第11話 二つの消滅
7月4日 早朝
いつもより少し早い時間に目が覚めたのは、試験という学生にとって最も歓迎しがたい行事を終えることができたからであろうか。
安心感に気が抜ける人もいれば、ようやく自由になれたと期待に胸を膨らませる人もいるだろうが、ハルはどちらかといえば後者であるようだ。
試験の結果にはさほど期待はできないが、やるべきことはやり尽くした。それよりも今はようやく訪れた自由な時間を謳歌するのだ。そう思うと自然と早く目が覚めてしまうというものである。
時計に目をやると、6時を少し回ったところだ。
7月になると日の出は早く、この時間でも既に日は昇っている。
そのおかげで窓の外は既に明るく、時間感覚が狂いそうになる。
カーテンを開けると霧のような雨が降っており、朝の厳かな雰囲気と相まって街の景色が幻想的に見える。梅雨明けはまだもう少し先のようだ。
リビングに耳を澄ますと、母親はすでに起きているのであろうか、朝食の準備をしている音が聞こえる。それなら手伝いでもしようかなと思う気持ちと、せっかくだからもう少しこのままゴロゴロしようかという気持ちがせめぎ合っている時にスマホから通知音が鳴った。
「こんな早朝から誰だろう?」
思わず声に出しスマホを見てみると、通知の主はリクであった。
――今日の放課後、会えないか?
なんだろう?
そう思いはするものの、こんな改まった内容をわざわざ送ってくる理由は一つしかないだろう。
「分かった」とだけ打ち、送信ボタンを押そうとしたところで、先日のミオの冷たい視線を思い出す。一瞬そのまま返事を送信することを躊躇するものの、その迷いを振り払うように送信ボタンを押すと、そのままスマホを机に置き、自室のドアを開けていつもの朝をはじめる。
***
同日 14時20分 | 風見中央公園
放課後。
ハルはリクに指定された場所に向かっていた。
指定された場所は風見中央公園の一角。
奇しくも消えてしまったあの木があった場所の近くであった。
早朝に降っていた霧雨は昼過ぎにはやんでおり、その余韻で街のあちこちに水模様を残している。朝のうちは少しひんやりしていたが、雨が止むと7月らしい気温となり、街全体が蒸されているような何ともいえない不快感がある。
歩くだけで汗がにじみ、衣類が身体にまとわりつくが、時折吹いてくる風がそんな不快感を少しだけ洗い流してくれる。
リクに呼び出されたことをナナにも伝え、一緒に行かないかと誘ったのだが、試験明けということで珍しく放課後に部活があるらしい。
随分と迷っていたようであったが「何があったかあとで教えてね」と後ろ髪を引かれつつ、部活に向かっていった。
待ち合わせ場所に着くと、既に二人が待っていた。
リクはベンチに腰を下ろし、腕を組んで俯いている。
ミオはハルに背中を向ける形でリクの前に立ち、視線をリクから外さずにいた。
二人の周囲の空気は重く、近寄りがたい雰囲気を感じたが、それでもハルが二人の傍まで歩くと、リクがゆっくりと顔をあげる。
「急に呼び出して悪いな」
リクが軽く手をあげる。
ハルは挨拶を返すと、少し距離を置いて立ち止まる。
ミオは一瞬だけハルの方に視線を送るが、目が合う前に再び視線を外す。
「この前の件な、俺たちの方でもあれから色々話したんだよ」
リクがミオに視線を向けながら言うが、彼女は明後日の方を向いたままだった。
「俺はハルやミオのように【予定表】を見ることはできないけども、これから先も消滅に対抗していくつもりなら、やっぱりちゃんと協力しなきゃダメなんだって思うんだよ。だからミオも......」
リクの口調にいつもの軽い様子はなく、どこか焦りのようなものを感じる。
ミオは姿勢を変えないまま、リクの言葉を遮る。
「言葉では簡単に協力って言うけど、そんな簡単にいくわけないでしょ?」
「ミオ......」
リクが黙り、二人の空気が一気に冷えていくのが分かる。
今日のミオは初めて会った時と同じ、誰も寄せ付けない氷のような拒絶感をまとっていて、その冷気は二人だけでなく、周囲の気温まで奪っていくようだった。
和気あいあいとした場ではないだろうなと予測はしていたものの、ここまでだとは想定外であった。永遠ともいえる沈黙が続くが、やがて彼女はちらりと一瞬視線だけをこちらに向ける。
「私だって......」
二人は何も言わず、絞り出される言葉に耳を傾ける。
「ホントは協力したほうがいいってことくらい分かってるわよ」
その声は低く、感情を抑えたような響きだ。
しかしその響きとは裏腹に、今までにない前向きなミオの言葉に可能性を見出し、一歩踏み出しながら呼びかける。
「それなら......」
「でも......簡単に割り切ることができないのよ」
雨を含んで重くなった風が、時折いつもより強く吹き抜ける。
木々の揺れる音が会話の隙間を埋めるように周囲に響き渡る。
ミオはゆっくりとした動作でスマホを取り出し、その画面を操作する。
恐らく【予定表】を見ているのであろう。その指は画面をなぞっている。
「ここに名前が載ったばっかりに......」
画面をなぞる指が、わずかに止まる。
ディスプレイに雫が落ちる。
一つ、二つ......
