いざ大戦争!
カッパの国で過ごす日々は、とても賑やかに過ぎていった。蛙子ちゃんやカッパたちとの絆が深まっていくのを感じるたびに、わたしは充実感を覚えていた。そんな毎日はわたしにとって得がたい体験ばかりでドキドキしっぱなし。歓迎会はもちろん料理の手伝いも魚獲りも大戦争の準備だって、この村で過ごしたすべてがわたしの大切な思い出になっている。わたしは人見知りだから、こんなふうに他人みんなから愛されて、わたしもそんなみんなが大好きになるなんて体験は今までになかったものだ。
特に蛙子ちゃん。蛙子ちゃんはすごい。どんな時もそばにいてくれて、わたしの手をいつでも引っ張ってくれて、こんなわたしに本当に自信をくれるのだ。
わたしはどうだろう。蛙子ちゃんになにかを返せているだろうか?
もしもカエルが見つかったらみんなとはお別れだ。それを寂しいだけのものにしないためにも、わたしもこの村に――そして蛙子ちゃんになにか恩返しがしたい。
そう思ううちにその日はやってきた。
大戦争の幕開けである。
*
「ほ、本当にこの格好でやるの? 動きづらいんじゃ」
「へーき、へーき!」
蛙子ちゃんはいつもの振袖を着て、わたしも振袖姿で、手には木の棒――もとい村のカッパが気合を入れて作ってくれた木刀を持ち、大戦争の舞台となる島に上陸していた。
その島は木々が多く、そのどれもが桜のような花を満開に咲かせていた。そこに木の柵で陣を張り、村のカッパたちと一緒になって開戦を待っている。カッパたちのざわざわとした話し声にわたしはそわそわした。ちなみにわたしたちのリーダーはおとんさんだ。
降ってきた花びらをつまみながら蛙子ちゃんはなんてことないように言う。
「あーし、いつもこの格好で参加してるよ」
「すごいね、蛙子ちゃんは......これから戦いだと思うだけで、わたしは心臓バクバクだよ」
「不安ならこう考えればいいよー」
蛙子ちゃんがピッと人差し指を立ててキメ顔をした。
「めんこい格好した二人が呼吸合わせて戦う姿は、かっくいい!」
わたしは想像した。大きな袖を翻しながら舞うように戦う二人の女剣士の姿だ。
「確かに、ちょっとかっこいいかも」
クスッと笑いを漏らしながら答える。
蛙子ちゃんは赤いハチマキを巻きながら「んだろ」と笑い返してくれた。なんの解決にもなっていないけれど、蛙子ちゃんはいつだってわたしに勇気をくれる。
気合いが入ったところでわたしも赤いハチマキを巻き、頭に乗せたお皿を固定させる。大戦争で相手がどこのカッパなのか混乱しないようにチームカラーのハチマキを巻くのがルールなのだ。
「んだらやるか! カエルのお社を取り戻すぞー! おー!」
「お、おー!」
「おおー!」
蛙子ちゃんと、すこし遅れてわたし、そしてそばにいたカッパの戦士たちで拳を振り上げる。離れたところでおとんさんが「みんな若いのー」と髭を撫でながら言うのが聞こえた。
花びらが風にさらわれて桜の雨を降らせる。そのとき遠くからホラ貝のような音が響き渡った。
*
泳ぎの得意なカッパは近くの水辺に陣取るのがセオリーらしく、偵察する役目のカッパと一緒に陣を出ていった。するとあっという間にカッパの数が激減し、先ほどまでの喧騒が嘘のようにひっそりしてしまう。わたしはごくりと唾を飲んだ。
「さ、あーしらも行くよー」
「う、うん」
わたしと蛙子ちゃんは三人のカッパを連れて遊撃だ。わたしがこの役目を与えられた理由は「自由に動けたほうが初めての大戦争を楽しめるだろう」というカッパたちの計らいにあった。
みんなわたしに優しい。だからこの大戦争で優しさに報いたい。カエルの像が見たいのはもちろんだが、みんなの役に立ちたい気持ちのほうが大きくなっていた。
木陰から木陰へ隠れながら渡り歩く。戦慣れしている蛙子ちゃんが誘導してくれるのでわたしは安心して付いていくことができた。
「お、いたぞー。黄色ハチマキが三人」
ひそひそ話してくれた通り、黄色いハチマキをしたカッパがきょろきょろしながらこちらの方向に歩いてくるのが見えた。
ついに初めての戦闘だ。手汗にまみれた手で木刀をぎゅっと握る。
