カッパの国の風変わりな少女
ゆら、ゆら。体が揺れる。優しい揺れは電車のガタンゴトンと同じぐらいに心地よい。
手も足も浮いている。まるで空を飛んでいるようだ。
「おーい、起きろー。めーざーめーよー。めざめてー? うぅん、こりゃ困った、起きやしない」
そばから女の子の声がする。独特な喋り方をする子だ。はて、こんな知り合いがいただろうか。
目を開けたら水の中でぷかぷか浮いているようだった。夢でも見ているのだろうか。
でも今は深く考えられそうにない。なんか知らないけど気持ちいいし、もうしばらくは揺られていよう。ぷかぷか、ぷかぷか。
「ふぅむ。ならばこれはどうだ」
「もごっ⁉︎」
突然、口の中になにかを押し込まれた。
それは固くて太い棒状のもので、思わず噛みつくとパリッと小気味よい音を立てて噛み切れる。
んん? この感じ、食べたことあるような......そうだ分かった!
「きゅうり!」
「おおっ、よくぞ目覚められたー」
顔を上げると、そこに同い年くらいの女の子が水に浮かんでいるのが見える。
そして、わたしも水に浮かんでいた。わたしは慌てて両手両足をバタバタと暴れさせる。
「やあやあ人の子よー。あーしの名前は――」
「わわっ、わたし、泳げないのに!」
「蛙子と言ってな。ここいらに――」
「だだだ誰か助けてくださいー!」
「人の子が迷い込むなんて、珍しいことも――」
「お、おぼ、溺れっ!」
「あったもんだなぁ。あっはっは」
「わぷっ、あぷっ!」
女の子が手をパタパタさせるものだから波になった水面がわたしの顔に容赦なく襲いかかる。
女の子は「おっとすまないねー」と言いながらもその動作をやめない。
「まぁここはひとつ楽にしたらどうかね。水の中でも息はできる」
「そんなはずっ......ごぽっ⁉︎」
あろうことか、女の子はわたしの頭を引っ掴んで水中に引き摺り込んでしまった。反射的に息を止め目をぎゅっと閉じる。
「ん――っ......あれ、ほんとだ、息できる」
「だから言ったろー。目も開けてごらんよ」
恐る恐る目を開けると、間近に女の子の顔があった。女の子はきょとんとするわたしを見つめて「よしよーし、怖くなかろ」と笑う。
こうしてみると奇妙な格好をした女の子だった。緑色のドット模様の振袖姿。頭に蓮の花の髪飾り。髪の毛はショートカットで水の動きに合わせて揺らめいている。
「聞こえてなかった? ならもういっぺん。あーしは蛙子。聞こえたかな? カワズコって」
「あ......五年一組、花野道世です?」
「ミチヨ? 道世か!」
パァッと花開くように満面の笑みを浮かべる蛙子ちゃん。それから「ほれ、まぁ食え」と先ほどの食べかけのきゅうりを押しつけてきた。
出されたからには仕方ない。きゅうりをかじる。うん、美味しい。
「――じゃなくて、ここ、何⁉︎ 水の中で息ができるなんて普通じゃない!」
「そっちではそうらしいなぁ。あーしにゃ分からんけど、ずいぶん不便な世界だよなぁ、人間の国は。そんなの満足に泳げんのかね?」
「に、人間の国?」
「あぁ、向こう側のこと。道世は人間でしょー」
「蛙子ちゃんもなんじゃ」
「あーしはそうねー。でもあーし以外は違うよ。ほれほれ、近う寄れ」
手を引っ張られて近くに寄り、その先の光景を目にする。視線の先にいたのは――カッパだった。
カッパといってもおどろおどろしい妖怪的な見た目ではない。もっと小動物的な、マスコットのような――そんな、わたしより蛙子ちゃんより小さな生き物だった。
ぽかーんとしてしまったわたしに蛙子ちゃんがニッと笑う。
「ようこそカッパの国へ。歓迎するぞ、人の子よー」
*
蛙子ちゃんに連れられて陸に上がり空を見上げると、その色からしてわたしの知るものではない。青は青だが、もっと薄い青色だ。
水辺には睡蓮がところどころで咲いていて、陸の上でも紫陽花なんかが至るところに咲いていた。
遠くから何かの笑い声が聞こえる。怖い感じはなくて、なんだか楽しげなものだった。
ふと気づけば服が乾いている。こちらの水には息ができる以外にもおかしなところがあるのかもしれない。
「あーしは憶えがないくらいちっちゃい頃に、こっちに迷い込んだらしくてねー。おとんに拾われて育ててもらってんだ」
「おとん......おとうさんも、その、カッパなの?」
「チッチッチッ。おとんは一味違うよー。なんてったってあーしらの村長だからな」
カッパの村長。いったいどんな姿をしているのだろう。今度こそ恐ろしい姿をしているのだろうか。
ぶるると身震いしていると、やがて村が見えてきた。そこには小さな木造の家が立ち並んでいて、きゅうりの畑があり、あちこちから水のせせらぎが聞こえる。家の前に置かれている壺ではなにかを漬けているのか、大きな石が蓋の上に乗っかっていた。
その村に足を踏み入れると、出てくるわ出てくるわ、ちっちゃなカッパの群れが!
