第38話 新たなる決意
10月29日 夕方
少し肌寒さを感じる夕刻、ハルたちはファーストフード店を出て、風見中央公園に向かって歩いていた。
この時期になると日が沈む時間も早く、辺りは既に街灯が点き始めている。
少し風が出てきた。
この風は今からやろうとしていることに対する警告なのだろうか。
もちろんたまたま吹いてきただけなのだろうが、これからやろうとしていることを考えると、世界から非難されているような気がしてしまう。
「寒いね」
ナナが誰ともなく呟くが、それに答えるものはいない。ナナ自身も答えを期待して呟いたわけではないのだろう。
同じように時折誰かがなにかをぽつりと呟き、それを聞いて互いの存在を確認する。
そんな重苦しい雰囲気に包まれたまま、やがて一行は風見中央公園に辿り着く。
そのまま目的の場所まで歩き出し、やがて......。
「着いたね」
彼らの目の前にはいくつかの遊具が並んでいる。
目的の場所に辿り着いたのに、誰もそれを喜ぶ者はいない。
それどころかできることなら辿り着きたくなかったとすら思う。
ハルたちは今から、消滅を成立させるのだ。
そのためにここまでやってきたのだ。
***
今から1時間前。
ハルが消滅成立を宣言し、それを3人が受け入れたあと、ハルとミオは【予定表】から手ごろな消滅を探していた。
何度かのスクロールを繰り返し、ようやくミオが条件に合うものをみつけた。
「今から約1時間後、風見中央公園で消滅が発生するわ」
「それで......その......」
ミオの言葉を聞いたあと、ナナが恐る恐る尋ねる。
そんなナナに軽く微笑み、ミオは柔らかく笑う。
「安心して。消滅対象はヒトじゃないわ」
「良かったー」
消滅の成立、それは対象が消滅することを意味する。
今から消滅を成立させようと決めた4人だったが、さすがに人が消えるところは見たくない。当たり前すぎて言葉に出せなかったが、それはきっと4人の共通の想いだったのだろう。
ミオが先に条件に合いそうな消滅を見つけたが、ハルも同じような条件で探していた。
心底安心したような様子のナナの横顔をちらりと見ながら、ハルは自分の【予定表】でミオが見つけた消滅の情報を探す。
「ミオ先輩が見つけたのって、もしかして遊具が消えるやつ?」
「ええ、そうよ」
「なるほど、これか......」
=====
古ぼけたシーソー
10月29日17時21分
風見中央公園
誰も乗っていない
=====
風見中央公園は遊歩道や広場だけではなく、遊具が置いてあるエリアもある。
最近でこそ行ってはいないが、ハルも子どものころはよく遊具エリアで遊んでいた。
ハルが子どもの頃、風見中央公園は市外からも遊びに来る人がいるほど、かなりの数の遊具を保有していたのだが、今ではその数を随分減らしていると聞く。
きっとこれは最近の流れなのだろう。
少しでも危険と思われる遊具、怪我をする可能性がある遊具はだんだんと撤去され、残ったのは昔ながらのブランコと鉄棒、危険性が少ないと思われる広い砂場、あとは小さい子ども向けに新たに設置されたカラフルな遊具だけである。
今の子どもたちには当たり前に映るかもしれないその風景は、たくさんの遊具が置いてあった頃を知っているハルにとっては、ところどころに虫食い穴があるようななんとも寂しい光景だった。
「消滅予定時間は17時21分。今から約1時間後だから、これから向かっても十分間に合うね」
ハルは自分が持つ【予定表】の特徴である消滅の詳細時間をみんなに伝える。
【予定表】には第三者には共有できない情報もあるが、これはいくつかある共有できる情報の一つだ。
そして共有できる情報はもう一つ。
「対象は使用禁止の札が貼られているシーソーね。【予定表】に載ってるからきっとどこかにあるんでしょうけども、この公園にシーソーなんてあったかしら」
それは消滅対象についてだ。
ミオの【予定表】には消滅対象の詳細が記載されるという特徴がある。ハルの【予定表】には使用禁止の札のことなどは載っていなかったが、それはきっとミオの【予定表】だからであろう。
時間と対象の詳細。
ハルとミオのそれぞれの【予定表】で消滅に対処するための情報を絞り込んでいくのだ。今回はそれを真逆のことに使おうとしているのがなんとも皮肉的だ。