その手に蛙子ちゃんが手を重ねてきてくれた。それからニコリと笑んで頷く。
「あーしが先に出っから、みんなは隙見っけて叩くんだ。いいかー? んじゃ行くぞー!」
蛙子ちゃんが飛び出すと、ひとりのカッパに斬りかかる。不意打ちは完璧なものだったようだ、まずひとりのお皿がパリンと割れた。
「うわ、やられた!」
わたしのそばにいたカッパたちも飛び出していく。
「おー!」
ひとりを囲って戦う作戦で、こちらは数の差で有利だ。
残りひとりはわたしの役目。すこし出遅れてわたしも姿を現す。
「人の子だ!」
「はい! よろしくお願いします!」
慎重に隙を窺っていると、相手の背後から蛙子ちゃんが攻撃して注意を逸らした。
――蛙子ちゃんいわく、人の子はカッパより有利なポイントがあるそうだ。わたしもその理由によく納得した。力でいえば正直、カッパのほうが強いらしい。けれどその差すらひっくり返せる、人の子から見たカッパの弱点とは――!
「身長差!」
カッパの視線が後ろに向いたところでわたしは飛び込み、お皿めがけて木刀を振り下げた。
パリン、という音と手応えがあって、カッパは「うわー!」と声をあげてくるくる回って倒れてしまった。
わたしは慌ててカッパのそばに駆け寄る。
「大丈夫ですか⁉︎ つ、強すぎたかな」
「だいじょーぶ、カッパは人の子よりよっぽど頑丈だからなー。なっ?」
「お見事だったぞ、人の子よー」
倒れたカッパがひょいと立ち上がると、ハチマキをほどいて「んじゃ、召しませ大戦争!」と言い残してたたたーっと走り去り、水の中に飛び込んでいった。
その様子にわたしは安心する。
「てやー!」
「うわー!」
ふと見れば、カッパ同士の戦いもこちらが勝利を収めたようだった。ひとまず緒戦を終えてわたしはほっと息をつく。
「それにしても、身長差ってずるいね。頭のお皿を割るルール的に」
「そうは言っても力の差もやっぱりすごいから、油断すると取って食われんだよなぁ。まっ、あーしが道世を護るから平気だけどな!」
わたしの木刀に蛙子ちゃんが自分の木刀を当ててくる。それからニッと笑うのを見て安心した。
蛙子ちゃんとならきっと勝てる。ううん、わたしたちなら勝てる!
「んじゃ次! いくぞおまえらー!」
「おー!」
*
順調に勝ち抜きながら移動していると、そのうち浅い水辺が広がる広場に出ていた。花びらが足元一面に浮いている。
やけに静かだ。風のひとつも吹いていない。聞こえるのは浅瀬を渡る水音だけ。
「......ん!」
先頭を歩いていた蛙子ちゃんが手でわたしたちを制止する。そして「あちゃ......」と呟いた。
「出くわしちゃったかー」
「蛙子ちゃん?」
その視線の先には一人のカッパが立っていた。青いハチマキを巻いたカッパは、頬に古傷がついていて、細い木の枝を口にくわえていて、鋭い目つきをしていた。
「気ぃつけて、道世。剣聖は強いかんな」
「剣聖......さん?」
「人の子よ」
威厳たっぷりな声――とはいかない、他のカッパ同様の可愛らしい声でわたしたちに語りかけてくる。
「いや、おたまちゃんよ。あいまみえるとは僥倖だ。またおたまちゃんと戦えること、嬉しく思うぞ」
小難しい言い回しをするのに、むしろカッパたちのなかでも特に可愛い声をしていた。
「んー、そう言ってくれるのはおっかないけど嬉しいなぁ。今回はいくつの村を倒したんだ?」
「四だ。おまえたちの村で五になるところだ。ところで、そこの人の子は?」
「あーしの友達だ! めんこかろう!」
「うん、愛らしい」
「ちょ、ちょっとふたりとも」
話がずれ始めてわたしはあたふたした。蛙子ちゃんは更に胸を張る。
「道世がいればあーしは百人力だぞ!」
「それは楽しみだ」
――と、空を切る音が聞こえると同時、剣聖さんの姿がかき消えた。
次いで突風が吹き抜け、パリンパリンパリンという音がすこし下から聞こえる。
「え......」
「そこだぁっ!」
蛙子ちゃんが叫ぶと、一瞬でわたしの目の前に迫っていた木刀を蛙子ちゃんが受け流してくれた。ガコン! と重い音が響き渡る。
わたしは動くことができなかった。指先ひとつ動かせなかった。なに、いまの......?
