邂逅
「お母さん、どうしたんだろ......」
お母さんが帰ってこなくなってもう一週間。私は休日に図書館に行く気もせずボロアパートでずっとお母さんの帰りを待っている。
私に何も言わず男の人と旅行に行く事も度々あるから二三日帰らない事は今までもあった、だけど一週間も帰らないのは初めてだった。
―ピンポーン―
「お母さん......じゃないよね」
何時間ボーっとしてたのか不安にかられていると家のチャイムが鳴らされる。一瞬お母さんが帰ってきたのかと思ったけどお母さんならチャイムを鳴らすはずがない。私は静かにドアに近づいて覗き穴から来訪者を確認する。
「あ、管理人さん?」
ドアの前にいるのはこのボロアパートの管理人のおばさんのようで、渋い表情でこちらを睨みつけている。出たくないけど......もしかしたらお母さんの事かもしれないと私はドアを開ける。
「あの......なんでしょうか?」
「ちょっと、娘の方だけ? あのクズママはまた遊びにいってんの?」
お母さんに用があるらしく、私が出てきたのに不満げだ。たしかに私のお母さんはクズかもしれないけど、他の人にそう言われて少しイラっとする。
「お母さん、しばらく帰ってなくて......」
「しばらく帰ってない? てことは蒸発したのねあの女」
「蒸発って! なんでそんな......」
今回はたまたま長く帰ってこないだけかもしれないのに、そんなもう帰ってこないみたいに......。
「彼氏さんとの旅行が長引いてるだけかもしれませんし......」
「あのねぇ、アンタの親は今日この日に、4ヵ月分の滞納した家賃を払うって約束してたの。払えなきゃすぐ出ていくって約束で! 今日いないどころかしばらく帰ってないなんて、完全に蒸発でしょ」
「え、うそ、4ヵ月も!?」
そんな、お母さんはちゃんと払ってるって......。
「借金もこさえてたみたいだし、どうせ払うわけないと思ってたけどね」
「そんな......、そんな! じゃぁ私は......」
お母さん一人で蒸発したって......、そんな! それじゃ私は!
「アンタは捨てられたのね」
「そんなはずない!!」
だって、帰ってこなくなる前は優しかったもの! お金だって沢山持ってたし......。そう......沢山......持ってたのに、払ってないの......?
「じゃあアンタが今日支払う分預かってるって言うのかい?」
「と、とってきます!」
こないだ渡された一万円の残りと......、前に渡された生活費の残りと......、少しづつ溜めてたへそくり。私は部屋に戻ってあるだけのお金をかき集めて玄関に戻る。
「今は、これだけで......」
そのお金を、数える余裕もなくて管理人さんに渡す。
「精々一月分ね」
管理人さんは一万円札もない、何枚かの千円札の束を見ると数えもしないで私に突き返す。そうだよね......、いくらここの家賃が安いったって4ヵ月分にもなるわけないよね......。
「悪いけどアンタにも出て行ってもらうよ。そういう約束だからね」
「あと数日、お母さんが戻ってくるまで──」
「三か月待ってんだよこっちは!」
もう少し待ってほしいという願いは、お願いする前に怒声にかき消される。どうせ帰ってくるわけがない、そう確信しているんだ......。
「今日中に荷物纏めて出て行って頂戴。そのお金は見なかったことにしておいてあげるわ」
「はい......、ありがとうございます......」
取り付くシマもなかった......。だけど、悪いのは家賃を支払わず帰ってこないお母さんだ。
管理人さんも冷たく思えるけどそんなに悪い人ではないんだと思う、三か月待ってくれて、このお金も奪わないでいてくれたのだから......。
私はそれ以上食い下がるのもやめて、部屋に戻って荷物をまとめることにした。どうせ大してモノのない我が家なので、今日中に出ていくのも簡単だろうから。
「うーん、盛り上がらねぇな」
夜の11時、居間でノートPCを眺めながら俺は天井を仰ぐ。
神待ち少女が真実の愛に目覚める話の構想も大体できたので、今度はプロットにまとめてみるが、今回もイマイチ盛り上がりにかける。
今回こそは何かデカいイベントでも入れたいところだが、俺の作風でそれをやるとどこに入れてもチグハグになりそうだ、全体を見直すハメになるならまたいつものようにこのまま進めてしまうか......。
「そもそも神待ち少女ってどんなもんなんだ?」
記事や他の創作物でそういうモノは知っているが、実際に関わった事がないのでいまいち実体がつかめない。だからといってフィクション(他の創作物)を元にフィクションを書くなんてどうしたって荒が出る。
別にリアリティを大事にしているわけじゃない、想像するにしたって「前提」をある程度は知っておきたい。
「神待ち、と......」
スマホの適当なSNSで検索してみると出るわ出るわ、世の中腐ってんな。
「うーん」
軽く眺めてみると「小遣いだけくれ」だの「〇〇までOK、ただし有料」だの、メチャクチャ都合のいい要求から売春ギリギリのものまである。
