第27話 消滅を望むものと防ぐもの
9月13日
長かった夏休みも「光陰矢の如し」の諺通り、終わってしまえばあっという間である。
既に暦の上では秋となっているが、相変わらず真夏日と熱帯夜が繰り返される毎日が続いていた。なぜこんなに暑いのに学校へ行かなければならないのか――そんな愚痴をこぼす生徒の声も珍しくない。
だが、社会人になれば長期休暇などそう簡単には取れない。アルバイトを通じてそれを実感しているハルは、痛みを感じるほどの日差しに晒されながらも、学校へ通える今の身分のありがたさと、ほんの少しのもどかしさを感じていた。
そして夏休みが終わって2週間。
さすがに休み気分の抜けない生徒たちの姿も減り、校内は少しずつ普段通りの空気を取り戻しつつある。もっとも、9月も半ばを迎えれば次に待っているのは中間テストだ。その先には文化祭も控えている。
そのため学校全体は、夏休み明け特有の気怠さがようやく鳴りを潜めたかと思えば、今度は学校行事を前にした落ち着かなさや高揚感に包まれていた。
気怠さと活気。
ハルの通う学校には今、その相反する空気が不思議なバランスで同居している。
特に部活動に打ち込む者や受験を控えた生徒たちは、どこか気持ちが浮ついていた。文化祭に胸を躍らせる者。迫る受験に焦りを募らせる者。それぞれが、それぞれの「これから」に意識を向けている。
だが、ハルたちが抱えている落ち着かなさは、それらとは全く別種のものだった。
***
「それで、そっちの消滅はどうだった?」
「うーん......なんかおかしいんだよね」
いつものファーストフード店。
店内では、彼らと同じような学校帰りの学生や親子連れが、それぞれ思い思いに雑談を楽しんでいる中で、その一角に集まっている4人組――ハルたちが交わしている会話はあまりにも現実離れしていた。
もし周囲にその内容が聞こえていたら――そしてそれが単なる作り話ではなく、現実に起きている出来事なのだと知られたら人々は一体どんな反応をするのだろうか。
もっとも、常識的に考えればそんな話を現実だと思う者などいない。
せいぜいゲームかなにかの難解なイベントに行き詰まり、仲間同士で攻略相談をしている。周囲にはその程度の会話にしか聞こえないことだろう。
「おかしいってどういうこと?」
「結果的には消滅は防げなかったんだけど、なんか違和感があるんだ」
新学期になり新たな生活がスタートしても、ハルたちはこれまで同様、消滅の対処を続けていた。学校が始まったことにより行動できる時間帯は限られてはいるが、夏休みの間に消滅を通じてさまざまな経験を経た彼らは、漠然とした使命感や非日常感ではなく、明確な意思を持って消滅と対峙を続けていた。
その中でミオからとある提案があった。
それは風見市外で消滅に関与してみようというものである。
夏休みの間、風見市外で関わった消滅において、第三者による関与としか思えない事
案がいくつかあった。しかもそれは消滅を回避するだけではなく、消滅を成立させようとするものあったのだ。それがどうしても引っかかっていたミオは、改めてその存在を確かめるべく、風見市以外での活動を提案したのだ。
しかし、消滅に関わる第三者がハルたちのような善意の使命感で行動するものとは限らない。そのため、以前のようなたまたまその場に居合わせた行き当たりばったりのような関与ではなく、十分な計画を練った上で、自分たち以外の関与者の行動を確認してみたい、というのがミオの考えであった。
そうした二手に分かれて何度か確認してみた結果が、先ほどのハルの発言であった。
「今回行った高瀬区の自転車の件だけども......」
「ちょっと遠くて大変だったけども、ミオ先輩が詳しく教えてくれたから現地に着いたらすぐに見つかったよ!」
ハルの言葉にナナが口を挟む。
高瀬区とは風見市から都内に向かうこと約20分。
駅前に古くからあるアーケード商店街のほか、大きな多目的ホールがある。このホールでは音楽コンサートやお笑いライブなど多数のイベントが催されており、ここの舞台に立つことで一人前とされるとも言われるほど歴史あるホールである。
そういった古くから栄えてきた街並みの一角に、今回ハルたちの目的である消滅対象
となっている自転車があるわけなのだが、ハルの【予定表】では消滅の詳細な時間が分かっても、対象については詳細なことが分からない。だから事前にミオから消滅対象の詳細を聞いていたのだ。
「そうそう、お陰ですぐに対象が特定できたよ。で、消滅の状態は自転車のカバーがかかってるってことだったから、カバーを外して近くに置いておいておいたんだ」
「それ、持ち主に見られたら窃盗と勘違いされちまうんじゃねえか?」
「でもカバーを外しておかないと消滅しちゃうからね......って言っても、もし見られたら理解も納得もしてくれないだろうね」
「そうそう。折角頑張ってるのに誰も認めてくれないって辛いよねー」
「ああ、まったくだよ。俺たちが居なかったら街の中で色んなものが消えちまうってのにな」
「で、それがどうなったの?」
ナナがわざとらしく自分たちの苦労を語りだし、それにリクが便乗する。
このままではまた話が大きく脱線しそうだと察したミオが、少しだけ大きな声で2人の話を遮り続きを促す。
「それでカバーを外したあと、いたずらと思われないように、カバーはすぐ近くに風で飛ばないように重しを乗せて置いておいたんだ。本当はカゴに入れておこうと思ったんだけど、カゴにあることでカバーが一部でもかかってるって認識されたら困るからね。だから完全に自転車から離すことにしたんだ」
