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第21話 消滅の認識

8月13日 9時10分 | 潮見海岸

「~~~♪」

ナナが鼻歌を歌いながら、機嫌よく波打ち際を歩いている。

旅行の最終日、朝とは言え既に強い日差しが照り付けており、既に浜辺の砂は素足では歩けないほど熱を持っていた。

しかし波打ち際であればその限りではない。

ナナはショートパンツにサンダルという、膝下程度までであれば濡れても構わない――いや、むしろ濡れることを想定した格好をしていた。一歩踏み出すたびにサンダルが濡れた砂に沈み込む感触を楽しみながら、海水特有の潮の匂いを全身で味わっていた。

「あんまり海に近づきすぎるとあとで大変よ」

少し離れて歩いていたミオが声をかける。

ナナと対照的に日差しを避けるように肌を覆っているが、この日差しの中では少しでも水に触れているナナのことが羨ましく思えるようだ。

「ミオ先輩もやっぱり海には入れる格好でくればよかったのに」
「いやよ。今日は帰らなくちゃいけないのに、またお手入れするのは大変だもの」

そう言いながらもナナの涼しげな格好を羨ましく思うミオであったが、その想いを振り払うように周囲にいる人々の特徴を一つ一つ確かめるように忙しなく視界を動かしていく。

「どう?見つかった?」
「そうね、今のところそれっぽい子は見つからないわね......」

なぜ女子2人が海辺を歩きながら誰かを捜し歩いているのか?
それは昨晩の話し合いのあとのことであった。

***

――昨晩

「なんかゴメンね。変なことを考えさせて」
「んー、まぁいいんじゃねえか?なにかあるなら溜め込まずに口に出してしまえば案外楽になるもんだからな」

確かにリクの言う通りだった。

ハルの思い悩んでいたことに対して、根本的な解決策が出たわけではないが、それでも想いを吐露することによって、改めてみんなの考えが一つになったような気がした。

「ハルは昔からなんでも溜め込む方だからね。こうやって無理矢理にでも聞き出さないと肝心なことは言わないんだよ」
「それは大変ね、ナナも苦労してるわね」

女子2人がまたも互いの悩み相談に入ろうとしていたが、それを遮り、ハルがみんなに提案する。

「あのさ、リクの提案でこの旅では消滅のことには触れなかったけど、せっかく話に出たんだからちょっと確認してみない?」
「なにを?」
「【予定表】だよ」

その提案に3人は躊躇するが、しかし実は気になっていたのも事実である。

それもそうであろう。

消滅現象に触れてから今日まで、ほぼ毎日なにかしらの形で消滅のことを考えていた。消滅は確かに現実的なものとはいえない現象ではあるが、それに関わっている彼らにとっては既に日常になっているのだ。

たまには消滅から離れようといっても、日常になっていることとなれば、そう簡単に切り離せるものではない。

消滅のことを考えないことによってリフレッシュできたのは確かではあるが、言葉に出さないだけで、みんな心のどこかでは気になっていたのだ。

「確認はいいけども、もしこの近くで消滅が発生する予定があったらどうするんだ?」
「そしたら......」
「手の届く範囲なら手を伸ばす、でしょ?」
「そうだね」
「まあそれも見てみれば分かることだから、見てみましょうか」

そう言うとミオは自身の【予定表】を確認する。
それに倣ってハルも自分の【予定表】を開き、内容をスクロールしていく。

「おや?」
「どうした?」
「いや、ここに載っている予定って、いつもとなんか違うなって」
「違うって?」
「そうね、載っている予定はここら辺のものばかりで、風見市の予定はまったく載ってないわね」

ミオの言う通り、通常であれば4人が住む風見市やその周辺地域の予定が載っているはずであるが、久しぶりに開いた【予定表】には風見市の情報は一つも載っていない。

ハルはここら辺の土地勘がないため、載っている場所の名前を見てもピンとこないが、何度もこの土地に訪れたことがあるミオが言うのであれば、今載っている予定はハルたちがいる潮見町付近で発生するものと言うことになるのだろう。

「どういうことだろ?」
「それってアレじゃねえか?」
「アレ?」
「GPSみたいに【予定表】が場所を認識してて、近くの情報が表示されるようになってるとか?」
「【予定表】にそんな機能あるの?」
「そんなこと......いや、でもスマホなんだからそういった機能があるってことも......」

リクの思い付きに対してハルはいつものように思考を深めていくが、それに没頭する前にハルの背中をバンバン叩きながらリクが笑う。

「まあ深く考えなくてもいいじゃねえか。要は【予定表】を開いた周辺の情報が分かるってことだろ?便利じゃねえか」
「【予定表】って言うのがますますなんなのか分からなくなるけども、まあ確かにリクのいう通りね。深く考えるのは辞めましょ」

時にはシンプルに考えた方が上手くいく。
それを体現するかのようなリクの発言にミオも考えるのを止めて、記載された内容を素直に受け止める。

叩かれた背中を気にしながら、ミオに倣ってハルも再び【予定表】に目を向ける。

「明日、2つあるみたいだね」
「そうね。一つは女の子で、もう一つは......なにこれ?」
「なんて書いてあるんだ?」
「えっと......「私たちの海」ってあるけども......」
「まさか海が消滅するって言うの?」

ミオの【予定表】に記載される消滅対象はハルのそれと違い、具体的な特徴が記載される。しかしその記載された内容の不可解さにミオは首をひねるのだが、それをなんとも言えない顔でリクが助け舟を出す。

「あー、それってあれだ。一昨日見に行ったあのモニュメントだよ」
「え?あの変な形のバカでかい彫刻みたいなヤツ?」
「なんかどこかの有名な彫刻家とやらが作ったもので、ここの海と住民の関りを表しているんだとさ」
「それで「私たちの海」って名前なの?」
「名前については俺に言われてもなんとも言えないけどな」

