幻魔3
ゆっくりと食べ進める私たちをよそに、アヴリルはハイペースでパフェを口に運ぶ。ノエルはアイスの塔を崩していくアヴリルを唖然と見る。
「そんなに慌てて食べたら......頭痛くなるぞ?」
「心配しなくても大丈夫だって。それより、アイスが溶けちゃう方が勿体ないじゃん」
「そ、そうか......」
「それに、ゆっくり食べてたらお腹が膨れるんだから。完食できないよ?」
どうやら、アヴリルはただ単に味わわずに食べているわけではないらしい。彼女なりの持論があるのだ。私も従った方がいいだろうか。
残したくはないので、食べ進める手を速めてみる。アイスの濃厚さは変わらないし、ブルーベリーの粒も触感が楽しい。こういう食べ方もありなのかもしれない。
ふと浮かんだ疑問を口にしてみる。
「アヴリル。このお店に来るのは何回目?」
「んー。四回目だよ。この前、オフィーリアと来たのも入れたらね。そのうち、完食できたのは一回」
「ちっこい身体によく入るな......」
「でっかい身体なら余裕っしょ?」
若干の呆れを見せるリックスに、アヴリルはにやりと笑う。これで火がつかないリックスではない。
「やってやろーじゃんか。完食できなかったら、明日一日アヴリルを背負ってやってもいいぞ」
「言ったねー?」
リックスは見事にアヴリルに焚きつけられている。引くに引けなくなっただろう。
その様子を見ていたノエルも腕を捲る。
「一人で残すのは格好悪いからな。俺だって完食してやるよ」
「ノエル、その意気!」
アヴリルは満足そうに笑い、美味しそうにパフェを頬張る。かくして謎の大食い対決が始まったわけなのだけれど、私はどこか食事に集中できずにいた。原因は恐らく幻魔、だろう。心の隅に引っかかったままなのだ。
無言でパフェを食べ進めていると、ノエルが小さな声を上げる。
「頭、痛いな......」
「言った本人が頭痛って笑える」
アヴリルは吹き出しそうになりながらも、パフェを崩していく。星空サイダーパフェは半分ほどがアブリルの腹に収まっただろう。対してノエルとリックスは三分の一、私は四分の一、といった程度だろうか。甘いものはかなり腹に溜まるらしい。
ノエルは顔をしかめつつ、リックスは真面目な表情でパフェに食らいつく。私だって負けていられない。勝負事ではないはずなのに、競争心が芽生える。
唐突にアヴリルが口を開く。
「ねえ、魔王城に行ってみーんな解決したら、四人で暮らそうよ」
「どこで?」
「オフィーリアのことをだーれも知らない、自然が豊かな場所」
そんな場所があるのだろうか。知らず知らずのうちに、スプーンを持つ手が止まる。
「魔王城に行ったら、印も消えてくれるのかな」
「そんなの分かんないけど......隠そうと思えば隠せるって。手袋とかあるわけだし」
「魔法は?」
「......もうー! 心配ばっかりしないの! 幸せの方から逃げていっちゃうよ?」
アヴリルは目を吊り上げながらも、口角を上げる。私は夢を持ってもいいのだろうか。普通の暮らしを信じてもいいのだろうか。
そこで、エスメラルダの夢を見た直前に聞いた言葉を思い出す。
貴女はもっと苦しみなさい。
私はいつ苦しみから解放されるのだろう。何をすればいいのだろう。分からない。
「ほらー! オフィーリア、アイス溶けてるよ!」
「あっ......」
アヴリルの声にはっと顔を上げてみると、グラスに食べかけのアイスが溶けて流れ始めていた。
必ず食べきってみせるのだ。今一度、自分を奮い立たせてスプーンを握り直した。
結局、パフェを完食できたのはアヴリルとリックスの二人だった。ノエルは頭痛で戦線離脱、私は思考の海に捕らわれてしまった。
アヴリルを背負うリックスも見てみたかったな、とちょっとだけ意地悪な心が覗いてしまう。
カフェを出たところでアヴリルは腹部を擦り、満足そうに笑う。
「はー、食べた! 夕食はリゾットで満足かな」
「まだ食うのか!?」
「当たり前じゃん。パフェは別腹ー」
リックスは頭を抱え、大袈裟に溜め息を吐いてみせる。
そこで、後方から視線を感じたのだ。四人一列で並んでいるので、仲間のものではない。しかも、感じのいいものではなく、突き刺さるような視線なのだ。
私に敵意を向けるものがいるのだろうか。振り向いてみると、そこには紫のローブを着た紫の瞳の老女がいた。老女はにたりと笑うと、目を見開く。
すると、視界から色が消えたのだ。モノクロの世界で動いているのは私と老女だけ――。
「ノエル! リックス! アヴリル! 振り向かないで――」
「無駄だよ」
聞いただけで身が凍りそうなしゃがれ声が辺りに響く。喧騒も、足音すらもなくなってしまっている。
「時間を止めたからねぇ。お嬢さん、私が誰だか知ったんだろう?」
「......幻魔。己の快楽のために行動する邪神」
「そうさ! お嬢さんも可哀想にねぇ!」
老女――いや、ルーインは顔を歪ませてケタケタと笑う。
「お嬢さんに明るい未来はないよ。夢見るだけ無駄さ」
「そんなの、まだ分からないでしょ!? 未来は私自身が掴み取るものなのに!」
「せいぜい悪足掻きしな」
ルーインは一際大きく笑うと、その背中に蝙蝠の翼が現れた。翼をはためかせて地上から離れると、黒い靄に包まれて消えてしまった。
いつの間にか視界には色が戻り、音も帰ってくる。
「オフィーリア? って、どうしたの!?」
「とりあえず、これを」
ノエルは白いハンカチを胸元から取り出し、私の手に押し付ける。
「それで涙を拭いて」
仲間を巻き込まずに済んでよかったと思えばいいのか、幸せな未来を否定されたことを恨めばいいのか。感情が纏まらないまま、熱くなる目頭にハンカチを押し当てた。