こいつらが真実の愛を見つけるのか? まぁだからこそ小説のネタになるんだが、なんだかなぁ......。
「手ごろな子はいないものかな」
取り合えず実物を見て見たいので近所で神待ちしている子がいないか探してみる。なんかこの呟きだと女遊びしてるやつみたいだな......。
っと、いたいた。近所のコンビニで小遣いをねだっている中学生がいる。「お礼にパンツ見せてあげる」だそうだ。訂正、クソガキだな。
パンツには興味ないが小遣いくらいはくれてやるか、どんなものか見物に行くとしよう。要求が簡単な分、早いとこいかないと居なくなりそうだ。
「これからどうしよう......」
取り合えずできるだけカバンに荷物を詰めて、ボロアパートを出て当てもなくさ迷い歩き、今はコンビニの駐車場で途方に暮れている。
ポットもレンジも冷蔵庫すらない貧乏生活だったから荷物をまとめるのは簡単だった。お母さんの服や化粧道具はたくさんあったけど、私の物なんて数枚の普段着に学校で使うものくらいだ。
お母さんの私物と布団や食器は持ち歩く余裕がないから置いてきた、管理人さんが処分してくれだろうし、お母さんのモノなんて持ち歩きたくない......。
「お母さん......どうして......」
膝を抱えてうずくまる。私は、捨てられたらしい。
ぜいたくな暮らしなんて望んでいなかった。貧乏でもよかった、ただお母さんと普通の親子として暮らしたかっただけなのに。
出かけるときに「いってらっしゃい」「いってきます」、帰ってきた時に「ただいま」「おかえりなさい」そうやって言ってもらえる生活に憧れただけなのに。
どうして、どうしてなの? 私の何がダメだったの! 私なんかが娘じゃダメだったの!?
私、頑張ったよ? 家事も全部、文句言わずにやったし、何も欲しがらなかったよ......。誕生日も、クリスマスも、お正月も、参観日も、お母さんがいなくてもイイ子でいたよ......。
「お母さんなんて、大嫌い......」
今までずっと、そう思わないようにしてたのに。捨てられて初めてそう思うなんて、今更だよね......。
もうお母さんはいないのに。ううん、もうお母さんはいないから......愛されようとする必要なんてないから、ようやく嫌いになれるんだ......。
(落ち込んでる場合じゃないよね......、とにかく寝るところを探さないと)
私は涙を拭って立ち上がる。泣いてても仕方がない、今はとにかく寝るところを確保しないと......。と言ってもホームレスになるなんて想像もしてなかったからどうすればいいかわからない。
今まで自分の境遇を薄幸だとは思っても不幸だとは思うことはなかったのに、まさしく不幸になってしまった。ホントにどうしよう。
僅かだけどお金はある、今日はひとまず漫喫に──って未成年は深夜使えないよね......。近くの公園は──先住民の方がいた気がする......怖いからやめとこう。
「おじさ~ん、ありがと~」
再び途方に暮れていると近くで私と同じくらいの子が背広を着たおじさんに向けてスカートをたくし上げている。そしてよく見るとその手にはお金が握られてる。うわぁ......。
「ちょ、君困るよこんなところで」
おじさんは困った風にいいながらも女の子のパンツをしっかり凝視している。アレが神待ちってヤツかぁ......。うーん。
この際「カミサマ」に泊めてもらうとか......。あの子のマネは私にはできないけど、他の事なら......。と言っても携帯がないんだけど。
「うーん、遅かったか?」
コンビニに到着すると沢山のお菓子の袋を持った中学生くらいの子とすれ違った。こんな時間にあの年齢がコンビニに出入りするんだからまず間違いなく今の子だろうなぁ。
「なんだ、もう一人いるのか」
今の子ではない可能性も考えてコンビニの駐車場を見渡すと、同じく中学生くらいの子が佇んでいた。
大きなカバンを背中に、学生カバンを抱えて、大人しそうな感じの子だ。こんな時間にあの荷物、見たところ家出少女といったところか、あんな子も神待ちなんてするんだな。
っと、観察していたら目があった、と思うと少女はグっと拳に力を入れて何かを決心したように一息つくと、こちらにやってくる。
神待ちしようにも携帯がないんじゃこちらから見つけてお願いするしかない。できれば女の人がいいけれど......贅沢は言ってられない。最悪、エッチなことされるのも覚悟の上。
そう、これから一人で生きていかなきゃいけないんだから、体を売ることもあるかもしれないんだから、覚悟しないと......。
大丈夫、お母さんがやってるのを何度も見てるんだから、あんなもの大したことじゃない。天井のシミ数えてれば終わるんだから......。
でもやっぱり、されるにしても乱暴じゃない人がいいな......。さっきのおじさんは......ナシ、なんだか凄いイヤラシかったし。
「うーん、遅かったか?」
誰か良さげな人はいないかと探していたら、冴えない感じの男の人がやってくる。誰かを探しているようにコンビニを見渡しているけど、待ち合わせだったのかな?