ミオの【予定表】は正しく機能していたらしいが、正確過ぎるのもかえって混乱することもあるのだと一同は妙に納得した。

「それで、2つあるならどうする?俺とミオ、ハルとナナで分かれるか?」
「いや、今回はミオ先輩とナナ、僕とリクで分かれた方が良さそうだよ」
「そうね。今回の対象を見るとその方がやりやすいかもしれないわね」
「どうして?」
「モニュメントは既に対象がはっきりしているけども、女の子の方は対象の特徴を特定できる私の方が適役だわ」
「なるほどー」
「それに相手が女の子なら僕たちやリクたちの男女で行くよりも女性だけの方が警戒されにくいと思うからね。もし家族旅行とかで来ているならなおさらだね」
「確かにそりゃそうだな」

ハルとミオがそれぞれの視点で担当を割り振る。

女の子の方はそれで納得がいくのだが、なぜモニュメントの方がハルたちの担当なのだろうか。その疑問をリクが尋ねる。

「それは今回は明らかにモニュメントの方が難易度が高いだろうから、確実に女の子を救うことを優先したってところだよ」
「それじゃモニュメントの方は諦めるのか?」
「そういうわけじゃないけど、モニュメントってあの大きさでしょ?あんなに大きなものは動かすことなんかできないだろうし、正直どうすればいいのかまったく分からないよ。だから今回ももしかしたら消滅を防げないかもしれない」
「そっか......でもそれならハルたちがわざわざ行かなくてもいいんじゃない?またなにかが消滅するところなんて見たくないでしょ?」
「いや、もしかしたらなにか発見があるかもしれない。それなら行くだけ行ってみる価値があるかもって思うんだ」
「そっか。そっちの方はダメ元での経験値稼ぎってところか」
「またなにかが消えるところを見るなんて御免だから、なんとかできないか考えてみるけどもね」

ダメ元での経験値稼ぎ。

それは言いえて妙であるが、これはゲームではない。
またも消滅を目の当たりにすることになりそうな予感にリクの表情が引き締まる。

「リクが気が進まないなら僕1人で行くけど......」
「なに言ってるんだ。もちろん行くぜ!これからもこう言うことがあるなら今のうちに経験値稼いどかないと、ミオたちの役に立てないからな」

リクの言葉に明らかにほっとした表情を見せるハル。
やはり1人で行くのは心細かったようだ。

話がまとまったところでミオがパンッと手を叩いて話をまとめる。

「それじゃ私とナナは女の子、リクとハルはモニュメントで決まりね。そろそろ冷えてきたから家に戻ってから互いに共有できる情報を共有していきましょ」
「旅行の最後で結局消滅に関わるなんて、なんか私たちらしいね」
「なんだよそりゃ」

そう言うと、リクの実家へと戻っていくため、波の音を背にゆっくりと歩き出した。

***

このようなやり取りがあった結果、ナナとミオは消滅対象である女の子を探して浜辺を歩いているのであった。

夏休み時期と言うこともあり、浜辺は平日であっても比較的多くの人で賑わっている。

幸いこの浜辺は海水浴場ではないが、それでも波打ち際で遊ぶ家族連れやバーベキューを楽しむグループ、日焼けにいそしむカップルなど、思い思いの方法で海を満喫する人が多く見受けられる。

そんな中で特定の人物を探すのは、砂漠の中に落ちた1本の針を探すようなものだが今回は違う。

「ホノカちゃんはどこにいるのかなー?」

ミオの【予定表】には、消滅対象となる人物の特徴が記載されている。

これにハルの【予定表】の詳細の対象時間をあわせると、消滅対象や状況の絞り込みは1人の時のそれよりも格段に容易になっていた。

2人の情報を合わせた結果、今回の消滅対象はこのようになっている。

=====
木村ホノカ 10代未満
8月13日9時34分
白い帽子/黄色の上着/水色のビーチサンダル
潮見海岸
家族と浜辺で水遊びをしている
=====

しかしこれだけの対象を特定しやすい情報があってもなお、それなりに広い浜辺からたった1人を探すのは簡単なことではない。そのためナナとミオは浜辺の端から波打ち際沿いを歩き、ローラー作戦を開始していた。

9時26分。

そろそろ時間の余裕がなくなってきたので、一刻も早く見つけたいところだと歩く足を早めだしたところで......

「あら?あの子かしら?」

ミオの視線は小学生になる頃の女の子が両親に見守られながら波打ち際で遊んでいる様子をとらえた。その服装は【予定表】に載っていた通りである。

熱中症や日焼けの防止と思われる、白い大き目の帽子に黄色いラッシュガード。
その下にはフリルが付いた可愛らしい水着を着て、今も押し寄せる波と戯れ、水色のサンダルに濡れた砂をつけている。

「それでどうすればいいの?」
「そうね......それじゃあ、あの子と砂遊びをしてくれる?砂じゃなくても水を使わない遊びならなんでもいいわ」
「時間は大丈夫?」

9時28分。

「まだ大丈夫だけどさほど余裕はないわね」
「オッケー!じゃあ行ってくるから、あとからミオ先輩も来てね」

そう言うとナナは女の子に向かって歩いていき、そのまま優しく声をかける。

最初こそ怪訝な顔をしていた女の子だが、一言二言話すとその場でしゃがみ込み、砂でなにかを作り出す。するとそれに倣って女の子も波から離れて砂遊びを始めだした。

知らない人と遊びだした娘を心配して両親もやってくるのだが、あっという間に打ち解けると、父親も協力して大がかりな砂の砦を作りはじめた。

(リクといい、ナナといい......あの社交性の高さはなんなのかしら......)

