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第24話 届かないという絶望

8月29日 夕方 | 風見中央公園

残暑というには厳しすぎる暑さが続く今年の夏も、夕方になればようやく心地よい風が吹き始める。そのせいか、日中は閑散としていた風見中央公園には、散歩やランニングを楽しむ人たちの姿が目に見えて増えてきていた。

ハルがどうにか平静を取り戻すと、賑わい始めた人波を避けるように、3人は木陰へと場所を移した。そこで改めて、明日取るべき行動についての打ち合わせが始まった。

「改めて確認するけども、消滅予定は明日の夕方でいいんだよな?」
「うん、それであってる。時間は正確には16時18分ってことになってるよ」
「対象の特徴は――今回は伝えるまでもないわね」

リクの問いかけに関与者である2人が答える。

同じ【予定表】であっても、そこに表示される内容にはそれぞれに特徴があるというのは既に全員の共通認識だ。ハルは自分の【予定表】から正確な消滅予定時間を2人に共有するが、ミオの対象の詳細情報については――今回に限っては必要ないだろう。
日が落ちるにつれて心地よい風が木陰を吹き抜け、汗ばんだ身体を優しく冷やしていく。少しずつ呼吸が整い、ようやくハルの頭の中も整理され始めていた。
1人きりだったら、今でも絶望と無力感に飲み込まれていただろう。
そう思うと、目の前の2人に心の中で深く感謝した。

「それで......市外に連れ出そうと促しても、なぜかそれを伝えることができなかったって言ってたけど、それってどういうこと?」
「それは......」

ハルは少し言い淀みながら、心を暗闇に落としたきっかけとなった出来事をぽつりと語りだす。

***

約30分前

アルバイトは予想通りの大混雑で、オープンの時間からハルがアルバイトを終える時間まで、文字通り息をつく暇がないほどの大盛況であった。

今から夜の時間に向けてさらに忙しくなるであろうことは容易に想像がつくのだが、残念ながらここでハルのシフトは終了となる。入れ替わりにやってきた夜の部のバイト仲間に挨拶をすると、疲れた身体を引きずり店をあとにする。

外に出ると日差しはまだそれなりの熱を持っているが、忙しさからの解放感のおかげで、その熱さすら心地いい。

明日は久しぶりにみんなに会える。

そんな高揚感を胸に風見中央公園の遊歩道を抜けて帰路についている中で、つい気が緩んでしまったのだろう。休息期間に気にしないようにしていた【予定表】がどうしても気になってしまった。

みんなと約束した手前、それを見るのはなんとなく罪悪感を感じるも、どうしても確認しないではいられなかったが、それはあとから思い返せば、ある種の予感めいたものだったのかもしれない。

そして開いた【予定表】にナナの名前を見つけてしまったのだ。

それを見た瞬間、まだそれなりに熱いはずだったのに、ハルは周囲の気温が急激に下がったように感じ、熱さとは違う汗が全身に流れ出す。動揺のあまり身体が震えだし、手にしたスマホを落とさないようにするのが精いっぱいだった。

ハルはその場で十数秒は立ち止まっていただろうか。

ようやく我に返ると、慌ててナナに電話をかけた。

スマホの向こうから聞こえる呼び出し音がもどかしく感じる。

「もしもし、どうしたの?」

ようやく聞こえてきたナナの声に、一気に力が抜けそうになるが、精一杯自分を鼓舞して平静を装う。

「落ち着いて聞いてほしいんだけど......」

そういった自分の声の方こそ震えていないか気になるが、ゆっくり言葉を選びながら冷静に事実を告げる。

「実は......ナナが【予定表】に載ったんだ。でも風見市の外にいれば助かるんだ。だから明日はみんな集まったら時間まで風見市の外にいこう」

【予定表】のルールでは場所や状態は共有できない。
だからそれを伝えずに消滅の条件を崩すことができるように行動を促す。これはミオたちがよくやっていることをとっさに真似てみたのだが、うまく伝わっただろうか。

突然の話でさぞ驚いたのであろう、ナナからの反応はない。

ハルは「ナナ......?」と恐る恐る声をかける。

「え?なに?さっきから電波が悪いせいかうまく聞こえないよ」

ナナの返事に違和感を感じつつも、ハルは同じことを繰り返す。

「だからナナが【予定表】に載っちゃったんだ。だから明日は風見市の外にいよう」

今度はうまく聞こえただろうか?
しかしナナの反応はハルが予想しないものだった。

「そうだね、そしたら明日はお弁当とか持っていくのもいいかもね」
「えっ?なにを......」
「なにいってるの?今言ったじゃん。明日は天気もよさそうだからみんなで風見市内を散策しようかって」

一瞬頭が真っ白になる。

――僕はそんなことは言ってない。

崩れ落ちそうになる足に力を入れて、うわずりそうなる声を必死に抑える。

「いや、僕が言ったのは【予定表】に......」
「うん、5日間って長いようで短かったよね」

思考がバラバラになりそうだった。
言葉は分かるのに会話が成立しない。

これ以上は立っていられず、目の前にあったベンチまでふらふらと歩くと、勢いよく座り込む。そこは偶然にも、かつてお気に入りの木を眺めていた場所であった。

「......ナナ、僕の声、聞こえてる?」

呟くようなハルの言葉もきっと今のナナには届かないのだろう。
そう思い目の前が真っ暗になりそうであったが......

「なに?ちゃんと聞こえてるよ。さっきからどうしたの?声に元気がないけど大丈夫?」

なぜか今度の言葉はちゃんとナナに届いたようだった。
さっきまでは会話が成立しなかったのに、なぜ今は......。

ふと思いついたことがあり、ハルは言葉を選びながら会話を続ける。

「5日間の間、ナナはなにしてたの?」
「えっとね、半分は部活で、残りの半分はごろごろしてたよ。ハルは?」
「僕はアルバイトだよ。この時期のカフェは忙しいんだ」
「そうなんだー。私も1日くらいハルのカフェにお茶しに行けばよかったかなあ」
「そうだよ、ミオ先輩と一緒に来ればよかったのに」
「そんな話も出てたんだけど、ミオ先輩は今のうちに勉強しなくちゃって言ってたんだよね」

ここまでは問題なく会話が成立している。
ナナと普通に会話できることがこんなにも心を落ち着かせるとは、秘かな想いがあるとはいえ、当たり前のことが当たり前にできるということがこんなにも嬉しいことだと改めて気づく。

「それにしてもずっと消滅に携わっていたからね、僕も忙しかったといえ、良いリフレッシュだったかもしれないよ」

これはどうだろう?
消滅という言葉を会話に織り交ぜてみて、その反応をうかがう。
果たしてこの言葉はちゃんとナナに伝わるだろうか?