「いま戻ったよー」
蛙子ちゃんが言うや否や、わっと小ぶりなカッパたちが押し寄せてくる。
「おたまちゃーん! おかえりー!」
「いまね、いまね、おたまちゃんのきゅうり採れたの」
「ねーおたまちゃん! その子は? おたまちゃんそっくりー」
「おー、みんなちょっと後でなー」
どうやら蛙子ちゃんは『おたまちゃん』と呼ばれているようだ。わたしも倣ったほうがいいのだろうか。
ふむむと考えながら(現実逃避とも言う)蛙子ちゃんについていく。すこし歩くと蛙子ちゃんは「ここがあーしん家」と教えてくれた。木のハシゴを登った先にある小さな――といっても他のカッパの家より大きな――ツリーハウス。ハシゴのサイズはふたつあって、片方は人間である蛙子ちゃん用なのだと分かった。
「おとーん、ただいまー」
「お、お、お邪魔します」
中に入ると、後ろを向いたカッパが一人。大きさは他のカッパとさして変わらない。
「おかえり蛙子。今日はどこまで――」
他のカッパと同じく可愛らしい声で言いながら振り返る。
はたと、蛙子ちゃんのおとうさんと目が合い、お互いにぱちくりした。
おとうさんの姿は他のカッパと変わらない。ただ一点、口を隠すもふもふの白い髭を除いては。まるでベタな王様みたいだ。
「............」
「............」
「............」
「............増えた?」
「いやいやおとんったら」
蛙子ちゃんが苦笑して手をひらひらと振った。それからかくかくしかじかと感情的な表現マシマシで事のあらましを伝える。
するとおとうさんは「ほっほ」と髭を撫でた。
「なんかよー分からんが、今日も元気でよろしい」
伝わってないようだ。
蛙子ちゃんに代わってわたしもかくかくしかじかと丁寧に説明する。
するとおとうさんは「ほっほ」と髭を撫でるが、その拍子にポロリと髭が取れた。慌てて付け直す。どうやら付け髭だったらしい。
「それはそれは、さぞ寂しい思いをしたでしょう。災難でしたな」
「あ、いえ、それは......蛙子ちゃんがいたし、寂しがる暇なんかなかったような」
「ふふん」
得意げに胸を張る蛙子ちゃんであった。
「人の子が迷い込むなんて、この子以来だよ。およそ十年になるか......あの頃はわしも若かった」
「あの、それでわたし、帰り方が分からなくて......」
「ええーっ、帰っちゃうのか、道世!」
「う、うん。みんなも心配してるかも」
「そうかぁ。せっかく会えたのになぁ」
心底残念そうに眉を八の字にする蛙子ちゃん。
わたしは胸がきゅっとなって、小さく彼女に謝った。
「......ごめんね」
「えっ? どうして謝るんだ」
「寂しそうだったから......」
「もー、めんこいやつだなぁ、道世は。うりうり」
すぐに調子を取り戻してくすぐってくる蛙子ちゃん。わたしは笑いながらホッと安心した。わたしなんかのせいで誰かが落ち込むなんて嫌だったから。
「道世。それが人の子の名前かな?」
「あ、はい。花野道世です」
「良き名前だ、大切にすると良い。あ、わしはおとんで良いぞ」
おとうさん改めおとんさんは上機嫌に「ほっほ」と笑った。
「それでおとん、道世が帰るにはどうすればいいんだ?」
「うぅむ。それがむつかしい。方法が分かっていれば、蛙子を見つけたときに人里に返しているよ」
「ええっ⁉︎」
それではわたしは帰れないのだろうか? もしかしてわたしも蛙子ちゃんともどもカッパの仲間入り?