自分ではとても真似できない、ある意味では特殊能力ではないかとさえ思える人と打ち解ける早さに心の中で驚嘆しながら時間を確認する。

9時33分。

既に女の子は水から離れ、湿った土で城作りに没頭している。
あれは誰がどうみても水遊びとは呼べないだろう。

9時34分。

消滅予定時刻になったが、女の子は未だナナと一緒に砂と戯れている。

ナナの方は当初の目的を覚えているのか?と思えるほど、城作りに夢中になっており、今も外壁の砦をいかに高くするかを父親と試行錯誤しているようだった。

「さて、無事に消滅を防ぐこともできたみたいだし、私も一緒に遊ぼうかしら」

スマホをしまい、ナナに手を振りながら彼女たちの元にゆっくりと歩き出す。

――リク、ハル。こっちは上手くやったわよ。そっちも頑張ってね。

そんな想いを胸に、どこまで大きくなるか想像できない砂の城の拡張工事にミオも参加するのだった。

***

同日 10時12分 | 潮見海浜公園広場

「さて、どうするよ......」
「うーん...」

順調に事を進めた女性チームとは対照的に、男性チームの2人は海浜公園に鎮座するモニュメントを遠巻きに眺めながら首をひねっていた。

今回の消滅対象は「私たちの海」という名前のモニュメント。

この地域ではそのような名前がついているのはこのモニュメントだけなので、場所の特定は説明するまでもないのだが、問題は消滅時の状況である。

「それにしてもこれってどうすればいいの?」
「どうすればって......なんとかするしかないんじゃねえか?」

思わずハルがそうぼやくのだが、それも無理はない状況である。

モニュメントがある海浜公園は、ハルたちも先日観光に訪れたことがあるこの地域ではそれなりに有名な観光スポットだ。

ここでは休日にはイベントが開催されることも多いらしく、今日も周囲には多くの屋台が出ている。焼きそばやたこ焼きなどの定番のものからこの地域の特産品、果ては海外の珍しいグルメまで、さまざまなものが周囲に食欲を刺激する香りをばら撒いている。

さらにモニュメントの正面にある広場では大道芸などのパフォーマンスを行っている人もいて、それを目当てとした人たちが屋台で買ったものを頬張りながら、パフォーマーの見たこともない動きのパフォーマンスに感嘆と喝采を送っている。

「それにしても、この前来た時にはほとんど人がいなかったのに、なんで今日に限ってこんなに多くの人がいるの?」
「ここはこういう感じのイベントをよくやってるんだよ。今日がたまたまその日だったんだな」
「一体この状況でどうすればいいんだろう......」

今回の消滅対象である「私たちの海」なるモニュメント、その消滅情報はミオから聞いた情報と併せるとこのようになっていた。

=====
私たちの海
8月13日10時48分
コンクリート製の台座に固定
潮見海浜公園広場
そこにある
=====

消滅時間はリクと共有している。

消滅対象は目の前にあるし、そもそも「私たちの海」と言うモニュメントはここにしか存在していない。

ミオからの補足情報である対象の詳細については、既に対象が特定できている以上、今回はさほど重要ではない。

場所についても対象が絞りこめている以上、これについても今回に限っては共有するまでもない。

しかし問題は消滅状況である「そこにある」という状況。
裏を返せば「そこにない」状況にすれば良いのだろうが......。

「あんなでかいモニュメント、こんなに大勢の人の前でどうすればいいんだろ......
」

さすがに途方に暮れるハルの呟きは周囲の喧騒の中に消えていく。

「そうは言ってもよ、あんなのがこんなに大勢の人の前でいきなり消えたら、それこそ大パニックになるぜ」
「それはそうなんだけど、さすがに今回は無理があるよ」

消滅状況の共有ができないため、リクは具体的にこのモニュメントをどうすれば良いのか分からない。しかしなにかをしなくてはいけないと言うことは、ここまで消滅に携わってきた経験上でリクも察している。

しかし、このような大きいものに対してなにをどうすればいいのだろうか。

隣で悩むハルを見ると、例え人混みがなかったとしても実行するのは難しいことなのだろう。

途方に暮れ続けるハルに後ろ向きともとれる提案を投げてみる。

「元々今回はダメ元の経験値稼ぎのつもりだったんだろ?大人しく諦めても誰も責めやしないぜ」
「うーん......それもそうなんだけど......」

――可能ならば救いたい。

ハルはその言葉を飲み込む。

もちろんハル自身も今回はさすがに難しいと思ってはいる。
しかし心のどこかで、携わったからにはなんとかしたいとも思っていた。

でもそれはハル自身のエゴである。
言葉に出したら、きっとリクもそれに向かって奔走してしまうだろう。

ハルたちの行動指針は「手の届く範囲」である。
しかしこれはさすがにハルたちの「手の届く範囲」というにはさすがに手に余る。

そう思うと安易に救いたいと言う言葉を口にできなかった。

しかし、もし周囲に人がいなかったとしたら、この消滅は防げただろうか?

「そこにある」と言う状況を壊すためには「そこにない」と言う状況にすればよい。

しかしモニュメントはこの場所に据え付けられているので動かしようもない。

仮に動かせてもこんな目立つものを持ち出したら、消滅は防げたとしても大騒ぎになることは間違いなく、それでは本末転倒である。

そんな思考の堂々巡りが続き、結局どうするべきなのかを思いつくことができず、ただ時間だけが過ぎていく。

10時24分。

いつの間にか屋台で買ってきてたのだろうか、ぶら下げた袋から「まあ食え」とリクが取り出したのは、少し溶け始めたかき氷だった。

「どうせなんとかしたいって考えてるんだろ。また固まって動かなかったから丸わかりだぜ。まずはそれでも食って身体を冷やせ。熱中症になっちまうぞ」
「あ、うん。そうだね。ありがと」

リクは思考に没頭してなにかを問いかけても返答がなかったハルを見ると、また始まったかとその場を離れ、身体を冷やすためにかき氷を買ってきたのだ。
リクの心遣いに感謝しながらそれを受け取ると、モニュメントが見える位置で腰を下ろす。

かき氷が口内を急激に冷やしていき、一時的にではあるが、火照った身体から熱を奪っていく。その横でリクはかき氷を一気に頬張り、「きたー!」とちょっと嬉しそうにこめかみを押さえている。

気休め程度の涼を取り終えて一息つくと、改めてモニュメントを眺める。
しかしどうしても打開策が思いつかない。

「いっそのこと手品とか魔法で消すしかないんじゃね?」

開き直るリクの発言だが、ハル自身ももはやそれしか方法がないのでは?などと現実ではあり得ないことしか思いつけなくなっていた。

リクから空き容器を受け取り、ゴミ箱を探すためその場を離れる。

近くで見ていてもなにも思いつかないのであれば、視点を変えて遠くから眺めればいい案が思いつくかと思ったからであったが、もちろんそんな簡単に妙案が思いつくわけもない。

――そう言えば......

