第33話 カナメの作戦・後編
タクシーの後部座席では八雲サトルが窓の外を眺めていた。
車はほとんど動いていない。
「渋滞か......」
小さく息を吐く。
今日、自分は消滅する。
関与者ではない自分が【予定表】を見ることができるのは、古くから伝わる血筋のおかげだ。しかしその血筋をもってしても、自分自身の消滅情報は名前と時刻しか確認することができなかった。
もしかしたら関与者自身が対象になった場合には【予定表】で自身の消滅情報を見ることができても、直接的な回避手段を検討できる場所や状態を見ることはできない――そんな制約があるのかもしれない。
別に自分の消滅がどうなるかを見たかったわけではないが、長い歴史とともに【予定表】にかかわり続けてきた八雲家であっても
【予定表】の制約を全て把握しているわけではないのかと思うと、少しだけ歯がゆさを感じていた。
ふと前を見ると、運転手は申し訳なさそうにバックミラー越しに頭を下げた。
「すみませんねぇ。少し混んでしまって」
「いえ、お気になさらず」
サトルは穏やかに首を振る。
「急いではいませんから」
――本当に急ぐ必要はない。
どのみち自分に残された時間は今日一日のみ。もしかしたら次の瞬間には消えてしまうかもしれない。もしそうなったらこの運転手に迷惑をかけてしまうかもしれないな、などと他人事のようなことを思う。
強制的に有休をとらされている今、本当は今日一日は自宅にいるつもりでいた。しかし有休中にもかかわらず、上層部から急に貸与パソコン返却の指示が届いた。
サトルが業務で使用しているパソコンは、消滅指令を受け取るために特殊なセキュリティが施されている。そのため、セキュリティの入れ替えのために定期的なパソコンの入れ替えが行われる。データは全て移行してくれるので不便はないのだが、通常は数か月に一度のペースで実施されるそれは、次回は来週に実施される予定であった。
それがなぜ今日なのか、有休明けではだめなのかと食い下がったが、それらしい都合をつけられて強行されてしまった。恐らくサトルに来週はないことを知っているのだろう。
仕方なく指定された場所に向かうためにタクシーに乗っているのだ。
「......相変わらずこそこそと」
動くことのない景色を眺めながら、一族のために組織に逆らうこともできず、いつ消滅するか分からないこの身なのに、今も律義に上層部の指令に従っている自分自身に、皮肉とも諦めともつかない笑みを浮かべて小さく笑う。
今日、自分は消える。
八雲家の人間として【予定表】によって決められたことならば仕方はないと思いはするものの、心残りがないと言えば嘘になる。
盟約のために自分自身を厳しく律しながら職務をまっとうしてきたこの身としては、私利私欲のために本家である自分を理不尽な立場に追いやるだけでは飽き足らず、あまつさえ消滅を利用して存在さえ追いやろうとする分家には思うところが多々ある。
しかしその横暴に対抗するためには、今の自分の立場は弱すぎるのだ。
閑職に追われ、分家筋の権力怖さに誰もが自分から離れていった現状で、協力してくれるものなどは誰もいない。誰もかれも自分のことを敬遠して、昔からの顔なじみであっても、顔を合わせたらそそくさと離れいく。
しかし部下の2人はそうではない。
自分の立場や出自を直接話したことはないが、きっとどこかから漏れ伝わっているはずだ。それでも構わずに自分についてきてくれているのは、同じ第五班にいるからというわけだけではようだ。その心意気にサトルは救われている。
だから、もしサトルがこの不遇な処遇に対抗する意思を示せば、部下である2人は自分たちのことは顧みず、彼らに一矢報いるために協力してくれるだろう。だがそれでもできることは一矢のみだ。あとはどのような処遇を受けるか分からない。
だからこそ2人を巻き込むわけにはいかない。
昨日、事務所から席を外したあと、2人で何か相談していたようであったが、関与者ではない2人が自分の消滅情報を入手する手段はない。つまり彼らが自分の消滅に対処できる可能性はゼロだ。上層部も決して自分の消滅情報を渡しはしないだろう。
2人ともとても優秀で、自分には過ぎたる部下だ。
自分がいなくなったあと、せめてそれなりの立場になれるよう、しかるべき部署に再配属されることを祈るばかりだった。
――コンコン。
不意に運転席の窓が叩かれる。
