第19話 寄り添うもの
8月5日 早朝
緑山市に遠征してから一週間あまりが経過した。
夏休み特有のどこか浮足立った空気が街を包み始めたある日、ハルはまた夢を見た。
それは猛烈な速度で空を飛び、悪漢から市民を守り、災害救助などを行う、子供の頃に誰もが夢見たヒーローそのものの夢だった。
しかしある時、ハルは空を飛べなくなった。
いや、正確には飛ぶことはできるのだが、人の腰くらいまでの高さまでしか飛べず、子供の三輪車程度の速度しか出せないのだ。
それならば走った方が早いのだが、なぜか飛ぶことしかできない。
それは何者かの妨害によるものであった。その妨害に気づき、それでも人々を救おうと必死に抗おうとするのだが、それでも高く速く飛ぶことができない。
しかし守られるだけの人たちは妨害に抗っていることなど知る由もなく、困っている時に駆けつけてくれなかったという結果だけしか見てくれない。
――早く来てくれれば助かったのに。
――なんで助けに来なかった。
――私たちを助ける気はないのか。
ただ無償で守られるだけの人にとって、ヒーローは守るのが当たり前。
ヒーローの事情など知る由もない人々は好き勝手に恨みを募らす。
それでも人々を救おうともがき続けて......全身を汗で濡らしながら目を覚ました。
***
ベッドの中から時計を見ると時間はまだ6時を少し回ったところだ。
気を取り直してもう一度夢の世界に帰り、今度こそ爽やかな目覚めを迎えたいと思うのだが、目を閉じても頭に浮かぶのは先ほど見ていた夢のことばかり。
数分程度そのままでいたが、やがて二度寝を諦め身体を起こす。
外は既に明るく、太陽が既に外の気温をぐいぐいと押し上げている。
きっと今日も暑くなるのだろう。
机に置いてあった水筒を取り、残っていた水を一気に飲み干す。
寝起きのせいか、或いは夢のせいか、カラカラに乾いていた喉に水分がしみこんでいく。
ベッドに起き上がった体勢のまま、先ほどまでの夢のことを考える。
人知れず市民を救うヒーロー。
それを妨害するなにか。
間に合わなかったヒーローを糾弾する人々。
夢の中とは言え、思い出すだけで胸が締め付けられる。
それならば考えるのを辞めれば良いはずなのに、なぜか目を逸らしてはいけない気がしていた。
なぜ人々を救うはずのヒーローを妨害するのだろう?
子供の頃に見ていたとあるアニメを思い出す。
当時はただ単純に敵味方としてしか見ていなかったお話も、改めて見ていると敵も敵なりの戦う理由があり、守るものがあった。
もしかしたらヒーローを妨害する側にもなにか妨害するだけの理由があるのかもしれない。
それが一般的に正しいことであるかは分からないが、大局で見たらヒーローこそが間違っている可能性だってあるかもしれない。
そこまで考えて、先日の遠征のことを思い出す。
それは帰りの電車でのことであった――
***
7月28日 18時過ぎ
早見神社での消滅を防ぎ、リクと合流した一行は帰路についていた。
その帰りの電車の中、ハルは真剣な表情でスマホの画面に目をやっている。
反対側に座るミオはなにかを考え込むように黙りこくっていた。
ナナは緊張の糸が切れてしまったのか、ハルの隣に座り、肩に頭をのせて船を漕いでいた。
夕方にも関わらず車内の人はまばらであり、ハルたちの周囲には誰もいない。
吊革につかまり3人の間に立つリクが何気ない風に疑問を口にする。
「さっきの犬ってなんだったんだろうな?」
実はミオもそのことが気になっていた。
たまたま消滅対象である田中氏の鞄を――
たまたま消滅場所である境内から出ようとした時に――
たまたま消滅時間直前に奪い取る――
知らない人からすれば「まあそういうこともあるだろう」と片付けてしまいそうだが、これを偶然としてしまうにはできすぎている。
「偶然も三度重なれば必然」というのは誰の言葉だっただろうか。
リクには既に田中氏が消滅するはずだった状況を伝えてある。
だからこそリク自身もあのタイミングで犬がでてくることに疑問を感じていたのだ。
