第35話 ユウ
???
それはここではないどこか。
宇宙空間のように上下の概念がなく、地球上のような陸や海もない。
ただ何もない空間。
そこには周囲一面に大小さまざまな画面が無数に存在していて、この世にある全てのものが映し出されていた。
映し出されているものは大きく分けると2つに分類される。
一つは生物。
年齢、性別、人種、国籍を問わず、さまざまなヒトから犬猫などの愛玩動物、自然界に生息する野生動物、昆虫、はては植物に至るまで、世界に存在する全ての生物がそこに映し出されていた。
もう一つは無機物。
世界中に存在するさまざまな物体。それは建築物であったり、些細な小物であったり、見たこともないような古代遺跡から日常用品までさまざまな無機物が映し出されていた。
画面に映る存在が活動を停止、あるいは破壊されるとその画面は消滅するが、新たな存在が生み出されるとそれに伴いいつのまにか新たな画面が誕生する。
そうやってこの空間の画面は増減を繰り返していた。
その中心に白いモヤのようなものが存在していた。
その白いモヤは周囲に存在する画面を監視していた。
そしてなにかのきっかけで画面が空間にあふれそうになった時には、その一部を間引き、減りすぎた時にはそれ以上減らないよう保護する。
しかし直接的な介入はしない。
画面の中の存在が自らそうなるよう、その意識や環境へ働きかけ導いていく。
そうやってこの空間の均衡を保っていた。
時折、娯楽のために他の存在を害するものが現れる。
なぜ現れるかは分からない。
多種多様な存在があれば、そういった行動をとるものがいることもあるだろう。
白いモヤはそう理解していたが、その存在を容認するわけにはいかない。
しかし白いモヤはそうした存在に対しても直接介入はしない。
周囲の意識や害なす存在の環境に働きかけ、それが自ら活動を停止するように誘導するのだ。
稀に害なす存在が爆発的に増えることがあるが、白いモヤは一つしか存在していない。
対処を思案した白いモヤは、自分の分身を作りそれを放つことにした。
白いモヤ自身は直接介入はしないが、分身体であればその限りではない。
そうやって害ある存在を直接的に間引いていくことにした。
分身体は害なす存在をある程度間引くと、自然に消滅するように作られた。
そうしてこの空間の均衡は再び守られる。
しかし放った分身体の中から白いモヤの意識を離れる個体が現れた。
それは暴走し、害をなさない存在まで消滅させていく。
幸いある程度経つと自然消滅することは変わらないのだが、消滅を待っていては意図しない多くのものが間引かれてしまう。
白いモヤは直接的な介入はしないが、間接的な介入であればその限りではない。
そこで画面が映す生物に、分身が行おうとしている行動を知らせることにした。
彼らに分身が消滅するまで、その行動を防いでもらおうと考えたのだ。
その行動は成功し、やがて暴走した個体は消滅する。
改めて白いモヤは考えた。
なぜ分身体が暴走したのだろう、と。
そして思いつく。
分身体が暴走をはじめた時、それは白いモヤが害なす存在の根絶方法を思案し、とある結論を導き出した時と同時であった。
何度も間引いても誕生する害なす存在を完全に根絶するためには、害なす存在や暴走した分身体が存在してしまうこの空間を全て滅してしまうべきではないのかと。
そうしてすべてを無に帰してから再構築するほうが良いのではないかと。
そうした意識が一部の分身体に入り込んだ結果、その分身体は暴走したのだと。
しかし白いモヤは悩んでいた。
それはある意味では正しいのかもしれない。
しかしそのために害なす存在だけではなく、無害な存在までも滅してしまうことが本当に正しいことなのかと。
そして何度目かの害なす増殖と分身体の暴走。
いくら抑え込もうとしても暴走する分身体は生まれてしまう。
白いモヤの結論は変わらないからだ。
今回もまた画面に映る生物へ伝え、収束を試みる。
何度繰り返したか分からないこの流れは、やがて少しずつ様子を変える。
暴走した分身体が、害なす存在だけでなく害のない存在まで次々と消滅させはじめたのだ。
このままではこの空間に存在するすべての存在が消滅してしまう。
