第6話 新プリン、はじめました
「片桐さん、これ何ですか」
厨房を覗き込んだジョウが、カウンターに並んだ小さなガラス容器を見て、
目を丸くした。中に入っているのは、薄茶色のカラメルソースがかかった、
プルプルとしたプリン――ではあるのだが、
その形が、妙に見覚えのある丸っこいフォルムをしていた。
頭頂部には、控えめな耳のような突起までついている。
「新メニューだ。試作品」
片桐は素っ気なく言いながら、もう一つ同じ形のプリンを型から外している最中だった。
「これ......もしかして」
ジョウの視線が、カウンターの隅で丸まっているモチに移る。モチは我関せずといった様子で、ふよふよと浮いたまま揺れていた。
「......モチじゃないですか、これ」
「気づいたか」
片桐は悪びれもせず頷いた。
「最近、あいつがよく店の周りをうろついてるだろう。空にも懐いてるし、常連にもなんとなく気配を感じ取ってるやつが増えてきた。だったら、いっそメニューにしちまえと思ってな」
「いや、発想が飛躍しすぎてません?」
「発想じゃない、企画だ」
片桐はきっぱりと言い切ると、プリンの表面に、チョコペンで小さく二つの点――
目のようなものを描き足した。それだけで、プリンは一気に「モチ」らしさを増した。
「......可愛い」
思わずジョウが呟くと、片桐はフンと鼻を鳴らして満足げな顔をした。
*
「わー! なにこれ、めちゃくちゃ可愛い!」
出勤してきた空が、カウンターのプリンを見るなり歓声を上げた。
「これ、モチじゃん! 片桐さん、なんでモチの形にしたんですか?」
「気まぐれだ」
片桐はそっけなく答えたが、空はまるで気にせず、
プリンとモチ本体を交互に見比べては、はしゃいでいた。
「モチー、見てー、あんたの分身できたよー」
空がプリンを掲げてモチに見せると、モチは興味深そうにふよふよと近づいてきて、プリンのすぐ側でくるんと一回転した。
まるで自分そっくりの姿を気に入ったかのような、上機嫌な仕草。
「うわ、なんか喜んでる! 片桐さん、これ絶対人気出ますよ」
「だろうな」
片桐は涼しい顔で、新しいメニュー表に「モチプリン」と丁寧な文字で書き加えた。値段の横には、小さく手描きのイラストまで添えられている。輪郭のはっきりしない、丸くて耳のある――誰が見ても「あれ」だと分かる、愛嬌のあるイラストだった。
*
「モチプリン一つ、お願いします」
翌週には、女子大生のグループがSNSで見たと言って店を訪れ、
口々にそう注文するようになっていた。プリンが運ばれてくるたびに、
あちこちのテーブルからスマートフォンのシャッター音が響く。
「可愛すぎ〜」
「この耳、どうやって作ってるんですか?」
そんな声に、片桐は厨房から涼しい顔で応じていた。
「型と、あとはコツだな」
その「コツ」の中身については、片桐は誰にも――
もちろん空にも、ジョウにも、教えるつもりはなかった。
実際に丸いモチのシルエットを何度も観察して型を起こしたなどとは、
口が裂けても言えなかった。
「片桐さん、これ絶対うちの看板メニューになりますよ」
ジョウが伝票を片手に、興奮気味に言う。片桐はふん、と鼻を鳴らしただけだった。
だが、内心では――少しだけ、笑っていた。
かつて莢の隣で、ただ小さく丸まっていただけのその存在が、
こうして誰かの日常に溶け込み、誰かを笑顔にしている。
それがどこか、感慨深かった。あの頃、莢が笑いながら
「この子、いつか有名になったりして」と、冗談めかして言っていたのを、
片桐はふと思い出していた。
(案外、洒落にならないくらい当たったな、莢)
心の中でだけ、片桐はそう呟いた。
*
閉店後、誰もいなくなった店内で、モチは本物のモチプリンの試食用の一つを、
こっそりと味わっていた。......いや、正確には味わっているように見えた、
というだけで、実際にどう咀嚼しているのかは、誰にも分からなかった。
ただ、その場でくるん、くるん、と何度も嬉しそうに回転していることだけは確かで。
「お前、自分の姿を食うの、抵抗ないのか」
片桐が呆れたように声をかけると、モチはくるんと一回転して答える代わりにした。
「......まあ、いいか」
片桐は小さく笑い、灯りを落とした店内を後にした。
窓の外、夜の路地に月明かりが差し込む中、モチはしばらくの間、
店の隅でふよふよと揺れていた。それから、いつものように、
誰にも気づかれないまま、静かに夜の街へと溶けていった。
明日もまた、空の隣へ。そして、ジョウの傍へ。
甘いカラメルの匂いを微かに纏わせながら。