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第2話 予定表

6月17日 朝

テレビでは今年最初の台風が発生したと報じられ、そろそろ梅雨の時期であるとも言われていたが、ハルが住む風見市がどんよりとした空に包まれるのはまだ先のことだろう。

梅雨を通り越して夏が来たのではないかと思うほどの汗ばむ陽気に包まれている。空は青く、柔らかな光が街路樹の葉を透かして揺れる。通りを行き交う人々も、傘の出番を待つことなく平穏な表情で歩いていた。

天気は人の気分や行動を左右する。仕事や趣味によって好みは分かれるだろうが、一般的には晴れた日の方が都合は良いことが多い。

ハルにとってもそれは例外ではなく、高校生として毎朝学校に通いバイトもこなす日常の中で、晴れた日の方が心地よい気分でいられるのだが......。

今朝のハルは晴天を楽しむ余裕は微塵もなかった。

眉間に深くしわを寄せたまま足を動かしているが、その視線は前方に向けられているのか、あるいは頭の中の出来事に向けられているのか定かではない。

その原因は、昨日公園で目撃した異常な光景に他ならなかった。

***

昨日 放課後 | 風見中央公園

木が忽然と消える......。

現実にはあり得ないはずの光景にハルはしばらく立ち尽くしていた。
頭の中で何度も映像を反芻し合理的な理由を必死に探そうとする。

しかし、スマホのアラームがバイトの始まり10分前を告げると現実に引き戻される。慌てて我に返り、後ろ髪をひかれながらも急ぎ足でカフェへ向かった。

昨日はなぜか客が多く、奇妙な現象について考えを巡らせる暇もなかった。

バイトが終わる頃には身体の疲労が精神にも重くのしかかり、帰宅後は風呂、夕食を済ませるといつの間にか眠りに落ちていた。

マンガやアニメでは不慮の事態に直面しても比較的すぐに順応する描写が多い。

しかし現実では常識や物理法則が突然崩れる状況に冷静でいられる人間は稀であろう。もちろんハルもその範疇に入らない、ただの一般人である。

日常と異なる環境は心の疲弊を引き起こし、やがて身体の疲労にもつながる。それは新しい学校やバイトに慣れる過程で感じた疲労感に近いのかもしれない。

朝、想像以上に疲れた身体を無理やり起こす。

両親はその疲労に心配の色を隠せないが「問題ないよ」と強がり、いつも通り朝の団らんの時間を過ごし、いつも通りの時間に家を出た。

いつも通りの通学路を歩きながら日常のリズムを取り戻そうと努めるのだが、ハルの心はまだ昨日の光景を反芻していた。

***

学校に到着すると友人に挨拶を交わしつつ、自分の席に着く。
朝のホームルームまでの時間、普段なら友人との軽い会話に興じるのだが、今日は何故だかそんな気分になれない。

スマホを取り出すと、慣れた指の動きで何かを調べだす。

友人がいつものように声を掛けようと近づいたが、ハルはそのことに気付かずにスマホの画面を夢中で読んでいる。ハルの集中力は昨日の出来事に関する調べ物に全て注がれていた。

その様子を見てハルの性格を熟知している友人は『あぁ、今はだめだな』と肩をすくめ、別の友人のところに向かっていくが、そんなことがあったことにも気づかず、ハルは思いつく限りの言葉を打ち込み続ける。

「公園」「木」「消える」「消失」

昨日の出来事が連想できるさまざまな言葉で検索をしてみたが、出てくるのは創作物や一般的な情報ばかりである。思わずため息をつき、時計を見ると、ホームルーム開始まであと数分だった。

最後に思いついた言葉で再度検索する。

「消滅」

昨日何気なく調べたその言葉に有力な情報を期待するのだが、やはり思うような結果を得ることはできなかった。

だが、いくつかヒットしたSNSの投稿の中に気になる見出しを見つけた。その投稿を開いて書かれていることを確認しようとその見出しをタップしようとしたその時、チャイムが鳴り、ハルの調査は一旦中断される。
残念ながら謎の現象を追う時間はここまで、ここからは学生としての日常に戻る時間であった。