かつて消滅状態を変えたにも関わらず、対象が消滅してしまったことがあった。
その時に4人で話し合った結果、【予定表】に書かれている内容の解釈はとてもルーズで、多少強引であっても【予定表】に書かれた状態と解釈できるようであれば、消滅状態が保持されているとみなされてしまうのではないかと推測した。
さすがにそれを実際に試して検証するという事はできないが、それからはどう解釈しても消滅状態とは異なる状態になるよう、ハルたちは関与の方法を工夫してきたのだ。
「カバーを外したのが消滅の3分前。それはハルが【予定表】で消滅時刻を確認したから間違いないはずだよ。で、そのあと、私たちはちょっと離れたところから自転車を見てたんだ。そしたらすぐに持ち主っぽい男の人が来て、ぶつぶつ言いながらカバーを掛け直したんだよ」
「それはタイミングが悪かったな。いや、ちょっと遅かったら持ち主の人と鉢合わせしてたかもだからタイミングが良かったのか?」
ハルが説明したあとに起きたことをナナが補足する。
その説明によると、消滅状態である「カバーがかかっている」と言う状態を変えたにもかかわらず、消滅時間直前に、よりにもよって自転車の持ち主に戻されてしまったという。
折角消滅を回避するべく行った行動が持ち主自身に覆される。
確かにそれはリクの言う通りタイミングが悪い話ではあるが、それ自体は別におかしい話ではない。
「いや、それだけならリクのいう通りタイミングの問題だけど、話はこれで終わりじゃないんだよ」
「どういうこと?」
ミオが続きを促す。
「なんていうかなー。その人、自転車を見てるっていうより、自転車の周りを見張ってる感じだったんだよね」
「見張ってる?」
「そうなんだ。最初は自転車の持ち主だから気になって見ているだけだと思ってたんだけど、その人は何度も腕時計を確認しながら周囲を見渡していたんだ。時間にしてみれば1、2分のことだったと思うけど、でも僕たちには妙に長く感じたよ。それで消滅時間の十数秒前になると、まるで用事を終えたみたいに、その場を離れていったんだ」
「それでその人が見えなくなったから、慌てて自転車のところまでいってカバーを外したんだけど......」
「すでに自転車は消滅していたってわけか」
「そうなんだよー。そんなギリギリまでそこにいるのって、【予定表】が見えてないとできないことじゃないかな?」
外してあったカバーを戻すことにより消滅の状態を維持し、その状態が再び誰かに崩されないように消滅時間までその場で周囲を警戒する。
その持ち主らしき人物がなぜ消滅を防がず、逆に消滅を成立させようとしたのか?その意図は不明ではあるが、その行動はナナの言う通り【予定表】の内容を分かっていないとできないことである。
「で、そいつはそのあとどうしたんだ?」
「自転車が消えてしまったことを確認しているうちにどこかに行っちゃったよ」
「なんだよ、そいつに話が聞ければ色々わかったかも知れねえのに」
「いや、それは辞めておいた方がいいわ」
「なんでだよ。そいつだって明らかに関与者だろ?それなら俺たちが知らないこととか、他の関与者のこととか、色々情報交換ができたかもしれねえじゃねえか」
「それが善意の関与者ならね」
「善意?」
「そうよ。ハルの話を聞く限り、この人は明らかに消滅を成立させるための行動をしているわ。つまり私たちとは真逆の行動ね。それはもちろん【予定表】が見えていないとできないことだと思うけども、【予定表】が見えているってことは、なにかが消滅してしまうって分かっているはず。それなのに、それを防がずにむしろ消滅を望むだなんて、なにか意図があるにしても、少なくとも私たちと相容れることはできないと思うわ」
ミオの危惧する内容、つまり彼の行動は、それはここまでの自分たちの行動や想いを真っ向から否定するものである。ここまで色々な失敗や葛藤を経て、今日まで活動を続けてきた自分たちには、誰かに賞賛されずとも関与者としての自負、そして試される者としての覚悟がある。
たとえ彼が消滅に関する重要な情報を持っていたとしても、これまでの活動を否定するような行動をとる彼にはとても好意的な感情を抱くことはできない。消滅回避と消滅成立、真逆の行動をしている者同士、つまり敵味方のような間柄で情報共有などはできるわけはないと思うのは当然である。
「僕もそう思うよ。僕もミオ先輩も消滅によって自分たちの大切に思っているものを奪われた。それなのにそれを推し進めるだなんて、どんな理由があっても納得はできないよ。それに......」
「まだなにかあるのかよ」
「なんというか、ちょっと近づきたくない感じ......だったかな」
「ん?どういうことだ」
「上手く説明できないけども......例えば道を歩いてても「あ、この人にはなんか近づかない方がいい」って無意識的に避ける人がいるでしょ。そんな感じで、なんというかあまり近づきたくない、近づくのが怖い。そんな感じだった」
「分かる、私もそう思った」
ハルとナナが感じたその人を避けたい気持ち。
それはその人が発する気、ありていに言えば威圧感のようなものである。
明らかな威圧感を放ち、消滅を成立させようとする謎の男
もし彼が意図的に自分たちと敵対することになったなら......
