第十三話 魔導剣士ロイ、運命的な出会いをする? ―後編―
視点は、ロイから移る。
夜の帳が下りる頃、民家の中で、二人の男女が口論をしていた。
「兄さん! なぜ、父さんの遺志を無駄にするの!?」
若い娘が声を上げる。壁のランタンに照らされたその姿は、昼間ロイを案内したナンシアのものである。
「そんなだから、親父もお前も一族の恥さらしと呼ばれるんだ。平和主義の親父のせいで、俺たちがどれだけ蔑まれたと思っている!」
兄と呼ばれた男は、妹に似て整った顔立ちをした、ナンシアよりひとつふたつ上と思われる年齢の風貌。
「親父亡き今、俺を阻む者はいない。ずいぶん我慢を強いられてきたんだ、好きなようにやらせてもらう! 協力できないと言うなら、せめて黙って見ていろ」
美しい顔が凶相に歪む。その邪な相貌に、ナンシアは戦慄した。
◆ ◆ ◆
視点は、ロイに戻る。
「それにしても、蒸しますね~」
カンテラ片手に夜警の最中、手でぱたぱたと顔を扇ぎながら、クコが零す。巡回は、俺とクコ、フランとパティ、あとは一人のほうが何かと小回りが利く、サンという編成で行っている。
「そうだなあ。氷結魔法でも、一発ぶっ放したい気分だな」
「あ、そうだ。兎は性欲で、常に頭がいっぱいらしいですよ、ロイさん!」
何なんだよ唐突に。知らんがな。などとどうにも弛緩した会話を繰り広げていると、突如三十メートルほど向こうにある民家の扉をぶち破って、二人の男女が飛び出してきたではないか!
すわ何の騒ぎかと慌てて駆け寄ってみれば、片方の人物は昼間のナンシアさんときた。これは一体どうしたことか。村人同士の喧嘩にしては、扉があまりにも見事な吹っ飛び方をしている。
「兄を捕まえてください! 兄が連続殺人犯です!」
衝撃の告白。それと同時にナンシアさんの鋭い蹴りが男を襲うが、彼はこれを前腕で受け切る。
長いスカートのせいでわかりにくいが、この蹴り、ちゃんと力の流れが乗った玄人の蹴りだ! 彼女もどうやら只者ではない模様。ミステリーな話かと思っていたら、実に急転直下な展開だ。
カンテラを地面に置いて抜剣し、彼女に加勢する。純治癒術師のクコは、後方支援だ。
ナンシア兄の拳が、こちらに襲いかかってくる! 腕を交差させて受けるが、重すぎてガードが弾き上げられてしまう。間髪入れずに叩き込んできた二撃目を、身を捩り辛うじて躱す。この男、強い!
「ナンシアさん! 手加減できませんよ!」
「構いません! 兄を......倒してください!!」
悲痛な覚悟が示される。ならば、誠心誠意応えねばなるまい。
ナンシアさんが、ワン・ツーのコンビネーションで兄貴に拳を叩き込むが、いずれも弾かれる。さらに回転数をあげて激しいラッシュを加えるが、有効打にはならない。しかし、一撃打ち込む隙を十分作ってくれた!
大きく振りかぶった長剣が、殺人鬼の頭部をストライク! やったか!?
「効かんなあァ、そんな鈍はっ!」
グラップラー兄貴が、剣を裏拳で弾き飛ばす。何と、頭部から血の一滴も出ていないじゃあないか! 何なんだこいつは? 無敵の生物か何かか!?
「見せてやるよ。俺の真の姿をなァ!」
尾を引く遠吠えとともに、奴の顔と体が灰色の毛に覆われていく。そして、何かの獣の形へと変じていく頭部......狼だ! こやつ、人狼か!! 小屋に落ちていた毛の謎が、これでわかった。
「この姿は見せたくなかったのですけど......!」
そう言いながらナンシアさんも、遠吠えとともに同じ姿と化す。なんと、人狼の兄妹だったとは。
人狼と言えば銀の武器・魔法・同種の非魔法耐性を持つ魔物か同位以上の魔物、いずれかの攻撃でのみ傷つけられるという代物だ。買っておいてよかった銀の武器! 長剣を鞘に収め、銀製の小剣を抜き放つ。
準備を整えている間、人狼同士の激しい攻防が繰り広げられていた。実力的には兄が有利というところだが、種が割れてしまえば人狼といえど処す術はある。やはり切り札はマイウェポン、銀の剣。人狼兄もこれを最警戒しており、俺の動きがキーになると見た。
小剣で太ももを狙い突く。手加減できないと言ったが、やはりどうにも目だの心臓だのを狙うのは、気が咎める。しかし、この攻撃は動きを読まれており、爪でざっくりと腕を切り裂かれてしまう。まずい、人狼化症が伝染する! 放置すると人狼化してしまうという少々やばい感染症だ。
「命活癒術草!」
クコの声とともに、腰のハーブホルダーから香草が光の粒子となって消滅し、同時に今受けた傷が淡い光に包まれ、みるみる癒えていく。
「人狼化症も治してあります! 負傷はわたしに任せてください!」
こいつぁ助かる。持つべきものは、やはり治癒術師!
騒ぎを聞きつけて、他の家から村人が顔を覗かせる。うちのメンバーも、ほどなくやってくるだろう。
「降伏しろ! 勝ち目があると思うのか!」
「勝ち目のある無しではない! 人を食らうは、我ら人狼の矜持よ! 腑抜けた親父や、そいつとは違うのだッ!!」
ううむ、三対一の劣勢にあっても聞く耳持たずか。乱戦だが、叶うことならばナンシアさんに、兄殺しをさせたくないところだ。
再度攻撃を繰り返すが、二人がかりでも隙を突けないどころか押され気味である。これは、もう少し搦手から攻めた方がいいようだ。
「雷衝撃滅波!」
腰のバインダーから魔導書を取り出し魔法名を叫ぶと、ページがバラバラとめくれて電撃が迸る。
ナンシアさんを巻き込まないように効果範囲を絞った雷光の波に焼かれ、人狼兄貴が犬のような悲鳴を上げる。魔法と剣術の併用はスタミナの消耗がきついが、仲間が来るまで持ちこたえれば勝てるはずだ。今は、各個撃破されることを警戒したい。
兄貴のハイキックが頭部めがけて襲いかかってくる。受けるか? いや、ここは避けるべきだ! 身をかがめると、ものすごい唸りを上げて、殺人兵器のような脚が頭上を通過していく。あれを受け止めていたら、腕が折れていたことだろう。
ここは、もう一度魔法攻撃だ! 再び雷衝撃滅波を食らわせるが、スタミナを消耗しすぎたのか、効果は今ひとつのようだ。
しかし、奴の体勢を崩すには十分だった。ナンシアさんの飛び膝蹴りが兄の顎にクリーンヒットし、顔面を跳ね上げる! 長身の彼女の体重が乗り切った一撃、こちらの効果は抜群だ!
さらに、そこに銀の剣を太ももに深々と突き刺す。これで機動力は封殺された!
一瞬意識が吹っ飛んだであろう兄貴だが、すぐにファイティングポーズを構える。この連続攻撃を受けて沈まないとは、こやつ文字通りの化物か!?
カウンターを警戒するが、奴はピクリとも動かない。じりじりとにじり寄り距離を詰めて、確信を得た。こいつ、立ったまま気絶してる! ......やれやれだな。