白いモヤはこの世界の観測者。
世界の行く末を観測を保つもの。
観測者が出来ることは自らの意志を、そこに存在するものたちに伝えることのみ。
自らの意思に触れるものが現れることを願って――。
***
10月25日 | 西峰区
「どいつもこいつもしけたこと考えてんなー」
珍しくデスクに座り、肩肘をつきながらパソコンの画面を眺めているトシオは、そこに書かれていることに対して思うことをそのまま口に出す。
「いいからしっかりと調べろ」
「あいよー」
隣のデスクでは、カナメがキーボードからカタカタと小気味の良い音を立ててレポートをまとめている。
その音はしばらく部屋の中に鳴り響いていたが、不意に音が止まると、カナメはデスクを離れ、この部屋の主のもとに向かう。
「室長、よろしいですか?」
サトルはノートパソコンから目を離して目の前に立つカナメを見ると、デスクの上で肘をついて指を組む。
「なんだ?」
「依頼されていた調査結果がまとまりましたので共有しました。確認をお願いします」
「ん、分かった」
そう言うとノートパソコンを叩き、目当てのファイルを見つける。
ファイルを開くと、眉間のしわを深めながらカナメがまとめた内容に目を通し始めるが、目の前にいるカナメはサトルからの指示を待っているのだろうか、そのまま動かない。
「読み終えたら声をかけるから待機していてくれ」
「分かりました」
サトルの言葉でカナメはようやくデスクに戻ると、視線をパソコンに戻して本格的に調査結果を精査していく。
それからしばらく部屋の中ではマウスやキーボードを叩く音だけが響く。
時折、トシオからは「こいつもかよ」などという野次のような声が聞こえ、その度にそれをカナメにたしなめられる。
そんないつものやり取りに集中力を乱されることもなく、時折コーヒーをすすり、ファイルを読み進めていく。
やがて何度目かのトシオの野次をカナメがたしなめようとした時に、サトルがカナメを呼び出す。
「で、どうなんだい、ボス」
なぜか一緒についてきたトシオが、いつもの軽い口調でカナメよりも先に要件を尋ねる。
それをたしなめようとしたカナメを「いいんだ」と制すると、サトルが調査結果に目をやりながらカナメに問う。
「最近増加傾向にある終末思想は、20世紀末に流行した終末論などではなく、消滅現象に起因するということだが」
「はい、そのとおりです」
サトルはSNSなどに消滅に関する話題が増え始めていることに気づいた。
サトルたちの組織により消滅という現象は公には存在しないとされているが、それでも消滅現象は今もどこかで発生している。
それを偶然目にしてしまうのものはきっといるだろうし、個人でも簡単に世間に情報が発信できるこの時代において「人の口に戸は立てられない」という諺にもあるとおり、噂程度の情報が世に広まることを抑え込むことなどはできない。
マスコミなどのそれなりに影響力を持つところに対しては、組織がそれとなく牽制をしているという話ではあるが、個人の噂程度であれば情報統制を行う方が不自然であると組織は判断していた。
しかしサトルが見つけた今回のそれは、噂程度では済まないものであった。
それには【予定表】や消滅現象に関するさまざまなことが書かれていたが、知らない者が見ればちょっと話が飛躍したオカルト話にしか過ぎないものだが、分かるものから見れば、それは正しく真実である。
抽象的な物言いが一部の者の興味を引き、それに端を発したさまざまな憶測などが飛び交っていて、まだごく一部の中ではあるが、それはちょっとした話題となっていた。
SNSなどは所詮は民間情報である。
昨今では官公庁なども公式アカウントを開設して情報の発信は行っているものの、そこに飛び交う情報は有象無象のもの。それを情報源にして動くなどということは、よほど確固たる証拠や信頼できる筋からの情報であることが確認できない限りはあり得ない。
しかし、そういうところにこそ真実が隠されているのではないかと考えたサトルは、カナメにSNSに散見される消滅関係の話題の調査を命じていたのだ。
「それでその情報のもとになっているのが、ここにあるユウなる人物ということか」