ふと思い出し、ユウの書き込みを見ようと歩きながらスマホを取り出そうとした時、急に周囲の人たちから拍手が沸き起こる。

小走りにリクの元に戻ると、モニュメント前の広場で仮面を被った男女二人組のパフォーマーがジャグリングを披露して観客から喝采を浴びていたところだった。

「あれは......?」
「ハルがこの場を離れた直後からあそこでパフォーマンスを始めたんだけど、なんか色々凄くてよ。つい夢中になっちまったよ」

リクのいう通り、こういうものを見たことがないハルにとっても、彼らのパフォーマンスは目を離せないものであった。

彼らはジャグリングのパフォーマンスを終えたあとにはステッキを使ったコント染みたパントマイム、さらにアクロバット的なものまで披露するという多才ぶりだった。

しばし時間を忘れ、周囲の観客と共に彼らに心奪われる2人であったが、ふとここに来た目的を思い出し時間を確認する。

10時41分

もう消滅まで10分を切ってしまったが、未だモニュメントをどうにかする方法は思いつかないし、そもそもモニュメントの前は、2人組のパフォーマーの舞台と化している。

せめて消滅の瞬間を誰かに見せないように、と考えなくもないが、この大観衆を解散させる方法などハルたちは持ち合わせていない。

そう思いあぐねていると、2人組は小道具が入っているアタッシュケースから白い布のようなものを取り出した。

それは広げるとどうやってしまっていたのかと疑問になるくらい大きくなり、それだけで周囲からどよめきが湧く。その布にタネも仕掛けもないことを観客にアピールすると、2人はそれぞれ布の端を持って広場いっぱいに広がり、モニュメントに向かって駆け出していく。

「「え......?」」

周囲がその行動にざわめく中、ハルとリクだけは違う意味で驚いていた。

10時46分

消滅まであと2分というこのタイミングでモニュメントを布ですっぽりと覆い隠し、観客の前で手拍子を要求する。

「まさか......消滅を利用して......?」
「いやそんなわけあるはずないだろ......」

2人組は周囲の手拍子に合わせてノリノリでアクロバットを披露している。

10時47分

消滅まで1分を切ったところで、彼らのアタッシュケースに仕込まれていたであろうスピーカーから不意にドラムロールが鳴り響く。

観客はこれから起こることに対して――
ハルとリクは来るべき消滅に備えて――
そしてパフォーマー2人組は今から行う奇跡に対して――

それぞれが息をのんでいる。

やがてドラムロールが止まり、広場から一切の音が消える。
数千の瞳が一点に注がれ、誰もが「消失」の奇跡を確信したその瞬間――

バサッ!!

彼らが勢いよく布を取ると、そこには拍子抜けするほど変わらぬ姿でモニュメントが鎮座していた。

「「えっ!?」」

ハルとリクは再び声を揃えて驚きの声をあげる。

「......消えてない」
「なんで消えてないんだ?」
「なんで......」
「おい、ハル。これどういうことだ!?」
「僕にも......分からないよ......」

モニュメントが消える予定であったのに、未だにここに存在していることにハルとリクは大いに困惑する。

周囲からも同様のどよめきの声が聞こえるが、観衆のそれはハルたちとは正反対である。

観客はここまでのパフォーマンスの流れから、モニュメントが消えるものと思っていたのだが、なぜかモニュメントは消えてなかったのだ。

しかし観衆は場の流れから、これはマジックに挑戦しようとして失敗した、と言う壮大なコントパフォーマンスであると察し、どよめきは少しずつ失笑と励ましに変わっていく。

そんな観衆の声を受けて、2人のパフォーマーは失敗の責任を互いに押し付けあうというコントを始める。互いに何度か小突きあい、3度目の小突きあいで男性が女性に向かって持っていた大きな布を被せる。

布を被された女性は周囲をふらふらとよろめき、その場でばたんと倒れ、そのまま動かなくなる。そのことに気付いた男性が動揺したそぶりを見せ、恐る恐る女性に近づき、彼女を覆っていた布ごと抱きかかえると、その手応えがあまりにも軽いことに気付く。

大きく首を捻って布を広げると......女性は消えていた。

周囲がどよめく中、男性が周囲を見回し、なにかを発見したようにハルたちの方を指さす。

すると後ろの方からさっきまで広場にいた女性が何事もないかのようにそこに立っていた。

先ほどモニュメントになにも起こらなかったのは、この人体移動パフォーマンスの布石だったのだろうか。周囲からはこの日一番喝采が沸き起こっていた。

気付けば消滅時間はとっくに過ぎていたが、そのことも忘れてハルたちも彼らのパフォーマンスに見とれていた。

それを思い出したのは女性がハルたちの横を通り男性の元に戻る時に、ハルにだけ聞こえる声でこう囁いたからだ。

「消えなくて良かったわね」

その言葉に思わず凍り付く。

気付けば女性は広場に戻り、周囲から最後の拍手を浴びた後、どこへともなく立ち去って行った。

「すげーパフォーマンスだったけど......結局モニュメントは消えなかったな。一体どうなってるんだ?」

リクが感心と共に疑問を投げかけるが、ハルは先ほどの行動の意味を考えていた。

――モニュメントの状態は「そこにある」だった。
――多くの人が見守る中で布をかけた。
――周囲の人たちはそれをパフォーマンスの一環と認識する。
――そして、ここまでの流れからモニュメントは無くなると期待する。

うん?

ハルは彼らの行動が周囲の認識を誘導していることに気付く。

無くなると期待する......つまり人々の認識ではそこにモニュメントは――

「そっか......そう言うことか......」
「ハル?」

つまり彼らはすべて知っていたのだ。

ここでパフォーマンスをして周囲の注目を集めていたのも、大勢の観衆の前でモニュメントに布をかけたのも、すべてはモニュメントの消滅を防ぐためだったのだ。

さらに......