4人の間から会話が途切れる。
隣のテーブルでは学生たちが楽しそうに笑い合っているというのに、その声だけが妙に遠く感じられた。
「それじゃ今度は私たちの報告ね」
ミオはテーブルの上で軽く手を打った。
張り詰めていた空気を断ち切るような乾いた音に、自然と3人の視線が集まる。
ミオとしてもその謎の男の正体は気になるものの、これ以上の情報がないのであればこの話をしていても仕方ない。そう思って話題を変えることにしたのだ。
「そうだね、ミオ先輩たちの方はどうだったの?」
「私たちの方にもちょっと変わったことがあったわ」
「そうだけども、ありゃたまたまだろ?」
「いいえ、たまたまなんかじゃないわ。あれはそう、奇妙としか言い表せないわ」
「奇妙なこと?おい、聞いてねえぞ」
一緒にいたはずのリクが驚いたような声をあげる。
「ごめんなさい。色々と確認をしていて、確証を得たのはここに来る前の事だったから言う暇がなかったのよ」
自分たちだけではなくミオたちにも同じようなおかしなことがあったという。しかもハルたちはそれを「違和感」と表現したが、ミオのそれは「奇妙」なことだという。
「ええ、私たちが見に行ったのは若葉市の公園にあるボートだったけども......」
「ミオが言うにはボートの消滅状態は「人を乗せている」ってことだったらしいけどもよ。公園みたいな人目が多いところで、人が乗ったボートを人を降ろすとか、普通は無理だって思うだろ?」
「って言い方をするってこと、消滅は防げたってこと?」
「結果的には、な。ただそれは俺たちがやったことじゃねえ」
「リクたちがやらなかったなら誰がやったの?」
「それも含めて詳しく説明するわね」
***
9月12日 16時20分 | 若葉市新緑公園
風見市の南に位置する若葉市の新緑公園には大きな池があり、そこではボートに乗ることができる。ボートには昔ながらの手漕ぎボートだけでなく、足で漕いで進むことができるスワンボートもあり、男女カップルは手漕ぎボート、ファミリーはスワンボートと、特に示し合わせたわけでもないだろうに、自然と住み分けのようなものができていた。
ミオとリクはボート乗り場付近まで来る。
するとミオが「15番、15番はっと......」と呟きながら池の方に目をやり、なにかを探すように遠くを見る。
【予定表】を見ることができないリクではあるが、ミオのその行動で今回の対象を察する。ハルたちが居たら呆れるほどのそれは、もはやテレパシーの一種ではないかと思えるほどの以心伝心っぷりである。
「おっ、あれじゃねえか?」
リクが指差す先には、ちょっと剥げかけてはいるが、舳先に「15」という文字がペイントされた手漕ぎボートがあった。そこには女性が1人で乗っており、ゆったりとしたペースで水上散歩を楽しんでいた。
「さすがはリクね。ええ、確かにあれみたいだわ」
「ハルから聞いていた時間は確か16時40分だったっけか?ハルの【予定表】はホントに便利だよな」
「それは時と場合によるわよ。消滅時間が分かるのは強みではあるけども、そもそも対象が分からないと仕方ないでしょ」
「でもよ、対象は簡単に見つけられることもあるだろ。そう思うとやっぱあっちの方が便利だなって思っちまうぜ」
「まぁそれは否めないけども、そもそもゲームとかじゃないんだからそんなこと言っても仕方ないでしょ」
そんな話をしている間にも15番のボートの女性は時にはゆったり、時には力強くボートを漕いでいる。
今回の消滅状況は「人を乗せたボート」となっている。
消滅対象となるボートがたまたま整備中や待機中であればよかったのだが、それを言ってもどうしようもない。
かといって、こんなに人目が多いところで水上に浮かぶボートになにかできるわけでもなく、いずれ消滅するであろうボートを見守ることしかできないミオとリク。
せめてボートが消えたあと、水に投げ出されることになる女性を少しでも早く助けることができるように、自分たちもボートに乗り近くまで行くべきでは、とリクが提案する。
ミオはそれを了承すると、リクはすぐにチケット売り場まで駆けて行った。
リクと2人きりでボート。
消滅対処中にも関わらず、ひょんなことからいかにもカップルのようなことをすることになったその事実に、自分の表情が無意識に弛緩するのを自覚して、両手で必死に抑える。
「なにしてんだ?ほら、チケット買ってきたからいくぞ」
「んもう、分かってるわよ!」
「......お前、たまに突然機嫌悪くなるよな」
いつの間にチケットを手に戻ってきたリクは、ミオの心中にまったく気付く様子もなく、そのままボート乗り場に向かって歩き出す。
その背中を見つめながら大きなため息を一つつくと、「ちょっと待ちなさいよ」と先を行く背中を追いかけていく。
***
ミオとリクは15番と同じ手漕ぎボートに乗る。
漕ぎ手は当たり前のようにリクである。
――こういうところは気が利くのよね。
そんなことを思うミオをよそに「それじゃ行くからしっかりつかまってろよ」と、先ほど15番のボートが居たあたりに向かって力強くオールを動かす。
ある程度進んだところで漕ぐ手を止めると、ボートはそのまま惰性で池の上をゆっくりと漂いだす。
