離別
「へぇ、明日は遊園地デートですか、いいですね」
「デートじゃねぇよ、スミレちゃんの友達も一緒だ」
翌日。毎度の事ながらアポなしでやってきたニッタのヤツと居間で明日の予定の事を世間話しながら、持ってきた弟子の原稿に目を通す。
スミレちゃんの要求はまさかの「遊園地に遊びに行きたい」で、どうせ金のかからない事を頼まれると思ってたので驚いた。
多分アリスちゃんが説得したんだろうな。ただ、今回の件はアリスちゃんも巻き込んだので彼女も連れていく事になった。
スミレママのお怒りが丁度金曜日だったので遊園地は明日の日曜日、今日は二人で服を買いに行っている。アリスちゃんに「お兄さんは来るな!」と言われたので家に残ったが、コイツが来るなら無理にでも付いていくんだったな。
「しかしお小遣いをもらって怒るなんて変わったお嬢さんですね。スミレさんらしいと言えばらしいですが」
話す気はなかったが感がいいニッタなので結局根掘り葉掘り聞かれてしまった。一応スミレちゃんが家なき子な事は伏せているが......。コイツの事だから感づいているだろうな。
「おかげでピーマンおばけの夢にうなされたわ......」
遊園地に行く約束はしたがまだスミレちゃんは怒っていたらしく、夕飯は俺の嫌いなピーマン料理尽くしだった。
「ちょっと嫌いなピーマン“混ぜました”が大丈夫ですよね?」と明らかにピーマンが主役だろって料理を並べられても、「さぁ召し上がれ♪」と逆に怖い笑顔で言われて拒否権などあろうものか。
逃げても絶対回り込まれるヤツだわ。違うな、そもそもボスからは逃げられないわ。
「胃袋掴まれてると怒らせた時が恐ろしいですね」
「まったくだよ」
小言や注意は時々あったし、昼頃に天気が崩れて「洗濯物取り込んでおいて!」って連絡を貰ったのに、すっかり忘れて洗濯物が雨にやられた時はむしろ可愛い感じに怒られたんだが。あんなに怒らせたのは初めてだったな。
ていうか俺結構やらかしてるな......、もうちょっと気を使ってやらねぇとな、気を付けよう。
「......お前に怖いモノなんてあるのか?」
俺なんかは大人の癖にピーマンが嫌いでよくネタにされるが、なんでも無表情で食うコイツの嫌いなモノは想像できないな。そんなに一緒に飯食ったことがあるわけでもないが。
「強いて言えば、若い女の子の手料理ですかね」
「最近妙に来る頻度が高いと思ったらスミレちゃんの飯目当てかよ」
饅頭怖いだろそれ。突っ込むのも馬鹿馬鹿しい。なんてことを話していたら玄関が開く音がする、スミレちゃんが帰ってきたようだ。
「ただいま戻りましたー」
「おかえり」
そして真っ直ぐ居間までやってくる。
「あ、担当さんいらっしゃいませ!」
「どうもスミレさん、お邪魔してます」
「今日もごはん食べていかれますか?」
「はい、ご相伴にあずからせて頂きます」
白々しい、それ目的だろ?
「猫の餌でも食わせとけ」
「もう! セイヤさんそんな事言わないの!」
ナツメがスミレちゃんに懐いてからはエサも手作りするようになったから、アレだってスミレちゃんの手料理だろ、喜んで食うんじゃないか?
「どんな服を買ってきたんだ?」
出て行った時と同じ格好だが、着て帰ってこなかったんだな。どんな服を買ってくるのか割と楽しみにしてたんだが。
「それは明日までのお楽しみでーす!」
遅れてアリスちゃんが居間にやってくる、なんだ、わざわざスミレちゃんをウチまで送ってくれたのか?
「おろ?」
「初めましてスミレさんのお友達のお嬢さん。担当の新田翼です」
「あー、どうも。友達のアリスです」
ニッタが来る頻度が増えたとはいえ、二人は初対面だったな。多分スミレちゃんに話は聞いてるだろうけど。
「セイヤさん、明日早くから出発なのでアリスちゃん泊まってもらっていいですか?」
「あぁ、そういうことか。構わんよ」
「あざーす!」
わざわざ迎えに行くのもどこかで合流するのも面倒だしな。今夜二人で予定とか話したいこともあるだろう。
「ふむ、困りましたね。布団をもう一つ至急手配しないと」
布団をもう一つ? 既にお前が新しく買い足したからアリスちゃんの分は前のお泊りも困らなかったぞ......って。
「マテマテマテ、お前も泊まるつもりかよ!?」
「明日三人で遊園地に行くのでしょう? 僕が車を出しますよ」
「わぁ、担当さんありがとうございます!」
「先生は免許も車も持っていませんからね、丁度良かったです」
クソッ、コイツがスミレちゃんに感謝されてるのがなんか腹立つ。免許取っときゃよかった。
「お前の車じゃなくて社用車だろ。それにアレ元は俺の車だからな?」
「免許持ってない先生が亡くなったお父様の車の処分に困ってたから会社で引き取ったんじゃないですか。僕の車みたいなもんですよ」
車は乗らなくても持ってるだけで金がかかるから、親父が亡くなった時に扱いに困ってコイツの出版社に買い取ってもらったんだが......、完全に私物化してやがるなコイツ。
「ていうか知らない男が一緒でアリスちゃんイヤじゃないか? 今日は泊まりだろ」
「ん? アタシは別に平気だけど、一緒の部屋で寝るわけでもないんだし」
アリスちゃんをダシにニッタを追い出そうとするが失敗。
「年頃の女子が二人いるんだ、お前車で寝ろよ」
「そんなひどいこと言わないでくださいよ先生」
「まぁまぁ、私たちは気にしないから。それで今日の夕ご飯どうしよう? みんな共通の好きなモノとかあるかな?」
「流石に四人分作るのは手間だろう、今日はみんなで外に食いにいくか?」
「同意いたしかねますね」
お前には聞いてねぇ。スミレちゃんの手料理目当てのお前に食わせたくないんだよ。
