第4話 検証
ハルが住む風見市は東京郊外の比較的大きな市だが、各路線が乗り入れるほど大きな駅はなく、いわゆるベッドタウンと呼ばれる地域である。
テレビの「住みたい街ランキング」で名前が挙がることはないが、それだからこそ知る人ぞ知るエリアで、近年ではようやくこの街の良さが評価され始めたせいか、駅周辺では1年ほど前から高級マンションの建設が始まっている。
自分が生まれ育った街が評価されるのは嬉しいが騒がしくなるのは嫌だな、と考えるのはハルだけでなく、この地域に住む人たちの共通の想いだ。しかしそれも世間の流れには逆らえない。
近年の街の評価の上昇に伴い大きな商業施設ができたり、ちょっとお洒落なお店が次々とオープンしたりしていた。
人の流入が増えることに昔からの住民たちはどこか面白くない様子ではあるが、それらを享受している街の住民を見ると、なんだかやるせない気持ちになるのだ。
かくいうハルのバイト先のカフェもそういった流れの中で1年半ほど前にオープンしたお店なので、世の中の動きとは無関係なようでどこか繋がっているものなのだ、とハルは矛盾した思いを抱えていた。
そんな風見市の中心にある風見駅は週末であることもあり、行きかう人の波は途切れることがなく、多くの人が駅や周辺のテナントビルに吸い込まれていく。
その様子はまるで街が多くの人の活力を糧に、更なる発展を遂げようとしているようであり、まさに今、急成長を遂げている風見市そのものを象徴しているようでもあった。
ハルが風見駅に訪れたのは、今日の昼から夕方にかけて風見駅周辺で立て続けに起こる消滅を確認するためだ。なぜそれを知っているのか?
それは3日前、風見中央公園でナナと一緒に消滅した木の跡地を見た日の夜のことだった。
***
6月18日 夜 | ハルの自室
夜、ハルは帰宅して一息つくと、机の上に置いたスマホを手に取った。
画面には先ほどナナに見せた【予定表】が開かれている。
「なぜナナには見えなかったんだろう?」
ハルは小さくつぶやき、ベッドに寝転がりながら【予定表】をスクロールしていく。そこには相変わらず様々な日時や名前、地名などが記載されている。
意味が分からず眺めていると、時折何の通知音もなく上の方から新しい情報が追加されていく。
「ん? 待てよ......」
ハルは【予定表】を見ながらその内容にある共通点を見つけた。
それは、そこに書かれている日付は全て未来であること。
【予定表】という名前、未来の日付......
「もしかして......」
ハルは自分の推測に沿って改めて記載されている内容を確認していく。そしてそれに沿って読み解くと、恐ろしい事実に気が付いた。
我ながら突拍子もない考えだが、そう読み解くと内容に納得がいく。
例えばこんな記載があった。
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三角コーン
6月18日22時02分
みどり市役所前
本庁入り口に置かれている
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鯉
6月19日07時14分
水ノ原市久留間川桜橋付近
上流に向かって泳いでいる
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白いハト
6月20日14時28分
神山市平山公園
一心不乱に餌をついばんでいる
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これらは全て消滅する対象、消滅する時間と場所、そしてその対象が何をしているかを指しているのではないだろうか?