それから放課後までの時間、朝の切羽詰まったともいえるような状態を見かねた友人に他愛もない雑談に誘われる。おかげで非現実的な出来事は思考の片隅に追いやられ、そのままこの日も平和な一日が流れていくことが出来た。

***

放課後。

この日はバイトがないため、友人と学校帰りのコンビニでちょっとしたおやつを片手に談笑しながら過ごし、やがていい時間になると『また明日』と友人と別れ、夕方の明るさの中を家路に向かう。

通い慣れた通学路で目に入る公園。

先ほどまで忘れていた昨日のことが不意によみがえる。
家に帰るためには遠回りになってしまうのでわざわざ公園を通ることはないのだが、やはりどうしても昨日のことが気になってしまう。

――もう一度この目で確かめてみよう。

そう思い、足を公園に向ける。

***

夕方の公園は人影もまばらだった。

遊具で遊ぶ親子は帰り支度を始めている。
ベンチに座る老人は穏やかそうな顔で手に持つ本に視線を落としている。
静かに流れる風は木々の葉を優しく揺らしている。

ハルは真っ直ぐに消えた木の跡地へと歩みを進めた。

いつもの座っていたベンチにたどり着き、そこからあの木が生えていた場所に目を向けるが――そこにはただ土と落ち葉が残るだけで木は確かに存在しておらず、ただ埋め戻されたような跡だけが残っていた。

「あの光景はやっぱり夢じゃなかったんだな......」

ようやく息をつき足を止める。

消えた木はハルにとってはただの木と言い切ってしまうには抵抗があった。

たかが木に......などと思うかもしれないが、バイトを始めてから約一年、雨の時以外には必ずここで木を眺めながらバイト前のひとときを過ごし時間を共有していたのだ。

自分が憩いの場としている場所で当たり前のように視界にあり、四季折々の顔を見せてくれていた存在が突如謎の現象により永遠に失われてしまった。

改めてこの場所にくるとそれなりにショックを受けていたことを再確認する。

目の前のベンチに座り、がらんとした木の跡を見つめるハルの視線は昨日の光景の残像を追う。

しかしそれだけだ。

木が確かになくなっていることを再確認したが、だからといってやれることは何もないと理解している。

僅かな間、木の跡地を見つめ続けていたが、やがて大きなため息を一つつくと、後ろ髪をひかれるように立ち上がり、気分転換に遊歩道を歩き始めた。

遊歩道にはたくさんの樹木が理路整然と生えているが、この景観を維持するために、市は嘱託の管理者を雇い、毎日木の手入れを行っている。そんな嘱託職員と思われる人が、少し先の方で木の手入れをしていた。

――あの人に聞けば何かわかるかも?

そんなことを思いつきもするが、何をどう聞くというのかと自問する。

――ここに木があったけど突然消えたんです。何か知りませんか?

そんな質問をする自分の姿を想像して、直ぐに打ち消す。
自分がそんな質問をされたら、きっとその人を奇異の目で見るだろう。

気になったことは調べないと気が済まない性格であることは自覚しているが、それはあくまでも自己完結できること。他人に聞いて回るほどの探求心があるわけではない。

――もう忘れよう。

そう思って公園の外へ足を向けた時、視線の先で鳥たちが地面で何かをついばんでいた。そしてその前には木が......

「......!」

昨日の出来事がフラッシュバックする。

するとまるでデジャブのように鳥たちは飛び立ち、そのうちの一羽が木に止まろうとして――そのまま枝に止まった。

「えっ?」

なんのことはない、当たり前の風景だ。

「消えない......のか?」

しかしハルはその当たり前が信じられない。

暫くその木と、そして枝に止まった鳥を穴が開くほど眺めていた。
鳥たちはそんなハルの視線に気づいているのかいないのか、鳴き声を発しながらのんびりと羽を休めていた。

少しずつ木に向かって歩き出し、気付けば早足になっていた。
その勢いに押されたのか、枝に止まった鳥は飛び去って行く。

ハルはそんな鳥に構わず木の前に立つと、恐る恐るあまり太いとは言えない幹にゆっくりと手を伸ばす。手は空中を漂わず、ひんやりとした幹に触れる。軽く揺すってみても、枝や葉は微動だにしない。