「手間なんてとんでもない! むしろちょっとしたパーティみたいで作りたいです!」
ニッタがちらりと勝ち誇った笑みを見せる。くそっ、そうだよな、スミレちゃんはこういう子だよな。
「アタシも買い出し付き合うよー、料理も......まぁ多少は?」
「僕も荷物持ちにお供しましょう」
「わぁ、みんなでお買い物楽しそう!」
まぁ、スミレちゃんが楽しそうだからいいか......。
その後の四人で買い物にいくと、帰って来たと同時に布団が届けられた。ニッタのやつ、手際良すぎだろ......。
日曜日の朝、今日は軽く朝の家事を済ませてナツメちゃんにご飯を上げてシャワーを浴びて、みんなで朝ごはんを食べて――
セイヤさんはナツメちゃんに起こされなくなったので私より先に起きてる事はあんまりなくなったのだけど、私が起こしに来るのが恥ずかしいみたいでご飯の時間くらいに自分で起きてくる。
多分朝勃ちとかを見られるのが恥ずかしいんだろうなー。生理現象なんだから気にしなくていいのに。セイヤさんを朝おこすのもちょっと憧れあるんだけどな――奥さんみたいで。
「ど、どうかな......」
そしてご飯の後にすぐに出かける準備して、改めて着替えた私の服のお披露目......。
アリスちゃん見た手の“童貞を殺す服”は、露出の少ない可愛いフリルのついた、でも装飾の少ない淡いクリーム色のワンピースに薄く透けた小さめのボレロ――
試着はしたけど......ヤバイ、オシャレ初めてでこういう時どういう表情とポーズ取ればいいかわからない......。
「おー、可愛いじゃないか。いつも見ているスミレちゃんなのに凄い新鮮だ」
可愛い......可愛いって言ってくれた......、えへっ。
見惚れてしまったり思わず抱きついてくれたりみたいなのを妄想してたけど。望んでた反応と違っても、月並みでも実際に可愛いって言われると凄い嬉しいな......。
「ダメです。ゼンッゼンダメです。不合格ですね」
「えぇ!?」
ガーン!? ダメなの!? 横から担当さんに思いっきりダメ出しされてショックを受ける私。
「そこは見惚れて声を失ったり。思わず抱きしめてしまったり。真っ赤になってどもりまくるくらいのリアクションを取らないと」
あ、私じゃなくてセイヤさんの事か。
「俺そんなキャラじゃないだろ」
「そうよお兄さん。ただ可愛い、だなんて。作家の癖にボキャ貧じゃない?」
「なんで俺がサラウンドでダメ出しされてるんだよ......」
私はありきたりな可愛いでも凄い嬉しかったけどな......。セイヤさんはあんまり凝った言いまわしする作家さんじゃないし。
「助手席に人がいると集中して運転できないもので......。アリスさん助手席に乗っていただけますか?」
という事らしいので、私とセイヤさんが後ろの席で、アリスちゃんが助手席に座る事になった。
大人の男の人なセイヤさんはともかく、私かアリスちゃんならまだ子供だから邪魔じゃにならないというのはわかるのだけど、私の方が小柄なんだけどな?
なんでアリスちゃん指名したんだろ? なんなら三人で後ろに座れるのに。
「お嬢さんがた、お二人とも車酔いは大丈夫ですか?」
「アタシは全然」
「私もあんまり乗ったことないけど、平気だと思います」
車は遠足のバスとかくらいしか乗ったことないけど、特に酔いやすいとかはなかったと思う。
「それはよかったです。首都高が混んでいるそうなので回り道をしますね。道が悪いので特に後ろのスミレさんは気を付けてください」
「あ、はい」
急がば回れ、回り道した方が早く付くらしい。担当さんはそんなルートも知ってるんだなぁ。
「ひゃっ!?」
「おっと、大丈夫か?」
右に左に振り回されて、車が大きくガタンと揺れるものだからセイヤさんの方に体が崩れてしまう。
「あ、ありがとうございます......」
セイヤさんに体を支えられて、やだ、なんか嬉しい......。
「スミレさんは先生にしがみついてるといいですよ」
「そうだな、俺を支えにするといい」
「は、はい......」
私は言われるままにセイヤさんにもたれかかって腕にしがみつく。道が悪いおかげでこんなことできるなんて......、ちょっとラッキーかも......。
「しっかしお前こんなに運転荒かったか?」
「こんなものですよ、先生は市街地でしか乗せたことありませんから」
「......」
セイヤさんは担当さんの運転にちょっと疑問があったようで、助手席のアリスちゃんも何か言いたげなようで黙っていた。二人ともどうしたんだろう?
でも今の私はセイヤさんにしがみつける大義名分を得て満喫してて、そんなことはどうでもよくなっていた。
あぁ......ますます欲求不満になっちゃいそう......、でも嬉しい......。
それから何事もなく(車で何事かあったらいけないけど)目的地の大型テーマパークに到着した。
「お二人は先に降りてチケットを買っておいてください」
「そんなことよりお前はどうするんだ?」
そういえば担当さんはどうするんだろ? 私たちを降ろしたら帰っちゃうのかな? でも駐車するみたいに言ってるし。
「一人で車で待ってろっていうんですか? イヤですよ、勿論僕もご一緒します」
「そんな気はしてたけどな......、お前の分は運賃代わりに払っといてやるよ」
「ありがとうございます」
「入園料だけな。乗り物チケットは自分で買えよ」
「......まぁいいでしょう」
優しいと思ったら相変わらず担当さんには淡泊なセイヤさんにクスっとする。
そういえばアリスちゃんずっと静かだな?
