第13話 チーム行動
消滅に対抗するために4人で集まった日から2週間後。
学校は夏休みに入り、学生たちはこれから約1ヶ月続く長い休みに突入する。
それは人生の中で最も長い休みと言っても過言ではないのだが、まだ就職という世間の荒波に漕ぎ出す前の彼らは、その長い休みの貴重さを知る由もない。
そんな唯一無二と言ってもよい長い休みをどう使うかはその人次第である。
部活動に汗を流すもの。
アルバイトに精を出すもの。
受験勉強に追われるもの。
或いは何もせずにただゴロゴロと時間を消費するもの。
さまざまな過ごし方があるだろうが、ハルたち4人はそのどれにも当てはまらない夏の始まりを迎えていた。
それは消滅に関わりを持ってしまった者の使命感なのか、或いは呪縛なのか......
***
7月20日 15時58分 | 風見市内・某公園
この日、ハルとナナは風見市内のとある公園で猫を追いかけていた。
「ナナ! そっちに行ったよ!」
「分かった!」
ハルに追い立てられた猫を、とある場所に近づかせないようにナナが先回りをして立ちはだかる。
「待て!」
ナナに追い立てられた猫に向かってさらにハルが一歩踏み込む。
しかし猫は動物ならではの天性の身のこなしで急ブレーキをかけると、すぐさま進路を変えてハルの追撃をかわす。
その動きを後ろから見ていたナナが、猫の行き先を予測してその方向に駆け出すのだが、まるで後ろに目でもついているかのように猫は再び方向転換をして、2人から距離を置く方向に駆けていく。
それでも諦めず、時折転びそうになりながらも何度目かの追撃を仕掛ける。
何度もそんなことを繰り返すうちについに嫌気が差したのか、猫はぷいっと違う方向に向かって走り去っていった。
ようやくこの場から離れてくれた猫の後ろ姿を見送ると、膝に手をつきながら肩で息をするが、文字通り息をつく間もなくハルはスマホを取り出して時間を確認する。
その表示を見て満足そうに頷くと、少し離れた場所で持参していた水筒を勢いよく飲んでいるナナに大きく声をかけた。
「オッケー! 無事に回避できたみたいだよ!」
その言葉に満足そうにうなずくと、ナナは嬉しそうにピースサインを向けてきた。
***
7月20日 16時07分 | 風見市内・某駐輪場
スマホに届いたメッセージを読み、ミオが嬉しそうに微笑む。
それだけで内容を理解したリクは、それまで続けていた作業の手を止めてミオに微笑み返す。
「あっちは上手くいったみたいだな」
「そうみたいね」
「それならこっちも負けてられないな」
「そうよ。だからほら、手を止めてる場合じゃないわよ」
「へいへい」
彼女たちは風見駅から少し離れた無人の駐輪場に来ていた。
そこに辿り着くと、ミオは倒れている自転車を一台一台起こしながら何かを確認している。それに倣ってリクも同じように自転車を起こすと、ミオはその作業をリクに任せて、リクが起こした自転車をじっくりと確認していく。
【予定表】に書かれた内容を伝えられなくても、この2人にはさほど影響がない。
やってほしい作業を先にミオが行い、それをリクが倣っていくことで、言葉にしなくても意思疎通を行っている。まさに2人ならではの阿吽の呼吸であった。
「あったわ」
ミオが1台の自転車の前で足を止める。
「リク、もういいわよ」
ミオが目の前の自転車を満足そうに見つめる。
今回の消滅対象はこの自転車であったのだろう。
どうやら無事に消滅を回避できたようだった。
その自転車のサドルを「消えなくてよかったな」とぺしぺしと叩きながらリクが軽口を叩く。
「今回は倒れてた自転車を起こすだけの簡単なお仕事だったな」
「もう! そんな油断してると今に痛い目に遭うわよ」
口ではたしなめているミオであったが、彼女もまた穏やかな笑みを浮かべていた。
***
それから約30分後。
ハルとナナ、ミオとリク、二つのチームはいつものファーストフード店に集合していた。
「こっちの方は無事に回避できたよ」
「あの猫、すばしっこくて大変だったよー」
ハルたちの目的は、とある公園で消滅する予定であった猫だった。
この猫は公園のベンチでくつろいでいるところで消滅する予定だった。
公園にはいくつかベンチがあったが、どのベンチであるかまでは分からなかったため、とにかく猫をベンチに近寄らせないように格闘していたのだ。
「でも、きっと周りの子供たちからは猫と遊んでいるように見えたと思うよ」
「ちびっ子たちも一緒になって猫を追い回していたもんね」
「俺たちと違って楽しそうで羨ましいぜ」
「何言ってるの、私たちだって感謝されてたでしょ」