もしそうだと仮定すると、これは確かに【予定表】である。
「この【予定表】って、消滅に対する【予定表】......なのか?」
予定とは未来に起こす行動に対する約束である。
行動の内容はどうあれ、予定とは基本的に新しい何かを生むきっかけとなるはずだ。
しかし、ここに記載されている予定はそれらを全くなかったことにする。
それはある意味では未来予知ともいえる代物だが、予知されるのは対象の消滅。
本来のあるべき未来の正反対の出来事だった。
「消滅......予定表......」
普通に考えれば非現実的な話だ。
しかしハルは実際に木が消滅しているところを目撃している。
さらに消滅こそしなかったものの【予定表】に記載された内容と酷似した場面にも出会っている。
手に持つスマホからひんやりとしたものを感じる。
いや、スマホが冷たいのではない。
この【予定表】が指し示す消滅の予定の内容、その冷徹な意思を感じるのだ。
「僕はどうしたら......」
ハルはスマホを机に置き窓を開ける。
六月の夜の空気はまだ少しひんやりとしていて、じっとりと汗ばんだ身体を優しく冷やしていく。
体が冷えるとともに冷静な思考を取り戻したハルは、街の明かりを眺めながら思考にふけるが、ふと思い立ち再びスマホを手にする。
「まずはこの予定が正しいのか確認してみるか」
ハルは初めて自分の意思で消滅の予定と向き合うことを決意し、近隣で発生する予定を探し始めた。
***
6月21日 13時32分 | 風見駅周辺
あれから三日後。
週末であるこの日に風見駅周辺で消滅が発生すると知り、それをこの目で確かめるために駅までやってきた。
ナナには声をかけていない。
理由はナナが【予定表】を見ることができなかったことを思い出し、一人で行った方がいいと判断したためである。
「駅に来るのは久しぶりだな」
ハルは通う高校やバイト先には徒歩で通っており、駅を利用することはほとんどない。友人と遊ぶときなど何か用事があれば電車に乗るが、普段の行動範囲が自宅や学校付近で済んでしまっているため、生まれ育った街にもかかわらず駅に行くのは月に1、2回程度だった。
「で、最初の予定はゴミ箱だったっけ? どれだろう」
【予定表】で最初の予定を確認し、その場所へ向かう。
最初の目的地に着き【予定表】を開いて対象を確認する。
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青いゴミ箱
6月21日13時58分
第一ビル横の路地
ごみが溢れそう
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ゴミ箱はメーカーごとに色が分かれており、青いゴミ箱は一つしかなかった。
「これか......」
路地にひっそりとたたずむ自動販売機。
その横に置かれたゴミ箱は街の美化に貢献しているだろうが、路地という辺鄙な場所柄、回収頻度は高くないようで、あと何人かが空き缶やペットボトルを捨てれば溢れそうになっていた。
メインの通りから二ブロックほど離れたこのエリアは、人通りはまばらであり、誰も自動販売機横のゴミ箱など気にも留めていない。ハルも【予定表】にこのゴミ箱の記載がなければ、ここにゴミ箱があることすら知らずに過ごしていただろう。
「そろそろ時間かな」
スマホで時間を確認すると、予定の時間まではあと2分。
ゴミ箱の反対側の壁に寄りかかり、その瞬間を見逃すまいと穴が開くほどの勢いでゴミ箱に視線を送り続ける。
ガラガラッ!
突然、騒音とともに空き缶やペットボトルが道いっぱいに広がる。
そこにあったはずの青いゴミ箱は音もなく、光も発さず、ただ削り取られたように消失していた。ゴミ箱という器を失った中身だけが、重力に従ってアスファルトに叩きつけられたのだ。
「ホントに消えた......」
転がっていた空き缶が道の端で止まると、周囲には元の喧騒が戻るが、散乱音が大きかったためか、路地の向こうを歩く人の何人かがこちらをのぞき込む。
中にはハルがゴミを散乱させたと思い込んでいるのか、やや怒気を込めた様子で近づく人もいた。
ハルは動揺している内心を押し殺し、慌ててその場を早足で立ち去った。
***
同日 15時15分 | 風見市栄通り
「次はここらへんかな?」
アスファルトが熱を放ち始める午後の空気の中、スマホを取り出し、慣れた手つきで【予定表】を開き、昨日確認していた次の消滅対象をチェックする。
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トラ模様の猫
6月21日16時06分
栄通り沿いのブロック塀の上
居眠りをしている
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先ほどの場所から徒歩15分ほどで栄通りに到着するが、猫の居場所は不明。ブロック塀を確認しながら猫を探す。消滅予定が迫る中、道路の向こう側でようやく猫を見つけた。
身体を丸めて気持ちよさそうに寝ている猫。
スマホを確認すると、時間は15時58分。何とか間に合った。
残り数分で猫は跡形もなく消滅するはずだ。
そう思った時、ハルは突然恐ろしくなる。
先ほどのゴミ箱は無機物だった。
生き物ではないため、消えても感情的な抵抗はなかった。
だから目の前で消えた時には、非現実的なことに立ち会えた、と内心で少し興奮すらしていた。
しかし今回の対象は猫、つまり生き物だ。
もしかしたら子供がいるかもしれない。
飼い猫かもしれない。
それが突如として消えたら......
その猫に関係する者たちはどう感じるのだろう。
ハルは考えを巡らせる。
初めて【予定表】を見た時、木を管理する人の名前が記載されていたことを覚えていた。時間はちょうどハルが会った直後。そのことだけははっきり覚えていた。
つまり、この【予定表】はモノや植物、動物だけでなく人も対象になりうるのではないだろうか?