「ありゃ」
「僕やられてる?」
「剣聖めー! 悔しい!」
ハッとして味方のカッパたちを見ると、頭のお皿が綺麗にまっぷたつになっているのが見えた。今の一瞬で三人も倒したの? 本当に?
「流石だな、おたまちゃん。剣が錆びてなくて安心したぞ」
「道世はあーしが護るって約束したかんなー」
蛙子ちゃんが笑う。しかしその顔には冷や汗が浮いていた。
剣聖さんは距離をとってまっすぐわたしたちに木刀を向ける。
「蛙子ちゃん、わたしたち、逃げたほうが――」
「逃げ切れないだろなぁ。逃げ切れても剣聖はあーしらの陣に向かっちゃうし」
それでは負けてしまう。ここで食い止めるしかないようだ。
わたしは恐ろしくなって蛙子ちゃんの手を握ると、蛙子ちゃんは握り返しながら「ぷはっ」と吹き出した。
「震えることないぞー道世! あーしがいる!」
「......う、うん!」
「睦まじい友情だな。良かったな、おたまちゃん。人の子の友達ができたこと、私も嬉しく思うぞ」
剣聖さん、薄々感じていたけど、他のカッパたち同様にいいひとだ。
しかしゆらりと木刀を構える姿に緊張が走る。
「でも勝負とは別腹だ。今回も私が勝つ」
「あーしだって、今度こそ勝つかんな」
花びらがまた一欠片、水辺に落ちる。それが合図だった。
先に動いたのは蛙子ちゃん。剣聖さんに駆け出すと、足元の水がばしゃりと大きく跳ねた。
剣聖さんは蛙子ちゃんの攻撃を丁寧にさばく。素人目に見ても実力差は歴然だった。
わたしもあわてて加勢する。一人では無理でも二人ならと思ったが、剣聖さんは二人分の木刀すらも容易くいなしてきた。
「おたまちゃんは勘がいい。それに人の子の太刀筋からはおたまちゃんへの信頼を感じる。いいな、すごくいい。だけどそれだけだ。私には届かない」
「道世!」
攻撃の間を縫って放たれた剣聖さんの一撃がわたしに迫る。その時のわたしは前かがみの姿勢で、お皿がガラ空きだった。
やられる――!
ぎゅっと目を閉じる。そのとき、体に大きな衝撃を感じた。蛙子ちゃんが体当たりをしてきたのだ。
パリン! お皿が割れる音がする。
けれどわたしのものではなかった。わたしをかばった蛙子ちゃんのお皿が割られたのだ!
