第三十五話 魔導剣士ロイ、プロデュースする ―前編―
「今まで、ありがとうございました。昨日までのお賃金です」
早朝の、青い三日月亭の食堂。あのVIP来訪から一週間と少し経ち、女将さんもすっかり元気を取り戻し、仕事に復帰することになった。もちろん、バーシは引き続き、ここで仕事を続ける。
給料袋もずしりと重く、女将さんの強い感謝の気持ちを感じる。
「ありがとうございます。でも、女将さんが元気になられたのが、一番の報酬ですよ」
微笑む彼女。バーシも嬉しそうだ。
「今日のご予定は? やはり冒険でしょうか」
「少し、やってみたいことがありまして。もしかすると、女将さんやバーシにも、吉報になるかも知れません」
顔を見合わせる、当の二人。
「まあ、あの人の決断次第ですけどね。じゃあ、みんな出かけようか」
二人に別れを告げ、「スティング・ホーネット」再始動だ!
◆ ◆ ◆
「兄貴ー、こっち高級住宅街だぜ~。依頼票見に行くんじゃないのかよ?」
いつもと違うコースに進んでいく俺に、疑問を呈するサン。
「いや、こっちで合ってるよ」
やがて、いつぞや訪れたモロオ邸に到着した。
「直接、依頼でも取り付けるんですの?」
「いや、ちょっと商談をね」
フランの疑問にざっくり答える。門衛経由でアポイントを取ろうとすると、丁度ご在宅で、すぐに会ってくださるとのこと。こりゃ幸先がいい。
◆ ◆ ◆
「やあやあ、久しぶりじゃない。何の用だい?」
茶菓子を提供しながら、例の萌え絵が飾られた応接室で、気さくに応対してくださるモロオさん。
「新しいご商売のアイデアがありまして」
「へえ?」
佇まいを直し、身を乗り出してくるモロオさん。
「バーブルから、米を輸入してみませんか?」
そう切り出すと、彼は渋い顔をする。
「ああ、そういうことか......。実はさ、前にそれやって失敗してるんだよ。この国の人たち、全然お米食べてくれなくてねえ」
ソファに身をうずめ、脱力するモロオさん。
「失礼ですが、その時のお話を、詳しく伺ってもよろしいでしょうか」
「ええ......? まあ隠すようなことじゃないし、大打撃ってほどじゃなかったから、いいけどさ」
そう言って、彼は当時の失敗談を、詳細に話してくれた。要約すると、バーブルの特産品として少し輸入してみたものの、結果は鳴かず飛ばず。不良在庫は、なんとか鶏の餌として売り払うことができ、それほど痛手ではなかったらしい。
「なるほど。その失敗は、プロデュース不足にあったと考えられます」
「ほう?」
俺の不敵な態度に興味を持ち、再度身を乗り出してくるモロオさん。
「今、青い三日月亭という宿屋で、バーブルで修行を積んだ料理人が働いています。彼女の監修で、バーブル料理とともに、米を売り出してみるのはいかがでしょう? 腕は保証します」
「ほほー......その発想はなかったな」
天井を仰ぎ、腕組みして考え込むモロオさん。
「面白いね、やってみよう。バーブル料理は、僕の故郷の料理にそっくりで、愛着もあるし」
かくし、て商談成立。握手を交わす。
「で、君たちの取り分はどのぐらい欲しいかな?」
「いえいえ、そんな。バーブル往復の護衛料で、十分ですよ。ただ、バーシ......監修する料理人には、それなりにお願いします」
「欲がないねえ。ロイ氏のそういうところ、結構気に入ってるよ」
目の前の金より大事なものは。信頼。損して得取れというやつだ。モロオさんの覚えがめでたくなれば、今後色んな仕事が、優先的に舞い込んでくるというもの。さあ、次はバーシに話をつけなければ。
◆ ◆ ◆
「バーブル料理を、ですか?」
宿に戻って、休憩中のバーシに話を切り出すと、彼女は眉をひそめた。
「興味深いお話ですけど、私、ここでの仕事がありますし......」
申し訳無さそうに断られてしまった。だが、ここからが勝負。
「いや、君はレシピを書いて、あとは味見をしてくれればいい。あくまで監修だからね。ここの仕事の邪魔には、ならないはずだよ」
下唇に親指を当て、しばし熟考するバーシ。女将さんが、「うちのことなら大丈夫だから」と口添えしてくれる。
「わかりました。他ならぬロイさんの頼みですし、仕事の邪魔にならないなら、やってみたいです」
「ありがとう。じゃあ、早速モロオさんに報告させてもらうよ」
さあ、歯車は回りだした。勝負と行こう!