家族
「それ実質プロポーズじゃないの?」
翌日お昼休み、アリスちゃんには夜に電話で遊園地であったことはあらかじめ少し話してたけど、改めてその時の事を詳しく話した。
で、その内容に思いっきり突っ込まれた。
「プッ、プロポーズ!? 違うよ! 家族になるって話で、嫁になってくれとかそんな話じゃないよ!」
「えー、でも「ずっとウチにいろ」「家族になれ」「愛してやる」でしょ? 実質ていうかもう完全にプロポーズじゃん」
「表現に意図的な歪曲があります!!」
愛情をくれてやるであって、愛してやる、じゃないし!
「大体セイヤさんが私みたいな子供を女として意識してるかもわかんないし......」
「そこは大丈夫でしょ、アンタエロいし」
「エロくないもん! 仮にエロくても頭の中だけだもん!!」
ん? セイヤさんに女として意識されるならエロいほうがいい......?
「ていうかアンタそれだけエロくてよくあの女が連れ込む男に手を出されなかったわね」
もう完全に心身ともにエロいで確定してるじゃん......。
「あー、それは。あの人性欲凄くて、絞り尽くすから私に手を出すだけの余力がなかったというか。翌朝は大抵干からびてたよ?」
「サキュバスかよ、こっわ」
「だからみんな一度寝るとあの人から逃げてたね」
私に手を出そうとする人もいなかったわけじゃないけど、その前にあの人が「お前には一滴もやらねぇ!」みたいに搾り尽くしてたからね。別に欲しくないし。
「あーでも、アンタがエロイ理由がよくわかった気がするわ」
「どういう意味!?」
「サキュバスの子はサキュバス、か......」
「カエルみたいに言わないでよ!!」
あの人に何かが似てるとか考えたくないし!
「お兄さんもコレは将来大変だねぇ......」
「どういう意味で!?」
私はセイヤさんを干からびさせたりしないもん! ......多分。
「もう! アリスちゃん嫌い!!」
「わー、ごめんて! 一応褒めてんだからさ!」
「褒めるなら可愛いとかにしてよ! エロいなんて嬉しくないよ!」
「大丈夫可愛い可愛い、スミレめっちゃ可愛いって。世界一! 可愛いよー!」
白々しくて全然うれしくない......。
「ところでさ、話変わるんだけど。昨晩お兄さんからLINEきたのよ」
「うん? なんて?」
「『アリスちゃんって呼び方、実はキモイのか?』って、アンタお兄さんになんか言ったの?」
アリスちゃんはLINEを見せてくれて、たしかにセイヤさんがなんか深刻そうに訪ねてる。時間的に家族について話し合った後かな?
ちなみにアリスちゃんは『急になに?』『キモイと思うならそう言ってるし』って返してた。
「うーん? 昨日家族になる事について話あったけど、特にそういう話はなかったと思うんだけど」
なんかあったかな? それとも担当さんが私たち二人ともさん付けだから気にしたのかな?
「アンタの事もずっとスミレちゃんよね?」
「ううん、昨日の夜から“スミレ”になったよ」
「ぶふっ!」
あっけらかんという私に何故かアリスちゃんが噴き出した。
「あー、はいはい。やっぱプロポーズだわ」
「なんで!? だから違うってば!」
話変わってないじゃん!
その日はその後も、私はアリスちゃんに茶化されまくるのでした。
「それは実質プロポーズではないですか?」
「違げぇよ! 中学生にプロポーズするヤツがいるか!」
翌日の夕方。色々な手続きと、資料を持ってきたニッタに昨日の事を話した。居間のテーブルが様々な書類でいっぱいだ。
「いやはや、「ずっと一緒にいたい」「家族になろう」「愛してやる」でしょう? 法廷に出しても恥ずかしくない陪審員満場一致のプロポーズですよ」
「異議あり! 表現に悪意ある改変が見られる!」
そこまで言ってねぇ! いや、実際はあの時の勢いでどこまで口に出したか覚えてないんだが......。愛してやるって、口には出してないよな俺?