あの女性がハルに囁いた言葉。

彼らはハルたちが消滅に関与するものであり、それを防ぎに来たということも知っていた。そしてそれを防ぐ手段がなくどうしようもない気持であることも知っていた。

「彼らは一体......」

周囲の人がまばらになっていく中、ハルはなにか見えない大きな流れを感じていた。
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消滅予定表作者:こまりさ
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第21話 消滅の認識

8月13日 9時10分 | 潮見海岸

「~~~♪」

ナナが鼻歌を歌いながら、機嫌よく波打ち際を歩いている。

旅行の最終日、朝とは言え既に強い日差しが照り付けており、既に浜辺の砂は素足では歩けないほど熱を持っていた。

しかし波打ち際であればその限りではない。

ナナはショートパンツにサンダルという、膝下程度までであれば濡れても構わない――いや、むしろ濡れることを想定した格好をしていた。一歩踏み出すたびにサンダルが濡れた砂に沈み込む感触を楽しみながら、海水特有の潮の匂いを全身で味わっていた。

「あんまり海に近づきすぎるとあとで大変よ」

少し離れて歩いていたミオが声をかける。

ナナと対照的に日差しを避けるように肌を覆っているが、この日差しの中では少しでも水に触れているナナのことが羨ましく思えるようだ。

「ミオ先輩もやっぱり海には入れる格好でくればよかったのに」
「いやよ。今日は帰らなくちゃいけないのに、またお手入れするのは大変だもの」

そう言いながらもナナの涼しげな格好を羨ましく思うミオであったが、その想いを振り払うように周囲にいる人々の特徴を一つ一つ確かめるように忙しなく視界を動かしていく。

「どう?見つかった?」
「そうね、今のところそれっぽい子は見つからないわね......」

なぜ女子2人が海辺を歩きながら誰かを捜し歩いているのか?
それは昨晩の話し合いのあとのことであった。

***

――昨晩

「なんかゴメンね。変なことを考えさせて」
「んー、まぁいいんじゃねえか?なにかあるなら溜め込まずに口に出してしまえば案外楽になるもんだからな」

確かにリクの言う通りだった。

ハルの思い悩んでいたことに対して、根本的な解決策が出たわけではないが、それでも想いを吐露することによって、改めてみんなの考えが一つになったような気がした。

「ハルは昔からなんでも溜め込む方だからね。こうやって無理矢理にでも聞き出さないと肝心なことは言わないんだよ」
「それは大変ね、ナナも苦労してるわね」

女子2人がまたも互いの悩み相談に入ろうとしていたが、それを遮り、ハルがみんなに提案する。

「あのさ、リクの提案でこの旅では消滅のことには触れなかったけど、せっかく話に出たんだからちょっと確認してみない?」
「なにを?」
「【予定表】だよ」

その提案に3人は躊躇するが、しかし実は気になっていたのも事実である。

それもそうであろう。

消滅現象に触れてから今日まで、ほぼ毎日なにかしらの形で消滅のことを考えていた。消滅は確かに現実的なものとはいえない現象ではあるが、それに関わっている彼らにとっては既に日常になっているのだ。

たまには消滅から離れようといっても、日常になっていることとなれば、そう簡単に切り離せるものではない。

消滅のことを考えないことによってリフレッシュできたのは確かではあるが、言葉に出さないだけで、みんな心のどこかでは気になっていたのだ。

「確認はいいけども、もしこの近くで消滅が発生する予定があったらどうするんだ?」
「そしたら......」
「手の届く範囲なら手を伸ばす、でしょ?」
「そうだね」
「まあそれも見てみれば分かることだから、見てみましょうか」

そう言うとミオは自身の【予定表】を確認する。
それに倣ってハルも自分の【予定表】を開き、内容をスクロールしていく。

「おや?」
「どうした?」
「いや、ここに載っている予定って、いつもとなんか違うなって」
「違うって?」
「そうね、載っている予定はここら辺のものばかりで、風見市の予定はまったく載ってないわね」

ミオの言う通り、通常であれば4人が住む風見市やその周辺地域の予定が載っているはずであるが、久しぶりに開いた【予定表】には風見市の情報は一つも載っていない。

ハルはここら辺の土地勘がないため、載っている場所の名前を見てもピンとこないが、何度もこの土地に訪れたことがあるミオが言うのであれば、今載っている予定はハルたちがいる潮見町付近で発生するものと言うことになるのだろう。

「どういうことだろ?」
「それってアレじゃねえか?」
「アレ?」
「GPSみたいに【予定表】が場所を認識してて、近くの情報が表示されるようになってるとか?」
「【予定表】にそんな機能あるの?」
「そんなこと......いや、でもスマホなんだからそういった機能があるってことも......」

リクの思い付きに対してハルはいつものように思考を深めていくが、それに没頭する前にハルの背中をバンバン叩きながらリクが笑う。

「まあ深く考えなくてもいいじゃねえか。要は【予定表】を開いた周辺の情報が分かるってことだろ?便利じゃねえか」
「【予定表】って言うのがますますなんなのか分からなくなるけども、まあ確かにリクのいう通りね。深く考えるのは辞めましょ」

時にはシンプルに考えた方が上手くいく。
それを体現するかのようなリクの発言にミオも考えるのを止めて、記載された内容を素直に受け止める。

叩かれた背中を気にしながら、ミオに倣ってハルも再び【予定表】に目を向ける。

「明日、2つあるみたいだね」
「そうね。一つは女の子で、もう一つは......なにこれ?」
「なんて書いてあるんだ?」
「えっと......「私たちの海」ってあるけども......」
「まさか海が消滅するって言うの?」

ミオの【予定表】に記載される消滅対象はハルのそれと違い、具体的な特徴が記載される。しかしその記載された内容の不可解さにミオは首をひねるのだが、それをなんとも言えない顔でリクが助け舟を出す。

「あー、それってあれだ。一昨日見に行ったあのモニュメントだよ」
「え?あの変な形のバカでかい彫刻みたいなヤツ?」
「なんかどこかの有名な彫刻家とやらが作ったもので、ここの海と住民の関りを表しているんだとさ」
「それで「私たちの海」って名前なの?」
「名前については俺に言われてもなんとも言えないけどな」