「そうだね、私もリクも【予定表】は見えないけど、その分2人のことは心配しているんだから、そうやって言ってくれたなら安心だよ」

今度もちゃんと会話ができたようだ。

ハルはうすうす感づいていた。
どうしてナナとの会話が成立しなかったか、その条件に。

「それで......」
「ん?なーに?」
「実はナナが【予定表】に載ったんだ」
「そうなんだー、それじゃ明日はそれ食べてみたいなー」

どうやらナナに自身の消滅のことを伝えようとすると、なぜかまったく違うことになって伝わってしまうようであった。

それから何度試しても、どのような言い回しをしても、ナナに消滅のことを伝えることができず、「あ、そろそろ買い物頼まれてる時間だから切るね、また明日ねー」と言われ、結局伝えたいことを伝えられぬまま電話を終える。

スマホの向こうからナナの声が聞こえなくなると、それまで必死に平静でいようと張り詰めていた精神が一気に崩れる。

ナナが消滅してしまう。
それなのにそれを本人には伝えることができない。

その絶望感がハルを支配する。

その時、スマホにミオからのメッセージが届く。
それは今いる居場所を尋ねる内容だった。

震える手を押さえつけながら返事をすると、あとはなにも考えることができず、ただ空中を見つめるだけであった。

***

「そんなことが......」
「他の事はもちろん、消滅の事でもナナ自身に関係しないことなら普通に話ができるんだ。それなのに明日の消滅を回避させるようなことを伝えようとすると、途端に会話が成立しなくなるんだ」

2人の顔を見て多少元気を取り戻したものの、事態はなにも変わってはいない。
落ち着きは取り戻したものの、それは表面的なものであって、油断すると今でも崩れ落ちそうになる。

「話をしても伝えられないんだったら、会ってから直接市外まで連れ出しちまえばいいんじゃないか?」

簡単なことだろ、と言わんばかりにリクが提案するが、それはミオだけでなく、誰よりもナナの消滅回避を願っているはずのハルもいい顔をしない。

「辞めた方がいいわ。今回は今までとは勝手が違うからなにが起こるか分からないわ」
「勝手が違う?どういうことだ?」
「今回の消滅には今までと違うおかしな点が二つあるわ」

対象がナナであるという事に動揺していたハルであったが、これまでの消滅とは異なる点についてはハルも気付いていた。

「ミオ先輩も気付いてたんだね」
「ええ、今回は明らかに今までとは違うもの」

2人の話にリクだけがついていけず、2人の間で視線を忙しなく往復させて説明を求める。

「なにが違うってんだよ。俺にも分かるように説明してくれよ」
「ああ、ごめん。そうだね、僕自身もおかしいとは気付いてはいるけども、なんでそうなっているのかまでは良く分かってないんだよ」

そう前置きすると、ハルはミオがあげたおかしいと思われる点の一つ目を挙げる。

「まずは一つ目はナナに消滅のことを伝えられないことかな」
「確かに......消滅の状態や場所が伝えられないのは分かってたけども、消滅のこと自体は今までだって共有できたはずだからな」

リクがハルの疑問に同意するが、ミオはそれについてあっさりと答える。

「それについては原因がはっきりしているから、理解はできないけど、納得はできるわ」
「なんで納得できるんだよ、どう考えてもおかしいじゃねえか」

ナナに消滅回避を促す言葉を伝えようとしても、なぜかそれがまったく異なる言葉になって伝わる。それはあり得ない現象ではあるのだが、ミオはそれを納得できるという。

リクはなぜ納得できるのかが分からずミオにその理由を問いかけるが、ミオはそれを制して言葉を続ける。

「順番に話すからまずは聞いてちょうだい」
「まあ、そういうことなら......」

リクが渋々納得する横で、ハルは黙ってミオの推論に耳を傾けている。

「二つ目のおかしな点、それは消滅場所よ」
「......やっぱり」
「ハルは気付いていたのね」
「うん。今までなら公園とかショッピングセンターとか、ある程度限定された場所だったけども、今回の消滅場所で指定されたのは「場所」なんて言えるほど限定された場所じゃない。そこにいること自体が消滅の対象になるなんて、普通に考えれば避けようがないよ。だからこそ焦ってしまったんだけどさ......。言葉に出して共有はできなくても、今までの話からリクもなんとなくその広さは分かるよね?」

リクは無言で頷く。

「消滅場所の規模は今までと明らかに違うとは言え、それでも場所として指定されている以上、そこから脱出できれば消滅は回避できるはず。そう考えて見たんだけど......」
「まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ。悔やむくらいならその失敗からなにかを学び取らないと」
「うん......」

ハルは自分の焦りによる致命的なミスを悔やむ。

最初から冷静に考えることができていれば、明日ナナに会ってからそのまま市外に行き消滅を回避できたかもしれない。

今でもそれができないと決まったわけではないが、不可思議な現象によって消滅のことを伝えることすらできない現状を考えると、確かにミオのいう通り辞めた方がよいのだろう。

「それにしてもよ、なんで今回はこんなに難易度が高いんだよ。まるで消滅の意志とやらが今回に限っては消滅を絶対に実行してやる、なんて意地になってるみたいじゃねえか」
「そこよ、私が引っかかっているのはまさしくそのことなのよ」

リクの不満交じりのぼやきにミオが賛同する。

ハルたちはこれまで消滅のことを話し合ってきた中で、消滅や【予定表】を作り出したなんらかの存在を意識するようになっていた。

目の前にあるものが忽然と消滅する。
そんなことは自然界ではあり得ない現象だが、例えば「神隠し」という言葉があるように、なにかが突如として消えてしまう事象自体は、古来より世界各地で発生してきたとされている。

もちろん、歴史に記録があるからといって、それが日常的に起こり得ることだというには無理がある。けれど、非科学的ではあっても、消滅という現象そのものは、人類にとってある種「聞き馴染みのある」既知の恐怖でもあった。

しかし、そうした伝承の類をいくら紐解いても、消滅を事前に予告する【予定表】なんてものの存在はどこにも確認されていない。

予告があるということは、そこになんらかの「意志」が介在しているということだ。誰がなんの目的で実行しているのかは分からない。だが、その意志はなんらかの意図を持って、冷徹に消滅を繰り返している。そう考えるのは決して飛躍した発想ではないはずだ。

そして今回、運命のダイスはたまたまナナを選んだ。
ただ、それだけの話だったはずなのに......

「これまで消滅を回避するために私たちがした行動は、消滅時の状態を変える。または場所を変える、のいずれかよね」
「うん、そうだね」
「座ってるって状態なら立たせる。上を見ているなら下を向かせるって感じだな」
「でも消滅時の状態が維持されていると認識されると、状態を変えたことにはならない。だから【予定表】に書かれている状態とは明らかに異なる――書かれている状態であると連想される余地がないようにその状態を変えなくちゃいけない。そうだったわね」
「ああ、そのことを理解せずに失敗したこともあったな」

かつての失敗を思い出し、ハルとリクはちょっと苦い顔をする。

ミオはそんな2人の表情に少しだけ申し訳ない気持ちになるが、それでも今はナナを救うために話を進めなくてはならない。

「それじゃその状態が変わったっていうのは誰が判断しているのかしら」
「誰がって、【予定表】を作った消滅の意志ってやつじゃないのか」
「そうね。そう思うわ」

ミオが質問に答えずに質問を重ねるときは、それはなにらかの推測をしている時だ。
この問答のゴールに今回の消滅の不可思議な点の答えが待っているはずだ。

「話を変えるわね。なんでナナに言ったことが伝わらないと思う?」
「なんでって......」

ミオは既にそのことに思い当たっているようであるが、ハルは皆目見当がつかない。

話したことが伝わらない。
なぜこんなことが起きているのか。

いつもならここで思考の海に飛び込むところだが、今は少しでも前に進むためのヒントが欲しい。前に進まないとナナを救えない。

ハルは焦る気持ちを抑えてミオに答えをせがむ。

「ミオ先輩はそれがなにか分かってるの?」
「ええ、推論ではあるけども、恐らく見当違いってことはないと思うわ」
「俺もなんとなく分かったぜ、まあ今回は仕方ないかと思うけどな」
「リクも分かったの?それってなんなの?」
「そうね、別にとんち比べをしているわけでもないから教えるわね」

