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第28話 第五班

10月2日

「続いてのニュースです。先日遊園地で開園前に観覧車が動かなくなるというトラブルが発生しましたが、今度は別の遊園地でもトラブルです」

遠藤キャスターが報道番組で昨日発生した遊園地のトラブルを取り上げる。

「ここのところ、こういった事件が多いですね」
「そうなんです。そこで今回、トラブルが発生した現場と中継を繋いでおりますので、事件の経緯を関係者の方から伺いたいと思います」

約2週間前、遊園地の開園前に実施される始業前点検時に、観覧車が突如動かなくなり、そのまま当日は観覧車は使用中止となってしまったというトラブルがあった。

それだけであればただの整備不良などで済まされる話ではあるのだが、閉園後の点検の結果、この時のトラブルの原因に不可解な点が見つかった。

そのため、他の施設にも同様のことが発生してないかを総点検するため、数日の営業停止を余儀なくされてしまい、これがそれなりに大きく報道されたのだ。

そして昨日、それと同様のことがまた発生したらしく、ようやく落ち着きを見せた前回の遊園地の件と絡めて、改めてこの件について報道、検証がされていた。それが今回のニュースとなっている。

テレビの画面はスタジオから遊園地内の電気設備があると思われる場所に代わる。
そこではヘルメットを被った若い女性の報道員が、作業着を着た設備担当者から話を聞いていた。

「施設に電力を送っている配電盤があるんですけどね。ここの大元のコードが全て外されていたんですよ」
「外されていた?切断されていたのではなくて?」
「そうなんです。外した後の絶縁処理もしっかりとしてあったので復旧は簡単でしたが、わざわざこんなことをする理由が分からないんですよ」
「点検時に誰かが外して、そのまま忘れていたって可能性は?」
「ここの点検は電源供給ラインが緩んだり切れたりしていないかを点検するんです。大がかりな点検などで設備を止めて作業する場合には外すこともありますが、通常の始業前点検でここを外すことは絶対にありません」

担当者は報道員の質問を力強く否定する。

「最後にこのコードを外したのはいつですか?」
「今から半年くらい前の定期点検時ですね。始業前点検も定期点検もすべて記録を取っているから間違いないです」
「それじゃ一体なぜ外れていたんですか?」
「それが分からないから不可解なんですよ。ただの営業妨害ならバッサリと電線を切るでしょうが、こんなに綺麗に外して絶縁処理までされていることから、こういったことに詳しい人だと思うんです。でもそれならなおのこと、なぜこういうことをしたのかが分からないんです」
「現場からは以上です。スタジオの遠藤さん、お返しします」

画面は再びスタジオに戻る。
遠藤キャスターが女性報道員から話を引き継ぎ、やや緊張めいた表情でこの事件をまとめる。

「はい、ありがとうございます。この設備があるところは、普段は厳重に施錠されており、関係者以外の立ち入りは絶対にできないようになっているとのことです。そんな厳重なところに侵入してまで行われた今回の事件、前回も今回も開園前だったので、遊具には誰も乗っていなかったのが不幸中の幸いです。警察では前回の事件と同一犯であることを視野に入れて、慎重に捜査を進めております........」

その後、番組はこの事件についてコメンテーターの好き勝手な意見交換に移るのだが......

「捜査を進めております、だってよ。どーする?カナメちゃん」
「知らん。私に聞くな」

それまでニヤニヤした表情でニュース番組を眺めていたトシオは、画面から視線を外し、テーブルに投げ出していた足を組みなおすと、ソファに体を預けたまま首だけを後ろに向け、その向こうで資料を作成しているカナメに楽しげに呼び掛ける。

「俺たちがあれをやらなかったら観覧車ごと消滅していた大事件になったとも知らずに好き勝手言ってるよな。こんな報道をしている暇があるなら俺たちに感謝状の一つでも送ってほしいぜ」
「消滅を防いだら消滅自体がなかったことになるから仕方ないだろうが」
「それもそーだな」

トシオは自分たちの成果が公にならないことを悔しがるわけでもなく、今も見当違いの見解を真面目に語っている自称専門家のコメントをニヤニヤ眺めている。

トシオとカナメは昨晩遅くにテレビに映る遊園地に忍び込み、観覧車の消滅を防ぐために電源コードを電源供給装置から外して動かないようにした。
その際、復旧が簡単にできるようにと、敢えてコードを切断ではなく丁寧に外し、念のためにと絶縁処理まで施したのはカナメの提案によるものだった。

「それにしても、ただコードを切るだけだったら愉快犯とかで終わりそうなものなのに、こんなに丁寧な仕事をするからかえって混乱してるみてえだな。カナメちゃんはここまで計算したのか。恐ろしいねえ」
「そんなわけあるか!ただコードを切ってしまったら後から復旧するときに余計な手間をかけてしまう。だからせめてそういったことがないようにと配慮したまでだ」
「でも結果的には大騒ぎだぜ。ほら、「犯人は遊園地に詳しい人の手による混乱が目的」とか言われちゃってるぜ」
「あんなこと、遊園地に詳しくなくたって出来る」
「おっ!今度はなんか偉そうなやつが「子供たちの楽しみにしていた時間を奪う卑劣な奴だ」とか言ってるぜ。カナメちゃんは卑劣だなー」
「お前も一緒にやっただろうが!」

消滅を防ぐために必要なことであるとはいえ、せめてその混乱が少なくて済むようにと配慮した結果が裏目に出ていることに複雑な気持ちになるカナメであったが......
それだけならまだいい。