ミオの【予定表】は正しく機能していたらしいが、正確過ぎるのもかえって混乱することもあるのだと一同は妙に納得した。

「それで、2つあるならどうする?俺とミオ、ハルとナナで分かれるか?」
「いや、今回はミオ先輩とナナ、僕とリクで分かれた方が良さそうだよ」
「そうね。今回の対象を見るとその方がやりやすいかもしれないわね」
「どうして?」
「モニュメントは既に対象がはっきりしているけども、女の子の方は対象の特徴を特定できる私の方が適役だわ」
「なるほどー」
「それに相手が女の子なら僕たちやリクたちの男女で行くよりも女性だけの方が警戒されにくいと思うからね。もし家族旅行とかで来ているならなおさらだね」
「確かにそりゃそうだな」

ハルとミオがそれぞれの視点で担当を割り振る。

女の子の方はそれで納得がいくのだが、なぜモニュメントの方がハルたちの担当なのだろうか。その疑問をリクが尋ねる。

「それは今回は明らかにモニュメントの方が難易度が高いだろうから、確実に女の子を救うことを優先したってところだよ」
「それじゃモニュメントの方は諦めるのか?」
「そういうわけじゃないけど、モニュメントってあの大きさでしょ?あんなに大きなものは動かすことなんかできないだろうし、正直どうすればいいのかまったく分からないよ。だから今回ももしかしたら消滅を防げないかもしれない」
「そっか......でもそれならハルたちがわざわざ行かなくてもいいんじゃない?またなにかが消滅するところなんて見たくないでしょ?」
「いや、もしかしたらなにか発見があるかもしれない。それなら行くだけ行ってみる価値があるかもって思うんだ」
「そっか。そっちの方はダメ元での経験値稼ぎってところか」
「またなにかが消えるところを見るなんて御免だから、なんとかできないか考えてみるけどもね」

ダメ元での経験値稼ぎ。

それは言いえて妙であるが、これはゲームではない。
またも消滅を目の当たりにすることになりそうな予感にリクの表情が引き締まる。

「リクが気が進まないなら僕1人で行くけど......」
「なに言ってるんだ。もちろん行くぜ!これからもこう言うことがあるなら今のうちに経験値稼いどかないと、ミオたちの役に立てないからな」

リクの言葉に明らかにほっとした表情を見せるハル。
やはり1人で行くのは心細かったようだ。

話がまとまったところでミオがパンッと手を叩いて話をまとめる。

「それじゃ私とナナは女の子、リクとハルはモニュメントで決まりね。そろそろ冷えてきたから家に戻ってから互いに共有できる情報を共有していきましょ」
「旅行の最後で結局消滅に関わるなんて、なんか私たちらしいね」
「なんだよそりゃ」

そう言うと、リクの実家へと戻っていくため、波の音を背にゆっくりと歩き出した。

***

このようなやり取りがあった結果、ナナとミオは消滅対象である女の子を探して浜辺を歩いているのであった。

夏休み時期と言うこともあり、浜辺は平日であっても比較的多くの人で賑わっている。

幸いこの浜辺は海水浴場ではないが、それでも波打ち際で遊ぶ家族連れやバーベキューを楽しむグループ、日焼けにいそしむカップルなど、思い思いの方法で海を満喫する人が多く見受けられる。

そんな中で特定の人物を探すのは、砂漠の中に落ちた1本の針を探すようなものだが今回は違う。

「ホノカちゃんはどこにいるのかなー?」

ミオの【予定表】には、消滅対象となる人物の特徴が記載されている。

これにハルの【予定表】の詳細の対象時間をあわせると、消滅対象や状況の絞り込みは1人の時のそれよりも格段に容易になっていた。

2人の情報を合わせた結果、今回の消滅対象はこのようになっている。

=====
木村ホノカ 10代未満
8月13日9時34分
白い帽子/黄色の上着/水色のビーチサンダル
潮見海岸
家族と浜辺で水遊びをしている
=====

しかしこれだけの対象を特定しやすい情報があってもなお、それなりに広い浜辺からたった1人を探すのは簡単なことではない。そのためナナとミオは浜辺の端から波打ち際沿いを歩き、ローラー作戦を開始していた。

9時26分。

そろそろ時間の余裕がなくなってきたので、一刻も早く見つけたいところだと歩く足を早めだしたところで......

「あら?あの子かしら?」

ミオの視線は小学生になる頃の女の子が両親に見守られながら波打ち際で遊んでいる様子をとらえた。その服装は【予定表】に載っていた通りである。

熱中症や日焼けの防止と思われる、白い大き目の帽子に黄色いラッシュガード。
その下にはフリルが付いた可愛らしい水着を着て、今も押し寄せる波と戯れ、水色のサンダルに濡れた砂をつけている。

「それでどうすればいいの?」
「そうね......それじゃあ、あの子と砂遊びをしてくれる?砂じゃなくても水を使わない遊びならなんでもいいわ」
「時間は大丈夫?」

9時28分。

「まだ大丈夫だけどさほど余裕はないわね」
「オッケー!じゃあ行ってくるから、あとからミオ先輩も来てね」

そう言うとナナは女の子に向かって歩いていき、そのまま優しく声をかける。

最初こそ怪訝な顔をしていた女の子だが、一言二言話すとその場でしゃがみ込み、砂でなにかを作り出す。するとそれに倣って女の子も波から離れて砂遊びを始めだした。

知らない人と遊びだした娘を心配して両親もやってくるのだが、あっという間に打ち解けると、父親も協力して大がかりな砂の砦を作りはじめた。

(リクといい、ナナといい......あの社交性の高さはなんなのかしら......)