そういうとミオは口を開こうとするが、なぜか一瞬躊躇する。
しかし被りを振ってハルの目を見て推論を伝える。

「それは恐らく、ハル、あなたが消滅対象であるナナに直接消滅対象であることを伝えようとしたからよ」
「え?」


一瞬、ミオの発した言葉の意味を理解できずに固まってしまう。

「もちろん証拠なんてないし証明もできないから推測の域を出ない話だわ。でも......少なくとも、そう考えると辻褄は合う」

ミオが自身の言葉に注釈を入れるが、それでもここまで断言するからにはそれなりに確証を得ているのだろう。固まったままのハルには構わず、ミオは言葉を続ける。

「考えても見て。今までナナやリクは、状態を変えようとして話しかけたり行動を誘導したりすることはあったけども、「あなたは消滅するからその行動を辞めてください」なんて言ったことは一度もないわ」
「確かにそうだな。もっとも、俺やナナはどんな状態か分からないから伝えようもなかったんだけどな」
「そう思うと【予定表】で状態や場所を知っている私たちだったら、なにかの拍子に対象に伝えてしまっていたかもしれないから、直接的な対処をリクやナナにお願いしていたのは、結果的には良かったのかもしれないわね」
「でも、なんで直接伝えたからって......」

ミオの推論では、ナナに対して起きている状況は、ハルがナナに直接消滅対象であることを伝えてしまったからだという。

確かに今まで、対象に直接消滅のことを伝えたことはなかった。
しかしそれがなんで消滅妨害の理由になるのだろう。

「それこそが今回のおかしな点なのよ」

気付けば太陽は公園の木々の影を長く伸ばしている。
少しずつ気温が下がっていき、まもなく空の色は暗く染まるだろう。
一日も終盤に差し掛かる時間である。

しかしミオの話を聞く2人に周囲の景色は映らず、ただその推測に耳を傾け続けていた。

「ここまで私たちは【予定表】の情報を元に消滅を防いできたけど、それは真っすぐに延びている道を歩きながら、途中にある暗号を解きつつ進んでいたようなものだわ。その暗号は解こうが解くまいが自由。けど、私たちは【予定表】という暗号を解くヒントを手にしているわ。だから、解ける暗号は解き続けながらここまで歩いてきた」
「その例えでいうと、あるのは分かってるけど解かずにスルーした暗号ってのは、俺たちの行動方針から外れた消滅。つまり手の届く範囲じゃない消滅ってことだな」
「その通りよ。でも今回に限っては、まずその暗号の難易度が今までと比べ物にならないくらいに上がってる。そしてそれを解こうと今までと違うアプローチをしたら、なぜかさらに暗号の難易度があがったってとこかしら」
「今回のナナの件だな」
「ええ。これって、私はその暗号の出題者、すなわち消滅の意志が私たちと暗号――消滅対象者の関係を把握していて、さらに暗号を解ことした手段――直接消滅のことを伝えたってことを監視しているってことなのかもしれないわ」

ミオの推測。
それは今までもしばしば話題に上がっていた消滅の意思。
その存在が実在しているという前提のものであった。

「それじゃなにか?ナナが俺たちと関わりがあるから難易度が上がって、さらにハルが消滅のことを話したから、今度は会話まで邪魔してきたってことか?」
「私はそう考えたわ」
「相手や方法で難易度を変えるなんて、これがゲームならクレームもんだぜ。そんなものにどうやって対抗していけばいいんだよ」

ナナがハルたちと繋がりがあるせいで、消滅の意思はナナの消滅をより強固なもののとした。確かに当事者であるハルたちにしたら理不尽以外何物でもない。

リクの憤りも当然のことであったが、ミオは冷静に話を続ける。

「私たちは何度かの話し合いのなかで、消滅はなにかの意志によるものだと予測してきたわよね」
「ああ」
「けど、その意思は消滅を実行することに迷いがあるから【予定表】を作り、私たちに回避のチャンスを与えた。私たちはそう予測したわよね」

木々の隙間から差し込む夕日が、いつの間にか赤みを帯び始めていた。
公園を吹き抜ける風も少しだけ冷たさを増し、一日の終わりが近づいていることを静かに知らせている。

「それじゃナナの消滅には迷いがないってことかよ」
「いいえ、違うわ。むしろこれこそが迷いなんだと思う」
「どういうことだよ!?」

思わずリクの語気が荒くなる。

「例えばね。できるかどうかは別にしてだけども、もし【予定表】の存在を公にして、消滅の予定を広く世の中に周知できるとしたらどうなると思う?」
「うーん......」

ミオの問いにリクは頭をがしがしと掻きながら唸り声を上げる。
ハルは言葉を探しながら答える。


「もし......それが可能なら、消滅の回避は今よりも遥かに簡単になる......かな?」
「確かにそうすれば簡単だな。なんで今まで気づかなったんだろな」

ミオの例え話。
それは今まで思いつきもしなかった名案であった。

その話にリクは賛同するが、ミオの表情を見るとそれはあくまでも例え話の域を出ないようである。

「仮に消滅現象と【予定表】が世の中に認知されたとして、【予定表】に載った人にメディア等で回避の呼びかけをする。それが実際にできたら確かに消滅回避は簡単にできると思うわ」
「だろ。そしたら俺たちがこうやって日々駆け回らなくて済むって話だろ」
「でも......それじゃ消滅を司る意思が【予定表】を作った意味がないのよ」
「意味がないってどういうことだ?消滅させることを迷ってるんだろ。それを回避させるための【予定表】なんだろ。それをどう活用しようと俺たちの勝手じゃねえか」

ミオの推論に対して納得がいかないリク。

もちろんミオ自身を責めているわけではないが、もしミオの推論が正しければ、消滅の意志がなにを考えているのか理解できない。

一方、ハルはミオの言葉で、欠けていた穴が少しずつ埋まるように、矛盾しているような消滅の意志の意図が分かったような気がした。

「そうやって簡単に消滅回避ができるようになってしまったら......意思は迷わなくなる」

ミオが表情だけで同意を示す。
しかしリクはまだ納得がいかない。

「なんでだよ!消滅させようと思ってモノやヒトを【予定表】に載せたけど、ホントに消滅させていいか迷っているから【予定表】を特定のやつらに見えるようにしたんだろ。だったらその選ばれたやつらはどんな手段を使ってでも消滅を回避する。それのどこが悪いんだよ」

リクがいうことはまったくの正論だ。

その方法が実行できるか否かは別として、消滅を回避するためであれば【予定表】に載った内容を広く告知して、国や公的機関の主導の下で対象を保護してもらうのが最も確実な方法だろう。

しかしその方法をハルとミオは否定する。

「恐らく消滅の意志は迷ってるだけじゃない。試しているんだと思う」
「そうね、私たちの行動がそれを物語ってるわ」
「だから、より関与者に近い立場であるナナには、僕たちを試すように難易度をあげている、のか......」

2人の中では既に結論に至っているのだろう。

関与者である2人が通じ合っているのを見て、リクは少しもやもやとした気持ちになるが、今はそれ以上の2人の出した結論に納得がいかない。

やや語気を強めてハルを問い詰める。

「だから、それが意味わからないんだよ。俺たちの行動が物語っている?俺たちを試す?どういう意味だよ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ」

