ホーム›消滅予定表›第34話 消滅レポート
← 前の話目次次の話 →

第34話 消滅レポート

10月23日 夜 | ハルのバイト先

「ありがとうございました」

ハルはトレイを手に「ごちそうさま」と機嫌よく帰っていく老夫婦を見送りながら挨拶をする。そのまま別の客のテーブルへパスタを運び、ようやく先ほど空いたテーブルを片付けようとした、その時――

「すいませーん」
「あ、はい!少々お待ちください!」

別の客から声がかかり、慌ててその客の元に行くと用件を聞く。

ハルがアルバイトをしているカフェは、半月ほど前に風見市やその近郊に配布されているタウン誌に掲載された。

オーナーが作るパスタと、オーナーの奥さんが作るチーズケーキ、どちらもかなりこだわっているため、元々近隣では評判が高かったのだが、最近タウン誌に取り上げられたことで、週末はもちろん平日も大賑わいとなり、そこで働くハルたちは文字通り目の回るような忙しさであった。

この日は学校帰りの夕方から20時頃までのシフトであったが、夕方にも関わらず多くの客が訪れており、息をつく暇がないほどに動き回っているうちに、気づけばハルのシフトが終わる20時になっていた。

「お疲れ様でしたー」

エプロンを外し、店の奥で軽く伸びをしてから裏口を出る。
店を出ると、外は既に暗くなっていた。

比較的郊外にある風見市とはいえ、数十メートルおきに街灯が夜の街を照らしているので、夜の道に不便をすることはない。

先ほどまで汗ばむほど動き回っていたので、少し風が吹いている外を歩いていると、一気に肌寒さを感じてくる。肩を縮め、家に向かって歩く足を早めながら、ハルは帰ってからやるべきことを考える。

明日はみんなで調べたことを持ち寄ることになっている。
帰ってからやるべきことを頭の中で整理しながら歩いていると、スマホにメッセージが届く。

ナナからだ。

『明日のことだけど、どう?まとまった?私は全然だよ、たすけてー!』

そのメッセージを見て、「やれやれ」と優しいため息をつくと、ちょっと思案してからメッセージを返す。

『今バイト帰りだから、帰ってご飯食べてから電話するね。それまでは自力で頑張っててね』

すぐに返信が来る。

『うー、わかったよー!それじゃあとでね!』

ナナらしい返事に思わず頬を緩めると、スマホをしまう。

遠くで犬が月に向かって吠えている声が聞こえる。その声を聞きながら、さっきよりも少し足取りを軽くして、家へと向かう足を速めていく。

***

10月24日 夕方 | ファーストフード店

4人はそれぞれ注文した品を前に腰を落ち着けると、ようやく一息ついた。

「いやー、久々に頭を使ったから疲れたぜ」

リクは椅子に深く腰掛けたまま大きく背伸びをして、100メートルを全力疾走した直後のような疲労感を漂わせる。

その疲れた身体を少しでも癒そうとしているのか、今日のリクの前に並んでいるのはハンバーガーではなく山盛りのソフトクリームだった。

「私はそんなに苦手ってわけじゃないけども、全然わかんないことだから大変だったよ」

ナナの前にはジュースと小さなソフトクリーム、ハルとミオの前にもそれぞれ飲み物が置かれている。

「なに言ってるのよ。リクの分は私がほとんどまとめたんじゃない」
「ナナは......まあだいぶアドバイスはしたけども、頑張った、かな?」
「ちょっとー、なんで疑問形なのよー!」

彼らが頭を悩ませながら調べたこと。
それは過去に存在していたという消滅事件。

先日、ハルが見かけた遠藤キャスターの番組から、バミューダトライアングルをはじめ、世界には過去にさまざまな消滅事件が存在していたことを知った。

しかしそれらの事件は、一時は世界を巻き込むほどの話題となったが、いつしか時代の流れの中に埋もれていき、現代では消滅に関わる怪事件の話題はほとんど聞くことはない。

都市伝説なんてそんなもんだろう、と一刀両断してしまうのは簡単なことではある。

しかしハルたちは、現実の出来事として消滅現象や【予定表】という、当時の怪事件に匹敵する現象を目の当たりにしている。

それであれば、過去の消滅事件がどういうもので、どういった顛末を迎えたのかを調べれば、今の消滅現象における何かのヒントがあるかもしれない。そう考えて、みんなで過去の代表的な消滅事件を調べてみようということになったのだ。

「それじゃまずは俺からだな。ミオ、出してくれ」
「はいはい」

そう言うと、ミオは鞄からノートを取り出し、パラパラと目的の箇所を探してリクに渡す。

「さんきゅ。えっと俺が調べたのは消滅事件としてはかなり有名な、船から人だけが消えたっていう事件だな」

リクがミオの助けを借りながら調べたのは、1872年に大西洋で発生したメアリー・セレスト号事件だ。

この事件は世界でも屈指の消失事件として知られていて、ミステリー小説の題材にも取り上げられるほど有名な事件である。ハルも消滅のことを調べている中で、名前だけは何度も見かけている。

「この船は大西洋上で無人の状態で発見されたらしいけど、食料や水、衣類や私物までそのままで、ただ人だけがいなくなった状態だったらしいぜ」

ハルもその事件の詳細を調べたことはあるが、改めて話として聞くと、その異様さがより現実味を帯びて感じられた。

「この事件の奇妙なところは、船が航行可能な状態であったこと。船内に争いの形跡がなかったこと。救命ボートが残っていなかったこと。それと航行日誌が発見の10日前で止まっていたことだ」
「つまりそれってどういうこと?」

ナナが尋ねる。

「それはだな......えーっと......」

ナナの質問に慌ててノートをめくり、回答になりそうな個所を探すのだが......

「つまりね、争いの形跡がないことから船内でのトラブルや海賊などによる襲撃ではなくて、病気の蔓延なら死体や病人が残っていてもおかしくないのに誰もいない。救命ボートがないけど航行が可能な状態なのに船から脱出する理由がない。そもそも、残されていた航行日誌にはトラブルが発生したような記載はなく、最後の日にも異常なしとされていたらしいわ」

その様子を見かねたミオがリクに代わって質問に答える。

言わなくても分かっていたことだが、リクの分をほとんどまとめたというのはそのとおりらしい。リクも特に気にする様子はなく、得意げに腕を組んでいる。

「うん、まあそういうことだ」

ミオのフォローに悪びれもせず、まるで自分の手柄のように胸を張る。

その様子に呆れたように軽い溜息をつくが、ミオの表情は決して嫌そうな顔ではなく、むしろ困った子供を見るようだ。

「この事件についての真相には諸説あって、今では突然病気が蔓延したことで、慌てて救命ボートで脱出したってことが定説になってるみたいだけど、やはり消滅現象に巻き込まれたって思うのが自然じゃないかしら」

リクの調査は、なぜかミオの言葉で締められる。
次はそのままミオが発表する。

「私は当時は消滅事件とされていたものを2つ調べてみたわ」

そう言ってテーブルに並べたのは2枚のクリアファイル。

1915年 第5ノーフォーク連隊の消失事件
1909年 SSワラタ号

ハルは「第5ノーフォーク連隊消失事件」のファイルを手に取り、書かれている内容をじっくり読もうとしたところで、ミオから「別に読む必要はないわよ」と声がかかる。

「最初に言っておくと、これらの事件は今では消滅ではないとされている説の方が有力なのよ。さっきリクが説明したメアリーセレスト号の事件はいまだに諸説あるけども有力な説は未だに出てきていないわ。でも実はそんな事件ってほとんどなくて、過去の消滅事件って、今ではほとんどが当時の調査不足で、実はなにかしらのトラブルだったってことになっているわ」