その感触が手のひらに伝わり、木が確かにそこに存在していることを実感させる。

公園の地面に開いたあの不自然な穴が、自分の心の一部をそのまま削り取っていったかのようだ。

形容しがたい欠落感が真綿のように胸にのしかかる。
改めてあの木に対してここまで思い入れがあったのかと我ながら不思議に思うが、自分でも気づかないうちにこの場所に癒されていたということだろう。

今まで特に意識してこなかったが、存外こういった自然が好きなのかもしれない。

木に手を当てたままそんな思考にふけっていると、不意に後ろから声がかかる。

「すみません......この木、何かありましたか?」

振り返ると、先ほどまで向こうの方で作業をしていた管理人と思しき男性がハルの後ろで困ったような顔をしていた。

手には剪定用の道具を持ち、作業着の袖口には土が付いており、胸元のネームプレートは、泥や擦れで名前の部分がほとんど読み取れなくなっていた。

恐らく順番に剪定作業をしていたのだろうが、ハルが木の前から離れないことで思いがけず作業の邪魔となってしまっていたようだった。

「あ、いや......別に。すみません」

ハルは軽く頭を下げ、その場を離れる。
男性も少し首をかしげ、何かあるのかと木を見上げていたが、特に変化がないことを確認すると、そのまま作業を再開していく。

ハルは歩きながら公園の景色に目をやる。

枝の間を飛び交う鳥、遠くで揺れる木の葉、舗装のひび割れ、落ち葉のざわめき。
すべてが昨日と変わらない。しかし、どこか微妙に違和感がある。

その感覚を胸にハルは公園の端のベンチに再び腰を下ろした。

ため息をひとつ吐き、ポケットからスマホを取り出す。
画面を点けると、見慣れないアイコンがいつの間にかトップ画面に表示されていた。

【予定表】

――ん?

見たことがないアプリの存在に、何故か胸の奥に言いようもなくざわつく。まるで昨日の体験が呼び覚まされるようだ。

指先が震えながらもハルは画面をタップすると、そこにはただ日付や名前、場所などがいくつも羅列されていた。

――メモ帳......なのかな?

画面をスクロールしていくと、その中の一つに目が留まる。

=====
竹中トシオ 60代
6月17日16時20分
風見市中央公園
木の手入れ中
=====

スマホを操作する指が止まる。
ベンチに座ったまま呼吸を整え、改めて画面を凝視する。
何度も目をこすり、文字を確かめる。

――今日の日付?しかも時間は......

ここに書かれていることは何だろうか?

時計を見ると、時間は16時24分を示している。
16時20分はちょうどあの男性と言葉を交わしていたころだろうか。

男性の名前は分からない。
ネームプレートは汚れていたので読み取れなかった。
年代も60代くらいと言えばそう見えるような風体であった。

そして彼は何をしようとしていたのか?
そう、木の手入れだ。

日時、場所、年代、そして状態。
全てがこの予定表なるアプリに書かれていることと恐ろしいほどに一致していた。

――これって......さっきの......?

握りしめたスマホの硬い質感が先ほどまで触れていた木の幹の硬さを連想させる。

男性の方に目をやると既に剪定作業は終わっていたようで、道具を片付け始めていた。

公園内の人はまばらだが、それでもそれなりのざわめきがあるはず。
それなのに、まるでハルの周囲だけが世界に取り残されたかのように音が聞こえなくなる。

視線をスマホの画面に落としたまま思考に没頭する。
だが、そこで導き出される答えはどれも荒唐無稽なものばかりだった。

――そろそろ帰らなくては。

ベンチから立ち上がり、公園の外に向かって歩き出す。

いつもの日常を取り戻そうと努めるのだが、心のどこかで無自覚に膨んだ僅かな好奇心が非現実的な日常の始まりを予感させていた。
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第3話 見えないよ
消滅予定表作者:こまりさ
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第2話 予定表

6月17日 朝

テレビでは今年最初の台風が発生したと報じられ、そろそろ梅雨の時期であるとも言われていたが、ハルが住む風見市がどんよりとした空に包まれるのはまだ先のことだろう。

梅雨を通り越して夏が来たのではないかと思うほどの汗ばむ陽気に包まれている。空は青く、柔らかな光が街路樹の葉を透かして揺れる。通りを行き交う人々も、傘の出番を待つことなく平穏な表情で歩いていた。

天気は人の気分や行動を左右する。仕事や趣味によって好みは分かれるだろうが、一般的には晴れた日の方が都合は良いことが多い。

ハルにとってもそれは例外ではなく、高校生として毎朝学校に通いバイトもこなす日常の中で、晴れた日の方が心地よい気分でいられるのだが......。

今朝のハルは晴天を楽しむ余裕は微塵もなかった。

眉間に深くしわを寄せたまま足を動かしているが、その視線は前方に向けられているのか、あるいは頭の中の出来事に向けられているのか定かではない。

その原因は、昨日公園で目撃した異常な光景に他ならなかった。

***

昨日 放課後 | 風見中央公園

木が忽然と消える......。

現実にはあり得ないはずの光景にハルはしばらく立ち尽くしていた。
頭の中で何度も映像を反芻し合理的な理由を必死に探そうとする。

しかし、スマホのアラームがバイトの始まり10分前を告げると現実に引き戻される。慌てて我に返り、後ろ髪をひかれながらも急ぎ足でカフェへ向かった。

昨日はなぜか客が多く、奇妙な現象について考えを巡らせる暇もなかった。

バイトが終わる頃には身体の疲労が精神にも重くのしかかり、帰宅後は風呂、夕食を済ませるといつの間にか眠りに落ちていた。

マンガやアニメでは不慮の事態に直面しても比較的すぐに順応する描写が多い。

しかし現実では常識や物理法則が突然崩れる状況に冷静でいられる人間は稀であろう。もちろんハルもその範疇に入らない、ただの一般人である。

日常と異なる環境は心の疲弊を引き起こし、やがて身体の疲労にもつながる。それは新しい学校やバイトに慣れる過程で感じた疲労感に近いのかもしれない。

朝、想像以上に疲れた身体を無理やり起こす。

両親はその疲労に心配の色を隠せないが「問題ないよ」と強がり、いつも通り朝の団らんの時間を過ごし、いつも通りの時間に家を出た。

いつも通りの通学路を歩きながら日常のリズムを取り戻そうと努めるのだが、ハルの心はまだ昨日の光景を反芻していた。

***

学校に到着すると友人に挨拶を交わしつつ、自分の席に着く。
朝のホームルームまでの時間、普段なら友人との軽い会話に興じるのだが、今日は何故だかそんな気分になれない。

スマホを取り出すと、慣れた指の動きで何かを調べだす。

友人がいつものように声を掛けようと近づいたが、ハルはそのことに気付かずにスマホの画面を夢中で読んでいる。ハルの集中力は昨日の出来事に関する調べ物に全て注がれていた。

その様子を見てハルの性格を熟知している友人は『あぁ、今はだめだな』と肩をすくめ、別の友人のところに向かっていくが、そんなことがあったことにも気づかず、ハルは思いつく限りの言葉を打ち込み続ける。

「公園」「木」「消える」「消失」

昨日の出来事が連想できるさまざまな言葉で検索をしてみたが、出てくるのは創作物や一般的な情報ばかりである。思わずため息をつき、時計を見ると、ホームルーム開始まであと数分だった。

最後に思いついた言葉で再度検索する。

「消滅」

昨日何気なく調べたその言葉に有力な情報を期待するのだが、やはり思うような結果を得ることはできなかった。

だが、いくつかヒットしたSNSの投稿の中に気になる見出しを見つけた。その投稿を開いて書かれていることを確認しようとその見出しをタップしようとしたその時、チャイムが鳴り、ハルの調査は一旦中断される。
残念ながら謎の現象を追う時間はここまで、ここからは学生としての日常に戻る時間であった。