そんなの嫌だ――と言ったらカッパに失礼かもしれないけれど、とにかくわたしは帰りたい。
「初めは返す方法を探していたのだが、そのうち蛙子はカッパにすっかり馴染んでしまってな。ならば無理に返すのも可哀想と思って断念してしまったのだよ」
「そんな......帰るための手がかりは、なにもないんですか?」
「ひとつだけあるぞ。カエルを探すのだ」
「............か、カエルを? 跳ねるやつですか?」
なにかの冗談だろうか。しかしおとんさんは真剣そうだ。
「カッパの国ではカエルは伝説上の生き物なのだ。カエルに出会うことができれば、帰りたい場所に連れて行ってくれるらしいぞ」
「それって本当ですか⁉︎」
「さて、伝承は伝承だからの」
「そう、ですか......」
人間の世界でオバケを探すようなものだろう。そんなの見つけられるだろうか。
でも探さないと。
「ちなみに蛙子という名前はわしが名付けたのだが、この子が無事に人里へ帰れるようにと願いを込めたものなのだ。いまではここが帰る場所だな」
「あーしの故郷はここだかんなー」
歯を見せて笑う蛙子ちゃんが今となっては羨ましい。
もうすこしカエルについて知りたくて質問する。
「カエルってどんな姿なんですか? わたしの知ってるカエルと同じなんでしょうか?」
「うぅむ。カエルを祀るお社に石像があってな、それを見れば分かるだろうが、今は見せられないのだ」
「えっ、なんで」
「それは――」
その時、家の外からカッパの大声が聞こえてきた。
「村長ぁー、戦争だー!」
「む、来たか」
戦争って......戦争⁉︎
おとんさんがゆっくり家の外に出るので、とにかくわたしたちも続く。すると家の前の広場にたくさんのカッパが集まっていた。
「せっかちだなぁ。ついこの間やりあったばかりなのに。次の要求はなんだー?」
「レシピだって。ほら、この間振る舞った魚料理の」
「ああ、煮込みの。ならこっちからは――」
よく分からないけど、レシピ? 魚料理の? そんな理由で戦争を?
「だ、だめですよ、戦争なんて! レシピくらいで、そんなの――」
「まあまあ、道世! なにをそんなに慌てているんだー?」
のんびりとした様子の蛙子ちゃんが信じられない。
「だって戦争だよ⁉︎ 殺し合うんだよ⁉︎ 蛙子ちゃんは平気なの⁉︎」
「殺し合わないよ?」
「......へ?」
「殺し合わない。だとしたら怖いって。やだなー道世ってば」
手のひらをパッと開いておどけてみせる蛙子ちゃん。
殺し合わない戦争? そんなものがあるの?
おとんさんが「まあ勘違いも無理はない」と首を振る。
「人の子の戦争とはだいぶ違うからな。大昔にカッパの国を訪れたとされる人の子は、わしらの戦争をこう呼んだ――」
神妙な雰囲気にわたしは固唾を飲み込む。
おとんさんは厳かにその呼び名を告げた。
「――皿割り合戦と」
「皿割り......?」
それって、なに?
