ホーム›消滅予定表›第25話 ナナが消える日・前編
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第25話 ナナが消える日・前編

8月29日 夕方

それからナナの消滅回避に向けた話し合いは続いた。

【予定表】の制約と思われる影響により、ナナに風見市の外へ行くことを促すことすら阻害されているのに、直接市外へ移動したらどんなことが起こるのか想像ができない。即ち消滅回避の条件の一つ、消滅場所からの移動はほぼ不可能だろうと結論付けた。

そのため3人は消滅時の状態を変えることを基本方針として、その方法を考えていた。

ハルとミオの【予定表】には書かれていることに微妙な差異があることは既にハルたちの間では既知のことであるが、場所と状態については共有できない以上、その差異がどれほどのものかを確認する手段はない。

ハルの【予定表】ではナナは「落ち込んでいる」となっていた。

書かれていることに差異があるとはいえ、消滅対象が同じであれば、少なくとも真逆のことが書いているわけではない。つまり「落ち込んでいる」状態とは、理由はどうあれ暗く沈んだ気持ちの現れだと推測できる。それならそれを消滅時間までに「落ち込んでいない」状態、つまり明るく元気ないつものナナにすれば良いのだ。

翌日、普段と変わらない態度で接して、ナナに違和感を抱かせないようにする。そしてナナにはいつものナナでいてもらい、そのまま楽しい雰囲気で一日を過ごして、消滅を乗り越えようと決めて解散となった。

***

同日 | リクとミオ

「どう思うよ?」
「どうって、何のこと?」
「ハルのことだよ」

ハルと別れたミオとリクは、太陽が沈み切り、その残光が僅かに残る街を肩を並べて歩いている。

先ほど決めた内容に不安があるのか、リクがぼやくようにミオに問いかける。

「普段通りに接するって言っても、実際のところできると思うか?」
「無理ね」

リクの不安をミオは一言でバッサリと切り捨てる。

「お前......即答かよ」
「そりゃそうよ。普段のハルならもっと深く色々考えるのに、あからさまな動揺でらしくもない失敗をしてるのよ。いくら冷静を装ったとしてもナナを目の前にしたら直ぐにボロが出るわよ」
「確かにな......そうなるとナナの方だって何か察して、予定通り消滅ってなっちまいかねないんだよなあ......」
「だからこそ私たちがしっかりしなくちゃいけないのよ」
「そうだな。今回は確かにハルはらしくもない失敗しちまったわけだけど、それってそれだけハルにとってナナが大切な存在ってことなんだろうな」

――らしくもない失敗。

リクは簡単に言うけれど、もし対象がリクだったとしたら――自分だって今と同じように冷静でいられるだろうか。いや、サロンを失った時の実例がある。きっと今のハル以上に動揺し、失態を繰り返すだろう。

だからこそハルには失敗をしてほしくない。
ミオはこれ以上大事なものを失う光景は見たくなかった。

「ハルもナナもお互い同じ想いなんだからとっととくっついちまえばいいのにな」
「そうね、そうすれば何かと安心......えっ?」
「ん?どうした?何か変なこと言ったか?」

リクの独り言のような呟きに自然に相槌を打つのだが、その内容に驚愕して思わず言葉を止める。

「ちょっと、何であんたがナナの想いを知ってるのよ?」
「なんでって......見てりゃ分かるだろ。ミオは気付かなかったのか?」
「気付いてるわよ!気付いてるに決まってるでしょ!」
「なんだよ、突然怒りだして」

比較的人の感情の機微に敏感なハルですらナナの気持ちに気付いていないのに、鈍感を絵に描いたようなリクが気付いているとは......。

それならなぜ自分の気持ちに気付かないのか――そう思うと何だか無性に腹が立ってきた。

今すぐにでもナナに電話して、隣の鈍感男の愚痴をぶちまけたい気分であったが、それをするにはナナに消滅のことを話さなくてはいけないので叶えることはできない。

ぶつけようがないモヤモヤする感情を必死で押さえて、八つ当たり気味に宣言する。

「いい!?明日はどんなことがあっても絶対に消滅を阻止するわよ!」
「あ、ああ。そ、そうだな」

鬼気迫る勢いに圧倒されながら、それを頼もしいと感じているリク。
どこまで言っても自分のことには鈍感なのであった。

***

同日 夜 | ハル自室

明日のことを思うと食事も喉を通らない気分のハル。

夕飯の席に着いても箸の進みの遅さを母親に心配されるが、「軽い夏バテかも」と誤魔化す。父親からも心配の目を向けられるが、何とか上辺だけの虚勢で体調に問題がないことを示す。

両親からの労りの言葉が、明日の不安で張り裂けそうな心に染みるが、それに浸るような気分でもなく、「ちょっと課題の追い込みがあるから」と早々と自室に戻り、1人でじっくりと思考にふける。

部屋に戻ってくると椅子に座り、ノートを広げて、考えを言語化するべくペンを走らせる。

――ナナが落ち込む要素とは?