ふらふらしながらもなんとか立って見ると、蛙子ちゃんが剣聖さんのそばで手足を水底についていた。
「麗しき友情、美しきかな。しかし今回も私の勝ちだ、おたまちゃん」
蛙子ちゃんが負けてしまった。わたしのせいで。
鼻の奥がツンとして、わたしは歯噛みする。蛙子ちゃんの足を引っ張ってしまったのが悔しかった。
だんだん顔が足元に向いていく。潤んだ視界には桜色がいっぱいに広がっていた。
どうしてわたしはこうなんだ。せっかく蛙子ちゃんに助けてもらったのに動くことすらできない。わたしはやっぱりだめな子だ――。
「負けてないよ」
蛙子ちゃんの声にハッとして顔を上げる。
「だってあーし、一人で戦ってたわけじゃないかんなー」
「そうか、そうだったな」
剣聖さんがわたしに向き合う。距離は取れているけれど、わたしは足がすくんで動けない。
「あ......でも、わたしだけじゃ、戦えないよ......」
「自信がないときは思い出すんだ。憶えてんでしょ、道世!」
蛙子ちゃんが立ち上がって邪魔にならないよう見学していたカッパたちに混ざると、わたしに見えるように親指を立てた。
「あーしを召しませ!」
それは『自信をあげる』という合言葉。
蛙子ちゃんの笑顔に目頭が熱くなる。
いつだってそうだ。蛙子ちゃんはわたしに自信をくれる。
ぐいと目元を拭って木刀を握り直し、拙いながらもわたしは構えた。
下を向いていたら蛙子ちゃんと目を合わせられない。蛙子ちゃんはいつだって前を向いている。だからわたしだって向いてやるんだ。蛙子ちゃんに応えるんだ。
「良い目だ、人の子よ。いざ果たし合おうぞ」
「はいっ!」
遠くからカッパたちの可愛らしい声援が聞こえる。
「がんばれー!」「やっつけろー!」「道世ちゃーん、いけー!」
そのなかに蛙子ちゃんの声がした。
「やっちゃえ、道世ー!」
それがわたしにとって絶好の合図。わたしが走り出すと、剣聖さんも同時に動き出し、風のような速さでわたしに迫る。
けれどわたしは失敗を犯した。慣れない下駄、慣れない足場、そして緊張状態が合わさったわたしは、ここ一番で足をもつれさせてしまったのだ。
「あっ」
「あ」
「あーっ!」
このまま負けてしまうのだろうか。せっかく自信をもらったのに、こんな結末なんてあんまりだ。悔いなんて残したくない。胸を張って大戦争の終わりを迎えたい。
――そうだ、このまま終われない!
わたしはこけながら木刀を振りあげた。
おかしな体勢になってしまったせいだろう、水音と共に視界が回る。もはや自分がどういう姿勢をしているのか見当もつかない。
そのままわたしはゴチーン! という衝撃を頭に受ける羽目になってしまった。
「いった――⁉︎」
パリンとお皿の割れる音がする。
ああ、負けちゃった。そう思った。
けれど呻いているのはわたしだけではなかった。
「うおー......頭にゴチンと来たぞ」
「......え?」
剣聖さんだ。頭を押さえているのを見てみれば、なんと剣聖さんのお皿が割れていた。
「道世ーっ! よくやった! えらいぞー!」
「蛙子ちゃ――わぶっ⁉︎」
勢いをつけて抱きしめられ、バシャーンと仰向けに押し倒されてしまった。
「道世、道世、道世ー!」
「わ、わたし、どうなったの?」
「んとな、道世がこけちゃって、道世の頭と剣聖の頭が、こう!」
こぶしとこぶしを作ってぶつけてみせる。
結果的にはだがわたしが頭突き攻撃をして、わたしと剣聖さんは相打ちになってしまったようだ。
「見よ。人の子は剣聖を倒したぞ」
「剣聖さん......」
蛙子ちゃんがわたしの上から降りるので、わたしはその場にぺたんと座る。
「でも、偶然でしかなくて......すみません」
「何を言っているのだ? 偶然なんかじゃないぞ」
「え?」
剣聖さんはわたしのぶつけた頭を撫でながら言ってくれた。
「あのとき、こけても人の子は諦めなかった。普通なら諦めてしまいそうなところを、ちゃんと剣を振り上げて、最後まで勝ちたいと思っていたはずだ。そうじゃないとこの結果にはならない。諦めない心が私を下したのだ。それにひきかえ、私は人の子がこけるのを見て油断してしまった。言い訳の言葉もない、私の負けだ」