ミオの説明を聞きながらファイルの最後のページを見ると、ミオの綺麗な字で「証言や証拠に一部不審な点あり」と書かれている。

SSワラタ号のファイルを手に取り、同じように最後のページを見ると「事故や沈没となる証拠は見つかっていない」とある。

「それじゃバミューダトライアングルとかも実は消滅じゃなかったってこと?」
「大半はそうかもしれないけど、そうじゃないと思われるものもいくつかあるわ」

そう言うとハルから「第5ノーフォーク連隊消失事件」のファイルを受け取る。

「例えばこの事件は、第一次世界大戦中に進軍最中の200人以上の部隊が、丘の上で霧に包まれて忽然と姿を消したとあるの。でも......」
「でも?」

ナナが先を促すように小さく首を傾げる。

「今では戦争時の戦闘で壊滅と言うのが有力なのよ」

これがさっきミオが言っていた当時の調査不足ということなのだろうか。

「それじゃこの事件は消滅事件じゃないってことなの?」
「ところが疑問点がいくつか残ってるのよ。特に霧に包まれたっていう証言なんだけど、実はこれ、当時の資料にはそんな記述は一切残ってなくて、その証言が出てきたのが事件発生から50年も経ってからなのよ。これっておかしいと思わない?」

ミオは調査した内容とそこに感じた矛盾点をあげてファイルにまとめている。

「結果的にこの部隊は全滅していて遺体も見つかっているのよ。そんな真相が50年経ってから発表されるなら分かるけども、50年も経ってから実はあの時、霧に包まれていなくなりましただなんて、当時は戦争だったため多くの箝口令が敷かれていたらしいけども、それってあとから言い訳をする子供と同じじゃない」

なぜ50年も経ってから消滅を匂わせる証言が出てきたのか、今となってはその真相を知る術がない。あるいはそうせざるを得ない何かがあったのだろうか。

誰もすぐには言葉を返せなかった。

「それにね、戦闘で壊滅ってされてるけども全員分の遺体が発見されているわけじゃないのよ」
「それなら見つかってない分はどうなったの?」
「それについては記録がないから実際に見つかってないのか、記録がないだけなのか、それとも......」

そこまでいうと、一度言葉を止める。
その言葉の続きは聞かずともなんとなくわかる。

「最初に言ったけども、この事件をはじめ当時は消滅とされて有名になったものでも、さまざまな技術の進歩によって、大半の事件が実は消滅ではなかった、あるいは事故だったとされてるのよ。でも、それでもその中には事件として片付けてしまうには不可解な点を残すものも少なくないの。もちろん証拠がないだけで、やっぱりただの事故かもしれないけども......」

ミオはそこで言葉を区切り、スマホを開いて3人に向ける。

「私たちは実際に消滅を目の当たりにして、【予定表】という消滅を事前に知ることができる手段を持っているわ。だから解明されつつあるとはいえ、過去の事件すべてが消滅ではなかったとは言い切れない。そう思うわ」

ミオはスマホを軽く持ち上げ、そこに映る【予定表】を3人へ向けた。

しかし当然、それが彼らに見えることはない。画面にはただミオの待ち受け画像が映っているだけだった。

それでもミオは構わず、まっすぐにスマホを差し出したまま続ける。
見えるものだけが全てではない――そんな意図がそこにあるのかもしれない。

「私からは以上よ」

ここまでの2人の発表を聞き、ハルは思わず息を漏らした。

もしこれが学校からの課題であったら、ここまで熱を入れて調べるということはしないだろう。調べる対象が消滅のことだから、自分自身のことに直結することだから、ここまで真剣に調べ、そこで得た内容を更に精査しているのだろう。

そう考えると、この数日の出来事が改めて現実味を帯びてくる

リクが目の前のソフトクリームを平らげ、次のメニューを物色しているのをきっかけに一度休憩をとる。その間にもレジでは注文を待つ列が少しずつ伸び、店員たちの慌ただしい声が店内を行き交っていた。

リクはその列の後ろに並び、次はなにを頼もうか物色している。

夕方のファーストフード店は今日も盛況のようだ。

周囲から見たら、ハルたちは課題の発表会をしているように見えるだろう。
もっとも、その内容を聞けば大半の人は呆れるか、目を丸くするかのいずれかだろうが......

「それじゃ次は私だねー」

リクが新たなドリンクとポテトを持って戻ってきたところで休憩は終わり、次はナナの発表となる。

一度深呼吸すると、スマホに表示したメモへ視線を落とす。

「私は2人みたいにそんなに凄い事件は調べてないよ」

少し照れくさそうに笑いながら切り出す。

「どんなのを調べたの?」
「ミオ先輩たちが調べたような大きな事件以外にも、突然人が消えるって事件は昔からたくさんあるみたいなんだよね」

皆の視線を浴びて少し緊張しているのだろうか、一度言葉を区切る。

「日本では昔から神隠しなんてことがあったみたいだから、それを調べてみようと思ったんだけど、具体的なことは調べても分からなかったんだ。だから海外で記録が残っている事件を調べてみたんだよ」

そう言うと一つ咳ばらいをしてから、事前に準備したスマホのメモを読み上げる。

「えっと、まずはオーウェン・パーフィット失踪事件って呼ばれてる1763年に起こった事件ね。病気の後遺症で半身不随でほぼ歩けない状態になったおじいちゃんがいたんだって。6月のある日、その日は暑かったから家族がおじいちゃんの椅子を外に出してそこに座らせたんだって。で、数分目を離してたら消えちゃったって事件なんだよ」
「それって、その爺さんが自分でどこかに行っちまったんじゃねえのか?」
「普通の人ならそうかもしれないけど、このおじいちゃんは半身不随なんだよ。仮にどこかに行ったとして、わずか数分で誰にも見つからない場所に移動するなんて不可能だよ」
「誰か目撃者はいなかったの?」
「周囲には人がいたらしいけども、特に目撃者はなし。失踪後も事件や事故の可能性も含めて捜査されたらしいけども、結局本人はおろか、手がかりらしきものも見つからなかったんだって」
「だから当時は消失したってことになり、今でも有名な消失事件の一つに挙げられるらしいんだ」

話にいったん区切りがつくと、ナナが言葉を探すように少し考え込んでいたので、ハルが自然に話を引き継いだ。

「まだあるよ。1910年に起きたドロシー・アーノルド消失事件って言うのがあって、これはクリスマスの日中、ニューヨークで街中を歩いてたドロシーさんが忽然と姿を消したって事件だよ」
「消失事件って言われるくらいだから、誘拐や失踪の可能性は低いってことかしら」

ミオの質問にナナが答える。

「もちろん失踪や誘拐の可能性もあって、警察はもちろん、探偵まで雇って調査したらしいんだけども、ドロシーさんの痕跡は全く見つからなかったんだって。そもそもクリスマスじゃなくても昼間のニューヨークって時点でかなり人が多いみたいだから、その中で誘拐されたというのは考えにくいし、直前に会った友人も失踪するような雰囲気は感じなかったんだって」
「結局ドロシーさんは今でも見つかっていないみたい。もちろんこれも数ある失踪事件の一つかもしれないけどもね」

そう言って2つ目の報告を締める。

「最後は1934年に起きたヒルダ・マニックス消失事件。これもやっぱり家を出たあとに消えちゃったんだって」
「なんか説明が段々雑になってねえか?」
「だって、大体同じなんだもん」

リクの突っ込みにナナが口を尖らす。

そんなナナを「まあまあ」とたしなめると、ハルがバトンを引き継ぎ、ナナの話を補足する。

「この事件は家を出てから足取りが途絶えるまで、目撃証言がはっきりと残っているらしいんだ。これは当時の捜査官が公的に残したレポートにもあることだから間違いないと思う。でもあるところから存在がかき消えたかのようにぷっつりと足取りが途絶えたんだ」
「でも消えた瞬間を見たわけじゃないんだろ?」
「そのとおり。だから誘拐や事故などの可能性があるってことでかなり大規模な捜索がされたみたいだけど、捜査結果から突然消えたとしか思えないってことになったらしいよ」
「だから今あげた3つの話に出てきた人物は全て消滅したってこと......?」