「アリスちゃん降りないの?」
「アタシは日焼け止め塗り忘れたから駐車してから車の中で塗るわ」
「あれ、そうだっけ?」
出発前に二人で塗った気がするんだけどな? 私が塗ってもらっただけだったっけ。
「では、駐車してきますね」
担当さんは私とセイヤさんを降ろして駐車場へと向かった。
「さて、アリスさん。僕に何かお話があるのではないですか?」
担当のお兄さんが車を止めて話を切り出す。
「うっわ、この人初めから女子中学生と二人きりになるつもりだったよ」
二人しか先に降ろさなかったのはそういうことよね。アタシもそのつもりで車に残ったんだけどさ。
「アナタもそのつもりで残ったのでしょう?」
「なんでもお見通しね」
アタシが聞きたいこともわかってるみたいだし、話が早いというか。
「車に乗る前は聞きたいことだったんだけど、今は確認って感じかな」
「なるほど」
「アタシてっきり、担当のお兄さんは自分の担当する作家が未成年の女の子と仲良くしているのは世間体が悪いって否定的なんだと思ったんだけど......」
「まぁ、本来であれば自社の作家に推薦する行為ではありませんね」
スミレが住み着くようになってからお兄さんの家に来る頻度が増えたらしいって聞いてたしね。
「担当のお兄さん、わざと車揺らしてたでしょ?」
「おやおや、これは目ざといお嬢さんだ」
後ろの席の二人はともかく、助手席のアタシにはバレバレでしょ。そもそもアタシを助手席に指名してんだから隠す気ないでしょーよ。
「あー、これは担当のお兄さんも二人の推しカプしてるんだなって」
「も、という事はお嬢さんもですか」
担当のお兄さんも、アタシと同じ疑問をアタシに抱いていたみたいね。
「僕もアナタは親友が一回り以上も歳の離れた相手と付き合うのに否定的で、今日のデートも邪魔するか監視するのが目的なのかと思ったのですが」
「まっさか。スミレの恋は応援してるし、お兄さんの事はスミレを拾ってくれてホントに感謝してるし。年齢差とか未成年とか関係なくマジで「あんたらはよくっつけよ」って思うもん」
お兄さんと一緒に過ごすようになってから、スミレはホントに明るくなって、毎日が楽しそうで、幸せそうだ。
アタシには......子供のアタシにはスミレに何もしてやれなかった。あのクソ親の事も、貧乏な境遇を知っていても何の力にもなれなかった。
だから、スミレを色んな意味で救ってくれたお兄さんとの恋を応援したい。
まぁあの子純朴だけど、エッチに関しては頭ん中が女子中学生じゃなくて男子中学生だから。その辺はフォローしないとだけど。
「同感ですね。愛に年齢差は関係ないでしょう」
「うっわ、くっさ。恋じゃなくて愛ときましたか」
「編集者ですからね」
編集者でも臭い台詞を吐くことはあんまりないと思うけどなー。知らんけど。
「僕たちは推しカプ同士という事ですね」
「その割によくお兄さんの家にくるようになってるみたいだけど、二人っきりを邪魔してない?」
「常に二人っきりだからこそ、僕みたいな刺激が必要なんですよ。先生は僕に対して露骨に嫉妬されてますからね、本人は自覚がないのでしょうけど」
「あーわかるー! お兄さんが担当のお兄さんに妙に冷たいの完全にジェラシーよねー」
「先生は元々僕に冷たいですけどね」
「あはははは!」
子供のアタシには二人の恋を――愛を応援することしかできないけれど。理解してくれる大人がいるってのは心強いな。
その後、意気投合したアタシと担当のおに――メンドイわ。ツバサさんとLINEを交換して「自分はあまり二人の様子を見らに来られないので、是非ともアリスさんにウォッチして欲しい」と頼まれた。
任せといてよ、アタシがウォッチするからツバサさんが大人の力で援護してやってよね。
「お待たせしました」
「丁度こっちもチケットが買えたとこだ」
アリスさんとのお話を終えて、先に降りた先生とゲート近くで合流します。
いやしかし、流石はスミレさんのお友達です。ちょっと軽そうな今風の子に見えてとてもいい子じゃないですか。
今後は先生とスミレさんの様子をご報告頂けるとのことなので、僕としても良い同士ができました。
二人の進展は気になりますが、あまり僕が顔出す訳にもいきませんからね。スミレさんの美味しい手料理が目当てだったのも間違いではないですが。
「......、で、俺もスミレちゃんもこういうところ初めてなんだが、どういう順序で回ればいいんだ? つかコレ全部回れる広さじゃないだろ」
先生が売り場で渡されたであろう園内図を見て驚愕しています。この様子は想像してた三倍の広さといったところでしょうか。
「え? セイヤさんも初めてなんですか!?」
「学生時代に学校の行事で行ったことはないんですか?」
無趣味の先生とはいえ、流石に一度も着たことはないと思うのですが。
「行ったとは思うんだがたしかずっと園内のゲーセンに籠ってた気がするな」
「その頃からご友人がいなかったのですか」
「その頃からは余計だ、いたりいなかったりしたわ」
先生の担任になって10年くらいになりますが、ご友人が影も形もないのですよね、精々猫くらいでしょうか。
と、僕たちの会話を聞いているスミレさんが先生に見えないようにしてガッツポーズをとっています。
これは「じゃぁ恋人がいたこともないよね!?」と喜んでいるのでしょう。可愛らしい子ですね。
「ツバサさんはどうなん?」
「僕は他の先生の取材に付き合って何度か、個人で来るのは僕も初めてになりますね」
「お前も俺と似たようなものじゃねぇか」
アリスさんに尋ねられて思い出してみますが、僕も友人や恋人と来た覚えはないですね。
「えぇぇ、じゃぁアタシだけー!?」
