味あるな」
「では、ここで再現いたしましょうか」
「マジかよ」
「ひえっ!?」
何故かアリスちゃんのが照れて、ニッタが彼女に向き直る。
「本番はアイリスの花束を使用したのですが、今はないのでこちらをそうだと思っていただきまして......」
と、どこからか扇子を取り出してそれっぽく腕に抱く。落語家かお前は。
「わくわく」
「オホン」
そして、ニッタが咳払いをして。もう一方の手でアリスちゃんの手を取り......。
「アイリスさん、お待たせしました。
僕たちの愛は一年目に種をまき、二年目に芽吹き、三年目に蕾となり、四年目に萌ゆり、五年目に花を咲かせ、六年目にしてようやく、満開となりました。
このアイリスの花と同じ数の年月、アナタを愛し、幸せにすると誓いましょう。結婚してください」
「きゃーーー! ロマンチックー!」
「うっわ、ごめん、二回目でもちょー恥ずかしい。惚れ直すわ」
スミレが黄色い声をあげてアリスちゃんが再現だというのに本気で照れている。ていうかなんだスミレその反応、俺のプロポーズでもそんな反応しなかっただろう。
「ちなみに花束は何本だったの!?」
「120本あったわよ!」
まぁ当然数えてるよな。
「お前あと120年生きる気かよ、100本でいいだろ......」
「アイリスさんが愛しいあまり、盛ってしまいました」
まぁ俺もお前も男なのに嫁よりかなりの年上だから、老後嫁に苦労かけないよう気合を入れて歳を取らないとだからな......。
「にしてもそれを相変わらず真顔でやるお前のメンタルどうなってんだよ」
「いえいえ、四回もプロポーズした先生ほどではありませんよ」
「だから四回もしてないって」
そう、私はセイヤさんに四回もプロポーズされたのだ。
「パパよんかいもママにけっこんしてくださいっておねがいしたのー?」
「そうだよー、パパはママの事が大好きだから、よんかいもしてくれたんだよー」
ママがパパを三回振ったわけじゃないわよー? なんてマナカにはそこまでわかんないか。
横のセイヤさんがマナカへの説明に照れてる。ふふふ、大好きなのは否定しないんだねー。
「スミレとしては、どのプロポーズが一番だった?」
「うーん、どれも好きだけど。一番を決めるならやっぱり高校入る前、進路相談の時のかなー」
ランキングにするなら、一位が二回目(進路相談)、二位が三回目(PTA呼び出し)、三位が一回目(遊園地)、ビリが最後の四回目(普通のやつ)かなー。
「あんなロマンチックの欠片もなかったのが、一番なのか?」
「そりゃムードとかロマンとかは全然なかったけれど、お互いの気持ちをちゃんと知れた瞬間だもの」
遊園地での大泣きは失ったこと、得られなかったモノに対してだけれど。あの時の大泣きは嬉しさからだったんだから、やっぱり一番強く印象に残ってる。
セイヤさんはかたくなにプロポーズじゃないって言ってたけどね。四回目が残念だったからやっぱりアレがプロポーズだよ。
「アタシとしては一番最初のスミレが遊園地で大泣きした時のが推しだけどねー。抱き留めるお兄さんがカッコイイったら」
「だからそれプロポーズにカウントするなよ......」
今思うとたしかにあんまりプロポーズではなかったかも? でもセイヤさんはあの時に私をどんな形でも愛してくれることを胸に誓ってくれたんだもんね。
って、アリスちゃんその感想なんかおかしくない!?
「まって!? アリスちゃんあれ見てないはずだよね!?」
「あー、見てない見てない。アンタらに聞いただけよ、ねー? ツバサさん」
「えぇ、動画を探したりなどはしていませんよ」
「動画ってなに!? やっぱり撮られてたの!? それで見つけたの!?」
現代社会怖ッ! 大泣きしている女の子撮らないでよ!