それとも探してるのはさっきお小遣い貰ってた子? てことはあの人も「カミサマ」なのかな?
横目で見ていたら私の事を発見したみたいで、思わず目が合った。私の事を観察しているようで、やっぱり「カミサマ」なんだと思う。
あの人の人となりはまるでわからないけど、あんまり暴力とか振るう感じには見えないし......。よし、覚悟を決めよう。
「あの、泊めてください!」
「えっ」
神待ち少女って、向こうから声かけてくるものなのか? 少女は俺に寄ってきたかと思うと、深々と頭を下げて懇願してきた。
「住むところを追い出されて、帰るところがないんです! お願いします!」
「ふーむ......」
同情を引く嘘としては随分と定番な......イヤ、逆にないか? もっと父親の性的暴力から逃げてきたとかのが現実的じゃないか?
しかしなぁ、「泊めてください」か。流石にそれは俺としてもリスクが高い、腐っても社会人、神待ち少女を泊めたなんて、社会的に簡単に死ねる事案だ。
「お願いします、なんでもしますから!」
返事をしない俺に少女は更に懇願する。イヤイヤ、ホントになんでもされちゃ俺が困る。逮捕されちゃうよ俺。
でも、まぁ、いいか。
丁度いい、俺は自分のつまらん人間性に悩んでいたところだ。人として軸がぶれるなら望むところ。
それに嘘にせよ本当にせよ、なんらかの事情で寝るところがないならこんな真面目そうな子をこんな時間に放置するのはあまりに不憫だ。
向こうからお願いしてくるくらいだから、よほど切羽詰まってるのだろう。
「いいよ」
「え、軽っ!?」
必死にお願いしてたらなんか気の抜けた感じに承諾されてしまった。
あるいは私の「なんでもしますから」の言質取られた? うわ、どうしよ。余計な事言っちゃったかも。
「あ、じゃなかった。ありがとうございます!」
って違う違う、それは覚悟の上なんだから。ちゃんとお礼を言わないと。
「じゃぁ、ついておいで」
私が再度頭を下げると男の人は私に背を向けて歩き出す。うーん、いい人......なのかな? なんか想像以上に簡単に寝床が見つかって拍子抜けしてしまう。
「あぁ、そうだ」
と、私も続いて歩き出すと男の人は何かを思い出して立ち止まり、振りかえった。
「君、猫とか平気か?」
「猫......?」
猫......いや、平気ですけど、ていうかむしろ好きですけど。何故、猫?
「ほら、アレルギーとか」
「多分、平気だと思いますけど......」
「そうか、ウチ猫が住み着いてるから、君の代わりに追い出すことにならなくて良さそうだ」
え? 私がアレルギーなら猫ちゃん追い出されてたかもしれないの? ていうか飼ってるんじゃなくて「住み着いてる」の?
「はぁ......」
もしかしてこの人、結構誰でも泊めたりしてるのかな? イイ人なのか、大らかなのか......。変わった人だなぁ。
「部屋はこの座敷を使ってくれ」
家に案内すると、女の子は「お屋敷!?」とかお驚いてたが、屋敷なんて立派なモノじゃないぞ、ただの古い家だ。10数年くらい前にリフォームしてっけど。
取り合えず彼女には使っていない座敷に泊まってもらうことにする。ほとんど使ってないが、担当がたまに泊まる時に使ってるからそれほどホコリとかも溜まってないはずだ。
「布団はそこの押し入れの中から使ってくれ、ちょっとカビ臭いかもしれないが......」
そういえば入れておいた虫よけ二年くらい取り替えてねぇな......。
「申し訳ないが部屋に鍵はないから、まぁそこは我慢してくれ」
襖に鍵はかけられんよな。つってもこの家、全部の部屋に鍵ねぇけど。
「まぁ......はい」
「風呂は向こうにある。沸かしてるから勝手に入ってくれていいぞ、タオルは風呂場の棚のを使ってくれていい。あ、出るとき風呂の栓は抜いておいてくれ」
風呂沸かしたのに入るの忘れてたんだよなぁ、まぁいつものことだが......。一応教えておいたが流石に警戒して入らないんじゃないだろうか。
「あ、はい。ありがとうございます」
「俺は二階の部屋にいるから。それじゃ、おやすみ」
「え? え?」
伝えることはこれくらいか、部屋の数は多いが広い家でもないし、まさか迷うこともないだろう。俺がいたんじゃこの子も落ち着けないだろうからさっさと自室に退散するとしよう。どうせあとは寝るだけだ。
「あれー?」
なんか、思いの外立派な部屋に案内されて、男の人は二階に上がってしまった。あの人、こんな大きなおうちに一人で住んでるの?