アリスさんの言葉に僕を含めた三人の視線が集まります。流石は普通の女子中学生、ちゃんと家族や友達と来たことがあるのですね。
「アリスちゃん頼もしい!」
「案内頼むな」
「頼らせていただきます」
「ちょっ、変なプレッシャーかけるのやめてよ! こういうとこは自由に楽しめばいいのよ!」
とりあえず入ろ! とアリスさんに先導されて僕たちは入場します。
「わぁー!」
園内に入って少し歩けば、たちまち周りは夢の世界。まだ入って間もないのに早くもスミレさんが年頃の少女らしく目をキラキラさせています。
家では家事をこなして先生よりもしっかり者に見えるスミレさんですが、ここでは年相応の少女です。多分先生はスミレさんのこういう姿が見たかったのでしょうね。
「この辺はお土産売り場だから、見るのは帰りにしましょ、入ってすぐ買うと荷物になるから」
「凄い! これ全部お土産売り場なの!?」
何のアトラクションでもありませんが、入り口だけでもこれだけの非日常を演出してくれるのは嬉しいパフォーマンスですよね。
「おや、身に着けるもの類であれば最初に買ってしまってもいいのでは?」
「もうそんなの付けるような歳じゃないって」
被り物などはむしろ最初に買っておくべきものでしょう、園内から出たら使わないのですから。
「あれらを付けるのに歳は関係ないと思いますが」
周りを見て見れば、家族連れやカップル、大人たちも普通にキャラクターの耳や帽子をしています。
「いや......そうだけどさ......」
「あぁ、むしろ恥ずかしい年ごろですか」
「あぁもう、ツバサさんわかってるならスルーしてよ!」
年齢は関係ないと言いましたが、アリスさんくらいの年頃だと子供っぽいのは逆に恥ずかしさを感じますからね。と、つい口に出すものだから怒られてしまいましたね。
「私も服とか買ってもらったばかりだし、身に着けるものはいらないかな」
「ほら! スミレもこう言ってるしさっさと通り抜けるわよ!」
「そうですね、早いところアトラクションを選ぶことにしましょう」
年頃の感覚を指摘されて恥ずかしいらしくアリスさんが売り場を離れたがっているので、怒られた手前同意しておきましょう。
「取り合えずアリスちゃんのオススメとかないなら近場のやつからか」
結局、その後はアリスさんに案内されるまでもなく近場のアトラクションに並びました。
スミレさんが苦手そうということでとりあえず絶叫系は避けながら、近場のアトラクションをハシゴしていく方針です。
「アリスちゃーん?」
そうやって3つ目のアトラクションを巡ったところで、アリスさんが打合せ通りいなくなりました。
スミレさんはすぐに彼女が居なくなったことに気が付き、名前を呼んで辺りを見渡しています。
「どうした、アリスちゃんがはぐれたか?」
「みたい、それともトイレかな?」
「特にお手洗いなどは聞いていませんね、黙っていく事もないでしょうからはぐれたのでしょう」
また上手に自然にはぐれましたね彼女。
「存外そそっかっしいな」
「ちょっと電話してみるね」
古いお話ならこうやってはぐれる事は難しくなかったのですが、今は誰もが携帯を持つ時代、簡単に迷子を演じることはできません。
『~♪』
「あれ?」
しかしそこは勿論、手を打ってあります。スミレさんの発信に合わせて僕のポケットから着信音が流れます。
「おや」
僕はポケットから彼女のスマホを取り出して、それを見つめます。
「アリスちゃんのスマホ?」
「なんでニッタが持ってんだ?」
「あ、しまった。アリスさんが車に携帯を忘れていたのでお返しするつもりだったのですが、忘れていました」
とまぁ、こういう訳です。
「おいおい、スマホを持たずにはぐれるなんて本格的に迷子だろ」
「僕の責任ですね。僕がアリスさんを探しますので、お二人は引き続きアトラクションを楽しんでください」
コレで僕も二人から離れる口実ができました。ようやく二人きりにできます。
「え、でも」
「広い園ですがどこも人の目があるので安全ですよ。心配せず楽しんでください」
粘られてはいけないので僕は急いで二人から離れます。こう言っておけば友達思いのスミレさんが心配しすぎるということもないでしょう。
「さて......」
二人から離れて、二人の姿が見える物陰はないかと探していると......。
「ツバサさん、こっちこっち!」
物陰からアリスさんが手招きしている姿を見つけました。
「打合せ通りでしたね、なかなかのお手並みです」
「元々スミレとお兄さんの二人きりで行けって言ってたんだけどねぇ、全く手間のかかる」
「月下氷人も楽ではありませんね」
「ゲッカヒョ......なに? 必殺技?」
ふむ、文学少女のスミレさんのお友達なので彼女も見た目の割に文学好きなのかと思いましたが、そうでもないようですね。中学生にはまだ難しかったですか。
「では、僕たちは僕たちで遊びますか」
「え? 二人の様子を眺めるんじゃないの?」
「ずっと見守っていてはアリスさんが遊べないじゃないですか」
「いや......アタシは別に」
「友人思いも結構なことですが、アナタも年頃の女の子なんですから、遊園地に来たからには遊ばないと。お付き合いしますよ」
「えと......、うん」
友達を応援することばかりで自分が楽しむことを考えていなかったらしいアリスさんは、僕の言葉に少し照れると可愛らしく頷きます。
あの二人なら見守ってなくても大丈夫でしょう。推しカプとはいえずっと見ているのも失礼ですからね。
それに、僕たちは別の場所で遊んでる事で言い訳もたちます。少ししたらそう連絡をしましょう。
(スミレさん、先生を頼みますよ......)