「どうだ、見えるか?」
「ちょっと待ってね。視点が低くなったから探しにくいのよ」
揺れるボートの船上で立ち上がるわけにもいかず、先ほどまでよりも低い視点で15番のボートを探すも、なかなか見つからない。
「ちょっと見つからないけども、確か最後に見た時には池の奥の方に向かってたから、とりあえずそっちの方に行ってちょうだい」
「了解だ、任せとけ」
そう言うと、リクは再び力強くボートを漕ぎだす。
普段より力を込めた両腕はいつもよりも張りが増している気がする。
思わずそれに見とれそうになるが、またリクにからかわれるかと思うと必死にそこから視線を外す。
「それにしても思ったよりも暑いわね。水が近いからもっと涼しいかと思ったわ」
「9月になってもまだ暑いからな。池の水も温度があがってるんじゃねえか?」
「確かにたまにかかる水しぶきもちょっとぬるい気がするわね」
「かかってたか?悪いな、もうちょっとゆっくり漕ごうか?」
「気にしないで。今は15番のボートを見つける方が先よ」
――ホントに、もう......
変なところで気遣いをするリクに、心の中で今日、何回目になるかわからないため息をつく。
「それにしても......」
「ん、どうしたの?」
「いや、大して涼しくもなくて、むしろ暑いくらいなのに、なんでわざわざ1人でボートに乗ってるんだろって思ってな」
「そう言われれば......」
「ボートなんてカップルとかファミリーで乗ることが多いだろ。だから最初から不思議だったんだよ。でも水が近くて涼を求めてってことなら納得できるかなって思ってみたけど、実際に乗ってみたら、むしろ池から上がる水蒸気で蒸し風呂みたいにムンムンしてるじゃねえか。百歩譲ってボートに乗るのが趣味ってことだったとしても、せめて日除けがあるスワンボートの方が良くねえかなって思ってな」
「ボートに乗るのが趣味なら手漕ぎボートにこだわってるってことじゃない?」
「そう考えるのもありだけどよ。俺たちは風見市外の消滅に関与する第三者の影を追っているんだろ。これってただの偶然か?」
リクの言葉は確かに的を射ていた。
ミオは消滅対象であるボートを発見したが、そこに乗っている女性のことまでは気にしなかった。
リクの言うとおり、確かにこの暑い中で女性が1人手漕ぎボートに乗っているという事は、あり得なくはないが不自然である。
そこにミオたち関与者だけが知る消滅、風見市外の第三者の存在を加味すると、偶然である可能性の方が少ないのではないかと思える。
「リク......!!」
「もうやってる!」
リクの指摘にそのことに気付いたミオがリクに一刻も早く15番のボートを探すべく声をあげるが、リクは既にボートを漕ぐ手を動かしていた。
16時37分。
時間を確認すると、消滅まであと3分。
ボートは池の端まで辿り着いたが、ここまで目を凝らしながら進んできたが15番のボートは見つからない。残るはボート乗り場から死角になっている池の奥の方だけである。
そう思いここまで漕ぎ進んできたが、この辺りはかなり浅瀬なのだろう。
水際に近い辺りには葦と思われる植物が多く生えており、遠目から見たら陸地と見分けがつかない。
ボートから見える水面からは容易に池の底が見えている。
恐らく水深にして数10センチ程度、せいぜい膝程度の深さなのであろう。
これ以上、水際の方に行くと、ボートが浅瀬に乗り上げてしまうことになりかねない。ボート乗り場でも係員に浅瀬の方には行かないように注意されていたことを思い出す。さすがにこの辺りにはいないだろうと思い、オールを器用に池の底に当て、その場で方向転換している時に、浅瀬の奥の方からばちゃばちゃと音が聞こえてきた。
オールが起こした波の音にしては明らかに不自然だな、とその音がする方に目を向けると、池の奥の方から女性が歩いてきた。
「すいません、ちょっと助けて頂けますか?」
彼女が言うには風に流されて池の奥の方まで来てしまい、そのまま浅瀬に乗り上げてしまったそうだ。
15番のボートは見つからないし、すでに消滅時間は過ぎている。
もはやミオたちの目的はなくなってしまったので、彼女の申し出を断る理由は特にない。
ボートにミオを残し、リクはその女性と共に池の奥にばちゃばちゃと歩いていくと、ものの数分でボートを押しながら戻ってきた。
「大丈夫か?俺が代わりに漕ごうか?」
「え?いいんですか?彼女さんが......」
「私は大丈夫よ。困ったときはお互い様だわ」
「それなら......お言葉に甘えてお願いします」
「あ、でもあなたは私のボートに乗ってね」
「あ......はい、分かりました」
そのまま二手に別れてボート乗り場に戻り、再度お礼を言われて女性とは別れた。
***
「......と言うわけなのよ」
ミオが話を終える。
それなりに長い時間が経過していたせいか、店内の客はまばらになり、それに伴い周囲の喧騒もいつの間にか収まっていた。
おかげで店内には妙な静けさに包まれているが、店内には穏やかなBGMが流れているため、よほど大きな声を出さない限り、周囲に話の内容が漏れ聞こえることはないだろう。
気付けばドリンクは飲み干されていた。