窓の外を見ると、そこには2人の警官が立っていた。
手前の警官は随分若く、階級章を見ると、案の定、巡査のようだ。
その警官の奥にもう1人、彼の先輩らしき警官が立っているが、顔や階級章は確認できない。恐らくこの巡査の指導役なのだろう。
運転手が窓を開けると、若い警官が丁寧に敬礼した。
「すみません。現在、この付近で緊急の安全確認を行っています。少しだけご協力いただけますでしょうか」
運転手は突然の申し出に目を丸くして、「お客さん、いいですか?」とサトルに尋ねる。特に断る理由もなく「ええ」と短く答えると、運転手はそれをそのまま警官に伝える。
「ありがとうございます」
若い警官は丁寧な敬礼をして、頭を下げる。
「実は、この付近で車両への危険物の設置予告がありまして、周辺車両を順番に確認させていただいています」
その説明を聞きながら、サトルは車窓の外へ目を向けた。
こちらと同じように渋滞していた反対車線でも、停車中の車に警察官が声をかけて回っている。後ろを振り返ると、後方にはパトカーも出動していて、路上駐車している車内を一台ずつ丁寧に見て回っていた。
「それでは車内とトランクを拝見させていただきます。よろしいですか?」
「ええ」
運転手はレバーを操作してトランクを開ける。
奥にいた警官がトランクに回り込むと、声をかけてきた若い警官が「一緒に確認をお願いします」と運転手をトランクの方に促す。
若い警官が後部座席のサトルに気付くと、開けたままの運転席の窓から声をかける。
「お急ぎの中、ご協力ありがとうございます。確認自体は数分で終わりますので、ご安心ください」
「そうですか」
サトルは静かに頷くとそのまま目をつぶる。
いつ来るともしれない自分の消滅。
せめて警官に囲まれた今は訪れないでくれ。
もし今自分が消えたら消滅現象が世の中に知られてしまう。
そんなことを思いながら、ただ時間が経過するのを待っていると――。
「全員、車から離れてください!」
トランクの方から叫び声が聞こえてきた。
何事かと振り返り、開けられたトランクと車体の隙間から状況をうかがうと、そこは白い煙で包まれていた。
後部座席のドアが開けられ、先ほどの警官が慌てた様子で状況を説明する。
「トランクに危険物らしきものがあります!すぐに車から降りて離れてください!」
仕事柄、危険なことには慣れているサトルは、これくらいのことで慌てたりはしない。しかし警官から避難を促されているのであれば話は別だ。警官の指示のまま、慌てて車から降りると「お二人とも、こちらへ!」と誘導されるままに歩道の方に避難する。
周囲の車に乗っていた人も、突然噴出した煙と警官に誘導されて非難する人を見ると、慌てて車から降りてその場を離れる。
あたりは一面煙に包まれ、ちょっとしたパニックになり、周囲にいた警察官がそれを収めるために集まってくる。
先輩らしき警官が肩に掛けられている無線機でどこかになにかを告げると、集まってきた警察官に声をかける。
「こちら、当該車両の運転手と乗客です。トランクに見慣れぬものを発見したため、確認しようとそれに触れると突然煙を噴出しました。2人の避難を優先したため、まだすべての確認が終わっていません。本官は引き続き確認作業を行ってきますので、こちらのお2人の安全確保をお願いいたします」
「分かりました」
「ありがとうございます。いくぞ」
慣れた様子で状況を説明すると、一緒にいた若い警官を連れて煙の中に消えていく。
そのまま待つこと数分。
徐々に煙が晴れていき、視界が回復したころ、先ほどとは別の警官がサトルたちのもとにやってきた。
「安全が確認できましたので車にお戻りいただいて結構です」
その言葉に「はあ、そうですか」と頷く運転手であったが、さすがに疑問を感じたサトルが警官に尋ねる。
「トランクから煙が出たのに安全だというのはどういうことでしょうか?」
眉間にしわを寄せ、威圧感を放つサトルからの質問に、警官は数歩あとずさりながら答える。
「いえ、確認したのは私ではないのですが、先ほど無線で連絡が入り、その一帯の安全は確保できたから、拘束車両及び拘束者は全員速やかに解放せよとの通達がありまして......」
その迫力に圧され、言う必要もない通達内容まで口にしてしまうが、それを聞いてサトルは眉間のしわをさらに深くする。
――どういうことだ?