ミオが消え入りそうな声で尋ねる。

「他にも調べたら色々分かったこともあるらしいけども、それらに共通しているのは、当時の警察もしっかり調査をしたうえで事件でも事故でもないとしていることなんだ。もちろん消滅なんて言葉は使ってないけども、そうとしか思えないというような結論に至っているんだよ。今と違って当時の調査能力には限界があっただろうから、同じ事件を現代の技術でもう一度調べれば違う結論になるかもしれないよ。だから......」

言いかけたハルの言葉に、最後の言葉までハルに取られてたまるかと、ナナが無理矢理割り込む。

「だから、私たちが見てきたような目の前で消えるっていうような事件の記録は見つからなかったけども、それに相当する事件は昔からあったってことみたいだよ」

そう言い切り話を締めると、してやったりというような顔でハルを見る。
その様子が可笑しくて、場の空気が少しだけ和らぐ。

「さて、最後は僕だけど......」

そう言って3人を見渡す。

「僕は特定の消滅事件じゃなくて、消滅事件そのものの傾向を考えてみたんだ」
「傾向?」
「最初のうちは僕も色々と調べてみたんだけど、調べるうちにあることに気付いたんだよ。だから僕が調べていた内容はそのままナナに引き継いでもらって、僕は違う視点で消滅事件を調べてみたんだ」
「ちょっと、ばらさないでよー」

突然のハルの暴露にナナが口を尖らす。
それを見て4人に笑顔の花が咲くが、それも束の間。すぐに表情を引き締めて話を続ける。

「今回調べるきっかけになったバミューダトライアングルだけど、最も有名な遭難事件であるフライト19も含めて、ほとんどの事件はヒューマンエラーによるものって説が有力になっているんだ」
「ヒューマンエラーってなに?」
「ヒューマン、つまり人間が起こしたミスだよ。さっきみんなが調べてくれた結果にもあった通り、当時の調査能力や技術力不足のせいで自分の位置を見失ったり、それによってパニックを起こしたりして、それが消滅って結果につながったってことだよ」
「要は人為的ミスによって引き起こされた消滅ってこと?」
「正しくは、当時は消滅に見えたけども、あとから調べたらヒューマンエラーが引き起こした事故だったってところかな。もちろんすべてがそうだというわけじゃないだろうけども、大半は説明が可能になっているんだよ」

ハルの言葉に3人は静まり返るが、それは無理もない。
それはつまり過去に消滅などなかったと言っているようなものだからだ。

「1900年代の前半は今よりもはるかに通信手段が乏しかったみたいなんだ。例えば船の場合、レーダーなんてものは存在していなかったから、現在地の把握は地図とコンパス、あとは太陽や星などの観測に頼るのみ。だからたとえ自分の位置を見失って見当違いのところに進んでしまったとしても、それに気付くことができなかったんだ」
「それじゃその頃の消滅ってのはスケールの大きい迷子だったってことか?」
「そうとは断言できないけども、そうなりやすい状況だったってことは間違いないよ」

リクの言う「スケールの大きい迷子」とは言いえて妙である。
苦笑いを浮かべながらハルは報告を続ける。

「今のようにGPSもなく、通信手段も限られていた時代だからこそ、一度行方が分からなくなると、それだけで「消えた」と考えられることも少なくなかったんだと思う。だから当時は、不可解な失踪が「消滅」として語られやすかったのかもしれない」
「ふーん、なるほどな」
「でもね、バミューダトライアングルが世界的に有名になったのは1940年代から1950年代なんだけど、実はこの頃を境に、世界中から消滅事件が急激に減っているんだ」
「確かに俺が調べたのもそれより前の事件だな」
「どうして?その頃になにかあったの?」

ナナの疑問はもっともだ。

ハルもそれが気になって消滅事件の傾向を調べただしたのだが、結局明確な答えは見つからなかった。だが、ヒントになりそうなことはいくつか見つかり、そこから自分なりに推測を導き出していた。

「理由はいろいろあると思うよ。例えばナナの調査にあった通り、当時の捜査能力では調べきれず消滅したんじゃないかって言われた事件でも、時代が進むにつれて技術力があがり、それまでだったら消滅したとされるようなことでも解明できるようになったってことも理由の一つだと思う」

ミオの調査にあった通り、あとになって詳しく調べ直した結果、消滅だと思われてた案件の多くが、実は事件や事故だったことが判明した例も数多くある。

「それはミオ先輩が調べてくれたような規模が大きい事件にも当てはまるよ。もちろん、そう言い切るにはいくつかの不可解な点が残るから、完全に消滅ではないって言い切ることも出来ないけどね」
「でもそうだとしてもある時期を境にぱったりと無くなるなんて、それこそ不自然だわ」
「そうなんだ。そう思って調べてみたんだけど、それって消滅事件が多く発生していた時期に関係があるみたいなんだ」
「時期?」

自分たちは消滅事件そのものを調べていたが、ハルは事件ではなくて発生時期に違和感を感じたという。消滅にも多発する時期やそうでない時期などがあるとでもいうのだろうか。

ミオが思わず漏らした言葉に頷くと、そのまま言葉を続ける。

「技術の進歩によってそういったことがなくなってきたの?」
「そう、1950年代に入るとレーダーや航空管制などによって船や飛行機の現在地は、ほぼすべて把握できるようになった。映画とかでも見たことあるでしょ、緑の丸い計器の中で線がぐるぐる回ってるやつ」
「なんか点みたいなのがピコピコ光ってるやつだね」
「そう、そうした通信網の発達で、今までだったら行方不明イコール消滅とされていたものが、実は技術不足によって見つけられなかっただけだった、ってものがその大半を占めていたことが分かってきたみたいなんだ」
「だから消滅事件がなくなったってこと?」
「それだけじゃなく、それまでに起きた消滅も次々と原因が解析されて、その大半が事件や事故だったってことが判明したみたいなんだよ」

目の前にあったドリンクの最後の氷が溶けたのだろうか。
ハルの話が途切れた静かな間にストローが軽く位置を変える。

「でもよ。俺が調べたメアリーセレスト号の事件は船だけが残って、人がそっくり消えてるんだぜ。それはどう説明するんだよ」
「それにいくら技術が発達して、過去の消滅が事件や事故だったって分かったとは言え、依然として不可解な点が残っている事件だってあるわ」
「そーだよ。私の調べた事件だって、結局詳細が分からなかったものばかりだったよ」

ハルの推論に3人が異を唱える。
それをまあまあと手で制すると、3人の顔を見渡し、ゆっくりとした口調で続ける。

「そこなんだ。いくら通信が発達しようと、それだけでは説明できないことが依然として残るんだよ。でもそれを説明できる手段が一つある。それは僕たちもよく知っていることなんだ」
「まさか......」
「そう、それが今僕たちが対峙している消滅だよ」

過去に起きていた消滅事件と今の消滅現象。
それがここで結びつく。

「今回、僕たちは過去の消滅事件から何かの参考になることがあればと思って、みんなで過去の事件を調べることにしたよね。でも調べていくうち、その大半は事件や事故などの可能性が残るもののほうが多かった。でもそれでも、やっぱり消滅としか考えられない事件もあった」
「つまり昔から消滅現象は存在していたってことね」
「そうなんだけど、それだけでこの話はおしまいじゃないんだ」
「って言うと?」

ハルはその質問には答えず、ある問いかけをする。

「さっき僕は1950年代から消滅事件がほとんど見られなくなったって言った。それは通信の発達以外にも理由があると思ったんだ。それは何だと思う?」
「理由ったって、なくなったのは通信の発達のおかげって今言ったじゃねえか」
「でも、今僕たちは消滅現象を目の当たりにしているよ。だから消滅自体はなくなってないんだよ」
「そっか、確かにその通りだな」