ハルがストローを指先で弄んでいる横では、ナナがなぜか目を輝かせながらミオを見つめている。
なにがナナの琴線に触れたのだろうと思いながらも、ハルもミオの話には疑問が残っていた。
「それじゃ、15番のボートはどうなったの?」
今回、ミオたちはボートの消滅を防ぐのは難しいと考えていると聞いていた。
だからせめて市外の関与者の存在を確認し、もし関与者を実際に確認することができたら、どのような方針で活動しているかを見極めようと考えていたという。
だから今回はここまで積極的に消滅にかかわる予定ではなかったのだが、消滅対象であるボートに人が乗っていることを確認してしまった以上、万が一のことを考えると、今回の流れは致し方ないといえる。
いずれにしてもボートは消滅するはずだったのだが、ミオの話ではそういった描写なかった。だからこそのハルの疑問である。
「実は俺が押してきた浅瀬に乗り上げてたボート、あれが15番だったんだよ」
「それじゃボートは消滅しなかったってこと?」
「だって、人が乗ってれば消滅条件を――あ、そうか」
「そう、15番のボートに乗っていた女性は浅瀬に乗り上げて助けを求めに私たちのところまで池の浅瀬を歩いてきた。つまりボートには乗ってなかったってことよ」
「話では風に流されてって言ってたけども、逆に池の深いところに居続けていたら水上で投げ出されていたかもしれないからラッキーだったんだね」
「でも、それじゃなにが奇妙なの?」
ナナがボートの女性の幸運を素直に賞賛するが、ハルは冒頭のミオの言葉に対してさらなる疑問を投げかける。
「街を散歩するとき、普通は普通の靴を履くわよね?」
しかしその答えとして返ってきたミオの言葉は、これまでの流れとは一見なんの関係もないようなことであった。
「普通は普通の靴、ってなんか変な言い方だね」
「茶化さないでよ。そういう表現しかできないんだから」
「で、それのなにが変なの?」
「ボートの彼女、あの時、マリンシューズを履いていたのよ」
「マリンシューズって、水にもそのまま入れるって靴のこと?」
「最近のは見た目が普通の靴と見分けがつかないものもあるみたいだけども、ボートに一緒に乗っている時に聞いたから間違いないわ」
「そうだったのか。なんで俺には教えてくれなかったんだよ」
「あの時は別に対して気にしなかったからよ。別にマリンシューズを普通に履いてたっておかしくはないでしょ」
「ってことは、まだ他にもおかしいことがあるんだね」
確かにマリンシューズを普通に履いていても、それ自体は別におかしいことではないが、なぜそれをこの流れでわざわざいうのだろうか?これがミオに奇妙と思わせるなにかにつながるのだろうか?
「ええ。実はちょっと気になったから、あとからあの日の公園付近の風向きや風速を調べたのよ」
「ミオ先輩、すごーい!そんなことまで調べられるの?」
「別にただ検索しただけだから誰でもできることよ。それでその結果、あの時の風は西から東、分かりやすく言うと池の奥からボート乗り場の方向に向かって吹いていたみたいなのよ」
「あれ?だってその人は風に流されてって言ってたよね」
「ええ、確かに言ってたわ。でも実はそうじゃなかったのよ。考えてみたら、ボートが流されるほどの風が吹いてたら、池の奥の方には多くのボートがひしめき合うことになってたはず。でも池の奥の方には私たち以外はいなかったわ。むしろ風向き的にはボート乗り場付近のほうに流されるはずなのよ」
「ってことはつまり......」
「そう、池の奥の方には行くには流されてなんか行けるはずがなく、狙って目指さない限りボートは池の奥には辿り着けないはずなのよ」
ミオの推理が見えないものを少しずつ引きずり出していく。
しかしそれはまだ偶然という言葉で片付けられてしまう程度のものである。
「それもたまたまなんじゃないか?」
「たまたま?」
「だってよ、実際に手漕ぎボートを漕いでる時って進行方向に向かって背中を向けているんだぜ。実際に俺もボートを漕いでたけど、風とか良く分からなかったぜ。ただ止まっているだけなら風に流されてってこともあるだろうけども、漕ぎ続けていれば別に池の端まで行っちまうこともあるだろうよ」
「それは確かにそうね。一度漕ぎ出せば惰性でも結構動くものだしね」
「その言い方、まだなにかありそうだね」
「さすがはハルね。実はあと二つあるわ」
「二つもあるのかよ」
ミオが奇妙と感じるに至った理由が少しずつ紐解かれていく。
残りのピースはあと二つ。
「実は今日、ここに来る前にボート乗り場に問い合わせを入れたのよ」
「なんで?」
「ちょっとした確認よ。「昨日、15番のボートに乗っていたものですが、忘れ物しちゃったみたいで」って」
「お前、デタラメじゃねえか?」
「いいのよ、忘れものなんかなかったのは降りるときに確認してるんだから」
「まあまあ、話の続きを聞こうよ」
ハルがリクをたしなめて手続きを促す。
「問い合わせを入れたら、何時頃に乗っていたか聞かれたから、16時過ぎに女性1人で乗っていたものですって言ったのよ」
「まあ、確かに俺たちがいた時に女性1人で乗ってる人はいなかったからな」