ミオは今にもハルに掴みかかろうとするリクを宥める。

2人の推測によると、ハルがナナに消滅のことを伝えたから状況を変えるのがより困難になってしまったのだ。そうなると今この中で一番辛いのは、誰よりもナナの消滅回避を願っているはずなのに、自らの行動でナナの消滅をより強固なものにしてしまったハル自身であろう。

ハルの表情はいつもと変わらないように見えるが、その瞳には自らの行動を悔いるような後悔の念が浮かんでいる。それに気づくとリクは「悪い......」と呟き、自分の気持ちを落ち着ける。

ハルはそんなリクに優しく頷くと、ミオの推論に自分の言葉を足していく。

「恐らく消滅の意志は、消滅に対する迷いのほかに、関与者である僕らの行動にもなにかしらの想いがあるんだと思う」
「想い?」
「もしかしたら僕たちは、ただ消滅を防いでるんじゃないのかもしれない」

その言葉にリクだけでなくミオも黙り込んだ。

公園の向こうから子供たちの笑い声が聞こえる。
どこか遠くで犬が吠える声もした。
そんなありふれた夕方の音だけが、しばらく3人の間を流れていた。

暫くして、ハルは2人に問いを投げかける。

「僕らはさ、【予定表】が見えるようになってから消滅回避に取り組んできたけどもさ......それはなんでだと思う?」
「なんでって......そりゃ放っておけないからだろ?さっきの暗号の例えでいうと、目の前にとける暗号があるなら解きたくなるってとこじゃないのか」
「それじゃ、なんで放っておけないんだと思う?今回はナナが対象だから話が別だとしても、見知らぬ誰かが消えたって僕たちにはなんの影響もないじゃないか」
「それ本気で言って......るわけないよな」

ハルの言葉は、ここまでの自分たちの行動を否定するものであったが、敢えてそれをこの場で口にする意図が分からないほどリクも鈍くはない。

「僕らは【予定表】を手にしてから、まるでそれが当たり前のように積極的に消滅に関わってきた。消滅を防ぐっていうのはきっとそういう他者に対する思いやりとかを試されているのかもしれない。積極的に他者を思いやれる行動をとる人がいるってことを確認することで、消滅の意志はこの世界は消滅させてしまうほど捨てたもんじゃないってことを確認したいんだと思う」

空が茜色に染まりだす。
帳が降りかかった空の向こうで鳥が飛んでいるのが見える。

ハルの言葉を受けてミオが自分の推論を付け足す。

「自分が消えてしまうって分かったら、そしてそれがどうやれば回避できるかが予め分かっているなら、誰だって消滅しないような行動をとると思うわ。でもそれはどんな生物でも持っているただの自己防衛本能に過ぎない。だから本人には伝えられず、あくまでも関与者の手によって消滅を回避しなくちゃいけないってことなんだと思うわ」
「そうやってどんなに困難であっても僕たち関与者は他人を救うための努力を惜しまないってことを消滅の意思に示す――つまり【予定表】を手にした瞬間から、僕たちはある意味では人類がまだ消滅させるべき対象ではないってことを示す代弁者になっているんだ。だから僕たちは自らの行動で消滅に立ち向かわなくちゃダメなんだ」

ハルが出した推論。
それは【予定表】は関与者自身の意思を試すものだということ。

――関与者は人類は消滅させるべきでないと示す人類の代弁者

ハルとミオが出した推論は、リクが思う以上に壮大なものだった。

「人類の代弁者って、なんか突然話が大きくなってないか?なんでお前らがそんなに大きな責任を背負わなくちゃいけないんだよ!今まで通りじゃダメなのかよ!?」

それは一介の高校生である2人の肩に乗せるにはあまりに大きい責任だ。

もちろん全ては推測の域を出ない話である。
それを肯定するだけの決定的な材料はないが、否定できるだけの理由もない。

「もしそうだったとしても僕らは今まで通りだよ。今までとやることは変わらない。手の届く範囲のものを救う。それだけだよ」
「なんでだよ?人類の代弁者なんだろ?もっと多くのことをしなくちゃいけないんじゃないか?」

リクの声が公園に響く。
近くを走っていたランナーが一瞬だけこちらを振り返るが、すぐに興味を失ったように走り去っていった。

そんな日常の光景が、今話している内容とのあまりの落差を際立たせていた。

「ちょっとリク、あなた言っていることがめちゃめちゃよ」
「仕方ないだろ?突然人類やら世界やら、とんでもない話になってるんだぜ。落ち着けって方が難しいぜ」
「そうだね。むしろ自分がなんでこんなに落ち着いてるのかが不思議なくらいだよ」

そう言いながら、ハルの脳裏には電話越しに聞こえたナナの声が何度もよみがえる。

――また明日ねー。

なにも知らないまま笑っていたあの声だけは絶対に失いたくなかった。

だからだろうか。
全ては推測の域を出ない話ではあるとはいえ、やらなくてはいけないことが明確になったことにより、不思議と今のハルは自分でも驚くほど落ち着いていた。

「ミオ先輩はどう?」
「言われてみればそうね。むしろ色々なことが腑に落ちた感じがするわ」

やや興奮気味のリクに対して、妙な落ち着きを見せる2人。

その2人を見てなにか言いたげに口を開くが、やがて髪の毛を無造作にかきむしりながら諦めたように大きくため息をつく。

「あー、くそっ!やめだやめだ!俺なんかよりも【予定表】が見えてる2人の方がよっぽどプレッシャーを感じてるはずなのに、俺の方が取り乱してる場合じゃねえじゃねえかよ」

そういうともう一度大きく息を吸う。

「正直、言ってることの半分も分かってねえ。でも――」

両手で自分の頬をバチンと叩く。
叩かれた両の頬は少し赤みがかかっているようにも見えるが、それに構わずリクは宣言する。

「よし!俺も腹をくくった。人類の代弁者だとかそういうのは良く分からねえけど、お前らがその気なら俺も付き合うぜ!要は今まで通りやってけばいいんだろ?やってやるよ!」

そう開き直ったリクを見て思わずハルは苦笑してしまう。

ついさっきまで絶望に飲み込まれそうになっていた自分が、今こうして笑っている。それはきっとまだ諦めていないからだ。

開き直ったリクにミオがなにかを話しかけている。
その声を遠くに聞きながら、ハルの意識はすでにこれからやるべきことへ向かっていた。

ナナを救う。

ただそれだけを叶えるため、ハルは深く思考する。

最も身近で失いたくない人が消滅してしまう動揺により、本人に消滅のことを伝えてしまった。恐らく、もう場所を変えるような単純な介入は通じないだろう。そうなると残されているのは消滅時の状態――「つまらなそうにしている」という条件を覆すしかない。

楽しくないのなら、楽しい時間を作ればいい。

例え相手がナナであっても、やることは変わらない。
いつものように消滅対象を消滅から救うだけだ。

でも......