釈然としないのは、それをトシオがしたり顔で「おー怖い」とからかってくることである。

確かに結果的には大混乱となってしまったが、それでももしコードを切断したりしていたら、新たにコードを引き直す費用と手間は莫大なものだっただろう。

それに比べたら、自分が配慮したことによってそういった手間はなくなったのだ。トシオのセリフではないけども感謝の一つもしてほしいものだなとカナメは思っていた。

もっとも、どのような対応をしたにせよ、なんらかの点検や調査は避けられなかっただろう。そうなると、それにかかる費用や営業休止期間の損害、さらにはこれだけ大々的に報道されたことによる風評被害なども考慮すると、カナメの配慮はあってもなくてもどちらでもよいものだったのかもしれない。

***

ここは西峰区にあるサトルたち第五班のオフィス。

この付近一帯の消滅現象に対応するために設けられた国が秘密裏に運営している組織の一つ。

消滅現象は毎日のように発生している。

その対処は基本的にはサトルたちに任されてはいるが、上から指令がある場合には、それは最優先事項となる。その内容は消滅の回避だけでなく、成立も含まれることがあるのだが、どういった基準でそれが選ばれるのかは知らされていない。ただ結果だけを求められているのだ。

しかし結果だけを求められる分、過程に関しては多少の制約はあるものの、その対処方法は、通常業務と同じく基本的には現場に一任されている。

今回は一任された権限に基づき、最も確実に回避できるように立案、実行された結果がこれであった。

彼らがいつものようにじゃれあっている横で、このオフィスの責任者であるサトルは難しい顔をしながらパソコン画面に映されたメールを読んでいる。

その内容は、トシオたちが対処した観覧車の件である。
なにやら説教めいたことが延々と書かれているようであったが、内容を要約すると「目立ちすぎだ、もう少し考えろ」とのことらしい。

――現場に丸投げのクセによく言えるものだ。

サトルは思わず胸中で愚痴を漏らす。

サトルたちへの消滅対応の指令は、暗号化されたメールで一方的に伝えられるだけである。そして上から与えられた指令は例外なく対応しなくてはならず、それを達成するにあたり、遵守しなくてはいけない事項がいくつかある。

そのうちの一つが「組織の存在が公にならないように」というものだ。

サトルたちの組織の上層組織は国家機関である。
国が消滅案件に関わっていること、その対処に超法規的手段を用いていることが世間に知られるのはよろしくないとする上層組織により、この事項の遵守は絶対とされている。

もっとも、組織の影響力はほかの省庁などと比べるべくもないほど大きく、今回の一件も消滅案件だと分かれば警察はもちろん、マスコミ関係にもなんらかの影響力が働き、話題はいずれ収束していくことになるだろう。

それでも世論の影響力までをコントロールするのは難しく、だからこそあまり派手な騒ぎにしてくれるな、という訓告のつもりなのだろう。

――現場の苦労も知らずに。

上層部はどんなに困難なものであっても指令を投げてくるだけ。

昼夜などの時間はもちろん、担当区域内であれば移動の概念も無視したような指令を投げてくることもあり、それでも対応を続けている現場の苦労を無視するこのような言われようは心外であった。

そんな無茶な指令に対応するにはトシオとカナメの2人だけでは当然ながら人手が足りず、単純なことであれば日雇いのアルバイトを雇って対応することもある。

もっとも、雇われたアルバイトも、まさか自分がいつの間にか消滅の回避や成立の手伝いをしているだなんて夢にも思わないだろうが。

サトルは再三現場の増員を要請しているのだが、それは現在に至っても叶われていない。もっとも扱う案件上、簡単に増員できるような業務ではないことも十分に理解しているので、不満は心の中で漏らすだけにとどめ、部下2人の前では毅然と振る舞っていた。

「室長、トシオをなんとかしてください。さっきからしつこくて仕事になりません」

画面から目を離して視線をあげると、やや疲れた顔をしたカナメがため息をつきながら助けを求めてきた。

「カナメちゃーん、ボスに助けを求めるなんてずりーぞ。子供の楽しみを奪った凶悪犯にインタビューをしようとしただけじゃねーか」

マイクに見立てた丸めた雑誌を片手に、トシオがにやけ顔でカナメに近づいてきた。

「そろそろ辞めてやれ。そもそもその作戦を立案したのは私だろうが。カナメに非はない」
「ボスがそう言うなら勘弁してやるか」
「そもそも、お前だって私と同じ立場だろうが。なんで私だけ責められなくちゃいけないんだ」
「だって、そりゃまあ......面白いから?」
「くっ!」
「カナメもそれくらいにしろ」
「......分かりました」

サトルのやや呆れたような言葉でようやくじゃれ合いが収まる。

「それで今回の件だが......」

サトルは冷めきったコーヒーを一口飲んだ後、机の上で指を組む。
2人はその問いかけに応えるために、改めてデスクの前に並び立つ。

「随分と派手にしてくれたもんだな」
「だってよ、ボスの指令は観覧車を11時から12時までの間、動かないようにしろってことだっただろ?営業時間中に動かなくするのは色々厄介だし、乗ってる人の安全も担保できないってカナメちゃんからの提案もあったからな。それなら最初から動かなくしちまった方がいいだろってことでこうしたんだよ」
「今、その報告書を作成しているところなのですが、その途中でこのバカが邪魔するものですから......」
「そんなことで集中力を乱しちゃダメだぜ」
「お前が言うな!」