そう書き綴ってから考えてみるが......。

人が落ち込む要素は千差万別。
何に落ち込み、何に喜ぶかなどは当人でないと分からない。同じ人物であっても、その日の気分によって同じ出来事に対して、喜ぶ時もあれば悲しむときもあるだろう。

そう考えだすとどうしてよいのか分からず、リクが言ったように今回の消滅に対しては文句の一つも言いたくなってくる。

――関与者も試されている。

先ほど3人で話しながら得た推論であるが、なにをどう試されているというのだろう。あるいは近しい人が消滅していく様に絶望する様子を楽しんでいるだけではないのだろうか。

「くそっ!」

何も良い考えが浮かばない。
広げたノートを閉じ、後頭部を搔きむしる。

「......そう言えば」

ふとユウのことを思い出す。
彼はなぜかいつも欲しい時に欲しい言葉を書き込んでいる。

【予定表】の意思が何らかの意図を持ってハルたちを監視しているというのであれば、ユウはさながら消滅現象に対するアドバイス機能といったところだろうか。

今回も何かヒントになるようなものがないかと、すがる思いでユウの書き込みを探すが......。

――近しいものが失われることがはじまり。
――悲しみを知るものが悲しみから救える。
――消滅は伝播する。

相変わらず抽象的なことが書いてあるが、消滅を知っているハルだからこそ、それらの言葉に空恐ろしさを感じる。

近しいものが失われる――これはまさしく今のハルのことだ。

ナナを失って何かを得られるのだろうか?
もし大事なものを失わなければ得られないものなら、そんなものは欲しくない。

無意識に唇を強く噛んでいたことに気付き、全身の力を緩める。
大きな息を一つ吐き、さらに何かヒントになるような言葉を探していく。

「これは......?」

――全ての予定は未定、未来は作られるものである。

一見当たり前のように見える言葉であるが、残酷な未来の予定が記されている【予定表】を持つハルにとっては違う意味が見えてくる。

それは即ち、書かれている予定は確定ではないということ。

【予定表】に載ったから消滅が確定するわけではなく、あくまでも消滅する「予定」が記されているだけ。それが実際に消滅する未来を迎えるのか、あるいはこれからも存在し続ける未来となるのかは現時点ではまだわからない。ここに記されているのはあくまでも予定なのだ。

予定とは決められたことを待つものではなく、未来そのものである。
そして未来とは人の手で作っていくものだ。

「ナナが存在し続ける未来......」

この言葉はハルが未来を創るためにユウが与えてくれた言葉、と思うのはさすがに考えすぎだろうか。

人の心とは脆いものである。

今、この瞬間は明るい未来を作ろうと決意しても、次の瞬間には闇に染まる場合もある。しかしユウの言葉が【予定表】に押しつぶされそうになっていたハルの心に光を差してくれたのは間違いない。

例えナナを前にして再び闇に飲まれそうになっても、一度光を覚えた心は、きっと何度でも光を取り戻すはず。

「......絶対に......!」

そして翌日を迎える――

***

8月30日 12時20分頃 | 風見駅付近

休息日として設けた5日間を終え、今日は久しぶりに4人が顔を合わせる。

集合場所である風見駅に向かいながら、ナナはみんなの顔を想像するだけで思わず笑みがこぼれてしまう。このまま行けば、恐らく予定時刻よりもやや早い時間に着いてしまうが、それも気にならないくらい気分が高揚していた。

6月のある日、ハルから「目の前にあった木が突然消えた」と聞いた時には、とてもではないが言っていることを信じることができなかった。

それが例え昔からの幼馴染であり、特別な感情を頂いている相手であるとはいえ、言っていることがあまりにも非現実的すぎて、理解できるとは到底言い難かった。

それでも消滅のことを真剣な表情で話すハルが冗談を言っているとも思えなかった。だから消滅現象を信じるか信じないかよりも、ハルの言葉を信じよう。そう思った。

ミオたちとの出会いを通じて、消滅現象の存在はいつしか現実のものとして受け入れていたが、それでもまだ何かが突然その場から消えてしまうということは、自分とは関係ないどこか遠くの出来事のような感じがしていた。

けどある時、ナナも消滅を目の当たりにした。

――モノが消える

言葉にすればたった一言だ。
しかしそれを現実に見た時には、恐怖で身体の震えが止まらなかった。

そんな自分の身体を優しく包み、安心を与えてくれたのはハルだった。

幼稚園からの幼馴染である2人は成長するにつれ疎遠になる――という事もなく、今でも会えば雑談に花を咲かせ、たまには一緒に出掛けたりもしていた。

しかしそれもそれほど高い頻度ではなく、クラスも違い、互いに部活やバイトをしているため、顔を合わせる機会は決して多いものではなかった。

それが消滅現象に携わるようになってからは、ほとんど毎日一緒にいるようになった。それは不謹慎ではあるが、ナナにとってはハルと時間を共有できる大切な時間であった。

今回設けた5日間の休息は、久しぶりに消滅のことを忘れ、現実に戻ることができた時間であったが、同時にハルとの関係が消滅現象によって繋がっているものだと思わされた時間でもあった。

連絡したければメッセージを送ればいいし、電話をしたり会うことだってできる。

しかしナナと会うことで消滅を思い出させてしまうことになってしまったら休息の意味がなくなってしまう。そう思うと自分から連絡ができなかった。

だから昨日、突然電話が来た時には心臓がドキンと跳ねた。
その内容はちょっとおかしかったような気がするが、それは自分が動揺していたせいだろう。

消滅現象によってハルと過ごす時間が増え、その時間が淡い想いを色濃くしていた。そんな想いを心に秘めながら待ち合わせ場所に向かい、遠くに3人の姿が見えた。

「お待たせー!」と、いつものように柔らかい笑顔を浮かべながら3人に向かって声をかけようとするが、思わずその言葉を飲み込んでしまう。

なぜならそこでナナが見たのは、まるで今からお通夜に向かうような3人に悲痛な面持ちがあったからだ。

***

同日 12時頃

時間は少し遡った12時ちょうど。

集合時間は12時半としていたが、ナナを除くハルたち3人は既に集合していた。
今日のことを予め打ち合わせるためだ。

「おいおい、顔がこえーぞ。そんなんじゃナナを楽しませるどころか、逆に怖がらせちまうぞ」

ナナを消滅から救う。
その固い決意がそのまま表情に出ていたハルをリクが窘める。

【予定表】では今日の夕方、ナナが消滅する。

それを防ぐためにはナナの「落ち込んでいる」という状態を回避しなくてならない。そのためにはナナを全力で楽しませると決めた3人であったが、具体的にどうしたら良いのかは、その時のその場になってみないと分からない。

