第10話 決別
6月26日 放課後 | 風見駅付近のファーストフード店
期末試験まであと数日に迫ったこの日、ハルとナナは風見駅近くにあるファーストフード店に来ていた。
店内の端の方にある四人掛けのテーブルに並んで座っているのは、二人の仲が進展したわけでもなく、少しでも近くに互いの存在を感じていたいから、というわけでもない。
もちろん互いにこの距離感を嬉しく思わないわけではないが、そもそも二人は距離が近いよりも互いの顔が見える方がいいと考えているので、もし友人以上の関係でこの場にいるのであれば、迷わず二人掛けのテーブルに向かい合って座っていたことであろう。
それならばなぜ並んで座っているのか。
それは......
「悪い。待たせちまったな」
「いや、大丈夫だよ」
「ちょっと俺らも何か買ってくるから、もうちょい待っててくれ」
そう言い残すと、後から現れた来訪者――リクとミオはレジカウンターの方に歩き出す。
そう、今日はリクに呼び出されてここに来ていたのだ。
呼び出された理由はもちろん【予定表】のこと、そして消滅についての情報交換である。試験前で、部活もバイトも休止中となるこの期間なら互いに都合がつけやすいだろうという理由で、先日の約束を果たすべくリクに声を掛けられたのだ。
声を掛けられたのはハルであるが、ナナに声を掛けないという選択肢はなかった。
もちろんあまり巻き込みたくないという思いがあるのだが、どうせ隠してもナナにはなぜかすぐにバレてしまう。それなら最初からすべてを知ってもらう方が良いだろうと考えたのだ。
「それにしても、あの二人が同じ学校だなんてすごい偶然だよね。言われれば二人とも見たことある気がするよ。女の人の方は三年生で、学校で一、二を争う美人で有名な人だよ。それに男の人もサッカー部に入ってて結構人気あるみたいなんだよ。クラスの子もたまに部活を見に行ったりしているんだって」
「そうだったんだ」
そういったことに疎いハルはいずれの話も初耳であった。
さすがは女子といったところか、この手の話は色々と耳に入ってくるようである。
「ハル、知らないの? 結構一緒にいることが多いらしくて、美男美女カップルって学校でも有名なんだよ」
「いや、名前くらいは聞いたことあるけども、そんなに有名なの?」
人の噂ほど楽しいものはない、とはよく言ったもので、ナナは二人のことを嬉々としてあれこれ語りだす。そのどれもが「〜〜らしい」「〜〜なんだって」といった真偽のつかない話ばかりであり、中には「許嫁同士らしい」などと、どこの貴族の話なんだろうと思わせるような話も混じっていた。
カウンターで店員にあれこれ注文している二人をちらりと見る。
確かにこうして見ると、学校でも噂される美人と言われるミオと、サッカー部で女子のファンも多いというリク。傍目からはお似合いのカップルと言えなくもない。
しかし先日、少なくともリクはミオのことを親友として見ていると言っていた。
その言葉に照れや誤魔化しはなさそうであったことから、噂はあくまでも噂であると言わざるを得ないのだが、これはきっと誰に話しても信じてもらえないだろう。噂話とはそんなものである。
「いやー、やっと来たぜ」
ドリンクやポテトなどが乗ったトレイを手に二人が戻ってきた。
ナナは慌てて口を閉じると、すました顔で二人に挨拶をする。
リクは「おう、よろしくな」と椅子に座りながら返事をするが、ミオは無言のままで席に着く。
どことなく冷たい雰囲気を感じるのはハルの気のせいだろうか。
「改めて自己紹介させてもらうな。二年四組の土屋リクだ」
「......」
「ほら、ミオも」
「......三年二組、日下部ミオよ」
「聞いての通りミオの方が一つ上だけど、まあ昔からの幼馴染ってやつだ」
リクはこの間と同じように人懐こい笑顔を見せて二人に挨拶をするが、隣にいるミオは二人から視線を外し、目を合わせようとしない。
リクに促されて呟くように自己紹介はしたものの、まるでこの状況を望んでいないかのように不貞腐れた態度をとっているようにも見える。
そうはいっても話をしなければ先に進まない。
ミオの態度はひとまず置いておいて、二人も自己紹介をする。
「私は二年一組、片瀬ナナです。土屋君、日下部先輩、よろしくお願いします」
「二年二組、真壁ハルです。僕らもお二人と同じ幼馴染なんです」
「幼馴染」という言葉にピクリと反応したものの、特に何を言うでもなく、視線だけをちらりと二人に向けると、ミオは大きくため息をついてリクに向かって不満を漏らす。
「で、なんでこんなことしなきゃいけないのよ? 私はやっぱり嫌よ」