三つ目の雫が落ちるとスマホは手から滑り落ち、まだ湿り気の残る土に受け止められる。
「ミオ......やっぱり忘れられないのか......」
リクが落ちたスマホを拾い、彼女に手渡す。
それを受け取り振り返ったその瞳にはまだ大きな涙を溜めているが、それを落とすまいと気丈な表情を作る。
「当たり前でしょ。忘れられるわけがないじゃない!」
リクの言葉に怒気をはらんだ声で反論するが、それも一瞬のこと。
肩を落としてまた背を向ける。
「でも分かってるの。もう二度とサロンには会えないってこと。だからせめてサロンをどこかに連れ去った消滅に抗いたいの。それが私がサロンにできる最後のことだから」
「それなら尚のこと一緒に......」
ミオの未だに癒えぬ辛い思いは十分に伝わった。
それならば、なおのこと一緒に消滅に立ち向かった方が......というハルの言葉は最後まで言い終わる前に彼女に遮られた。
「あなたに何が分かるの!?軽々しい気持ちでこの想いに触れてほしくない......!」
その真剣な表情に何も言葉は返せなかった。
ここに到着した時、リクが俯いていた理由が何となくわかった。
二人の間では既に何度となくこのようなやり取りを繰り返していたのだろう。
頭では理解していても感情がそれを許さない。
その気持ちが分かってしまうハルにはそれ以上何も言うことができなかった。
再び沈黙が場を支配する。
それでもこの場を離れようとしない彼女は、やはり助けを求めているのではないだろうか。そう思い口を開きかけるが、彼女の心を溶かす言葉がどうしても見つからない。
もしナナがこの場にいれば、また違った形で彼女の心を刺激してくれたのかもしれない。
ミオが再びスマホに視線を落とす。
そこに表示されている内容を見ると、驚きの表情を見せてリクに呼びかける。
「また予定が追加されたわ」
その言葉にハルも素早く【予定表】を開く。
=====
野菜
7月4日15時23分
風見市第二共同農園
無人販売所で売られている
=====
野菜
7月4日16時19分
スーパーカザミ栄通り店駐輪場
密集しておいてある
=====
「一気に二つも追加されたみたいだけど、両方ともここから近いし、時間的にもまだ間に合うわ。リク!」
「分かってるよ」
呼びかけられたリクが素早く立ち上がると、既にミオは歩き出していた。
顔をあげたリクと目が合う。
その視線は「一緒に来てくれ」と訴えていたが、先ほどのミオから言われたことを思うと、二人と一緒に行動することを躊躇して足を動かすことができない。
先を行くミオが再びリクを呼ぶ。
リクはハルの横を通り過ぎざまに肩をポンと叩き、そのままミオの背中を追いかけていく。ハルはそれを振り返ることもなく、その場に立ち尽くしていた。
***
同日 15時08分 | 風見市第二共同農園前
リクとミオは住宅地を抜けた先の交差点を渡り、開けた場所の前に立っていた。
「間に合ったかしら?」
ここは風見市が運営し、市民に無償で貸し出している農場だ。
今日は昼まで降っていた雨のせいか、農場に人の姿はないが、無人販売所には朝のうちにこの農場を借りている人が野菜を並べていたのであろう。野菜が入っていたと思われる木のかごがいくつか並んでいる。
「ここ、たまに来るぜ。野菜って美味いんだぜ」
「そうなの?てっきりリクは肉派だと思ってたわ」
「ミオ、知らないのか?野菜は栄養豊富なんだぜ」
幼馴染の意外な一面を知り少し驚くミオであるが、その表情や口調は先ほどまでの余韻だろうか、まだどこか硬い感じがする。
しかしそれを分かってて、なおおどけたことを言えるのがリクが人たらしである所以である。
「おっ、きゅうりが残ってるじゃん!ラッキー!」
そう言うと財布を取り出し代金を回収箱に入れると、残っていたきゅうりを買い占める。全部で7、8本は入っていると思われる袋を破ると、カバンの中からマヨネーズを取り出す。
「何でマヨネーズなんか持ってるのよ?」
「たまたま今日の弁当に使ったんだよ」
そう言うとマヨネーズをかけてきゅうりを齧る。
あっという間に一本食べ終わると、二本目のきゅうりにマヨネーズをかける。
それを呆れたように見つめるミオであったが......