あ、猫もいるか。と男の人が出て行った襖の隙間から住み着いているらしい黒猫がこちらを警戒するように覗いてる。
「おいでー」
っと、手招きをしてみたが、猫ちゃんには逃げられてしまった......。って猫に気を取られている場合じゃない。
「何もしないんだ......」
エッチなことされるか、要求されるか、覚悟してきたのに、あの人は何もしないで行ってしまった。なんだかますます拍子抜け......。いや、何もないならその方がありがたいのだけど。
「あ、お風呂」
そういえばお風呂沸かしてるって。入りたい......おうちではいつも冷たいシャワーだったから暖かいお風呂、すごく入りたい。
「イヤイヤ、それは危ないんじゃ......」
男の人の家に泊まってお風呂入るって、流石にそれは危機感なさすぎじゃない?
イヤでも、私を襲う気ならお風呂入るとか関係ないし、どうせ寝込みに襲われるかもしれないし、うん関係ないな。
「よし、お風呂入ろう」
我ながら他人の家を満喫しすぎである。
「うーん?」
目が覚めると、私はちゃんとした布団で寝ていて、広々とした空間。天井が高い、狭くない、暗くない、ホコリっぽくない、ていうか押し入れの中のじゃない、どころか、畳の上。
あれ、ここどこだっけ? 私なんでちゃんとした場所で寝てるの?
「あっ」
そうだ、思い出した! ボロアパートを追い出されて二進も三進もいかなくなって知らない男の人の家に泊めてもらったんだった!
「何にもなかった......」
お風呂入ってるときも、お風呂上りにも、結局何もしてこなかった。ていうか二階に上がって降りてきてない。相手が子供とはいえ不用心じゃ?
ていうかお風呂凄かった! 古そうなお屋敷(家主曰くただの家)なのにお風呂はなんか現代的っぽい変な形してて追い炊きとか足し湯とかなんかがボタン押すだけ!(怖くてどれも押してないけど) 最新式!
あ、でも、立派なお風呂なのにあんまり掃除してないのか黒カビとか垢汚れが結構あったのは勿体ないかな? 男の人の一人暮らしだものね、お世話になったお礼に綺麗にしてあげたいな。
「寝てる間にイタズラされてたり?」
念のため布団を持ち上げて体を確認してみるけど特に異常はない気がする。パジャマなんて持ってないので寝るときは裸なもんだから服の乱れとか残らないのでなんとも言えないけど。
「やることないのにこの時間に起きちゃった」
もうお母さんの面倒を見る必要もないのにいつもの癖か早起きしたみたいで、家から持ってきた数少ない荷物の置時計を見ると時間は6時頃、目覚ましを使うとお母さんに怒られるので気合でこの時間に起きるようになりました!
「朝もお風呂借りていいのかな? 図々しいかな?」
お風呂だなんて贅沢は言わないけれど、朝はやっぱりシャワーを浴びたい、貧乏でも女の子だもの。
「取り替えず服着よう」
流石に男の人の家でずっとマッパでいるわけにもいかない。せっかくあの人にその気がないのにこんな姿を見せたら変な衝動に駆られるかもしれない。
「あ、おはようございます」
「おはよう」
服を着て取り合えずリビング? の方へ行くと家主のお兄さんが猫にご飯を与えていました。飼ってる訳じゃないのにご飯与えてるんだ......。やっぱりタダの良い人なのでは?
「よく眠れたか?」
「はい! お布団とっても気持ちよかったです!」
「そりゃよかった」
お兄さんはかび臭いとか言ってましたけど、ウチのお布団より断然気持ちよかったですよ?
「お兄さんも早起きなんですね」
「早起きなんてしたくもないが、コイツに起こされるんだよ」
そういってご飯に食らいつく猫の頭を恨めしげにポンポンと叩いています。うん、やっぱり良い人だ。
「えっと、お風呂ありがとうございました。凄かったです!」
「凄かった? 風呂であんまり聞く感想じゃないな」
いつも使ってる人には当たり前のことだからわからないってやつかな?
「え? だってなんか凄いハイテクでしたよ! 最新式です!」
「ハイテクではあるかもしれないが、最新ではないな。リフォームしたの10年以上前だぞ」
「え? あれ以上まだハイテクになる余地があるっていうんですか!?」
「最近のは声で操作できたりするみたいだな、6時に風呂沸かせ、とかな」
「凄いです! でもそれって声でやる必要あるんです?」
ボタンでよくないです? ここのお風呂にも予約機能ってのありましたし。
「なんかハイテクな家に住んでるって感覚になれるんじゃないか、知らんけど」
お兄さんも声で操作する必要性を感じないのか、興味がなさそうです。
「あの、昨日の今日で図々しいかもしれませんが、シャワー借りてもいいですか?」
「風呂くらいで図々しいなんて事もないだろ、好きに使うといい」
「ありがとうございます!」
お兄さんはお風呂でもいいって言ってくれましたが、流石に申し訳ないのでシャワーにしておきます。私はお兄さんに頭を下げて着替えを取りに一度さっきの部屋へ戻りました。
「思ったより慣れてるのか......?」
まさか風呂を使うとは......。しかも俺が風呂場の隣のリビングにいるのにまた使用している。大人しそうに見えたがやっぱり神待ち少女らしくこういう状況に慣れているのだろうか。あるいはただ能天気なだけなのか。
昨日は帰るところがないと言っていたが、ただの家出少女なのだろうか。本当だとすると彼女は今日の宿はどうするのか。考えることは尽きない。
「ふー、気持ちよかったです。シャワーありがとうございました」
「あぁ」
色々と考えていると女の子が脱衣所から頭を拭きながら出てくる、何故か着替えを取りに戻っていったと思ったが、そうか、制服か。
「制服に着替えてるって事は、学校に行くのか?」
「はい!」
元気のいい返事だな、家出少女って学校はサボるもんじゃないのか?