要は行き当たりばったりになってしまうのだが、とにかくナナを落ち込ませないようにしようというのが今日の3人の行動方針であった。

「そうよ。私たちもしっかり楽しませるつもりだけど、最終的にはハルにかかってるのよ」
「おい、ミオ。逆にプレッシャーかけてどうするんだよ」

ハルにとってナナは幼い頃から身近にいた存在である。
心の中で抱いている淡い心がどのような決着になるかは未だ分からないけど、それでもナナがいなくなる未来は想像ができない。

ナナが消滅してしまう。

それはハルにとって未来が削り取られるようなものであり、想像ができない未来である。だからこそ「らしくない」と言われる動揺をしてしまい、そして今もその重圧に押しつぶされそうになっている。

「も、もちろん大丈夫だよ。要は今までと同じように接して、ちょっといつもよりふざけたりして楽しい時間にすればいいんだろ」

そう自分に言い聞かせるように口にする。

しかし今日、本当にナナを失ってしまうかもしれないという恐怖をどうしても振り払うことができず、そうならないようにと思えば思うほど気持ちが空回り、表情はどんどんと硬くなる。

その表情を見て不安を隠し切れないミオとリクだが、それを指摘したところですぐに変えられるものでもないだろう。

幸いナナとの待ち合わせ時間まではまだ若干の猶予がある。
それまでに少しずつハルの気持ちも解きほぐしていかなくてはいけない。

「私たちもしっかりサポートするから、絶対に防ぎましょ」
「でもよ。楽しませるったって、具体的にどうすればいいんだ?」

【予定表】の内容を知ることはできないリクであるが、話の流れからどうすれば消滅が防げるのかを察している。しかし「落ち込んでいる」状態というのは本人の気分次第だ。何をしたら落ち込むのか、何をすれば楽しいと思うのかなど、全てはナナの主観でしかない。

だからこそ、この中で最もナナのことをよく知るハルの役割が重要である。

本来であれば自ら口にした通り、いつもと同じようにしていればそれだけで十分だが、ナナを大事に思うあまり、今日のハルは明らかに気持ちが空回り、いつも通りにしているつもりでも表情が強張り、考えが偏りだす。

――どうすれば楽しんでもらえるのか。
――どうすれば自然でいられるのか。
――ナナを落ち込ませないようにするにはどうすればいいのか。

昨日までの決意は揺らいでいない。

ナナを救う。
そのためにやるべきことも理解している。

頭では分かっている。
しかし――


いざ当日を迎え、ナナが本当に消えてしまうかもしれない未来を現実のものとして想像してしまうと、感情を上手く制御できなかった。

理屈では冷静でいようとしているのに、胸の奥では焦りと恐怖が絶えず渦巻いている。決意したからといって、恐怖が消えるわけではない。むしろ考えれば考えるほどどうしたらよいのか分からなくなり、ただ緊張感とプレッシャーだけが重くのしかかっていた。

「......ふぅ......」

3人が同時に深いため息をつく。
そこに込められた意味は三人三様なのかもしれないが、3人の表情はそろってお通夜の参列者のように険しい表情をしている。

「いつまでもこうやって険しい顔をしているわけにもいかねえぞ。もうすぐ12時半、ぼちぼちナナも来る頃だから、そろそろ切り替えていこうぜ」
「そうね、私たちがこうして暗い顔をしていたら、楽しむものも楽しめないわ」
「うん......」

そして12時半となり――ナナが姿を現した。

「お待たせー......って何かあったの......?」

3人の悲痛な面持ちに、その場に割って入ることを躊躇するナナだったが、それでも飲み込みかけた言葉を何とか吐き出し、様子をうかがう。

今日は久々の顔合わせなので、それぞれの近況報告などしたいところだが、3人の表情を見ると、きっとまた誰か消滅が【予定表】に現れたのであろう。

それなら仕方ない。

不謹慎であるとは自覚しているが、みんなと一緒にいられるのであれば、特にハルと一緒にいられるのであれば、ナナとしては消滅への対処であろうがなんだろうが乗り越えていける。

そう思っていたのだが......

「え......な、なんでもないよ、ねえリク?」
「えっ?あ......そうだぜ。それよりも早かったじゃねえか」

ハルとリクの反応に、何とも言えないぎこちなさを感じる。

久しぶりに会ったせいだろうか。
それとも、自分が来る前に何か深刻な話をしていたのだろうか。

そう自分に言い聞かせる。

「えっと、みんなに早く会いたいなーって思ってたら、無意識に早く着いちゃった。私が一番だと思ったのに、3人がもう揃ってるからびっくりだよ」
「た、たまたまだよ、僕たちもちょっと前に着いたところだよ、ねえ?」
「ああ、ナナこそこんなに早く来るなんて思わなかったぜ」