「そしたらね......」
「なにかあったのか?」
「ええ。「ああ、どうしても15番が良いって言ってたアンタか」ですって」
ボートに乗っていた彼女はわざわざ15番のボート、つまり消滅対象になっていたボートを指定したと言う。あの時、正確には数えていないが、手漕ぎボートだけでも数隻はあったはずなのに、なぜわざわざ15番を指定したのだろうか。
ここまでミオがあげてきた奇妙なピースが少しずつはまりだしてきた。
「ちょっと分からないんだけど、ミオ先輩はなんでそこまでその女性を怪しんでいるの?ここまでの話は、その女性が最初から怪しいって分かっていて、その証拠を固めるために色々調べているように見えるけども」
「そうね、実はその通りよ」
「えっ?そうなのかよ?なんで言わねえんだよ」
「きっかけは些細なことだったし、確証を得たのはボート乗り場に電話したからよ。隠していたわけじゃないわ」
ミオが感じた些細な事。
それが彼女の行動が奇妙だと思える証拠を積み上げるに至った。
「で、その些細な事ってなんなの?」
「そう、それが最後の一つ。そして私が今回の件に疑問を持ち始めたきっかけでもあるわ」
一緒に行動していたリクにも気付かなかったボート消滅に関わった女性の奇妙な点。それを疑問に思う皆に、ミオは軽い調子で答える。
「なに、単純なことよ。彼女、ボートに一緒に乗っているときになにかをやり遂げたような雰囲気があったのよ」
「やり遂げた雰囲気?」
「例えば試験が終わったとか、授業が終わったとか、バイトや部活でもいいわ。なにか一つのことをやり終えたみたいな、そんな感じよ」
「確かに妙だけども、それのなにがおかしいんだ?」
「だって考えてもみてよ。彼女の言葉をそのまま信じるなら、彼女はボートを池の奥の浅瀬に乗り上げさせちゃったのよ。ボート乗り場で散々奥にはいかないように注意されていたにもかかわらずよ」
「それは確かに......」
確かにミオの言う通り、ボートの彼女の立場であれば、状況的に達成感を醸し出すような状況ではない。
「一緒にボートに乗って話をしたみたけども、彼女はとても理知的で真面目な人だと感じたわ。それは会話の端々からにじみ出る雰囲気といってもいいかしら。そんな彼女が注意を守らずに行かないように言われたところに行ってしまうとか考えにくいし、もしそうなってしまったなら、きっと罪悪感を感じるはず。それなのにそんな雰囲気は微塵も感じなかったの。もちろん言葉で「浅瀬に乗り上げさせることが自分の役目」と言ったわけではないけども、自分のやるべきことをしっかりとこなしたみたいな達成感を感じさせたわ」
「だからそれに違和感を感じて一つ一つ確認していったってわけか」
「一つ一つのこと偶然で片づけてもいいかもしれないレベルのことかもしれない。でも調べれば調べるほど、全部が同じ方向を向いてるのよ」
ミオの感じる違和感のきっかけ。それはとても些細なことであった。
しかしそれを紡げば紡ぐほど、明らかなものへと変化していったのだ。
「彼女から達成感のようなものを感じた時に、私は小さな引っ掛かりを覚えたの。その時、ふと目についた靴が乾き始めているのを見て、なんの気なしにそのことを尋ねてみたの。そしたらちょっと驚いたように口ごもって、それがマリンシューズであることを教えてくれたわ。その口ぶりに決定的な違和感を感じて考察してみたってわけよ」
これは彼女と一緒にボートに乗ることを選んだミオのファインプレーといえるだろう。
実はあのままの雰囲気だと、彼女はリクが漕ぐ15番のボートに一緒に乗り込みそうだったので、それをさせまいとした行動ではあったのだが、結果的には彼女の違和感に気付くことができたので、真の理由をわざわざ伝える必要はないだろう。
「ってことは、そのボートの彼女は関与者ってこと?」
「あ、そうか。そうだよな。そうじゃなきゃこんな偶然重なりっこないもんな」
意図的に消滅予定のボートに乗り込み、消滅を回避すべく、消滅条件が成立しないように行動する。これはまさしくハルたちが普段行っている消滅回避の行動と同じである。
ようやく他の関与者に接触できたと喜ぶリクであるが、ナナが首をひねりながらミオに問う。
「でもさ、それのどこが奇妙なの?その人が関与者ならすごい偶然かもしれないけども、奇妙って思うのはなんで?」
ナナはミオの冒頭の言葉を疑問に思う。
もちろん奇妙なことではあるが、それを言ってしまえば消滅現象そのものが奇妙なことだ。そうではなく、今回のことを奇妙と表現するのはどういうことなのだろうか。
「例えば、もし私たちだったらどうしたと思う?」
「私たち?」
「彼女が関与者だったとしたら、事前にマリンシューズを用意して、消滅するボートを指定して、万が一誰かに見つかっても自然な言い訳まで用意していたことになるわ」
「用意周到すぎるってこと?」
「俺たちだってやるときにはそれくらい準備することだってあるだろ?それだけで奇妙って言えるのかよ」
ミオが奇妙だという理由。
それにリクは反論する。
その言葉にミオは先ほどと同じ言葉を今度はリクに投げかける。
「それじゃ私たちだったらどうしたと思う?」
「それは......」