「それ、俺もさっき見たぞ。なんかわけ分かんねえし、しけたことばっか書いているやつだろ?」
「しけたことかどうかは分からんが、わけが分からないというのはそのとおりだな」
お前と同じ意見なのは癪だがな、と付け加えながらも、カナメはその意見に同意する。
「調査結果では確かに一見するとわけが分からない抽象的なことが多いようだが......」
サトルはそう言いながらカナメの報告を目で追う。
「これはすべて【予定表】と関与者のことを指しているな」
「やはり......」
調査結果をまとめながら、うすうすとそのことに気付いていたカナメであったが、サトルの言葉でそれが間違いでなかったことを少しだけ嬉しく思う。
「それじゃ、そのユウってやつは何者なんだよ?」
「それは......」
サトルの突っ込みに言葉を詰まらす。
「どうした。カナメのことだからそれくらいは調査済みではないのか?」
片方の眉をあげながらサトルもカナメに問う。
「それがですね......」
サトルもトシオも特に威圧しているつもりはない。
それでもカナメは肩を縮める。
その様子にトシオは「続けろ」と先を促すが、ようやく出てきたのは先ほどとは異なる控え目な声だった。
「書き込みの履歴から所在を割り出そうと試みたのですが......」
「どうした。なにか都合が悪いことでもあるのか」
歯切れが悪いカナメにさすがにしびれを切らしたサトルが答えを催促する。
「存在しないんです」
ようやく出てきた答えは意味が分からないものだった。
「どういうことだ?」
「言葉通りです。通常であれば、書き込み内容から痕跡をたどっていけば、どこから書き込まれたものか分かります。そうすればそのエリアを管轄している役所をハッキング、さらには周囲の監視カメラなどから情報を抜き出し、個人を特定することが可能です。しかしこのユウという人物の書き込み、痕跡は残っているものの、それはすべて途中までしかないんです」
「えっと......俺にもわかるように説明してくれねえかな?」
そういった話には疎いトシオは、珍しく低姿勢でカナメに解説を求める。
その様子に少しだけ笑みを漏らすが、すぐに表情を引き締める。
「つまりだな。この書き込みはいくつも経由しているはずのプロキシ......と言っても伝わらないな。つまり端的にいうと書かれた痕跡がまったく無いんだ。これは例えるならガソリンを入れてないのにエンジンがかかる車みたいなものだ。書き込みがある。エンジンがかかる。どちらも見た目にはなにもおかしいことはないが、そうなる過程がまったくないのにそうなっている。それはあり得ないことなんだ」
興奮気味にまくしたてるカナメに、トシオもなんとなくその異常さを感じる。
サトルは眉間のしわを指で押さえながらカナメの話を精査していたようだったが、やがて結論が出たのだろうか、再びデスクの上で指を組む。
「異常性はよく分かった。カナメは引き続きユウの調査は続けつつ、彼の書き込みが追加されたらその内容をまとめ、定期的に報告してくれ。それと引き続きSNSなどのネット上の情報の監視も頼む。トシオは市場やその筋の方でユウなる人物の調査、それに加えて消滅に関する噂がないかどうかも調べてくれ」
「了解しました」
「分かったよ」
そう言うと2人はデスクに戻っていく。
サトルは再びカナメの調査結果に視線を戻す。
ユウ――。
関与者や【予定表】の存在を知っているとしか思えない書き込み。
消滅についての情報。
抽象的ながらも、それを知っているものには的を得た内容。
きっと上層部はこういう民間情報などは見向きすらしないだろう。
しかし現場にいるサトルだからこそ分かる。
これは悪戯などではなく、なにかしらの意図があるものであると。
コーヒーカップを手に取るが、その視線はユウという名前から離れなかった。
***
同日 夜
この日のハルは疲れていた。
学校を終えたあと、アルバイト前に対応できる消滅があったので、その対処を行う。そのあと、タウン誌掲載の影響による忙しさが続くカフェで息をつく暇がないほどのアルバイトを終えると、さらに帰りがけにもう一件の消滅対処。