3人はしばらくハルの問いの答えを考えていたが、これに答えを出したのはやはりナナであった。

「もしかして......」

自分の推測に疑問と不安を感じ、それを口に出すのをためらうナナであったが、膝の上で手のひらをぐっと握りしめると、思い切って発言する。

「もしかして、それってカナメさんたちみたいな組織的なのって......関係ある?」
「おいおい、1950年代って今からは半世紀以上前だぜ。そんな前からそんな......」
「いや、言われてみればそうかもしれないわ」

リクが軽い口調でナナの言葉を否定しようとしたところ、その言葉はミオに否定される。

「この間のカナメさんの作戦では、私たちでは到底できないことを軽々とやっていたわ。でもそれが何かしらの組織によるモノだとしたら納得できるわ。それこそ警察まで動かすんだもの。むしろそうでないと納得できないわよ」

先日のことを思い出す。

カナメの冷静な指揮にトシオの柔軟な対応力。
それなりに消滅に対する経験を積んでいるつもりであったハルたちではあるが、それでもやはり自分たちは一介の高校生であるということを痛感させられた。

それらの活動が組織ぐるみのものであるならば納得できる。

「それで、組織って言うからには昨日今日できたものではないと思うし、昔から存在していたっておかしくないはずよ......ってもしかしてそれが?」
「消滅事件が最も多く報告されているのは1900年代から1930年代頃。それ以前にもあったみたいだけど、この時期が圧倒的に多い。でもここを過ぎると今度は途端に少なくなり、1950年代を過ぎるとほぼ見られなくなる。でもさっきの話にも出てきたメアリーセレスト号やノーフォーク連隊の事件みたいに、やっぱりどうしても説明できない不可解な点を残す事件も残ってたんだよ。だからこの頃から世界のどこかで消滅に対する本格的な対策が始まったんじゃないかなって思うんだ」
「でもそれって世界の話でしょ。日本では世間を騒がすような消滅事件なんて起こってないから関係ない話なんじゃない?」

確かにここまで出た話の中に日本に関係する話はなかった。

「そうなんだよ。僕が調べた中でも日本を舞台にした消滅事件は見つからなかったんだよ。でも日本には昔から神隠しのような話はあった。これって言葉が違うけども、要はなにかが消える......つまり消滅ってことだと思わない」
「あ、確かにそうだねー」
「海外で消滅事件が問題になり始めたことで、日本でも「あれは同じ現象だったのかもしれない」と考えるようになって、何らかの対応が始まった......そう考えると今の状況とも繋がる気がするんだ」

神隠し、それは人や物が忽然と姿を消す現象。
日本では文字通り、神による仕業とされているが、結果だけ見たらそれは消滅と同じ現象だ。

「でもよ、日本でそんな対応が始まったって言っても、それと世界の動きと関係なくねえか?」
「いや、関係はあるよ。だって警察すら動かす組織だよ。国家が絡んでいないわけはないよ。昔から国際連盟やICPOのように、国同士が情報交換する仕組みはある。だから消滅についても各国が情報を共有し、消滅に対抗する組織なんてものが設立されててもおかしくないよ」

ハルの推論を聞いて、リクは大きなため息をつく。

「なんかまたスケールがでかい話になってきちまったけども、それじゃなにか?消滅が世間で騒がれなくなったのは、世界の国が協力して専門組織を作って対抗してきた結果ってことか?いくらなんでも話が飛躍しすぎだろ」

リクはハルが出した推測に呆れてしまうが、ハルは真顔で反論する。

「だって僕たちは【予定表】だなんて到底説明不可能なものを手にして、消滅現象という超常現象に対抗してるんだよ。そんなあり得ない現象を目の当たりにしているんだから、むしろそれくらいは常識の範囲内だと思うよ」
「確かにね。それにそれを裏付けるようなカナメさんたちのあの活動。個人レベルでないのは当然だとしても、国やそれに近い組織でないと出来ないことだと思うわ」
「うーん......」

リクは別にハルたちに反論したいわけではない。
ただ現実の中の非日常が自分たちの生活に溶け込んできた中で、それが実は古い歴史や国を巻き込む大きな非日常であったことに戸惑いを隠せないだけである。

「でもさ......それじゃなんであの自転車の時、トシオさんは私たちの邪魔をして消滅を成立させようとしたんだろ?」

ナナが呟く。

「だって、世界中が消滅をなくすために動いてるんでしょ?それなのに消滅を成立させようだなんて矛盾してるよね」
「それもそうだけど......」

ナナが投げかけた疑問は、ここまでの前提を揺るがす新たな波紋だ。
再びハルが思考の海に飛び込もうとした時に、リクが頭を掻きながら声をあげる。

「あー、もう深く考えるのはやめよーぜ!」
「リク......」

ミオは呆れたようにリクを見つめるが、リクはそんな視線に構わず、テーブルに両手をついて身を乗り出す。

「要するに昔から消滅があって、それを何とかする組織が世界中にあるってことだろ?で、トシオさんたちはその組織で消滅に対抗するための活動をしている。とりあえずそこまででいいじゃねえか。あとはそこがどんな活動をしてるかなんてのは、その組織じゃないと分からないことで、消滅の成立ってのもなにか意味があることなんじゃねえのか?」
「でも消滅を成立させることに意味なんてあるの?」
「俺たちとトシオさんたちは立場も規模も違うんだ。分からないことはいくら考えても分からねーよ」
「リクの言う事にも一理あるわよ」

ここまでの話は別に何かを悪者にしたいわけでもなければ、世界の謎に迫りたい問う話でもない。ただ消滅に関わっているものとして、過去と現在を確認して、そこからなにかヒントを得ることができないかと思ってみただけだっだ。

それが話が進み推論を重ねるうちに、いつのまにか話の規模が大きくなり、国ぐるみ、世界ぐるみで消滅に対抗しているなどという、とんでもない話になったのだ。

それが正しいとか間違っているという問題ではない。

リクはただ、そこまで話を大きく考えることにどうしても疑問を感じてしまったのである。

「確かに消滅の成立なんてのは、私からしても容認できることではないわ。でもトシオさんたちのような組織が消滅の対処に当たっているおかげで、私たちみたいな個人では救えないようなことにでも対応できる。それはこの間のことを見てもわかるわよね」

ハルは黙ってうなずく。

「彼らが何を基準にして動いているのか分からない以上、それをここでどうこう言っても意味がない。リクはそう言ってるのよ。ね?」
「ん......ああ、そうだ」

(絶対にそんなことは考えてなかったな)

ハルとナナはそう直感するが、それはこの場では言うべきではないだろう。

「国の省庁や警察、政治家だって、私たちから見れば納得できない行動をしている人はたくさんいるわ。それに憤るのはいいけども、でもまずはそれが存在することを認め、それがある意義を考えましょ」
「でもミオ先輩は......」
「もちろん認めないわ」

ナナが言いかけた言葉は、ミオ本人がすぐさま否定する。

「でも言ったでしょ、ことはそれとこれとは別よ」
「ミオ......お前......」
「そうしないと......いつまでも前に進めないからね」

過去はいつも現在に向けてヒントと警告を与えてくれる。
それをしっかりと受け止めて、これからに活かせるかどうかは、今を生きる者たち次第だ。

ハルたちが調べた過去の消滅事件が本当に消滅だったのか、それとも単なる事故だったのか。それを知る術はもうない。

しかし、現在には間違いなく消滅は存在している。

消滅に対抗する組織の存在――。

それがあろうがなかろうが、ハルたちの活動は変わらない。

その活動を続ける中で、いつかまたトシオたちと出会う日が来るのだろうか。
その時には今よりも少しだけ、消滅に対抗する者の重みを感じていたいと思うのだった。
シェア
← 前の話
第33話 カナメの作戦・後編
次の話 →
第35話 ユウ
消滅予定表作者:こまりさ
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