「よし、それじゃ早速行ってみようか。やるって決めたらやらなくちゃな」
そう言うと、リクはトレイを持って立ち上がる。
それに続いてハルたちもトレイを手に立ち上がり、風見中央公園に向かう準備をはじめる。
ナナもそれに続くのだが、その動作はどこか緩慢な動きだった。
「シーソー......」
少し青ざめた様子でそう呟くナナの異変には誰も気付かなかった。
***
10月29日 17時05分 | 風見中央公園 遊具エリア
風見中央公園の遊具エリアには誰もいなかった。
それも無理はない。
日中であれば家族連れや近所から遊びに来た子どもたちが、数少ない遊具を取り合い、思春期前の子ども特有である黄色いはしゃぎ声をあげているのだろう。
しかし既に周囲は薄暗い。
先ほど町内スピーカーからも17時を告げる音楽が鳴っていた。
昼間ここで遊んでいた子どもたちも、今ごろは暖かい家の中にいるのだろう。
夏時期であればまだまだ明るいこの時間でも、あと一か月ほどで昼間が一番短い冬至
を迎える。昼の勢いはすっかり衰え、夜の気配が勢いを増しているのだ。
空を見ると、遠くの方にうっすらと月が見えていた。
「こういう遊具がある公園って久しぶりに来たな」
「そういやそうね。最近は公園って言っても、遊歩道を散歩したりの方が多くて、こういう遊び場があるようなところは遠くで眺めるだけだったかもしれないわね」
「なに枯れたこと言ってんだよ。せっかくだから遊んでみるか?今だって十分楽しいと思うぜ」
そういうとリクはブランコに乗って勢い良く漕ぎ出す。さすがに高校生ともなるとブランコを漕ぐ力は強く、ブランコは勢いよく動き出す。
そんなリクを呆れ顔で眺めるミオだが、その顔はどこか楽しそうだ。
消滅予定時間までは残り15分ほど。
もっと緊張感を持ったほうがいいのでは、と思わなくもないが、今からやろうとすることを考えると、きっとこういう息を抜くことも必要なことだろう。
そう思うと特に注意することはせず、ハルはシーソーを探して歩き出す。
昔からこの公園で遊んでいたハルではあるが、遊具で遊んでいたのは小学生の頃まで。シーソーがあったかどうか記憶は定かではない。
かなりの数の遊具が撤去されたとはいえ、土地が狭くなるわけではない。かつて多数の遊具があった場所はそのままフリースペースとなっている。
自分の記憶と大きく変わってしまった遊具エリアの中から、定かでない記憶を頼りにシーソーを探し回ろうとしたとき――。
「シーソーならあっちのほうにあるはずだよ」
そう言うとナナが目的地に向かって歩き出す。
「ちょっと待ってよ」
1人歩き出すナナの背中を慌てて追うのだが、その様子がどこかおかしいことに気付く。
「ナナ、どうしたの?」
背中に投げられたハルの質問には答えず、ナナは足を進め、やがて遊具エリアとして区切られた区画の端のほうに辿り着く。
「ほら、そこだよ」
そこには古ぼけたシーソーがあった。
近づいてみるとミオが言っていたとおり、使用禁止の札が貼られていて、よく見ると数日後に撤去予定と書いてある。
元は鮮やかな水色だったのだろう。長年の風雨で色は少しくすみ、ところどころ塗装が剥がれている。黄色い手すりは子どもたちが何度も握ったせいか、その色を薄く変色させていた。
軽く動かしてみると、ギィ、と年月を感じさせる軋み音を立てながらゆっくり上下した。
専門家ではないので詳しいことはわからないが、特段動きにおかしなところはなさそうだ。恐らく撤去の目的は経年劣化などではなく、行き過ぎとも言える安全政策の一つなのだろう。
そういう意味では、このシーソーも他の撤去された遊具と同じく時代の流れからこぼれ落ちてしまった一つなのだろう。
「ハル、覚えてない?」
シーソーを眺めるハルの背中にナナの寂しそうな声がかかる。
「なにを?」
「ほら、このシーソー。子どもの頃、ハルと初めて会ったのがここなんだよ」
「えっ?初めて会ったのって幼稚園じゃなかったっけ?」
ナナとは幼稚園の頃からの幼馴染で、昔からよく一緒に遊んでいた。
ハルは子どもの頃からよくこの風見中央公園に遊びに来ていたので、当然ながらナナと一緒に来ていてもおかしくはない。
しかし、初めて会ったのは幼稚園で同じ組になった時だったはず。もちろん小さな頃の記憶なのであやふやなところもあるので断言はできないが、恐らく間違いないはず。