空を見上げる。
いつの間にか茜色だった空は群青色へと変わり始めていた。
気づけば、公園を行き交う人影もまばらになっている。

それでも――

もし自らの手でナナを救うことができたら、その時は子供の頃に夢見たヒーローに少しだけ近づけるかもしれない。

そんな予感がしていた。
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消滅予定表作者:こまりさ
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第24話 届かないという絶望

8月29日 夕方 | 風見中央公園

残暑というには厳しすぎる暑さが続く今年の夏も、夕方になればようやく心地よい風が吹き始める。そのせいか、日中は閑散としていた風見中央公園には、散歩やランニングを楽しむ人たちの姿が目に見えて増えてきていた。

ハルがどうにか平静を取り戻すと、賑わい始めた人波を避けるように、3人は木陰へと場所を移した。そこで改めて、明日取るべき行動についての打ち合わせが始まった。

「改めて確認するけども、消滅予定は明日の夕方でいいんだよな?」
「うん、それであってる。時間は正確には16時18分ってことになってるよ」
「対象の特徴は――今回は伝えるまでもないわね」

リクの問いかけに関与者である2人が答える。

同じ【予定表】であっても、そこに表示される内容にはそれぞれに特徴があるというのは既に全員の共通認識だ。ハルは自分の【予定表】から正確な消滅予定時間を2人に共有するが、ミオの対象の詳細情報については――今回に限っては必要ないだろう。
日が落ちるにつれて心地よい風が木陰を吹き抜け、汗ばんだ身体を優しく冷やしていく。少しずつ呼吸が整い、ようやくハルの頭の中も整理され始めていた。
1人きりだったら、今でも絶望と無力感に飲み込まれていただろう。
そう思うと、目の前の2人に心の中で深く感謝した。

「それで......市外に連れ出そうと促しても、なぜかそれを伝えることができなかったって言ってたけど、それってどういうこと?」
「それは......」

ハルは少し言い淀みながら、心を暗闇に落としたきっかけとなった出来事をぽつりと語りだす。

***

約30分前

アルバイトは予想通りの大混雑で、オープンの時間からハルがアルバイトを終える時間まで、文字通り息をつく暇がないほどの大盛況であった。

今から夜の時間に向けてさらに忙しくなるであろうことは容易に想像がつくのだが、残念ながらここでハルのシフトは終了となる。入れ替わりにやってきた夜の部のバイト仲間に挨拶をすると、疲れた身体を引きずり店をあとにする。

外に出ると日差しはまだそれなりの熱を持っているが、忙しさからの解放感のおかげで、その熱さすら心地いい。

明日は久しぶりにみんなに会える。

そんな高揚感を胸に風見中央公園の遊歩道を抜けて帰路についている中で、つい気が緩んでしまったのだろう。休息期間に気にしないようにしていた【予定表】がどうしても気になってしまった。

みんなと約束した手前、それを見るのはなんとなく罪悪感を感じるも、どうしても確認しないではいられなかったが、それはあとから思い返せば、ある種の予感めいたものだったのかもしれない。

そして開いた【予定表】にナナの名前を見つけてしまったのだ。

それを見た瞬間、まだそれなりに熱いはずだったのに、ハルは周囲の気温が急激に下がったように感じ、熱さとは違う汗が全身に流れ出す。動揺のあまり身体が震えだし、手にしたスマホを落とさないようにするのが精いっぱいだった。

ハルはその場で十数秒は立ち止まっていただろうか。

ようやく我に返ると、慌ててナナに電話をかけた。

スマホの向こうから聞こえる呼び出し音がもどかしく感じる。

「もしもし、どうしたの?」

ようやく聞こえてきたナナの声に、一気に力が抜けそうになるが、精一杯自分を鼓舞して平静を装う。

「落ち着いて聞いてほしいんだけど......」

そういった自分の声の方こそ震えていないか気になるが、ゆっくり言葉を選びながら冷静に事実を告げる。

「実は......ナナが【予定表】に載ったんだ。でも風見市の外にいれば助かるんだ。だから明日はみんな集まったら時間まで風見市の外にいこう」

【予定表】のルールでは場所や状態は共有できない。
だからそれを伝えずに消滅の条件を崩すことができるように行動を促す。これはミオたちがよくやっていることをとっさに真似てみたのだが、うまく伝わっただろうか。

突然の話でさぞ驚いたのであろう、ナナからの反応はない。

ハルは「ナナ......?」と恐る恐る声をかける。

「え?なに?さっきから電波が悪いせいかうまく聞こえないよ」

ナナの返事に違和感を感じつつも、ハルは同じことを繰り返す。

「だからナナが【予定表】に載っちゃったんだ。だから明日は風見市の外にいよう」

今度はうまく聞こえただろうか?
しかしナナの反応はハルが予想しないものだった。

「そうだね、そしたら明日はお弁当とか持っていくのもいいかもね」
「えっ?なにを......」
「なにいってるの?今言ったじゃん。明日は天気もよさそうだからみんなで風見市内を散策しようかって」

一瞬頭が真っ白になる。

――僕はそんなことは言ってない。

崩れ落ちそうになる足に力を入れて、うわずりそうなる声を必死に抑える。

「いや、僕が言ったのは【予定表】に......」
「うん、5日間って長いようで短かったよね」

思考がバラバラになりそうだった。
言葉は分かるのに会話が成立しない。

これ以上は立っていられず、目の前にあったベンチまでふらふらと歩くと、勢いよく座り込む。そこは偶然にも、かつてお気に入りの木を眺めていた場所であった。

「......ナナ、僕の声、聞こえてる?」

呟くようなハルの言葉もきっと今のナナには届かないのだろう。
そう思い目の前が真っ暗になりそうであったが......

「なに?ちゃんと聞こえてるよ。さっきからどうしたの?声に元気がないけど大丈夫?」

なぜか今度の言葉はちゃんとナナに届いたようだった。
さっきまでは会話が成立しなかったのに、なぜ今は......。

ふと思いついたことがあり、ハルは言葉を選びながら会話を続ける。

「5日間の間、ナナはなにしてたの?」
「えっとね、半分は部活で、残りの半分はごろごろしてたよ。ハルは?」
「僕はアルバイトだよ。この時期のカフェは忙しいんだ」
「そうなんだー。私も1日くらいハルのカフェにお茶しに行けばよかったかなあ」
「そうだよ、ミオ先輩と一緒に来ればよかったのに」
「そんな話も出てたんだけど、ミオ先輩は今のうちに勉強しなくちゃって言ってたんだよね」

ここまでは問題なく会話が成立している。
ナナと普通に会話できることがこんなにも心を落ち着かせるとは、秘かな想いがあるとはいえ、当たり前のことが当たり前にできるということがこんなにも嬉しいことだと改めて気づく。

「それにしてもずっと消滅に携わっていたからね、僕も忙しかったといえ、良いリフレッシュだったかもしれないよ」

これはどうだろう?
消滅という言葉を会話に織り交ぜてみて、その反応をうかがう。
果たしてこの言葉はちゃんとナナに伝わるだろうか?