放っておくとすぐにカナメをからかいだすトシオ、なにがそんなに面白いのか、ことあるごとにすぐにこのようにじゃれ合いだす。

もっとも、やられるカナメからしたらたまったものではないのだろうが、それでもこれがこの第五班の日常であるといえよう。

「それにしても......もっと公にならない方法は選択肢に挙がらなかったのか?」
「お言葉ですが、室長」

サトルが眉間のしわを深くさせたのは、今回の一件のことだろうか。
それとも自分の言葉に珍しく異を唱えたカナメに対してだろうか。

サトルはカナメをいぶかしげに見上げると、片方の眉をピクリとあげて、「聞こう」と一言だけ告げると視線をカナメに向ける。

「はい。先ほどトシオからもありましたが、もし営業時間中に観覧車を停止させた場合、当然ながらマスコミなどにもそれなりに取り上げられると思いますが、それよりも運営における安全性などで大きな責任問題に発展するものと予測しました。また乗客の安全面からも、動いている観覧車を突然停止させた場合にどのような不測の事態が発生するかも未知数でした。それであれば、動かなくなる原因を外的要因にすることにより、運営側の責任は極めて少なくなるものと判断して、今回のような対応を実行しました」

ここまで言い終わりサトルの反応を待つが、サトルは指を組んだまま視線だけでカナメに話の続きを促す。

「この場合、警備上の問題は問われるかもしれませんが、それでも責任問題を問われるよりも外的影響は少ないと判断しました。また、乗車中の停止という不測の事態を防ぐという意味で、今回の作戦を営業前に実施しました。概要は以上です」

すでに同様のことを報告書にまとめていたのであろう。
カナメの説明は驚くほどに流暢であり、その対応は各所への影響を最小限に抑えようと配慮されたものであった。

「で、現場の復旧作業が楽になるようにと、電源コードは切断せずにわざわざ丁寧に絶縁処理まで施したっと.........」

そこでトシオがニヤニヤと笑いながら再び茶々を入れてくる。

「それのなにが悪いんだ。ただでさえ迷惑をかけるんだ。それなら多少なりとも配慮をしてやって然るべきだろう」
「しかし、そのおかげでマスコミからは不可解な事件扱いをされているわけだが?」
「それは......」

トシオのからかう言葉に反論するカナメだが、それを補足するようなサトルからの発言にぐうの音も出ない。

「ただコードを切断するだけであれば、営業停止を目論む愉快犯の扱いで済んだものの、なまじ丁寧な仕事をしたばかりに事件が大きく取り上げられることになっているのだが?」
「......!」
「あるいはこの件により「あそこの遊園地は危ない」などという風評被害が発生する可能性もあるが?」
「............配慮不足でした」

畳みかけるようなサトルの容赦のない言葉に、カナメは身体を小さくしていく。

自分の小さな配慮が、むしろ遊園地を追い詰める結果につながりかねない。
木を見て森を見ず、とはまさにこのことである。

そのことに気付かず、むしろ感謝してほしいなどと思っていた自分に恥じ入るばかりであった。

「まあその辺で勘弁してやんなよ、ボス。これくらいは組織の方でなんとかしてくれるんだろ」
「......まあな」

カナメが恐る恐る顔をあげると、サトルは口角を少しだけあげていた。
もしかしてまた2人にやられたのだろうか。

しかし自分が先の結果まで考えずに安易なことをしたのは事実であったため、依然として神妙な顔を崩せないでいた。

「それにしても、もっと具体的な指示は出せないのかよ。いつもこんなざっくりと指示じゃカナメちゃんが可哀そうだぜ」
「そればかりは【予定表】の性質上、仕方ないな」
「そうは言ってもよ......って、まあ方法を任してくれるだけマシか」

珍しくカナメをかばう言葉を発するトシオであるが、その発言には意味がある。

【予定表】では共有できる情報に制限がある。
それはこの組織であっても例外ではない。

そのため、消滅の予定が出てきても、その内容をそのまま伝えることが出来ない。

今回の観覧車は【予定表】にこう書かれていた。

=====
観覧車
10月1日11時15分
きたやま遊園地
ゆっくりと動いている
=====

今回消滅する予定だったのは観覧車である。遊園地の観覧車が突然消滅したら、それだけで大パニックになるのは容易に想像できる。

しかし今回はそれだけではない。

組織が極秘に入手した情報によると、この日のきたやま遊園地には、最近活躍している若手政治家が休暇のために家族と訪れる予定になっているとのことだった。彼はマスコミなどに注目される最近話題の政治家であり、その発信力は小さくない。

観覧車が消滅するところを万が一この若手政治家に目撃されたら、彼はきっとそれを大々的に証言するだろう。そうなった場合、それは組織では隠蔽仕切れない可能性がある。

そのためこの観覧車の消滅の回避を組織は最重要案件と定め、絶対阻止するように第五班に指令をだしたのだ。

この指令を受け取ったサトルは、関与者ではない2人にどうやって消滅回避を指示するのか。それは点ではなく面で捉えて対処することである。

組織からの指令を受け取ったサトルは、具体的な消滅場所は指定せず、その場所を含む、もっと大きなエリアを作戦実行場所として指定。さらに予定表に載っている状態は共有せずに、消滅状態を崩せる状況を作るための指示をだす。

これらを実行することが出来れば、消滅の場所や状態を知らずとも、消滅を回避する状態を作り出すことが出来るというわけだ。

もっとも、それをするためには各種手配の金銭面は当然のことながら、各種方面への根回し、またそれらを手配する事前準備や事後処理など、さまざま労力がかかるので、一般人などでは実行できない。国の機関だからこそ可能なのだ。

そうして考えだされた今回の消滅対処案が、該当時間内に観覧車の営業を中断させること。観覧車が動かなければ「ゆっくりと動いている」という状態にはならず、消滅は回避可能であると判断したのだ。

また、組織は消滅回避だけではなく、消滅を成立させるため外部干渉を排除したり、突発的な事象における消滅不成立を阻止する活動を行うこともあるが、それらも全て点ではなく、面での作戦指示を行うことによって成立しているのだ。

「それにしたって、ボスは関与者じゃないんだろ?言ってみれば俺たちと同じなのに、なんで上からの指令が見れるんだ?」
「おい、失礼だろ!」
「いや、構わん」

腕を頭の後ろに組みながら放ったトシオの何気ない質問は、この班の存亡につながりかねない重要なことである。

この班を取り仕切る八雲サトルは関与者ではない。
つまり【予定表】を見ることが出来ない。

ならばなぜ上からの指令である【予定表】を見ることが出来るのであろうか?