しかし、この場でその問いに答えを出せるものはおらず、困惑した警官を目の前に、サトルは唯一思い当たることを考えていた。
***
――時間は数分ほど遡る。
ハルたちは警官が現れたことに慌てるが、カナメの指示のとおりにそのまま監視を続ける。
きっとあの中に警官に扮したリクとトシオもいるのだろうが、さすがにビルの屋上からでは誰がそうであるかは見分けることができない。
警官たちはいっせいに周囲の車に声をかけて、車内を見て回っているようである。
暫くその様子を観察していると、警官が見て回っているうちの一台、タクシーのトランクから突如煙が噴き出してきた。
「カナメさん!タクシーから煙が!」
「大丈夫、それも予定どおりです」
慌てるハルに、それでも冷静に答えるカナメ。
これが作戦の3つ目なのだろう――。
***
「そして3つ目。警察に扮してもらう方に、ある仕掛けをしてもらいます。これで消滅対象は消滅状態を回避できるはずです」
「ある仕掛けって?」
「それはその時になれば分かります」
カナメは最後まで表情を崩さずに説明を終える。
***
――これがさっき言っていた3つ目の仕掛けなのか。
ハルは眼下の騒ぎを見ながら、これがすべてカナメの思惑どおりのことなのかと背筋が冷たくなる。
タクシーから降りてきた人を見てミオが叫ぶ。
「見て!あのタクシーから降りてきたスーツの人。特徴が一致している!あの人が八雲サトルで間違いないわ!」
その言葉に、この日初めて慌てたそぶりを見せるカナメが、視線でサトルを捕まえると安堵の息を漏らす。
「真壁君、時間は!?」
慌ててスマホを取り出して時間を確認する。
「あ、はい!今ちょうど10、9、8......」
それは消滅時間に向けてのカウントダウン。
普段なら存在が消えるまでの無情なカウントダウンになるのだが、今回は回避確定となるまでの残り時間を示す未来に向けたカウントダウンである。
「3、2、1、0!」
カナメを含めた4人の視線が眼下のサトルに集中する。
サトルはタクシーから離れた歩道に立ち、周囲には警官が集まりだしてきていた。
「よし!無事にあの人の消滅は回避できたみたいだ!」
そう言うとハルは大きく息を吐く。
ハルたちはこれまで何度も消滅を止めてきた。だが今回は難易度の高さから見送ると判断した。それなのに自分たちだけでは到底思いつかなかった方法をたった半日で形にした。これにはさまざまな下準備や根回しが必要だったろうが、それがどのようなものか、どれくらいの労力や費用が掛かるのか、ハルには想像もつかなかった。
カナメが無線機でどこかになにかを話しかけている。
ふと眼下を見ると、煙に向かって走っていく2人の警官のうちの1人がちらりとこちらに視線を送ってきた。きっと今の警官がトシオなのだろう。
「カナメさん、あれって......」
そう呼び掛けてカナメがいたところに視線を向けると、そこにカナメの姿はない。
どこに行ったんだろうと視線を周囲に這わせていると、不意に耳元でこう囁かれる。
「消滅が防げてよかったわね」
いつの間に自分の横にきたのだろうか。
しかし突然耳元で囁かれたことよりも、夏のモニュメント消滅の時に聞いた言葉がここで再び聞いたことに驚き、声の主に振り返る。
自分の横を素早く通り抜け、いつの間にか屋上の出口にいるカナメが3人に向かって深々と頭を下げる。なぜだか誰も声を出せずにその動作を見守っている。
頭を上げて扉に手をかけると、カナメはもう一度振り返る。
「私、実は関与者じゃないのよ」
今日何度目の衝撃だろうか。カナメの言葉に一瞬、時間が止まる。
「嘘ついてごめんなさい」
穏やかな笑みを浮かべたまま続ける。
「これからも頑張ってね」
そう言い残し扉をくぐる。
扉が大きな音を立てて閉まると、そこにはただ静けさだけが残っていた。
ビルの下の喧騒がわずかに聞こえる中、誰一人として言葉が発せない。
それからしばらくして屋上の扉が再び開く。
カナメが戻ってきたのだろうか。
3人が再び扉に注目すると、そこから出てきたのは制服姿のままのリクだった。
「さすがに今回は疲れたぜ、ってあれ?カナメさんは?」
肩を動かして身体の疲れをアピールしながらやってきたリクは、とんでもない発言を残してこの場を去った女性がいないことに気付く。
リクの質問には答えず、ミオが恐る恐る尋ねる。
「リク......トシオさんは?」
「......帰った」
ばつが悪そうに答えた言葉はハルたちが予想したとおりであった。