「真面目だな」
「学校大好きですから!」
おおよそ、彼女くらいの年齢で、神待ちしているような子はまず言わない発言が飛び出した。
うーむ、神待ち少女のモデルとして拾ったのだが、彼女のせいで神待ち少女のイメージがどんどん瓦解していく。
「それはいいんだが、今日は寝るところ......っていうか帰るところあるのか?」
「あっ、えっと......それは......」
途端に、明るかった彼女の顔が曇った。本人もすっかり忘れていたようだが、どうやら今日なら泊まる場所に見込みがあるとかではないらしい。
「ないです......」
ふむ......、一日凌げればいいという訳ではなかったか...。ともすれば、放っておくのは人として薄情だろう。ん? 人としての軸をズラすために拾ったはずだが......、まぁいいか。
「それなら、ウチに帰ってくればいい」
「え?」
女の子は俺の思わぬ言葉にキョトンとしている。まぁ、そうだろうな。自分でも人が好過ぎると思う。
「どうせ余ってる部屋だ、住む場所が見つかるまで好きに使うといい」
「そんな、いいんですか!?」
「イイも悪いも、他に泊まる場所がないんだろ? 一度面倒見たからには途中で放り出すなんて無責任な事はしないさ」
「えっと、そんな......。ありがとうございます!」
俺の都合の良すぎる提案に少し悩んだ様子だったが、どうせ選択肢はないんだろう。彼女はすぐに心を決めて俺に何度目かの頭を下げてくる。
ビックリです、凄いです、「タダの良い人」じゃないです、メチャクチャいい人です! アリスちゃん風に言うとウルトラレアですよ! ☆20個とかですよ!(とにかく多いほうがいいんだよね?)
まさかボロアパートを追い出された当日にこんな人に拾ってもらえるなんて! イヤでもまだ私の体が目当てじゃないとも......いやもういいや、この人になら抱かれても。
「それじゃぁ、荷物は置いていきますね」
登校の準備をすませると、お兄さんは玄関までお出迎えにきてくれました。
学校へ行くのにあの大荷物を持って行かないで済むのはありがたいです。教科書やノートも今日の分だけ持っていけばいいのでカバンも軽い。
「俺はどうせ家にいると思うけど、もしいなかったら鍵は玄関横の植木鉢の下にあるからな」
「ちょっ!? お兄さん不用心すぎます!」
今どき植木鉢の下って......。こんな立派なおうち、泥棒さんに狙われそうなのに。
「そうか? じゃぁ持ってっていいぞ」
「じゃぁって! 私に持たすのも不用心じゃないですか!?」
「どうせお前しか使わないなら持ってた方が安全だろ。お前こそ荷物置いていくのは不用心じゃないのか?」
「女子中学生の荷物目当てに泊める人なんていないでしょ......」
どうせ大したもの入ってないし。女の子の下着とか目当ての人もいるかもだけど、その点は私は平気だし。
「ウチもどうせ盗られて困るようなものほとんどないしな」
そんな追い出される前のウチじゃあるまいし......。とはいえ心配なので植木鉢の鍵は回収しておきます。
「あぁ、そうだ」
「はい?」
植木鉢の鍵を回収してさぁ登校というところで、お兄さんが何かを思い出したのか私を呼び止めます。
「いってらっしゃい」
.........。
「はい、いってきます!」
あぁ、私は......、この家に「帰ってきて」いいんだ......。この家を、私の「居場所」と思っていいんだ......。
ずっと欲しかった言葉が、ずっと求めてたやりとりが、こんなに簡単に......、あの場所を失ってから手に入るなんて......。
薄幸から不幸に落ちたと思ったのに、全然そんなことはなかった。今私は、幸福な女の子です。
「お兄さん! 掃除させてください!」
「掃除?」
イヤに元気よく出て行ったと思ったら、また元気よく帰ってきて、そのまま座敷に駆けんだかと思うと、今度はなにやら自前の掃除道具を持って居間の俺のもとにやってきた。
ていうかあの荷物の中身、掃除道具ってどういうことだよ。なんで家なき子(暫定)がそんなもん後生大事に持ち歩いてるんだ?
「はい! お世話になってるお礼です!」
「別にお礼に何かして欲しいとかは思ってないし、掃除が必要なほど汚れてないと思うが」
「いいえ! 男やもめにウジが湧いています! 廊下はホコリだらけ! お風呂は垢に黒カビだらけ! モノは少ないけど色んな所が汚れてます! 立派なおうちなのに勿体ないです!」
「お、おう、イヤに古い言葉知ってるな......」
別に妻を失った(男やもめ)とかではないんだが......。生活感ないの何て親父が居たころから変わらないしな。
「ダメだって言われない限りお掃除させてもらいますからね!」
「まぁ、それでお前の気が済むなら」
なんかめっちゃ目を輝かせてるし、やる気に満ち溢れている。たしかに無償で住むよりかはなにかしら働いたほうが彼女も気が楽だろう。迷惑ということもないのでここは彼女の好きにさせるとしよう。
「はい! それじゃまずはお風呂からです! 綺麗になるところが汚れてちゃ台無しです!」
そして許可を出すと嬉々として風呂掃除に飛んで行った。本当にアレが神待ち少女の姿か?
「ぐぅ、この私の手をもってしても落ちないなんて......、強敵過ぎます...!」
お風呂場で格闘中の私、らしくもなく弱音がこぼれる。銭湯で戦闘中。なんちて、って銭湯じゃないか。
自前のお掃除グッズが通用しないわけではないのだけど、想像以上に汚れが落ちない、一体何年物の汚れなのコレ!?
「順調か?」
「いえ、ちょっとヴィンテージモノの汚れに苦戦してまして......」
「ヴィンテ......いや、なんか、申し訳ないな」
お兄さんもやっぱり汚れの年季に思い当たる節があるらしく、苦笑しています。
とはいえ、綺麗にするといった手前、こんなところで手こずっていては私の方が申し訳ないです。しかも、コイツラスボスどころか第一ステージのボスですよ。私の掃除力は所詮井の中の蛙だったというのね......。
「それより腹空かないか? 掃除は飯の後でもいいだろ」
「あれ? もうそんな時間です?」
こないだまではウチに帰るのが嫌でギリギリまで学校にいて、帰ってから夕食を作ってたけど、今日は学校が終わってすぐ帰ってきたから時間の感覚がサッパリだった。言われてみればお腹が空いてきたような。
「そういえばお兄さんはいつも食事はどうしているのですか?」
「ん? 大体弁当か外食だな」
「え、自炊とかは......」
「ウチの調理器具はもっぱらポットかレンジだな」
キッチンだけ妙に綺麗だと思ったら......まさか使ってないだけ!? この人どれだけ生活力ないの!?
「作らせてください!」
「え?」
「ご飯! 作らせてください!」
お弁当に外食ばかりって、そんなの絶対良くない。なんかもう色々と勿体ない。掃除では私の力が及ばかったけど、お料理でなら名誉を挽回できるかもしれない!
貧乏料理ばかり作ってきた私だけど、一応ちゃんとした料理だって沢山知ってるんです! 腕を振るう機会も挑戦する機会もなかっただけで!
「いや君、料理できるのか?」
「はい!」
お兄さんが胸を張る私にとても関心しています。そんなに珍しいことかな?
「へぇ、凄いな、ぜひとも頼みたいところだが......」
「何か問題があるのですか?」
あまりに料理しなくてガス代払ってないとか?
「冷蔵庫はほとんど空だし、調味料の類もない」
ですよねー! 料理しない人が食材入れてる訳ありませんよねー。フライパンとかの調理器具はちゃんとあったのになー。
「まぁ丁度いい、洗剤も買わなきゃいけないみたいだし、一緒に買い物いくか」
「洗剤?」
「それ落とすのに必要だろ?」
うぐ、私の掃除力の至らなさがバレてる......。とはいえ洗剤の力に頼らないとダメそうなのも事実、ここは潔く負けを認めましょう。
よもや拾った少女と買い物にくることになるとは思いもしなかった。大体コンビニで買うからスーパーに来るのなんて久しぶりだな。
掃除に料理に学校が好きとは、おおよそ中学生とは思えない事ばかりだなこの子は。
「お兄さんリクエストとかありますか?」
「うーん、そうだなぁ......」
そうだよなぁ、作る側としてもリクエストがないと作りづらいよなぁ。
とはいえ俺が普段食べてるのなんて幕ノ内だったりファーストフードだったり丼モノだったり......家庭料理には程遠いものばかり食べてるからなぁ。
この子の料理スキルもどんなものかわからないので、あんまり難しいものをリクエストするのもな。あーそうだ。
「肉じゃがとか作れるか?」
「肉じゃが! わぁ、やっぱり男の人のが好きなものと言ったら肉じゃが・カレー・ハンバーグですよね!」
「うん、まぁ、その通りなんだがなんか認めがたいな......」
なんか自分の単純さというか凡庸さが見透かされてるみたいで悲しくなるな......。
「おかずが肉じゃがだけじゃ寂しいですよね、だし巻き卵もどうですか?」
「お、いいな。ってあれは結構難しいんじゃないか?」
「そうなんですか? お母──ある人の好物だったのでよく作ってましたよ」
今、お母さんって言い淀んだな......この子の家出理由は母親が原因か? まぁ、詮索すまい。
「しかしウチに卵焼き機なんてあったかどうか」
「卵焼き機は私のがあるので大丈夫ですよ、甘くしますか? しょっぱくしますか?」
「甘いほうが好きかな」
あの荷物の中には調理器具も入ってるのか......。掃除道具といいまた妙なものを......。
「はい、甘くしますね!」
彼女はニッコリ笑うと頭の中で買うものを整理してるのか少し考えるとヨシっと心を決めてカゴとカートを手に取る。
「って、ん?」
カートの上下に何故かカゴが二つ。あぁ、下は洗剤用か? なんとなく食材とは分けたいよな。と思ったのだが。
「お兄さんは男の人だから沢山食べますよね?」
「いや、人並みだと思うが」
食材を吟味すると、上のカゴと下のカゴそれぞれ入れていく、しかも下のカゴは肉じゃがにもだし巻き卵にも使わなそうな安い食材だ。
「ちょっとまて、なんでカゴが二つあるんだ?」
「え? 私の分の食材ですけど......」
やっぱりかー。
「イヤイヤ、二人分肉じゃがと出汁巻き卵作って、一緒に食えばいいじゃないか」
「そんな!? 私の分までお兄さんのお世話になるなんて!」
俺は初めから彼女の分の食事も面倒を見る気だったが、彼女はやはり「泊てもらう」事しか考えてなかったらしい。全く、変に真面目な子だな。
「あのなぁ、俺の普段の外食に比べたら自炊の方が遥かに安くつくだろ。俺一食1000円とかだぞ? 二人分作ったってそんなにしないだろ」
「そうですけど......でも住まわせてもらってるのに食費までお世話になるなんて」
「じゃぁ聞くが、お前のその金はいくらでもあるのか?」
「えと......、切り詰めれば、三か月くらいには......」
頭を抱える、「切り詰めれば」って、一体どれだけ貧乏飯で食つなぐ気だ。明らかに大した額持ってない上にそれが無くなったらお前どうするんだよ......。
「それだけしかないなら、もっと大事に使え。飯は俺と同じもの食うこと、それがウチで暮らす条件だ」
今回ばかりはちょっと強めに言う、家に招いた時は軽い気持ちだったが、流石に放ってはおけない。
「は......はい、ありがとうございます」
らしくもなく初めて見せる真面目っぽい俺にキョトンとする彼女だったが、また子供らしい笑顔に戻ってお礼を言う。
「全く、お前は子供なんだからもっと大人に甘えればいいんだよ」
「あっ」
思わず頭をなでてやると、今度は照れ臭そうにうつむいてしまった、って。子供とはいえ会って間もない女の子になにやってるんだ俺は。
「おっと、スマン」
「?」
手を放して謝ると、彼女は何故謝られたのかわからないと言った感じにキョトンとしていた。能天気というか、無防備というか......ますます放り出せないなこの子は......。
その後食材と調味料と洗剤と、目的のものを買って帰る事になるのだが。意外と結構な量になった袋を彼女が軽々と持つものだから、大人としても男としても尊厳が傷ついたのはナイショだ。
作家とはいえ頻繁に散歩してるから体力の方はそこそこあるんだが腕の筋肉の方は......お察しだ。
流石に料理しないお兄さんでも炊飯器とお米はちゃんとあったのには安心しました。炊飯器抜きでお米炊くのは流石に私の料理スキルじゃ厳しいし。
「凄い、美味いなコレ」
「えへへ......」
そして腕によりをかけた私の肉じゃがとだし巻き卵に感動しながらお兄さんはご飯をガツガツと掻っ込んでいます。料理人にはその食べっぷりが最高の賞賛ですね!
「そんなに慌てて食べなくても逃げませんよ。ていうかちゃんと嚙んでくださいね」
「おう」
いつもセール品や八百屋さんで痛んだ売れ残りなんかを貰ってたので、ちゃんとした食材でちゃんとした料理をできるのは嬉しい。料理は愛情って言うけれど、やっぱり食材も大事だなーって。
これで掃除では役に立てなかった私だけど、料理でならお兄さんの役に立てそう。まぁ掃除も頑張るけど、あの洗剤どんなものかなー。
「あ、そうだ。お兄さん」
「ん、なんだ?」
「余った食材ですが、明日の私のお昼のお弁当にしていいでしょうか?」
中途半端に残った食材は次の料理に使うこともできるけど、やっぱりできるだけ早く食べてしまった方がいいし......。まぁ今回は痛んだやつとかばかりじゃないからそんなに急いで食べなきゃいけない訳でもないのだけど。
「そういえば今日も朝は早かったな。いつも自分の弁当作ってるのか?」
「はい、と言っても中学入ってからですね」
小学生の頃は学校給食があったから楽だったんだけどなぁ......。遠足や運動会の時は友達に少しづつおかずを貰って凌いだし。
「ふむ......」
お兄さんは私の料理を食べながら何か考えているようです。うーん、夕食までお世話になって図々しかったかな?