一方、ミオたちの目的は駐輪場で倒れている自転車であった。
消滅の対象となっている自転車には特徴的な塗装の剥げ跡があるらしく、ミオが自転車を起こしながらそれをチェックしていたのだ。
しかし傍から見れば、その行為は善意で倒れている自転車を起こしている、という風に捉えられたらしく、たまたまその駐輪場に自転車を取りに来た人たちにお礼を言われたりした。
結局、目的の自転車を発見したにもかかわらず、駐輪場内の全ての自転車の整理を行う羽目になっていたのだ。
「まあ普段は礼なんて言われることはないからちょっとは嬉しかったけどよ。流石に疲れたよ」
「それはお疲れ様だったね」
消滅という現象は【予定表】を持つハルたち以外には、消滅が発生するまで分からない。そのため、今回の消滅を回避するべく行っていた行動は、客観的に見ればただ猫を追いかけ回していたり、倒れている自転車を起こして回ったりしているようにしか見えない。その本当の目的は【予定表】を知る者以外には分からないだろう。
しかし消滅を回避することができたとしたら、その時には結果的に何も起こらず、消滅の対象であったものは何も知らずそのまま存在し続けることになるので、やはり自分たちが何をしたかを誰にも知られることはない。
つまり、どちらにしてもハルたちの行動は第三者に理解されることはないのである。
それならばなぜ、自ら望んで誰にも気づかれないことをしているのか。
実のところ、4人ともその問いに対する明確な答えを持ち合わせてはいない。
かつてミオだけは愛犬に対する想いという理由があったのだが、4人で協力することを決めた今となってはそれも理由の一つにしかすぎなくなり、強いて言うのであれば【予定表】に関わった者の使命感、というのが一番しっくりくる理由であった。
「皆で活動を始めてから今日で2週間か。もうすぐ夏休み本番だな」
「そっか、もうそんな時期なんだね」
「毎日忙しかったからあっという間だったね」
今日の活動を互いに労いながらここまでの活動に思いを馳せる。
協力を決めてから今日まで、お互いに協力しながら多数の消滅を回避してきた。
おかげで風見市内に限っては予定表に載った消滅が実行されることはほとんどなくなっていた。
「けど、昨日の夜もこの近所であったみたいだけど、良かったのか?」
「それは皆で決めたことでしょ?」
「そうだよ、私たちはあくまで自分たちが手が届く範囲でやっていこうってことにしたじゃん」
ハルたちは協力して消滅に対抗することに決めたが、その時にいくつか決めごとをしていた。その中の一つが消滅回避の対象をどのように決めるかということだった。
***
時は先日【予定表】を解析していた時に遡る......
「それで、協力して消滅に対抗していくって方針はいいけどよ、どこまでやるんだ?」
「どこまでって、どういうこと?」
「【予定表】に載る予定って、ここら辺だけのものとは限らないんだろ? ここから離れた場所だったらどうするんだ? 学校がある時や夜中だったら?」
「それは......」
【予定表】に書かれた消滅を防ぐ手段の見当を付けた後、話は具体的にどのように行動するかという話題になっていた。その中でリクが手を挙げた内容がこの発言だった。
「それは可能な限り全部よ」
「気持ちは分かるけどもよ......それは流石に難しくないか?」
「なによ、それなら他のものは見捨てるって言うの?」
「そういうわけじゃないけどよ......俺たちだけじゃ限界があるだろ」
「でも、私たちがやらないと消えちゃうんだよね?」
リクたちが議論を重ねる横で、ハルはその話し合いには参加せず、スマホを手に取るとSNSのとある投稿を探していた。
「あった」
指を止めた投稿は「ユウ」という人物のものであった。
以前から何度か見かけている彼の投稿は、消滅について意味深な内容が多く、何となく気になっていたのだ。そこで今回も何かヒントがないかと検索してみたのだ。
彼の投稿履歴を辿っていくと、以前に見たときからも定期的に消滅に関するものと思われる書き込みが多数あったが、その中でもいくつか気になる内容があった。
――消滅を事前に察知できる者がいる
――私はそれを「関与者」と呼称する
――関与者は互いを認識できない
「関与者?」
【予定表】により消滅を事前に察知できるハルやミオは、ユウが定義した「関与者」に当たるだろう。その存在を言い当てていることにも驚きだが、それよりも最後の一文が気になり、さらなる思考を重ねていく。
――それにしても......このユウって人は何者なんだろう?