サトルはとある血筋の家系の出である。
それは陰陽や祈祷に関わる古くから国の中枢と繋がっている家系であり、国の運命を左右する有事や大きな転換には彼らの影響が少なくないとも言われている。

サトルの先祖が持っていたとされている陰陽や祈祷の力、その力の一つが関与者ならずとも【予定表】を見ることが出来る力だった。

「関与者だけが【予定表】にアクセスできるわけではない。何事にも例外はある」
「その例外がボスってわけだ」
「いい加減にしろ!」
「いや、いいんだ。組織の中でもそれなりに知られていることだしな」

この血筋や今の立場について口外することは禁じられているわけではないが、今の立場上、それは許されない。なぜなら、それは組織上層部への非難にもつながることになるからだ。

彼らはモノやヒトの消滅を事前に予知してそれを防いだり、あるいはそれを利用して国益を守り、また国難を防ぐことによって、国家中枢から絶大な信頼を得ていたのだ。

祖は一つでも、長い期間を経て多くの分家ができるが、なにもしなくても血を残せる本家とは違い、自分たちの立場を守らなくては血を残せない分家の方が、本家よりも社会的立場を強くするというのは往々にして起こることであり、それは八雲家においても同じだった。

サトルはその本家の人間であり、生まれながらにして国家中枢で働くことが約束されている。

しかし、分家筋の者が国の中枢に入り、それまでに得たさまざまな権力を利用して、本家筋が本来得るべき立場――【予定表】を元に消滅の回避、または成立を行うように指示を出す立場――を半ば強引に掠め取ってしまう。

一方で、本来はその立場にいるべき本家筋のサトルを一介の現場長という不当な立場に追いやった。

国と八雲家の本家は、古くからの盟約により国防に関わる役職を担うことが義務付けられている。それは現在においても有効であり、サトルが今の立場にいられるのも、その盟約を最低限守っている分家によるものではあるのだが、完全に本家を排除できなかった分家は、閑職ともいえる今のサトルの立場ですら、好ましく思っていない。

そのため関与者ではないという、組織にとってイレギュラー因子であるサトルの立場というのは非常に危ういものであった。
――自分の代で先祖代々受け継がれてきたこの盟約を反故にするわけにはいかない。

大きな矛盾をはらんだこの立場や上からの指令に思うところがないわけではないが、先祖からの盟約を形式上だけでも履行するために追いやられた閑職とはいえ、部下2人に対する責任や消滅から人々を救うという使命感によって、サトルは自分の想いを強い意志のもとに封じてきた。

サトルに対する無礼な態度に業を煮やし、トシオに食って掛かるカナメの怒声が室内に響き渡る。

トシオの問いによって、忘れるように努めていたそういった想いが少しだけ首をもたげてくるのを感じるが、それを冷めきったコーヒーと一緒に再び胸の奥底へと追いやる。

「ああ、そういや風見市の例のガキどもはどうします?」

止まらないカナメの説教を聞き流しながら、いつもと変わらない軽い調子でトシオが問いかける。

風見市の高校生。
サトルはその言葉に少しだけ眉をあげるが、特に表情を変えずに答える。

「彼らは他の関与者と異なり、消滅への関与を意図的に強めている。我々がそこに介入すると組織の存在が公になる恐れがある。よほどのことがない限り彼らには干渉しない」
「それは上からの指示ですか?それとも......」
「......」

トシオは言葉を最後まで言わず、サトルに探るような視線を向ける。
サトルはトシオの問いに答えず、風見市の高校生――ハルたちに思いを馳せる。

サトルは自分たちの意思で消滅に立ち向かうハルたちがなんとなく気になっていた。

それは下らない権力闘争の中で閑職に追いやられている自分にとってはまぶしく映るものであり、彼らにはいつか自分がどこかに置き忘れてしまった「なにかを守りたい」という、言葉にすればチープに聞こえるが、それでも人としては決して無くしてはいけない信念を感じていた。

今の自分の立場では決して交わることがないと分かってはいるが、彼らがその信念を貫き続けられるよう、直接的な協力は出来なくても、せめて彼らと敵対するような立場にはなりたくないな、と考えていた。

とは言え......

「それじゃもし上から風見市の案件に対する指令が出たらどうするんで?」
「......上からの指示に従う」

トシオからの言葉の通り、組織から指令が出れば自分の想いなど軽く吹き飛ばされてしまう。せめてそうならないように......と、祈ることしか出来ない今の立場に歯がゆさを感じる。

大きなため息を吐き出した時、ふとサトルのパソコンに新たな通知を示すアイコンが点滅する。サトルの様子が変わったことに気付いた2人は、言い争いをやめ、サトルのデスクの前に立つ。

サトルはデスクに座ると眉間に深いしわを寄せながら通知の内容を一字一句逃さないように読み進め、それを読み終えると目をつぶる。

2人はその間もなにも言わずに待ち続ける。
そうして数分が経過しただろうか。

サトルはゆっくりと目を開く。
そしてデスクの上で手を組むと、2人に短く告げた。

「次の指令だ」
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消滅予定表作者:こまりさ
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第28話 第五班