「まぁいいでしょう。スミレさんの事について調べてきたことをご報告します」
「昨日の今日でえらく早いな......」
「出版業界の情報網と僕のツテの広さを舐めないで頂きたいですね。二三人夜中に叩き起こしましたので少々お詫びの交際費がかかりますが、まぁ必要経費でしょう」
「お前ホントにそれ経費で落とす気だろ」
実はコイツ結構ヤバイやつなのでは? 味方(?)でよかったわ......。
「まず、スミレさんの父親にあたる人物ですが。そこそこの企業の重役ですね。援助交際で女子高生を孕ませ、それがスミレさんを“生んだ女”です。養育費という形であの女にかなりの額を強請られていたようです」
「かなりの額? スミレは貧乏生活だったみたいだが」
「えぇ、あの女は働かず酒やギャンブルにつぎ込み。スミレさんの事を養育費を強請る道具くらいにしか思っていなかったようです」
「やっぱり殴っとくんだったな......」
改めて腹が立ってきた......。親にしてはえらく若いと思ったが、高校生でスミレを生んだのか。
「そしてその方ですが、一年ほど前に事故で亡くなっています」
「仮にも自分の娘を......、スミレを放置したそいつもぶん殴ってやりたかったな......」
まぁ死人を悪く言うのはやめておこう。そいつも一応は被害者......でもねぇな、援助交際じゃ自業自得か。
「ここでスミレさんの養育費が途絶えたのでしょう。にもかかわらずあの女は遊びをやめなかったのでここから借金生活を始めたようです」
「働いてない女に貸すとなると闇金かその類か......、スミレが売られなかったのがせめてもの救いだな」
「借金生活を始めてからのあの女の蒸発が早かったのが幸いでしたね。スミレさんも借金取りの手が回る前にアパートを追い出されていたので大家には感謝しないと」
「色々な幸運が重なった訳か......。こういうのを運命や奇跡っていうのかもしれないな」
どれか一つでも誤っていたらと思うとゾッとしないな......。本当にあの時スミレを拾っていてよかった。
「先生もよく中学生なんて拾いましたね、倫理観のある方と思っていましたが認識を改めます。よくやりました」
「お前は褒めてんのかディスってんのかわからないんだよ」
「今回ばかりは純度100%で褒めています」
じゃぁ普段はどういう割合なんだてめぇ。
「というわけで、父親は死亡。母親は失踪。あの女は妊娠の一件で家族に勘当されているためスミレさんは天涯孤独の身というのが現在の状況です」
「で、手続きはどうしたんだ?」
「取り合えずこの家に転移届は完了しました。勿論借金取りの件は“話を付けた”ので、ご心配なく。この家にもスミレさんにも奴らの手が及ぶようなことはありません」
「いやまて、話を付けたって、なにをした? まさかあの女の居場所でも教えたのか?」
「まさか。あの女はしかるべき罰を受けるべきだとは思いますが、スミレさんは優しい方ですから悲しむでしょう。法的な力でこちらに手を出せないよう抑止しただけですよ」
この様子だとコイツ、あの女の行方も既に掴んでるって事か......。行動力といい実行力といい、マジでどうなってんだよコイツ。
「その他法的な手続きは僕の方で済ませましたので、現在のスミレさんの法定代理人は僕ということになります」
「おう、ありが――待った、今なんつった?」
「僕」つったよな?
「法的には僕がスミレさんの保護者、先生の家に預けられているということになります」
なにを淡々と話しているんだコイツは。
「待てマテまて! なんでお前が保護者になってんだ!? 俺じゃないのか!?」
「スミレさんの将来を考えたら僕が保護者になった方が都合がいいんですよ。スミレさん本人と相談して承諾してもらいましたよ」
「何がどう都合いいんだよ!?」
スミレも承諾済み!? 俺と家族になったのに!? 法的にはコイツと家族じゃねぇか!
「そりゃ、スミレさんが将来先生と婚姻するときにですよ」
「いや、まて、おい! なんで婚姻するのが決まってるみたいに話が進んでるんだ!?」
実質プロポーズって、そういうことになってるのか!?
「なんですか? 年頃の娘を家に連れ込んでいるのに将来の責任をとるつもりもないと? 手を出してようがなかろうが、世間的には彼女は既に傷物ですよ?」
「いや、まぁ、たしかに、そうなるのかもしれないけど!?」
なんで急に俺が鬼畜男みたいにいわれんだよ!
「責任を取る気がないというのなら、出るとこ出てもいいんですよ。スミレさんの保護者は僕なんですよ?」
「おいやめろ! 冗談でもそういうこというのは! 脅してんのか!?」
今回の一件でコイツだけは敵に回したくねぇって思ったところだぞ!
「冗談ですよ。それに僕が脅すまでもないでしょう」
本当にやめてくれ。責任は......まぁスミレがそう望むならとるけどよ、ていうか望むところなんだが......。拾ったからってアイツの将来を縛り付けたくはないんだよな......。
「スミレさんは法的な立場が結構微妙なんですよ。特に父親の遺産の件が複雑でして。その辺はすべて僕が面倒みますから、先生はこれまで通りスミレさんと生活してあげてください」
「お前なりの気遣いだったなら始めからそう言えよ、まったく。それでもお前が保護者ってのは気に入らんが」
「先生は“家族”である事に法的にどうとか気にする方ではないでしょう? 心配しなくてもスミレさんが自立する頃には法的“保護者”は不要になりますよ」
俺がスミレと結婚しても、お前を義父と思わなくていいって事か? コイツと身内になるとか頼もしいんだか恐ろしいんだか。
「ただいまー!」
「お邪魔しまーす!」
話が一区切りついたあたりでスミレがアリスちゃんと帰ってきたらしく玄関から元気な声が二つ聞こえる。
あー、アリスちゃんにも色々茶化されそうだな俺。
「おかえりスミレ。アリスちゃんいらっしゃい」
そして今日も真っ直ぐ居間にやってくる。まぁスミレの部屋に行くのにどうしたってこの部屋は横切るんだが。
「おかえりなさいスミレさんアリスさん」
「帰り寝ちゃってたから改めて昨日はありがとー! ツバサさん今日も来てるんだ」
「ただいまセイヤさん。お父さんもいらっしゃい」
「「!?」」
スミレの挨拶に、俺とアリスちゃんが固まる。
「お、お父さん!?」
「いやはや、少し照れますね」
「ちょっ。スミレアンタお兄さんと家族になったんじゃないの!?」
「そうだよ? でも法的には担当さんが私の保護者になったらしいから、お父さんでいいかなって」
昨晩お父さんと呼ばれたくはないと思ったが、なんか、ニッタがそう呼ばれてるのを見ると......なんだこの複雑な気持ちは!!