「ううん、ハルが覚えてないのは無理ないかもだけどさ......」
そう言うと、ハルに背中を向けたままシーソーに乗る。
「小さい頃にね、このシーソーで遊びたくてずっと並んでたのに全然譲ってもらえなかったことがあったんだ。でもそれを言い出す勇気もなくて今みたいにずっとここで待ってたんだ。そしたらハルがやってきて、遊んでる子たちに「独り占めしたらだめなんだよ」って言ってくれたんだ」
覚えてる――いや、正しくは思い出したという方が良いだろう。
***
10数年前。
幼稚園に通う前からよく両親に連れられてきたこの公園には、まだ多数の遊具があったが、その中でもこのシーソーはハルのお気に入りだった。
シーソーに乗り、軽く飛び上がるだけで、大人と同じような視点で世界が見える。
それはたった一瞬だけではあるが、未知の世界に触れるようであり、自らの力で世界が広がるその感覚がとても好きだった。
その日もいつものようにシーソーに乗ろうと来てみたら、見知らぬ女の子が寂しそうにシーソーを見つめて佇んでいた。
その視線の先には、自分よりも大きな男の子たちがシーソーの上でふざけあっていた。その子たちは近くで待っている女の子に気づく様子はまったくなく、シーソーを使ったごっこ遊びに夢中になっていた。
女の子は彼らになにか言おうとする仕草をするが、自分たちよりも大きな子にそれをする勇気を出せず、ただ立ち尽くすしかできないようであった。
しばらくそのまま順番が来るのを待ち続けていたが、いつまでも譲られることがないことに気づくと、その女の子はシーソーに背中を向けて立ち去ろうとする。
それを少し離れた場所から見ていたハルは、気づけばその男の子たちに近づき声をあげていた。
「ねえ!この子がずっと待ってるんだよ!」
突然声をかけられた男の子たちは、まさか明らかに自分よりも小さな子に注意されるとは思わなかったのだろう。
驚いて顔を見合わせると、その場から逃げるように立ち去っていった。
しかしそれよりも驚いたのはその女の子――ナナだった。
自分がシーソーの順番を待ち続けていることに誰も気づかれず、ただ待つだけしかできない。それは幼いナナには世界から取り残されているにも等しい気持ちだった。
そんな寂しい気持ちを抱えたまま帰ろうとしたところ、それを察してくれた人がいた。
それがハルだった。
ハルはただ自分が好きなシーソーを寂しそうな目で見てる子がいるのが我慢ができなかった。だからシーソーで遊んでもらうために行動した。ただそれだけのことだった。
しかしナナにとっては自分の世界が書き換えられるような衝撃的なことだった。
男の子たちが立ち去った後、ナナの方を振り返り笑いかけたその顔は、幼いナナにとってはまるでヒーローであり、今でも忘れられない大事な思い出だった。
その後、入園した幼稚園でハルに再会した時にはとても驚いたが、その時のお礼や感じた気持ちを上手く伝えるのは、まだ幼いナナには難しかった。
思えばハルへの想いは既にこの時に生まれていたのだろうが、それを自覚する頃には素直に気持ちを伝える事ができず、想いを胸に閉じ込めたまま、今に至っていた。
***
「もしかして、あの時の子ってナナだったの?」
ナナは背中を向けたまま無言で頷く。
覚えていないことを怒っているのではない。
2人ともまだ幼稚園に入る前の話だから気づかなかったのは無理もない。
ただ、今まで話したことがない出会いのことを覚えててくれたことが嬉しくて、言葉を詰まらせてしまい、無言で頷くことしかできなかったのだ。
「そんなことがあったのか」
「本当に昔から仲良かったのね」
いつの間にか後ろに来ていたミオたち。今の話を聞いていたのだろうか、2人の出会いに感心する。
「それを言うならリクたちもだろ?」
「まーな、腐れ縁ってやつだ」
それを聞いて少しだけ眉をひそめるミオであったが、未だに背中を向けたままのナナの様子が気になり、ナナに近づき様子を伺う。
「ナナ、どうしたの?」
しかしナナは無言のまま答えない。
さすがにハルとリクもナナの様子がおかしいことに気づき眉をひそめる。
ハルがナナの正面に回り込むと、ナナは目に大きな涙をためていた。
「ナナ!?どうしたの?」
その声にミオとリクもナナの前に来て、瞳に浮かべた涙に気づき狼狽する。
「おい、どうしたんだよ?」