10月2日

「続いてのニュースです。先日遊園地で開園前に観覧車が動かなくなるというトラブルが発生しましたが、今度は別の遊園地でもトラブルです」

遠藤キャスターが報道番組で昨日発生した遊園地のトラブルを取り上げる。

「ここのところ、こういった事件が多いですね」
「そうなんです。そこで今回、トラブルが発生した現場と中継を繋いでおりますので、事件の経緯を関係者の方から伺いたいと思います」

約2週間前、遊園地の開園前に実施される始業前点検時に、観覧車が突如動かなくなり、そのまま当日は観覧車は使用中止となってしまったというトラブルがあった。

それだけであればただの整備不良などで済まされる話ではあるのだが、閉園後の点検の結果、この時のトラブルの原因に不可解な点が見つかった。

そのため、他の施設にも同様のことが発生してないかを総点検するため、数日の営業停止を余儀なくされてしまい、これがそれなりに大きく報道されたのだ。

そして昨日、それと同様のことがまた発生したらしく、ようやく落ち着きを見せた前回の遊園地の件と絡めて、改めてこの件について報道、検証がされていた。それが今回のニュースとなっている。

テレビの画面はスタジオから遊園地内の電気設備があると思われる場所に代わる。
そこではヘルメットを被った若い女性の報道員が、作業着を着た設備担当者から話を聞いていた。

「施設に電力を送っている配電盤があるんですけどね。ここの大元のコードが全て外されていたんですよ」
「外されていた?切断されていたのではなくて?」
「そうなんです。外した後の絶縁処理もしっかりとしてあったので復旧は簡単でしたが、わざわざこんなことをする理由が分からないんですよ」
「点検時に誰かが外して、そのまま忘れていたって可能性は?」
「ここの点検は電源供給ラインが緩んだり切れたりしていないかを点検するんです。大がかりな点検などで設備を止めて作業する場合には外すこともありますが、通常の始業前点検でここを外すことは絶対にありません」

担当者は報道員の質問を力強く否定する。

「最後にこのコードを外したのはいつですか?」
「今から半年くらい前の定期点検時ですね。始業前点検も定期点検もすべて記録を取っているから間違いないです」
「それじゃ一体なぜ外れていたんですか?」
「それが分からないから不可解なんですよ。ただの営業妨害ならバッサリと電線を切るでしょうが、こんなに綺麗に外して絶縁処理までされていることから、こういったことに詳しい人だと思うんです。でもそれならなおのこと、なぜこういうことをしたのかが分からないんです」
「現場からは以上です。スタジオの遠藤さん、お返しします」

画面は再びスタジオに戻る。
遠藤キャスターが女性報道員から話を引き継ぎ、やや緊張めいた表情でこの事件をまとめる。

「はい、ありがとうございます。この設備があるところは、普段は厳重に施錠されており、関係者以外の立ち入りは絶対にできないようになっているとのことです。そんな厳重なところに侵入してまで行われた今回の事件、前回も今回も開園前だったので、遊具には誰も乗っていなかったのが不幸中の幸いです。警察では前回の事件と同一犯であることを視野に入れて、慎重に捜査を進めております........」

その後、番組はこの事件についてコメンテーターの好き勝手な意見交換に移るのだが......

「捜査を進めております、だってよ。どーする?カナメちゃん」
「知らん。私に聞くな」

それまでニヤニヤした表情でニュース番組を眺めていたトシオは、画面から視線を外し、テーブルに投げ出していた足を組みなおすと、ソファに体を預けたまま首だけを後ろに向け、その向こうで資料を作成しているカナメに楽しげに呼び掛ける。

「俺たちがあれをやらなかったら観覧車ごと消滅していた大事件になったとも知らずに好き勝手言ってるよな。こんな報道をしている暇があるなら俺たちに感謝状の一つでも送ってほしいぜ」
「消滅を防いだら消滅自体がなかったことになるから仕方ないだろうが」
「それもそーだな」

トシオは自分たちの成果が公にならないことを悔しがるわけでもなく、今も見当違いの見解を真面目に語っている自称専門家のコメントをニヤニヤ眺めている。

トシオとカナメは昨晩遅くにテレビに映る遊園地に忍び込み、観覧車の消滅を防ぐために電源コードを電源供給装置から外して動かないようにした。
その際、復旧が簡単にできるようにと、敢えてコードを切断ではなく丁寧に外し、念のためにと絶縁処理まで施したのはカナメの提案によるものだった。

「それにしても、ただコードを切るだけだったら愉快犯とかで終わりそうなものなのに、こんなに丁寧な仕事をするからかえって混乱してるみてえだな。カナメちゃんはここまで計算したのか。恐ろしいねえ」
「そんなわけあるか!ただコードを切ってしまったら後から復旧するときに余計な手間をかけてしまう。だからせめてそういったことがないようにと配慮したまでだ」
「でも結果的には大騒ぎだぜ。ほら、「犯人は遊園地に詳しい人の手による混乱が目的」とか言われちゃってるぜ」
「あんなこと、遊園地に詳しくなくたって出来る」
「おっ!今度はなんか偉そうなやつが「子供たちの楽しみにしていた時間を奪う卑劣な奴だ」とか言ってるぜ。カナメちゃんは卑劣だなー」
「お前も一緒にやっただろうが!」

消滅を防ぐために必要なことであるとはいえ、せめてその混乱が少なくて済むようにと配慮した結果が裏目に出ていることに複雑な気持ちになるカナメであったが......
それだけならまだいい。