*
「戦争はなー? こういう木の棒でカッパの頭の皿を割っていくんだ」
忙しそうなおとんさんに代わって、そこらに落ちてた竿を拾った蛙子ちゃんが説明してくれる。
「えっ、カッパのお皿って大事なものなんじゃ」
「うんにゃ? そうでもないらしいよー。落ち着かないってくらいだし、粉々になっても一月もありゃ元に戻っからね」
「そうなんだ......」
「そんでな、頭の皿を割られたら脱落してって、どっちかのリーダーが脱落したら戦争は終わり」
つまり団体戦のチャンバラごっこである。
「ほんで戦争を始めるのに必要なことは、両方の村の戦士たちの頭に皿が乗っかってることと、お互いに賭けるものを決めること」
「でも今回、この村がふっかけられているんだよね。無視はできないの?」
「無視? なんで?」
きょとんと目を丸くする蛙子ちゃん。
だってこちら側が欲しいものは特にないはずだ。無理に賭けさせるものを決めてまで戦争をする必要があるのだろうか。
「戦争ってな、交流会なんだ」
「交流会?」
「そーそー。ふたつみっつの村が交流してどんちゃん騒ぎするってのが一番の目的なんよ。戦争が終わったらみんなで踊ったり飲み食いすっからね、楽しいんだこれが!」
以上の説明を聞いたわたしのイメージは恐ろしい戦争から、運動会やお祭りに変わり果てていた。
「なぁんだ、全然怖くないね」
「んだろー? 道世の知る戦争ってどんななのか知らんけどさ、今回は賭けるもんも大したもんじゃないし、気楽に構えりゃいいって」
広場のベンチから村の中を駆け回る子カッパを眺めながら思う。良かった、こんなに可愛らしいカッパたちが死ぬところを見ずに済んで。
「だいたい一年ごとに色んな村が参加する大戦争すんだけどさ、そんときはお互いの土地を賭けて戦うもんだから盛り上がるんだ。んで、カエルの像が祀ってあるお社が建ってる土地を、あーしらは取られちゃったってわけ」
「それでおとんさんは見せられないって......その村のカッパに見せてもらうことはできないのかな?」
「どーかね。村の気性にもよるけど、あっこはきゅうり栽培の大手だもんで縄張り意識強めだから。大戦争に勝つしかねぇかなー」
「そっか......」
うーん。カエルの姿、気になる。わたしの世界でお馴染みの姿なのだろうか、それともまったく違った生き物なのだろうか。探すにしても形が分からないと始まらない。
ちなみにわたしはおとんさんにカエルの姿についての説明をすでに試みている。けれど上手くいかなかった。「緑色で、緑じゃないのもいるんだけど、それで水かきがあって、あれあったかな、それからツヤツヤ、いやヌルヌル? で、跳ねるとすごく高くて......」といった要領を得ない説明しかできなかったのだ。これまで興味のなかったものを説明するのは難しいなと思った。
「大戦争って次はいつ?」
「そーだね、たぶんそろそろ。あ、そうだ今回のやつ、大戦争にしちゃえばいいんだ」
ポンと手を打ってさらりと言う蛙子ちゃんにびっくりする。
「えっ、そんなことできるの⁉︎」
「どっかの村が『そろそろやるか』つったら開戦なんだ。準備に時間かかっけどね。でもあーしらが大戦争しかけて勝ちゃカエルの像を見られるぞー。早速おとんに相談せにゃ!」
たったかと大人カッパたちの会合に割り込んでいく蛙子ちゃん。エネルギーに満ち満ちている。
「おーいおとーん! 大戦争に勝ちゃ道世が帰れるかもー!」
いや、それは、どうだろうか。
そもそもそんなに多くのカッパを巻き込むような大戦争、本当に気軽に開けるものなのだろうか。
*
「ふむ、それは良い考えだ。やるか、大戦争!」
かくして、おとんさんの一声で村中のカッパが「おおー!」と声をあげる。大戦争の火蓋が切って落とされることとなった。
「そ、そんなあっさり⁉︎」
「カッパはな、祭り好きなんだ。あーしも好き」
「で、でも、いくつもの村のカッパを巻き込んだ戦争になるんだよね。そんなにたくさんのカッパを、わたしなんかが巻き込んじゃっていいのかな......?」
「あーしが道世を巻き込んだんじゃん。そんな気にすんなー、勝ちゃいいの」
ばんばんと背中を叩いてくる蛙子ちゃんは、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
大胆な決断をあっさりこなす、自信たっぷりの蛙子ちゃんがわたしには眩しい。
こうなりたいな。
密かに憧れの感情を抱いていると、蛙子ちゃんは言う。
「つっても準備に一週間はかかっちゃうかな。そこはごめんな」
「え、なんで謝るの?」
「だって、早く帰りたいんじゃ」
「それはそうだけど、わたしのために動いてくれたこと、わかってるから。ありがとうね」
すると蛙子ちゃんはほっぺたを真っ赤にしたかと思うと、手をほっぺたに当てて顔を緩ませた。
「めんこい‼︎」
「えっ、えっ⁉︎」
「これからよろしくな、道世!」
手を握ってブンブン振ってくる蛙子ちゃんのほうこそ可愛かった。
こうしてわたしのカッパの村での生活が始まった。
*
その日の夜、わたしは村の近くの水辺で一日のことを思い返しながら星を見上げていた。
(夢じゃないんだよね)
キュウリ池に落ちて、カッパの国に来て、蛙子ちゃんと出会って......。それから大戦争をやることになって、客人のわたしは村のカッパたちにとても歓迎された。
「いろんな料理が出てきたのは意外だったなぁ」
カッパなんだからきゅうり一辺倒だと思っていたら、どこぞの村が手に入れようとしているレシピの魚料理とか、なにかのお肉(豚肉っぽかった)を焼いたのとか、お野菜のスープとか出てきて驚いた。なんとパンもあった!