自分ではとても真似できない、ある意味では特殊能力ではないかとさえ思える人と打ち解ける早さに心の中で驚嘆しながら時間を確認する。

9時33分。

既に女の子は水から離れ、湿った土で城作りに没頭している。
あれは誰がどうみても水遊びとは呼べないだろう。

9時34分。

消滅予定時刻になったが、女の子は未だナナと一緒に砂と戯れている。

ナナの方は当初の目的を覚えているのか?と思えるほど、城作りに夢中になっており、今も外壁の砦をいかに高くするかを父親と試行錯誤しているようだった。

「さて、無事に消滅を防ぐこともできたみたいだし、私も一緒に遊ぼうかしら」

スマホをしまい、ナナに手を振りながら彼女たちの元にゆっくりと歩き出す。

――リク、ハル。こっちは上手くやったわよ。そっちも頑張ってね。

そんな想いを胸に、どこまで大きくなるか想像できない砂の城の拡張工事にミオも参加するのだった。

***

同日 10時12分 | 潮見海浜公園広場

「さて、どうするよ......」
「うーん...」

順調に事を進めた女性チームとは対照的に、男性チームの2人は海浜公園に鎮座するモニュメントを遠巻きに眺めながら首をひねっていた。

今回の消滅対象は「私たちの海」という名前のモニュメント。

この地域ではそのような名前がついているのはこのモニュメントだけなので、場所の特定は説明するまでもないのだが、問題は消滅時の状況である。

「それにしてもこれってどうすればいいの?」
「どうすればって......なんとかするしかないんじゃねえか?」

思わずハルがそうぼやくのだが、それも無理はない状況である。

モニュメントがある海浜公園は、ハルたちも先日観光に訪れたことがあるこの地域ではそれなりに有名な観光スポットだ。

ここでは休日にはイベントが開催されることも多いらしく、今日も周囲には多くの屋台が出ている。焼きそばやたこ焼きなどの定番のものからこの地域の特産品、果ては海外の珍しいグルメまで、さまざまなものが周囲に食欲を刺激する香りをばら撒いている。

さらにモニュメントの正面にある広場では大道芸などのパフォーマンスを行っている人もいて、それを目当てとした人たちが屋台で買ったものを頬張りながら、パフォーマーの見たこともない動きのパフォーマンスに感嘆と喝采を送っている。

「それにしても、この前来た時にはほとんど人がいなかったのに、なんで今日に限ってこんなに多くの人がいるの?」
「ここはこういう感じのイベントをよくやってるんだよ。今日がたまたまその日だったんだな」
「一体この状況でどうすればいいんだろう......」

今回の消滅対象である「私たちの海」なるモニュメント、その消滅情報はミオから聞いた情報と併せるとこのようになっていた。

=====
私たちの海
8月13日10時48分
コンクリート製の台座に固定
潮見海浜公園広場
そこにある
=====

消滅時間はリクと共有している。

消滅対象は目の前にあるし、そもそも「私たちの海」と言うモニュメントはここにしか存在していない。

ミオからの補足情報である対象の詳細については、既に対象が特定できている以上、今回はさほど重要ではない。

場所についても対象が絞りこめている以上、これについても今回に限っては共有するまでもない。

しかし問題は消滅状況である「そこにある」という状況。
裏を返せば「そこにない」状況にすれば良いのだろうが......。

「あんなでかいモニュメント、こんなに大勢の人の前でどうすればいいんだろ......
」

さすがに途方に暮れるハルの呟きは周囲の喧騒の中に消えていく。

「そうは言ってもよ、あんなのがこんなに大勢の人の前でいきなり消えたら、それこそ大パニックになるぜ」
「それはそうなんだけど、さすがに今回は無理があるよ」

消滅状況の共有ができないため、リクは具体的にこのモニュメントをどうすれば良いのか分からない。しかしなにかをしなくてはいけないと言うことは、ここまで消滅に携わってきた経験上でリクも察している。

しかし、このような大きいものに対してなにをどうすればいいのだろうか。

隣で悩むハルを見ると、例え人混みがなかったとしても実行するのは難しいことなのだろう。

途方に暮れ続けるハルに後ろ向きともとれる提案を投げてみる。

「元々今回はダメ元の経験値稼ぎのつもりだったんだろ?大人しく諦めても誰も責めやしないぜ」
「うーん......それもそうなんだけど......」

――可能ならば救いたい。

ハルはその言葉を飲み込む。

もちろんハル自身も今回はさすがに難しいと思ってはいる。
しかし心のどこかで、携わったからにはなんとかしたいとも思っていた。

でもそれはハル自身のエゴである。
言葉に出したら、きっとリクもそれに向かって奔走してしまうだろう。

ハルたちの行動指針は「手の届く範囲」である。
しかしこれはさすがにハルたちの「手の届く範囲」というにはさすがに手に余る。

そう思うと安易に救いたいと言う言葉を口にできなかった。

しかし、もし周囲に人がいなかったとしたら、この消滅は防げただろうか?

「そこにある」と言う状況を壊すためには「そこにない」と言う状況にすればよい。

しかしモニュメントはこの場所に据え付けられているので動かしようもない。

仮に動かせてもこんな目立つものを持ち出したら、消滅は防げたとしても大騒ぎになることは間違いなく、それでは本末転倒である。

そんな思考の堂々巡りが続き、結局どうするべきなのかを思いつくことができず、ただ時間だけが過ぎていく。

10時24分。

いつの間にか屋台で買ってきてたのだろうか、ぶら下げた袋から「まあ食え」とリクが取り出したのは、少し溶け始めたかき氷だった。

「どうせなんとかしたいって考えてるんだろ。また固まって動かなかったから丸わかりだぜ。まずはそれでも食って身体を冷やせ。熱中症になっちまうぞ」
「あ、うん。そうだね。ありがと」

リクは思考に没頭してなにかを問いかけても返答がなかったハルを見ると、また始まったかとその場を離れ、身体を冷やすためにかき氷を買ってきたのだ。
リクの心遣いに感謝しながらそれを受け取ると、モニュメントが見える位置で腰を下ろす。

かき氷が口内を急激に冷やしていき、一時的にではあるが、火照った身体から熱を奪っていく。その横でリクはかき氷を一気に頬張り、「きたー!」とちょっと嬉しそうにこめかみを押さえている。

気休め程度の涼を取り終えて一息つくと、改めてモニュメントを眺める。
しかしどうしても打開策が思いつかない。

「いっそのこと手品とか魔法で消すしかないんじゃね?」

開き直るリクの発言だが、ハル自身ももはやそれしか方法がないのでは?などと現実ではあり得ないことしか思いつけなくなっていた。

リクから空き容器を受け取り、ゴミ箱を探すためその場を離れる。

近くで見ていてもなにも思いつかないのであれば、視点を変えて遠くから眺めればいい案が思いつくかと思ったからであったが、もちろんそんな簡単に妙案が思いつくわけもない。

――そう言えば......