ちらりとあの二人を見て、スミレさんに心の中でたくします。
先生は、あの人はたった一人の家族を失ってからというもの、あの広い家で孤独に蝕まれていた。
自身の作家としてのコンプレックスに悩み、世界から一人切り離されたように生き、無色透明なあの人は、いつ消えてしまっても不思議ではないように見えた。
あの家を訪れるたびに、先生が消えてしまっているんじゃないかと恐ろしかった。僕では、あの人の生活に彩を与えることができませんでした。
スミレさん、あなたはあの人の世界に彩を与えてくれた。あの人の孤独を癒してくれた。あの人の作家としての在り方に自信を与えてくれた。
その御恩に報いるために、あなたが先生を愛しているというのなら全力で力になりますよ。未成年? 中学生? 年齢差? そんなもの、何の障害にもなりませんよ。
「さぁ、行きましょうか」
先生をスミレさんに託し。僕はアリスさんをエスコートするように手を取って、先生たちから離れた別のエリアのアトラションへと向かいました。
「ど、どうしよう......」
「まぁアイツに任せれば大丈夫だろう」
謀らずとも二人きりなってしまい、スミレちゃんが困っている。照れてるようにも見えるが......。まさかな、いつも家では二人きりなのに何をいまさら......。
「スミレちゃんのために来たんだ、俺たちは引き続きアトラクションを楽しもう」
「は、はい」
でもなんか、オシャレしたスミレちゃんとこうしてるなんだかデートみたいだな......。イヤイヤ。
「あー、そうだ、俺たちもはぐれちゃいけないからな、手をつなごうか?」
自分でも何を言ってるのか、何故だか自然とそう言っていた。
スミレちゃんは俺が照れ臭そうに差し出した手をしばらく見つめると――
「は、はい!」
ニッコリと笑って両手で握ってくるのだった。
「......」
ダメだ、可愛い。なんだ今日のスミレちゃんの破壊力は。思わずこのまま手を引いて抱きしめたくなったぞ。
「セイヤさん?」
「いや、大丈夫だ、行こうか」
「...はい?」
手を取ったのに硬直している俺をスミレちゃんが不思議そうに眺める。
大丈夫って何がだよ、言ってること意味わからんじゃないか。全然大丈夫じゃないだろ俺。
その後はなんとか誤魔化しながら、スミレちゃんといくつかのアトラクションを回り、買い食いなどをした。
「ホラーハウスっていう割に全然怖くなかったですね」
「コメディ強めで季節外れのハロウィンみたいだったな」
俺としては怖がるスミレちゃんが抱きついてくるお約束的な展開なんかも期待したりしなかったりしたんだが......。
アレはアレでスミレちゃんが楽しそうだったからまぁいいか。
「セイヤさんは幽霊とか平気ですか?」
「積極的にホラーものに触れたことはないが、特別苦手ということはないな。ある一点を除いては......」
「ふふふ、よかったですね! ピーマンおばけがいなくて!」
「スミレちゃん勘弁してくれ......」
子供だましのホラーハウスだったからこそ本当に出てきそうで戦々恐々だったわ。
それにしても胃袋掴まれると食い物系の弱点知られて敵わんな......。
「大丈夫ですよ、今夜はもう出てきませんから」
「スミレママのご機嫌が直ったようでなによりだ」
悪戯っぽく笑うスミレちゃんは年相応の様で、蠱惑的なようで、天使な小悪魔といったところで......。
イカンな、今日の俺はどうかしているようだ。
イヤ......、誤魔化すのはやめよう。どうやら俺はスミレちゃんの事を「女」として意識しているようだ。それも特別な。
一回り以上も歳の差のある、それも中学生を好いてしまうなんて我ながら変態なのかもしれないが......。変態だとしてもこの気持ちは自分をだまし続けられるものじゃないだろう。
そして自覚したからこそ、一層気を付けることができるのだ。大人の俺がその気持ちを抑えきれず彼女に手を出してしまわないように......。
「スミレちゃんは幽霊とか平気か?」
「うーん、私もホラーモノは全然読まないですが......」
彼女に悟られないようにいつもの自分を装って会話を続ける。
スミレちゃんは俺の事をどう思ってくれているのだろうか。懐かれているのは間違いないが、それがどういった感情なのか。
兄のように思われてるのか、父のように思われてるのか......。仮に好意だとしても、それは年頃の娘にありがちな大人の異性への憧れではないのか。あるいはお世話になっている恩義からくる信頼でしかないのか。
いかんな、考えれば考えるほどマイナス思考になる。ぼろが出る前にこれ以上考えるのはやめよう。
「“ふるやのもり”よりコワイものはないですねー」
「お、おう......」
それ笑顔で言えることじゃないだろ......。
「あ、えっと......。いまの笑いどころだったんですけど......」
思った反応じゃなくてスミレちゃんの顔が曇る。スマン、笑い飛ばすところだったのか。ってできるか!