釈然としないのは、それをトシオがしたり顔で「おー怖い」とからかってくることである。

確かに結果的には大混乱となってしまったが、それでももしコードを切断したりしていたら、新たにコードを引き直す費用と手間は莫大なものだっただろう。

それに比べたら、自分が配慮したことによってそういった手間はなくなったのだ。トシオのセリフではないけども感謝の一つもしてほしいものだなとカナメは思っていた。

もっとも、どのような対応をしたにせよ、なんらかの点検や調査は避けられなかっただろう。そうなると、それにかかる費用や営業休止期間の損害、さらにはこれだけ大々的に報道されたことによる風評被害なども考慮すると、カナメの配慮はあってもなくてもどちらでもよいものだったのかもしれない。

***

ここは西峰区にあるサトルたち第五班のオフィス。

この付近一帯の消滅現象に対応するために設けられた国が秘密裏に運営している組織の一つ。

消滅現象は毎日のように発生している。

その対処は基本的にはサトルたちに任されてはいるが、上から指令がある場合には、それは最優先事項となる。その内容は消滅の回避だけでなく、成立も含まれることがあるのだが、どういった基準でそれが選ばれるのかは知らされていない。ただ結果だけを求められているのだ。

しかし結果だけを求められる分、過程に関しては多少の制約はあるものの、その対処方法は、通常業務と同じく基本的には現場に一任されている。

今回は一任された権限に基づき、最も確実に回避できるように立案、実行された結果がこれであった。

彼らがいつものようにじゃれあっている横で、このオフィスの責任者であるサトルは難しい顔をしながらパソコン画面に映されたメールを読んでいる。

その内容は、トシオたちが対処した観覧車の件である。
なにやら説教めいたことが延々と書かれているようであったが、内容を要約すると「目立ちすぎだ、もう少し考えろ」とのことらしい。

――現場に丸投げのクセによく言えるものだ。

サトルは思わず胸中で愚痴を漏らす。

サトルたちへの消滅対応の指令は、暗号化されたメールで一方的に伝えられるだけである。そして上から与えられた指令は例外なく対応しなくてはならず、それを達成するにあたり、遵守しなくてはいけない事項がいくつかある。

そのうちの一つが「組織の存在が公にならないように」というものだ。

サトルたちの組織の上層組織は国家機関である。
国が消滅案件に関わっていること、その対処に超法規的手段を用いていることが世間に知られるのはよろしくないとする上層組織により、この事項の遵守は絶対とされている。

もっとも、組織の影響力はほかの省庁などと比べるべくもないほど大きく、今回の一件も消滅案件だと分かれば警察はもちろん、マスコミ関係にもなんらかの影響力が働き、話題はいずれ収束していくことになるだろう。

それでも世論の影響力までをコントロールするのは難しく、だからこそあまり派手な騒ぎにしてくれるな、という訓告のつもりなのだろう。

――現場の苦労も知らずに。

上層部はどんなに困難なものであっても指令を投げてくるだけ。

昼夜などの時間はもちろん、担当区域内であれば移動の概念も無視したような指令を投げてくることもあり、それでも対応を続けている現場の苦労を無視するこのような言われようは心外であった。

そんな無茶な指令に対応するにはトシオとカナメの2人だけでは当然ながら人手が足りず、単純なことであれば日雇いのアルバイトを雇って対応することもある。

もっとも、雇われたアルバイトも、まさか自分がいつの間にか消滅の回避や成立の手伝いをしているだなんて夢にも思わないだろうが。

サトルは再三現場の増員を要請しているのだが、それは現在に至っても叶われていない。もっとも扱う案件上、簡単に増員できるような業務ではないことも十分に理解しているので、不満は心の中で漏らすだけにとどめ、部下2人の前では毅然と振る舞っていた。

「室長、トシオをなんとかしてください。さっきからしつこくて仕事になりません」

画面から目を離して視線をあげると、やや疲れた顔をしたカナメがため息をつきながら助けを求めてきた。

「カナメちゃーん、ボスに助けを求めるなんてずりーぞ。子供の楽しみを奪った凶悪犯にインタビューをしようとしただけじゃねーか」

マイクに見立てた丸めた雑誌を片手に、トシオがにやけ顔でカナメに近づいてきた。

「そろそろ辞めてやれ。そもそもその作戦を立案したのは私だろうが。カナメに非はない」
「ボスがそう言うなら勘弁してやるか」
「そもそも、お前だって私と同じ立場だろうが。なんで私だけ責められなくちゃいけないんだ」
「だって、そりゃまあ......面白いから?」
「くっ!」
「カナメもそれくらいにしろ」
「......分かりました」

サトルのやや呆れたような言葉でようやくじゃれ合いが収まる。

「それで今回の件だが......」

サトルは冷めきったコーヒーを一口飲んだ後、机の上で指を組む。
2人はその問いかけに応えるために、改めてデスクの前に並び立つ。

「随分と派手にしてくれたもんだな」
「だってよ、ボスの指令は観覧車を11時から12時までの間、動かないようにしろってことだっただろ?営業時間中に動かなくするのは色々厄介だし、乗ってる人の安全も担保できないってカナメちゃんからの提案もあったからな。それなら最初から動かなくしちまった方がいいだろってことでこうしたんだよ」
「今、その報告書を作成しているところなのですが、その途中でこのバカが邪魔するものですから......」
「そんなことで集中力を乱しちゃダメだぜ」
「お前が言うな!」