「そうだね、私もリクも【予定表】は見えないけど、その分2人のことは心配しているんだから、そうやって言ってくれたなら安心だよ」

今度もちゃんと会話ができたようだ。

ハルはうすうす感づいていた。
どうしてナナとの会話が成立しなかったか、その条件に。

「それで......」
「ん?なーに?」
「実はナナが【予定表】に載ったんだ」
「そうなんだー、それじゃ明日はそれ食べてみたいなー」

どうやらナナに自身の消滅のことを伝えようとすると、なぜかまったく違うことになって伝わってしまうようであった。

それから何度試しても、どのような言い回しをしても、ナナに消滅のことを伝えることができず、「あ、そろそろ買い物頼まれてる時間だから切るね、また明日ねー」と言われ、結局伝えたいことを伝えられぬまま電話を終える。

スマホの向こうからナナの声が聞こえなくなると、それまで必死に平静でいようと張り詰めていた精神が一気に崩れる。

ナナが消滅してしまう。
それなのにそれを本人には伝えることができない。

その絶望感がハルを支配する。

その時、スマホにミオからのメッセージが届く。
それは今いる居場所を尋ねる内容だった。

震える手を押さえつけながら返事をすると、あとはなにも考えることができず、ただ空中を見つめるだけであった。

***

「そんなことが......」
「他の事はもちろん、消滅の事でもナナ自身に関係しないことなら普通に話ができるんだ。それなのに明日の消滅を回避させるようなことを伝えようとすると、途端に会話が成立しなくなるんだ」

2人の顔を見て多少元気を取り戻したものの、事態はなにも変わってはいない。
落ち着きは取り戻したものの、それは表面的なものであって、油断すると今でも崩れ落ちそうになる。

「話をしても伝えられないんだったら、会ってから直接市外まで連れ出しちまえばいいんじゃないか?」

簡単なことだろ、と言わんばかりにリクが提案するが、それはミオだけでなく、誰よりもナナの消滅回避を願っているはずのハルもいい顔をしない。

「辞めた方がいいわ。今回は今までとは勝手が違うからなにが起こるか分からないわ」
「勝手が違う?どういうことだ?」
「今回の消滅には今までと違うおかしな点が二つあるわ」

対象がナナであるという事に動揺していたハルであったが、これまでの消滅とは異なる点についてはハルも気付いていた。

「ミオ先輩も気付いてたんだね」
「ええ、今回は明らかに今までとは違うもの」

2人の話にリクだけがついていけず、2人の間で視線を忙しなく往復させて説明を求める。

「なにが違うってんだよ。俺にも分かるように説明してくれよ」
「ああ、ごめん。そうだね、僕自身もおかしいとは気付いてはいるけども、なんでそうなっているのかまでは良く分かってないんだよ」

そう前置きすると、ハルはミオがあげたおかしいと思われる点の一つ目を挙げる。

「まずは一つ目はナナに消滅のことを伝えられないことかな」
「確かに......消滅の状態や場所が伝えられないのは分かってたけども、消滅のこと自体は今までだって共有できたはずだからな」

リクがハルの疑問に同意するが、ミオはそれについてあっさりと答える。

「それについては原因がはっきりしているから、理解はできないけど、納得はできるわ」
「なんで納得できるんだよ、どう考えてもおかしいじゃねえか」

ナナに消滅回避を促す言葉を伝えようとしても、なぜかそれがまったく異なる言葉になって伝わる。それはあり得ない現象ではあるのだが、ミオはそれを納得できるという。

リクはなぜ納得できるのかが分からずミオにその理由を問いかけるが、ミオはそれを制して言葉を続ける。

「順番に話すからまずは聞いてちょうだい」
「まあ、そういうことなら......」

リクが渋々納得する横で、ハルは黙ってミオの推論に耳を傾けている。

「二つ目のおかしな点、それは消滅場所よ」
「......やっぱり」
「ハルは気付いていたのね」
「うん。今までなら公園とかショッピングセンターとか、ある程度限定された場所だったけども、今回の消滅場所で指定されたのは「場所」なんて言えるほど限定された場所じゃない。そこにいること自体が消滅の対象になるなんて、普通に考えれば避けようがないよ。だからこそ焦ってしまったんだけどさ......。言葉に出して共有はできなくても、今までの話からリクもなんとなくその広さは分かるよね?」

リクは無言で頷く。

「消滅場所の規模は今までと明らかに違うとは言え、それでも場所として指定されている以上、そこから脱出できれば消滅は回避できるはず。そう考えて見たんだけど......」
「まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ。悔やむくらいならその失敗からなにかを学び取らないと」
「うん......」

ハルは自分の焦りによる致命的なミスを悔やむ。

最初から冷静に考えることができていれば、明日ナナに会ってからそのまま市外に行き消滅を回避できたかもしれない。

今でもそれができないと決まったわけではないが、不可思議な現象によって消滅のことを伝えることすらできない現状を考えると、確かにミオのいう通り辞めた方がよいのだろう。

「それにしてもよ、なんで今回はこんなに難易度が高いんだよ。まるで消滅の意志とやらが今回に限っては消滅を絶対に実行してやる、なんて意地になってるみたいじゃねえか」
「そこよ、私が引っかかっているのはまさしくそのことなのよ」

リクの不満交じりのぼやきにミオが賛同する。

ハルたちはこれまで消滅のことを話し合ってきた中で、消滅や【予定表】を作り出したなんらかの存在を意識するようになっていた。

目の前にあるものが忽然と消滅する。
そんなことは自然界ではあり得ない現象だが、例えば「神隠し」という言葉があるように、なにかが突如として消えてしまう事象自体は、古来より世界各地で発生してきたとされている。

もちろん、歴史に記録があるからといって、それが日常的に起こり得ることだというには無理がある。けれど、非科学的ではあっても、消滅という現象そのものは、人類にとってある種「聞き馴染みのある」既知の恐怖でもあった。

しかし、そうした伝承の類をいくら紐解いても、消滅を事前に予告する【予定表】なんてものの存在はどこにも確認されていない。

予告があるということは、そこになんらかの「意志」が介在しているということだ。誰がなんの目的で実行しているのかは分からない。だが、その意志はなんらかの意図を持って、冷徹に消滅を繰り返している。そう考えるのは決して飛躍した発想ではないはずだ。

そして今回、運命のダイスはたまたまナナを選んだ。
ただ、それだけの話だったはずなのに......

「これまで消滅を回避するために私たちがした行動は、消滅時の状態を変える。または場所を変える、のいずれかよね」
「うん、そうだね」
「座ってるって状態なら立たせる。上を見ているなら下を向かせるって感じだな」
「でも消滅時の状態が維持されていると認識されると、状態を変えたことにはならない。だから【予定表】に書かれている状態とは明らかに異なる――書かれている状態であると連想される余地がないようにその状態を変えなくちゃいけない。そうだったわね」
「ああ、そのことを理解せずに失敗したこともあったな」

かつての失敗を思い出し、ハルとリクはちょっと苦い顔をする。

ミオはそんな2人の表情に少しだけ申し訳ない気持ちになるが、それでも今はナナを救うために話を進めなくてはならない。

「それじゃその状態が変わったっていうのは誰が判断しているのかしら」
「誰がって、【予定表】を作った消滅の意志ってやつじゃないのか」
「そうね。そう思うわ」

ミオが質問に答えずに質問を重ねるときは、それはなにらかの推測をしている時だ。
この問答のゴールに今回の消滅の不可思議な点の答えが待っているはずだ。

「話を変えるわね。なんでナナに言ったことが伝わらないと思う?」
「なんでって......」

ミオは既にそのことに思い当たっているようであるが、ハルは皆目見当がつかない。

話したことが伝わらない。
なぜこんなことが起きているのか。

いつもならここで思考の海に飛び込むところだが、今は少しでも前に進むためのヒントが欲しい。前に進まないとナナを救えない。

ハルは焦る気持ちを抑えてミオに答えをせがむ。

「ミオ先輩はそれがなにか分かってるの?」
「ええ、推論ではあるけども、恐らく見当違いってことはないと思うわ」
「俺もなんとなく分かったぜ、まあ今回は仕方ないかと思うけどな」
「リクも分かったの?それってなんなの?」
「そうね、別にとんち比べをしているわけでもないから教えるわね」