「普通あんなタイミングで犬がでてくるか?誰かがあの人を境内の外に出さないように見張ってたんじゃないか?」
ミオもそれが疑問でならなかった。
隣市では関与者がいないどころか、消滅現象が間違いなく遂行されるように何者かが暗躍しているのではないか。そんな風に勘ぐってしまう。
しかし今日だけではなんとも言えない。
本当に偶然の可能性もある。
「消滅のことを知っている私たちだからおかしいと思うけど、あそこで犬に鞄を取られることも含めて消滅予定だった、ってことも十分あり得る話だわ」
「まあそうかもしれないけどよ。なーんか引っかかるっていうか......」
「私も同感だけど、それを確認する手段がないわ。とりあえず今は保留にしておいて、いずれまた考えましょ」
一方、ハルはその会話が耳には入っているものの、それには参加せずにスマホの画面に表示されているユウの書き込んだ履歴を追っていた。
既に既出の情報もあったが、いくつかは初めて目にするものもあった。
――関与者毎に入手できる情報は異なる。
――消滅は対象の認識により発生する。
――関与者は互いが関与者であると知る方法はない。
ハルは考える。
――これって僕たちがつい最近知った情報だ。なんでこのタイミングで......?
彼がなぜここまで詳しく消滅や関与者のことを知っているかは分からない。
しかしその内容の真偽については、関与者であるハルだからこそ分かる。
彼が言っていることは紛れもない真実である。
だからこそ、これらの情報が公開されたタイミングに疑問が沸き上がる。
これではまるで彼――ユウに見張られているようである。
しかし消滅という良く分からない事象において彼の情報は金言である。
もし彼と直接連絡を取ることができれば――。
そんなことを思いながら履歴を読み進め、最新の履歴つまり一番新しい書き込みでハルの指が止まる。そこにはこう書いてあった。
―――消滅を防ぐことを望まないものもいる。
背筋に冷たいものが走る。
これは正しくハルたちがいま直面している疑問、その答えだった。
消滅によってモノやヒトが消えることを望んでいるということだろうか?
それとも別のなにか違う理由があるのだろうか?
もし消滅という現象が望まれるものであったとしたら、関与者であるハルたちがやっていることは本当に正しいことなのだろうか......?
次から次へと浮かんでは消える自問自答。
その疑問の答えを見つけることができないまま、ハルは心を暗く染めていくが、ハルの肩に寄りかかるナナの重みやミオとリクの話し声が彼の心を押しとどめていた。
やがて、電車のアナウンスが次の停車駅が風見駅であることを告げる。
ハルはこのことを皆に話すべきか迷っていた。
***
8月5日 昼
この日の気温は体温よりも僅かに低い程度となると予想が出ていた。
体温よりも僅かに低いというのは35度前後であり、それは既に猛暑を通り越して酷暑と言えた。
太陽が容赦なく照り付け、アスファルトには陽炎が立ち上り、人々は滝のように噴き出る汗で身体や衣類をぐっしょりと湿らせている。夏であるならば暑いのが当然だが、何事も限度があるというものだ。
そのため少しでも室内を冷やそうと冷房がフル稼働するのだが、その影響で室外機からは外気よりもさらに熱い熱風が吐き出される。それが周囲の熱と合わさって、さらに外気温を上昇させる。
駅前では少しでも市民が快適に過ごせるようにとミストシャワーを振りまいているが、そのミストですら瞬時に生ぬるくなる。それでも太陽にさらされ熱を帯びた身体を冷やすには十分な効果があるので、人々はこぞってミストシャワーが放出する生ぬるいミストに密集する。
しかしそのような対策をしても効果は局所的であり、一部が救われても全体的にはむしろ逆効果であったりする。それが積もり積もった結果、数十年前よりも夏の酷暑化が進んでいるという。