放っておくとすぐにカナメをからかいだすトシオ、なにがそんなに面白いのか、ことあるごとにすぐにこのようにじゃれ合いだす。

もっとも、やられるカナメからしたらたまったものではないのだろうが、それでもこれがこの第五班の日常であるといえよう。

「それにしても......もっと公にならない方法は選択肢に挙がらなかったのか?」
「お言葉ですが、室長」

サトルが眉間のしわを深くさせたのは、今回の一件のことだろうか。
それとも自分の言葉に珍しく異を唱えたカナメに対してだろうか。

サトルはカナメをいぶかしげに見上げると、片方の眉をピクリとあげて、「聞こう」と一言だけ告げると視線をカナメに向ける。

「はい。先ほどトシオからもありましたが、もし営業時間中に観覧車を停止させた場合、当然ながらマスコミなどにもそれなりに取り上げられると思いますが、それよりも運営における安全性などで大きな責任問題に発展するものと予測しました。また乗客の安全面からも、動いている観覧車を突然停止させた場合にどのような不測の事態が発生するかも未知数でした。それであれば、動かなくなる原因を外的要因にすることにより、運営側の責任は極めて少なくなるものと判断して、今回のような対応を実行しました」

ここまで言い終わりサトルの反応を待つが、サトルは指を組んだまま視線だけでカナメに話の続きを促す。

「この場合、警備上の問題は問われるかもしれませんが、それでも責任問題を問われるよりも外的影響は少ないと判断しました。また、乗車中の停止という不測の事態を防ぐという意味で、今回の作戦を営業前に実施しました。概要は以上です」

すでに同様のことを報告書にまとめていたのであろう。
カナメの説明は驚くほどに流暢であり、その対応は各所への影響を最小限に抑えようと配慮されたものであった。

「で、現場の復旧作業が楽になるようにと、電源コードは切断せずにわざわざ丁寧に絶縁処理まで施したっと.........」

そこでトシオがニヤニヤと笑いながら再び茶々を入れてくる。

「それのなにが悪いんだ。ただでさえ迷惑をかけるんだ。それなら多少なりとも配慮をしてやって然るべきだろう」
「しかし、そのおかげでマスコミからは不可解な事件扱いをされているわけだが?」
「それは......」

トシオのからかう言葉に反論するカナメだが、それを補足するようなサトルからの発言にぐうの音も出ない。

「ただコードを切断するだけであれば、営業停止を目論む愉快犯の扱いで済んだものの、なまじ丁寧な仕事をしたばかりに事件が大きく取り上げられることになっているのだが?」
「......!」
「あるいはこの件により「あそこの遊園地は危ない」などという風評被害が発生する可能性もあるが?」
「............配慮不足でした」

畳みかけるようなサトルの容赦のない言葉に、カナメは身体を小さくしていく。

自分の小さな配慮が、むしろ遊園地を追い詰める結果につながりかねない。
木を見て森を見ず、とはまさにこのことである。

そのことに気付かず、むしろ感謝してほしいなどと思っていた自分に恥じ入るばかりであった。

「まあその辺で勘弁してやんなよ、ボス。これくらいは組織の方でなんとかしてくれるんだろ」
「......まあな」

カナメが恐る恐る顔をあげると、サトルは口角を少しだけあげていた。
もしかしてまた2人にやられたのだろうか。

しかし自分が先の結果まで考えずに安易なことをしたのは事実であったため、依然として神妙な顔を崩せないでいた。

「それにしても、もっと具体的な指示は出せないのかよ。いつもこんなざっくりと指示じゃカナメちゃんが可哀そうだぜ」
「そればかりは【予定表】の性質上、仕方ないな」
「そうは言ってもよ......って、まあ方法を任してくれるだけマシか」

珍しくカナメをかばう言葉を発するトシオであるが、その発言には意味がある。

【予定表】では共有できる情報に制限がある。
それはこの組織であっても例外ではない。

そのため、消滅の予定が出てきても、その内容をそのまま伝えることが出来ない。

今回の観覧車は【予定表】にこう書かれていた。

=====
観覧車
10月1日11時15分
きたやま遊園地
ゆっくりと動いている
=====

今回消滅する予定だったのは観覧車である。遊園地の観覧車が突然消滅したら、それだけで大パニックになるのは容易に想像できる。

しかし今回はそれだけではない。

組織が極秘に入手した情報によると、この日のきたやま遊園地には、最近活躍している若手政治家が休暇のために家族と訪れる予定になっているとのことだった。彼はマスコミなどに注目される最近話題の政治家であり、その発信力は小さくない。

観覧車が消滅するところを万が一この若手政治家に目撃されたら、彼はきっとそれを大々的に証言するだろう。そうなった場合、それは組織では隠蔽仕切れない可能性がある。

そのためこの観覧車の消滅の回避を組織は最重要案件と定め、絶対阻止するように第五班に指令をだしたのだ。

この指令を受け取ったサトルは、関与者ではない2人にどうやって消滅回避を指示するのか。それは点ではなく面で捉えて対処することである。

組織からの指令を受け取ったサトルは、具体的な消滅場所は指定せず、その場所を含む、もっと大きなエリアを作戦実行場所として指定。さらに予定表に載っている状態は共有せずに、消滅状態を崩せる状況を作るための指示をだす。

これらを実行することが出来れば、消滅の場所や状態を知らずとも、消滅を回避する状態を作り出すことが出来るというわけだ。

もっとも、それをするためには各種手配の金銭面は当然のことながら、各種方面への根回し、またそれらを手配する事前準備や事後処理など、さまざま労力がかかるので、一般人などでは実行できない。国の機関だからこそ可能なのだ。

そうして考えだされた今回の消滅対処案が、該当時間内に観覧車の営業を中断させること。観覧車が動かなければ「ゆっくりと動いている」という状態にはならず、消滅は回避可能であると判断したのだ。

また、組織は消滅回避だけではなく、消滅を成立させるため外部干渉を排除したり、突発的な事象における消滅不成立を阻止する活動を行うこともあるが、それらも全て点ではなく、面での作戦指示を行うことによって成立しているのだ。

「それにしたって、ボスは関与者じゃないんだろ?言ってみれば俺たちと同じなのに、なんで上からの指令が見れるんだ?」
「おい、失礼だろ!」
「いや、構わん」

腕を頭の後ろに組みながら放ったトシオの何気ない質問は、この班の存亡につながりかねない重要なことである。

この班を取り仕切る八雲サトルは関与者ではない。
つまり【予定表】を見ることが出来ない。

ならばなぜ上からの指令である【予定表】を見ることが出来るのであろうか?