「ごめんなさい、私が言うと生々しかったですね......」
「スミレちゃんがいうとな......」
何故だか変な空気になってしまった。ここで小粋なジョークを......言えるようなキャラじゃないからなぁ俺。作家の癖に情けない。
「あーそうだ、日が暮れる前に帰らないとだから、そろそろアリスちゃんたちと合流しないとな」
「あ、もうそんな時間ですか」
「アリスちゃんもいるから、遅くまではいられないからな。夜のパレードを見せられなくてスマン」
夜のパレードもこの園の目玉らしいのだが、ここに来てから知ったのでそこまで気が回らなかった。
できるならパレードも含めて遊園地を楽しんで欲しかったんだが......。
「そんな! パレードが見られなくても私は十分楽しかったです! パレードはまた次の機会に見ればいいじゃないですか!」
「そうだな、スミレちゃんがそういうならまた来ようか」
ほぉ、油断して歳相応の願望が出ちゃったなスミレちゃん。俺がにやりと笑って言うのでスミレちゃんがハっとして取り繕う。
「あぁ!? ゴメンナイ、また連れてきてくださいってねだった訳じゃなくてっ!」
「言質は取ったからな? 絶対連れてきてやる」
「あうぅ......。ありがとうございます......」
そして照れながらも、嬉しそうにお礼を言うスミレちゃんの姿が、またたまらなく愛しい。
「俺も楽しかったしな。俺がスミレちゃんと来たいんだから、なんにも遠慮することはないんだぞ」
「......は、はい! 私もセイヤさんと来たいです!」
遠慮がちなスミレちゃんにこうやってフォローを入れると、彼女は何度でもその笑顔を見せてくれる。
本当に、何度でも連れてきてやりたくなるな。......甘やかすのは程々にしないとまたスミレママがお怒りになりそうだが。
「さて、ニッタのヤツに連絡入れて土産物売り場あたりで合流するか」
「あの二人、急に仲良くなりましたね?」
「だな。なんかあったのか?」
結局二組に分かれて回ってしまったが、ニッタのヤツが子供に付き合って遊園地を回るなんてな。ロリコンなのかアイツ?
......やめておこう、俺も人の事言えないからな......。とはいえスミレちゃんには近付けないようにしとこう。
「あれ......、あの人......」
「どうした、知り合いでも見つけたか?」
ニッタのスマホに連絡を入れているとスミレちゃんが正面の広場に誰かを見つけたようだった。
ただ、それはとても友人やクラスメイトなど、親しい人を見つけたような様子ではなく......。
「スミレちゃん?」
スミレちゃんの視線を追うと、広場でイチャついている30前後のカップルを見ているようだ。
あの年齢の知り合いだとすると学校の先生か......あるいは――
「お母さん......」
俺の予想を裏付けるように、スミレちゃんが怒りの篭った声でつぶやいた。
見間違えるはずがない。居なくなる前に比べてると薄い化粧に服も整ってるけど、お母さんだ。
私の知らない......心優しそうな男の人と親しげに話してて、まるで仲睦まじい夫婦の様にも見える。
「じゃ、ここで待ってるわねー」
丁度男の人は何かを買いに行ったのかお母さんから離れて行ったので、その姿が見えなくなってから私はその人に近寄る。
「お母さん!!」
「ひぃっ!? スミレ!? なんでここに......」
声を掛けたらやっぱり間違いなくお母さんで、幽霊を見たかのように驚愕して周りをきょろきょろ見渡すと、すかさず私の腕をつかむ。
「ここじゃちょっとマズイから! こっちで話を!」
「ちょっ」
お母さんは私の返事も聞かず、休止しているアトラクションの物陰まで私をひっぱっていった。
「イヤ......マジ! ごめん!!」
そして私の手を離すと、両手を合わせて珍しく本当に申し訳なさそうに謝ってきた。
「ごめん!? 私を捨てておいて、ごめんって!?」
勿論、謝ったからって許せる訳もなく。
「なんで何も言わないで居なくなるの!? 何かあったのかって心配だってしたんだよ!」
一応、生きていたことには安心した。でも、それと同時に私を捨てたのが間違いでないこともわかって、猶更腹立たしくなった。
「アパートだって追い出されて! 住むところも頼れる人もいなくて! 私がどれだけ不安だったか!!」
幸運にもセイヤさんに拾われたけれど、もしそうじゃなかったらと思うと......。あの時の孤独と不安は思い出したくもない。
「やり直したいの!」
「はぁ!?」
怒る私の言葉に反論もなく、お母さんは語りだす。
「あのお金を元手に増やして、新しい名前を買ったのよ......」
「名前を買ったぁ!?」
居なくなる前に柄の悪い人と居たと思ったら、そういう人たちだったの!?
「お酒もギャンブルも、男漁りもやめて。ちゃんと働いて......それで、あの人に出会って......、今は普通の幸せを手に入れられそうなのよ......」
「やり直すって......、名前を買ったって......。それで幸せになれそうって......」
なに、それ。やり直すのに私が邪魔だから、一人で蒸発して、一人で幸せになろうとしてたの?
「なにそれ!? 心を入れ替えたみたいに、真面目になったみたいに言ってるけど。結局、自分勝手なままじゃない! お母さん全然変わってない!!」
「アンタの事はホントにごめん! スミレなら見た目可愛いし要領も良いからいいからきっと一人で生きていけるだろうな......って」
「それならせめて一言言って出て言ってよ! お別れくらい言って消えてよ!!」
「やりなおしたいからお互いこれから一人で生きよう」そう言われてれば少しは納得もできたかもしれない。
一方的に捨てられるのが、何も言われず一人ぼっちにされるのが、どれだけ辛かったか! どれだけ悲しかったか......。
「いやほら、でも実際アンタもこうやってちゃんと元気に生きて──っていうかなんでここにいんの!?」
お母さんからすれば一人にされた私が遊園地に来るなんて思ってなかったんだろう。私だって来る事になるとは思ってなかったもの。
「アパートを追い出されたあと......、すごくいい人に拾われて、今はその人の家でお世話になってる......」
「あー! それでそんな可愛い格好させてもらえて、遊園地にも連れてきてもらえてるの!? よかったじゃん!」