先日、目の当たりにしたカナメやトシオの消滅に対する向き合い方や、過去の消滅から推測された想像以上に大きい国家規模の消滅対抗組織の存在。
それらは根本的に自分たちとは違うので、特に気にする必要もないのだが、それでも言葉にできないような焦りを感じてしまい、つい無理をしてしまった。
ハルたちが消滅対処に当たる際、必ずみんなで相談して、チームで行動に当たると決めていたのに、今日の対処はみんなに相談することなく、1人で決めて1人で対処に当たってしまったのもそのせいだろう。
これを後から報告したらどんな顔をされるだろうか。
特にナナからは、時折見せる有無を言わせない迫力でものすごく怒られるだろう。
それが分かっていても行動せずにはいられなかったのだ。
しかし1人で行動してみて分かったことがある。
相談できる相手、一緒に行動できる仲間、疲れた心を癒してくれる人が傍にいるというのは、それだけで心の負担が大きく変わってくる。
結果的に今日は2件とも消滅回避に成功したからよいものの、もし失敗していたら、自分の心はどうなっていただろうか。
――やはり単独行動はよほどのことがない限りは控えるべきだな。
そんなことを思うハルであった。
でも......今日のことだけは内緒にしておこう、とナナの顔を思い浮かべながら考えていた。
***
自宅に帰り、疲れた身体を両親との団らんと暖かい風呂で癒したハルは、自室に入るとベッドに倒れこんだ。
そのまま目を閉じ、夢の世界へと旅立ちたい衝動に駆られるが、頭の中ではまだ日中の焦る気持ちが残っていた。
今日みたいな無茶はこれっきりにするつもりではあるが、今日はまだ終わっていない。今日だけはもう少し頑張ろう。
そう思い、寝転がった体勢のままでスマホからユウの書き込みを探す。
定期的にユウの謎めいた書き込みをチェックするのが習慣化していたハルであったが、今日の書き込みを見つけると、その内容の異様さに思わずスマホを操作する指を止める。
――まもなく規模が拡大する。
――試されている可能性がある。
――乗り越えられなければ全てが消滅する。
ほとんど抽象的な内容しかなかったユウの書き込みが、今回は珍しく具体的である。
しかしその内容はすべて主語が抜け落ちていて、誰に対する、あるいは何に対する言葉なのかは不明だ。これはなにも知らない人から見れば、ただの煽り文句にしか見えないだろう。
しかしハルには分かる。
きっとユウはこの書き込みを見ている誰かになにか重要なことを伝えたいのだろう。なにかが始まろうと、いやこれから終わりが始まろうとしているのだ。
根拠はないが、そんな予感めいたものを感じていた。
いつものハルであれば、このままスマホを閉じ、この警告めいた内容を翌日にみんなに報告しただろう。
だがハルの心には、まだカナメたちと自分を比較したことから生じた焦燥感が残っており、そこから「ただ報告するだけでいいのだろうか」という疑問が生じた。
――なにかしないと......
その焦りが今の疲労感につながっていることも忘れ、ユウの書き込みに対して出来ることはないかと思案する。
ユウ、SNS、書き込み......。
そしてふと思う。
直接連絡してみよう、と。
そう考えついたハルは、ベッドから起き上がり机に向かうと、ユウの書き込みから彼のアカウントのトップページに飛び、そこから彼にメッセージを送る。
『初めまして。いつも書き込みを拝見しています。なぜそんなに消滅に詳しいのですか?最新の書き込みはどういう意味なのでしょうか?良かったら色々教えてほしいです』
メッセージを書き終えて内容を読み返す。
そのまま送信ボタンを押そうとするが「本当にいいのか?」と指を空中に漂わせたまま自問自答する。
そのまま何度か答えの出ない問いを心の中で繰り返していたが、やがて意を決してメッセージを送信する。
「ふうー」
メッセージの送信を終えると、今まで呼吸をすることを忘れていたかのように大きく息を吐く。
――どうせ返事はこないだろうな。
それでも自分は自分の心の声に従い、やる必要があると思ったことをやった。
自分にそう言い聞かせながらスマホを置こうとしたとき、スマホがメッセージの着信を告げる。
――まさか!?