第34話 消滅レポート

10月23日 夜 | ハルのバイト先

「ありがとうございました」

ハルはトレイを手に「ごちそうさま」と機嫌よく帰っていく老夫婦を見送りながら挨拶をする。そのまま別の客のテーブルへパスタを運び、ようやく先ほど空いたテーブルを片付けようとした、その時――

「すいませーん」
「あ、はい!少々お待ちください!」

別の客から声がかかり、慌ててその客の元に行くと用件を聞く。

ハルがアルバイトをしているカフェは、半月ほど前に風見市やその近郊に配布されているタウン誌に掲載された。

オーナーが作るパスタと、オーナーの奥さんが作るチーズケーキ、どちらもかなりこだわっているため、元々近隣では評判が高かったのだが、最近タウン誌に取り上げられたことで、週末はもちろん平日も大賑わいとなり、そこで働くハルたちは文字通り目の回るような忙しさであった。

この日は学校帰りの夕方から20時頃までのシフトであったが、夕方にも関わらず多くの客が訪れており、息をつく暇がないほどに動き回っているうちに、気づけばハルのシフトが終わる20時になっていた。

「お疲れ様でしたー」

エプロンを外し、店の奥で軽く伸びをしてから裏口を出る。
店を出ると、外は既に暗くなっていた。

比較的郊外にある風見市とはいえ、数十メートルおきに街灯が夜の街を照らしているので、夜の道に不便をすることはない。

先ほどまで汗ばむほど動き回っていたので、少し風が吹いている外を歩いていると、一気に肌寒さを感じてくる。肩を縮め、家に向かって歩く足を早めながら、ハルは帰ってからやるべきことを考える。

明日はみんなで調べたことを持ち寄ることになっている。
帰ってからやるべきことを頭の中で整理しながら歩いていると、スマホにメッセージが届く。

ナナからだ。

『明日のことだけど、どう?まとまった?私は全然だよ、たすけてー!』

そのメッセージを見て、「やれやれ」と優しいため息をつくと、ちょっと思案してからメッセージを返す。

『今バイト帰りだから、帰ってご飯食べてから電話するね。それまでは自力で頑張っててね』

すぐに返信が来る。

『うー、わかったよー!それじゃあとでね!』

ナナらしい返事に思わず頬を緩めると、スマホをしまう。

遠くで犬が月に向かって吠えている声が聞こえる。その声を聞きながら、さっきよりも少し足取りを軽くして、家へと向かう足を速めていく。

***

10月24日 夕方 | ファーストフード店

4人はそれぞれ注文した品を前に腰を落ち着けると、ようやく一息ついた。

「いやー、久々に頭を使ったから疲れたぜ」

リクは椅子に深く腰掛けたまま大きく背伸びをして、100メートルを全力疾走した直後のような疲労感を漂わせる。

その疲れた身体を少しでも癒そうとしているのか、今日のリクの前に並んでいるのはハンバーガーではなく山盛りのソフトクリームだった。

「私はそんなに苦手ってわけじゃないけども、全然わかんないことだから大変だったよ」

ナナの前にはジュースと小さなソフトクリーム、ハルとミオの前にもそれぞれ飲み物が置かれている。

「なに言ってるのよ。リクの分は私がほとんどまとめたんじゃない」
「ナナは......まあだいぶアドバイスはしたけども、頑張った、かな?」
「ちょっとー、なんで疑問形なのよー!」

彼らが頭を悩ませながら調べたこと。
それは過去に存在していたという消滅事件。

先日、ハルが見かけた遠藤キャスターの番組から、バミューダトライアングルをはじめ、世界には過去にさまざまな消滅事件が存在していたことを知った。

しかしそれらの事件は、一時は世界を巻き込むほどの話題となったが、いつしか時代の流れの中に埋もれていき、現代では消滅に関わる怪事件の話題はほとんど聞くことはない。

都市伝説なんてそんなもんだろう、と一刀両断してしまうのは簡単なことではある。

しかしハルたちは、現実の出来事として消滅現象や【予定表】という、当時の怪事件に匹敵する現象を目の当たりにしている。

それであれば、過去の消滅事件がどういうもので、どういった顛末を迎えたのかを調べれば、今の消滅現象における何かのヒントがあるかもしれない。そう考えて、みんなで過去の代表的な消滅事件を調べてみようということになったのだ。

「それじゃまずは俺からだな。ミオ、出してくれ」
「はいはい」

そう言うと、ミオは鞄からノートを取り出し、パラパラと目的の箇所を探してリクに渡す。

「さんきゅ。えっと俺が調べたのは消滅事件としてはかなり有名な、船から人だけが消えたっていう事件だな」

リクがミオの助けを借りながら調べたのは、1872年に大西洋で発生したメアリー・セレスト号事件だ。

この事件は世界でも屈指の消失事件として知られていて、ミステリー小説の題材にも取り上げられるほど有名な事件である。ハルも消滅のことを調べている中で、名前だけは何度も見かけている。

「この船は大西洋上で無人の状態で発見されたらしいけど、食料や水、衣類や私物までそのままで、ただ人だけがいなくなった状態だったらしいぜ」

ハルもその事件の詳細を調べたことはあるが、改めて話として聞くと、その異様さがより現実味を帯びて感じられた。

「この事件の奇妙なところは、船が航行可能な状態であったこと。船内に争いの形跡がなかったこと。救命ボートが残っていなかったこと。それと航行日誌が発見の10日前で止まっていたことだ」
「つまりそれってどういうこと?」

ナナが尋ねる。

「それはだな......えーっと......」

ナナの質問に慌ててノートをめくり、回答になりそうな個所を探すのだが......

「つまりね、争いの形跡がないことから船内でのトラブルや海賊などによる襲撃ではなくて、病気の蔓延なら死体や病人が残っていてもおかしくないのに誰もいない。救命ボートがないけど航行が可能な状態なのに船から脱出する理由がない。そもそも、残されていた航行日誌にはトラブルが発生したような記載はなく、最後の日にも異常なしとされていたらしいわ」

その様子を見かねたミオがリクに代わって質問に答える。

言わなくても分かっていたことだが、リクの分をほとんどまとめたというのはそのとおりらしい。リクも特に気にする様子はなく、得意げに腕を組んでいる。

「うん、まあそういうことだ」

ミオのフォローに悪びれもせず、まるで自分の手柄のように胸を張る。

その様子に呆れたように軽い溜息をつくが、ミオの表情は決して嫌そうな顔ではなく、むしろ困った子供を見るようだ。

「この事件についての真相には諸説あって、今では突然病気が蔓延したことで、慌てて救命ボートで脱出したってことが定説になってるみたいだけど、やはり消滅現象に巻き込まれたって思うのが自然じゃないかしら」

リクの調査は、なぜかミオの言葉で締められる。
次はそのままミオが発表する。

「私は当時は消滅事件とされていたものを2つ調べてみたわ」

そう言ってテーブルに並べたのは2枚のクリアファイル。

1915年 第5ノーフォーク連隊の消失事件
1909年 SSワラタ号

ハルは「第5ノーフォーク連隊消失事件」のファイルを手に取り、書かれている内容をじっくり読もうとしたところで、ミオから「別に読む必要はないわよ」と声がかかる。

「最初に言っておくと、これらの事件は今では消滅ではないとされている説の方が有力なのよ。さっきリクが説明したメアリーセレスト号の事件はいまだに諸説あるけども有力な説は未だに出てきていないわ。でも実はそんな事件ってほとんどなくて、過去の消滅事件って、今ではほとんどが当時の調査不足で、実はなにかしらのトラブルだったってことになっているわ」