「それよりも......」とリクは言葉をためる。
「ちょっと重大な発表があるんだけど......」
リクが言葉を淀ませるが、ハルはその言葉の続きを確信する。
「もしかして、トシオさんは関与者じゃない、ってことかな?」
「え?知ってたのかよ!?」
――やはりそうか。
トシオもカナメも関与者ではなかった。
それなのに消滅のことを知っていた。
きっとあの2人は偶然自分たちに出会ったんじゃない。
僕たちに接触するためにわざと消滅の場に現れたのだろう。
加えて消滅に対するあの知識や対処の迅速さ、立案能力や実行力。
あれはもしかして......
「そうよ、そういうことだったんだわ!」
不意にミオが声を上げる。
「どうしたんだよ」
「私がずーっと引っかかってたことよ。すべてが終わった今になってようやく気付いたわ」
「だからそれはなんだってんだよ」
制服姿のままのリクが帽子の位置を直しながら訪ねる。
「対象の名前よ」
「名前?」
「そう、昨日初めて2人に会った時、明日の消滅は見送るって言ったでしょ?その時にトシオさんは確かにこういったのよ。「八雲サトルか」って。確かにその人の消滅を見送るつもりだったから違和感なく聞いていたけど、ずっと引っ掛かってたのよ。その理由が今分かったわ」
「だからなににだよ」
「どうしていくつも載ってる消滅予定の中から、私たちが見送ろうとしていた消滅が分かったのかってことよ」
「そういえば......」
「何気なく聞き流していたこの違和感、最初からトシオさんは八雲サトルの消滅に対処することが狙いだったって思えばしっくりくるわ」
「それはさすがに飛躍しすぎじゃないか?」
「いや、それがそうでもないんだよ」
ハルはカナメも関与者ではなかったこと、そしてそのまま彼女のここから立ち去ったことを伝えた。
「だから実は2人とも関与者ではなくて、八雲サトルを救うことが目的だったってことか?」
「だって、そう考えるのが自然じゃないかな」
「......まあ、そうだけどよ」
トシオが自分たちを利用していたということを認めたくないのだろう。歯切れ悪そうに頷く。
「で、ミオは分かったみたいだけど、ハルは思い出せたのかよ」
リクはトシオのことを気に入っていた。だからこの話題は続けたくないのであろう。ハルが思い出せなかったと言っていたことに無理やり話題を変える。
「うん、ミオ先輩の言葉で僕も思い出した」
まだ騒ぎが収まりきらない通りの方にちらりと視線を送る。
「トシオさんは自転車の時にいた人だ」
「え?そうなの?雰囲気全然違うじゃん!」
あの時、一緒にいたナナが声を上げる。
ナナは今の今まで気づかなかったのだろう。
いや、そもそも疑問すら持っていなかったようである。
「確かに雰囲気は全然違うけど、常に周囲を観察しているような感じとあの鍛えられた身体。それだけなら何も思わなかったけども、僕たちが関与者と分かって接触してきたこの一連の流れを考えると、そうとしか思えない。いや、そう思うと、あれは間違いなくトシオさんだよ」
「......うーん、まあハルがそう言うならそうかもしれないけど」
リクは考え込む。
「もしかしたらトシオさんもカナメさんも、前に話していた組織の人なのかな?」
「たぶん......そうだと、思う」
ナナの呟きはいつもの思い付きなのだろうが、今回ばかりは妙に納得してしまう。
それならカナメの作戦の立案力や様々な下準備、トシオの場離れした雰囲気にも説明がつくからだ。
――消滅が防げてよかったわね
カナメの言葉を思い出す。
あの2人は今回や自転車の時だけではなく、きっとそれよりも前から消滅に対処していたのだろう。
「うーん......それでも俺はトシオさんが悪い人には見えないんだけどなあ」
複雑な思いのままリクがこぼす。
「ところであんた。いつまでもその格好でいるの?」
「そうそう聞いてくれよ」
リクは表情を変えて制服の袖をつまむ。
「この制服さ、トシオさんがくれたんだよ。「今日の褒美だ。銃以外は本物と遜色ない出来だから、大事にしろ」だってよ」
「......褒美?」
ナナが苦笑する。
「そんなの褒美でもらって喜ぶ人いる?」
「いや、俺はちょっと嬉しいぞ」
リクは照れくさそうに笑った。
いつもの人懐っこいリクの笑顔を見て、ようやく皆の肩から力が抜ける。
だが、ハルだけは違った。
トシオもカナメも決して悪い人ではない。むしろハル自身も好印象を持っている。
それでもなぜ嘘をついてまで今回接触してきたのだろう?