けれど――

楽しそうに笑おうとしているのに、どこか空気が噛み合わず会話の端々に、妙な間が生まれる。まるで自分だけが何かを知らないような、そんな感覚。

心の奥に小さな棘が刺さる。

まだ痛いというほどではない。
けれど、その違和感は確かにそこにあった。

久しぶりに皆と会った嬉しさから気分の高揚を感じるが、会話が微妙にすれ違っているような気がする。

自分だけが少し遠くにいるような感覚が拭えない。

それはまるで見慣れたはずの景色の中で、ほんの一部だけが違って見えるような感覚だった。

***

ミオはできる限り普段通りに振る舞おうとしていた。
ナナの話に相槌を打ち、笑顔も作る。

しかし、隣で明らかに様子がおかしいハルを見ているうちに、その違和感がこれ以上広がる前に何とかしなければという焦りが勝ってしまった。

「ハル、ちょっと来て」
「ん、ああ......」

2人は少し離れた場所に移動すると、何かこそこそと話をしている。
話している内容は聞こえないが、ハルはミオに責められているようだ。

しばらくしてハルが戻ってくると、今度は入れ替わりにリクがミオの元に呼ばれる。

「ミオ先輩、どうしたの?何かあったの?」
「え?いや、何でもないよ。それよりも今日は久しぶりの集合だからね。どこか行きたいところある?」

なぜだろう?
ハルの笑顔と優しい言葉がやけに薄っぺらく感じる。

いつものように自分を気遣ってくれている。

それは分かる。
けれど、その気遣いがどこかよそよそしいものに感じてしまう。

無理矢理貼り付けたような笑顔。
優しい言葉をかけてくれているはずなのに、なぜかその言葉が胸に入ってこない。

気付けば先ほど胸に刺さった小さな棘が、ゆっくりと心の奥へ沈み込んでいくような感覚があった。

***

「ちょっと、最初っから違和感出してどうするのよ!?あれじゃ不自然にもほどがあるでしょ」
「そんなこと言っても突然だったから仕方ねえじゃねえか」

ナナが心の棘をゆっくりと成長させている間、少し離れた場所でミオとリクが声を潜める。

「それよりも何でお前はナナのところに行かないんだよ。それこそ不自然だろ」
「そ、それは......」
「それとさっきハルになにを話したんだ?」
「今あんたに言ったことと大体同じよ。しょっぱなから不自然さ全開なんだもの」
「やっぱりな......俺たち、最初っからやっちまったかもしれねえぞ」
「なんのことよ」
「ほれ、あっちを見てみろよ」

そう言うと、親指で背後のハルたちを小さく指し示す。

彼らに気付かれないように慎重に視線を送ると、いつもとは明らかに違う様子のハルと、顔では笑っているものの明らかに暗く沈んだ様子のナナがいた。

「えっ?まだナナが来て数分よ。なんでこうなってるのよ」
「ハルはお前に注意されたことが逆にプレッシャーになってるんだろ。不自然に楽しませようって気持ちなんて、ナナからしてみたら違和感そのものだろ。知らないやつからそんな扱いを受けるならともかく、相手はハルだろ。昔から知ってる気心知れた奴にいきなり不自然なことされたら、ああもなるだろ」
「でも、それでもナナを楽しませようとしているんだから、心遣いは嬉しいもんじゃないの?」
「それじゃ、もしお前が気心知れたやつ......いや、自分が思いを寄せているやつにあんなことされたら、嬉しいと思うか?」

それをあんたが言うのか?と喉まで出かかった言葉を飲み込み、冷静に考える。

リクが不自然な気遣いを見せてきたら......

多少の嬉しさはあるが、やはりいつもと違う様子に違和感を感じるであろう。
しかしそれは違和感にしかすぎないので、気分が暗く沈むという事にはならないのでは、と想像する。

その自分の考えをリクに伝えると......

「それじゃあよ、それに加えて自分以外の仲間がこそこそと話していて、自分を除け者にしている雰囲気を感じたらどうだ?気心知れたやつが自分だけに気を使ってる。そんな状態を想像してみろよ」
「それが今の状態ってこと?そんなことしているつもりなんてないわよ」
「それは人の感じ方次第だからな。俺たちにはそんなつもりはなくても、今のナナはそう感じているんだろ」

今のナナの置かれた状況を彼女はどう感じているのか?

恋愛感情の機微には驚くほど鈍いリクだったが、人の空気や居心地の悪さには妙に敏感だった。それこそがハル曰く、リクが人たらしである所以なのだろう。

だからこそ今のナナがどんな風にこの状況を受け取っているのかを、誰よりも正確に察していた。

背中越しにハルと会話を続けるナナの笑顔は明らかにいつものそれではない。
焦るハルも彼女の違和感に気づかないわけはないが、それがかえって重圧となり、ますます空回りを深めていく。そしてその不自然な態度が、ナナの心をさらに頑なにさせていく。

2人の関係は明らかに負のスパイラルに飲み込まれていた。

「そう思うなら何とかしなさいよ」
「何とかって、俺たちがこんな様子なのはナナを消滅から救うために色々考えてるんだよ、とでも伝えるのか?」
「それは......」
「そう、【予定表】の制約がある以上は言えねえよな。だからこうなっちまったら、いくら俺たちがどうこうしても難しい。時間が経てば話も違うだろうが、そんな時間はねえ。いわゆる詰みってやつだ」
「そんな......」
「今、この盤面をひっくり返せるのは......」
「ナナの一番近くにいたハルだけ、よね?」
「そう。俺たちだってナナのことを大事には思っているけども、その想いはハルのそれには絶対に叶わない。ならアイツに頑張ってもらうしかないんだ」

改めて視線だけをゆっくり2人へ向ける。

ハルは必死に笑顔を作っている。
ナナもそれに応えるように笑っている。

けれど、その笑顔はどこか噛み合わない。

取り繕うようなハルの声。
その違和感に傷付きながらも笑顔を崩さないナナ。

2人の間に流れていたはずの自然な空気はなく、そして――ナナの笑顔は消えていた。
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消滅予定表作者:こまりさ
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第25話 ナナが消える日・前編

8月29日 夕方

それからナナの消滅回避に向けた話し合いは続いた。

【予定表】の制約と思われる影響により、ナナに風見市の外へ行くことを促すことすら阻害されているのに、直接市外へ移動したらどんなことが起こるのか想像ができない。即ち消滅回避の条件の一つ、消滅場所からの移動はほぼ不可能だろうと結論付けた。

そのため3人は消滅時の状態を変えることを基本方針として、その方法を考えていた。

ハルとミオの【予定表】には書かれていることに微妙な差異があることは既にハルたちの間では既知のことであるが、場所と状態については共有できない以上、その差異がどれほどのものかを確認する手段はない。

ハルの【予定表】ではナナは「落ち込んでいる」となっていた。

書かれていることに差異があるとはいえ、消滅対象が同じであれば、少なくとも真逆のことが書いているわけではない。つまり「落ち込んでいる」状態とは、理由はどうあれ暗く沈んだ気持ちの現れだと推測できる。それならそれを消滅時間までに「落ち込んでいない」状態、つまり明るく元気ないつものナナにすれば良いのだ。

翌日、普段と変わらない態度で接して、ナナに違和感を抱かせないようにする。そしてナナにはいつものナナでいてもらい、そのまま楽しい雰囲気で一日を過ごして、消滅を乗り越えようと決めて解散となった。

***

同日 | リクとミオ

「どう思うよ?」
「どうって、何のこと?」
「ハルのことだよ」

ハルと別れたミオとリクは、太陽が沈み切り、その残光が僅かに残る街を肩を並べて歩いている。

先ほど決めた内容に不安があるのか、リクがぼやくようにミオに問いかける。

「普段通りに接するって言っても、実際のところできると思うか?」
「無理ね」

リクの不安をミオは一言でバッサリと切り捨てる。

「お前......即答かよ」
「そりゃそうよ。普段のハルならもっと深く色々考えるのに、あからさまな動揺でらしくもない失敗をしてるのよ。いくら冷静を装ったとしてもナナを目の前にしたら直ぐにボロが出るわよ」
「確かにな......そうなるとナナの方だって何か察して、予定通り消滅ってなっちまいかねないんだよなあ......」
「だからこそ私たちがしっかりしなくちゃいけないのよ」
「そうだな。今回は確かにハルはらしくもない失敗しちまったわけだけど、それってそれだけハルにとってナナが大切な存在ってことなんだろうな」

――らしくもない失敗。

リクは簡単に言うけれど、もし対象がリクだったとしたら――自分だって今と同じように冷静でいられるだろうか。いや、サロンを失った時の実例がある。きっと今のハル以上に動揺し、失態を繰り返すだろう。

だからこそハルには失敗をしてほしくない。
ミオはこれ以上大事なものを失う光景は見たくなかった。

「ハルもナナもお互い同じ想いなんだからとっととくっついちまえばいいのにな」
「そうね、そうすれば何かと安心......えっ?」
「ん?どうした?何か変なこと言ったか?」

リクの独り言のような呟きに自然に相槌を打つのだが、その内容に驚愕して思わず言葉を止める。

「ちょっと、何であんたがナナの想いを知ってるのよ?」
「なんでって......見てりゃ分かるだろ。ミオは気付かなかったのか?」
「気付いてるわよ!気付いてるに決まってるでしょ!」
「なんだよ、突然怒りだして」

比較的人の感情の機微に敏感なハルですらナナの気持ちに気付いていないのに、鈍感を絵に描いたようなリクが気付いているとは......。

それならなぜ自分の気持ちに気付かないのか――そう思うと何だか無性に腹が立ってきた。

今すぐにでもナナに電話して、隣の鈍感男の愚痴をぶちまけたい気分であったが、それをするにはナナに消滅のことを話さなくてはいけないので叶えることはできない。

ぶつけようがないモヤモヤする感情を必死で押さえて、八つ当たり気味に宣言する。

「いい!?明日はどんなことがあっても絶対に消滅を阻止するわよ!」
「あ、ああ。そ、そうだな」

鬼気迫る勢いに圧倒されながら、それを頼もしいと感じているリク。
どこまで言っても自分のことには鈍感なのであった。

***

同日 夜 | ハル自室

明日のことを思うと食事も喉を通らない気分のハル。

夕飯の席に着いても箸の進みの遅さを母親に心配されるが、「軽い夏バテかも」と誤魔化す。父親からも心配の目を向けられるが、何とか上辺だけの虚勢で体調に問題がないことを示す。

両親からの労りの言葉が、明日の不安で張り裂けそうな心に染みるが、それに浸るような気分でもなく、「ちょっと課題の追い込みがあるから」と早々と自室に戻り、1人でじっくりと思考にふける。

部屋に戻ってくると椅子に座り、ノートを広げて、考えを言語化するべくペンを走らせる。

――ナナが落ち込む要素とは?

