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第29話 かつてあった消滅

10月6日 | ハルの自宅

朝。

テレビではいつもの情報番組が流れている。

そこではいつものように世間のトレンドやら流行りのタレントなどの情報が溢れているのだが、今日は海外で活躍する日本人サッカー選手について大きく時間を割かれている。それを番組のコメンテーターは、世間の大部分がそのことに興味津々であるという前提で得意げにそれらしいコメントをしている。

それをBGM代わりにいつもの朝食の時間が穏やかに進む。

「この人ってそんなに有名なの?」

ハルはこういった話題には疎いので、この選手がどれだけすごいのかがいまいちよく理解できないでいる。それでも連日のように番組で取り上げられているので、さすがに名前くらいは覚えてきたのだが、ハルにはなにがそんなに凄いのかがやはりピンとこないので「なるほどなー、大したもんだ」と感心している父親に尋ねてみた。

「さあな。それなりに有名なんだろうが、俺みたいに興味がない人間にはさっぱりだ」

興味もないのによく関心できるものだと若干あきれていたが......

「あら、私の職場では結構話題になってるわよ」

意外にもこの話題に一番詳しいのは母親だった。

どうやら職場でこういった芸能系のニュースに目がない人がいるようで、その人が連日のようにこの選手の話題に出すものだから、自然と覚えてしまったのだという。

一方、父親はハルと同じようにこの手の話には興味がないようであった。

それならばなぜ感心していたのだろうと疑問に思うのだが、それは父親が以前に言っていたテレビ番組における考えかたによるものなのだろう。

父親曰く、現代社会においてはテレビは情報源の一つにしか過ぎない。

現にこの選手はかなりの熱量で取り上げられているが、違うスポーツに目を向けると、国内では野球が盛り上がりを見せる時期になるし、スポーツ以外でも海外情勢、政治、社会現象など、本来では世の中には取り上げるべきコンテンツに事欠かないはずである。

それらのコンテンツの取捨選択がされたうえで、この番組ではこの選手を連日取り上げるという方針になっているようだ。

そうなると、この手の報道は決して公平というわけではないことが分かる。そうやって常に穿った視点で世の中を見ることも大事ではあるが、それが常となり斜めに世の中を見ていると、本当に正しいものまで見えなくなる。

それならば自分の意見をしっかり持ち、自ら必要だと思える情報を常に選択していくことを心がけていけば、こうした公平性を欠いて取り上げられた話題でもそれなりに楽しむことができるのだそうだ。

母親がテレビで流れる情報にうんうん頷いているのを眺めながら、そんなことを思い出す。その時にはなんとなくしか分からなかった父親の言葉だが、今のハルにとっては十分に理解できることであった。

なぜなら......

「続いてのニュースです」

テレビでは遠藤キャスターがエンタメ情報に割かれていた半分以下の時間で、社会ニュースなどの報道を駆け足で読み上げていく。ハルは期待を込めて遠藤キャスターが報じる内容に耳を傾けるが、やはりそこにハルが聞きたい内容は含まれていなかった。

――これってやっぱりなにかあるのかな?

ハルは遠藤キャスターが今日もテレビで登場したことにほっと胸をなでおろすと、昨日見ていたネット番組を思い出す。

***

前日の夜 | ハルの自室

消滅や【予定表】がある生活にも随分と慣れてしまったが、決してその存在自体に慣れたわけではない。

ヒトやモノが消えるという現象。
その現象が事前に表示される【予定表】。

どちらも通常はあり得ない現象である。

すでに何度もそれを目の当たりにしており、半月ほど前には大事な存在すら失いかけたのだから、今さらこの現象を疑う余地はない。

疑うべきは消滅という現象が誰にも知られていないという世の中だ。

そう思って、時折消滅のことを調べているのだが、検索にヒットするのは以前と変わらずSNSなどの噂話や創作話ばかりである。

それでもなにかないかと、ベッドで横になりながら何気なく検索してみたところ、動画投稿サイトで消滅のことを取り上げている番組があった。

見てみると、それはいつも朝の情報番組で見る遠藤キャスターの個人番組であった。

番組名は――テレビでは言えない〇〇話。

どうやら公共放送では言えないことの暴露系番組のようである。

どうせ芸能系のゴシップなどを取り上げたものだろうと思いいながらも、「消滅」という検索ワードでヒットしたのだから、なにか関係があるのかと思い見てみることにした。

『こんにちは、遠藤です。今日は以前に朝の番組で取り上げていた連続盗難事件についてお話ししたいと思います。いつもはもっとエンタメよりの話題を取り上げるところですが、これはぜひ皆さんに真実を知ってほしいという、報道者としての私の矜持からお伝えするものです』