「よかったら俺の分の昼飯も一緒に作っていってくれないか? 夕食の残りと言わず弁当用の食材も買ってくれていいからよ、まぁ明日は仕方ないが」
「え? お昼も私が作っていいんですか?」
「むしろお願いしたい、その方が食費も浮くしな」
「わぁ、頑張ります! お任せください!」
お弁当って冷めちゃうから普通の料理とはまた違ったコツがいるんですよね、その工夫が楽しいんだけど。でも嬉しいな、お弁当スキルもお兄さんのお役に立てるなんて。
「あぁうん、喜ぶのは俺の方なんだが......、まぁ任せたよ」
喜ぶ私に何故かお兄さんは不思議そうでしたが、お兄さんのお役に立てるならうれしいに決まっています!
その後、お兄さんは食器を洗うくらいは自分がすると言いましたが「食器を洗うまでが料理人の仕事です!」と言い張って退けました。
キッチンは私の聖域です! というわけではないですが、宿に食費までお世話になってるのだから、お兄さんにやらせるわけにはいきません!
あと、お兄さんが買ってくれた洗剤も凄かった。あんなに苦戦した汚れがみるみる落ちてく! おかげでお風呂場は綺麗になったけど、そこだけはなんか悔しい......。
「手料理なんていつぶりだろうなー」
翌朝、いつも通り猫に餌を与えながら昨日の料理の味を思い出す。正直中学生の手料理になんて期待してなかったんだが、すっかり惚れこんでしまった。......料理の事だぞ。
なんというか、コレは良い拾いモノをしたな、なんてあの子に失礼なことを考えてしまう。
いつまでいるか分からないが、その日が来るまで彼女の手料理を楽しませてもらうとしよう。
「おはようございます、お兄さん」
「よぉ、おはよう」
なんて考えていると彼女が今日も起きてくる。口に出してなくてよかった。
「自分より先に起きてる人がいるのはなんだか不思議な感覚です、今日も猫ちゃんに起こされたんですか?」
「あぁ、まぁ俺はこの後二度寝するんだけどな」
「あはは、それもちょっとうらやましいかも」
二度寝をむさぼれるのは自由業の特権だな。気を抜くと自堕落になっちまうけど。
「そういえばその子、お名前なんていうんです?」
「住み着いた黒猫だからな、夏目漱石にあやかって名前はつけてない」
こいつのふてぶてしさといったら、まさに吾輩は猫である。
「えぇ、そんなに懐いてるのに」
「コイツ、懐いているのか?」
勝手に住み着いて餌をねだってるだけに思えるが。
「懐いてなきゃ住み着いたりしませんよ、野良ネコなんて複数の家を股にかけて暮らしてたりするんですよ?」
「そういえばコイツ、ウチに住み着いてから外に出ないな......」
室内飼いにしている訳でもないのにずっとウチの中にいる、俺が家にいるときは大抵同じ部屋のどこか、視界の隅にいるし、俺が外出してもずっと家の中にいるのか帰ってくるとお出迎えしてくれる。たしかにコレは懐いているのか?
「夏目漱石にあやかって名前を付けないなんて、かえって縁起が悪いです、水ガメに落ちて死んじゃいますよ!」
「なんだ、中学生が「吾輩は猫である」読んだことあるなんて珍しいな」
「そうですか? 有名な作品だし普通だと思いますけど」
「知ってても冒頭だけだろう、最後まで読んでいるの何てそういないぞ」
娯楽の多いこの現代、有名とはいえ読むのに結構な量があるアレに中学生が興味持つなんて稀だろう。
「というわけで、ナツメちゃん! とかどうですか?」
「なにがどういうわけなのか......」
いやまぁ、わかりはするが。
「夏目漱石にあやかってたからか......、まぁ、いいんじゃないか」
コイツが雌かは知らないが、どっちでも違和感のない名前だし、それでいいか。
「ん♪ それじゃぁシャワーお借りしますね!」
猫に名前を付けると彼女は満足げに頷いて風呂場へと向かった。
その後、昼の弁当にハムエッグとご飯だけの簡単な朝食も作ってもらい、彼女は今日も学校へ向かった。
「ナツメか、良い名前貰ったじゃないか」
今まで「オイ」とか「お前」とか「猫」とかしか呼んでなかったので、名前が付くと途端に飼い猫な気がして妙に愛着が沸くな。
「って、ん-?」
名前と言えば......。
「あれ? そういえば?」
うーん、なんだろう......。
「「何か、大事なことを忘れてるような?」」
なんだっけか。
「「まぁいっか」」