「全然良くない!!」
まさか私だって追い出された後に生活が豊かになるなんて思わなかったけど、今は凄い幸せの毎日だけど。お母さんが私を捨てたって事実は揺るがない。
「スミレだってアタシと暮らしてた頃より良くなってるんじゃないの? お互いリセットしたって事で、やり直したって事で、ね?」
「リセットして。もう、親子じゃないって事?」
お母さんをにらみつける。結局この人は、私が邪魔で、自分だけ幸せならいいんだ。私の事なんてこれっぽちも愛してなくて、心配してなかったんだ。
「流石に子持ち......っていうかアンタを捨てたってのがあの人にバレたらマズイっていうか......」
「そりゃそうでしょうね。優しくて真面目そうな人だったし、中学生の娘を一人放置して蒸発したなんて知られたら、幻滅されるでしょうね」
「いや、マジやめて!? 謝るからさ! あの人と人生やり直したいのよ!! お願い!!」
それが謝ってる人の態度なの? 娘を捨てた母親の謝罪なの? 許せる訳なんてない、でも......。
「いいよ、わかった......」
「えっ!?」
必死に謝ってたお母さん――“私を生んだ人”の顔が私の承諾に途端に明るくなる。
「私も、もうアナタをお母さんだなんて思わない。どことなりと消えて、勝手に幸せになれば!?」
「ウソ!? マジ!? あ、ありがとうスミレ!!」
「そのかわり! 二度と私の前に現れないで!!」
「あ、はい。ゴメンナサイ。じゃぁ失礼します......」
最後にまた小さく謝って、その人は逃げるようにそそくさとその場を離れていった。
結局最後まで、お別れの言葉もない。もう、欲しくなんてないけれど。
「......いいのか?」
入れ替わりに、セイヤさんがあの人を目で追いながら現れる。多分、全部聞いてたよね。
「うん、もういいの。生きているのがわかって安心したし......」
これは本当、あんな人でも、どこかで野垂れ死んでるんじゃないかと、ずっと不安だった。
「あの人も心を入れ替えて、やり直そうとしてるんだし......」
「心を入れ替えて、ね。正直何度もぶん殴りたくなったけどな」
それは......ぶん殴ってくれてもよかったかも。あ、でも大事になっちゃいそうだからやっぱり我慢してくれてよかったかな。
あんな人、殴る価値もないよ。ただ、セイヤさんがそう思ってくれただけで嬉しい。
「幸せになろうとしてるなら、私が邪魔することなんてないよ......」
最初から最後まで、私はあの人にとって邪魔でしかなかったんだから。
「あんな人にずっと愛されようとしてた自分が馬鹿みたい......」
「あんな母親でも、子供が親に愛情を求めるなんて普通のことさ」
普通の子は、親にどんな愛情をもらって育つんだろう......。結局、憧れたそれを手に入れることはできなかったけど......。
「それに、捨てられたおかげでセイヤさんに出会えたんだから、感謝してるくらいだよ」
「......」
出来る限り前向きに、あんな人の事なんて、気にしてないと思えるように、笑って言ってるつもりなのに。
「あ、でもずっとお世話して欲しいなんて図々しいこというつもりじゃなくって......。ただ、今の方が......幸せだから......」
涙が溢れてきて......。
「あれ? 私......」
あんな人に捨てられたことなんてもうどうでもいいはずなのに、愛情が一切なかったのなんて分かってた事なのに......。
「うあぁぁぁぁぁ!」
スミレちゃんが激情を止められず、泣きだして、俺はすかさず彼女を抱き留めて、その泣き顔を胸の中に隠した。
「ああぁぁぁぁぁぁ」
「思いっきり泣けばいい。それで、あんな奴の事は忘れてしまえばいい」
あんな母親でも、あんな一方的に捨てられて、悲しくないはずがないんだ。ずっと愛されようとしていたお前が。
中学生で家事があれだけできるのも、何も欲しがらないのも、それでも明るいのも、全部、あの親に愛されるためにそうなったんだろう。
それだけ頑張っても、それでも愛されなかったお前は、報われなかったかもしれないけれど。
「ずっとウチにいろ。俺がお前の家族になってやるから。失った分を......得られなかった分を補って有り余る愛情を、俺がくれてやる」
アイツの代わりに、俺がお前を愛してやる。
「あぁぁぁぁん!!」
聞こえているのか、聞こえていないのか。スミレは子供のように、年相応の女の子のように、ただ俺の胸の中で泣きじゃくった。
さっさとあの女のいないところ、絶対に会うことのないよう早く園を出たかった俺は土産物を買う予定をやめてニッタたちと園の外で待ち合わせした。
「いやー、ごめんごめん。アタシ絶叫系が好きでさ──ってスミレどうしたの!?」
ニッタと遊園地を満喫したらしいアリスちゃんが笑って謝りながらやってくるが、すぐにスミレの様子に気が付いて駆け足で寄ってくる。
「大丈夫スミレ? 泣いたの? なにがあったの?」
「うん、もう大丈夫。悲しいこともあったけど、もっと嬉しいこともあったから」
大泣きして涙の跡が残るスミレを、心配するアリスちゃんに預けて、俺はこちらを観察しているニッタに近寄る。
「あのスミレさんが大泣きしたようですが、一体何があったのですか?」
「後で話す。不本意だがお前の力を頼ることになると思うから、全部話させてくれ」
「はい、先生とスミレさんのお力になれるなら、是非聞かせてください」
どのタイミングで話そうかと考えていたが、スミレとアリスちゃんは後ろの座席で疲れからか寄り添うようにすぐ眠りについたので車の中でいきさつを話した。
スミレの母親――“スミレを生んだ女”の話にはあのニッタが珍しく怒りをあらわにしていたが、寝ている二人を気遣ってか帰りの運転は穏やかなものだった。
「それで、遊園地で俺が言ったことだが......」
ニッタは俺とスミレを先に降ろして、アリスちゃんを送って直帰した。
そして家の中、居間で俺とスミレは向き合って今後の事を話し合う、のだが。
「えっと......、私大泣きしてたのでちゃんと聞けていたのかわかりませんが......」
「もう一度言うのは恥ずかしいからちゃんと聞いてくれているとありがたいんだが......」
マジか、もう一度言えってか?