この番組を見るのは初めてだが、冒頭の言葉に思わず引き込まれる。

ハルの想像どおり、いつもはゴシップ系の話題を多く取り上げている番組らしいが、今回はその様子をガラリと変えて連続盗難事件に言及するらしい。

ハルは一度再生を止めると、ベッドから起き上がって机に座り、改めて動画の続きを再生する。

『連続盗難事件について、テレビでは組織的な窃盗集団というような報道をしました。それも一つの可能性ではあると思いますが、ある筋からの話では、この事件には別の真相があるという情報を入手しました。これはあまりにも突拍子もなく、にわかには信じ難いことなので、多くの方がご覧になっている地上波ではとてもお伝えすることができませんでした』

――まさか

スマホを握る手に無意識に力が入る。

『皆さんは、都市伝説はご存じですか?トイレの花子さんやきさらぎ駅など、その真実はともかく、いつの間にか世間に知れ渡っている未知の存在や現象のこと。そういった不可思議な事象のことを総称して都市伝説と呼んでいます。そして、そういった都市伝説は古くから存在するのですが、その中で1970年代から80年代頃にあった都市伝説の一つ、バミューダトライアングルはご存じでしょうか?それは世界的に有名な未解明のミステリーとして扱われた都市伝説です』

その話はハルも消滅を調べる過程に見たことがある。飛んでいた飛行機や航行している船舶が突然消える事件が多発したという怪事件のことである。

最近そういった話題を聞くことはほとんどないのは、さまざまな解析技術が発達したおかげでそれまでは謎とされていたことであっても、科学的証明により謎が謎でなくなってきたせいなのだろう。

それは技術の発達という面からみればすごいことではあるが、同時になんだか少し寂しいと感じてしまう。

『実はその筋によると、連続盗難事件とバミューダトライアングルにおける消失事件、これは同じ現象による怪異である、ということなのです』

盗難と消滅。

かつて、ハルたちもそれを同じだと結び付けたことがあったが、それをまさかここで聞くことになるとは......

『バミューダトライアングルとは、アメリカのフロリダ半島、プエルトリコ、バミューダ諸島を結ぶ三角形の海域であり、この海域にいた飛行機や船舶が忽然と姿を消す怪事件のことを指す言葉でもあります。現在発生している盗難事件も、モノが盗まれたのではなく、それが突然消えたと考えたらどうでしょう。消失と盗難。過程は違えど結果は同じです。であれば、最近日本各地で発生している盗難事件は、実は連続消失事件ではないか、というのがある筋から寄せられた情報なのです』

ハルたちはすでにたどり着いたことがある仮説ではあるが、それを知らない人がこんな突拍子もない仮説を聞いたらいったいどんな反応をするのだろう。

『先ほどもお伝えしたとおり、なにかが消失するなどということはにわかには信じがたいことだと思います。盗難であれば防ぎようがあります。しかし、盗難ではなくモノが突然消えてしまう。これはどうやっても防ぎようがありません。だから地上波では、いえ、世間ではこれを連続盗難事件として報道することによって、真実を知ることによるパニックを防ごうと考えているのです』

このあと、バミューダトライアングルの解説などを行ったあと、最後に遠藤は番組の締めとしてこう言い残した。

『ここで一つはっきりとお伝えしたいのは、このことを地上波で公表しなかったのは、不当な圧力などがかかったわけではありません。それは断言します。しかしそれとは関係なく、私はこのことを地上波では報道すべきではないと考えます。報道規制は決して悪ではありませんし、真実を公表しなかった判断は正しいと考えます。理由は......敢えて言わなくてもこの番組を見ている皆さんならお分かりかと思います』

『しかし一方で、国民は真実を知る権利がありますし、報道に生きる者として真実をお伝えするのが私の責務です。ですから今回、私はこの番組を使って真実をお伝えすることにいたしました。しかし今回お伝えするという決断に至ったのは私の自己満足でもあります。ですから、このことをいつもと同じようなゴシップの延長ととらえて頂いても構いませんし、「遠藤がなんか言ってるぞ」などと思っていただいても構いません。ただ......もし今後私が地上波で姿を見せなくなった時には、その時にはなにか不都合があったと思ってください。それでは次回からはいつもの番組に戻ってお送りいたします』

長時間、スマホの画面を注視していたせいで少し疲れたかもしれない。スマホを置くとベッドに寝転がり、遠藤キャスターが言っていたことやその意味を考える。

――盗難事件は消滅現象である。

これはいい。
ハルたちも同じことを考えていた。

――ある筋から寄せられた情報。

これも分からなくはない話だ。

今まで行ってきた消滅対応から、なにか組織的な動きが見え隠れしているのを感じている。それならば、ハルたちが知らないところで色々な動きがあるのかもしれない。

――バミューダトライアングルとの関係性。

今まで消滅現象について調べた中での知識としてその事件は知っている。

しかしそれを今起こっている消滅現象と結びつけて考えたことは今までなかった。

世界的に知られる未解明のミステリー事件と今起きている消滅現象。
もしこれが同じものだったとしたら......。

言いようもない不安に襲われるが、今考えてもどうこうできるものではない。これは今度みんなに相談して、協力して調査するべきだと、今はそう結論付けた。

そして......