そういうとミオは口を開こうとするが、なぜか一瞬躊躇する。
しかし被りを振ってハルの目を見て推論を伝える。

「それは恐らく、ハル、あなたが消滅対象であるナナに直接消滅対象であることを伝えようとしたからよ」
「え?」


一瞬、ミオの発した言葉の意味を理解できずに固まってしまう。

「もちろん証拠なんてないし証明もできないから推測の域を出ない話だわ。でも......少なくとも、そう考えると辻褄は合う」

ミオが自身の言葉に注釈を入れるが、それでもここまで断言するからにはそれなりに確証を得ているのだろう。固まったままのハルには構わず、ミオは言葉を続ける。

「考えても見て。今までナナやリクは、状態を変えようとして話しかけたり行動を誘導したりすることはあったけども、「あなたは消滅するからその行動を辞めてください」なんて言ったことは一度もないわ」
「確かにそうだな。もっとも、俺やナナはどんな状態か分からないから伝えようもなかったんだけどな」
「そう思うと【予定表】で状態や場所を知っている私たちだったら、なにかの拍子に対象に伝えてしまっていたかもしれないから、直接的な対処をリクやナナにお願いしていたのは、結果的には良かったのかもしれないわね」
「でも、なんで直接伝えたからって......」

ミオの推論では、ナナに対して起きている状況は、ハルがナナに直接消滅対象であることを伝えてしまったからだという。

確かに今まで、対象に直接消滅のことを伝えたことはなかった。
しかしそれがなんで消滅妨害の理由になるのだろう。

「それこそが今回のおかしな点なのよ」

気付けば太陽は公園の木々の影を長く伸ばしている。
少しずつ気温が下がっていき、まもなく空の色は暗く染まるだろう。
一日も終盤に差し掛かる時間である。

しかしミオの話を聞く2人に周囲の景色は映らず、ただその推測に耳を傾け続けていた。

「ここまで私たちは【予定表】の情報を元に消滅を防いできたけど、それは真っすぐに延びている道を歩きながら、途中にある暗号を解きつつ進んでいたようなものだわ。その暗号は解こうが解くまいが自由。けど、私たちは【予定表】という暗号を解くヒントを手にしているわ。だから、解ける暗号は解き続けながらここまで歩いてきた」
「その例えでいうと、あるのは分かってるけど解かずにスルーした暗号ってのは、俺たちの行動方針から外れた消滅。つまり手の届く範囲じゃない消滅ってことだな」
「その通りよ。でも今回に限っては、まずその暗号の難易度が今までと比べ物にならないくらいに上がってる。そしてそれを解こうと今までと違うアプローチをしたら、なぜかさらに暗号の難易度があがったってとこかしら」
「今回のナナの件だな」
「ええ。これって、私はその暗号の出題者、すなわち消滅の意志が私たちと暗号――消滅対象者の関係を把握していて、さらに暗号を解ことした手段――直接消滅のことを伝えたってことを監視しているってことなのかもしれないわ」

ミオの推測。
それは今までもしばしば話題に上がっていた消滅の意思。
その存在が実在しているという前提のものであった。

「それじゃなにか?ナナが俺たちと関わりがあるから難易度が上がって、さらにハルが消滅のことを話したから、今度は会話まで邪魔してきたってことか?」
「私はそう考えたわ」
「相手や方法で難易度を変えるなんて、これがゲームならクレームもんだぜ。そんなものにどうやって対抗していけばいいんだよ」

ナナがハルたちと繋がりがあるせいで、消滅の意思はナナの消滅をより強固なもののとした。確かに当事者であるハルたちにしたら理不尽以外何物でもない。

リクの憤りも当然のことであったが、ミオは冷静に話を続ける。

「私たちは何度かの話し合いのなかで、消滅はなにかの意志によるものだと予測してきたわよね」
「ああ」
「けど、その意思は消滅を実行することに迷いがあるから【予定表】を作り、私たちに回避のチャンスを与えた。私たちはそう予測したわよね」

木々の隙間から差し込む夕日が、いつの間にか赤みを帯び始めていた。
公園を吹き抜ける風も少しだけ冷たさを増し、一日の終わりが近づいていることを静かに知らせている。

「それじゃナナの消滅には迷いがないってことかよ」
「いいえ、違うわ。むしろこれこそが迷いなんだと思う」
「どういうことだよ!?」

思わずリクの語気が荒くなる。

「例えばね。できるかどうかは別にしてだけども、もし【予定表】の存在を公にして、消滅の予定を広く世の中に周知できるとしたらどうなると思う?」
「うーん......」

ミオの問いにリクは頭をがしがしと掻きながら唸り声を上げる。
ハルは言葉を探しながら答える。


「もし......それが可能なら、消滅の回避は今よりも遥かに簡単になる......かな?」
「確かにそうすれば簡単だな。なんで今まで気づかなったんだろな」

ミオの例え話。
それは今まで思いつきもしなかった名案であった。

その話にリクは賛同するが、ミオの表情を見るとそれはあくまでも例え話の域を出ないようである。

「仮に消滅現象と【予定表】が世の中に認知されたとして、【予定表】に載った人にメディア等で回避の呼びかけをする。それが実際にできたら確かに消滅回避は簡単にできると思うわ」
「だろ。そしたら俺たちがこうやって日々駆け回らなくて済むって話だろ」
「でも......それじゃ消滅を司る意思が【予定表】を作った意味がないのよ」
「意味がないってどういうことだ?消滅させることを迷ってるんだろ。それを回避させるための【予定表】なんだろ。それをどう活用しようと俺たちの勝手じゃねえか」

ミオの推論に対して納得がいかないリク。

もちろんミオ自身を責めているわけではないが、もしミオの推論が正しければ、消滅の意志がなにを考えているのか理解できない。

一方、ハルはミオの言葉で、欠けていた穴が少しずつ埋まるように、矛盾しているような消滅の意志の意図が分かったような気がした。

「そうやって簡単に消滅回避ができるようになってしまったら......意思は迷わなくなる」

ミオが表情だけで同意を示す。
しかしリクはまだ納得がいかない。

「なんでだよ!消滅させようと思ってモノやヒトを【予定表】に載せたけど、ホントに消滅させていいか迷っているから【予定表】を特定のやつらに見えるようにしたんだろ。だったらその選ばれたやつらはどんな手段を使ってでも消滅を回避する。それのどこが悪いんだよ」

リクがいうことはまったくの正論だ。

その方法が実行できるか否かは別として、消滅を回避するためであれば【予定表】に載った内容を広く告知して、国や公的機関の主導の下で対象を保護してもらうのが最も確実な方法だろう。

しかしその方法をハルとミオは否定する。

「恐らく消滅の意志は迷ってるだけじゃない。試しているんだと思う」
「そうね、私たちの行動がそれを物語ってるわ」
「だから、より関与者に近い立場であるナナには、僕たちを試すように難易度をあげている、のか......」

2人の中では既に結論に至っているのだろう。

関与者である2人が通じ合っているのを見て、リクは少しもやもやとした気持ちになるが、今はそれ以上の2人の出した結論に納得がいかない。

やや語気を強めてハルを問い詰める。

「だから、それが意味わからないんだよ。俺たちの行動が物語っている?俺たちを試す?どういう意味だよ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ」