ミオの説明を聞きながらファイルの最後のページを見ると、ミオの綺麗な字で「証言や証拠に一部不審な点あり」と書かれている。

SSワラタ号のファイルを手に取り、同じように最後のページを見ると「事故や沈没となる証拠は見つかっていない」とある。

「それじゃバミューダトライアングルとかも実は消滅じゃなかったってこと?」
「大半はそうかもしれないけど、そうじゃないと思われるものもいくつかあるわ」

そう言うとハルから「第5ノーフォーク連隊消失事件」のファイルを受け取る。

「例えばこの事件は、第一次世界大戦中に進軍最中の200人以上の部隊が、丘の上で霧に包まれて忽然と姿を消したとあるの。でも......」
「でも?」

ナナが先を促すように小さく首を傾げる。

「今では戦争時の戦闘で壊滅と言うのが有力なのよ」

これがさっきミオが言っていた当時の調査不足ということなのだろうか。

「それじゃこの事件は消滅事件じゃないってことなの?」
「ところが疑問点がいくつか残ってるのよ。特に霧に包まれたっていう証言なんだけど、実はこれ、当時の資料にはそんな記述は一切残ってなくて、その証言が出てきたのが事件発生から50年も経ってからなのよ。これっておかしいと思わない?」

ミオは調査した内容とそこに感じた矛盾点をあげてファイルにまとめている。

「結果的にこの部隊は全滅していて遺体も見つかっているのよ。そんな真相が50年経ってから発表されるなら分かるけども、50年も経ってから実はあの時、霧に包まれていなくなりましただなんて、当時は戦争だったため多くの箝口令が敷かれていたらしいけども、それってあとから言い訳をする子供と同じじゃない」

なぜ50年も経ってから消滅を匂わせる証言が出てきたのか、今となってはその真相を知る術がない。あるいはそうせざるを得ない何かがあったのだろうか。

誰もすぐには言葉を返せなかった。

「それにね、戦闘で壊滅ってされてるけども全員分の遺体が発見されているわけじゃないのよ」
「それなら見つかってない分はどうなったの?」
「それについては記録がないから実際に見つかってないのか、記録がないだけなのか、それとも......」

そこまでいうと、一度言葉を止める。
その言葉の続きは聞かずともなんとなくわかる。

「最初に言ったけども、この事件をはじめ当時は消滅とされて有名になったものでも、さまざまな技術の進歩によって、大半の事件が実は消滅ではなかった、あるいは事故だったとされてるのよ。でも、それでもその中には事件として片付けてしまうには不可解な点を残すものも少なくないの。もちろん証拠がないだけで、やっぱりただの事故かもしれないけども......」

ミオはそこで言葉を区切り、スマホを開いて3人に向ける。

「私たちは実際に消滅を目の当たりにして、【予定表】という消滅を事前に知ることができる手段を持っているわ。だから解明されつつあるとはいえ、過去の事件すべてが消滅ではなかったとは言い切れない。そう思うわ」

ミオはスマホを軽く持ち上げ、そこに映る【予定表】を3人へ向けた。

しかし当然、それが彼らに見えることはない。画面にはただミオの待ち受け画像が映っているだけだった。

それでもミオは構わず、まっすぐにスマホを差し出したまま続ける。
見えるものだけが全てではない――そんな意図がそこにあるのかもしれない。

「私からは以上よ」

ここまでの2人の発表を聞き、ハルは思わず息を漏らした。

もしこれが学校からの課題であったら、ここまで熱を入れて調べるということはしないだろう。調べる対象が消滅のことだから、自分自身のことに直結することだから、ここまで真剣に調べ、そこで得た内容を更に精査しているのだろう。

そう考えると、この数日の出来事が改めて現実味を帯びてくる

リクが目の前のソフトクリームを平らげ、次のメニューを物色しているのをきっかけに一度休憩をとる。その間にもレジでは注文を待つ列が少しずつ伸び、店員たちの慌ただしい声が店内を行き交っていた。

リクはその列の後ろに並び、次はなにを頼もうか物色している。

夕方のファーストフード店は今日も盛況のようだ。

周囲から見たら、ハルたちは課題の発表会をしているように見えるだろう。
もっとも、その内容を聞けば大半の人は呆れるか、目を丸くするかのいずれかだろうが......

「それじゃ次は私だねー」

リクが新たなドリンクとポテトを持って戻ってきたところで休憩は終わり、次はナナの発表となる。

一度深呼吸すると、スマホに表示したメモへ視線を落とす。

「私は2人みたいにそんなに凄い事件は調べてないよ」

少し照れくさそうに笑いながら切り出す。

「どんなのを調べたの?」
「ミオ先輩たちが調べたような大きな事件以外にも、突然人が消えるって事件は昔からたくさんあるみたいなんだよね」

皆の視線を浴びて少し緊張しているのだろうか、一度言葉を区切る。

「日本では昔から神隠しなんてことがあったみたいだから、それを調べてみようと思ったんだけど、具体的なことは調べても分からなかったんだ。だから海外で記録が残っている事件を調べてみたんだよ」

そう言うと一つ咳ばらいをしてから、事前に準備したスマホのメモを読み上げる。

「えっと、まずはオーウェン・パーフィット失踪事件って呼ばれてる1763年に起こった事件ね。病気の後遺症で半身不随でほぼ歩けない状態になったおじいちゃんがいたんだって。6月のある日、その日は暑かったから家族がおじいちゃんの椅子を外に出してそこに座らせたんだって。で、数分目を離してたら消えちゃったって事件なんだよ」
「それって、その爺さんが自分でどこかに行っちまったんじゃねえのか?」
「普通の人ならそうかもしれないけど、このおじいちゃんは半身不随なんだよ。仮にどこかに行ったとして、わずか数分で誰にも見つからない場所に移動するなんて不可能だよ」
「誰か目撃者はいなかったの?」
「周囲には人がいたらしいけども、特に目撃者はなし。失踪後も事件や事故の可能性も含めて捜査されたらしいけども、結局本人はおろか、手がかりらしきものも見つからなかったんだって」
「だから当時は消失したってことになり、今でも有名な消失事件の一つに挙げられるらしいんだ」

話にいったん区切りがつくと、ナナが言葉を探すように少し考え込んでいたので、ハルが自然に話を引き継いだ。

「まだあるよ。1910年に起きたドロシー・アーノルド消失事件って言うのがあって、これはクリスマスの日中、ニューヨークで街中を歩いてたドロシーさんが忽然と姿を消したって事件だよ」
「消失事件って言われるくらいだから、誘拐や失踪の可能性は低いってことかしら」

ミオの質問にナナが答える。

「もちろん失踪や誘拐の可能性もあって、警察はもちろん、探偵まで雇って調査したらしいんだけども、ドロシーさんの痕跡は全く見つからなかったんだって。そもそもクリスマスじゃなくても昼間のニューヨークって時点でかなり人が多いみたいだから、その中で誘拐されたというのは考えにくいし、直前に会った友人も失踪するような雰囲気は感じなかったんだって」
「結局ドロシーさんは今でも見つかっていないみたい。もちろんこれも数ある失踪事件の一つかもしれないけどもね」

そう言って2つ目の報告を締める。

「最後は1934年に起きたヒルダ・マニックス消失事件。これもやっぱり家を出たあとに消えちゃったんだって」
「なんか説明が段々雑になってねえか?」
「だって、大体同じなんだもん」

リクの突っ込みにナナが口を尖らす。

そんなナナを「まあまあ」とたしなめると、ハルがバトンを引き継ぎ、ナナの話を補足する。

「この事件は家を出てから足取りが途絶えるまで、目撃証言がはっきりと残っているらしいんだ。これは当時の捜査官が公的に残したレポートにもあることだから間違いないと思う。でもあるところから存在がかき消えたかのようにぷっつりと足取りが途絶えたんだ」
「でも消えた瞬間を見たわけじゃないんだろ?」
「そのとおり。だから誘拐や事故などの可能性があるってことでかなり大規模な捜索がされたみたいだけど、捜査結果から突然消えたとしか思えないってことになったらしいよ」
「だから今あげた3つの話に出てきた人物は全て消滅したってこと......?」