リクは言葉を続けることができず、4人は一瞬の静寂に包まれる。
お店の入り口からは新たな来店客を迎える声が響き渡る。
ミオの問いかけに答えられないまま10数秒が過ぎたとき、ミオが再び口を開く。
「私は今回の消滅、防ぐのは難しいと思ってた。ボートに人を乗せないことも、既に乗っている人を降ろすことも、実質的には不可能だと思っていたわ。だから今回は観察に徹するつもりだったの」
「どの消滅に接触するかを事前に決めた時にも言ってたね」
「もし仮にこの消滅を防ぐためには......」
そういってミオが挙げた項目は次の通りだ。
・消滅予定のボートが使用されているか。
・既に誰かが乗っていたらどうするのか。
・人目がある公園で不自然にならずにどう消滅条件を崩すか。
他にも細かく挙げればキリがないのかもしれないが、消滅対象が多くの目に晒されて、さらに多くの人に使用されるものである場合、今までのように自分たちだけの行動で消滅を回避するのは難しい。だからミオは最初から観察に専念することに決めていたのだ。
「でも彼女はそれをやってのけた。それは偶然かもしれないし、たまたまかも知れないけども――って前置きが長くなりすぎたわね。私の推測を言ってしまうと、彼女は私たちのような個人とは違う、それなりの規模の組織や団体で消滅の関与に当たっているんじゃいかなって思ったのよ」
「組織?」
誰もすぐには言葉を返せなかった。
カウンターの奥から聞こえる食器の触れ合う音だけが妙に大きく耳に残る。
「ハルたちが見た自転車の持ち主らしき男性と私たちが出会ったボートの彼女に関連性があるかどうかは分からない。でも少なくとも、私たちよりずっと計画的に動いているように感じたわ。それが私が思った奇妙だと思ったところよ」
ミオが今回体験したことから推測を重ねて、奇妙と思い至った理由は分かった。
しかしリクはミオが奇妙であると危惧する意味が分からない。
「ミオが言いたいことは分かったけどよ、別にそれならそれでいいことなんじゃねえのか?」
リクが首を傾げる。
「消滅を防げるなら、俺たちよりそういう連中がやった方が確実だろ」
「私もそう思うかも」
ナナも同意する。
「ミオ先輩の言いたいことは分かるけど、別に消滅が防げるなら私たちじゃなく、その組織みたいなのが対応したほうが確実なんじゃないかなって思うけど」
「いや、確かにミオ先輩の言う通りだ」
その疑問はミオではなく、ハルによって否定される。
「ハルまでなんだよ。俺も別に組織だろうが団体だろうが、消滅さえ防げれば誰がやってたって関係ねえって思うぜ」
リクもナナに同意見のようであったが、ハルはその答えに少し険しい顔をする。
「もしなにかしらの組織が消滅に関与しているとしたら、テレビやマスコミ、いやネットなんかにもなにかしらの情報があってもいいと思うんだ。でも検索しても出てくるのはせいぜいSNSなどの口コミ程度。僕たちが消滅に関わりだしてから三ヵ月、それなりの規模のものが消えたり、或いはヒトだって消えてるのに、消滅ってことには誰も触れていない」
「確かに......そうだな」
ハルはテーブルの上で指を組む。
「各地での消滅対応がすべて僕たちのような個人がやってるってことならそれも分からなくもないけども、なにかしらの組織が関わっているのが本当だとしたら、その情報が全く公になってないのはちょっとおかしいと思うんだ」
「そんなの、たまたまかもしれないだろ?」
リクは自分たちのほかにも消滅回避に尽力している人がいるのが嬉しかったのだろうが、それをハルに否定されて少し面白くなさそうな感じである。
「夏に海のモニュメントの件、覚えてるでしょ?」
「なんだよ、唐突に。もちろん覚えてるぜ。大道芸みたいなやつらがモニュメントの消滅を防いだやつだろ」
「そう。あの時の大道芸、僕は素人だから詳しくは分からないけども、その辺の素人でできることじゃないと思うんだ」
「そうだと思うけど......それが一体どうしたんだよ」
「つまり、その組織にはどんなことでも対応できる人材が揃っているそれなりの規模の組織なんじゃないかってことだよ。で、それだけの規模の組織が消滅に関わっているのに......だから奇妙だってことだよね?」
最後の言葉はミオへの確認だ。
ミオはハルと同じく険しい顔で無言で頷く。
いつだったか、ハルたちは消滅に公的機関が関わってくれれば、消滅への対処は容易になるかもしれないと考えた。そして今、この組織が公的であるかどうかは不明だが、それなりの規模の組織が消滅に関与している可能性が浮上してきた。
それならばこれからはハルたちのような個人が頑張らなくても消滅は無くなっていくかもしれない。そう考えるリクであるが、このことに否定的な態度を崩さないハルたちになぜそれがいけないのかと疑問をぶつける。
「もしそうならいいことじゃねえのか。このままいけば、そのうちその組織とやらがもっと手広く消滅に対応してくれて、俺たちみたいな個人と違って、昼でも夜でも近くても遠くても、【予定表】に載ったすべての消滅が防げるかもしれないってことだろ?それならそれで万々歳じゃねえか」
そう言って3人の顔を見回すが......