そう思い再びスマホを開くと、そこにはユウからのメッセージの着信を告げる通知があった。震えそうになる指を無理やり押さえつけ、メッセージの内容を確認する。
『詳しいのは長年観測していたから。教えられることは限られているがそれでも構わなければ』
書き込みと同じような抽象的な言い回しにどこか達観したような言葉使い。
間違いなくユウだ。
しばらくその返事を見つめていたが、今まで溜まっていたユウへの、そして消滅に対する疑問を脳内でまとめると、それをメッセージに込める。
『お返事ありがとうございます。それでは早速聞きたいことがあります。あなたはいつも消滅に関することを書いていますが、そもそも消滅とはなんですか?』
一度目のメッセージ送信の時とは異なり、軽く読み返して内容を再確認すると、今度は素早く送信ボタンを押す。
スマホを置き、代わりにデスクに置いてあったペットボトルの蓋を開けようとしたところスマホが再びメッセージの通知を知らせる。
こんなにすぐに返信が来るとは――。
ユウもスマホの向こうで返信を待っていたのだろうか。
そう思うと、飲み物を口にする暇も惜しいと、口が空いたままのペットボトルをデスクに置き、入れ替わりでスマホを手に取る。
『消滅とは存在の抹消、それは災害と同じ』
ユウからのメッセージで新たな疑問が生じる。
――消滅が災害?
ハルは素早くスマホを操作してメッセージを返す。
『消滅が災害とはどういうことですか?消滅が地震や洪水と同じ災害だとは思えませんが』
メッセージを送信したとたん、まるで質問を予期していたかのように素早く返信が来る。
『自然界の災害は均衡が崩れることにより生ずる自然現象。消滅は存在のバランスの崩れにより生ずる自然現象。起源は違うが同列』
――存在のバランスの崩れ?
ユウが言っていることを言葉の通りに受け取ろうとすると、意味が分からない言葉につまづいてしまうので、それを理解するために新たな質問をする。そうするとまた次の言葉でまた分からない言葉が出てくる。
まるで終わらない暗号を解き続けている気分だ。
『存在とはなんですか?バランスが崩れるとはどういう意味ですか?』
メッセージを送ると、またもすぐに返事が来る。
まるで目の前で会話をしているような素早い返事であるが、次々と生まれる疑問にとっては些細なことであった。
『存在とは、この世界にあるさまざまな存在。無機物、有機物などすべて。増えすぎた存在は世界のバランスを欠く。そのいびつなバランスを解消するために消滅が発生する』
言葉が出なかった。
ユウの言っていることが正しいのであれば、さまざまなモノがあふれるこの世界において、消滅とは一種の自浄作用なのだといえてしまう。
モノが増えすぎたから余計なものを片付ける。
それは整理整頓の基本だが、それと同じことが現実世界においても行われているとでもいうのだろうか......?