そう書き綴ってから考えてみるが......。

人が落ち込む要素は千差万別。
何に落ち込み、何に喜ぶかなどは当人でないと分からない。同じ人物であっても、その日の気分によって同じ出来事に対して、喜ぶ時もあれば悲しむときもあるだろう。

そう考えだすとどうしてよいのか分からず、リクが言ったように今回の消滅に対しては文句の一つも言いたくなってくる。

――関与者も試されている。

先ほど3人で話しながら得た推論であるが、なにをどう試されているというのだろう。あるいは近しい人が消滅していく様に絶望する様子を楽しんでいるだけではないのだろうか。

「くそっ!」

何も良い考えが浮かばない。
広げたノートを閉じ、後頭部を搔きむしる。

「......そう言えば」

ふとユウのことを思い出す。
彼はなぜかいつも欲しい時に欲しい言葉を書き込んでいる。

【予定表】の意思が何らかの意図を持ってハルたちを監視しているというのであれば、ユウはさながら消滅現象に対するアドバイス機能といったところだろうか。

今回も何かヒントになるようなものがないかと、すがる思いでユウの書き込みを探すが......。

――近しいものが失われることがはじまり。
――悲しみを知るものが悲しみから救える。
――消滅は伝播する。

相変わらず抽象的なことが書いてあるが、消滅を知っているハルだからこそ、それらの言葉に空恐ろしさを感じる。

近しいものが失われる――これはまさしく今のハルのことだ。

ナナを失って何かを得られるのだろうか?
もし大事なものを失わなければ得られないものなら、そんなものは欲しくない。

無意識に唇を強く噛んでいたことに気付き、全身の力を緩める。
大きな息を一つ吐き、さらに何かヒントになるような言葉を探していく。

「これは......?」

――全ての予定は未定、未来は作られるものである。

一見当たり前のように見える言葉であるが、残酷な未来の予定が記されている【予定表】を持つハルにとっては違う意味が見えてくる。

それは即ち、書かれている予定は確定ではないということ。

【予定表】に載ったから消滅が確定するわけではなく、あくまでも消滅する「予定」が記されているだけ。それが実際に消滅する未来を迎えるのか、あるいはこれからも存在し続ける未来となるのかは現時点ではまだわからない。ここに記されているのはあくまでも予定なのだ。

予定とは決められたことを待つものではなく、未来そのものである。
そして未来とは人の手で作っていくものだ。

「ナナが存在し続ける未来......」

この言葉はハルが未来を創るためにユウが与えてくれた言葉、と思うのはさすがに考えすぎだろうか。

人の心とは脆いものである。

今、この瞬間は明るい未来を作ろうと決意しても、次の瞬間には闇に染まる場合もある。しかしユウの言葉が【予定表】に押しつぶされそうになっていたハルの心に光を差してくれたのは間違いない。

例えナナを前にして再び闇に飲まれそうになっても、一度光を覚えた心は、きっと何度でも光を取り戻すはず。

「......絶対に......!」

そして翌日を迎える――

***

8月30日 12時20分頃 | 風見駅付近

休息日として設けた5日間を終え、今日は久しぶりに4人が顔を合わせる。

集合場所である風見駅に向かいながら、ナナはみんなの顔を想像するだけで思わず笑みがこぼれてしまう。このまま行けば、恐らく予定時刻よりもやや早い時間に着いてしまうが、それも気にならないくらい気分が高揚していた。

6月のある日、ハルから「目の前にあった木が突然消えた」と聞いた時には、とてもではないが言っていることを信じることができなかった。

それが例え昔からの幼馴染であり、特別な感情を頂いている相手であるとはいえ、言っていることがあまりにも非現実的すぎて、理解できるとは到底言い難かった。

それでも消滅のことを真剣な表情で話すハルが冗談を言っているとも思えなかった。だから消滅現象を信じるか信じないかよりも、ハルの言葉を信じよう。そう思った。

ミオたちとの出会いを通じて、消滅現象の存在はいつしか現実のものとして受け入れていたが、それでもまだ何かが突然その場から消えてしまうということは、自分とは関係ないどこか遠くの出来事のような感じがしていた。

けどある時、ナナも消滅を目の当たりにした。

――モノが消える

言葉にすればたった一言だ。
しかしそれを現実に見た時には、恐怖で身体の震えが止まらなかった。

そんな自分の身体を優しく包み、安心を与えてくれたのはハルだった。

幼稚園からの幼馴染である2人は成長するにつれ疎遠になる――という事もなく、今でも会えば雑談に花を咲かせ、たまには一緒に出掛けたりもしていた。

しかしそれもそれほど高い頻度ではなく、クラスも違い、互いに部活やバイトをしているため、顔を合わせる機会は決して多いものではなかった。

それが消滅現象に携わるようになってからは、ほとんど毎日一緒にいるようになった。それは不謹慎ではあるが、ナナにとってはハルと時間を共有できる大切な時間であった。

今回設けた5日間の休息は、久しぶりに消滅のことを忘れ、現実に戻ることができた時間であったが、同時にハルとの関係が消滅現象によって繋がっているものだと思わされた時間でもあった。

連絡したければメッセージを送ればいいし、電話をしたり会うことだってできる。

しかしナナと会うことで消滅を思い出させてしまうことになってしまったら休息の意味がなくなってしまう。そう思うと自分から連絡ができなかった。

だから昨日、突然電話が来た時には心臓がドキンと跳ねた。
その内容はちょっとおかしかったような気がするが、それは自分が動揺していたせいだろう。

消滅現象によってハルと過ごす時間が増え、その時間が淡い想いを色濃くしていた。そんな想いを心に秘めながら待ち合わせ場所に向かい、遠くに3人の姿が見えた。

「お待たせー!」と、いつものように柔らかい笑顔を浮かべながら3人に向かって声をかけようとするが、思わずその言葉を飲み込んでしまう。

なぜならそこでナナが見たのは、まるで今からお通夜に向かうような3人に悲痛な面持ちがあったからだ。

***

同日 12時頃

時間は少し遡った12時ちょうど。

集合時間は12時半としていたが、ナナを除くハルたち3人は既に集合していた。
今日のことを予め打ち合わせるためだ。

「おいおい、顔がこえーぞ。そんなんじゃナナを楽しませるどころか、逆に怖がらせちまうぞ」

ナナを消滅から救う。
その固い決意がそのまま表情に出ていたハルをリクが窘める。

【予定表】では今日の夕方、ナナが消滅する。

それを防ぐためにはナナの「落ち込んでいる」という状態を回避しなくてならない。そのためにはナナを全力で楽しませると決めた3人であったが、具体的にどうしたら良いのかは、その時のその場になってみないと分からない。

