これはトップシークレットの情報だよ!?本当に知りたくないの?
003
無数の本棚が立ち並ぶ図書室の中で......何冊あるかなど到底数えきれないほどの蔵書に囲まれながら......和装をまとった一人の男が、この地の言語とはまったく異なる文字で書かれた小説を翻訳していた......
「はは......よし......この文字は見たことがあるぞ......確か......神社、だったか......合ってるかな......」
彼は世界大戦時代のタイプライターに似た機器を叩きながら......本の文字とこの王国の言語を照らし合わせていた。
「ジェポンネ帝国の出身で良かったよ......言語の基盤が近いからな......でも発音はだいぶ違うみたいだな......」
このファンタジー世界がどんな世界かというと......地球でいうパンゲア大陸のように、この世界の大陸はひとつにまとまっていた。
「ははは......素晴らしい......半冊まで訳せた......いい調子だ」
そのとき......ある家族が図書室に入ってきた......
「こんにちはー......」
「こんにちは......あの......絵本を返しに来たんですが......」
若い母親が大きな絵本を差し出した......彼はそれを受け取り、左手で母親の名前をさらさらと書き込んだ......
「はい......ありがとうございます......期限より早い返却ですね......素晴らしい......」
「あの......続きの巻も借りられますか?」
父親が尋ねた......どうやらその絵本は家族全員のお気に入りだったらしい......
「残念ながら......これが最新刊なんですよ」
「え?」
父と母は少し驚いたものの......なんとか気持ちを切り替えることができたようだった......
「あ......でも、その間はこちらをどうぞ......同じ作者ですし......つなぎには十分かと......」
「本当ですか! 司書の池田さん、ありがとうございます!......」
夫婦は顔を見合わせて喜んだ......和装の青年、池田と呼ばれた彼は、二人の反応をこっそりおかしそうに眺めていた......
「お兄さん......また本を訳してるの?」
夫婦の息子がカウンターで池田に話しかけてきた。
「これも仕事だからな......この一冊の文字、ジェポンネの故郷の文字に似てるんだよ......だから特別に好きなんだ......」
「どんなお話なの?」
「まだ訳し終わってないけど......想像を絶する巨大ロボットの戦争の話なんだ......」
「ロボット!? それって何?」
どうやら少年はロボットという言葉に特別な興味を持ったらしい......
「うーん......魔法を使わずに、中に人が入って操れる、空に届くほど巨大なゴーレムみたいなもの、かな......すごいだろ?」
それを聞いた少年の目はさらに輝いた。
「わあ! かっこいい! 読みたい読みたい!!」
「まあ落ち着いて......まだ半冊しか訳せてないんだから......こうしよう、このことは秘密にしておいてくれるか? 完全に秘密にしてくれるなら......二週間貸してあげるよ、どうだ?」
「三週間......」
なかなか交渉が上手い子だ......
「わかった......でも、もし他の子にこの本のことを聞かれたら、その瞬間に約束は無効になるからな......わかったか?」
「お兄さんも他の子に言わないでよ......」
「約束だ......」
二人は指切りをした......
「「嘘ついたら針千本、股間に刺さるよ!」」
その言葉は、池田が翻訳して貸し出した本のうちの一冊から来たものだった......
その後、家族は図書室を後にした......
「池田さんほど食えない人が、小さな子との約束もちゃんと守れるとは思いませんでしたよ......」
図書室の片隅の席から、嫌みな声が飛んできた......
「ここには規則があるんだがな......図書室では静かにすること、だ......ルイス殿」
嫌みを言ったその人物はコーヒーを一口飲みながら、静かに本を閉じた......彼こそ、レギュラー王国騎士団長付き貴族、第七代聖騎士......ルイス・シルバーウィングストンだった。
彼は代々受け継がれてきた騎士貴族の家柄に生まれた......その祖先は八人の白銀騎士団の一員であり、伝説の聖騎士団として知られ、初代聖騎士ウィリアム・クレイ・レイホワイトが率いていたという......
彼ら八人はメディア大陸に潜む七体の悪魔を打ち倒した者たちだった......その後この地にレギュラー王国と六つの同盟国が築かれ、メディア大陸の七大国となった......
戦争が終わった後......初代聖騎士ウィリアムが名誉ある死を遂げたことを受け、残りの騎士団員たちは代が替わるごとに聖騎士の後継者を指名する仕組みを作り上げた。そして七つの王国の都それぞれに駐在するようになった......その第七代が......彼だった。
「でも、さっきだって変わりませんでしたよ......池田さん......」
和装の青年は手を止め、ルイスの向かいへと歩み寄った......
「まあ......さっき規則を破ったお詫びに、たった今手に入れたばかりの情報をタダで教えてあげるよ......どうだい......」
青山池田......ジェポンネ帝国から遠路はるばるやって来た青年。彼はレギュラー王国とその周辺国のために、各国の書物や文書を翻訳する司書兼文字学者として働いていた。
幼い頃から世界中を旅してきたため、誰よりも卓越した翻訳技術を身につけていた。
世界220か国を訪れ......社交的な性格で周囲の人々と語り合い、様々なものを交換することを好んだため、世界中で誰よりも広い人脈を持っていた......
どの国も彼に働いてほしいと望んだ......そして彼自身、ジェポンネ帝国の経済を支える大家門のひとつ、青山家の出身として、交渉にも長けていた。
しかしそれはあくまでも表の顔に過ぎなかった......
この食えない男の裏の顔は......闇の世界で最も名を馳せ、最も腕の立つ情報売買師だった......
先ほど述べたように、世界中に人脈を持つ彼には、あらゆる人とあらゆる物事に関する詳細な情報が集まっていた......
......恐ろしいほどに。
本来決して交わるはずのない二種類の人間が、こうもあっさりと出会ってしまうとは。この世界というものは、なんとも歪んでいるものだ。
「結構です......」
池田は椅子から落ちそうになった......彼の情報を買いたいという人間はいくらでもいて、金塊を百本差し出してもほんの些細な情報しか手に入らないこともあるというのに......
ルイスはそれをあっさりと顔色ひとつ変えずに断ったのだ......
「なんでだよ!?......わかってるか? この情報、王族が口封じのためにかなりの金を払ってるんだぞ......それをお前は断るのか!?」
ルイスはコーヒーを飲み干しながら、平坦な声で言った。
「池田さんの『タダ』の情報が、良かったためしは一度もないので......」
池田は言葉にできない痛みを胸に感じた......普段は食えない顔で余裕を装っているのに、こういう場面になると何もできなくなる。しかし気を取り直し、ルイスの頭を撫でに歩み寄った。
「やだなあ......大げさなんだから......」
「それより、先日のゼングラフ古書の売買の件はどうなんですか......密売人が二人取引すると言っていたのに......現場に着いたら片方は武器を山ほど持ち込んでいて、おまけに魔法使いまで連れていた......」
ルイスの頭を親しげに撫でながら歩み寄っていた池田は、思わず動きを止めた......
「東の吸血鬼と戦えという情報まで渡してきましたよね......だからすぐわかったんです、あなたは信用できないって......」
「やだなあ......起きたことはもう仕方ないじゃないか......仕切り直しにしない?......ねえ......」
池田はカウンターへと小走りに向かい、酒を取り出してグラスに注ぎ、ルイスに差し出した......
「ほら......一杯どうぞ......」
「はあ......」
ルイスという名のこの端整な貴族は、あまりにも実直で、あまりにも情が厚すぎた......だからこそいつも罠にはまってしまうのだった。
「で、興味があると思っているんですか?」
彼は酒を飲み干し、図書室を出ようとした。
「こういうことだ......この街で、世界一希少な宝石の売買が行われる......その名もロイヤルリボンだ......さあ、聞きたくなってきただろう?」
図書室を出ようとしていたルイスはぴたりと足を止めた......
「......ロイヤルリボンと言いましたか?」
「そうだよ......お前の家に代々伝わる宝石で、二か月前にお前が紛失したやつだよ......」
「それで、計画は?」
池田は心の中でこっそり狡猾な笑みを浮かべた......そして密売人たちが二週間後に宝石の売買を行う場所を告げた......それはこの街の南にある盗賊の巣だった......
そして図書室を出る準備をしていたとき......
「あそこにいるぞ......早くしろ!」
「やれやれ!」
図書室の左側から村人たちの叫び声が響いてきた......路上一帯に追いかけっこの足音が満ちていった。
「何事だ?」
池田は急いでルイスと一緒に窓越しに外の様子を確かめた。金髪の少女が一人、スカートの裾を引き裂いてそのまま走り去っていくのが見えた......
続いてドン!という爆発音が響いた......
「まずいな......」
ルイスは騎士の本能でとっさに剣に手をかけ、事態を収拾しに行こうとした。しかし池田が引き止めた......
「待って......」
「何をするんですか!?......早く行かないと......」
「止めようとしてるわけじゃない......ただ、あの金髪の子を知ってるんだ......」
ルイスはゆっくりと剣から手を離した。
「名前はクロエ・アンダーソン......ヘレン王子のかつての婚約者だ......それはさておき......あの子は盗賊の巣の出だったはずだ......」
ルイスは目を見開いた......
「つまりあの子は、件の密売人たちを知っているかもしれない......」
池田は頷いた......
「あの子を逃がしてやれ......魔法が使えるんだから、兵士たちから逃げるくらいわけないだろう......」
「では、裏口を使わせてもらいます......明日の準備をしないと......」
「どうぞ......」
ルイスは急いで図書室を飛び出し、馬に跨って兵舎へと向かった......明日に備えるために......
「はあ......あの子......クロエとはまるで別人みたいだったな......」
翌日......盗賊の巣、早朝......
泥だらけで薄汚れた金髪の少女が、尻もちをついたまま新聞紙を辺り一面に散らかしていた......
彼女の目の前に立っていたのは......端整な顔立ちに鋭い目つきをした、品のある騎士装束をまとった若い男だった。
少女は瞬きも忘れて彼の顔を見つめていた......まるで生涯で最も素晴らしいものに出会ったかのように......
「大丈夫ですか?......お嬢さん......」
その青年......ルイスは、金髪の少女......クロエに向かって、この上なく穏やかな仕草で手を差し伸べた......
「は......はい......大丈夫です......」
日本の女の子......いや、世界中のどんな女性だって、少女漫画の主人公みたいにイケメンな青年に出会えばこうなるものだ。
彼女の顔は真っ赤になり......飛びつきたい衝動を必死に抑えていた......
「あ......えっと......私......クロエ......クロエ・アンダーソンといいます......」
彼女は髪を軽く横に払いながら......心の中の叫びを必死に抑えていた。
「私は......ルイス・シルバーウィングストン......あなたを連れて行きたくて参りました......」
「え!?......ちょっと待ってください!?......あの......私たちまだ会ったばかりで......いきなり一緒にというのはさすがに......え?」
カチャッという音が辺りに響き渡った......
ルイスはクロエに手錠を素早くはめた......
「あの......ルイス様?」
「私......ルイス・シルバーウィングストンは......クロエ・アンダーソンを宝石窃盗の件で尋問するため、身柄を拘束する!」
「何それ!!????」
最初は逃亡の罪で逮捕されるものとばかり思っていたのに......まったく身に覚えのない別の罪状を突きつけられるとは......
ルイスに従ってきた兵士たちはすぐに彼女を馬車に乗せた......
「ふざけんな!!(Mother Fucker!!)」
新聞を配達しに来ていたリボンも、呆然とした目でそれを見ていた。
「あれ?......あの子が行っちゃったら、うちの修理代を払ってくれる人がいなくなるじゃない......」
それを耳にしたルイスは、金の延べ棒を三本取り出してリボンに渡し、そのまま馬車に乗り込んだ......
「借金を払ってくださってありがとうございます」