「僕が推したいのは高校でPTAにスミレさんが呼ばれたときのですね」
「やっぱりそれもカウントされてんのか」
高校2年生の時、私がセイヤさんの家で暮らしていることが問題になった。
「婚約していようが、年頃の娘が男と、それも大きく年の離れた相手と一緒に暮らしてるなんてハレンチザマス! ふしだらザマス!(要約)」みたいな感じ。
まぁ高校入ってからエッチ(避妊はしてたよ!)は凄いしてたから、ふしだらだったはその通りなんだけど......。
「婚約証明書はあらかじめ用意してたとはいえ、まさか婚姻届けを持ち出して啖呵を切きるとは......。アレは壮観でしたね」
セイヤさんと担当さんがやってきて、私たち関係の事を説明してくれたんだけど......セイヤさんったら
「『婚約している俺たちの関係が不純なものか。婚約で納得できないというのなら、今ここで籍を入れてやる!』って二人の名前の書かれた婚姻届けをPTAトップに叩きつけたのよね? アタシも見たかったなー」
「あの時のセイヤさんかっこよかったなー」
「普段はかっこよくないのか?」
「かっこいいセイヤさんに惚れたわけじゃありませんもの」
「そうだよな......冴えない男だもんな......」
あらやだ、落ち込んじゃった。
「パパかっこいいよー」
「ありがとうなマナカー」
マナカがフォロー入れてくれてるからいっか。
「ていうかなんで誰も四回目の、正真正銘のプロポーズ推さないんだよ!」
セイヤさんとしては四回目だけがプロポーズらしいんだけど......。
「だって、四回目以外は身構えてない時にされたけど、四回目のプロポーズは身構えてたし......」
されるのわかってちゃ、ハードルが上がるのに。
「それで夜景の綺麗な展望台で「月が綺麗ですね」でしょ? お兄さんマジないわー」
「なんでだよ! 作家と文学少女のカップルには完璧なプロポーズの台詞だろ!?」
「作家の伝家の宝刀を切るにしても。もっと意外なタイミングでしょう。先生らしく実に凡庸なプロポーズでしたね」
「その凡庸さがセイヤさんの作品のいいところでもあるけれど......」
作品の外では、もっと特別であって欲しかったというか。
「スミレもあの時は喜んでくれたろ!」
「あの時はムードもあったし、ようやくちゃんと夫婦になれるって喜びがあったから判定も甘かったけど。思い返すと落第点です」
「辛口批評!」
「でも、とても嬉しかったですよ」
ちょっとイジメすぎたかな? 私はフォローしながらセイヤさんに口づけする。
「お前......、マナカどころかこいつらの前でっ」
「わーお」
「ふふふ、二人のロマンチックなプロポーズ見せつけられて、ちょっと対抗心」
「ママーー! わたちもするー!」
あらあら、この子ったら早くもキスが好きになっちゃったかしら? 将来有望ね?
「じゃぁ、ママとしよっかー」
「やだ! パパがいー!」
「パパはママのものだからダメですぅ! マナカにもあげませーん!」
「ママのケチぃー!」
「ケチでいいもーん!」
たとえ最愛の娘でも、セイヤさんは私が独り占めするんです! 譲りません! アナタはアリスちゃんの息子(暫定&願望)でも落としなさい!
実の娘相手になにやっているんだか。
アリスちゃんにマナカの事で焼きもち妬いたり。マナカに俺の事で焼きもち妬いたり。最近のスミレはすっかり焼きもち妬きだな......。
「ところで先生、次の作品の下書きができたそうですが」
「あぁ、今回は実録(ノンフィクション)ものだ」
「実録、ですか。先生の作品では初めてですね」
そう言って印刷した下書きをニッタに渡すと。アリスちゃんが横からのぞき込んで、二人でその内容に気が付く。
「これは......。奥様との出会いを書いたものですね」
「名前もそのまんまじゃん!」
「スミレと当時を思い出しながら書いた。まだ下書きの段階だから、お前らにも当時の事を思い出してもらいたい」
「ちょっと照れるね......」
実録物は初めてだが、この話はどうしても書きたくなった。
「なるほど、先生の作風からしても奥様との馴れ初めはピッタリですね」
「あの頃のスミレって頭ん中が男子中学生でしょ? 大丈夫なの? イヤ今もおピンクか」
「そこまでずっとおピンクだったわけじゃないから!」
「ママー、おピンクってなんのことー?」
「スケベ──」
「かわいいおんなのこって意味よー!」
アリスちゃんの言葉をさえぎってスミレが割り込む。まぁ、今も変わらずおピンクなのは確かだな......。
「将来マナカが読むことも考えて色々と濁すことにはなるだろうが......」
「マナカさん用にこちらに置く本は調整しても構いませんよ」
「お、おう」
それはそれで外で読まれたときショック受けそうだが......、流石に外で読むことはないか?
「ところでこちらのお話、タイトルはもう決めてあるのですか?」
「いや、まだだが」
「セイヤさんの作品って素朴なタイトルが多いと思ったら担当さんが付けてたんですよね」
「俺が付けたのはデビュー作だけだな。今回も任せていいか?」
正直、自分はタイトルのセンスがない。最近書いた作品のタイトルも仮称を全部スミレにダメ出しされている。
「そうですね......。では先生のデビュー作にあやかりまして......」
大きな感動はなく、大きな笑いもなく、他愛のない、恋のお話。
側にあるような、なによりも平穏な、幸せの物語。
大成を求めた男と、普通の生活を求めた少女が手に入れた、なんら特別ではない結末。
──あるいは、路傍のスミレのような、物語。