ミオは今にもハルに掴みかかろうとするリクを宥める。

2人の推測によると、ハルがナナに消滅のことを伝えたから状況を変えるのがより困難になってしまったのだ。そうなると今この中で一番辛いのは、誰よりもナナの消滅回避を願っているはずなのに、自らの行動でナナの消滅をより強固なものにしてしまったハル自身であろう。

ハルの表情はいつもと変わらないように見えるが、その瞳には自らの行動を悔いるような後悔の念が浮かんでいる。それに気づくとリクは「悪い......」と呟き、自分の気持ちを落ち着ける。

ハルはそんなリクに優しく頷くと、ミオの推論に自分の言葉を足していく。

「恐らく消滅の意志は、消滅に対する迷いのほかに、関与者である僕らの行動にもなにかしらの想いがあるんだと思う」
「想い?」
「もしかしたら僕たちは、ただ消滅を防いでるんじゃないのかもしれない」

その言葉にリクだけでなくミオも黙り込んだ。

公園の向こうから子供たちの笑い声が聞こえる。
どこか遠くで犬が吠える声もした。
そんなありふれた夕方の音だけが、しばらく3人の間を流れていた。

暫くして、ハルは2人に問いを投げかける。

「僕らはさ、【予定表】が見えるようになってから消滅回避に取り組んできたけどもさ......それはなんでだと思う?」
「なんでって......そりゃ放っておけないからだろ?さっきの暗号の例えでいうと、目の前にとける暗号があるなら解きたくなるってとこじゃないのか」
「それじゃ、なんで放っておけないんだと思う?今回はナナが対象だから話が別だとしても、見知らぬ誰かが消えたって僕たちにはなんの影響もないじゃないか」
「それ本気で言って......るわけないよな」

ハルの言葉は、ここまでの自分たちの行動を否定するものであったが、敢えてそれをこの場で口にする意図が分からないほどリクも鈍くはない。

「僕らは【予定表】を手にしてから、まるでそれが当たり前のように積極的に消滅に関わってきた。消滅を防ぐっていうのはきっとそういう他者に対する思いやりとかを試されているのかもしれない。積極的に他者を思いやれる行動をとる人がいるってことを確認することで、消滅の意志はこの世界は消滅させてしまうほど捨てたもんじゃないってことを確認したいんだと思う」

空が茜色に染まりだす。
帳が降りかかった空の向こうで鳥が飛んでいるのが見える。

ハルの言葉を受けてミオが自分の推論を付け足す。

「自分が消えてしまうって分かったら、そしてそれがどうやれば回避できるかが予め分かっているなら、誰だって消滅しないような行動をとると思うわ。でもそれはどんな生物でも持っているただの自己防衛本能に過ぎない。だから本人には伝えられず、あくまでも関与者の手によって消滅を回避しなくちゃいけないってことなんだと思うわ」
「そうやってどんなに困難であっても僕たち関与者は他人を救うための努力を惜しまないってことを消滅の意思に示す――つまり【予定表】を手にした瞬間から、僕たちはある意味では人類がまだ消滅させるべき対象ではないってことを示す代弁者になっているんだ。だから僕たちは自らの行動で消滅に立ち向かわなくちゃダメなんだ」

ハルが出した推論。
それは【予定表】は関与者自身の意思を試すものだということ。

――関与者は人類は消滅させるべきでないと示す人類の代弁者

ハルとミオが出した推論は、リクが思う以上に壮大なものだった。

「人類の代弁者って、なんか突然話が大きくなってないか?なんでお前らがそんなに大きな責任を背負わなくちゃいけないんだよ!今まで通りじゃダメなのかよ!?」

それは一介の高校生である2人の肩に乗せるにはあまりに大きい責任だ。

もちろん全ては推測の域を出ない話である。
それを肯定するだけの決定的な材料はないが、否定できるだけの理由もない。

「もしそうだったとしても僕らは今まで通りだよ。今までとやることは変わらない。手の届く範囲のものを救う。それだけだよ」
「なんでだよ?人類の代弁者なんだろ?もっと多くのことをしなくちゃいけないんじゃないか?」

リクの声が公園に響く。
近くを走っていたランナーが一瞬だけこちらを振り返るが、すぐに興味を失ったように走り去っていった。

そんな日常の光景が、今話している内容とのあまりの落差を際立たせていた。

「ちょっとリク、あなた言っていることがめちゃめちゃよ」
「仕方ないだろ?突然人類やら世界やら、とんでもない話になってるんだぜ。落ち着けって方が難しいぜ」
「そうだね。むしろ自分がなんでこんなに落ち着いてるのかが不思議なくらいだよ」

そう言いながら、ハルの脳裏には電話越しに聞こえたナナの声が何度もよみがえる。

――また明日ねー。

なにも知らないまま笑っていたあの声だけは絶対に失いたくなかった。

だからだろうか。
全ては推測の域を出ない話ではあるとはいえ、やらなくてはいけないことが明確になったことにより、不思議と今のハルは自分でも驚くほど落ち着いていた。

「ミオ先輩はどう?」
「言われてみればそうね。むしろ色々なことが腑に落ちた感じがするわ」

やや興奮気味のリクに対して、妙な落ち着きを見せる2人。

その2人を見てなにか言いたげに口を開くが、やがて髪の毛を無造作にかきむしりながら諦めたように大きくため息をつく。

「あー、くそっ!やめだやめだ!俺なんかよりも【予定表】が見えてる2人の方がよっぽどプレッシャーを感じてるはずなのに、俺の方が取り乱してる場合じゃねえじゃねえかよ」

そういうともう一度大きく息を吸う。

「正直、言ってることの半分も分かってねえ。でも――」

両手で自分の頬をバチンと叩く。
叩かれた両の頬は少し赤みがかかっているようにも見えるが、それに構わずリクは宣言する。

「よし!俺も腹をくくった。人類の代弁者だとかそういうのは良く分からねえけど、お前らがその気なら俺も付き合うぜ!要は今まで通りやってけばいいんだろ?やってやるよ!」

そう開き直ったリクを見て思わずハルは苦笑してしまう。

ついさっきまで絶望に飲み込まれそうになっていた自分が、今こうして笑っている。それはきっとまだ諦めていないからだ。

開き直ったリクにミオがなにかを話しかけている。
その声を遠くに聞きながら、ハルの意識はすでにこれからやるべきことへ向かっていた。

ナナを救う。

ただそれだけを叶えるため、ハルは深く思考する。

最も身近で失いたくない人が消滅してしまう動揺により、本人に消滅のことを伝えてしまった。恐らく、もう場所を変えるような単純な介入は通じないだろう。そうなると残されているのは消滅時の状態――「つまらなそうにしている」という条件を覆すしかない。

楽しくないのなら、楽しい時間を作ればいい。

例え相手がナナであっても、やることは変わらない。
いつものように消滅対象を消滅から救うだけだ。

でも......

空を見上げる。
いつの間にか茜色だった空は群青色へと変わり始めていた。
気づけば、公園を行き交う人影もまばらになっている。

それでも――

もし自らの手でナナを救うことができたら、その時は子供の頃に夢見たヒーローに少しだけ近づけるかもしれない。

そんな予感がしていた。
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消滅予定表作者:こまりさ
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