2人は自分たちに敵対しているのか?それとも......。
難解な消滅を回避できた今日の達成感と、彼らに対する答えが出ない疑問。そして嬉しそうに制服の自慢をするリクの声がハルの思考をかき乱す。
でも......それでもなお、彼らに悪い印象を持てないでいるハルであった。
***
10月14日 午前 | 西峰区
サトルは事務所の扉の前に立っていた。
なにかを考え込むように、ドアノブに手をかけたまま固まっていたが、やがて意を決したようにドアを開ける。
「おはようございます、室長」
「あれ、消えてねーじゃねえかよ」
カナメの丁寧なあいさつとトシオのいつもの軽口。
昨日まではもう二度と聞くことができないと思った彼らの反応に熱いものがこみあげてくるが、それを表面には出さず、いつものカップを取り出しコーヒーを注ぐと、デスクに座り、ノートパソコンを広げる。
結局昨日は、あのあとすぐに解放されたが、いつ消滅するとも知れない状態は変わらない。そのまま上層部に言われていたノートパソコンの入れ替えには行かず、真っすぐに自宅へと戻っていた。
自宅に戻るとスマホの電源を切り、そのまま日付が変わるまで来るべき消滅を迎えようとなにをするわけでもなく、静かに来るべきを迎えようと待機していた。
やがて日付が変わり、それでもまだ自分が存在し続けているという当たり前のことに驚く。それからなぜ消滅が実行されなかったのだろうと疑問を持つが、その理由はきっと昨日の騒動によるものであり、それはこの2人の仕業だろうと確信を持っていた。
「お前たち」
肘をつき、顔の前で指を組んだ状態で2人を呼ぶ。
程なくしてデスクの前に並び立つ2人に、サトルは静かに尋ねる。
「やったな?」
「なにがだよ」
後ろ手を頭に組み、いつものにやけ顔のままトシオが答える。
「私も室長が何を言っているか分かりませんが」
カナメもいつものように凛とした態度で答える。
「......まあいい」
それ以上追及することなく質問を収めると、ノートパソコンに届いたメッセージを読む。その内容に片方の眉だけをピクリと上げる。
そのしぐさを見逃さなかったトシオが楽し気に問いかける。
「お、また上層部からの連絡か?なんだって?」
2人ともデスクの前から離れることなく、サトルの言葉を待つ。
そのまま数分が経過したのち、サトルはゆっくりと息を吐く。
そして......。
「この事務所の閉鎖が撤回された。第五班は引き続き職務を全うせよ、だそうだ」
その言葉にトシオとカナメが一瞬視線を交わす。
それを見て見ぬふりをして「以上だ、業務に戻れ」と言うと、サトルはコーヒーをすする。
「ああ、トシオ」
サトルはソファに腰をかけたトシオに声をかける。
「自分の存在を隠したいなら殺気だけじゃなく、気配も消せるようにしておけよ」
その言葉にニヤリとした笑顔を向けると、トシオは悪びれずこう答えた。
「別に隠すつもりはなかったけどな」
「そうか、それならいい」
サトルは再びノートパソコンに目をやりながら、心の中で深い感謝を2人にささげていた。