――もし今後私が地上波で姿を見せなくなった時には......

まさかそんなことはないだろうと思いつつ、明日の朝の情報番組で遠藤キャスターがいつものように登場してくれることを祈るばかりであった。

***

同日 夕方

10月にもなると夕方の時刻は文字どおり空が夕焼け色に染まってくる。

そろそろ暗くなる頃合いではあるのだが、季節によって下校時間が変わるわけではない。

空の色がオレンジから薄紫、そして黒に近い空色へと変化する中、リクとミオはいつものファーストフード店に向かって歩みを進めていた。

「ミオ先輩たちー、こっちだよー!」

店内に入ると、その姿を目ざとく見つけたナナから声がかかる。途端に周囲の注目を集めてしまい、隣に座るハルはなんとなくばつが悪そうにしている。

ミオたちはそんな2人の様子に微笑ましく思いながら注文したものを受け取ると、ハルたちの前に座り込む。

「2人とも、今日は早かったんだな」
「うん、部活が早めに終わって校内をうろついてたら図書室から出てきたハルとばったり会ってね。だから先に行こうかってことになったの」

ナナが嬉しそうに話す様子に、後から来た2人がまるで娘を見るような暖かな視線を送る。そんな視線に気づいているのかいないのか、ハルは2人に向かって身を乗り出す。

「ところでさ、昨日の晩にちょっと気になる番組を見たんだけど......」

そういうと、3人に昨日見た遠藤キャスターの番組を見せる。

「やっぱり、消滅現象って一般的には知られていなくても、国家機関とかそういうレベルでは認識されている現象ってことなのかしら」
「でもよ、このバミューダなんとかってのも昔の都市伝説だったんだろ。国とか政府がどうこう言っても、結局眉唾もんじゃねえか?」
「私もそんな話、初めて知ったよ」
「今みたいにネットが普及する前は、そういう情報って本やテレビ番組くらいでしか知る手段がなかったからね。色んな話に尾ひれがついた可能性はあるよね」

4人は遠藤の番組を閲覧したあと、思い思いの感想を述べる。

「火のない所に煙は立たないっていうから、きっと知っている人は知っている話なんだと思うけど......今日集まった目的はそれじゃないでしょ?」
「そうなんだけどね。でも今日の話題にも関係あることかなって思ってね」
「最近の消滅のことか?」

今日の話題――それは最近の消滅規模の大きさの変化についてだ。

ハルたちが消滅に関わり始めたころは、ゴミ箱、木、ベンチ、野菜など、消滅対象は小規模のものが多かった。中にはヒトや動物などもありはしたが、それでもそれらが消えたとしても盗難や行方不明で済まされる程度の規模であった。

しかし夏休みにあった大きなモニュメントをはじめ、最近ではそれが消えてしまったら明らかに話題になりそうな大きなものや目立つものが増えている気がする。

例えば駅前にあるポストや街路樹、マンションの建築現場の重機、ビルに設置されている看板など、普段から多くの人の目に止まり、突然消えたら明らかにおかしいと思われるものが消滅対象になっている。

もちろん今までと同じような小規模のものもあるにはあるが、そういった目立つものや大きいものの消滅は、ハルたちにとっては手に余るものばかりであった。

一方、世界的な未解明ミステリーとして語られていたバミューダトライアングルなどの消滅事件は、今となってはしっかり調べないと分からないくらい過去の出来事になっている。

それはつまり、なんらかの方法で消滅を回避する手段が確立されたからではないだろうか?