「まぁ僕も少し照れるので、今まで通り担当さんでいいですよ。というか先生が微妙な心境なようなのでやめておきましょう」
「はーい、お父さんって呼ぶのにもちょっと憧れがあったから残念だけど。担当さん色々手続きありがとう!」
ずっと父親なんていなかったんだもんな、やっぱり父親にも憧れがあるよな......。
ん? 父親に憧れがあるのに俺の事は「セイヤさん」のままなのか?
「セイヤさんどうかしたの?」
「いや、なんでも......はあるが、気にしなくていい」
「そう?」
これは俺を父親とは思えないって事なのか? 家族になったのに? ん-......なんか混乱してきたな。
「にしても昨日あんなことになるならはぐれるんじゃなかったわー」
「アリスちゃん絶叫マシーン乗りたかったんでしょ? 言ってくれれば私も付き合ったのに」
「いやノーパンのアンタをあんな風が激しいのに乗せるわけにはいかないし」
「ちょっ。アリスちゃん!?」
やっぱりアリスちゃんもスミレがノーパンなのは知ってたのか。まぁ付き合いは俺より遥かに長いんだから当然だよな。
「なによ。もうお兄さんにはバレてるんでしょ?」
「担当さんもいるんだよ!?」
「僕も存じているので大丈夫ですよ」
「全然大丈夫じゃないよ!? なんで周知されているの! もしかしてセイヤさん!?」
「違う違う、俺は言ってない! ていうかなんでお前まで知ってるんだよ!!」
「いつ来ても洗濯物にスミレさんの下着がないから察していただけですよ。人の趣味はそれぞれなんですから気にすることはありませんよ、かくいう僕もノーパンです」
「え、ホント!?」
「同士が見つかったみたいに喜んでじゃないわよ」
男のノーパンカミングアウトとか誰得だよ。
「勿論冗談ですが」
「そうなんだ......」
「ノーパン同士じゃない事に落ち込むんじゃないわよ......」
「何が勿論だよ、お前真顔で冗談言うから区別つかねぇんだよ」
「ってノーパン談義はどうでもいいのよ! あの女がいたなら離れるんじゃなかったって言ってるの!」
俺には結構な衝撃だったんだけどな......。ていうか常に理性と戦わなきゃいけないんだが。
「たしかに側にいてあげたかったですが......先生がいたのですから――」
「側にいたらあの女、ぶん殴ってやったのに!」
「アリスちゃん......」
スミレが喜んでいいのか宥めるべきか苦笑している。近くにいたのにぶん殴らなかった俺は......まぁ殴る価値もないだろあんな女。
「私はそのあとの事が見られなくて済んだから、側にいてくれなくてちょっとよかったかな......」
あの大泣きは、親友にも見られたくはないよな。俺もあの台詞を生で聞かれてたらと思うと......そもそも二人がいたら言えてなかったかもしれないな。
「いんや、どっちかというとそっちが見たかった。特にお兄さんの実質プロポーズ」
「アリスちゃん!?」
「それはたしかに」
「担当さんまで!?」
「結構な大泣きだったのでしょう? あの園の人数です、もしかしたら側にいた誰かがスマホで撮っていた可能性がありますね、探りを入れてみましょうか」
「オイ馬鹿やめろ」
本当に撮られてそうだからやめろ、そしてそれを本当に見つけそうだからやめろ。万が一俺の声まで入ってたら死にたくなる。
その後ニッタは今日もスミレの料理を食って帰ると言っていたのだが、先に帰るアリスちゃんが妙に不機嫌になったのを見てアリスちゃんを送ると言って一緒に帰って行った。
しかしあの二人もどういう仲になったんだ?
私がセイヤさんの“家族”になってからあっと言う間に月日は流ます。
参観日にセイヤさんと担当さんの二人が来たから、二人がゲイカップル(私はその養子になった)と誤解されたり。(あと担当さんがママさんたちに凄いモテてました)
夏休みにセイヤさんのお弟子さんが住み込みの弟子入りを志願(しかも女子大生!)してきたけど。私が女子力勝負で追い返したり。(その後今度は私に女子力の弟子入りをしてきたり......)
修学旅行でたった二日私がいないだけなのに、生活力のないセイヤさんの頑張りが空回りして帰ってきたら家の中がゴブリンが暴れたあとみたいになってたり。(スミレママ発動です!)
文化祭で私のクラスの出し物がメイド喫茶になって、アリスちゃんが必死に私にメイド服を着せようとしたり(料理スキルの高い私は調理係になったのだけど「味が良すぎて主役のメイドが霞む」とメイド役からクレームをもらったり、理不尽!)
ナツメちゃんに恋人ができて家に住む猫が増えて、その名づけで二人で揉めたり(セイヤさんは「ダザイ」を推してましたが余りに縁起が悪い名前なので「キョウゴク」くんに落ち着きました、虎猫です!)