ハルはいつもの集まりでファーストフード店に向かう途中、朝見た夢、ユウの書き込み、そしてこの夏の暑さを思い、少し憂鬱とした気持ちになる。
***
「さて、今日は久々に皆で集まれたわね」
「そうだねー。私やリクは部活があったし、ハルはバイトで忙しいもんね」
「ミオはそろそろ受験勉強だろ?進んでるのか?」
「まあまあと言ったところね」
ファーストフード店に着くと、既に3人は到着していた。
ポテトやドリンクを手に取りながら楽しげに談笑している。
「お待たせ」
「ハルー、遅いよー」
「皆がいつも早いんだよ」
そう言うと席に着き、目の前のポテトを口に放り込む。
「はい、ジュースで良かった?」
「うん、ありがと」
ナナが事前に買っておいたジュースをハルに差し出す。
それを受け取るとジュースと共に中に入っている氷を口に含み、少しでも火照った身体を冷やそうとする。
「それで、今日はどうするんだ?」
「そうね、予め確認しておいたわ。私たちは30代の女性とバイクを担当するから、ハルたちはちょっと市内の外れの方になるけども50代の女性をお願いしたいわ」
「えーっと、どれどれ......あ、これだね。うん、分かったよ」
「50代の女性は日傘を差してスーパーのビニール袋を持っているらしいわよ」
「それじゃこっちも......30代の女性は15時32分、バイクの方は16時41分に消滅予定だよ」
ハルたちは隣市への遠征時に知った【予定表】ごとの情報に差異を利用して、共有できる情報を補完しあうことによって、より確実な消滅の対処を行うようになっていた。
この情報交換によりそれぞれが抱えていた消滅対象の確定や消滅関与のタイミングが確実に図れることになり、彼らが対処した消滅は確実に防ぐことができていた。
「いやー、こんだけはっきりと時間や相手が分かると余裕だな」
「そんなこと言ったって、私やリクは場所も状態も分からないんだから油断しちゃだめだよ」
「そうよ、一番伝えたい対象の状態は共有できないんだから、多少情報が増えてもまだまだ油断はできないのよ」
「分かってるって。なぁハル?」
「いや、僕もミオ先輩に同意見だよ」
「くっ......裏切者め」
「ふふ、そういうことよ」
リクが四面楚歌になったところで3人の笑い声が響く。
今でこそ和気あいあいとした雰囲気で話してはいるが、それは何度か消滅を目撃し、また関与しようとしても防ぎきれなかったりした苦い経験の上に積み上げられたものだ。
今までの苦労や失敗があるからこそ、どうすればより確実な消滅の回避が行えるか、そのためにはどうすればいいのかということが分かるようになってきたのだ。
「それでよー」
リクが話題を変えて話を続けていく中で、ハルは今朝見た夢が心に引っかかり、先日考えた消滅への関与の正当性について思いを巡らせていた。
ハルたちの方針は、自分たちの手の届く範囲は自分たちで救い、それ以外は他の関与者に任せるというものだ。
しかしそれは言い換えれば手の届かない範囲については、消滅することが分かっていても見捨てるということに他ならない。現にこうして皆で消滅を防ぐべく話をしていても、【予定表】に載っているすべてに対処しているわけではない。今は夏休みのため自由はきくのだが、それでも部活やバイトなどにより対応できない消滅もある。
ヒーローは助けを求めている人であれば、その対象を選り好みせずすべて救うものである。もしヒーローが自己の都合で救うべき人を取捨選択したとしたら、本来救われるはずだった人はどう思うだろうか?救うべき相手を選ぶのがヒーローと呼べるのだろうか?
自分たちがヒーローであるなどというつもりは毛頭ない。
しかし関与者として、人に知られずとも少なからず誰かを救っているという自負はある。しかしその範囲はあくまでも自分たちの都合によって決めている。
もしいつか自分たちが人知れず消滅から人々を救ったと世間に知られたとしたら。
それは同時に見捨てた人もいるということが知られることでもある。
その時、世間の人は自分たちに対してどう思うのだろう?
そう考えると、ハルは自分たちが消滅に関与することが本当に正しいのかどうか、
自分たちの行動方針が正しいのかどうか分からなくなってきていた。
「ハルはどう思う?」
ハルの思考の旅はナナの声によって終わりを告げる。
「えっ......?」
「ハルったら、またなにか考えに耽っていたの?今度はなにを考えてたの?」
「いや、大したことじゃないよ。それよりもごめん、話聞いてなかったんだ。なんの話?」
自分たちのこれまでの行動を否定しかねないハルの疑問は、とてもじゃないけど彼らに打ち明けることができない。それまで浮かんでいた自分たちに対する疑問を心の奥底にしまい、話の輪に戻るべく軽い笑みを浮かべる。
「もう......リクがみんな揃って泊りがけで海に行かないかって話をしてくれてたんだよ」
「うちの婆ちゃんが隣の県の海沿いに住んでてな。毎年夏に遊びに行ってるんだけど、折角だから今年は皆で行かないかって思ってな」
「折角のお誘いだけど、こんな大勢で伺うなんて迷惑じゃない?」
「そんなことはねえよ。ミオだって小さい頃には一緒に行ったことあるだろ?」
「まあそうだけど......」
「ミオもこれから受験勉強で忙しくなるだろうし、今のうちにたっぷり遊んでおいてもバチは当たらないと思うぜ」
「って言うことだよ。分かった?」
話を聞くと、リクの海沿いの観光地近くにあり、夏になると海水浴目当ての客だけではなく、それなりに観光客も多く来る地域らしい。
夏と言っても毎年特に出かける予定もなく、バイトに明け暮れることになるだろうなと思っていたハルには嬉しい誘いだ。
「ここんとこ消滅のことで色々考えることも多かっただろ?だからたまには全く関係ない場所で消滅から離れて遊び倒すものいいんじゃないかなってな」
「あんた、意外と考えてるのね」
「まあな。でも意外とってのは余計だよ」
「そうかしら?いつも人の話を聞かずに暴走しているじゃない」
ハルとナナは2人の軽快なやりとりに頬を綻ばせる。
以前までのミオは人を寄せ付けない雰囲気――それが魅力であると学校では評判であったが――を纏っていたが、それは過去のことや愛犬の消滅により自分自身を追い詰めていった結果であり、本人が望んでいたことではなかった。
しかしハルたちと消滅を防ぐべく協力を始めてから、ミオは少しずつ変わっていった。
そしてそれはミオ自身も自覚していた。
それまでのミオは、消滅に対する憎悪や、消滅の謎を解決しなくてはという焦燥感に駆られていた。しかしハルたちと行動を共にすることなってからは少しずつ心に余裕が持てるようになり、それに伴い焦燥感や憎悪は薄れていた。
今でも愛犬サロンを思い出すと心を痛めはするが、以前よりもそれをすんなりと受け入れることができるようになっていたのだ。
出会いこそ険悪だったものの、それでも協力することを諦めずに手を伸ばし続けてくれたハルたちに心から感謝していたし、それ以上にサロンが消滅した直後から、いやそれ以前から自分を支えてくれたリクには感謝以上のものを感じていることを、ミオははっきりと自覚している。
その相手であるリクは10年以上一緒にいるのに全く気持ちに気付かない。
それにやきもきしながらも、こうしたリクとのくだらないやり取りすらも暖かく感じてしまうのだが、それだけで満足している自分にもまた、やきもきしていた。
ミオは元々言いたいことをはっきり言う性格である。
そのために幼い頃は周囲に理解を得られず苦労してきたのだが、逆に自分が言いたいことをはっきりと言えなくなる時が来るだなんて、過去の自分が知ったらどう思うか。
元々幼馴染であったため、小さい頃は一緒に遊ぶことが多かったが、年頃になると、男女が一緒にいると周囲から心無い噂を立てられることが多い。そんな不快な思いをさせたくないがため、自らリクとは距離を置いていたのだ。
よりにもよって自分の一番大事なものを奪った消滅によって彼との距離が昔のように近くなり、またこうして近くで笑いあえるとは皮肉なものである。
そう言った意味では自然と一緒にいることができるハルとナナの関係はミオにとって憧れである。
もっとも彼らの場合には互いが互いを想いあっているのは間違いないのに、なぜか互いの気持ちに気付かない。しかもそれが周囲からはバレバレであり、気付かないのは本人たちだけ、というまるで笑い話のような状況である。
今回、皆で海に行こうという話も、皆とこうして一緒で行動することになっていなかったなら実現しなかった話であろう。もちろんそこでどうこうしようという気持ちはない。全くないと言えばうそになるかもしれないが、今はそれよりもハルやナナ、そしてリクと一緒に過ごす時間が増えることが嬉しかった。
例えそれが消滅という忌むべきものが繋いだ縁だとしても......。
「なんだお前ら、なに2人揃ってにやにやしてるんだよ」
「いや、別になんでもないよ。ねえ、ハル」
「そうだね。それよりも海の話、みんなも賛成なんでしょ?僕もいいと思うよ。ぜひ行こうよ」
「そっかそっか、それなら決まりだな」
ばつが悪そうにするミオには気付かず、満場一致で夏の予定が決まったことに満足したリクが「それで一つ提案なんだが......」と珍しく真剣な顔をする。
「ミオとハルは海に行っている間は【予定表】を見るのは禁止だ。これを約束してもらえないならこの話はなかったことにする」
「「えっ!?」」
思わず声を揃えるハルとミオ。
「それは......」などと困っているところにナナがさらに畳みかける。
「そうだよ。2人とも四六時中【予定表】を気にしてるでしょ?だから見れないようにするために、海に行っている間はスマホを没収しようとも考えたけど、それは色々と不便になっちゃうからさすがになしにするけど、その代わりしっかり約束してほしいんだ」
「なんでナナまで?」
「ああ、そりゃこの話は俺とナナで考えた話だからな」
「どういうこと?」
「だってさ、いくら消滅のことを知ってる関与者だからって私たちは高校生だよ?私やリクも2人の消滅の関与者としての想いは理解しているつもりだし、だからこそ手伝ってるけどもさ。私たちが大事なのは消滅する知らない誰かよりも、ハルとミオ先輩だよ。もちろんこれからも消滅に関与することは止めはしないし、協力もするけど、たまには消滅のことを忘れてちゃんと高校生らしく遊んでもいいんじゃないかなって思ったんだよ」
ナナは関与者である2人が消滅を防ごうと奔走しているところを間近で見てきて、その姿や姿勢を心の底から尊敬していた。
誰に言われたわけでもないし、自分のためでもない。
自分とは関係ないモノやヒト。
それが消滅したってなんら自分に関係がないはずなのに、それを防ごうと日々苦悩し、努力している。消滅を防ぐことができたとしても、消滅という現象が一般に認知されていないため、誰からも賞賛されることもない。
消滅を防げなかった時には、なにもしなければ消滅してしまう運命であったにも関わらず、それを防げなかったことに心を痛める。
誰に認められなくても、少なくとも自分だけは2人を認めてあげたい。
そう思っている。
しかし先ほどナナが言ったように2人ともまだ高校生である。
たとえ関与者であろうと、消滅を防がなくてはいけない義務を負っているわけではない。
先日、ハルとリクが消滅を防げなかった時の落ち込みようを見て、ナナは心を痛めていた。なぜなら先ほどの発言通り、ナナにとって大事なのは見ず知らずの他人ではなく、ハルでありミオなのだ。
ナナのこの想いは、ともすればハルたちの考えを否定することにもなる。だから今まではその考えを胸の中にしまっていたのだ。
しかし先日の2人の落ち込みようを見て、ナナはハルたちとは違う意味で覚悟を決め、その考えを同じ立場にあるリクに相談した。
ハルと一緒に行動し、一緒に落ち込んでいたリクに相談するのは躊躇したのだが、話してみればリクもミオに対して同じ心配をしていた。
2人は関与者であるハルとミオに対する心配を共有していく中で、ハルたちが関与者として消滅を防ぐなら、自分たちは関与者に寄り添うものとして関与者を守って行こうと決めた。
それはハルたちが当たり前のように消滅に立ち向かっているように、2人にとっては当たり前の決意であった。そしてそんな話し合いの中で、少しでも心を休めてもらうために考えたのが今回の海の話なのであった。
「俺たちが協力し始めてから一か月。バイトや部活がない時には休みなく消滅に対応していただろ。もちろんそれは凄いことだけども、ナナが言う通り俺たちは高校生だ。社会人だって週末は仕事が休みなんだぜ。それなら夏休みの間のほんの数日くらいは休んだっていいだろ」
「そうかもしれないけど、その間の消滅は......」
「そうよ。私たちがやらなくちゃ......」
リクの言葉に関与者である2人が反論する。
「それなら聞くけど......」
しかし寄り添うものとして2人の心を守ると決めたナナが2人の前に顔を突き出す。
「私たちの消滅への関わり方は手の届く範囲ってことだったよね?」
「ええ、まあそうね」
「それなら学校や部活、バイト中に消滅するヒトやモノはどうなるの?」
「それは......僕たちは高校生だから自分たちのできる範囲でって決めたから......」
「それなら!」
ナナは自分の誘導に引っかかったことに気付かないハルの顔の前に指を突き出す。
「高校生なら休むときは休む!いや、高校生じゃなかったとしても四六時中働くなんてダメ!労働基準法違反です!」
「いや、労働って......」
「ダメ!休みなさい!これは決定!」
そう言ってナナはハルを睨みつける。
こうなっては取り付く縞がないのは長年の付き合いであるハルには良く分かっている。
「でも......」
「まあ待てって」
ミオが助け舟を出そうとするのだが、それをリクが制する。
「2人ともナナの考えを分かってやれって。俺たちはお前たちが心配なんだよ」
「心配?心配されるようなことなどなにもないわよ」
「気付いてないのは本人だけだって。例え関与者だって心のケアは必要なんだよ。お前ら、四六時中消滅のことばかり考えてるだろ。【予定表】が見えない俺たちにはお前たちの重圧は分からないけども、でも関与者のお前らに寄り添うものである俺たちから見たら、今の2人には休息が必要だって思ったんだよ」
「寄り添うもの?」
「その通り!なんかかっこいいだろ?」
リクの言葉を聞いたハルは軽くため息を吐き、目の前で自分を睨み続けるナナに優しく微笑みかける。
「僕たちは気付かないうちにナナにもリクにも心配をかけてたんだね。分かったよ、約束する。海に行っている間は【予定表】は見ない」
「寄り添うものだなんてカッコつけようとするのはリクらしいわね。でも分かったわ、私も約束するわ」
2人の約束にようやく笑顔を取り戻したナナが嬉しそうに頷く。
リクもうんうんと満足顔だ。
言われてみれば確かに少し思いつめすぎていたのかもしれない。
今日見た夢も無意識のうちに心が発していたSOSであったのだろうか。
自分をヒーローなどというつもりはない。
しかし脅威となるものからなにかを救うものがヒーローであるのなら、誰に知られずとも消滅を防ごうとするハルとミオはヒーローと言える。
しかしヒーロー自身の心は誰が救ってくれるのだろうか。
ハルたちにとって、寄り添うものであるナナとリク、彼らこそが関与者にとっての救いのヒーローなのかもしれない。
......いつの間にかまた自分の考えに耽っていた。
楽しそうに夏の予定を話す3人の輪に取り残されないように、慌てて話の輪に加わるハルであった。