「ちょっと!少しは緊張感を持ちなさいよ」
「そう言うなって。ミオも食べるか?」
きゅうりを齧りながらのんきな声でリクが尋ねるが、ミオは返事をしない。
リクと一緒に消滅を追っている過程で、何故か消滅の詳細を伝えられないことは分かっていたからだ。だからリクもそのことを尋ねることはない。
15時22分。
無人販売所を見つめるミオの緊張が伝わったのだろうか。
持っていたきゅうりを無人販売所の端のスペースに置くと、リクも神妙な面持ちになって彼女に習って無人販売所をじっと見つめる。
15時23分。
消滅予定時刻、ミオたちはそのまま無人販売所を見つめ続けるが、やはり何も変化はない。
15時25分。
15時28分。
そのまま様子を見続けていた二人であったが、15時半を回ったころ、ようやく無人販売所から視線を外してミオがつぶやく。
「......おかしい」
「何がだ?」
「もう消滅予定時刻は過ぎているはずなのに何も消えていないの」
「ってことは、回避できたってことか?」
「わからない。でも......」
ミオは腑に落ちなかった。無人販売所には確かにきゅうりがあった。
ミオの目の前でリクが置いたのだから間違いない。
しかしそれは消えなかった。
【予定表】に書かれていることを伝えられれば、また違った視点で考えることができるかもしれないのに......
と、そこまで考えてハッと気づく。
今まで【予定表】を見ることができるのは自分だけだった。
リクに内容を伝えようとしても何故か伝えることができなかったが、二人だけで消滅に抗っていた今まではそれも致し方ないと思っていた。
しかし今は自分以外にも【予定表】を見ることができるというハルがいる。
もし彼と協力できたのなら【予定表】の書かれた内容について相談し合えるかもしれない。
しかしそれを拒否したのは自分自身であった。
リクが一緒に行動してくれていることは大きな心の支えになっている。
しかし【予定表】については一人で考えるしかなかったから、誰かと相談するなんてことは思いつきもしなかった。
でも今はそれができる可能性があるのだ。
消滅に抗うことを決めたミオにとって、それが近道であるならば選ばない理由はないはず。ならばなぜその手を掴もうとしなかったのか。
その理由は――
「近くでもう一か所あるんだろ?そっちに行ってみるか?」
ミオの思考はリクの声によって遮られた。
「ええ、そうね。そうしましょ」
「よし、次はどこへ向かえばいいんだ?」
リクに応えながら、ミオはなぜハルと協力することを拒んだのかを理解していた。
――私はただ悔しかったんだ。偶然とはいえ、消滅を防ぐことができた彼らが......
***
時は少し遡り、リクとミオが農園に向かった直後。
ハルは公園の一角から動けず、遠く離れていく二人の背中をただ見つめることしかできなかった。
やがて二人が見えなくなる。
曇り空の下、風が止み、音が遠のいていくと同時に、ハルの耳には先ほどのミオの言葉が何度も反芻されていた。
――あなたに何が分かるの!?軽々しい気持ちでこの想いに触れてほしくない......!
自分と同じ【予定表】が見える者。
その想いは自分のそれよりも遥かに強い。
彼女の強い気持ちに触れ、そのまっすぐさを知り、ハルは今の自分が二人と行動を共にしていいのか考えていた。
「協力」なんて耳障りがいいことをいっても、それはミオが大事にしているところに土足で踏み入ることになるのではないだろうか。
消滅と言う未知のものに対して対抗しようとするのであれば、それを知るものが一人でも多くいた方が心強い。一人でできることには限界がある。だから一緒に協力しようということは決して間違っていないはずだし、それが消滅に対抗するために現状できうる最も有効な道筋だと思う。
しかし最適と思われる行動がいつも正しいとは限らない。
ミオの気持ちを考えると、まずやるべきは協力ではなくて、互いのことを知り、理解し合うことだったのではないだろうか。
遠くで犬の散歩をしている若い女性が見える。
犬は時折飼い主である女性の方を振り返り、その度に女性は犬に笑いかけていた。言葉は通じなくても一人と一匹は分かり合えている。傍目から見てもそう思える。
きっとミオも愛犬とそのような関係を築いていたのだろう。
そしてそれを失った......
消滅とはただモノが消えるだけではない。
そのモノと一緒に過ごす未来までも消滅させる現象だ。
それはハル自身も気付いていたはずだし、それを無慈悲で行う消滅に恐れすら抱いていた。ハルもミオも自ら大事にしているものを消滅させられ、それを十二分に分かっていたはずだった。
だから一緒に消滅に抗いたいなら、まずはその悲しみに寄り添い、互いの気持ちと目的を一致させるべきであったのだ。
リクがその場を取り持ってくれてはいたが、彼に頼るのではなく、ハルが自らの言葉でミオと想いを一致させて、初めて協力関係が築けるのだ。
それを蔑ろにしたつもりはなかったが、自らの言葉で想いを伝えてはいなかった。
――僕はもう一度、しっかりとミオ先輩と話をしなくちゃいけない......!
しばらく空を見上げていたハルであったが、遠ざかっていく二人の背中を思い出しながら二人が向かった場所を確認するため【予定表】を取り出した。
***
同日 16時02分 | スーパーカザミ駐輪場前
ミオたちは【予定表】に載っていたスーパーカザミの駐輪場に来ていた。
大勢の集客を見込んでいるのだろうか、駐輪場はそれなりに広いスペースが確保されているが、駐車場の方には多くの車が停まっているのに対して駐輪場の方は満車とは程遠い。
ミオがその駐輪場の入り口に立ち周囲を見回していると、後ろからリクから疑問の声が上がる。
「今度も野菜だっけ?それならスーパーの中じゃないのか?」
リクが尋ねるがミオは答えない。
いや答えられない。
どうせ答えても消滅の内容が伝えられないのだから答えない、という行動がミオの返答なのだ。
消滅に携わるようになってから、その調査のために一緒に行動をしているリクは、彼女の無言の意味を理解している。リクの返事に答えずここに居続けているということは、消滅が予定しているのはこのあたりなのだ。それを悟ると、リクも一緒になって対象である野菜を探す。
「リク......」
「ん?どうした?」
互いに違う場所を探しながら、ミオのゆったりとした呟きにリクが顔をあげずに返事をする。
「リクはなんで彼らに協力を申し出たの?」
「なんでって......」
「私のため?」
「まーな」
消滅対象を探すため、互いに違う方向を向きながら会話を続ける二人。
ミオは顔は合わせずとも幼馴染という長年の絆により、話しているだけで安心感に包まれていた。
「だってよ。ミオは何とかして消滅に抗おうと必死だろ。俺もできる限り手伝ってるつもりだけど、でも【予定表】を見ることができない俺じゃ手伝えることにも限界がある。それなら同じ【予定表】を見ることができるヤツに協力してもらえる方がいいんじゃないかって思ったんだよ」
「そうなの......」
「なんだよ、怒らないのかよ」
確かにこの話題を出すたびにミオはリクに対して不満を隠さなかった。
しかしふとしたことから協力することへの有用性、協力したからこそ見えてくるであろう新しい可能性に気付いた。と同時に、自分がそれを拒んでいた理由が、自分が消滅によって一番不幸になったという自己憐憫からくる意地であったことに気付いたのだ。
それに気付いたからこそ、リクが彼らと協力するように勧めていた本当の理由、ただ消滅に抗うためだけじゃなく、ミオが意地になって作り上げてしまった心の壁を取り去りたいと願ってくれていたことに気付けたのだ。
「そうね。怒るよりもやっぱり彼らと......」
そう言いかけた時、息を切らして駐輪場にハルが飛び込んできた。
「やっと来たか」
「ああ、来たよ」
額がうっすらと汗ばみ、息を切らしている様子から、きっとここまで走ってきたのだろう。息を整えながらミオたちと同じように周囲を見渡しながら二人に近づく。
「どう?あった?」
「いや、まだ分からない」
「ここは広いわ。分かれて探しましょ」
何が?とは聞かない。
聞かなくてもこの場にいる三人には通じている。
先ほどまでは感じなかった一体感のようなものを感じるハルがその理由を考えるが、それはミオの雰囲気が心なしかさっきまでと変わっているせいだと気付く。
しかしそれ以上のことを考えている暇はない。
今はまず消滅の方が先である。
16時16分。
ハルが時間を確認すると、消滅までの残り時間はあと僅かであった。
三方向に分かれて消滅対象を探し続けていたが、やがてリクが音を上げる。
「そもそも駐輪場のどこに野菜なんてあるんだよ」
――野菜?
その言葉にハルが引っかかる。
そう言えばさっき駐輪場の入り口に二人のカバンが置いてあったのが見えたが、そこになぜかきゅうりも大量に置いてあったような......
確か【予定表】には駐輪場としか書かれていなかった。
駐輪場の入り口も駐輪場の一部であることには変わりはない。
そこに置かれているきゅうりはもちろん野菜と呼べるものである。
そう考え至り、駐輪場の奥の方を探していた二人に向かって声をかける。
「二人とも!あの入り口にあるきゅうり、あれって誰の?」
「ああ、あれは俺のだ。さっき無人販売所で買ったんだ」
「ミオ先輩!もしかして今回の対象って......」
ハルが言葉を言い終わる前に言いたいことを理解したミオは、急いで駐輪場の入り口まで駆けていく。
「なんでそれに気付かなかったのよ!」
「それってどういうことだ?」
「いくら駐輪場を探しても見つからないわけよ。だって今回の消滅対象はあなたが持ち込んだんだもの」
消滅対象である野菜、それはリクが無人販売所で購入したきゅうりのことであった。
自分たちが消滅の対象を持ち込んでいたなど夢にも思わず、ここにあるだろうという思い込みで、あるはずもない消滅対象を探し続けていたのだ。
自分を叱咤しながらも入り口まで走るが、駐輪場は意外と広く、入り口まではあと十数秒ほど掛かりそうであった。
16時19分。
ハルたち三人が駐輪場の入り口まで辿り着く直前、リクのカバンの横にまとめておいてあったきゅうりはかき消すように姿を消した。
間に合わなかった......
入り口にたどり着き、きゅうりがあった場所に佇む三人。
分かっていたのになにもできなかった無念さに唇を噛み締めようとした時、リクが抜けた声を出しながら座り込む。
「きゅうり......せっかく買った俺のきゅうりが......」
その声に思わず笑いだすミオ。
釣られてハルも笑顔になる。
一人むくれるリクであったが、二人が笑顔でいるのを見て、満足げに頷くと「まっ、いっか」と開き直る。
目じりに涙を浮かべるほど笑っていたミオであったが、ようやくそれが収まるとハルに向かっておずおずと照れたように手を伸ばす。
「協力......しましょ」
「えっ?」
突然のことに理解が追い付かず、思わずリクの方に視線を向ける。
リクは笑顔で頷く。
「ミオも分かってくれたってことだよ。なっ?」
「まぁ、三人寄れば文殊の知恵とも言うしね。それに......」
「それに?」
ミオが言葉を淀ませると、照れたようにそっぽを向きながら小さく呟く。
「私も意地になっていたって言うか、態度がきつかったって言うか......」
思わぬミオの言葉に何も言えないハルであったが、リクはにんまりしながらミオの顔を覗き込んだ。
「んー、なんだって?もっと大きな声で言ってみな」
「う、うるさいわね!で、協力するの?しないの?」
近づいてきたリクを押しのけたのは照れ隠しだろうか。
彼を押しのけた後、改めてハルの前に手を差し出す。
その手とミオの顔を交互に見た後、ハルはその手を力強く握りしめる。
「はい、協力させてもらいたいと思います!これからよろしくお願いします!」
「こっちこそ改めてよろしくね、真壁君。いや、今度からはハルって呼ばせてもらうわね」
「よし!これでようやく始められるって感じだな」
リクが二人の上から手を乗せる。
ハルはその手の暖かさに、消滅という抗いようもない冷たい現実に唯一対抗できる希望のようなものを感じていた。
ここに【予定表】を見ることができる二人に、消滅に抗うという目的のための新たな繋がりが生まれたのだった。
握りしめた手を離すと、改めてミオに向き直る。
「それでミオ先輩、改めて僕の想いを聞いてもらえますか?」
「想い......?」
「おいおい、ハル。なんか愛の告白するみたいだぞ」
「ち、違うよ。消滅に対する想いや決意ってことだよ」
リクのからかいの言葉に一瞬リクをにらむが、ハルのあまりの慌てぶりに思わずミオの顔に笑顔がこぼれる。
彼女は早くも協力を決めて良かったと思っていた。