テスト勉強で担当さんがアリスちゃんの家庭教師(勉強するのはウチでだけど)になって、アリスちゃんの成績が凄い上がったり。(私は幸せ過ぎて暢気してたので下がりました)
そしてセイヤさんがようやく油断してついに念願のラッキースケベ(脱衣所で私の着替え中に突入)が! あったんですけど、翌日脱衣所に鍵が付けられました。そこまでしなくても......。
そんなこんなで冬休みに入りました。
冬は暖房代がかかるので、基本的にリビングを温めて、コタツも置いて。私もセイヤさんもナツメちゃんもキョウゴクくんもみんなずっと一緒にいます。二匹はコタツの中で見えないけどね!
私は洗濯物を取り込んできたところで、アイロンがけの準備中。セイヤさんはいつも通りPCでお仕事中。
「そろそろニッタのヤツがくるな。スミレ、俺のジャケットどこだ?」
今日は珍しく(?)担当さんが来る時間を予告したんだとか。なんでも結構重要なお話らしい。
セイヤさんのお仕事スタイルは無地のシャツに愛用のジャケットなので、担当さんが来る前に準備......と言っても羽織るだけだけど。
「さっき取り込んでそこに置いてますけど、アイロンがけがまだですよ?」
「外に出るわけでもないしニッタ相手なら気にすることもないだろ。ジャケットがないとどうにも気持ちが締まらなくてな」
うーん、私としてはセイヤさんには人前ではビシっとしたお仕事スタイルで居て欲しいのだけど......。まぁ担当さんとアリスちゃんくらいしか家にこないけども。
ジャケットのアイロンがけってシャツなんかに比べて手間がかかるから担当さんが来るまでには終わらないかなー。
「そうですね。お仕事終わったら改めてやりますね」
そんなこと言っていると丁度やってきたのか、外に車の音がします。
あれ? なんか大事なことを忘れてるような? そういえばあのジャケットってたしか......。
「ん? なんだ? 歯形みたいな──」
思 い 出 し た ぁ ぁ ぁ あ !
「あぁぁぁぁぁ!!」
私はセイヤさんからダッシュでジャケットをふんだくる。
「ど、どうした!?」
「キョウゴクくんがイタズラしちゃってたんですよぉ! もー、お洋服噛んじゃダメって躾けてるのにいけない子ですねぇ!!」
「アイツ猫の癖に噛み癖なんかあったのか」
「そうなんですよぉ! 流石にこれはみっともないので念入りにアイロンがけして直しますね!」
「あぁ、悪いな、頼むよ」
あっぶなー! 昨晩使って思わずかなり強く嚙んじゃったんだった! アイロンがけで噛み跡直すつもりが忘れるなんて。
このジャケットの生地って結構しっかり歯形残るのね......。それとも私が強く噛み過ぎたのか......。
「もーダメですよぉ、キョウゴクくん!」
名前を呼ばれたキョウゴクくんがコタツから「え? 俺?」みたいに顔を覗かせている。ごめんね! 罪擦り付けて! 今日はオヤツ奮発するから!
「なんだか楽しそうですね、キョウゴクくんがまたイタズラでもしましたか」
「あ、担当さん、いらっしゃい!」
勝手知ったる先生の家と、出迎え忘れてたら担当さんがズカズカと入ってきました。見慣れた光景なのでセイヤさんももはやそれを咎めないという。いつの間に合鍵作ったんだろう......。
「キョウゴクに噛み癖があったらしくてな。俺のジャケットに歯形がついてたんだよ」
「へぇ、キョウゴクくんにですか」
担当さんはジャケットを背中に隠す私の方をチラリと見て。あぁなるほどと、頷いて──待って!? 何を察したの!?
「猫は飼い主の“匂いが大好き”ですからねぇ。“使って”たら思わず“噛んでしまった”のでしょう」
なんでところどころ強調して言うの!? 完全にバレてるヤツだよね!? 猫が“使って”るってなにさ!?
「そういうものか」
「えぇ、“愛情表現”のウチですから、それ程しかってやることもないでしょう。よほど“気持ちよかった”のでしょうから」
あぁぁぁぁぁ! もうやめてーー!! いっそ殺してぇぇぇ!!
「しかしコイツそんなに俺に懐いてたか?」
「先生は鈍感ですからねぇ」
今はその鈍さに感謝です、はい。
「どうしたスミレ、顔が真っ赤だぞ、大丈夫か?」
「僕が入ってきて部屋の温度が循環したせいですかね」
担当さんのせいなのはその通りだけど......。うぅ、完全に私遊ばれてる......。復讐したいけどこの人の嫌いな食べ物はまだ知らないし、おのれニッタ!
「じゃぁ話を──やっぱり仕事の話をするのに羽織ってないと締まらないな。スミレ、やっぱりそのジャケ──」
「これはダメです! 私の部屋にもう一着愛用のヤツがありますよ!!」
「あぁそうか。じゃぁちょっと取ってく──なんでスミレの部屋に俺のジャケットが?」
「ぼ、ボタンのほつれを直してました!」
「あぁそうなのか。ありがとな」
ぐぅ、今夜のエモノが......しかし背に腹は代えられないです......。
そうしてセイヤさんがリビングから出て行ってすぐ。
「スミレさん......欲求不満ですか?」
「その通りですが何か!? わかってるなら聞かないでください!!」
そして私で遊ばないでください!! 私の保護者とはいえセクハラですよ!?