最初はそれっぽいことを面白がって書き込みをしているだけのように思えたが、ある時から明らかに消滅現象を知っているかのような言動が見受けられてきた。
まるで導かれるような彼の言動は、偶然と片付けていいものなのか......
「ハル、また考え事?」
ハルの思考の旅はいつものようにナナの声で現実に引き戻される。
「あ......うん、ちょっと気になって調べ物をしてたんだ。ちょっと皆見てみてよ」
三人にユウの書き込みを見せる。
「この関与者って、私やハルのことよね?」
「なんでこのユウって人はそれが分かるの? この人も関与者なのかな?」
「関与者って、なんか特別な能力があるようでかっこいいな」
三者三様の感想を出し合うが、見てほしいところはそこではない。
「それはひとまず置いておいて、最後の一文を見てほしいんだ」
「なになに......「関与者は互いを認識できない」って、ハルとミオは認識できてるよな?」
「いや、多分ここで言う認識っていうのは、きっと互いの【予定表】のことを言っているんだと思う」
「あ、そっか。確かにハルとミオ先輩は互いの【予定表】に書いてある内容は読み取れないって言ってたもんね」
「でもそれって俺たちでも知っていることだろ? それがどうしたんだ?」
「この一文の意味をよく考えてほしいんだ」
ハルの投げかけた疑問が沈黙を生むが、この言葉の意味に最初に気づいたのは、またしてもナナであった。
「これってさ、「互いに」って書いてあるじゃん? ってことは、関与者は1人だけじゃないってことじゃないかな?」
「そりゃそうだろ、ここにもハルとミオ、2人の関与者がいるしな」
「ううん、そうじゃないよ。だってこのユウって人は私たちのことなんか知らないはずだよね? だから一般的なこととして言ったんだと思う」
「それってつまりどういうこと?」
冷静に物事を分析することに長けているミオも、こういう柔軟な発想についてはナナに軍配が上がるようだ。
ミオから先を促されたことにちょっとだけ嬉しそうに顔を綻ばせると、ナナは自分が出した結論を口にする。
「つまり、関与者はハルやミオ先輩だけでなく、他にもたくさんいるってことなんだと思うんだ。私たちの場合は、偶然ミオ先輩が私たちを見つけたけども、関与者同士が互いを関与者として認識できないんだったら、確認のしようがないじゃない?でもそれをわざわざ書くってことは、他にも関与者がいるってことなんだと思う」
「なるほど、そうか!」
ハルもナナと同じ結論に達していた。
【予定表】を見ることができるようになる条件、つまり「関与者」になる条件は未だに分からないが、きっと自分たちのほかにも関与者は存在する。ユウの書き込みはそれを示唆していた。
もちろんユウの書き込みが本当であるならば、という前提ではあるのだが、なぜだか彼が書いていることは真実なのだろうという説明できない確信があった。
3人がそのことに触れないのもきっと似たような感覚を抱いていたのだろう。
「でも関与者がいっぱいいるかもしれないからって、それがなんなんだ?」
「そこでさっき話してた、僕たちはどこまでやるのか、って話なんだけど......」
「なるほど、分かったわ」
今度はミオが声を上げる。
「私たち以外にも関与者がいるのであれば、私たち以外にも消滅に対抗している人がいるかもしれないってことね」
ハルの考えはミオの言う通りであった。
もちろんすべての関与者が消滅に対抗しているかどうかは分からない。
ただ、ハルたちがそうであるように、【予定表】が見えるようになり、どこかで何かが消えていくということを知ると、きっとハルたちと同じように動かずにはいられない関与者もいるはずだ。
「そう。だから、僕たちが協力し合えたように、他の関与者とも協力し合えるはずなんだ。物理的に会えなくてもね」
「どういうこと?」
「そこで、さっきの話だよ」
「どこまでやるかってことか?」
「そう。僕やミオ先輩は関与者とは言え高校生だ。移動にも時間にも制約がある。だから僕たちは僕たちが手が届く範囲に専念して、僕たちが届かないところは他の関与者に任せる」
「言ってることは分かるけどよ......他の関与者って言ってもどんな奴か分からないのに、信用できるのか?」
「......私は、信用してもいいと思うわ」
ハルの提案に異を唱えるリクであったが、それにミオが助け舟を出す。
まさかミオに賛成されると思ってなかったハルは驚きに声を失う。
「どうしたのよ、あなたの提案でしょ?」
「いや、僕はてっきりミオ先輩には反対されると思ってたから......」