「それって、消滅を司るものの意図に背くことになりかねないんじゃないかしら」
「僕たち関与者が試されなくなったら消滅がどうなるか分からないよ」
消滅から解放されるかもしれない。
そんな希望に関与者であるミオとハルが水を差す。
それは関与者としての視点ではあるのだが、さすがに何度も意見を否定されてカチンと来たのであろうか、リクが反論しようと身を乗り出したその時......。
「私たちがあった男の人と、ミオ先輩たちがあった女の人ってなにか関係があったりしないかな?」
「えっ?」
唐突なナナの言葉にリクが固まる。
ハルはもちろん、このことを奇妙だと言ったミオにもさすがにそのような発想はなく、リクを含めた3人が一斉にナナに注目する。
「え、いや......特になんの根拠もない、ただの思い付きだよ」
「いや、それでもなにかが引っかかってそう思ったんじゃない?」
「うーん......強いて言えば......一方では消滅を成立させるようとしてるのに、もう一方では消滅を回避してるでしょ。そんなことが同時に起こるのかなって思って......ただそれだけだよ」
ナナの言葉は本当にただの思い付きのようであったが、それをそのまま流すにはなにか引っかかるものを感じる。
「確かになんの根拠もない話だけども、もし消滅の成立と回避、この2つが同じ考えのもとで行われていたとしたら――」
「そんなの明らかに矛盾してるじゃねえかよ」
「うん、僕もそう思う。でも......いや......」
「なんだよ、はっきり言えよ」
ハルはなにかを思い出し、珍しく口ごもった言い方をする。
「いや、その2つの考えが一緒かどうかは分からないけども、そうじゃなくて、僕はただ、あの自転車の持ち主らしき男の人にはあまり関わりたくないなって思ってね」
「確かに、なんか近寄りがたい雰囲気だったもんね」
「そっか、もしその2つが一緒なら、ハルが会ったそのおっかない男もボートの女も仲間同士って可能性があるってことだよな」
明らかな威圧感を放つ只者とは思えない男と、理知的かつ行動的な女性。
彼らの間に接点があるとは思えないが、ただでさえ消滅と言う常識の範疇から外れた現象が起きている以上、それも絶対にないとは言い切れない。
それからしばらくはその男やボートの女性の感想などを言い合っていたが、「それじゃ」とミオが一度声をあげて3人の注目を集めると、市外における活動によって得られた今後の方針をまとめる。
「とにかく、少なくとも風見市外には私たち以外にも消滅に関与するものがいるという事は確認できたわ。それでこの今後だけども......」
「接触はしない方が良いと思う」
「私もさんせー」
「だな」
「そうね。市外の関与者に消滅成立のために活動する人がいた以上、そしてそれを見分ける術がない以上、安易に接触しない方がいいわね」
「せっかく仲間が増えると思ったのになー」
ナナが少し残念そうではあるが、それでも4人の意見が一致する。
今のところ、風見市ではそういった人たちは見かけていない。
「消滅の成立と回避、2つの活動をしている勢力の存在は気になる。でも僕ら以外にも少なくとも消滅に関与する人がいると確認できたのは大きな収穫だよ。だからやっぱり市外の消滅は市外の関与者に任せて、僕らは僕らの手の届く範囲、つまりこれからも風見市内での活動を続けていくべきだと思う」
僕たちはヒーローではない、現実を生きているただの高校生だ。
その高校生がひょんなことから人とは違うことを知ることができるようになったとはいえ、特別な力を得たわけではない。だから僕たちは自分たちができることを自分たちができる範囲で、自分たちの気持ちに嘘をつかないように活動をしていく。
ふと【予定表】を見るとまた新たな予定が現れていた。
早速4人は次の消滅に対応すべく相談をはじめるのだった。