だからこそ過去に発生した消滅事件になにかヒントがあるのではと考えたのだ。

「確かに......世間からも知られるほど有名な消滅現象だったのに、今はそれが話題にもならないってことは、なにかしらの方法で消滅を回避する方法が確立されたってことかもしれないわね」
「だからちょっと気になってね」
「確かにな。この間だってなんか不思議な感じで消滅しなかったしな」

***

それは先日、駅近くのとあるビルに設置されている看板が消滅対象となった時のことだ。

風見市という自分たちの行動範囲であるとはいえ、ビルの看板なんて大きなものはハルたちの手に負えるものではない。

それでもせめて確認だけでもしに行こうとなり、4人で見に行くことにした。

しかし消滅時間の30分ほど前に業者がくると、その看板を取り外しだしたのだ。それはどうやら看板を付け替える作業だったようだが、ちょうど消滅予定時間に看板が外れていたので、消滅は実行されなかった。

またある時には工事現場の重機が消滅するというのを見に行った。これもやはり手に負えるものではなかったが、同じようにせめて確認だけでもと、現場を見に行くことにしたのだ。

ここでは建築現場で鉄骨をぶら下げるクレーンが消滅する予定であったが、なぜかその日はクレーンは動くことがなかった。そのため、もちろん消滅は発生しなかった。

「もしかしてだけど......」

ここまでほとんど口を開かなかったナナがなにかを思いついたらしい。

「なにか分かったの?」
「ううん、そういうわけじゃないけど......なんかこの間消滅しなかった看板や工事現場って、リクの田舎でハルたちが立ち会ったモニュメントのときになんか似てない?」
「どこがだよ、モニュメントと看板や重機じゃ全然違うぜ」
「そーゆーことじゃなくってさ。ほら、消えるはずなのに、なんか不思議な感じで消滅しなくなったって感じがさ」

ナナの発言にハルは当時の様子を思い出す。

看板はたまたま付け替え工事が行なわれたし、工事現場では対象となる重機が動かなかった。

ビルに設置されてる看板だから、ビルに設置されてなければ状態が異なる。重機に至っては鉄骨をぶら下げてるどころか、そもそも動いていなかったのだ。

モニュメントの時のような認識を変えたりするようなことはなにもない。

「特におかしいことはないと思うよ」
「だってビルに設置されてる看板や鉄骨を吊り下げてるクレーンって【予定表】に載ったんでしょ?」
「そうだよ。だからその状況じゃなくなったから消滅しなかったんだよ」
「それって自然にそうなったわけじゃないでしょ?」
「どういうこと?」
「だって【予定表】に載ったら、誰かがその状況とかを変えない限り消えちゃうんでしょ?それなら誰かが消滅に関与したから消えなかったってことじゃないのかなって」
「......!」

ナナはこの2つの消滅はたまたま回避されたのではなく、誰かが意図的に消滅に関与して防いだのではないかと考えていた。

自分たちが関与しなかったにも関わらず、あまりにも自然に消滅が回避されたので、その可能性にまで頭がまわらなかった。

「確かに......消えなかったという結果だけを見て、なぜ消えなかったまで考えが回らなかったわ」
「ってこと、まさかこの街に俺たち以外の関与者がいるってことか?」
「それは分からない。分からないけど、確かに今日話そうとしていた最近増えている規模が大きい消滅は、風見市では結果的にほとんどが発生していないみたいなんだよね。これってどういうことなんだろうって思っていたんだけど......」
「その答えは今ナナが言ったとおり、何者かの関与によるものと考えて間違いはなさそうね」

自分たち以外の関与者の存在。

それは以前から考えていたことであったが、現在に至るまでその存在は確認できていなかったが、それをこういう形で垣間見れるとは。

「本当はバミューダトライアングルの消滅の収束が、ここ最近の消えるはずのものが消えなかったってことのヒントにならないかなって思ったんだけど......ナナが言ってくれた別の関与者ってほうが可能性としては高そうだよね」
「そんなつもりじゃなかったんだけどね」

自分の言葉が新たな発見になったのが嬉しかったのか、ナナはちょっと照れたように謙遜する。

「でもバミューダトライアングルの件はちょっと調べてみてもいいかもしれないわね。消滅って意味では同じ現象だし、それが世間に認知されていた現象なら、調べればなにか発見があるかもしれないしね」
「なんか面白そうだな、俺も調べてみるぜ」
「そしたらみんなで調べて、今度発表し合うってのはどうかな?」
「さんせー!ちょっと面白そうだね!」

過去に起きていた消滅事件。
遠藤キャスターに寄せられた消滅情報。
最近の消滅規模の大型化。
そして風見市における大型消滅への関与。

これらは一見なんの関係性もないように思えるし、実際にそれぞれの話に接点はない。

しかしハルは、ここになにか見えない接点があるような気がしてならないと感じていた。

そのための糸口として、バミューダトライアングルをはじめとする過去に存在していた消滅事件という切り口は存外悪くないかもしれない。

――このまま消滅の大型化が進んだらどうなるんだろう?

そんな漠然とした不安に包まれながら、もしそうなったら自分たちはなにができるのだろう?