要は行き当たりばったりになってしまうのだが、とにかくナナを落ち込ませないようにしようというのが今日の3人の行動方針であった。

「そうよ。私たちもしっかり楽しませるつもりだけど、最終的にはハルにかかってるのよ」
「おい、ミオ。逆にプレッシャーかけてどうするんだよ」

ハルにとってナナは幼い頃から身近にいた存在である。
心の中で抱いている淡い心がどのような決着になるかは未だ分からないけど、それでもナナがいなくなる未来は想像ができない。

ナナが消滅してしまう。

それはハルにとって未来が削り取られるようなものであり、想像ができない未来である。だからこそ「らしくない」と言われる動揺をしてしまい、そして今もその重圧に押しつぶされそうになっている。

「も、もちろん大丈夫だよ。要は今までと同じように接して、ちょっといつもよりふざけたりして楽しい時間にすればいいんだろ」

そう自分に言い聞かせるように口にする。

しかし今日、本当にナナを失ってしまうかもしれないという恐怖をどうしても振り払うことができず、そうならないようにと思えば思うほど気持ちが空回り、表情はどんどんと硬くなる。

その表情を見て不安を隠し切れないミオとリクだが、それを指摘したところですぐに変えられるものでもないだろう。

幸いナナとの待ち合わせ時間まではまだ若干の猶予がある。
それまでに少しずつハルの気持ちも解きほぐしていかなくてはいけない。

「私たちもしっかりサポートするから、絶対に防ぎましょ」
「でもよ。楽しませるったって、具体的にどうすればいいんだ?」

【予定表】の内容を知ることはできないリクであるが、話の流れからどうすれば消滅が防げるのかを察している。しかし「落ち込んでいる」状態というのは本人の気分次第だ。何をしたら落ち込むのか、何をすれば楽しいと思うのかなど、全てはナナの主観でしかない。

だからこそ、この中で最もナナのことをよく知るハルの役割が重要である。

本来であれば自ら口にした通り、いつもと同じようにしていればそれだけで十分だが、ナナを大事に思うあまり、今日のハルは明らかに気持ちが空回り、いつも通りにしているつもりでも表情が強張り、考えが偏りだす。

――どうすれば楽しんでもらえるのか。
――どうすれば自然でいられるのか。
――ナナを落ち込ませないようにするにはどうすればいいのか。

昨日までの決意は揺らいでいない。

ナナを救う。
そのためにやるべきことも理解している。

頭では分かっている。
しかし――


いざ当日を迎え、ナナが本当に消えてしまうかもしれない未来を現実のものとして想像してしまうと、感情を上手く制御できなかった。

理屈では冷静でいようとしているのに、胸の奥では焦りと恐怖が絶えず渦巻いている。決意したからといって、恐怖が消えるわけではない。むしろ考えれば考えるほどどうしたらよいのか分からなくなり、ただ緊張感とプレッシャーだけが重くのしかかっていた。

「......ふぅ......」

3人が同時に深いため息をつく。
そこに込められた意味は三人三様なのかもしれないが、3人の表情はそろってお通夜の参列者のように険しい表情をしている。

「いつまでもこうやって険しい顔をしているわけにもいかねえぞ。もうすぐ12時半、ぼちぼちナナも来る頃だから、そろそろ切り替えていこうぜ」
「そうね、私たちがこうして暗い顔をしていたら、楽しむものも楽しめないわ」
「うん......」

そして12時半となり――ナナが姿を現した。

「お待たせー......って何かあったの......?」

3人の悲痛な面持ちに、その場に割って入ることを躊躇するナナだったが、それでも飲み込みかけた言葉を何とか吐き出し、様子をうかがう。

今日は久々の顔合わせなので、それぞれの近況報告などしたいところだが、3人の表情を見ると、きっとまた誰か消滅が【予定表】に現れたのであろう。

それなら仕方ない。

不謹慎であるとは自覚しているが、みんなと一緒にいられるのであれば、特にハルと一緒にいられるのであれば、ナナとしては消滅への対処であろうがなんだろうが乗り越えていける。

そう思っていたのだが......

「え......な、なんでもないよ、ねえリク?」
「えっ?あ......そうだぜ。それよりも早かったじゃねえか」

ハルとリクの反応に、何とも言えないぎこちなさを感じる。

久しぶりに会ったせいだろうか。
それとも、自分が来る前に何か深刻な話をしていたのだろうか。

そう自分に言い聞かせる。

「えっと、みんなに早く会いたいなーって思ってたら、無意識に早く着いちゃった。私が一番だと思ったのに、3人がもう揃ってるからびっくりだよ」
「た、たまたまだよ、僕たちもちょっと前に着いたところだよ、ねえ?」
「ああ、ナナこそこんなに早く来るなんて思わなかったぜ」