「まったく、猫の歯型かなんてちゃんと見られたらすぐバレるでしょうに」
「言っておきますけど! 上着しか使ってませんからね! 断じて下着は使ってませんからね!!」
「自己弁護の方向性がおかしいように思えますが......」
私だって流石にそこまで変態ではないです。
イヤ......興味はあるんですよ、興味はある、けど......。そこは一度踏み込んだら二度と戻れない失楽園。“乙女”は欲望に負けてはいけません。
そう、洗濯のたびにこの誘惑と戦うのは“乙女”であるための私の試練です!
悪魔(使ってるんだから上だろうと下だろうと漏れなく変態よ。同じ変態なら下も使いましょう、我慢することなんてないのよ)
天使(大丈夫、神はお許しになられます。アナタは実物でなく衣類で我慢しているのですから。コレを節制と言わずなんと言いましょう)
こうやって葛藤と戦って──あれ? 悪魔と天使同じこと言ってない? あぁぁぁ、負けるな私! 内なる私!!
「スミレは何を葛藤しているんだ?」
「乙女の矜持です」
スミレの部屋にかけられてたジャケットを羽織ってきたが。コレまだ洗ってないヤツじゃないか?
洗ってないのと洗ってアイロンがけがまだのなら後者の方が良さそうなもんだが。とスミレに訪ねようと思ったが、戻ったらなにやら葛藤していたので別に気にしない事にした。
どうせスミレが来る前はジャケットを洗うこと自体少なかったしな。
「それで? 大事な話ってなんだ」
普段は居間だが、居間を温めるのも手間なのでリビングのコタツで(中には二匹がいるので足は入れずに)ニッタに話を聞く。
「お話したい事は3つ。良いご報告と、とても良いご報告と、お仕事のお話です」
「じゃぁ仕事の話から──」
「良い報告からお話させていただきます」
「今の流れで俺が順番決めるんじゃないのかよ!」
「そんなことは一言も言っていませんが?」
だったらなんで前置きしたよ......。
「改めまして、良い報告から。先生のお弟子さんが入賞しました。おめでとうございます。弟子グランプリにて次点に選ばれました」
「わぁ、凄いじゃないですか!」
スミレがお茶を運んできながらアイツの入賞を喜んでくれている。
アイツがここに来たとき「身の回りのお世話させていただきます! 内弟子にしてください!」っていうアイツを自らの女子力を見せつけて「一昨日きやがれ!」と追い返していたスミレだが。
アイツの原稿は好きだったみたいだからな。内弟子の件は置いといて純粋に嬉しいのだろう。
「ようやくコレでこの仕事から解放されるわけか」
「はい。弟子たちの結果の成否にかかわらず弟子プロジェクトは終わりになります。ですが彼女は引き続き先生の弟子でいる事を希望しているようですが?」
「原稿持ってくりゃこれからもアドバイスはしてやるさ。だが仕事としてはここまでだ」
俺の作風を踏襲しているわけでもない彼女が、弟子を続けたいのもよくわからんところだが。
「では、本人が個人的に先生を師匠と慕い、弟子を名乗ることは自由ですね?」
「俺なんかの弟子を名乗って何の箔が付くとも思えないが、名乗るのはアイツの自由だな」
「では、そのように伝えておきます」
アイツは俺と違ってインパクトのある作品を書ける。大成するんじゃないだろうか。その時、俺の師匠としての名前はアイツの名声に埋もれてしまうんだろうな。
「次にとても良い報告ですが。こちらが本日の本題となります」
「ワクワク」
やけに勿体ぶるじゃないか。珍しくアポをとってきた事といい。よほど良い報告らしいが、最近出した作品も大ヒットには程遠いはず。正直期待できる報告じゃないだろうな。
「先生の代表シリーズである『五番地二丁目物語』のドラマ化が決定いたしました。おめでとうございます」
「......」
「ドラマ化!? 凄い凄い! セイヤさん凄いよ!!」
は?
五番地二丁目物語──
言葉町五番地二丁目の新しい住宅地に越してきた5つの住宅。それが偶然にもみな同じ『斎藤』という苗字。
新しい住宅地なので配達の人も住所を把握できてない上に、5つの住宅が同じ苗字だからさぁ、大変!