「まあ、ミオは前歴があるからな」
「うるさいわね!」
リクのほっぺたをつねりながら言葉を続ける。
「この前までの私ならそうしたでしょうけども、ハルたちと出会って私も考え方を変えたのよ。一人ではできないことや思いつかないことでも、誰かと協力すればできる。それならまだ見ぬ同じ関与者である誰かに、私たちが届かないところを託してもいいんじゃないかなって思ったのよ」
「うん、私もそれでいいと思う。それに、夜中に起きるのは大変だしね」
ナナの本音に思わず笑い声が生まれる。
確かにミオの言う通り、自分たちでは届かなくても他の誰かと協力すれば届くかもしれない。まだ見ぬ誰かも同じ想いを自分たちに託してくれればいいなと思わずにはいられない。
そんな思いを抱きながらいくつかのやり取りを繰り返し、彼らは次の方針を決めた。
***
・消滅にはチームで対応する
・活動は学校や個人の事情などに支障がない時間に行う
・夜間には活動しない
・対応に当たるときには互いに連絡を取り合う
そのほか、細かいことなどもいくつか決めたが、誰もが思っていたけれど誰もが口に出して言えないことが一つだけあった。それを最後まで話題にしなかったのは、現実になるのを恐れていたからだろう。
しかし残念ながらそれはもうすぐ現実になってしまう――。
***
「それで......さっき出てきたこの予定、どうする......?」
ハルとミオはそれぞれ自分の【予定表】を開きながら声を落とす。
それはつい先ほど【予定表】に新たに現れた予定のことである。
【予定表】を見ることができない2人にも消滅対象や消滅時間を伝えると、「ついにきたか......」と声を失っていた。
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宮岡ケンジ 20代
7月21日02時21分
風見市役所前の工事現場
交通誘導中
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4人が敢えて話題にすることを避けていたもの。
それが「ヒト」の消滅......。
先ほどまではこの日の活動を互いに労い合っていたのだが、この予定を知ると雰囲気は一変していた。今は誰もが口を開くのを躊躇しているようにさえ思えた。
「時間は夜中だし、今までなら対応しない方向だけど......」
「でも、今度の消滅は人でしょ? 見捨てられないよ」
「そうは言っても......」
ヒトの消滅。
今までは幸いなことに、それが予定に入ったことがなかった。
唯一、ハルたちが出会うきっかけとなった近藤ハナはヒトの消滅であったが、自分たちから積極的に消滅に関わるようになってからは、初めての事態だった。
「ハル......どうするの......?」
不安そうなナナの声をきっかけに、ハルに視線が集まる。
この選択には人の命がかかっている。
彼ら自身が決めた方針に従えばこの消滅には対応しないことになるが、それは今回消滅する人を見捨てることになる。それならば方針を曲げてでも対応するのかと言われると、それも躊躇してしまう。
彼らは【予定表】が見えるというだけの一介の高校生なのだ。
人の命を選択の天秤にかけるほどの覚悟を求めるのは酷な話である。
ハルは顔を伏せたまましばらく思案していたが、ゆっくりと顔をあげて結論を告げる。
「......やろう」
その答えに3人はどことなく安堵の息を漏らす。
しかし同時に、今まで感じたことがないような緊張感が胸に広がっていく。
これまでとは違う、重く冷たい空気が4人を包み込む。
自分たちがこれから向き合おうとしているのは、ただの「現象」ではなく、1人の人間の「命」なのだ。
それでも一つの命を救うという選択をしたことを後悔する者はいなかった。
「但し、これに対応するのは僕とリクだ。流石に夜中に女子を連れ出すわけにはいかないからね。それでいいかな?」
「分かった、それでいいぜ」
リクに視線を送ると、彼はいつもの軽い調子を消し、神妙な面持ちで深く頷いた。
「でも2人だけで大丈夫?」
ナナが不安そうな顔で心配の声をあげる。
「なに、時間が夜中で、対象が人ってだけでやることは今まで変わらないんだ。俺たちに任せておけって。なあ、ハル?」
「うん。ちゃんと連絡はするから安心して待ってて」
「......分かったわ、それなら2人に任せるわ」
心配をかけまいとするリクとハルの言葉に2人の女性陣も覚悟を決めたように同意を示す。
言葉にできない重圧を分かち合うように、彼らは夜の静寂を前に、具体的な活動方針の検討へと入っていった。