それから放課後までの時間、朝の切羽詰まったともいえるような状態を見かねた友人に他愛もない雑談に誘われる。おかげで非現実的な出来事は思考の片隅に追いやられ、そのままこの日も平和な一日が流れていくことが出来た。

***

放課後。

この日はバイトがないため、友人と学校帰りのコンビニでちょっとしたおやつを片手に談笑しながら過ごし、やがていい時間になると『また明日』と友人と別れ、夕方の明るさの中を家路に向かう。

通い慣れた通学路で目に入る公園。

先ほどまで忘れていた昨日のことが不意によみがえる。
家に帰るためには遠回りになってしまうのでわざわざ公園を通ることはないのだが、やはりどうしても昨日のことが気になってしまう。

――もう一度この目で確かめてみよう。

そう思い、足を公園に向ける。

***

夕方の公園は人影もまばらだった。

遊具で遊ぶ親子は帰り支度を始めている。
ベンチに座る老人は穏やかそうな顔で手に持つ本に視線を落としている。
静かに流れる風は木々の葉を優しく揺らしている。

ハルは真っ直ぐに消えた木の跡地へと歩みを進めた。

いつもの座っていたベンチにたどり着き、そこからあの木が生えていた場所に目を向けるが――そこにはただ土と落ち葉が残るだけで木は確かに存在しておらず、ただ埋め戻されたような跡だけが残っていた。

「あの光景はやっぱり夢じゃなかったんだな......」

ようやく息をつき足を止める。

消えた木はハルにとってはただの木と言い切ってしまうには抵抗があった。

たかが木に......などと思うかもしれないが、バイトを始めてから約一年、雨の時以外には必ずここで木を眺めながらバイト前のひとときを過ごし時間を共有していたのだ。

自分が憩いの場としている場所で当たり前のように視界にあり、四季折々の顔を見せてくれていた存在が突如謎の現象により永遠に失われてしまった。

改めてこの場所にくるとそれなりにショックを受けていたことを再確認する。

目の前のベンチに座り、がらんとした木の跡を見つめるハルの視線は昨日の光景の残像を追う。

しかしそれだけだ。

木が確かになくなっていることを再確認したが、だからといってやれることは何もないと理解している。

僅かな間、木の跡地を見つめ続けていたが、やがて大きなため息を一つつくと、後ろ髪をひかれるように立ち上がり、気分転換に遊歩道を歩き始めた。

遊歩道にはたくさんの樹木が理路整然と生えているが、この景観を維持するために、市は嘱託の管理者を雇い、毎日木の手入れを行っている。そんな嘱託職員と思われる人が、少し先の方で木の手入れをしていた。

――あの人に聞けば何かわかるかも?

そんなことを思いつきもするが、何をどう聞くというのかと自問する。

――ここに木があったけど突然消えたんです。何か知りませんか?

そんな質問をする自分の姿を想像して、直ぐに打ち消す。
自分がそんな質問をされたら、きっとその人を奇異の目で見るだろう。

気になったことは調べないと気が済まない性格であることは自覚しているが、それはあくまでも自己完結できること。他人に聞いて回るほどの探求心があるわけではない。

――もう忘れよう。

そう思って公園の外へ足を向けた時、視線の先で鳥たちが地面で何かをついばんでいた。そしてその前には木が......

「......!」

昨日の出来事がフラッシュバックする。

するとまるでデジャブのように鳥たちは飛び立ち、そのうちの一羽が木に止まろうとして――そのまま枝に止まった。

「えっ?」

なんのことはない、当たり前の風景だ。

「消えない......のか?」

しかしハルはその当たり前が信じられない。

暫くその木と、そして枝に止まった鳥を穴が開くほど眺めていた。
鳥たちはそんなハルの視線に気づいているのかいないのか、鳴き声を発しながらのんびりと羽を休めていた。

少しずつ木に向かって歩き出し、気付けば早足になっていた。
その勢いに押されたのか、枝に止まった鳥は飛び去って行く。

ハルはそんな鳥に構わず木の前に立つと、恐る恐るあまり太いとは言えない幹にゆっくりと手を伸ばす。手は空中を漂わず、ひんやりとした幹に触れる。軽く揺すってみても、枝や葉は微動だにしない。

その感触が手のひらに伝わり、木が確かにそこに存在していることを実感させる。

公園の地面に開いたあの不自然な穴が、自分の心の一部をそのまま削り取っていったかのようだ。

形容しがたい欠落感が真綿のように胸にのしかかる。
改めてあの木に対してここまで思い入れがあったのかと我ながら不思議に思うが、自分でも気づかないうちにこの場所に癒されていたということだろう。

今まで特に意識してこなかったが、存外こういった自然が好きなのかもしれない。

木に手を当てたままそんな思考にふけっていると、不意に後ろから声がかかる。

「すみません......この木、何かありましたか?」

振り返ると、先ほどまで向こうの方で作業をしていた管理人と思しき男性がハルの後ろで困ったような顔をしていた。

手には剪定用の道具を持ち、作業着の袖口には土が付いており、胸元のネームプレートは、泥や擦れで名前の部分がほとんど読み取れなくなっていた。

恐らく順番に剪定作業をしていたのだろうが、ハルが木の前から離れないことで思いがけず作業の邪魔となってしまっていたようだった。

「あ、いや......別に。すみません」

ハルは軽く頭を下げ、その場を離れる。
男性も少し首をかしげ、何かあるのかと木を見上げていたが、特に変化がないことを確認すると、そのまま作業を再開していく。

ハルは歩きながら公園の景色に目をやる。

枝の間を飛び交う鳥、遠くで揺れる木の葉、舗装のひび割れ、落ち葉のざわめき。
すべてが昨日と変わらない。しかし、どこか微妙に違和感がある。

その感覚を胸にハルは公園の端のベンチに再び腰を下ろした。

ため息をひとつ吐き、ポケットからスマホを取り出す。
画面を点けると、見慣れないアイコンがいつの間にかトップ画面に表示されていた。

【予定表】

――ん?

見たことがないアプリの存在に、何故か胸の奥に言いようもなくざわつく。まるで昨日の体験が呼び覚まされるようだ。

指先が震えながらもハルは画面をタップすると、そこにはただ日付や名前、場所などがいくつも羅列されていた。

――メモ帳......なのかな?

画面をスクロールしていくと、その中の一つに目が留まる。

=====
竹中トシオ 60代
6月17日16時20分
風見市中央公園
木の手入れ中
=====

スマホを操作する指が止まる。
ベンチに座ったまま呼吸を整え、改めて画面を凝視する。
何度も目をこすり、文字を確かめる。

――今日の日付?しかも時間は......

ここに書かれていることは何だろうか?

時計を見ると、時間は16時24分を示している。
16時20分はちょうどあの男性と言葉を交わしていたころだろうか。

男性の名前は分からない。
ネームプレートは汚れていたので読み取れなかった。
年代も60代くらいと言えばそう見えるような風体であった。

そして彼は何をしようとしていたのか?
そう、木の手入れだ。

日時、場所、年代、そして状態。
全てがこの予定表なるアプリに書かれていることと恐ろしいほどに一致していた。

――これって......さっきの......?

握りしめたスマホの硬い質感が先ほどまで触れていた木の幹の硬さを連想させる。

男性の方に目をやると既に剪定作業は終わっていたようで、道具を片付け始めていた。

公園内の人はまばらだが、それでもそれなりのざわめきがあるはず。
それなのに、まるでハルの周囲だけが世界に取り残されたかのように音が聞こえなくなる。

視線をスマホの画面に落としたまま思考に没頭する。
だが、そこで導き出される答えはどれも荒唐無稽なものばかりだった。

――そろそろ帰らなくては。

ベンチから立ち上がり、公園の外に向かって歩き出す。

いつもの日常を取り戻そうと努めるのだが、心のどこかで無自覚に膨んだ僅かな好奇心が非現実的な日常の始まりを予感させていた。
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