興味本位で【予定表】を調べ始めた時、幼いころに憧れたマンガやアニメの世界に迷い込んだ感覚があり、その非現実感に酔いしれていた自分がいた。
それはまるで非現実の謎を解く主人公のようであり、その好奇心に引きずられてここまで来た。
だから気付かなかった。
いや、心のどこかでは気付いていたのかもしれない。
この【予定表】は書かれたもの全てを消滅させる。
モノであろうと植物・動物・人間であろうと関係ない。
それはただ消滅対象として書かれた文字に過ぎない。
予定が来たら消滅させる。
それだけのことだ。
誰が、何のためにこんなものを作り、誰が予定を載せているのかは分からない。
ただ、人間以外の何かなのは間違いない。
現代科学がどこまで進んでいるかは知らないが、突然跡形もなく対象を消滅させる技術なんて、フィクションでもない限りありえない。
改めて【予定表】の恐ろしさを知り、思わずめまいがして壁に手をつく。
「ニャ?」
いつの間に道路を渡ったのだろうか。
気づけばハルは猫が眠るその塀のすぐそばまで無意識に歩み寄っていたようで、手をついた壁は猫が寝ていたブロック塀だった。
壁の振動で猫は目を覚ます。
心地よい昼寝を邪魔された猫は背中を伸ばし、ぷいっと塀の向こうへ降り立った。
「あ......猫が......」
猫の鳴き声でハルは今確認すべきは猫が消滅するかどうかであることを思い出すが、対象である猫はたった今、自らの意思でその場を去ってしまった。
時間は16時05分。
消滅予定の一分前だ。
しかし猫はいない。
この場合はどうなるのだろう?
16時06分を過ぎても猫は戻らず、【予定表】の記述も変わらない。
ハルは壁に背中を預けながら座り込み、スマホを見つめる。
遠くから猫の鳴き声は聞こえるが姿は見えない。
猫は消えていないようだ。
突然、視界が影に遮られた。
「ハル? こんなところで何してるの?」
普段通りのナナの声に、ハルは現実に引き戻される。
「ナナ......? どうしたの?」
私服姿のナナが心配そうに顔を覗き込む。
日常の安心感と【予定表】の恐ろしさが同時に胸を締め付ける。
「どうしたの? じゃないよ。こんなところに真っ青な顔で座り込んでるんだもん。そりゃ心配で声もかけるよ」
ここは駅から離れた場所であり、偶然知っている人と遭遇する確率はかなり低いはずだ。それなのにナナと出会う確率はどれくらいあるのだろうか?
そこまで考えた時に、ふと周りを見渡す。
【予定表】の確認に夢中になり気づかなかったが、ここはナナの家のすぐ近所だった。
幼稚園からの幼馴染であり何度も互いの家を行き来したこともある。間違いない。
そんなことも気付かないくらい検証に没頭していたのだろう。
普段であれば偶然の出会いに少し嬉しくなるはずだが、今日は違う。
ハルはナナに心配を掛けまいと話を逸らす。
「いや、なんでもない。それよりナナはどこかに行くの?」
「ううん、駅前に部活で使う画材を買ってきて、その帰りだよ」
ナナは素直に答える。
改めて見ると少しお洒落をしていて、大きめの紙袋を下げている。
ズボンの埃を払いながら立ち上がるハルに、ナナは一歩詰め寄り語気をやや強める。
「で......何を考えてたの?」
誤魔化しきれないハルはしどろもどろに答える。
「い、いや、何でもないよ。ただ疲れて座ってただけで......」
「ウソ! あれはまた何か思い悩んで考え込んでる顔だった」
言い訳を言い終える前にナナが言葉を被せ、さらに詰め寄る。
「もしかして、この前言っていた【予定表】のこと?」
やはりナナにはかなわない。
ハルは近い距離で詰め寄るナナの肩に手を置き無理やり距離を取る。
その瞬間、ナナも距離が近すぎることに気付き、やや顔を赤らめながらも視線をそらさずハルを見つめる。
「まぁ、そうなんだ。あれから色々調べててね。それを確認しに......えっ?」
ハルは観念し、【予定表】に視線を落としつつ今日の出来事を説明しようとした。
だが、新たに更新された記述が先ほどまで抱いていた最悪の予感を決定的な現実に変えた。
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近藤ハナ 80代
6月21日18時12分
風見市中央公園
公園で木を眺めている
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それは人の消滅予定だった。