思い返していると「それはなー」と蛙子ちゃんの声がした。
「あーしが人の子だから、みんな栄養バランス? とかゆーのを考えてくれてて、たくさん料理の研究してくれたんだ。だもんでうちの村はとってもグルメ」
「蛙子ちゃん! ごめん、起こしちゃったかな」
一緒のお部屋で寝ていたけれど寝つけなくて抜け出してきたのだ。
蛙子ちゃんは「いんやー」と眉を八の字にして笑う。
「あーしも寝らんなくてなぁ。ワクワクして!」
「ワクワク......」
「道世もそう?」
「......そうかも」
わたしも笑ってしまった。ふたりしてニヤニヤしながら空を見上げる。
「ここはいい村だね。みんな暖かくて、ごはん美味しくて、水音が癒される感じで、星がたくさん。人間の世界より暗いからかな、よく見える」
「えへへぇ」
にへらーっとしてくねくねする蛙子ちゃんが可愛らしい。
しばらくそうやってポツポツと話しながら星を見ていると、ふと蛙子ちゃんは訊いてきた。
「なー、ところで道世のお願い事ってなに? おとんに話してたろ、キュウリ池にお願い事をしようとしたら落ちちまったって」
「......えと」
言葉に詰まってしまう。
わたしのお願い事は泳げるようになること。泳げないことはわたしにとって恥ずかしいことだ。
それを、よりにもよって泳ぎが得意であろうカッパやその中で育った蛙子ちゃんに話すのは、とても勇気のいることだった。もう笑われたりばかにされたりするのは嫌だ。
「笑わない?」
「うん、笑わね」
「ばかにしない?」
「んなことせんよ」
「ぜーったい?」
「ぜーったいだ」
「......そっか。あのね、わたし」
わたしは言葉がつかえながらも、なんとかその一言を絞り出す。
「泳げるようになりたいの」
心臓が太鼓みたいにドクドクしている。頭の奥底が痺れる感じがして、蛙子ちゃんの顔が見られなかった。
自信がなかった。蛙子ちゃんのリアクションを受け止める自信が。
反応に困らせてしまっただろうか。一秒一秒がとても長く感じられた。
けれど蛙子ちゃんは、
「なーんだ。深刻そうだと思ったら、そゆことかー」
とホッとしたように言った。
それからわたしの顔を覗き込み、その後でわたしを抱きしめた。
「道世は泳げるようになる。あーしが手伝ったる! そういうのはお願い事にせんであーしに言って!」
「で、でも、わたし、本当にだめな子で......」
「自信ない?」
「......うん」
蛙子ちゃんが抱きしめるのをやめて離れていく。
うじうじしているわたしが面倒になったのだろうか。そう想像してこぶしを握った。全身が震える。もう寂しい思いはしたくないのに。
「だったらあーしを召しませ!」
「......え? 召しま......?」
「召しませ! しなさいなとか、そういう意味!」
「蛙子ちゃんを、しなさい?」
わけが分からず恐る恐る顔を上げる。
空にある星の光と水面に映った星の光の真ん中で、蛙子ちゃんが両手を広げてそこにいた。
「あーしを頼って! あーしの自信、道世にあげたる!」
そう言ってくれた蛙子ちゃんは、まるで満月みたいに輝いて見えた。
パッと花咲くような笑顔で、蛙子ちゃんがわたしの答えを待っている。けれどわたしは胸がいっぱいで、なにも言えなくて、だけど嬉しくて。
ただふらふらと立ち上がり、蛙子ちゃんを拙い手つきで抱きしめた。
「わはー、大胆!」
「か、蛙子ちゃんが言ったんでしょ、召しませって」
「んだね。道世って、あったけーねー」
頑張ってみよう。蛙子ちゃんがくれた自信の分くらいは。