ふと思い出し、ユウの書き込みを見ようと歩きながらスマホを取り出そうとした時、急に周囲の人たちから拍手が沸き起こる。

小走りにリクの元に戻ると、モニュメント前の広場で仮面を被った男女二人組のパフォーマーがジャグリングを披露して観客から喝采を浴びていたところだった。

「あれは......?」
「ハルがこの場を離れた直後からあそこでパフォーマンスを始めたんだけど、なんか色々凄くてよ。つい夢中になっちまったよ」

リクのいう通り、こういうものを見たことがないハルにとっても、彼らのパフォーマンスは目を離せないものであった。

彼らはジャグリングのパフォーマンスを終えたあとにはステッキを使ったコント染みたパントマイム、さらにアクロバット的なものまで披露するという多才ぶりだった。

しばし時間を忘れ、周囲の観客と共に彼らに心奪われる2人であったが、ふとここに来た目的を思い出し時間を確認する。

10時41分

もう消滅まで10分を切ってしまったが、未だモニュメントをどうにかする方法は思いつかないし、そもそもモニュメントの前は、2人組のパフォーマーの舞台と化している。

せめて消滅の瞬間を誰かに見せないように、と考えなくもないが、この大観衆を解散させる方法などハルたちは持ち合わせていない。

そう思いあぐねていると、2人組は小道具が入っているアタッシュケースから白い布のようなものを取り出した。

それは広げるとどうやってしまっていたのかと疑問になるくらい大きくなり、それだけで周囲からどよめきが湧く。その布にタネも仕掛けもないことを観客にアピールすると、2人はそれぞれ布の端を持って広場いっぱいに広がり、モニュメントに向かって駆け出していく。

「「え......?」」

周囲がその行動にざわめく中、ハルとリクだけは違う意味で驚いていた。

10時46分

消滅まであと2分というこのタイミングでモニュメントを布ですっぽりと覆い隠し、観客の前で手拍子を要求する。

「まさか......消滅を利用して......?」
「いやそんなわけあるはずないだろ......」

2人組は周囲の手拍子に合わせてノリノリでアクロバットを披露している。

10時47分

消滅まで1分を切ったところで、彼らのアタッシュケースに仕込まれていたであろうスピーカーから不意にドラムロールが鳴り響く。

観客はこれから起こることに対して――
ハルとリクは来るべき消滅に備えて――
そしてパフォーマー2人組は今から行う奇跡に対して――

それぞれが息をのんでいる。

やがてドラムロールが止まり、広場から一切の音が消える。
数千の瞳が一点に注がれ、誰もが「消失」の奇跡を確信したその瞬間――

バサッ!!

彼らが勢いよく布を取ると、そこには拍子抜けするほど変わらぬ姿でモニュメントが鎮座していた。

「「えっ!?」」

ハルとリクは再び声を揃えて驚きの声をあげる。

「......消えてない」
「なんで消えてないんだ?」
「なんで......」
「おい、ハル。これどういうことだ!?」
「僕にも......分からないよ......」

モニュメントが消える予定であったのに、未だにここに存在していることにハルとリクは大いに困惑する。

周囲からも同様のどよめきの声が聞こえるが、観衆のそれはハルたちとは正反対である。

観客はここまでのパフォーマンスの流れから、モニュメントが消えるものと思っていたのだが、なぜかモニュメントは消えてなかったのだ。

しかし観衆は場の流れから、これはマジックに挑戦しようとして失敗した、と言う壮大なコントパフォーマンスであると察し、どよめきは少しずつ失笑と励ましに変わっていく。

そんな観衆の声を受けて、2人のパフォーマーは失敗の責任を互いに押し付けあうというコントを始める。互いに何度か小突きあい、3度目の小突きあいで男性が女性に向かって持っていた大きな布を被せる。

布を被された女性は周囲をふらふらとよろめき、その場でばたんと倒れ、そのまま動かなくなる。そのことに気付いた男性が動揺したそぶりを見せ、恐る恐る女性に近づき、彼女を覆っていた布ごと抱きかかえると、その手応えがあまりにも軽いことに気付く。

大きく首を捻って布を広げると......女性は消えていた。

周囲がどよめく中、男性が周囲を見回し、なにかを発見したようにハルたちの方を指さす。

すると後ろの方からさっきまで広場にいた女性が何事もないかのようにそこに立っていた。

先ほどモニュメントになにも起こらなかったのは、この人体移動パフォーマンスの布石だったのだろうか。周囲からはこの日一番喝采が沸き起こっていた。

気付けば消滅時間はとっくに過ぎていたが、そのことも忘れてハルたちも彼らのパフォーマンスに見とれていた。

それを思い出したのは女性がハルたちの横を通り男性の元に戻る時に、ハルにだけ聞こえる声でこう囁いたからだ。

「消えなくて良かったわね」

その言葉に思わず凍り付く。

気付けば女性は広場に戻り、周囲から最後の拍手を浴びた後、どこへともなく立ち去って行った。

「すげーパフォーマンスだったけど......結局モニュメントは消えなかったな。一体どうなってるんだ?」

リクが感心と共に疑問を投げかけるが、ハルは先ほどの行動の意味を考えていた。

――モニュメントの状態は「そこにある」だった。
――多くの人が見守る中で布をかけた。
――周囲の人たちはそれをパフォーマンスの一環と認識する。
――そして、ここまでの流れからモニュメントは無くなると期待する。

うん?

ハルは彼らの行動が周囲の認識を誘導していることに気付く。

無くなると期待する......つまり人々の認識ではそこにモニュメントは――

「そっか......そう言うことか......」
「ハル?」

つまり彼らはすべて知っていたのだ。

ここでパフォーマンスをして周囲の注目を集めていたのも、大勢の観衆の前でモニュメントに布をかけたのも、すべてはモニュメントの消滅を防ぐためだったのだ。

さらに......

あの女性がハルに囁いた言葉。

彼らはハルたちが消滅に関与するものであり、それを防ぎに来たということも知っていた。そしてそれを防ぐ手段がなくどうしようもない気持であることも知っていた。

「彼らは一体......」

周囲の人がまばらになっていく中、ハルはなにか見えない大きな流れを感じていた。
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次の話第22話 公的機関
消滅予定表作者:こまりさ
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