「剣聖さん......」
「そうだぞ道世ー! 道世は強い!」
「ありがとう。でも違うよ......わたし、蛙子ちゃんがいてくれたから頑張れたんだ」
「めんこいやつめ。このこのー」
終戦を告げるホラ貝のような音が聞こえる。これで大戦争は終わりのようだ。ホッとして長いため息が落ちる。
「終わったぁー」
「んだなー」
「勝てたかな?」
「どうかねー? おとん、やられちまってなきゃいいけど」
緊張の糸が解けてぐだーっと蛙子ちゃんと背中を合わせて座り込む。そんなわたしに剣聖さんが話しかけてきた。
「人の子よ。名前を聞こう」
「蛙子ちゃんが何度も呼んでますけど......」
「人の子の口から聞きたいのだ」
「あ......花野道世です」
「そうか。道世よ、誇れ。道世は強い人の子だ」
そう言って満足そうに剣聖さんは立ち去っていく。胸にじんわりと誇らしい気持ちが広がるわたしは単純なのだろうか。
ひっそり笑顔になっていると、蛙子ちゃんが肩でわたしを押した。
「お疲れ! 楽しかったか?」
「うん、すごく!」
そばに仲間のカッパたちも寄ってくると、みんな一緒に笑い出した。
諦めなかった。それはわたしにとって大きな進歩なのかもしれない。でも、それもこれも蛙子ちゃんが「召しませ!」と言ってくれたから。
「ありがとね」
「んあ? なんだ?」
「なんでもないよ」
降ってくる桜の花びらが、まるで紙吹雪のようにわたしたちの戦いを称えるように吹き荒れる。経験はないけれど、これは運動会で一等賞を取るより嬉しい気持ちなのではないだろうかと、そう思った。
*
「あーしらの勝利を祝して――!」
蛙子ちゃんが天に掲げた両手を合わせ、高らかに音頭を取った。
「いただきまーす‼︎」
その日の夜は大戦争の後夜祭だ。戦場となった島に、参加した村のカッパたちが揃ってのお祭りである。キャンプファイヤーを囲んで踊るカッパ、給食当番みたいに料理を盛り付けるカッパ、笛や太鼓を鳴らすカッパなど、今までの中で一番の活気を感じた。
わたしはこのお祭りに嬉しい気持ちで参加できるのが嬉しかった。
なぜなら大戦争の結果は見事わたしたちの大勝利。当初の目的であるカエルのお社を取り戻すことができたのだ。
「道世ー! あれ美味そうだぞ、こっちも!」
「あはは。蛙子ちゃん楽しそうだね」
「道世も楽しめ!」
「楽しんでるよー。でもちょっと疲れちゃったかな」
「んー、そか。そんなら――」蛙子ちゃんはいたずらっぽく笑う。「休んでから騒ご!」
当たり前みたいにわたしの隣に座ってくる蛙子ちゃんと、当たり前みたいに蛙子ちゃんを受け入れるわたし。
こんなに素敵な友達を持ってわたしは幸せだ。
ふと隣の蛙子ちゃんを見ると、なんだか緊張しているように見えた。笑顔がちょっぴり固い。
どうしたのだろう。
「蛙子ちゃん?」
「カエルのお社な」
蛙子ちゃんが目を泳がせながら呟くように言った。
「明日、見に行くか?」
「うん、そのつもり」
「そか、そか。うん、分かった」
「......?」
蛙子ちゃんの様子がおかしい気がする。普段ならもっと賑やかにわたしを誘ってくれるはずだ。背中を丸めた姿は蛙子ちゃんに似合わない。
わたしはにわかに不安な気持ちになって訊ねようとする。
「あの、蛙子ちゃん、どうし――」
「あ、あーし! ちょっと飯取ってくんなー!」
たったったっ、という蛙子ちゃんの足音がやけに耳に残る。周りはこんなにがやがやしていて騒がしいのに。
蛙子ちゃんが離れていく。それを見送るわたし。
不意に心臓がキュッと切なくなった。そしてわけの分からない感情が脳裏をよぎる。
なぜわたしは『寂しい』と思ったのだろう。
たった数秒の別れでしかない、蛙子ちゃんはすぐに戻ってくるのに。
(......ああ、そっか)
もしもカエルが見つかったら、わたしたちはずっとお別れだからだ。
蛙子ちゃんの背中が急に遠く感じられて、彼女に手を伸ばそうとする。
けれどすぐにそうじゃないと気づく。
蛙子ちゃんを置いていくのはわたしのほうだ――。
太鼓の音は胸にドンドン響くのに、祭囃子の喧騒がやけに遠くなった気がした。