椅子の上で胡坐をかきながら考える。
そして再びメッセージを送る。
『それじゃ消滅を防ぐことは良くないことなのですか?』
ハルがメッセージを送ると、直ぐにメッセージ受信を知らせる通知が鳴る。
『世界は定期的にアップデートされる。それまでは飽和状態であったとしてもアップデートにより解消されている可能性がある。しかしアップデートは観測できない。故に消滅は均衡を取り戻すまで続く』
『それじゃどうすればいいの?』
『災害の対処方法は一つではない。災害から遠ざかり身を守るものもいれば、災害を巧みに交わすもの、災害そのものの原因に対処するものもいる。どれが最善であるかは災害の種類、規模、発生場所などにより異なる。しかし火に風を与えれば燃え広がるように、正しい対処をしなくては規模は拡大する。しかし対処すること自体が間違っているわけではない。それは消滅という災害においても同様である』
ハルは一度スマホを置き、椅子に座ったまま天井を仰ぎ見ながら、ここまで聞いた情報を脳内で整理する。
消滅とは増えすぎたモノやヒトを減らすために発生する自然災害の一種で、対処方法を誤ると拡大することもあって、世界は定期的にアップデートされて――。
正直言ってとんでもない話だ。妄想話にもほどがある。
しかし理由はともかく、実際に消滅は起こっている。
それを知っているハルはこの話を虚言の産物として一笑に付することはできない。
とんでもない話であるし、ただの妄想と断じてしまうのは簡単だ。
顔も見えない言葉だけのやり取り。そこから出てくる突拍子もない話。
しかしなぜか嘘ではないということが感覚で分かる。
この話が本当なら、消滅は世界のバランスを保つために必要なことだ。
いつか推測したように、もし消滅を司る神のような存在がいるならば、これは神様が行っている世界の修復作業のようなものであり、それを防ぐのは神の意向に逆らうことになるのかもしれない。
そこまで考えた時に、ふと気づく。
『それじゃ【予定表】はなんであるの?』
『【予定表】それはアップデートの唯一の確認手段』
『どういうこと?』
『それは特定の者のみ観測できる。観測したものがどのような行動をするか。行動によってもたらされる結果がなにを意味するか。それを確認するためのものである』
ユウの言葉はどこまでも抽象的であり、なにか重要なことを敢えて避けているように思える。
【予定表】がなにかの確認手段というが、【予定表】は消滅の予定を告げるだけの存在であり、それ以上の機能はないはずだ。
しかしユウの言葉から察すると、【予定表】とは、それがなにかを確認するためのではなく、手にした人物がどう行動するのかを見るため、つまり手にした人物の行動を引き出すためのトリガーとして存在しているのではないのだろうか。
新たに生まれる【予定表】の新たな側面。
目をつぶって腕を組み、ここまで出てきたピースから新たな形を組み立てようとしていた時、ユウからメッセージが届く。
『これで終わりとする。有意義な時間であった』
それを見て、ハルは急いで返信する。
『待って!最後に一つだけ教えて!』
『受け付けよう』
『なんで色々教えてくれたの?』
『知るべき資格を有したものの問いかけに、私は答える義務がある。全ての知識を与えることは出来ないが、知るべきことは知らなくてはならない。資格を得たものが足を止めぬための知るべきを伝える。それが私という存在が出来る数少ないことの一つ』
なんだろうか、この存在感の大きさは。
ユウはなにかもっと大きなことを隠している。
いや、隠しているのではない。
どこかに導こうとしているのではないだろうか。
ハルは再び質問を重ねる。
『あなたは誰なの?なにを知っているの?』
しかしそれに返ってきた言葉は無情なものだった。
『最後の質問には答えた』
ユウからの返信はそれっきりであった。
恐らくなにを問いかけてもこれ以上の返事は来ないだろう。
そう思い、ハルは先ほどと同じようにベッドに寝転がりながら、ここまでのやり取りを読み返す。
災害
存在
バランス
対処方法
アップデート
予定表が確認手段
知るべき資格
それは今まで対処していた消滅という現象の認識が根底から覆される話だった。
――もしユウの言っていたことが全て真実ならば、僕たちがやっていたことは......。
自分たちのこれまでが否定された気分である。
しかしユウはこうも言っていた。
『火に風を与えれば燃え広がるように、異なる対処を取ると規模は拡大する。しかし対処すること自体が間違っているわけではない』
ハルたちが行ってきた対処はどちらなのだろうか?
SNSを見ると、先ほどと同じ内容が再投稿されていた。
――規模が拡大する。
――試されている。
――乗り越えられなければ全てが消滅する。
しかし、最後に次の一文が付け足されていた
――願わくば、この世界がアップデートされる世界であることを望む。
「世界のアップデート、か......」
思わず口に出たその言葉。
話のスケールが大きすぎて、広い宇宙に一人投げ出されたような気がした。