そう思わざるを得ないハルであった。
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消滅予定表作者:こまりさ
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第29話 かつてあった消滅

10月6日 | ハルの自宅

朝。

テレビではいつもの情報番組が流れている。

そこではいつものように世間のトレンドやら流行りのタレントなどの情報が溢れているのだが、今日は海外で活躍する日本人サッカー選手について大きく時間を割かれている。それを番組のコメンテーターは、世間の大部分がそのことに興味津々であるという前提で得意げにそれらしいコメントをしている。

それをBGM代わりにいつもの朝食の時間が穏やかに進む。

「この人ってそんなに有名なの?」

ハルはこういった話題には疎いので、この選手がどれだけすごいのかがいまいちよく理解できないでいる。それでも連日のように番組で取り上げられているので、さすがに名前くらいは覚えてきたのだが、ハルにはなにがそんなに凄いのかがやはりピンとこないので「なるほどなー、大したもんだ」と感心している父親に尋ねてみた。

「さあな。それなりに有名なんだろうが、俺みたいに興味がない人間にはさっぱりだ」

興味もないのによく関心できるものだと若干あきれていたが......

「あら、私の職場では結構話題になってるわよ」

意外にもこの話題に一番詳しいのは母親だった。

どうやら職場でこういった芸能系のニュースに目がない人がいるようで、その人が連日のようにこの選手の話題に出すものだから、自然と覚えてしまったのだという。

一方、父親はハルと同じようにこの手の話には興味がないようであった。

それならばなぜ感心していたのだろうと疑問に思うのだが、それは父親が以前に言っていたテレビ番組における考えかたによるものなのだろう。

父親曰く、現代社会においてはテレビは情報源の一つにしか過ぎない。

現にこの選手はかなりの熱量で取り上げられているが、違うスポーツに目を向けると、国内では野球が盛り上がりを見せる時期になるし、スポーツ以外でも海外情勢、政治、社会現象など、本来では世の中には取り上げるべきコンテンツに事欠かないはずである。

それらのコンテンツの取捨選択がされたうえで、この番組ではこの選手を連日取り上げるという方針になっているようだ。

そうなると、この手の報道は決して公平というわけではないことが分かる。そうやって常に穿った視点で世の中を見ることも大事ではあるが、それが常となり斜めに世の中を見ていると、本当に正しいものまで見えなくなる。

それならば自分の意見をしっかり持ち、自ら必要だと思える情報を常に選択していくことを心がけていけば、こうした公平性を欠いて取り上げられた話題でもそれなりに楽しむことができるのだそうだ。

母親がテレビで流れる情報にうんうん頷いているのを眺めながら、そんなことを思い出す。その時にはなんとなくしか分からなかった父親の言葉だが、今のハルにとっては十分に理解できることであった。

なぜなら......

「続いてのニュースです」

テレビでは遠藤キャスターがエンタメ情報に割かれていた半分以下の時間で、社会ニュースなどの報道を駆け足で読み上げていく。ハルは期待を込めて遠藤キャスターが報じる内容に耳を傾けるが、やはりそこにハルが聞きたい内容は含まれていなかった。

――これってやっぱりなにかあるのかな?

ハルは遠藤キャスターが今日もテレビで登場したことにほっと胸をなでおろすと、昨日見ていたネット番組を思い出す。

***

前日の夜 | ハルの自室

消滅や【予定表】がある生活にも随分と慣れてしまったが、決してその存在自体に慣れたわけではない。

ヒトやモノが消えるという現象。
その現象が事前に表示される【予定表】。

どちらも通常はあり得ない現象である。

すでに何度もそれを目の当たりにしており、半月ほど前には大事な存在すら失いかけたのだから、今さらこの現象を疑う余地はない。

疑うべきは消滅という現象が誰にも知られていないという世の中だ。

そう思って、時折消滅のことを調べているのだが、検索にヒットするのは以前と変わらずSNSなどの噂話や創作話ばかりである。

それでもなにかないかと、ベッドで横になりながら何気なく検索してみたところ、動画投稿サイトで消滅のことを取り上げている番組があった。

見てみると、それはいつも朝の情報番組で見る遠藤キャスターの個人番組であった。

番組名は――テレビでは言えない〇〇話。

どうやら公共放送では言えないことの暴露系番組のようである。

どうせ芸能系のゴシップなどを取り上げたものだろうと思いいながらも、「消滅」という検索ワードでヒットしたのだから、なにか関係があるのかと思い見てみることにした。

『こんにちは、遠藤です。今日は以前に朝の番組で取り上げていた連続盗難事件についてお話ししたいと思います。いつもはもっとエンタメよりの話題を取り上げるところですが、これはぜひ皆さんに真実を知ってほしいという、報道者としての私の矜持からお伝えするものです』