お互いの郵便物があっちじゃないこっちじゃない、と行ったり来たりの大混乱。
仕方ないので住宅地入り口に「斎藤ポスト」なる共同ポストを作り、毎朝夕に配達物をみんなで確認して分配する事に。
この「斎藤ポスト」から巻き起こる様々な、だけども規模の小さい事件の日々を描く、笑いあり、恋があり、ちょっと涙あり、平和ありのご近所物語。全12巻。
「私の一番好きなシリーズですよ!!」
「かくいう僕も一番好きなシリーズですね。まぁ先生のシリーズは『蜻蛉の恋』とコレしかないんですが」
最初のこのシリーズが長く続いたからこそ、セイヤさんのシリーズ作は二つしかないんだと思うけれど。
「ともすれば希薄になりがちなこの現代社会のご近所付き合いを、「斎藤ポスト」を通じることで自然と密にする先生のアイディア。初めて見たときは感銘を受けましたね」
「それで最初は人付き合いが苦手なアオヤネさんがどんどん人懐っこくなっていくんですよね、それがホント可愛かったです」
「斎藤ポストでトラブルが起きても登場人物がみんな良い人なので安心して読めるのもポイントですね」
「一話ごとに必ずあるお約束、「どの斎藤だよ!」が楽しみの一つですよね!」
配送に困った郵便配達員へから出前のお兄さんだったり、水道修理屋さん、あるいは遊びに来た友達が叫んだり、突っ込まれたり。
毎回色んなパターンで出てくる「どの斎藤だよ!」がホントに楽しくて、小さい事だけどワクワクしながら読んだなぁ。
「127話だけは変則的で、ネットサーフィン中のキタノくんが「どのサイトだよ!」って叫ぶんですよね」
「そうそう! 私最初アレに気が付かなくって、あれ? 今回の話なかったな? って読み返して気が付いたんですよ。それがホント悔しかったです!」
「その頃のスミレさんはネットには疎かったでしょうからね。サイトって言葉に馴染みがなかったせいでしょう」
「うー、今なら絶対気が付けたのに! って、あれ? セイヤさんー?」
思わず担当さんと意気投合してオタクトークしてしまったけれど、セイヤさん固まってる?
「色々なリアクションは想定していましたが、このパターンだとおそらくまだ信じ切れていないでしょう」
とても良い話だと前置きされていたのにあまり身構えてた様子のなかったセイヤさんだから、そのせいで不意を突かれたのかな?
驚愕してフリーズしているの初めて見るかも。あ、こないだラッキースケベで私の裸みた時もこうなってたからそうでもないか。
「嘘だろ?」
あ、動いた。
「冗談はいいますが嘘は言いませんよ」
「終わったの4年くらい前だぞ? なんで今更......」
たしかにタイミング的には不思議かも? 最新作が話題になって今になって日の目を見たとかでもないだろうし。
「一つに、現在の連続テレビ小説枠が終わりを迎えるのでその後釜として。二つに、現在のそれに予算をかけ過ぎたので次の作品は低予算で撮影できるものが選ばれました」
「今やっているのってなんでしたっけ?」
この家ってテレビないんだよね。昔はあったらしいけど、見ないのに何らかの集金が鬱陶しいとかで処分したんだとか。今どきはPCなりスマホなりで見られるみたいだし。
「『大正浪漫に歌が咲く』ですね。大正時代の劇団の復興を描いだ物語なので、結構な予算がかかったようです。その点、五番地二丁目物語は現代の住宅地一画が舞台なので予算が段違いにかかりません」
「それにしたって、ドラマ化するに地味すぎやしないか? 自分で言ってて悲しくなるが」
「こう言ってはなんですが、あまり視聴率を本気で稼ぎたい枠ではないので、“なんとなく流しておく”のに起伏の激しくない先生のお話は丁度良いのでしょう」
「くだらない事件ばかりなので、基本的にすぐ解決して次の話に引き継がないですもんねー」
「長期放映するうえで途中からでも問題なくみられるお話というのは都合がいいですからね」
「いや......でも......マジか」
淡々と話す担当さんだけど、セイヤさんの作品のドラマ化を報告できてすごくうれしそう。本人はまだ実感がわかないみたいだけど。
「あの局に出入りする際、スタッフの休憩室や監督が使う棚にあのシリーズを忍ばせてきたかいがありました」
「布教に余念がない!」
ジワジワと浸透させていったのね! 流石担当さんです。よくやった! でもさっきの事は不問にならないよ!
「お前そんな事してたのか......」
「といっても。監督が編集長と古くからの友人ですので、編集長が掛け合ってくれたのでしょうね」
「あの人が? まさか。ここの出版物でドラマ化するなら他にももっとプッシュしたい作品あるだろう」
そういえばセイヤさんは編集長、担当さんのお父さんもセイヤさんの作品のファンだって知らないのだっけ?