ミオが消え入りそうな声で尋ねる。

「他にも調べたら色々分かったこともあるらしいけども、それらに共通しているのは、当時の警察もしっかり調査をしたうえで事件でも事故でもないとしていることなんだ。もちろん消滅なんて言葉は使ってないけども、そうとしか思えないというような結論に至っているんだよ。今と違って当時の調査能力には限界があっただろうから、同じ事件を現代の技術でもう一度調べれば違う結論になるかもしれないよ。だから......」

言いかけたハルの言葉に、最後の言葉までハルに取られてたまるかと、ナナが無理矢理割り込む。

「だから、私たちが見てきたような目の前で消えるっていうような事件の記録は見つからなかったけども、それに相当する事件は昔からあったってことみたいだよ」

そう言い切り話を締めると、してやったりというような顔でハルを見る。
その様子が可笑しくて、場の空気が少しだけ和らぐ。

「さて、最後は僕だけど......」

そう言って3人を見渡す。

「僕は特定の消滅事件じゃなくて、消滅事件そのものの傾向を考えてみたんだ」
「傾向?」
「最初のうちは僕も色々と調べてみたんだけど、調べるうちにあることに気付いたんだよ。だから僕が調べていた内容はそのままナナに引き継いでもらって、僕は違う視点で消滅事件を調べてみたんだ」
「ちょっと、ばらさないでよー」

突然のハルの暴露にナナが口を尖らす。
それを見て4人に笑顔の花が咲くが、それも束の間。すぐに表情を引き締めて話を続ける。

「今回調べるきっかけになったバミューダトライアングルだけど、最も有名な遭難事件であるフライト19も含めて、ほとんどの事件はヒューマンエラーによるものって説が有力になっているんだ」
「ヒューマンエラーってなに?」
「ヒューマン、つまり人間が起こしたミスだよ。さっきみんなが調べてくれた結果にもあった通り、当時の調査能力や技術力不足のせいで自分の位置を見失ったり、それによってパニックを起こしたりして、それが消滅って結果につながったってことだよ」
「要は人為的ミスによって引き起こされた消滅ってこと?」
「正しくは、当時は消滅に見えたけども、あとから調べたらヒューマンエラーが引き起こした事故だったってところかな。もちろんすべてがそうだというわけじゃないだろうけども、大半は説明が可能になっているんだよ」

ハルの言葉に3人は静まり返るが、それは無理もない。
それはつまり過去に消滅などなかったと言っているようなものだからだ。

「1900年代の前半は今よりもはるかに通信手段が乏しかったみたいなんだ。例えば船の場合、レーダーなんてものは存在していなかったから、現在地の把握は地図とコンパス、あとは太陽や星などの観測に頼るのみ。だからたとえ自分の位置を見失って見当違いのところに進んでしまったとしても、それに気付くことができなかったんだ」
「それじゃその頃の消滅ってのはスケールの大きい迷子だったってことか?」
「そうとは断言できないけども、そうなりやすい状況だったってことは間違いないよ」

リクの言う「スケールの大きい迷子」とは言いえて妙である。
苦笑いを浮かべながらハルは報告を続ける。

「今のようにGPSもなく、通信手段も限られていた時代だからこそ、一度行方が分からなくなると、それだけで「消えた」と考えられることも少なくなかったんだと思う。だから当時は、不可解な失踪が「消滅」として語られやすかったのかもしれない」
「ふーん、なるほどな」
「でもね、バミューダトライアングルが世界的に有名になったのは1940年代から1950年代なんだけど、実はこの頃を境に、世界中から消滅事件が急激に減っているんだ」
「確かに俺が調べたのもそれより前の事件だな」
「どうして?その頃になにかあったの?」

ナナの疑問はもっともだ。

ハルもそれが気になって消滅事件の傾向を調べただしたのだが、結局明確な答えは見つからなかった。だが、ヒントになりそうなことはいくつか見つかり、そこから自分なりに推測を導き出していた。

「理由はいろいろあると思うよ。例えばナナの調査にあった通り、当時の捜査能力では調べきれず消滅したんじゃないかって言われた事件でも、時代が進むにつれて技術力があがり、それまでだったら消滅したとされるようなことでも解明できるようになったってことも理由の一つだと思う」

ミオの調査にあった通り、あとになって詳しく調べ直した結果、消滅だと思われてた案件の多くが、実は事件や事故だったことが判明した例も数多くある。

「それはミオ先輩が調べてくれたような規模が大きい事件にも当てはまるよ。もちろん、そう言い切るにはいくつかの不可解な点が残るから、完全に消滅ではないって言い切ることも出来ないけどね」
「でもそうだとしてもある時期を境にぱったりと無くなるなんて、それこそ不自然だわ」
「そうなんだ。そう思って調べてみたんだけど、それって消滅事件が多く発生していた時期に関係があるみたいなんだ」
「時期?」

自分たちは消滅事件そのものを調べていたが、ハルは事件ではなくて発生時期に違和感を感じたという。消滅にも多発する時期やそうでない時期などがあるとでもいうのだろうか。

ミオが思わず漏らした言葉に頷くと、そのまま言葉を続ける。

「技術の進歩によってそういったことがなくなってきたの?」
「そう、1950年代に入るとレーダーや航空管制などによって船や飛行機の現在地は、ほぼすべて把握できるようになった。映画とかでも見たことあるでしょ、緑の丸い計器の中で線がぐるぐる回ってるやつ」
「なんか点みたいなのがピコピコ光ってるやつだね」
「そう、そうした通信網の発達で、今までだったら行方不明イコール消滅とされていたものが、実は技術不足によって見つけられなかっただけだった、ってものがその大半を占めていたことが分かってきたみたいなんだ」
「だから消滅事件がなくなったってこと?」
「それだけじゃなく、それまでに起きた消滅も次々と原因が解析されて、その大半が事件や事故だったってことが判明したみたいなんだよ」

目の前にあったドリンクの最後の氷が溶けたのだろうか。
ハルの話が途切れた静かな間にストローが軽く位置を変える。

「でもよ。俺が調べたメアリーセレスト号の事件は船だけが残って、人がそっくり消えてるんだぜ。それはどう説明するんだよ」
「それにいくら技術が発達して、過去の消滅が事件や事故だったって分かったとは言え、依然として不可解な点が残っている事件だってあるわ」
「そーだよ。私の調べた事件だって、結局詳細が分からなかったものばかりだったよ」

ハルの推論に3人が異を唱える。
それをまあまあと手で制すると、3人の顔を見渡し、ゆっくりとした口調で続ける。

「そこなんだ。いくら通信が発達しようと、それだけでは説明できないことが依然として残るんだよ。でもそれを説明できる手段が一つある。それは僕たちもよく知っていることなんだ」
「まさか......」
「そう、それが今僕たちが対峙している消滅だよ」

過去に起きていた消滅事件と今の消滅現象。
それがここで結びつく。

「今回、僕たちは過去の消滅事件から何かの参考になることがあればと思って、みんなで過去の事件を調べることにしたよね。でも調べていくうち、その大半は事件や事故などの可能性が残るもののほうが多かった。でもそれでも、やっぱり消滅としか考えられない事件もあった」
「つまり昔から消滅現象は存在していたってことね」
「そうなんだけど、それだけでこの話はおしまいじゃないんだ」
「って言うと?」

ハルはその質問には答えず、ある問いかけをする。

「さっき僕は1950年代から消滅事件がほとんど見られなくなったって言った。それは通信の発達以外にも理由があると思ったんだ。それは何だと思う?」
「理由ったって、なくなったのは通信の発達のおかげって今言ったじゃねえか」
「でも、今僕たちは消滅現象を目の当たりにしているよ。だから消滅自体はなくなってないんだよ」
「そっか、確かにその通りだな」

