第三十二話 魔導剣士ロイ、女将さんを助ける ②
「ナンシア、火を消してくれ!」
指示を出しながら女将さんの口元に耳をやり、呼吸音を確認する。大丈夫だ、息はしている。目立った外傷もないようだ。
ちなみにナンシアに任せた理由だが、こういうときは、「誰か火を消してくれ」ではなく、誰でもいいから明確に相手を指定したほうが、人は迅速に動いてくれるものだからだ。何ごとかと様子を見に来た野次馬客たちを、席に戻らせるフラン。
「見たところ、怪我は無いようだ。呼吸も安定している。ベッドにとりあえず運ぼう」
そのようなわけで、彼女を奥にある部屋のベッドに寝かせた。おそらく、ここが彼女の寝室だろう。飾り気はないが清潔で、実直な人柄が伺える。
「クコ、詳しく診てあげてほしい。俺たちは厨房を片付けてくるよ」
「わかりました」
俺も、多少手当ての心得はあるが、こういうのはより詳しい者に任せよう。あとはまあ、女性同士のほうが、色々気を使わなくて済むというのもある。
◆ ◆ ◆
「クコ、入っていいか?」
厨房も片し終わり、寝室の扉をノックする。「どうぞ」という彼女の声に合わせて、再度入室。
「具合は?」
「いわゆる過労ですね。疲労が、限界にきてしまったようです。栄養を摂って、静養すれば良くなると思いますけど......」
ううむ、過労か。ずいぶん、ハードワークしてたからなあ。問題は、彼女の性格だな。放っておくと、絶対無理をする。目を覚ましたら、きちんと説得しよう。
「寝室に大人数がいても邪魔なだけだし、俺たちは外で食事してくるよ。任せて悪いな。弁当買ってくるけど、何がいい?」
「サーモンサンドをお願いできますか? なければ、適当なサンドイッチでいいです」
注文を了解して、手近な店へ、残りのメンバーと出かけることにした。
◆ ◆ ◆
「戻ったぞ、クコ。サーモンサンドあったぞ」
寝室の扉をノックすると、「入ってください! 女将さん、目を覚まされましたよ!」と、クコの明るい声が返ってくる。おお、それは良かった。早速中に入る。
「申し訳ありません。こんなだらしないところを、お見せして......」
女将さんが起き上がろうとするので、慌てて制止する。
「そのまま休んでてください。クコから、状態はお聞きになっているでしょう?」
「......ご迷惑をおかけします。昨日、あんなことを言っておいて、情けないです」
ううむ、やはり責任感が強すぎる。
「女将さん。皆で話し合ったんですが、俺たちがしばらく、店を切り盛りしましょうか?」
突然の申し出に、驚愕する彼女。クコを見ると、同意してくれているようだ。昨日、様子を見守ると心の中で言ったばかりだが、さすがに倒れられては、そうもいかない。
「いけません、そんな! 皆さんは、お客様なのですから......」
「女将さん。生意気言うようですけど、もっと人を頼ってください。お願いします」
気持ちを込めて、深々と頭を下げる。
「そんな! どうか頭を上げてください! そこまでさせては、却って失礼というものですね。わかりました。紙とペンを取って頂けますか? あと、何か硬い板をお願いします」
筆記具を受け取ると、丁寧な字で、調理器具や調味料の位置、料理のコツやベッドメイキングの方法などを、淀みなく書いていく。
あの女将さんが、頼ってくれているのだ。へまはできないぞ!
◆ ◆ ◆
「たのもー!!」
女将さんの指南書に従い、てきぱきと働いていると、昼前にでかい声が、呼び鈴の音とともに食堂に響き渡る。声の主はもちろん、あの台風娘。
「バーシムレさん、丁度いいところに!」
手短に、今の状況を伝える。
「そんなことに......」
手で口を抑え、驚く彼女。
「よければ、あなたも手伝ってもらえないだろうか?」
「よければどころか、ぜひ!」
「女将さんの許可をもらおう。昨日、あんな事があったばかりだしね」
彼女を連れて寝室に行くと、女将さんがばつの悪そうな顔をする。
「女将さん! どうか私を使ってください! お願いしますッ!」
「俺からもお願いします」
九十度お辞儀で懇願するバーシムレさん。俺も一緒に頭を下げる。
「頭を上げてください。私こそ、意固地になってしまって......。店をお願いできますか、バーシムレさん。いえ、バーシムレ」
「お任せください! 不肖バーシムレ、店の看板に泥を塗るような真似はしませんともッ! バーシとお呼びください!」
バーシムレさんからさらに改め、バーシがドンと胸を拳で叩く。
「よし、これから俺たちは仲間だ。よろしく、バーシ。俺はロイ・ホーネット」
「こちらこそよろしくお願いします」
手を差し出し、固い握手を交わす。皆も、自己紹介とともに握手する。
店に新たな戦力、バーシムレが加わった!