「そうはいってもよ。こんな訳の分からないことを調べるのに二人だけじゃ何ともならないぜ。誰でも彼でもってわけにはいかないのは分かるけど、ハルたちは【予定表】を見ることができるんだ。協力したほうが絶対にいいと思うぜ」
リクの言葉通り、今日は消滅に対する協力をするため、まずは顔を合わせて話をしないかというリクの呼びかけによりこの場が設けられたのだが、ミオはなぜだかこの話に乗り気ではないようだ。
それをどうにかこうにか宥めて無理やり連れ出してきたのだろう。
文句を言い続けるミオを「まあまあ」となだめると、リクは改めてハルたちに向き直る。
「ミオはこんな感じだけど、この前話した通り、今のままじゃ何も分からずどうしようもないってのも事実なんだよ。だからまずは改めて情報交換といかないか?」
「そんな必要ないって言ってるでしょ。結局彼らも消滅を防ぐ方法を知っているわけじゃないんでしょ? それなら改めて聞くことはないわ」
「そんなこと言ったって、今までどうしようもなかったんだから、同じことを続けていっても仕方ないだろ? それなら協力すれば何かわかることがあるかもしれないじゃないか」
頑なに意見を変えないミオに対して困ったように説得を続けるが、どうやら取り付く島がなさそうだ。そう感じたリクは肩をすくめて言葉を止める。
突然言葉を止めたリクをミオが訝しげな顔で見つめるが、それに構わずリクは目の前のドリンクを手に取ると、蓋を開けて中に入っていた氷を豪快に口へ放り込み、ガリガリと音を立てて咀嚼する。その無作法な音が張り詰めていた空気に小さな穴を開ける。
その様子を呆れ顔で見つめる三人の視線に気づくと、彼はにんまりと笑顔を見せた。
それだけで先ほどまで流れていた剣呑な空気が変わったように思えた。
突拍子もない行動で気を引き、目が合った瞬間を見計らって笑う。
これで毒気を抜かれない人間はいないだろう。
これを狙ってやったのであれば大したものだとハルは心の中で感心するが、事実、リクは場の空気を変えるために敢えて狙ってやっていたのだ。
そんなリクの笑顔を前に、ミオは手を額に当てながら大きなため息をつく。
この感じから察するに、これはきっといつもの二人のやり取りなのだろう。普段の二人の関係性が容易に想像できてしまう。
「......分かったわよ。話くらいならいいわ」
「そっか。ありがとな、ミオ」
「べ、べつにいいわよ!」
豪快に笑いながら嬉しそうに礼を言うリクの様子は、まるで尻尾を思いっきり振りながらご主人に駆け寄る大型犬のようだった。その笑顔にやや顔を赤らめてそっぽを向くミオであったが、その様子はどう見ても何かありそうだった。しかし、今はそのことに触れるような雰囲気ではない。
それにしても、人と群れるのを良しとせず、少し冷たい感じすらも魅力と噂されているミオであるが、この赤らめた顔を見て噂と同一人物だと思う人がどれだけいるだろうか。
噂とは一人歩きするものだな、と感じているのは隣にいるナナもきっと同様であろう。
「すいません。リクから日下部先輩の......」
「苗字だと長いから名前でいいわよ」
「はい。それならミオ先輩と呼ばせてもらいますね。ミオ先輩の話はリクから聞かせてもらいました」
「私も......土屋君がしたっていう話をハルから聞きました」
リクのおかげだろうか、先ほどよりは幾分か態度を軟化させたミオ。
ふてくされた様子は消え、おかげでやっと口を開けたハルたちが本題を切り出す。
「そう......別に面白い話でもないから構わないけど」
「僕もあるきっかけで【予定表】が見えるようになりました」
「ええ、リクから聞かせてもらったわ」
「私は土屋君と同じで、その【予定表】っていうのは見ることができないし、まだ消滅は見たことがないけど......」
「片瀬さんだっけ、俺のことはリクでいいぜ。俺もナナって呼ばせてもらうぜ」
「うん、いいよ。それでリクは何かが消滅するところは見たことあるの?」
「ああ、あるぜ。ミオから話を聞いていろいろと調べて回っているときに何度かこの目で見たぜ」
「そうなんだ、それなら見たことがないのは私だけなのか......」
「あんなもの、見ないで済むならそれに越したことはないわ」
「あ......ごめんなさい」
和やか、とまではいかない雰囲気ではあるが、それでもリクの気遣いのおかげだろうか、それなりに話は進んでいく。
「それで」
話の合間を縫って声量を上げ、ミオが問いかける。
三人の視線が集まった。
「真壁君は、なぜ消滅を防ぎたいって思ったの?」
今度はハルに視線が集まる。
話を振られたハルは、突然の質問の真意を探ろうとするのだが、今日は争うために来たのではない。協力するために来たのだ。それならば隠すことでもないし、自分の考えを聞いてもらった方がいいだろう。