この番組を見るのは初めてだが、冒頭の言葉に思わず引き込まれる。

ハルの想像どおり、いつもはゴシップ系の話題を多く取り上げている番組らしいが、今回はその様子をガラリと変えて連続盗難事件に言及するらしい。

ハルは一度再生を止めると、ベッドから起き上がって机に座り、改めて動画の続きを再生する。

『連続盗難事件について、テレビでは組織的な窃盗集団というような報道をしました。それも一つの可能性ではあると思いますが、ある筋からの話では、この事件には別の真相があるという情報を入手しました。これはあまりにも突拍子もなく、にわかには信じ難いことなので、多くの方がご覧になっている地上波ではとてもお伝えすることができませんでした』

――まさか

スマホを握る手に無意識に力が入る。

『皆さんは、都市伝説はご存じですか?トイレの花子さんやきさらぎ駅など、その真実はともかく、いつの間にか世間に知れ渡っている未知の存在や現象のこと。そういった不可思議な事象のことを総称して都市伝説と呼んでいます。そして、そういった都市伝説は古くから存在するのですが、その中で1970年代から80年代頃にあった都市伝説の一つ、バミューダトライアングルはご存じでしょうか?それは世界的に有名な未解明のミステリーとして扱われた都市伝説です』

その話はハルも消滅を調べる過程に見たことがある。飛んでいた飛行機や航行している船舶が突然消える事件が多発したという怪事件のことである。

最近そういった話題を聞くことはほとんどないのは、さまざまな解析技術が発達したおかげでそれまでは謎とされていたことであっても、科学的証明により謎が謎でなくなってきたせいなのだろう。

それは技術の発達という面からみればすごいことではあるが、同時になんだか少し寂しいと感じてしまう。

『実はその筋によると、連続盗難事件とバミューダトライアングルにおける消失事件、これは同じ現象による怪異である、ということなのです』

盗難と消滅。

かつて、ハルたちもそれを同じだと結び付けたことがあったが、それをまさかここで聞くことになるとは......

『バミューダトライアングルとは、アメリカのフロリダ半島、プエルトリコ、バミューダ諸島を結ぶ三角形の海域であり、この海域にいた飛行機や船舶が忽然と姿を消す怪事件のことを指す言葉でもあります。現在発生している盗難事件も、モノが盗まれたのではなく、それが突然消えたと考えたらどうでしょう。消失と盗難。過程は違えど結果は同じです。であれば、最近日本各地で発生している盗難事件は、実は連続消失事件ではないか、というのがある筋から寄せられた情報なのです』

ハルたちはすでにたどり着いたことがある仮説ではあるが、それを知らない人がこんな突拍子もない仮説を聞いたらいったいどんな反応をするのだろう。

『先ほどもお伝えしたとおり、なにかが消失するなどということはにわかには信じがたいことだと思います。盗難であれば防ぎようがあります。しかし、盗難ではなくモノが突然消えてしまう。これはどうやっても防ぎようがありません。だから地上波では、いえ、世間ではこれを連続盗難事件として報道することによって、真実を知ることによるパニックを防ごうと考えているのです』

このあと、バミューダトライアングルの解説などを行ったあと、最後に遠藤は番組の締めとしてこう言い残した。

『ここで一つはっきりとお伝えしたいのは、このことを地上波で公表しなかったのは、不当な圧力などがかかったわけではありません。それは断言します。しかしそれとは関係なく、私はこのことを地上波では報道すべきではないと考えます。報道規制は決して悪ではありませんし、真実を公表しなかった判断は正しいと考えます。理由は......敢えて言わなくてもこの番組を見ている皆さんならお分かりかと思います』

『しかし一方で、国民は真実を知る権利がありますし、報道に生きる者として真実をお伝えするのが私の責務です。ですから今回、私はこの番組を使って真実をお伝えすることにいたしました。しかし今回お伝えするという決断に至ったのは私の自己満足でもあります。ですから、このことをいつもと同じようなゴシップの延長ととらえて頂いても構いませんし、「遠藤がなんか言ってるぞ」などと思っていただいても構いません。ただ......もし今後私が地上波で姿を見せなくなった時には、その時にはなにか不都合があったと思ってください。それでは次回からはいつもの番組に戻ってお送りいたします』

長時間、スマホの画面を注視していたせいで少し疲れたかもしれない。スマホを置くとベッドに寝転がり、遠藤キャスターが言っていたことやその意味を考える。

――盗難事件は消滅現象である。

これはいい。
ハルたちも同じことを考えていた。

――ある筋から寄せられた情報。

これも分からなくはない話だ。

今まで行ってきた消滅対応から、なにか組織的な動きが見え隠れしているのを感じている。それならば、ハルたちが知らないところで色々な動きがあるのかもしれない。

――バミューダトライアングルとの関係性。

今まで消滅現象について調べた中での知識としてその事件は知っている。

しかしそれを今起こっている消滅現象と結びつけて考えたことは今までなかった。

世界的に知られる未解明のミステリー事件と今起きている消滅現象。
もしこれが同じものだったとしたら......。

言いようもない不安に襲われるが、今考えてもどうこうできるものではない。これは今度みんなに相談して、協力して調査するべきだと、今はそう結論付けた。

そして......