けれど――

楽しそうに笑おうとしているのに、どこか空気が噛み合わず会話の端々に、妙な間が生まれる。まるで自分だけが何かを知らないような、そんな感覚。

心の奥に小さな棘が刺さる。

まだ痛いというほどではない。
けれど、その違和感は確かにそこにあった。

久しぶりに皆と会った嬉しさから気分の高揚を感じるが、会話が微妙にすれ違っているような気がする。

自分だけが少し遠くにいるような感覚が拭えない。

それはまるで見慣れたはずの景色の中で、ほんの一部だけが違って見えるような感覚だった。

***

ミオはできる限り普段通りに振る舞おうとしていた。
ナナの話に相槌を打ち、笑顔も作る。

しかし、隣で明らかに様子がおかしいハルを見ているうちに、その違和感がこれ以上広がる前に何とかしなければという焦りが勝ってしまった。

「ハル、ちょっと来て」
「ん、ああ......」

2人は少し離れた場所に移動すると、何かこそこそと話をしている。
話している内容は聞こえないが、ハルはミオに責められているようだ。

しばらくしてハルが戻ってくると、今度は入れ替わりにリクがミオの元に呼ばれる。

「ミオ先輩、どうしたの?何かあったの?」
「え?いや、何でもないよ。それよりも今日は久しぶりの集合だからね。どこか行きたいところある?」

なぜだろう?
ハルの笑顔と優しい言葉がやけに薄っぺらく感じる。

いつものように自分を気遣ってくれている。

それは分かる。
けれど、その気遣いがどこかよそよそしいものに感じてしまう。

無理矢理貼り付けたような笑顔。
優しい言葉をかけてくれているはずなのに、なぜかその言葉が胸に入ってこない。

気付けば先ほど胸に刺さった小さな棘が、ゆっくりと心の奥へ沈み込んでいくような感覚があった。

***

「ちょっと、最初っから違和感出してどうするのよ!?あれじゃ不自然にもほどがあるでしょ」
「そんなこと言っても突然だったから仕方ねえじゃねえか」

ナナが心の棘をゆっくりと成長させている間、少し離れた場所でミオとリクが声を潜める。

「それよりも何でお前はナナのところに行かないんだよ。それこそ不自然だろ」
「そ、それは......」
「それとさっきハルになにを話したんだ?」
「今あんたに言ったことと大体同じよ。しょっぱなから不自然さ全開なんだもの」
「やっぱりな......俺たち、最初っからやっちまったかもしれねえぞ」
「なんのことよ」
「ほれ、あっちを見てみろよ」

そう言うと、親指で背後のハルたちを小さく指し示す。

彼らに気付かれないように慎重に視線を送ると、いつもとは明らかに違う様子のハルと、顔では笑っているものの明らかに暗く沈んだ様子のナナがいた。

「えっ?まだナナが来て数分よ。なんでこうなってるのよ」
「ハルはお前に注意されたことが逆にプレッシャーになってるんだろ。不自然に楽しませようって気持ちなんて、ナナからしてみたら違和感そのものだろ。知らないやつからそんな扱いを受けるならともかく、相手はハルだろ。昔から知ってる気心知れた奴にいきなり不自然なことされたら、ああもなるだろ」
「でも、それでもナナを楽しませようとしているんだから、心遣いは嬉しいもんじゃないの?」
「それじゃ、もしお前が気心知れたやつ......いや、自分が思いを寄せているやつにあんなことされたら、嬉しいと思うか?」

それをあんたが言うのか?と喉まで出かかった言葉を飲み込み、冷静に考える。

リクが不自然な気遣いを見せてきたら......

多少の嬉しさはあるが、やはりいつもと違う様子に違和感を感じるであろう。
しかしそれは違和感にしかすぎないので、気分が暗く沈むという事にはならないのでは、と想像する。

その自分の考えをリクに伝えると......

「それじゃあよ、それに加えて自分以外の仲間がこそこそと話していて、自分を除け者にしている雰囲気を感じたらどうだ?気心知れたやつが自分だけに気を使ってる。そんな状態を想像してみろよ」
「それが今の状態ってこと?そんなことしているつもりなんてないわよ」
「それは人の感じ方次第だからな。俺たちにはそんなつもりはなくても、今のナナはそう感じているんだろ」

今のナナの置かれた状況を彼女はどう感じているのか?

恋愛感情の機微には驚くほど鈍いリクだったが、人の空気や居心地の悪さには妙に敏感だった。それこそがハル曰く、リクが人たらしである所以なのだろう。

だからこそ今のナナがどんな風にこの状況を受け取っているのかを、誰よりも正確に察していた。

背中越しにハルと会話を続けるナナの笑顔は明らかにいつものそれではない。
焦るハルも彼女の違和感に気づかないわけはないが、それがかえって重圧となり、ますます空回りを深めていく。そしてその不自然な態度が、ナナの心をさらに頑なにさせていく。

2人の関係は明らかに負のスパイラルに飲み込まれていた。

「そう思うなら何とかしなさいよ」
「何とかって、俺たちがこんな様子なのはナナを消滅から救うために色々考えてるんだよ、とでも伝えるのか?」
「それは......」
「そう、【予定表】の制約がある以上は言えねえよな。だからこうなっちまったら、いくら俺たちがどうこうしても難しい。時間が経てば話も違うだろうが、そんな時間はねえ。いわゆる詰みってやつだ」
「そんな......」
「今、この盤面をひっくり返せるのは......」
「ナナの一番近くにいたハルだけ、よね?」
「そう。俺たちだってナナのことを大事には思っているけども、その想いはハルのそれには絶対に叶わない。ならアイツに頑張ってもらうしかないんだ」

改めて視線だけをゆっくり2人へ向ける。

ハルは必死に笑顔を作っている。
ナナもそれに応えるように笑っている。

けれど、その笑顔はどこか噛み合わない。

取り繕うようなハルの声。
その違和感に傷付きながらも笑顔を崩さないナナ。

2人の間に流れていたはずの自然な空気はなく、そして――ナナの笑顔は消えていた。
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次の話第26話 ナナが消える日・後編
消滅予定表作者:こまりさ
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