そう考えると、咳払いを一つして、先日ナナと話していたことを思い出しながら口を開く。
「ある日【予定表】を見ることができるようになり、これが消滅の予定を表しているものだと気づいた時、今思えば不謹慎なんですが、ちょっとワクワクしてしまいました。だって何かが突然消え、それが事前に分かる【予定表】が自分の手元にある。そんな非現実的なことが起こるなんて、まるでアニメや漫画みたいじゃないですか。そう感じてここに載っている予定が実際に起こるのか、怖いもの見たさというか、本当に起きるのか確かめたくなったんです」
事情を知っているナナはもちろん、リクもミオも黙って話を聞いている。
ハルは残っていたドリンクを飲み干すと、話を続ける。
「そこで、実際に消滅を目の当たりにしました。そしたら急に怖くなったんです。だって目の前にあった何かが、次の瞬間にはその存在だけがなくなるんですよ。その消えた何かのことを必要としている人がいるかもしれないのに、その何かはこの世界から消滅してしまう。もしそれが自分の身近に起こったらと思うと恐ろしくてたまらなかったです。で、その時に【予定表】を見たら、すぐ近くでお婆さんが消滅するって出てました。それを見て僕はさらに怖くなりました」
リクもナナも神妙な顔をして聞いてくれていたが、ミオの表情に変化はない。
ハルの真意を探るように、ただ真っ直ぐな瞳でその言葉を受け止めていた。
「怖がっている僕に、ナナが言ってくれたんです。救いたいなら救ってみればいいって。【予定表】に載ってしまったら消えてしまう。何もしなくても消えてしまうのなら、もし救えなくても結果は変わらないんだからやってみればいいって」
ナナに視線を送ると、小さく頷いてくれた。
「それで実際にお婆さんに会い、そこでナナが話をしてくれたりもしたんだけど、結局どうしても、どうやって消滅を防げるのか分からなくて......今思えば「救いたい」って気持ちだけで動いていたので無理もない話でした。でも、なぜか消滅が起きなかったんです。後からナナとあれこれ話してみたんですが、何で消滅を防げたのか未だに分かりません。分からないんですが、消滅自体は防ぐことができるってことが分かりました。それならばできれば、これからも消滅は防ぎたいと思ってます」
一通り話を終えて改めて皆を見回す。
ナナはハルの気持ちに寄り添うように小さく笑顔を浮かべ、リクは感心したようにしきりに頷いている。
しかしミオは口を開かず、氷のような冷たい視線を送り続けていた。
ミオの様子に気圧されたのか、ハルはもちろん、リクもナナも口を開けず、四人が座るテーブルは沈黙に支配される。
周囲から聞こえる音が、ここだけ遮断されているようであった。
この沈黙を破ろうとリクが口を開きかけた時、ミオはハルから視線を外し、荷物をまとめだした。
「ちょっとミオ、どうしたんだよ」
「申し訳ないけど帰るわ。協力の話はなかったことにしてちょうだい」
その言葉に呆気に取られるハルたち。
その間にも帰り支度を整え、席を立ち上がろうとしたところで、いち早く我に返ったリクが慌ててその手を捕まえる。
「ちょ、ちょっと待てよ。 一体どうしたんだよ」
「どうもこうもないわよ。「これからも防ぎたいと思います」なんてそんな軽い気持ちの人たちと協力なんかしたって得るものなんて何もないわ。それなら今まで通りリクと二人で調べた方がマシよ」
「そんなこと言ったって......」
「わざわざ来てもらったのにごめんなさいね。そういうわけだから」
そう言い残すとリクの手を振りほどき、振り返ることもなくその場を後にしていった。
「すまん! ミオはああ言ってるけど協力の件は前向きに考えてくれると助かる。俺が必ず説得するから!」
そう言い残すと、「あ、俺たちの分の片付けもよろしく!」と言いながらミオの背中を追いかけて行った。
その場に取り残された二人。
ミオたちが席についてから去っていくまで僅か10分程度。
一時は和やかな雰囲気であったと思うのに、何がミオの逆鱗に触れてしまったのだろうか。
「何か怒らせるようなこと言ったかな......?」
「うーん......」
ハルの呟きに何か思い当たる節があるのか、ナナが考えをまとめようと首を捻りながら声を上げているが、ミオのことを深く知らない二人にはミオの心中を推し量ることができなかった。
***
同日 夜
その日の夜、ハルは数日後に迫った試験に備えて机に向かっていた。
日々課される課題などは何とかこなしてはいるが、毎日勉強をする習慣があるわけではないので、試験前になると「早くやっておけば......」と毎回後悔する。