担当さんなんで黙ってるんだろう? それとも教えたけど信じてなくてそのこと忘れてるだけかな。セイヤさんの事だから多分後者だ。
「原作者は口出しするな、というタイプの監督ではないので、今後先生に作品について尋ねられることがあると思います」
「あの話に限らず難しい話なんて書かない俺に、聞くことなんてあるのかね」
「真面目な監督ですからね、どういうつもりで書いたのか、と原作者の意図をちゃんと汲み取りたいのでしょう」
ファンとしてはドラマ化に不安がないこともないけれど。担当さんがこう言うなら、原作をないがしろにするような人ではなさそうだから一安心。
「ドラマ化についの詳細は追々。最後に仕事のお話ですが、ドラマ化の宣伝効果を期待して先生に新たなシリーズ。長期連載枠設けました」
「どうせ受けるまで帰らないんだろ?」
「なんでイヤそうなのセイヤさん......」
またシリーズもの書かないんですか? って聞いたら長編は苦手って言ってたけど。
「正月休みを跨ぎますので最長で二週間ほど滞在できますね。スミレさんのおせち料理が楽しみです」
なにその新手の脅し文句。
「ウチで年越させてたまるかよ......。わかった、構想は無くもないから後で使えそうなもの送るわ」
「ありがとうございます」
セイヤさんホント担当さんが泊まるのイヤがるよね。別に泊まられても迷惑にならないと思うんだけどな。
「ちなみに今日は飯を食っていくつもりか?」
「それは勿論──」
と、私は「さっきの事があるので今日はご飯作ってあげません!」という念を込めてニコー☆と笑いかける。
「と、言いたいところですが、この後アイリスさんと約束がありますので、今日はすぐお暇致します」
流石察しが良い(良すぎる)担当さん、私の笑顔の意味を感じ取ってそそくさと退散していきました。
「にしてもニッタのやつ、なんでアリスちゃんの事「アイリス」って呼んでるんだ? たしかにそう読める漢字だったが」
「アリスちゃんって出生届はアイリスで出されたんですよ。でも両親も本人も「アリス」のが呼びやすいって、定着しちゃったみたいです」
「たしかに愛称の方がメインになることはままあるな。大方本人も知らないで育って、自分の保険証見て知ったとかいうところなんだろうな」
私もアリスちゃんの本名がアイリスだって知ったのは友達になってから随分後だったなー。
「で、なんでニッタはその本名の方で呼んでるんだ?」
えぇ......。
「セイヤさん、ホントに察しが悪いですね......作家さんとは思えないです......」
今日はその鈍感さに救われたけれど、あまりに悪すぎて担当さんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「なんで俺今ディスられたんだ......」
「知りません!」
私の気持ちにだってまったく気付かないし......、もうホントに襲っちゃおうかしら......。
まぁ、私の気持ちはともかくとして。私たちと一緒の間は変わらず落ち着いた様子のセイヤさんでしたが、その後一人にすると黄昏ながらも大喜びしてました。
セイヤさん、念願の大成ですね! おめでとう! 今夜はごちそうにしますよ!
12月のクリスマス、1月の正月、2月のバレンタイン、3月......は、イベントないか。
大人には確定申告とかいうクソったれなイベントがあったが、まぁともかく。
スミレと家族になってから楽しい思い出を増やしながら、時間はあっという間に過ぎていよいよスミレは春休みに入った。
春休みが終わったらスミレもいよいよ中学3年生か。たった一つ増えるだけなのになんだか感慨深いな。
「ツバサさんまだかなー」
「なんで俺にアポとらないアイツが来るのを、アリスちゃんが知ってるんだ?」
居間で寛いでいると急にアリスちゃんがやってきて、ニッタのヤツが来るのを待ち始めた。
最近のアイツはドラマ化の進捗報告に今まで以上に顔を出すようになったので、来るタイミングも予想はできなくもないが。
「それはまぁ、以心伝心ってヤツ?」
「大方LINEかなんかで聞いたんだろ」
「まぁそんなとこ。今日は英語教えてもらうんだー」
「仕事の話にウチに来るのじゃないのかよ......」
すっかりウチがたまり場にされてんな。まぁ、静かすぎるよりかはいいか。
去年の今頃はウチの中なんて静まり返っていたっていうのに。変われば変わるもんだなぁ。
「そういえばスミレは?」
「電気屋の広告見て飛び出していったよ。新生活セールでオーブン買うんだと」
ウチのオーブンが流石に古すぎるので取り替えたいらしい。言ってくれれば買ってやったものの自分の小遣いで買ってくるようだ。帰ってきたらまた小遣い問答だなコリャ。
「あの子もスッカリ主婦が板についてまぁ」
「学生だろ」
お前もどこのおばさんだよ。
「ところでさぁ、お兄さん」
「うん?」
スミレがいないのを確認してか、アリスちゃんが改めて何かを聞きたいようだ。
「スミレとエッチしないの?」
「おまえは なにを いっているんだ」
「スミレめっちゃエロいじゃん? よく一年近くも手を出さないでいるよね」
「お前最初来た時に手を出したらぶっ殺す言ってたよな?」
あの時は手を出す気なんて全くなかったから気にしないでいたが。その後はそうでもなかった。
実際この子の存在がなければ、手を出してた可能性は十分にあったな......。
「まぁあの時は完全に信用してなかったというか? 今は完全に信用してるし」
「完全に信用したから手を出していいっておかしくないか?」
一応、彼女の信用を完全に得られたという点では、少し誇らしいことだが。
「大体中学生がエッチだなんてな......」
「えー、今どき中学生でも恋人できたらエッチとか普通でしょ」
「どこの普通だ、アリスちゃんだってそういうことやっていないだろ?」
「アタシはまだ恋人いないし......」
いないが誰かの事を思い浮かべているのか、歯切れが悪い。
「俺とスミレだって恋人じゃないからな」
「ふーん、それじゃぁ両想いならエッチするんだ?」
「......」
イヤまて。仮に両想いでもそれはマズイだろ。
「ま、いいや。お兄さんの事は“信用してる”からね」
それがどういう意味か問う前に、アリスちゃんは玄関へと駆けていった。どうやら良いタイミングでニッタのヤツが来たらしい。
「両想いなら、か......」
俺はあの時、スミレが求める形で愛情を注いでやる、と心の中で誓った。
もしスミレが求めてきたとして、今の俺に自分を止めることができるのだろうか。
仮に行為に及んだとして、身内の誰が漏らすわけでもないだろう。
法を理由に、アイツの愛情を拒絶するのは、それは本当に誠実なのだろうか......。
「大成してから、世間体を気にするなんて我ながらクズ野郎だな......」
スミレを拾った時のアレはただの自暴自棄だったとしても、人でなしになる覚悟を持っていたはずだ。
それがどうだ、大成して惜しくなったか? そんな形で人として軸がブレるのを望んでいたのか?