「なにがあったの?」
ナナは手で涙を払いのけると、無理をして笑顔を作る。
しかしその笑顔は明らかに不自然であり、なにかを我慢していることは一目瞭然であった。
「......ごめん。大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「大丈夫って......なにも大丈夫じゃないよ。一体どうしたの?」
それが取ってつけたような言葉であるのは誰の目から見ても明らかである。
目にホコリが入ったなどと言い訳するならともかく、不自然な笑顔を作り、みんなに心配かけまいとする様子はいかにもナナらしいが、理由もなく涙を流すことなどあるはずない。
「今日は消滅を成立させるためにきたんだよね?」
「え?ああ、うん。そうだね」
「それで、このシーソーはもうすぐ消滅するんだよね」
「......!」
ハルは気づいた。
いや、ハルだけでなく、この場にいる全員が理解した。
「ナナは、このシーソーが消えるのが嫌なんだね」
ナナにとってはこのシーソーは、ハルと出会うきっかけになった大事な場所。
それが消えてしまうことが分かってて、それを防ぐことができるのに――今回はそれをしない。
消えると分かってるのになにもせずに、ただのその時を待つ辛さというのはいかほどのものだろうか......
「それなら今回は辞めて違うもので......」
「それはダメ」
消滅成立の中止を提案しようとした言葉は、ナナ本人によって遮られる。
「カナメさんが残した言葉の意味を知るんでしょ?そのためにやらなくちゃいけないことなんでしょ?」
「そりゃそうだけど、でも別にそれはこのシーソーじゃなくたって......」
「ううん、このシーソーでいいんだよ。このシーソーだからいいんだよ」
笑顔が淋しげではあるが、その瞳の涙はすでに乾いていた。
「だってほら、このシーソーはもうすぐ撤去されるんだよ。それって不要だからってことでしょ?そりゃ思い出のものがなくなるのは悲しいけども、いずれにしてもなくなるなんだから同じでしょ」
確かにそのとおりだ。
そのとおりではあるのだが......。
「それにさ、私にとってこのシーソーは確かに大事な思い出だよ。だからこそ、その消滅を成立させることで、なにか大事なことが分かったりするんじゃないかな」
誰もなにも言えなかった。
理屈だけで言えばナナの言う事に間違いはない。
確かにこのシーソーはここで消滅を防いでも近日中には撤去されるらしい。それならば改めて違うもので消滅を成立させるよりも、このままシーソーの消滅を成立させる方が良いのかもしれない。
それに今回、消滅を成立させる目的がその意味を知るためということであれば、自分たちに関係がないものよりも、思い入れがあるもの消滅のほうが、その意味をより深く知れるのかもしれない。
理解はできる。
できるのだが、本当にそれで良いのだろうか?
大事なものを消滅で奪われる辛さはハルもミオもよく知っているし、それを間近で見てきたリクも同様だ。
今からナナにも、その辛さを味わわせてしまう。
本当にそれでいいのだろうか。
周囲はすっかり暗くなっていた。
遊歩道に設置された街灯ではここまで照らしきることができず、月や星の薄明かりが僅かにハルたちの姿を浮き上がらせている。
その薄明かりの中で自ら辛い選択をするナナの姿がとても儚いもののように見えた。
「消滅時間は21分だったよね。そろそろどくね。成立させるためにはどうすればいいの?」
時間を確認する。
17時19分。
消滅まで後2分。
ナナは強がりの笑顔を浮かべたままシーソーから立ち上がろうとする。
ハルはほんの少し考える。
そして――。
ナナの反対側に座ると、ゆっくりとシーソーを漕ぎ出す。
「ちょっと、突然漕ぎ出さないでよ」
ナナの非難の声。
でもそれは決して嫌そうではない。
本人は気づいてないだろうが、ナナの顔には自然と笑みが浮かんでいる。
「で、どうすればいいの?このまま漕いでればいいの?」
「うん、このまま漕いでいればいいんだよ」
そう言ってシーソーを漕ぎ出すハルとナナ。
地面を蹴るたびに視界が高くなる。
そこから見える景色はあの頃のような未知のものではない。
知る世界が増えるほど、そこからでは見えない新たな世界が増えてきて、またそれを知りたいと思い、さらに高いところを目指す。