――もし今後私が地上波で姿を見せなくなった時には......

まさかそんなことはないだろうと思いつつ、明日の朝の情報番組で遠藤キャスターがいつものように登場してくれることを祈るばかりであった。

***

同日 夕方

10月にもなると夕方の時刻は文字どおり空が夕焼け色に染まってくる。

そろそろ暗くなる頃合いではあるのだが、季節によって下校時間が変わるわけではない。

空の色がオレンジから薄紫、そして黒に近い空色へと変化する中、リクとミオはいつものファーストフード店に向かって歩みを進めていた。

「ミオ先輩たちー、こっちだよー!」

店内に入ると、その姿を目ざとく見つけたナナから声がかかる。途端に周囲の注目を集めてしまい、隣に座るハルはなんとなくばつが悪そうにしている。

ミオたちはそんな2人の様子に微笑ましく思いながら注文したものを受け取ると、ハルたちの前に座り込む。

「2人とも、今日は早かったんだな」
「うん、部活が早めに終わって校内をうろついてたら図書室から出てきたハルとばったり会ってね。だから先に行こうかってことになったの」

ナナが嬉しそうに話す様子に、後から来た2人がまるで娘を見るような暖かな視線を送る。そんな視線に気づいているのかいないのか、ハルは2人に向かって身を乗り出す。

「ところでさ、昨日の晩にちょっと気になる番組を見たんだけど......」

そういうと、3人に昨日見た遠藤キャスターの番組を見せる。

「やっぱり、消滅現象って一般的には知られていなくても、国家機関とかそういうレベルでは認識されている現象ってことなのかしら」
「でもよ、このバミューダなんとかってのも昔の都市伝説だったんだろ。国とか政府がどうこう言っても、結局眉唾もんじゃねえか?」
「私もそんな話、初めて知ったよ」
「今みたいにネットが普及する前は、そういう情報って本やテレビ番組くらいでしか知る手段がなかったからね。色んな話に尾ひれがついた可能性はあるよね」

4人は遠藤の番組を閲覧したあと、思い思いの感想を述べる。

「火のない所に煙は立たないっていうから、きっと知っている人は知っている話なんだと思うけど......今日集まった目的はそれじゃないでしょ?」
「そうなんだけどね。でも今日の話題にも関係あることかなって思ってね」
「最近の消滅のことか?」

今日の話題――それは最近の消滅規模の大きさの変化についてだ。

ハルたちが消滅に関わり始めたころは、ゴミ箱、木、ベンチ、野菜など、消滅対象は小規模のものが多かった。中にはヒトや動物などもありはしたが、それでもそれらが消えたとしても盗難や行方不明で済まされる程度の規模であった。

しかし夏休みにあった大きなモニュメントをはじめ、最近ではそれが消えてしまったら明らかに話題になりそうな大きなものや目立つものが増えている気がする。

例えば駅前にあるポストや街路樹、マンションの建築現場の重機、ビルに設置されている看板など、普段から多くの人の目に止まり、突然消えたら明らかにおかしいと思われるものが消滅対象になっている。

もちろん今までと同じような小規模のものもあるにはあるが、そういった目立つものや大きいものの消滅は、ハルたちにとっては手に余るものばかりであった。

一方、世界的な未解明ミステリーとして語られていたバミューダトライアングルなどの消滅事件は、今となってはしっかり調べないと分からないくらい過去の出来事になっている。

それはつまり、なんらかの方法で消滅を回避する手段が確立されたからではないだろうか?