しかし、その後悔自体もいつものことであり、結局いつも試験前に苦労する羽目になるのは自業自得と言えるだろう。
教科書を睨み、ノートにペンを走らせてみるものの、どうしても集中できないのはいつものことであるのだが、今日に限っては別に理由がある。
昼間のミオのことだ。
――なぜ突然態度を豹変させたのか。
あれからナナと話し合ってはみたが、どれも推測にとどまるばかりだった。
ただ、それでもリクの提案である「消滅を防ぐための協力」にはハルも賛成であり、それはナナも同意見であった。
それならばなおのことミオの真意を知り、誤解があるのならそれを解きたいと思うのだが、あの様子ではきっとどうしようもないのだろうなと思ってしまう。
――これじゃいつまで経っても勉強に集中できないな。
そう思い至るとペンを置き、腕を組みながら本格的に思考の方向を切り替える。
ミオが消滅を防ぎたいというのはリクから聞いて知っている。
愛犬が消滅したことにより、その原因となる消滅を防ぎたいと思うこと自体におかしな点はない。消滅を防ぐために【予定表】を見ることができる者同士で協力しようというリクの提案も至極真っ当なことのように思える。
例えばこれがゲームなどのように、先に消滅の謎を解ければ何か特別な特典を得ることができるというなら、協力を拒否する理由は分からなくもない。
一人であればその特典を独占できるだろうが、誰かと一緒であれば獲得できる特典は人数に応じて分配する必要が出てくる。あるいは相手によってはそれを奪われてしまう可能性だってある。
だからよほど信頼を置ける関係でない限りは、安易に手を組むという選択を取れないだろう。
しかしこれは現実の話だし、消滅の謎を解いたからと言って何か特典が獲得できるなんて虫のいい話はないはずだ。
いや、非現実的なことが起きているので絶対にないとは断言できないが、偶然とは言えハナや猫の消滅を回避したが、それによって特に何かを得たわけでもないので、恐らくそういったゲームのようなことはないのであろう。
それを知らず何かあることを期待して......というなら分からなくもないが、ミオはそのようなことを考えるようには見えない。リクの話を信じるのであれば、どちらかと言えば愛犬に対する弔い合戦のようなことを考えているようにも思える。
そこまで考えて、ふとミオの発言を思い出す。
『「これからも防ぎたいと思います」なんて軽い気持ちの人たちと協力なんかしたって......』
確かそう発言していた。
そう言い放つミオはどういう想いであのようなことを言ったのだろうか。
ハルたちは消滅を回避する方法は分かっていないものの、結果的には消滅を避けることに成功した。そこに至るまでにはそれなりに悩んだりもしているのだが、悩みの深さなどは人に話して通じるものではない。
そういった意味では、ミオが愛犬を消滅で失った辛さというものも、当事者以外には本当の意味で理解はできない。
リクから聞いた話によると、ミオが本当に心を許せるのは飼い犬だけであったらしい。
ハルから見た感じではリクにだって相当心を許しているようにも思えるが、そのリク本人が言うのだから、ミオの愛犬に対する想いは並々ならぬものがあったのだろう。
だからこそ、その愛犬を失ったミオの消滅に対する思いは計り知れない。
いや、思いなんて言葉では足りないだろう。
それは憎しみと言い換えてもいいかもしれない。
だから必死に消滅のことを調べている。
だから必死に消滅を防ぎたいと思っている。
そんな想いに囚われているのであろう。
そう思うと、初めてミオたちと出会った時のあの態度にも納得ができる。ミオが必死に調べ続けていた消滅が、違う誰かの手によって防がれたのだ。その方法を是が非でも聞きたくなるのも当然だ。
それなのに話を聞いてみたら「理由は分からないけどたまたま回避できた」なんて言われたのだ。
たとえその人に悪意がなかったとしても、自分の思いを一笑に付されたような気がするだろう。そして今日、なぜ消滅を防ぎたいかとの問いに対して、ハルの答えた内容がミオにはすごく安直な発言に聞こえたのだろう。
発言が軽いというミオの気持ちは分からないでもない。
でも――それはお互い様だ。
ハルがミオの悲しみを理解できないように、ミオだってハルの苦悩を知っているわけではない。それを「軽い気持ち」などと言われるのは正直言って心外だ。
でも、リクが言っていた「想いに軽いも重いもない」という言葉が妙に心に残っていて、ミオを責める気にはなれない。
「協力か......どうすればいいんだろうな......」
結局のところ一人で考えていても何も結論は出ない。
悶々とした気持ちを抱えながら再びペンをとり、教科書と格闘を始めるしかないのであった。