「あ、大丈夫です! ちゃんと聞いてました!」
あるいは、もう一度言って欲しかったのか。
「セイヤさんが......私の家族になってくれるって......」
「それ以上は恥ずかしくて死にそうになるから胸の内で思い出してくれ」
我ながらスゲェ事を言ったな。ムードのせいだよムードの。
「あ、はい」
「それでだ、これからちゃんとした家族になるにあたって、話し合いたい」
「えっと、はい」
取り決め、というわけではないが。いい加減俺もスミレを居候とも思いたくはないし、お互いに「世話になっている」と思う関係も直したい。
「まず、これからスミレは家族になるんだから。ウチに居候してるって考えはナシだ。ここはお前の家で、あの部屋はスミレの部屋だ」
「ふぇっ!?」
スミレがちゃん付けで呼ばれなかったせいか、それとも居候ではないという扱いにか、可愛らしく驚く。
「これからはうちに「住まわせてもらってる」と考えないように、いいな?」
「ぜ、善処します......」
「まぁいきなり家族になるだなんて無理だろうから、追々な」
ともあれ、イヤではないらしく一安心だ。
「で、住まわせてもらってる代わりに家事を全部やる、って必要は無くなったんだから、俺も家事をやる」
「え? えぇ?」
驚いて、続いて疑問を浮かべる。なんだその顔は。「この人家事なんてできるの?」って顔に書いてるあるぞ、その通りだが。
「セイヤさんが家事をやるって、どうするんです? あまりに生活力なくて、私が来る前はなにかもできてませんでしたよね?」
いや面目ない、我ながらよく生活できてたな......。
「いや、まぁ、返す言葉もないが......。取り合えずゴミ出しや食器洗いに風呂トイレ掃除、とかだな......」
「うーん、まぁそれくらいなら許可してもいいですが......」
許可がいるのか......。やっぱり世話になってたのは俺の方では?
「特に、食器洗いや風呂掃除なんかは俺にやらせて欲しい。ていうかスミレにやらせたくない」
「なんでですか?」
「洗剤でスミレの手が荒れるがイヤだからだ」
「セイヤさんっ!?」
今なんか、キュンっとしたか?
「で、その他家事をやってもらう代わりに、お小遣いをやる」
「えぇー!?」
「なんだ? 家事をしてくれるんだから、家族にお小遣いをやるのは普通だろ?」
「でも私欲しいモノがあるわけじゃ......」
「せっかくアリスちゃんが遊びに誘ってくれるのに、毎回奢らせるわけにもいかないだろ」
「それはまぁ、たしかに」
スミレが貧乏なのを知って毎回奢っていたなんて、本当にいい子だよなあの子。
「それに。スミレにはもっとオシャレして欲しいというか......色んな服を着て欲しいというか」
なにをいっているんだ、俺は。中学生のオシャレを見たいなんて、まるで変態じゃないか。
「は、はい......」
それみろスミレも引いて......、ないな。
「というわけで! 月5000円のお小遣いをやる。いいな?」
「なんか私丸め込まれてるような?」
元々お小遣い貰ってることを怒って遊園地行く事になったんだしな。
「丸め込まれてなさい」
「むぅ」
イマイチ納得はいかないが反論はないらしい。よし、これでスミレにお小遣いを堂々と渡せるな。
「あの......、“家族”についてなんですけど」
「ん、なんだ? スミレからも提案があるか?」
今度はスミレからの提案だろうか? まぁ年頃の女の子が急に男の俺と家族になるのだから色々とあるだろうな。「トイレは今後二階のを使ってください、自分は一階のを使うので近寄らないでください」とか。
「セイヤさんは、私のお父さんになるのでしょうか?」
あぁ、そういう話か。
「いや、そういう訳じゃないが。スミレが俺を父親なり、兄貴なり、そう思いたいならそう思ってくれていいし、呼んでくれていいぞ」
正直、スミレを“女”と意識して好いてしまっている俺は、スミレに「お父さん」と呼ばれるのは微妙......というか絶望もいいとこだが......。
スミレがそう望むのなら、スミレが望む形での愛情を与えるだけだ。
もしスミレが「お父さん」と呼ぶようになったら......、俺は絶対コイツの嫁入りの時に相手の男を殴りそうだな......スミレが嫁に行くなんて想像したくねぇ......。
「えっと、それじゃぁ、私は今まで通り、セイヤさんとお呼びしていいですか?」
「ん? まぁ構わないが」
どうやら、呼び方は今のままらしい。平静を装っているが、内心メチャクチャほっとしている。
「ちなみに、話し方もそのままなのか?」
アリスちゃんと話すときは丁寧語じゃないので、親しい相手には普通に話すものと思っていたが。
「あ、はい。このままでいきたいです」
「まぁスミレがそうしたいならそうしてくれ。あと、俺もうっかり“スミレ”って呼んでいるが、もしイヤなら――」
「全然イヤじゃないです! そのままでお願いします!」
「お、おう」
実はずっと「ちゃん」付けで呼ばれるのイヤだったとか? まぁ若干キモかったかもしれんな俺......。アリスちゃんにも聞いとくか......。
「取り合えずは、こんなところか、あとはその時々で話し合おう」
「はい。改めて、よろしくお願いします!」
「あぁ、これからは家族としてよろしくな」
お小遣い騒動で色々あったが、雨降って地固まる......違うか? まぁ結果的にいいところに落ち着いたな。
おっと、そういえば一つ言っておきたいことがあった。
「ところで、個人の趣味だろうから余計なお世話かもしれないが、家族になったから言ってみていいか?」
「はい? なんでしょう?」
「パンツは履かないか?」
「イヤです!」
やっぱりノーパンだったのか。そしてめっちゃ拒否された。なんだ、ノーパンに拘りでもあるのか?
ていうかあの浴衣の下何もつけてないって事かよ。ヤバイな。明日から大丈夫か俺。
スミレとの関係は進展......したのか? ともかくまた変わったものの、自分の自制心に不安になるのだった。