サトルはとある血筋の家系の出である。
それは陰陽や祈祷に関わる古くから国の中枢と繋がっている家系であり、国の運命を左右する有事や大きな転換には彼らの影響が少なくないとも言われている。

サトルの先祖が持っていたとされている陰陽や祈祷の力、その力の一つが関与者ならずとも【予定表】を見ることが出来る力だった。

「関与者だけが【予定表】にアクセスできるわけではない。何事にも例外はある」
「その例外がボスってわけだ」
「いい加減にしろ!」
「いや、いいんだ。組織の中でもそれなりに知られていることだしな」

この血筋や今の立場について口外することは禁じられているわけではないが、今の立場上、それは許されない。なぜなら、それは組織上層部への非難にもつながることになるからだ。

彼らはモノやヒトの消滅を事前に予知してそれを防いだり、あるいはそれを利用して国益を守り、また国難を防ぐことによって、国家中枢から絶大な信頼を得ていたのだ。

祖は一つでも、長い期間を経て多くの分家ができるが、なにもしなくても血を残せる本家とは違い、自分たちの立場を守らなくては血を残せない分家の方が、本家よりも社会的立場を強くするというのは往々にして起こることであり、それは八雲家においても同じだった。

サトルはその本家の人間であり、生まれながらにして国家中枢で働くことが約束されている。

しかし、分家筋の者が国の中枢に入り、それまでに得たさまざまな権力を利用して、本家筋が本来得るべき立場――【予定表】を元に消滅の回避、または成立を行うように指示を出す立場――を半ば強引に掠め取ってしまう。

一方で、本来はその立場にいるべき本家筋のサトルを一介の現場長という不当な立場に追いやった。

国と八雲家の本家は、古くからの盟約により国防に関わる役職を担うことが義務付けられている。それは現在においても有効であり、サトルが今の立場にいられるのも、その盟約を最低限守っている分家によるものではあるのだが、完全に本家を排除できなかった分家は、閑職ともいえる今のサトルの立場ですら、好ましく思っていない。

そのため関与者ではないという、組織にとってイレギュラー因子であるサトルの立場というのは非常に危ういものであった。
――自分の代で先祖代々受け継がれてきたこの盟約を反故にするわけにはいかない。

大きな矛盾をはらんだこの立場や上からの指令に思うところがないわけではないが、先祖からの盟約を形式上だけでも履行するために追いやられた閑職とはいえ、部下2人に対する責任や消滅から人々を救うという使命感によって、サトルは自分の想いを強い意志のもとに封じてきた。

サトルに対する無礼な態度に業を煮やし、トシオに食って掛かるカナメの怒声が室内に響き渡る。

トシオの問いによって、忘れるように努めていたそういった想いが少しだけ首をもたげてくるのを感じるが、それを冷めきったコーヒーと一緒に再び胸の奥底へと追いやる。

「ああ、そういや風見市の例のガキどもはどうします?」

止まらないカナメの説教を聞き流しながら、いつもと変わらない軽い調子でトシオが問いかける。

風見市の高校生。
サトルはその言葉に少しだけ眉をあげるが、特に表情を変えずに答える。

「彼らは他の関与者と異なり、消滅への関与を意図的に強めている。我々がそこに介入すると組織の存在が公になる恐れがある。よほどのことがない限り彼らには干渉しない」
「それは上からの指示ですか?それとも......」
「......」

トシオは言葉を最後まで言わず、サトルに探るような視線を向ける。
サトルはトシオの問いに答えず、風見市の高校生――ハルたちに思いを馳せる。

サトルは自分たちの意思で消滅に立ち向かうハルたちがなんとなく気になっていた。

それは下らない権力闘争の中で閑職に追いやられている自分にとってはまぶしく映るものであり、彼らにはいつか自分がどこかに置き忘れてしまった「なにかを守りたい」という、言葉にすればチープに聞こえるが、それでも人としては決して無くしてはいけない信念を感じていた。

今の自分の立場では決して交わることがないと分かってはいるが、彼らがその信念を貫き続けられるよう、直接的な協力は出来なくても、せめて彼らと敵対するような立場にはなりたくないな、と考えていた。

とは言え......

「それじゃもし上から風見市の案件に対する指令が出たらどうするんで?」
「......上からの指示に従う」

トシオからの言葉の通り、組織から指令が出れば自分の想いなど軽く吹き飛ばされてしまう。せめてそうならないように......と、祈ることしか出来ない今の立場に歯がゆさを感じる。

大きなため息を吐き出した時、ふとサトルのパソコンに新たな通知を示すアイコンが点滅する。サトルの様子が変わったことに気付いた2人は、言い争いをやめ、サトルのデスクの前に立つ。

サトルはデスクに座ると眉間に深いしわを寄せながら通知の内容を一字一句逃さないように読み進め、それを読み終えると目をつぶる。

2人はその間もなにも言わずに待ち続ける。
そうして数分が経過しただろうか。

サトルはゆっくりと目を開く。
そしてデスクの上で手を組むと、2人に短く告げた。

「次の指令だ」
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次の話第29話 かつてあった消滅
消滅予定表作者:こまりさ
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