第四十話 魔導剣士ロイ、北へ行く ―前編―
ある日の底冷えする早朝、今日も今日とて糧を稼ぐために、依頼票の吟味中。さて、今日はどんな依頼が来てますかね。
ドラゴン退治。おいおい、まだ残ってたのかよこれ。最初に見かけてからもう半年ぐらい経ってるぞ。まあ、さすがに相手が相手だししゃーないか。
次、ゴブリン退治。定番だが、実入りが悪いのが難。とりあえず新人に譲ろう。俺たちも別に、熟練でもないけどね。
えーと次は......? 北の国「エーデルガルド」で、悪魔崇拝の教団退治。報酬がかなり高い。脳内でエーデルガルドへの旅程を試算するが、雪で閉ざされる前には帰ってこれそうだ。
「フラン、フラン。お前、こういうの興味あるだろう?」
後ろで様子を見守っていた神官サマに依頼票を見せると、それはもう、食い入るようにガン見。「やりましょう! そうしましょう!」と、鼻息も荒く急かしてくる。他のメンバーも不服はないようなので、これに決定!
◆ ◆ ◆
ルンドンベアから、北に馬車で行くこと五日と少々、ついに、エーデルガルドにたどり着いた。建物の造りが、それほどルンドンベアと違うわけでもないので異国情緒は薄いが、吐く息が白く、かなり厚着をしないと厳しいため、やはりここは北国なのだと、強く意識させられる。
もう数刻で日が沈みそうなこともあり、依頼者に会うのと、悪魔教団を退治するのは明日に回し、今日はゆっくり休もうという話になった。
さて、とりあえず宿探しだ。話し合いの結果、例によって俺のカンに任せるという話になったので、さっそく大通りを歩きながら、宿を物色する。
すると、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐるじゃないか。匂いの元をたどっていくと、一軒の宿屋が。
「ここでどうかな?」
一同に同意を求めると、ここでいいという。じゃあ中に入ろうか。
「いらっしゃいませー」
入口をくぐると、小太りで頭頂部の心もとない、なんとも気さくそうな初老の男性が出迎えてくれた。他には談笑している客が、そこそこいる。
「六人、泊まれますか? 少なくとも二部屋はシングルで」
「大丈夫ですよー。サウナもご用意しますねー。アニタ、サウナの用意してあげてー」
独特の間延びした口調で、お孫さんと思われる若い女性に、指示する主人。
「すいません、サウナってなんですか?」
「この地方では一般的な、蒸気にあたるお風呂ですねー。あったまりますよー」
へえ、そんなものがあるのか。ちょっと面白そうだな。
「サウナが温まるまで時間かかりますので、あったかいミルク、いかがですかー?」
そうだなあ。確かにちょっと温まって、一息つきたい気分だ。
「じゃあ、六人前ください」
「かしこまりましたー」
ともかくも、これで人心地つけるな。
◆ ◆ ◆
「おまたせしましたー」
テーブルについて、これまでのことやこれからのことを仲間と話していると、店主がカップの乗った盆を手に、こちらへやってきた。
「エーデルガルド人は、みんな牛乳大好きなんですー。おいしいですよー」
さっそく頂いてみようか。......ん! こりゃあコクがあって美味い! ほんのりと甘みもあって、辛い仕事から帰ってきて、やっと家にたどり着いたときのような、ほっとする味というのかな。今まで飲んだミルクで、一番美味いかもしれん。いやあ、冷えた体にこれは効く!
「ロイさん! 濃厚なミルクですねえ! まるで精」
「それ以上喋るな。続けたら。外に逆さ吊りにするぞ」
笑顔で下ネタを繰り出そうとするクコに対し、さらにいい笑顔で釘を刺す。どうしてお前はそうなんだ。一度脳みそを取り出して、川で洗った方がいいんじゃないか。
「兄貴ー、もう一杯飲みてえ!」
「そうだな、もう一杯いきたい旨さだ。他のみんなはどうだ?」
おかわりについて尋ねると、みんなもう一杯いきたいようだ。
「店主、みんなにもう一杯お願いします」
「かしこまりましたー」
店主がおかわりを持ってくる間、他の客の会話に耳を傾けていると、どうも、店主の間延びした語尾はエーデルガルドの訛りではなくて、彼個人の癖のようだ。
何にせよ、いい店を引けたようで、よかったなあ。
◆ ◆ ◆
視点はロイから移る。
「美味しいミルクでしたねー。濃厚で、思わずごっくんしちゃいましたよー」
「なぜか、あなたが言うと卑猥に聞こえますわね......」
熱気の中で、クコの発言に突っ込むフラン。当の本人は「えー」などと一見不満そうにしているが、ちょっと口の端がにやけている。
サウナは男女別であり、皆、腰にタオルを巻いただけという開放的な姿。
「店主さんの説明によれば、まずは手前の部屋でかけ湯をするのがマナーらしいですよ。熱! 結構熱いですよ。気をつけてくださいね」
パティを皮切りに、バーブルの温泉のような要領で、かけ湯していく。
「んで、体の汚れを落としたらサウナ室に入って、石に打ち水をするんだったっスね」
皆がサウナ室に入った後、サンがぴしゃりと焼け石に水をかけると、むわっと湯気が立ち上る。
しばらく座って待っていると、サウナ特有の熱気に包まれる。
「暑いですわね......汗が止まりませんわ。ですけど何かこう、効いてる感じがしますわね」
「後はなんかこの、よくわからない枝で、ぴしゃぴしゃと体を叩くんだそうですよ。あぁんっ......胸を叩いてると、新たな扉を開きそう......」
「変な声を上げないでくださいまし」
変態エルフの喘ぎ声に、眉をひそめるフラン。ロイがいないときは、彼女が突っ込み役である。
「えっと、頃合いを見て水風呂に入って、またサウナ......って繰り返すんでしたよね、説明では」
手順を思い出し、復唱・実践するナンシア。皆も、それに倣う。
「くぅ~! エールが恋しいぜぇ!」
「その歳で、飲んだくれにならないでくださいましね」
親父臭いサンの発言に、突っ込みが入る。ロイさんは、いつもこんな気分で忙しく突っ込みを入れているのだろうかと、自分を棚に上げて、心の中でぼやくフランであった。
五人の、平坦な胸部を伝う汗。それは至高の美であった。
「のぼせそうです~。そろそろ上がりましょう」
クコの提案で、最後は石鹸とお湯で汗と汚れを流して、フィニッシュする一同。
めいめい、初サウナ体験を面白そうに語りながら、脱衣所へ向かうのであった。