思えばハルが思考に没頭する癖も、これが原点なのかもしれない。
ナナは間もなく消えるはずのシーソーに乗り、初めてハルに会った時を思い出していた。
もうすぐこのシーソーは消えるけど、思い出までが消えるわけではない。
少し淋しいが、それでも最後に2人でシーソーに乗れて良かった。
「ねえ、そろそろ降りたほうが良いんじゃない?このまま突然消えたら危ないよ」
2人を無言で見つめるミオとリクは、ハルの意図を察している。
それは当初の目的とは違っているが、それでもそのまま2人を見守り続けていた。
「大丈夫だよ!」
地面を蹴り、シーソーを動かしながらハルが叫ぶ。
「もう消滅時間は過ぎたからね」
「え?」
その言葉にナナはハルの顔を、そして横で2人を見つめているミオたちの顔を見る。
ミオはスマホを取り出して時間を確認する。
「今は17時25分よ。2人とも随分夢中になってたわね」
そう言ってナナに笑いかける。
「え?でもそれじゃ......」
シーソーから降り、ハルの元に近寄るナナの顔には動揺と後悔、そして少しの喜びが浮かんでいる。
「シーソーの消滅条件は誰も乗ってないってことだったんだ。だから僕たちが乗っていたことで消滅は回避されたんだよ」
「でも......それじゃ消滅を成立させる意味っていうカナメさんの言葉は......」
自分のワガママで、自分が見せてしまった涙のせいでやらなくてはいけないことができなかった。みんなに迷惑をかけてしまった。
責任を感じて深く沈み込みそうになるが......
「まだ分からねえのかよ?」
「......え?」
「ハルは消滅成立の意味を知るよりも、もっと大事なものを守ったんだよ」
「大事なもの?シーソーのこと?でもどっちにしてもシーソーは......」
――撤去される。
そう言おうとしたが、その言葉はミオに遮られる。
「いいえ、守ったのはシーソーじゃないわ。ナナの......いえ、ナナとハルの思い出よ」
「でも、でも......どうせ近いうちに撤去されるんだから......」
ミオの言葉にさらに反論を重ねようとするが......
「それでもそれは消滅とは違うんだ」
「そうかもしれないけど......」
ハルはそれをきっぱり否定する。
「今回のことで分かったんだ」
その言葉にナナは疑問を浮かべる。
疑問を貼り付けたままの表情でミオたちを見ると、2人は既にハルの言いたいことが分かっているようだ。
「やっぱり僕は消滅を見過ごすことはできない。それがたとえ撤去されるものだとしても、消滅を見逃していい理由にはならない。それが誰かの大事なものならなおさらだよ」
その言葉に大きく頷きながらミオが続ける。
「大事なものが消滅することの辛さは私たちが一番わかってるわ。だからいくら意味があることでも、やっぱり消滅を成立させるなんてことは納得できないもの」
「それに手が届くのになにもしないってのは俺たちらしくないしな」
ミオに続いたリクの理由はなんともシンプルなものであるが、3人が語った理由は、そのまま今までの彼らの活動方針をそのまま言葉にしただけである。
ハルたちはカナメから贈られた言葉の意味を知ろうとするあまり、自分たちの今までを否定する行動をとろうとしていた。
そして、それがナナの悲しみによって間違いだと悟った。
だから言葉にすることなく、3人それぞれが消滅回避に向けて動き出したのだ。
「消滅を成立させる意味。それを知ることは大事なことだと思う。でもそれをしたらきっと後悔したと思う。後悔するくらいならやってみればいい。だから消滅を回避させたんだ。そう言ってくれたのは他でもない、ナナだからね」
「そうそう、消滅を回避したり成立させたりなんてややこしいことは、トシオさんたちに任せときゃ良いんだよ。なにせ俺たちは自分の手の届く範囲のものを救う。それだけだからな」
「ま、そういうことよ」
数日後には撤去されるシーソー。
それでも理不尽に存在を奪われることがなかったからこそ、こうやって最後に思い出を作ることができた。
それこそが消滅を回避する意味であり、ハルたちが信じた道である。
ナナの目から、再び大粒の涙がこぼれ落ちる。
なにか言おうと口を開くが言葉にならない。
溢れてくるのは涙ばかりだった。
しかし今度はその涙をぬぐうことはせず、涙で滲んだ笑顔を3人に向けた。