3人はしばらくハルの問いの答えを考えていたが、これに答えを出したのはやはりナナであった。

「もしかして......」

自分の推測に疑問と不安を感じ、それを口に出すのをためらうナナであったが、膝の上で手のひらをぐっと握りしめると、思い切って発言する。

「もしかして、それってカナメさんたちみたいな組織的なのって......関係ある?」
「おいおい、1950年代って今からは半世紀以上前だぜ。そんな前からそんな......」
「いや、言われてみればそうかもしれないわ」

リクが軽い口調でナナの言葉を否定しようとしたところ、その言葉はミオに否定される。

「この間のカナメさんの作戦では、私たちでは到底できないことを軽々とやっていたわ。でもそれが何かしらの組織によるモノだとしたら納得できるわ。それこそ警察まで動かすんだもの。むしろそうでないと納得できないわよ」

先日のことを思い出す。

カナメの冷静な指揮にトシオの柔軟な対応力。
それなりに消滅に対する経験を積んでいるつもりであったハルたちではあるが、それでもやはり自分たちは一介の高校生であるということを痛感させられた。

それらの活動が組織ぐるみのものであるならば納得できる。

「それで、組織って言うからには昨日今日できたものではないと思うし、昔から存在していたっておかしくないはずよ......ってもしかしてそれが?」
「消滅事件が最も多く報告されているのは1900年代から1930年代頃。それ以前にもあったみたいだけど、この時期が圧倒的に多い。でもここを過ぎると今度は途端に少なくなり、1950年代を過ぎるとほぼ見られなくなる。でもさっきの話にも出てきたメアリーセレスト号やノーフォーク連隊の事件みたいに、やっぱりどうしても説明できない不可解な点を残す事件も残ってたんだよ。だからこの頃から世界のどこかで消滅に対する本格的な対策が始まったんじゃないかなって思うんだ」
「でもそれって世界の話でしょ。日本では世間を騒がすような消滅事件なんて起こってないから関係ない話なんじゃない?」

確かにここまで出た話の中に日本に関係する話はなかった。

「そうなんだよ。僕が調べた中でも日本を舞台にした消滅事件は見つからなかったんだよ。でも日本には昔から神隠しのような話はあった。これって言葉が違うけども、要はなにかが消える......つまり消滅ってことだと思わない」
「あ、確かにそうだねー」
「海外で消滅事件が問題になり始めたことで、日本でも「あれは同じ現象だったのかもしれない」と考えるようになって、何らかの対応が始まった......そう考えると今の状況とも繋がる気がするんだ」

神隠し、それは人や物が忽然と姿を消す現象。
日本では文字通り、神による仕業とされているが、結果だけ見たらそれは消滅と同じ現象だ。

「でもよ、日本でそんな対応が始まったって言っても、それと世界の動きと関係なくねえか?」
「いや、関係はあるよ。だって警察すら動かす組織だよ。国家が絡んでいないわけはないよ。昔から国際連盟やICPOのように、国同士が情報交換する仕組みはある。だから消滅についても各国が情報を共有し、消滅に対抗する組織なんてものが設立されててもおかしくないよ」

ハルの推論を聞いて、リクは大きなため息をつく。

「なんかまたスケールがでかい話になってきちまったけども、それじゃなにか?消滅が世間で騒がれなくなったのは、世界の国が協力して専門組織を作って対抗してきた結果ってことか?いくらなんでも話が飛躍しすぎだろ」

リクはハルが出した推測に呆れてしまうが、ハルは真顔で反論する。

「だって僕たちは【予定表】だなんて到底説明不可能なものを手にして、消滅現象という超常現象に対抗してるんだよ。そんなあり得ない現象を目の当たりにしているんだから、むしろそれくらいは常識の範囲内だと思うよ」
「確かにね。それにそれを裏付けるようなカナメさんたちのあの活動。個人レベルでないのは当然だとしても、国やそれに近い組織でないと出来ないことだと思うわ」
「うーん......」

リクは別にハルたちに反論したいわけではない。
ただ現実の中の非日常が自分たちの生活に溶け込んできた中で、それが実は古い歴史や国を巻き込む大きな非日常であったことに戸惑いを隠せないだけである。

「でもさ......それじゃなんであの自転車の時、トシオさんは私たちの邪魔をして消滅を成立させようとしたんだろ?」

ナナが呟く。

「だって、世界中が消滅をなくすために動いてるんでしょ?それなのに消滅を成立させようだなんて矛盾してるよね」
「それもそうだけど......」

ナナが投げかけた疑問は、ここまでの前提を揺るがす新たな波紋だ。
再びハルが思考の海に飛び込もうとした時に、リクが頭を掻きながら声をあげる。

「あー、もう深く考えるのはやめよーぜ!」
「リク......」

ミオは呆れたようにリクを見つめるが、リクはそんな視線に構わず、テーブルに両手をついて身を乗り出す。

「要するに昔から消滅があって、それを何とかする組織が世界中にあるってことだろ?で、トシオさんたちはその組織で消滅に対抗するための活動をしている。とりあえずそこまででいいじゃねえか。あとはそこがどんな活動をしてるかなんてのは、その組織じゃないと分からないことで、消滅の成立ってのもなにか意味があることなんじゃねえのか?」
「でも消滅を成立させることに意味なんてあるの?」
「俺たちとトシオさんたちは立場も規模も違うんだ。分からないことはいくら考えても分からねーよ」
「リクの言う事にも一理あるわよ」

ここまでの話は別に何かを悪者にしたいわけでもなければ、世界の謎に迫りたい問う話でもない。ただ消滅に関わっているものとして、過去と現在を確認して、そこからなにかヒントを得ることができないかと思ってみただけだっだ。

それが話が進み推論を重ねるうちに、いつのまにか話の規模が大きくなり、国ぐるみ、世界ぐるみで消滅に対抗しているなどという、とんでもない話になったのだ。

それが正しいとか間違っているという問題ではない。

リクはただ、そこまで話を大きく考えることにどうしても疑問を感じてしまったのである。

「確かに消滅の成立なんてのは、私からしても容認できることではないわ。でもトシオさんたちのような組織が消滅の対処に当たっているおかげで、私たちみたいな個人では救えないようなことにでも対応できる。それはこの間のことを見てもわかるわよね」

ハルは黙ってうなずく。

「彼らが何を基準にして動いているのか分からない以上、それをここでどうこう言っても意味がない。リクはそう言ってるのよ。ね?」
「ん......ああ、そうだ」

(絶対にそんなことは考えてなかったな)

ハルとナナはそう直感するが、それはこの場では言うべきではないだろう。

「国の省庁や警察、政治家だって、私たちから見れば納得できない行動をしている人はたくさんいるわ。それに憤るのはいいけども、でもまずはそれが存在することを認め、それがある意義を考えましょ」
「でもミオ先輩は......」
「もちろん認めないわ」

ナナが言いかけた言葉は、ミオ本人がすぐさま否定する。

「でも言ったでしょ、ことはそれとこれとは別よ」
「ミオ......お前......」
「そうしないと......いつまでも前に進めないからね」

過去はいつも現在に向けてヒントと警告を与えてくれる。
それをしっかりと受け止めて、これからに活かせるかどうかは、今を生きる者たち次第だ。

ハルたちが調べた過去の消滅事件が本当に消滅だったのか、それとも単なる事故だったのか。それを知る術はもうない。

しかし、現在には間違いなく消滅は存在している。

消滅に対抗する組織の存在――。

それがあろうがなかろうが、ハルたちの活動は変わらない。

その活動を続ける中で、いつかまたトシオたちと出会う日が来るのだろうか。
その時には今よりも少しだけ、消滅に対抗する者の重みを感じていたいと思うのだった。
シェア
次の話第35話 ユウ
消滅予定表作者:こまりさ
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません