第18話 偶然のふりをしたもの
7月28日 16時58分 | 早見神社 大鳥居前
4人は緑山市で最も大きな社、早見神社の大鳥居の前に立っていた。
「初詣にはよく来るけど、何もない時期に来るのは初めてかも」
「もう夕方なのにまだ結構人がいるんだね」
ナナが感心したように境内を見渡した。
ここは県外からも多くの参拝客が訪れる有名な神社であり、ハルたちも初詣で何度か訪れたことがある。もっとも、彼らにとっては毎年多くの人で賑わう場所という程度の認識しかなかった。
しかし実際にはその歴史はかなり古く、現在もさまざまな神事が執り行われている由緒正しい神社なのである。
普段目にしているのは初詣の喧騒ばかりだっただけに、夕闇が迫る静かな境内はどこか別の場所のようにも感じられる。
そして今回の消滅はこの境内で発生する。
【予定表】に記された場所は、言葉にせずともハルとミオの足が示している。
2人は示し合わせたように、迷わず石畳の奥へと進んでいった。
「それにしてもこんなに広かったんだな。正月は人ばっかりでもっと狭く感じたぜ」
リクが周囲を見渡しながら呟く。
出店が並ぶ年末年始の記憶とは違い、今は歴史ある本堂や常香炉から漂う線香の煙、そして左奥にある蓮の浮いた池が神社の本来の輪郭をはっきりと描き出していた。
憩いの場として散歩を楽しむ参拝客たち。
その平穏を壊さないよう、4人は大鳥居の脇で小さく輪になった。
「今回はハルとミオ、それぞれの情報があるから余裕だろ」
「そうやってすぐ調子に乗るんだから......。でもそうね。ハルが時間を特定して、私が対象を特定できるんだから、いつもよりも楽に探せると思うわ」
ミオが【予定表】を開く。
ハルも自分の画面を確認した。
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田中ユキオ 60代
7月28日17時23分
緑山市早見神社内
境内で散歩をしている
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ハルが画面を凝視したまま考え込んでいると、ミオは「よし、行こう」と小さく頷き足早に歩き出した。リクも当然のようにその後に続く。
【予定表】を見つめていたハルが顔を上げた時には、2人の背中は既に石畳の先へと遠ざかっていた。
「ほら、早くしないと置いて行かれちゃうよ」
傍らで待っていたナナに急かされる。
ハルは慌ててスマホをポケットにしまい、ナナと一緒に2人の背中を追いかけた。
2人の横に追いつくと、ミオは何かに取り憑かれたような足取りで進んでいた。
対象の特徴が載っている自身の【予定表】を時折確認しながら、周囲を見渡し、そしてまた歩き出す。
何度かそれを繰り返しているが、なかなか対象を特定できないようだ。
その様子はハルたちがすぐ横にいることすら意識にないようだった。
境内の半ばに差し掛かろうとした時にハルがミオを呼び止める。
「ミオ先輩、今回の対象はどんな特徴があるんですか?教えてもらえれば僕たちも探しますよ」
「あ、そうね。今回はハルたちがいるんだったわね」
よほど集中して探していたのだろう。
ミオはすっかり1人で探すつもりになっていた。
「いつもは1人で探しているから、つい癖で1人で探そうとしていたわ」
「1人でって......対象のことだったら共有できるはずですよね?」
「そうなんだけど......ほら、リクでしょ?「頭脳労働は任せる」って、いつも私が探す係なのよ」
「えー!リク、ずるい!ミオ先輩が可哀想だよー!」
「おいおい、そんな言い方したら俺が何もしてないみたいじゃねえか」
「そうね。対象を見つけてからはリクの方がしっかり働いてくれるわ。役割分担ってところね」
ハルたちは共有できる範囲の情報で内容を相談し、協力して消滅を防いできた。
一方、ミオたちは探索役と実行役の分業で消滅に対処しているという。
彼らの差はそのまま【予定表】の内容の違いにも繋がっていたのかもしれない、とハルは思った。
「でもそうね、人手が多い方が探しやすいのは間違いないわ。......改めて、協力してくれるかしら?」
ミオが少しはにかんで聞くと、ナナが「もちろんだよ!」と元気に答える。
ミオは思わずナナの頭を撫でる。
なぜ撫でられているか分からず疑問を浮かべるが、悪い気分ではないのでナナは撫でられるままに目を細めていた。
「消滅時間は17時23分。今は17時08分。もうあまり時間はないけど、見つけられそう?」
「おお!時間がはっきりしているのは頼もしいぜ!」
「時間が曖昧だと、対象を見つけてもいつまでに対処すればいいのか分からないから。こうして正確な時間が分かるのは本当に心強いわ」
「それで、対象の特徴はどんな感じですか?」
「対象の田中ユキオさんは、黒いベレー帽を被っているらしいわ」
「すっごーい!それなら探すのもあっという間だね!」
互いのチームが今まで持っていなかった情報を提示されて感動する。
消滅時間が分かっても特徴が分からない。
特徴が分かっても消滅時間が分からない。
今までは情報の欠落にモヤモヤしながら活動していたが、協力すればこれほどスムーズに進む。その事実に4人の胸は高鳴っていた。
「今までは別々に行動していたけど、これからは動き方も考えた方がいいかもしれないね」
「そうね、同感だわ」
今後の方針に修正を入れながら探索を再開する。
特徴が分かったとは言え、広大な境内から1人を探すのは依然として容易なことではない。
「どうなってるんだ?全然見つからないぞ」
「帽子を被っているって言っても、それは消滅時間の時のことだから、もしかしたら今は脱いでいるのかも」
「だー!そういう可能性もあるのか!」
「それなら、今度はもう一回鳥居に向かって探してみようよ」
「そうね。時間はあとどれくらい?」
「今は17時15分。あと8分しかない」
再度鳥居に向かって歩き出す。
今度は4人が距離を取り、ローラー作戦で広範囲を探索する。
互いに目配せをしながら入り口へ向かっていた時、ナナがハッとした顔で皆を呼び集めた。
「ねえ、あの池の近くにいる人。どうかな?」
指し示した先にいたのは、初老と呼ぶには少し若く見える男性。
背筋をしっかりと伸ばして池の畔を散歩しているその姿は、ぱっと見では60代には見えない。
「あの人?50代前半って言っても通じるんじゃないか?」
「でも、ベレー帽どころか何も被ってないじゃねーか」
「手元をよく見てみて」
ナナに言われて注目すると、肩からぶら下げた鞄と同じ色で目立たないが、確かに黒っぽい帽子らしきものを持っている。
「あれは帽子なのか?でも何で脱いでるんだ?」
「今日は暑かったでしょ?だから蒸れるのを気にして脱いでたんじゃないかな」
その時、男性が手櫛で髪を整えると、手に持っていたくたびれた帽子を頭に乗せた。それは紛れもなく黒いベレー帽だった。
「時間はあと5分。あの人が田中ユキオさんで間違いないね」
ターゲットは特定された。
あとは消滅時間までに予定されていた状態を変化させればいい。
今回の予定は「境内を散歩している」とある。
つまり、境内の外に連れ出せば回避となるはずだ。
ハルがその方法を思案していると、リクが一歩前に出る。
「それじゃ、とりあえず行ってくるわ。後はそっちで上手いことやってくれ」
迷いなく歩き出すその背中に、ミオが「頼んだわよ」と声を投げる。
リクが田中氏に近づくと、驚くほど自然に話しかけた。
突然のことに最初は不機嫌そうだった田中氏も、リクの懐に飛び込むような社交性に調子を狂わされたのか、程なくして笑い合い、まるで年の離れた友人のように談笑し始めた。
「知らない人といきなり笑い合うなんて......」
「相変わらず流石ね」
「リクっていつもあんな感じなんですか?」
「ええ、リクはいつもあんな感じよ」
遠巻きに見守りながら、ハルはその社交性に半ば呆れていた。
時間は17時19分。
「消滅まで約4分だ」
「でも、ここからどうするの?」
「それは私に任せて」
自信ありげにミオが答える。
3人はリクの視界に入る位置まで移動すると、そこでミオがリクに鋭い目配せを送った。そしてそのまま境内の外に向かってのんびりと歩いていく。
それだけで意図を理解したリクは、雑談を続けながら巧みに田中氏を誘導し始めた。
ハルたちは売店前で立ち止まるが、ミオは視線だけでリクに田中氏をそのまま外に連れ出すように促す。
リクは視線だけを送り軽く頷くと、田中氏を連れてハルたちの横を通り抜けていった。
「本当にあれだけで通じちゃった!すごいね!」
「付き合いが長いからね。幼馴染なら普通でしょ?」
((それは絶対に普通じゃない!))
心の中で同時にツッコミを入れたハルとナナだが、口に出すとまたミオを赤面させてしまうので今は自粛する。
リクと田中氏が境内の外まであと数メートル。
17時21分。
このままいけば無事に消滅は回避できる。
そう思い、気を緩めかけたところで予期しないことが起きた。
どこからともなく一匹の犬が走り寄ってきたかと思うと、迷うことなく田中氏の鞄を咥え、そのまま境内の中に向かって走り去っていったのだ。
一瞬、時が止まる。
あまりに突然の出来事に、誰もすぐに動くことができなかった。
「私の鞄が......!」
「ちょっと待ってろ!取ってきてやる!」
突然の出来事に動くことができずにただ狼狽えるだけの田中氏に、我に返ったリクが全速力で犬を追いかけていく。取り残された田中氏は不安げな面持ちで立ち尽くしているが、そこはまだ境界の内側だった。
17時22分。
「ちょっと......どうなってるのよ、これ......?」
「あのワンコ、なんなの?」
今の流れでリクがその場を離れてしまったことを責めることができないが、それでも想定外の事態にミオもナナも動揺を隠せない。
――消滅するっていう運命は、僕たちが接触することすら予定のうちだったってことなのか......?
大きな無力感がハルの全身を硬直させる。
残り時間は恐らく数十秒。
リクはいない。
2人はショックで動けない。
――あと数歩なんだ。あとほんのちょっとなんだ......!
ハルの思考が加速する。
犬、奪われた鞄、予定の内容、距離。
――今度は僕も......いや、僕が動かないと......!
ハルの固まっていたはずの足が、自らの意志を証明するように一歩、また一歩と動き出した。
そして次の瞬間、田中氏に向かって猛然と駆け出していき――
ハルは田中氏の半身に身体ごとぶつかっていった。
「わっ、と!?」
そのままよろける振りをして田中氏の身体を掴むと、その勢いを利用して彼を鳥居の向こう――境内の外まで強引に連れ出した。
ミオがスマホを確認する。
表示された時間は、たった今17時23分に変わった。
***
同日 17時25分 | 早見神社前
「本当にすいませんでした!よそ見してて......」
ハルは必死に謝罪した。
気難しそうに見えた田中氏だったが、リクと話した後だったからか、ハルの謝罪を快く受け入れてくれた。
鞄を取り返してきたリクと再び談笑を続ける彼を残し、3人は神社を離れた。
「やったわね、ハル」
「ハル、すごいよ!」
2人の言葉をくすぐったく思いながら、ハルは心に引っかかっている違和感を反芻していた。
――あの犬、あのタイミングで鞄を奪うなんてただの偶然かな?確か首輪をつけてたように見えたけど......
夜の気配が近づく空を眺めながら、消滅を回避したにもかかわらず、ハルは拭いきれない不安を感じていた。
***
同日 17時30分 | 早見神社付近の路地
「よーしよし、よくやったぞ」
男の元に戻ってきた犬は、千切れんばかりに尻尾を振る。
男はにっこりと笑うと犬の首元を力強く撫でまわし、その労をねぎらった。
やがて男はスマホを取り出すと、どこかへ電話をかける。
「もしもし。あ、俺だ。スマン、失敗した。いや、見知らぬ少年が対象にぶつかって......。ああ、多分そうだ。詳しくは帰ってから改めて報告させてもらうよ」
報告を終えて電話を切った男の視線の先には、未だ談笑を続ける田中氏とリク、そして仲間と合流したハルの後ろ姿があった。
***
同日 |とあるオフィス
「ああ、分かった」
電話の向こうで報告をする口調はどこか軽く、到底上司に対する態度とは思えないが、男性はそれを気にする様子もなく、淡々と報告を受けている。
電話を切ると彼はゆっくりと立ち上がり、その場で背中を向け、眉間に深い皺を寄せ何かを思案する。
彼が座っていたデスクにはいくつもの書類が積まれており、その一番上にはハルたちの写真が書類と共に挟まれていた。