だからこそ過去に発生した消滅事件になにかヒントがあるのではと考えたのだ。

「確かに......世間からも知られるほど有名な消滅現象だったのに、今はそれが話題にもならないってことは、なにかしらの方法で消滅を回避する方法が確立されたってことかもしれないわね」
「だからちょっと気になってね」
「確かにな。この間だってなんか不思議な感じで消滅しなかったしな」

***

それは先日、駅近くのとあるビルに設置されている看板が消滅対象となった時のことだ。

風見市という自分たちの行動範囲であるとはいえ、ビルの看板なんて大きなものはハルたちの手に負えるものではない。

それでもせめて確認だけでもしに行こうとなり、4人で見に行くことにした。

しかし消滅時間の30分ほど前に業者がくると、その看板を取り外しだしたのだ。それはどうやら看板を付け替える作業だったようだが、ちょうど消滅予定時間に看板が外れていたので、消滅は実行されなかった。

またある時には工事現場の重機が消滅するというのを見に行った。これもやはり手に負えるものではなかったが、同じようにせめて確認だけでもと、現場を見に行くことにしたのだ。

ここでは建築現場で鉄骨をぶら下げるクレーンが消滅する予定であったが、なぜかその日はクレーンは動くことがなかった。そのため、もちろん消滅は発生しなかった。

「もしかしてだけど......」

ここまでほとんど口を開かなかったナナがなにかを思いついたらしい。

「なにか分かったの?」
「ううん、そういうわけじゃないけど......なんかこの間消滅しなかった看板や工事現場って、リクの田舎でハルたちが立ち会ったモニュメントのときになんか似てない?」
「どこがだよ、モニュメントと看板や重機じゃ全然違うぜ」
「そーゆーことじゃなくってさ。ほら、消えるはずなのに、なんか不思議な感じで消滅しなくなったって感じがさ」

ナナの発言にハルは当時の様子を思い出す。

看板はたまたま付け替え工事が行なわれたし、工事現場では対象となる重機が動かなかった。

ビルに設置されてる看板だから、ビルに設置されてなければ状態が異なる。重機に至っては鉄骨をぶら下げてるどころか、そもそも動いていなかったのだ。

モニュメントの時のような認識を変えたりするようなことはなにもない。

「特におかしいことはないと思うよ」
「だってビルに設置されてる看板や鉄骨を吊り下げてるクレーンって【予定表】に載ったんでしょ?」
「そうだよ。だからその状況じゃなくなったから消滅しなかったんだよ」
「それって自然にそうなったわけじゃないでしょ?」
「どういうこと?」
「だって【予定表】に載ったら、誰かがその状況とかを変えない限り消えちゃうんでしょ?それなら誰かが消滅に関与したから消えなかったってことじゃないのかなって」
「......!」

ナナはこの2つの消滅はたまたま回避されたのではなく、誰かが意図的に消滅に関与して防いだのではないかと考えていた。

自分たちが関与しなかったにも関わらず、あまりにも自然に消滅が回避されたので、その可能性にまで頭がまわらなかった。

「確かに......消えなかったという結果だけを見て、なぜ消えなかったまで考えが回らなかったわ」
「ってこと、まさかこの街に俺たち以外の関与者がいるってことか?」
「それは分からない。分からないけど、確かに今日話そうとしていた最近増えている規模が大きい消滅は、風見市では結果的にほとんどが発生していないみたいなんだよね。これってどういうことなんだろうって思っていたんだけど......」
「その答えは今ナナが言ったとおり、何者かの関与によるものと考えて間違いはなさそうね」

自分たち以外の関与者の存在。

それは以前から考えていたことであったが、現在に至るまでその存在は確認できていなかったが、それをこういう形で垣間見れるとは。

「本当はバミューダトライアングルの消滅の収束が、ここ最近の消えるはずのものが消えなかったってことのヒントにならないかなって思ったんだけど......ナナが言ってくれた別の関与者ってほうが可能性としては高そうだよね」
「そんなつもりじゃなかったんだけどね」

自分の言葉が新たな発見になったのが嬉しかったのか、ナナはちょっと照れたように謙遜する。

「でもバミューダトライアングルの件はちょっと調べてみてもいいかもしれないわね。消滅って意味では同じ現象だし、それが世間に認知されていた現象なら、調べればなにか発見があるかもしれないしね」
「なんか面白そうだな、俺も調べてみるぜ」
「そしたらみんなで調べて、今度発表し合うってのはどうかな?」
「さんせー!ちょっと面白そうだね!」

過去に起きていた消滅事件。
遠藤キャスターに寄せられた消滅情報。
最近の消滅規模の大型化。
そして風見市における大型消滅への関与。

これらは一見なんの関係性もないように思えるし、実際にそれぞれの話に接点はない。

しかしハルは、ここになにか見えない接点があるような気がしてならないと感じていた。

そのための糸口として、バミューダトライアングルをはじめとする過去に存在していた消滅事件という切り口は存外悪くないかもしれない。

――このまま消滅の大型化が進んだらどうなるんだろう?

そんな漠然とした不安に包まれながら、もしそうなったら自分たちはなにができるのだろう?

そう思わざるを得ないハルであった。
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次の話第30話 第五班の危機
消滅予定表作者:こまりさ
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