「大成か......」
ドラマ化が決まり、待ちわびた大成を成したしたというのに。あまり感慨はない。たしかに嬉しかったが、喜んだが......。
あの貸出カードに名前があった時の方が、よっぽど嬉しかったじゃないか。
結局俺は、とっくに手に入れている最高のモノに気が付かず、大成を求めていたんだな。
「アイツのためなら、堕ちてやるさ」
だったら悩む必要なんてないだろう。手に入れた大成を失うとしても、俺はもっと大事なモノのために、それを傷つけないための選択をするだけだ。
「そもそもスミレの気持ちもわからないのに、我ながら気が早いな」
俺が一方的に好いているだけなら杞憂で終わるだけだ。まぁ......今後も俺の理性が保つ保証はないんだが......。
「ただいまー」
「おかえりー、オーブンは買えたー?」
「あれ? アリスちゃんに担当さん、いらっしゃい」
「お邪魔しております」
電気屋から手ぶらで帰ってきた私にいつのまにかいるアリスちゃんに尋ねられる。
車があったから担当さんが着てるのはわかったけど、アリスちゃん一緒に来たのかな?
「広告で見るより小さかった......」
「あははは! サイズは写真じゃわかんないもんねー」
「凄い安いと思ったら! サイズも凄い小さいじゃん! そりゃ安いよ!」
あんなの全然セールじゃないよ! もう! 「新生活セール」だから、一人暮らし用に小さいってのはまぁわかるんだけれど......。
「精密機械なら小型なほど高いモノですけどね。先生にねだってみてはいかがですか?」
「新しいオーブンは私が料理のレパートリー増やしたいだけだし、セイヤさんにねだるのはちょっと......」
今の古いオーブンの火力じゃちょっと無理な料理が結構あるからなぁ。普通に使う分には一応使えるんだから、贅沢言うのはなんだか勿体ない。
「先生は料理のレパートリー増えるなら喜ぶと思いますけどね」
「どのみちアンタが手ぶらで帰ってきたって知ったら、お兄さんの事だから新しいオーブン買ってくるんじゃない?」
「ありうる......」
セイヤさん私の欲しいモノに敏感だからなぁ。
「ちゃんと相談しないと、アンタが欲しいようなオーブンじゃなくて余計な買い物する事になるわよー」
「オーブンにも色々ありますからね」
「うぅ、それは避けたい......。ちゃんとお話する」
「そうしなさい」
どうせ私が買ってきたとしても、セイヤさん俺が払う! ってお小遣い問答になりそうだしなぁ。
「セイヤさんは?」
「居間にいたわよ」
「お仕事中かな? アリスちゃんありがと」
アリスちゃんに言われなきゃホントにそういう事になってたかも。私はアリスちゃんにお礼を言って居間へ向かう。と
「......」
(寝てる?)
居間を覗くと、座椅子に深くもたれ掛かって目をつむっている。
側にはナツメちゃんとキョウゴクくんも丸くなっていて、一緒に寝ているみたいだった。
「セイヤさーん?」
近づいて小声で声をかけてみたけど反応はない。今までもうたた寝している事がなかったわけじゃないけど、セイヤさん鈍感なくせに気配には敏感で私が近づくとすぐ起きてたのに。
セイヤさんがこんなに無防備なのも珍しい......。春の陽気のせいかな?
「ふふふ......」
近くで見られるセイヤさんの貴重な寝顔を暫く堪能しちゃおう。セイヤさん寝言とか言うのかなー。私の夢とか見てくれてたら嬉しいな......。
「......」
だけれど、暫く見ていたら邪な気持ちが湧いてきてしまって。リビングの方を確認──
どうやらアリスちゃんと担当さんは勉強に夢中(?)でこちらに来る様子はないみたい。
(ごめんなさい......!)
私は、心の中でセイヤさんに謝って
口づけをした──
「セイヤさーん?」
微睡の中に心地よいスミレの声が聞こえる。
あぁ、たしか居間で寛いでいたら猫たちがやってきて貰い欠伸ならぬ貰い眠気して少し目を閉じてみたんだったか......。
「ふふふ......」
スミレの気配が近づいた気がする。スミレも俺を起こそうとする様子もないし、この春の陽気だ。このまま寝てしまうのも悪くないかもしれないな......。
そうやって暫く心地よい微睡と気配に身を任せていると......
唇に柔らかい感触を感じた──
「や、やっちゃった......」
そして、スミレの声が聞こえて、気配が逃げるように遠ざかる。
「スミレ......?」
薄眼を開けてみるが、既に近くにスミレの姿はなく、唇の感触の正体もわからない。
そして俺は、再び微睡に身を任せた──
感触の正体はわからなかったが、心地よい感触だった。
きっとこれは、春の陽気が見せた心地よい夢なのだろう、と......。